東京都
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東京都(とうきょうと)は、都道府県の一つであり、日本の首都機能が置かれている東京特別区および多摩地方、伊豆諸島、小笠原諸島を管轄する地方公共団体である。小笠原諸島を管轄しているため、日本最南端及び最東端(異説あり)の都道府県でもある。
| 東京都
Tokyo | |
| 総人口 | 12,696,025人 (2007年3月1日現在) |
| 面積 | 2187.05km² |
| 隣接県 | 神奈川県、山梨県、埼玉県、千葉県 |
| 都の木 | イチョウ |
| 都の花 | ソメイヨシノ |
| 都の鳥 | ユリカモメ |
| 他のシンボル | 都の歌:東京市歌・東京都歌 都民の日:10月1日 |
| 知事 | 石原慎太郎 |
| 東京都庁 | 東京都新宿区西新宿2丁目8番1号 |
| 外部リンク | 東京都公式HP |
| 東京都地図 | |
名称
大きく分けて、東京特別区(東京23区、特別区、区部。旧東京市)、多摩地方、伊豆・小笠原諸島(島嶼部)の三地域に分けられる。
第二次世界大戦中の1943年7月1日に、東京都制(昭和18年法律第89号)が施行され 、東京府と東京市を統合した形で、東京都が設置された。第二次大戦後の1947年に、地方自治法が施行された為に東京都制は廃止されたが、「東京都」の名称と行政区域は変更されず、現在に至っている。このため、東京都庁は、市役所(23区を包括する市)としての機能と、県庁として広域行政体としての機能を併せ持っている。
一般的に、「東京」と言うと、「東京市」の意味合いで区部(旧・東京市)を指す事が多い。しかし、「東京都」と言うと、「東京県」という意味合いで東京都全域(旧・東京府)を指す事が多い。
「都内」「東京都内」と言うと、多摩地方と島嶼部も含めて全域を指すが、区部(旧東京市)のみを「都内」と呼んで、多摩地方を都下と呼ぶ事がある。これは、県内と県下が同義である事を考えるとおかしな表現であるが、かつて「東京市内」「東京府下」とされた呼称が、都制施行時にそのまま「東京都内」「東京都下」に呼び変えられた事で起こった慣習的な表現だと言われている。 「都下」という呼び方は、「都下スポーツ大会」のように公的にも使われていたこともあるが、差別的あるいは見下したともみなせる表現のため現在では使われることが少ない。
「東京23区(特別区)」は、他の政令指定都市の「区」とは大きく形態が異なる。区長は公選制であり、近年には都からの権限委譲が進んでおりほとんど「市」と同様の自治体になっている。しかし、 住民が区から市への名称変更に抵抗があること、 残る権限委譲についてまとまってないことから未だに「区」との名称が残っている。
都庁舎の所在地は長年千代田区にあったが、1991年4月1日に新宿区に移転した。この新宿副都心に完成した新都庁舎は、展望台も設置された観光名所としても知られ、文化放送(千代田区)もサテライトスタジオを開設した。
都の見解による都庁所在地は新宿区であるが、特別区の総称としての都市名で「東京」とされる場合もある。天気予報では、特別区を「東京」として表示する。
特に東京都区部は、日本の首都として、司法・立法・行政の中心地であり、経済の中心地でもある。人口は12,577,819人(2005年12月1日現在)。日本の都道府県の中では、人口が最も多く、東京都区部を中心とした都市圏(首都圏)は、世界で最も人口が多い都市圏である。
地理
- 関東平野に位置し、東京湾に面している。東京都の行政区には、他に小笠原諸島と伊豆諸島を含む。
- 関東地方の一角。
- 日本の最南端(沖ノ鳥島)、及び最東端(南鳥島)を持つ。
- 令制国の武蔵国(他に現埼玉県域と神奈川県川崎市域)、下総国(江戸川以西)の領域が現在の東京都である。
特別区
- 東部には、隅田川、荒川、江戸川といった川の流域に、低地が広がっている。このため、「ゼロメートル地帯」も少なくない。
- 西側から武蔵野台地の末端部である幾つもの舌状台地が伸びており、山の手と呼ばれる。
- 南部の多摩川沿いの地域には低地が続いている。
- 臨海部には埋立地が続いている。
- 皇居(旧の江戸城)を基準として、城北、城東、城南、城西という呼び方をすることがある。
- 地形
多摩地方
- 多摩川沿いの低地を中心として北側には武蔵野台地、南側には多摩丘陵が広がる。
- 多摩西部(西多摩地域)には関東山地に含まれる山地がある。
- 東多摩郡以外の多摩地域(南多摩郡・北多摩郡・西多摩郡)と言う意味で三多摩とも呼ばれる。現在は多摩地方や多摩地域と呼ばれる事が多い。
- 地形
島嶼
伊豆諸島
小笠原諸島
自然公園
歴史
律令制の時代
現代の東京都の領域は、令制国の武蔵国の一角である。郡においては、東京特別区は豊島郡(中心部)、荏原郡、足立郡の一部、下総国葛飾郡の一部に相当する。多摩地方は多麻郡となっていた。近世初期に、葛飾郡のうち、隅田川から利根川(現代の江戸川下流)の間が、下総国から分離されて武蔵国に編入された。武蔵国は、現在の東京都全域だけでなく、埼玉県全域と神奈川県東北部を含む広い版図であるが、国府と国分寺はそれぞれ現在の府中市と国分寺市にあった。当初の武蔵国は、五畿七道では東山道に属していたが、771年に東海道所属に変更された。
延喜式神名帳には足立郡に氷川神社(名神大社)、多磨郡に小野神社(一宮)、阿伎留神社、青渭神社等が見えるが、後世武蔵国総社とされた大国御魂神社や、東京の神社として著名な神田明神や日枝神社の名は見えない。
かなり古い時代から渡来人が住んでいたようで、亀塚古墳のある狛江郷(狛江市周辺)は高句麗に由来するとされ、他にも渡来人に纏わる伝承は多い。武蔵野の開発は渡来人の潅漑技術による所が大きいとされる。
鎌倉時代から戦国時代まで
中世には武蔵七党と呼ばれる武士団が興り、関東に進出した畿内の河内源氏の家人となった。源平合戦では豊島氏、足立氏、葛西氏らが活躍している。12世紀には豊島郡江戸郷の名が見え、この地を本拠とする江戸氏も興った。14世紀には、新田義貞が鎌倉幕府軍を破った分倍河原の戦いが知られる。
戦国時代には扇ヶ谷上杉氏の家宰であった太田氏が台頭し、江戸城を築いた太田道灌が武蔵国の掌握に力を注いだが暗殺され、小田原城を拠点とする後北条氏が武蔵国に進出する。北条氏政の弟・北条氏照は八王子城を築き、西方の甲斐国の武田氏に備えた。その後北条氏も、豊臣秀吉の小田原攻めによって滅んだ。
江戸時代
後北条氏が滅んだ頃、岡崎(西三河)出身の徳川家康が、駿府城(旧静岡市)から江戸城に入る。やがて関ヶ原の戦いに勝利した家康は、1603年3月24日(旧暦2月12日)に江戸幕府を開き、江戸時代が到来する。ここに、首都は京都でありながら、江戸は行政庁所在地となる。18世紀初頭には、江戸は人口100万人を超える世界有数の大都市へと発展を遂げていた。
明治維新から第二次世界大戦まで
1867年11月9日(慶応3年旧暦10月14日)の徳川慶喜による大政奉還と1868年1月3日(慶応3年旧暦12月9日)の王政復古のクーデターによって江戸幕府が崩壊し、同年5月3日(慶応4年(明治元年)旧暦4月11日)の江戸城開城によって江戸は新政府の支配下に入った。6月30日(旧暦5月11日)、新政府は江戸府を設置し、9月3日(旧暦7月17日)に江戸が東亰(後に東京)と改称されると、江戸府も東京府と改称された。1869年に明治天皇が皇居(旧の江戸城)に入ると、名実共に、東京は近代日本の首都となった(首都を京都から東京へ移す遷都令は無く、東京を首都とする法的根拠も無い、という意見もある)。
全国から新政府に仕える人々が集まり、多くは皇居周辺(後世の山手線内側)に住んだ。これが山の手族の起源である。又、築地には外国人居留地が設けられ、銀座には西洋風の煉瓦街が作られて、文明開化が進んだ。1871年8月29日(旧暦7月14日)の廃藩置県後、同年12月25日(旧暦11月14日)に東京府は隣接する品川県および小菅県などを合併して、現在の特別区(23区)部のうち世田谷区西部を除いた区域を管轄する東京府が発足し、東京は府庁所在地となった(ただし、実際に管轄区域が確定したのは翌1872年)。そして、1889年には市制施行で東京市が発足した。
大正期に入ると、東京市への人口流入は更に進み、1920年の人口は370万人になったが、1923年9月1日には関東大震災に襲われ、特に下町が大打撃を受け、一時、面積が半分程度の大阪市の人口が東京市を抜くことにもなった。近衛文麿政権に入る前までは、大阪が日本の経済・産業・文化・芸術の中心的な地位にあったが、近衛文麿以後の政権が戦時体制を敷いて、経済・産業・文化・芸術・教育、その他あらゆる分野の中枢を東京に集めた。
第二次世界大戦中の1943年7月1日には、東京市と東京府は廃止され、東京都が設置された。初代東京都長官は、内務省出身の大達茂雄であった。そして、第二次世界大戦末期の1945年3月10日には、東京大空襲によって市街地の大半が焼け野原と化した。また、小笠原諸島の硫黄島で地上戦が行われ、日米両軍に多大な犠牲を払った戦いであった。
第二次世界大戦後
しかし、政府が首都たる東京の復興を最優先し、東京オリンピックによって戦後復興は終結し、東京は高度経済成長の中で新しい日本の政治・経済の中心として大発展を遂げる。高度経済成長期から、経済面で烈しい東京一極集中が進み、現在もこの傾向は加速する一方である。 1968年小笠原諸島及び火山列島が米国より返還され、小笠原支庁設立と東京都へ編入された。 1979年に鈴木俊一が都知事に就任すると、鈴木知事の意向も有ってか、東京都はバブル経済の涛に飲まれ、異常な地価高騰に見舞われた。1991年には、新宿に都庁新庁舎が完成し、東京の新たな象徴となった。その後はバブル崩壊が進み、1996年に予定された世界都市博覧会は、1995年に就任した青島幸男知事によって中止された。
1999年に石原慎太郎が都知事に就任して以降は、品川、丸の内、汐留及び臨海副都心などの再開発が目覚しく、石原知事の東京至上構想や、I LOVE NEW TOKYO計画の立ち上げなど、超過密都市でありながら、尚も活発な経済活動を示唆している。
年表
古代
中世
- 1333年 新田義貞、分倍河原・関戸で鎌倉幕府軍を破る
- 1416年 上杉禅秀の乱
- 1457年 この頃、太田道灌が江戸城築城
- 1486年 太田道灌、相模の上杉定正の館で暗殺
- 1524年 北条氏綱、江戸城に入城
- 1582年 この頃、北条氏照が八王子城を本格築城
- 1590年 豊臣軍の前に江戸城開城、八王子城落城 / 徳川家康が駿府から江戸に転入
江戸時代
- 1603年 徳川家康が征夷大将軍に任じられ、江戸幕府を開く(3月24日)
- 1635年 武家諸法度、参勤交代の制を定める
- 1651年 由比正雪の乱
- 1657年 江戸大火。吉原遊郭、浅草に移転(新吉原)
- 1702年 赤穂浪士による吉良邸討ち入り
- 1707年 富士宝永山噴火、江戸にも降灰
- 1714年 絵島生島事件
- 1723年 火の見櫓設置を指示
- 1727年 武蔵野新田開発
- 1783年 浅間山噴火、江戸にも降灰
- 1791年 男女混浴禁止令
- 1805年 関東取締出役設置
- 1836年 江戸名所図会刊行完了
- 1839年 蛮社の獄
- 1840年 遠山景元、町奉行に
- 1855年 安政の大地震(第一次関東地震)
- 1860年 桜田門外の変(3月24日。旧暦3月3日)
- 1866年 江戸各所で打壊し
- 1867年 大政奉還(11月9日(慶応3年旧暦10月14日))
- 1868年 江戸城開城(5月3日。旧暦4月11日) / 江戸府設置(6月30日。旧暦5月11日) / 彰義隊の変(上野戦争、7月4日。旧暦5月15日) / 江戸を東京に、江戸府を東京府と改称(9月3日。旧暦7月17日) / 明治改元(10月23日。旧暦9月8日) / 明治天皇、東京に行幸 、江戸城を東京城に改称(10月)
明治から第二次大戦まで
- 1869年(明治2年)明治天皇再び東京に行幸、東京城を皇城と改称 / 築地外国人居留地設置
- 1871年(明治4年)廃藩置県(8月29日。旧暦7月14日) / 東京府に小菅県と品川県を合併(12月25日。旧暦11月14日)
- 1874年(明治7年)東京警視庁設置
- 1878年(明治11年)竹橋事件 / 郡区町村編制法により、麹町区以下の15区と荏原・東多摩・南豊島・北豊島・南足立・南葛飾の6郡が設置される。
- 1882年(明治15年)上野動物園開園
- 1888年(明治21年)皇城を宮城(きゅうじょう)に改称
- 1889年(明治22年)市制・町村制が施行され、東京市が発足(5月1日)
- 1893年(明治26年)神奈川県から三多摩(西多摩郡・南多摩郡・北多摩郡)を編入(4月1日)
- 1896年(明治29年)郡制施行、東多摩郡と南豊島郡を合併し豊多摩郡が設置される(4月1日)
- 1898年(明治31年)淀橋浄水工場(淀橋浄水場)通水
- 1899年(明治32年)築地居留地廃止
- 1902年(明治35年)神田上水及び玉川上水廃止
- 1905年(明治38年)日比谷焼打事件
- 1918年(大正7年)玉川水道株式会社、玉川浄水場通水
- 1920年(大正9年)豊多摩郡内藤新宿町を東京市に編入
- 1922年(大正11年)三河島汚水処分場(三河島水再生センター)が運転開始
- 1923年(大正12年)渋谷町水道、砧下浄水場通水(5月)
- 1923年(大正12年)関東大震災(第二次関東地震)発生(9月1日)
- 1924年(大正13年)第一水道拡張事業完了 / 村山上貯水池(多摩湖)完成 / 境浄水場通水
- 1925年(大正14年)江戸川上水町村組合、金町浄水場通水
- 1927年(昭和2年)村山下貯水池(多摩湖)完成
- 1927年(昭和2年)東京地下鉄道(現・東京地下鉄銀座線・上野~浅草間)開通(12月) / 大正天皇陵(多摩御陵)造営(東京府八王子市)
- 1928年(昭和3年)荒玉水道町村組合、砧上浄水場通水
- 1930年(昭和5年)砂町汚水処分場(砂町水再生センター)が運転開始
- 1930年(昭和5年)矢口水道株式会社、矢口浄水場通水
- 1931年(昭和6年)羽田飛行場(現在の東京国際空港・羽田空港)がオープン
- 1931年(昭和6年)芝浦汚水処分場(芝浦水再生センター)が運転開始
- 1932年(昭和7年)井萩町水道、杉並浄水場通水
- 1932年(昭和7年)日本水道株式会社、狛江浄水場通水 / 町営及び町村組合の10水道事業を合併
- 1932年(昭和7年)豊多摩郡・北豊島郡・荏原郡・南足立郡・南葛飾郡の計82町村を東京市に編入、東京市は35区に
- 1934年(昭和9年)山口貯水池(狭山湖)完成
- 1936年(昭和11年)国会議事堂落成 / 北多摩郡砧村・千歳村を東京市に編入
- 1937年(昭和12年)後楽園球場完成
- 1938年(昭和13年)東京高速鉄道(現・東京地下鉄銀座線・渋谷駅~虎ノ門駅間)開通
- 1941年(昭和16年)陸上交通事業調整法に基づく戦時統制。東京地下鉄道と東京高速鉄道、帝都高速度交通営団へ統合
- 1942年(昭和17年)東京初空襲(ドーリットル空襲)
- 1943年(昭和18年)東京市と東京府を廃止し、東京都を設置(7月1日)
- 1945年(昭和20年)東京大空襲(3月10日) / 連合国軍進駐(9月2日)
昭和後期(第二次大戦後)
- 1947年(昭和22年)区部が35区から23区に再編、特別区に
- 1948年(昭和23年)宮城を皇居と改称
- 1954年(昭和29年)営団地下鉄丸ノ内線開業
- 1957年(昭和32年)小河内貯水池(奥多摩湖)竣工
- 1958年(昭和33年)東京タワー完成 / 多摩動物公園開園
- 1959年(昭和34年)東京モノレール開業
- 1960年(昭和35年)都営地下鉄浅草線開業
- 1960年(昭和35年)東村山浄水場通水
- 1961年(昭和36年)営団地下鉄日比谷線開業
- 1962年(昭和37年)東京都水道局から東京都下水道局が独立 / みやぎ水再生センターが運転開始
- 1964年(昭和39年)落合水再生センターが運転開始(世界初の上部公園開放)
- 1964年(昭和39年)東海道新幹線開通(10月1日) / 東京オリンピック開催(10月10日~24日)
- 1965年(昭和40年)淀橋浄水場廃止、66年3ヶ月の歴史を閉じる
- 1965年(昭和40年)都議会議長選挙に絡む贈収賄事件で当時の都議会議長を含む都議会議員12人が逮捕、4人が在宅起訴となり都議会が解散
- 1966年(昭和41年)営団地下鉄東西線開業
- 1967年(昭和42年)都知事に美濃部亮吉当選
- 1967年(昭和42年)森ヶ崎水再生センター運転開始
- 1968年(昭和43年)小笠原諸島返還 / 三億円事件(府中市)
- 1968年(昭和43年)都営地下鉄三田線開業
- 1969年(昭和44年)営団地下鉄千代田線開業
- 1970年(昭和45年)三島由紀夫決起事件
- 1970年(昭和45年)小作浄水場通水
- 1973年(昭和48年)読売ジャイアンツ、セントラルリーグ9連覇(V9)達成
- 1974年(昭和49年)三菱重工爆破事件 / 営団地下鉄有楽町線開業
- 1974年(昭和49年)新河岸水再生センター運転開始
- 1975年(昭和50年)三園浄水場通水
- 1977年(昭和52年)立川基地全面返還(立川市) / 小菅水再生センターが運転開始
- 1978年(昭和53年)新東京国際空港(現成田国際空港)開港(5月20日)、東京国際空港(羽田空港)は実質国内線専用に
- 1978年(昭和53年)営団地下鉄半蔵門線、都営地下鉄新宿線開業
- 1979年(昭和54年)都知事に鈴木俊一当選(以降95年まで4期16年)
- 1981年(昭和56年)葛西水再生センター運転開始
- 1982年(昭和57年)明治神宮野球場、改修完了
- 1984年(昭和59年)中川水再生センター運転開始
- 1985年(昭和60年)三郷浄水場通水 / 第一回パンパシフィック水泳選手権開催
- 1986年(昭和61年)地価急騰、狂乱地価
- 1987年(昭和62年)国鉄分割民営化(4月1日)JR東日本による経営承継。東海道新幹線の東京駅はJR東海が管轄
- 1988年(昭和63年)東京ドーム完成
平成期
- 1989年(平成元年)葛西臨海水族園開業 / 昭和天皇陵(武蔵陵墓地)造営(八王子市)
- 1991年(平成3年)東京の電話局番4桁に(1月) / 新宿に東京都庁舎(東京都庁新庁舎)完成(3月)
- 1991年(平成3年)営団地下鉄南北線、都営地下鉄12号線(現、都営地下鉄大江戸線)開業
- 1993年(平成5年)東京湾連絡橋レインボーブリッジ完成
- 1994年(平成6年)営団地下鉄有楽町線新線開業
- 1995年(平成7年)地下鉄サリン事件(3月) /都知事に青島幸男当選(5月) / 中野水再生センター(7月)、有明水再生センター(9月)が運転開始 / 東京メトロポリタンテレビジョン(MXテレビ)開局(11月)
- 1996年(平成8年)東京臨海高速鉄道臨海副都心線開業
- 1998年(平成10年)多摩都市モノレール開業 / 山一證券倒産
- 1999年(平成11年)都知事に石原慎太郎当選(2003年再選)
- 2000年(平成12年)東京ドームの敷地内に東京ドームホテルが開業
- 2001年(平成13年)浮間水再生センターが運転開始
- 2003年(平成15年)後楽園ゆうえんちが東京ドームシティアトラクションズに名称変更 / ドームシティ敷地内にラクーア完成 / 東海道新幹線の品川駅開業
- 2003年(平成15年) 六本木ヒルズ、汐留シオサイト完成
- 2004年(平成16年)帝都高速度交通営団が民営化し東京地下鉄株式会社に
行政区画の変遷
- 1868年(慶応4年)江戸城下を管轄する江戸府を設置。江戸が東亰、次いで東京と改称されると、江戸府も東京府と改称される。
- 1871年(明治4年)廃藩置県後、東京府に小菅県と品川県を合併
- 1872年(明治5年)東京府が、ほぼ現23区の範囲に拡大
- 1878年(明治11年)郡区町村編制法施行。府内には15の区と南豊島郡、北豊島郡、荏原郡、南足立郡、南葛飾郡、東多摩郡が発足
- 1889年(明治22年)市制・町村制施行。15区の区域に新たに東京市を設置
- 1893年(明治26年)千歳村・砧村(現在の世田谷区の一部)を含む多摩地方(三多摩)が神奈川県から東京府に編入
- 1896年(明治29年)南豊島郡・東多摩郡が合併し豊多摩郡に
- 1898年(明治31年)東京市の「市制特例」が廃止され、一般市制に移行。東京市役所が開設
- 1907年(明治40年)埼玉県北足立郡保谷村を北多摩郡に編入
- 1920年(大正9年)豊多摩郡内藤新宿町を東京市四谷区に編入
- 1932年(昭和7年)5郡(荏原郡、豊多摩郡、北豊島郡、南足立郡及び南葛飾郡)82町村を東京市に編入。東京市は35区に
- 1936年(昭和11年)北多摩郡砧村・千歳村を東京市世田谷区に編入
- 1943年(昭和18年)東京都制施行。東京市と東京府を廃止し、東京都を設置
- 1947年(昭和22年)地方自治法施行。区は23区となり、特別地方公共団体である「特別区」に
- 1952年(昭和27年)一般市制移行記念日として10月1日を「都民の日」に制定
人口
年齢構成
| 画像:demography13000.svg | |
| 東京都と全国の年齢別人口分布図(比較) | 東京都の年齢・男女別人口分布図 |
■紫色は東京都
■緑色は日本全国 | ■青色は男性
■赤色は女性 |
| 総務省統計局 / 国勢調査(2005年) | |
行政
行政組織
- 東京都:東京都全域の広域行政と、特別区の区域における大都市行政。
- 特別地方公共団体(特別区):千代田区、中央区、台東区など23区
- 特別区の一部事務組合
- 特別区人事・厚生事務組合
- 東京二十三区清掃一部事務組合(旧:東京都清掃局)
- 特別区競馬組合
- 普通地方公共団体(市町村)
- 市町村の一部事務組合(34団体)
- 財産区(1市2町に8つの財産区)
財政と事業
臨海副都心開発における、東京テレポートセンター、東京臨海副都心建設、竹芝地域開発、東京ファッションタウン、タイム二十四の臨海関連第三セクター5社が相次いで経営破綻するなどの、いわゆる「5T問題」(五社の頭文字から)を抱えており、他にも国際貿易センター、東京臨海高速鉄道、東京都地下鉄建設、多摩ニュータウン開発センターなどの第三セクターの深刻な財政問題を抱えている。
財政状況は、景気の回復による都税収入の増加と、石原都政下での緊縮財政で、2000年前後の最悪の水準から大幅に回復し、一般会計が他の会計から借り入れる「隠れ借金」も2006年度で完済する目処が立ち、2005年度の一般会計では16年ぶりの黒字決算となった。起債依存度は全国の自治体で最低の5.8%と財政の健全化が進んでいる。
一方で、特別会計や監理団体なども含めた東京都の連結での負債([1]の23頁)は、2004年度末に16兆9508億円、都民一人当たりの負債額は約135万円と共に全国最多であり、特別会計や監理団体の財政は厳しい。また、平成18年度の実質公債費比率は17.1%と、全国で8番目に悪い。総務省 平成18年度 実質公債費比率の算定結果(速報)PDF、同HTML
生活保護を受けている世帯は、2005年4月現在140,848世帯で、人数は187,773人に上る。
政治
東京都議会
1965年(昭和40年)に自主解散したため、東京都議会選挙は統一地方選挙としては実施されない。
構成
- 2007年4月9日現在の会派構成
| 会派 | 議席数 |
|---|---|
| 東京都議会自由民主党 | 49 |
| 都議会民主党 | 35 |
| 都議会公明党 | 22 |
| 日本共産党東京都議会議員団 | 13 |
| 都議会生活者ネットワーク | 4 |
| 無所属(行革110番) | 1 |
| 無所属(自治市民'93) | 1 |
| 無所属(市民の党) | 1 |
| 無所属(民主フォーラム) | 1 |
| 欠員 | 7 |
都議の選挙区
| 選挙区名 | 定数 | 選挙区名 | 定数 | 選挙区名 | 定数 | 選挙区名 | 定数 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 千代田区 | 1 | 中央区 | 1 | 港区 | 2 | 新宿区 | 4 |
| 文京区 | 2 | 台東区 | 2 | 墨田区 | 3 | 江東区 | 4 |
| 品川区 | 4 | 目黒区 | 3 | 大田区 | 8 | 世田谷区 | 8 |
| 渋谷区 | 2 | 中野区 | 4 | 杉並区 | 6 | 豊島区 | 3 |
| 北区 | 4 | 荒川区 | 2 | 板橋区 | 5 | 練馬区 | 6 |
| 足立区 | 6 | 葛飾区 | 4 | 江戸川区 | 5 | 八王子市 | 5 |
| 立川市 | 2 | 武蔵野市 | 1 | 三鷹市 | 2 | 青梅市 | 1 |
| 府中市 | 2 | 昭島市 | 1 | 町田市 | 3 | 小金井市 | 1 |
| 小平市 | 2 | 日野市 | 2 | 西東京市 | 2 | 西多摩 | 2 |
| 南多摩 | 2 | 北多摩第一 | 3 | 北多摩第二 | 2 | 北多摩第三 | 2 |
| 北多摩第四 | 2 | 島部 | 1 |
- 西多摩選挙区:福生市、羽村市、あきる野市、西多摩郡
- 南多摩選挙区:多摩市、稲城市
- 北多摩第一選挙区:東村山市、東大和市、武蔵村山市
- 北多摩第二選挙区:国分寺市、国立市
- 北多摩第三選挙区:調布市、狛江市
- 北多摩第四選挙区:清瀬市、東久留米市
- 島部選挙区:大島支庁、三宅支庁、八丈支庁、小笠原支庁
経済
一極集中の歴史
江戸時代
江戸時代の江戸は、幕府や各大名の藩邸が置かれ、政治の中心地として、国内最大の消費地であった。又、貨幣では金貨の流通が主流で、「江戸の金経済圏」を形成していた。しかし、「日本の富の7分は大坂に」と呼ばれており、経済の中心地は大坂であった。
又、江戸の税制は、天領(幕府領)や旗本からの税収が主体であり、今日のような中央集権的な税制ではなかった。
今日のような経済面での東京都区部への過剰な一極