静岡県
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[編集] 概要
令制国の伊豆国、駿河国、遠江国の3国に相当する。このため、東西に広大な県となっており、東西で住民の意識が違ってくる。
名目上の行政区分では、東日本、中部地方、東海地方、広域関東圏などに区分されている。又、名古屋圏や関東地方からも独立した地域として、「静岡 (県) 地方」とされるケースや、静岡県のみで東海地方とされるケースも存在する。
しかし、糸魚川静岡構造線を挟んで東側と西側に広い面積を占めているため、行政やその他諸々の区分では、これらとは違う区分に属する事もある。
とりわけ、関東地方と中部地方の両方に扱われる事がある。
[編集] 地理
安倍川が、糸魚川静岡構造線の南端に当たる。従って、地質構造は、安倍川を境にして、東側と西側で全く異なっている。
気候は典型的な太平洋側気候で温暖。平野部では降雪も少ない。
北部には富士山や赤石山脈といった三千メートル級の山々がそびえ、ここから幾つか河川が流れている。東部は火山が多く、西部には台地が見られる。
[編集] 地形
- 主な山岳
- 主な台地
- 主な半島
- 主な海岸域
- 主な湖沼
- 主な河川
- 隣接都道府県
[編集] 静岡県の分類
[編集] 全域を一括する場合
- 静岡県は、歴史的経緯や人口・面積の比率を勘案して、東日本に分類される事が多い。しかし、日本の経済の重心が首都圏に偏っている事から、特に経済分野で相対的に弱い西日本を補完するために、西日本に分類される事もある。
- 西日本の例:NTT分割、Jリーグオールスターサッカー。
- 静岡県(知事)は、中部圏知事会議と関東地方知事会の両方に所属している。中央省庁や民間企業の管轄も、中部地方(東海地方)とする機関と関東地方とする機関が混在している。この場合、中央省庁の出先機関の所在地が、関東は東京に置かれ、中部は名古屋に置かれている場合が多い。
- 中部地方(東海地方)の例:衆議院比例区(東海ブロック)、財務省東海財務局、名古屋国税局、名古屋税関、国土交通省中部地方整備局、中部運輸局、国土形成計画(中部圏)、総務省東海総合通信局、中部管区行政評価局、人事院中部事務局、厚生労働省東海北陸厚生局、公正取引委員会中部事務所、国土地理院中部地方測量部、東海市長会、都市機構(中部)、国立病院機構(東海北陸)、NHK(東海・北陸)、JAF(中部・東海エリア)、NTTドコモ(NTTドコモ東海)、インターハイ(東海大会)など。
- 関東地方の例:法務局(東京法務局)、高等裁判所(東京高等裁判所)、高等検察庁(東京高等検察庁)、管区警察局(関東管区警察局)、地方農政局(関東農政局)、経済産業局(関東経済産業局)、地方環境事務所(関東地方環境事務所)、海上保安庁(第三管区海上保安本部)、中日本高速道路(横浜支社)など。
- 法務省、警察庁、防衛省、農林水産省、経済産業省、環境省の関連・外郭団体の類も、基本的に静岡県は関東(広域)圏の枠組みに入る(除一部)。
[編集] 県を分割する場合
- 大井川で分割
- 大井川で分割して、大井川以東を東日本や関東地方として、大井川以西(旧浜松県)を西日本や中部地方(東海地方)とする場合がある。
- 安倍川で分割
- 糸魚川静岡構造線に則って、安倍川以東を静岡県東部と見なす場合がある。
- 安倍川以東の例:フジテレビの静岡県東部地図
- 富士川で分割
- 富士川で分割して、富士川以東を東日本や関東地方として、富士川以西を西日本や中部地方(東海地方)とする場合がある。
- 富士川以東の例:東京電力、日立コンシューマ・マーケティング。
- 富士川以西の例:中部電力、中日新聞東海本社。
[編集] その他のエリア区分例
(1) 静岡県全域を関東に入れる企業もあれば、(2) 静岡県全域を愛知県西部などと一緒で東海や中部に入れる企業もあり、(3) 更には静岡県全域で東海とする企業もある。(4) 特定の川で静岡県を分割する企業もあるなど、エリア区分は各社ごとに異なる。
企業のエリア区分は、それぞれの監督官庁のエリア区分を模倣している物が多いが、基本的に静岡県が地域分類される場合、大まかに分けて下記の4分類のいずれかが見られる。
- 中部(東海)
- 比較的よく見かける分類である。
- 関東
- 次に多いのがこの分類である。又、大井川以西(旧浜松県)のみを「中部(東海)」として、大井川以東を「関東」とする例も、最近では見受けられる。
- 神静(神奈川県と静岡県)
- 日本ビクター、ホシザキ電機(大井川以東のみ)、ダイア建設、大京、五洋建設、アサヒビールなど、神奈川県全域と静岡県全域を一緒にするエリア区分も少数ながら存在する。この枠組みでは、横浜を業務拠点として、静岡県はその管轄下となるケースが多い。
- なお、コカ・コーラセントラルジャパンは、山梨県・神奈川県・静岡県の3県全域(旧称:富士コカ・コーラボトリング営業エリア)を富士地区統括としている。
- 静岡県
- 日本金融新聞社のように、首都圏や名古屋圏とも別にして、静岡県を単独のエリアとする企業も存在する。この場合、静岡県が「東海」と区分される事がある。
- 尚、ユニーのように、静岡県全域と山梨県で「静岡ブロック」「山静(甲静)ブロック」とする企業も存在する。
[編集] 自然公園
- 日本平県立自然公園、奥大井県立自然公園、御前崎遠州灘県立自然公園、浜名湖県立自然公園
[編集] プレート
伊豆半島は、本土の中で唯一フィリピン海プレート上にある。プレート境界上に富士山が形成されている。
[編集] 歴史
※各地域ごとの歴史は「伊豆国」「駿河国」「遠江国」を参照すること。
[編集] 原始・古代
[編集] 旧石器時代
1960年~62年、静岡県西部の浜北市根堅(現浜松市根堅)において、約1万4000年前に生息の浜北人の人骨が発見された。2002年9月、科学的な測定法で確認された。
[編集] 縄文時代
1958年~60年、静岡県西部の三ヶ日町只木(現浜松市三ヶ日町只木)で、約7500~9500年前に生息の三ヶ日人の住んでいた遺跡が発見されている。
[編集] 弥生時代
静岡市駿河区登呂で、弥生時代の水田、住居跡などが発見されている(登呂遺跡)。
[編集] 古墳時代
国造から、律令制への移行。
- 駿河国に統合された国造
- 珠流河国:富士市に比定。
- 廬原国:静岡市清水区に比定。
- 伊豆国:三島市に国府。駿河国に統合されるも、後に分立した。
- 遠江国に統合された国造
- 素賀国:掛川市大須賀に比定。
- 久努国:袋井市久能に比定。
- 遠淡海国:磐田市に比定。
[編集] 畿内政権の時代
[編集] ヤマトタケル伝説
ヤマトタケルが蝦夷征伐に赴いた時、駿河国で騙し討ちに遭う。その時に草薙剣で草を薙ぎ払って難を逃れたという伝承が残されており、その地を「草薙」と呼んだ。又、賊を焼き払った野原を「焼津」と呼んだという。
[編集] 奈良・平安時代
律令制で中央集権国家が形成されるに従って、現在の静岡県内に有った国造は、伊豆国、駿河国、遠江国という3つの令制国に合併・再編された。
伊豆国は畿内から遠いために、流刑地の一つとされていた。一方で、駿河国には藤原南家の末裔の多くが住み着き、土着したようである。
[編集] 幕府の時代
[編集] 鎌倉時代から室町時代まで
伊豆国韮山に流刑された源頼朝が、韮山の武将北条時政と親しくなり、北条政子と結婚した。頼朝は1180年(治承4年)に兵を挙げ、その後の1192年に鎌倉幕府を樹立した。
南北朝時代に入ると、守護大名として、今川氏が駿河国府中(駿府)に入った。14世紀後半に入ると、今川氏は遠江国の守護職も兼ねた。
[編集] 戦国時代
今川氏親の代に入ると、北条早雲らの力によって、一族の抗争を終わらせ、戦国大名への道を歩んだ。又、応仁の乱の後に、散逸した貴族達が多く逗留した。一方の北条早雲は、伊豆国の堀越公方を攻め滅ぼし、それを足がかりに関東の支配へ乗り出す。
駿府を本拠地として、駿河国、遠江国、三河国の3国を支配した今川義元が、桶狭間の戦いで織田信長に殺されると、今川氏は弱体化し、西三河の徳川家康と甲斐国の武田信玄によって、今川氏の領土は分断された。家康は岡崎から浜松に転入し、そこに居住した。武田信玄が死んで武田勝頼の代になると、一進一退の攻防が続くが、長篠の戦いで敗北を喫すると、武田氏は勢力を弱め、徳川家康は、三河国、遠江国、駿河国の3国を支配する事になる。本能寺の変で織田信長が殺されると、それに乗じて甲斐国と信濃国を攻略し、5国を支配するようになる。
その後、豊臣秀吉が後北条氏を滅ぼすと、1590年には家康は駿府から江戸に移され、代わって駿府には中村一氏が入り、遠江国には山内一豊や堀尾吉晴が入り、それぞれ織田家の家臣が入った。
[編集] 江戸時代
1603年3月24日に、徳川家康が江戸幕府を開くと、数年で徳川秀忠に将軍職を譲り、家康は人質暮らしを強いられた駿府に移住し、大御所政治を敷いた。
江戸時代の伊豆国、駿河国、遠江国の3国には、天領や小大名や旗本の領土が、複雑に入り組んでいた。駿河国において独自の製茶技術が発達したのも、家康が大御所政治を敷いて以後である。
[編集] 明治維新以後
江戸幕府が倒されて明治維新が起こると、1868年5月には、駿河国の天領・沼津藩・田中藩・小島藩・諸旗本領、遠江国の相良藩・横須賀藩・掛川藩・浜松藩・諸旗本領が合併されて、駿府藩(70万石)が設置され、徳川将軍家の徳川慶喜が入った。同年6月、伊豆国(旧韮山代官領)の地域に韮山県が成立した。同年9月、旧堀江陣屋(5600石、申告1万6石。今の浜松市舘山寺地区)が堀江藩に昇格した。そして、1869年には、駿府は静岡に改名された。
1871年8月29日の廃藩置県では、駿府藩は静岡県に置き換わり、堀江藩が堀江県に置き換わった。同年12月31日には、当時の静岡県は分割され、駿河国部分が静岡県となり、遠江国部分は浜松県となった。堀江県は浜松県に編入された。韮山県は、荻野山中県や小田原県と合併して、足柄県となった。
しかし、1876年4月18日には足柄県が分割され、相模国部分は神奈川県に編入され、伊豆国部分は静岡県に編入された。そして、同年8月21日になると、浜松県が廃止されて静岡県に編入された。1878年には、伊豆諸島が東京府(現在の東京都)に編入された。
このように、伊豆国、駿河国、遠江国の3国が、1876年に行われた県の合併によって、現在の静岡県となった。
[編集] 人口
[編集] 年齢構成
| 画像:demography22000.svg | |
| 静岡県と全国の年齢別人口分布図(比較) | 静岡県の年齢・男女別人口分布図 |
■紫色は静岡県
■緑色は日本全国 | ■青色は男性
■赤色は女性 |
| 総務省統計局 / 国勢調査(2005年) | |
[編集] 行政
キャッチコピーは「ふじのくに 静岡県」、スローガンは「富国有徳 創知協働」、マスコットキャラクターは「ふじっぴー」(2003年 NEW!!わかふじ国体マスコットキャラクター)である。
[編集] 歴代知事(公選)
- 初代 小林武治(1947年4月12日~1951年4月4日、1期)
- 2代 斎藤寿夫(1951年5月4日~1967年1月8日、4期)
- 3代 竹山祐太郎(1967年1月31日~1974年6月24日、2期)
- 4代 山本敬三郎(1974年7月10日~1986年7月6日、3期)
- 5代 斉藤滋与史(1986年7月7日~1993年6月23日、2期)
- 6代 石川嘉延(1993年8月3日~、4期目)
[編集] 県行政関連施設
[編集] 経済
[編集] 産業
※本社を置く企業は「category:静岡県の企業」を参照すること。
第二次産業の割合が高いが、緑茶や蜜柑に代表される農業やマグロ・カツオ・桜エビなどで有名な漁業、伊豆半島・赤石山脈・浜名湖などの観光等のサービス業も盛んである。
- 熱海市から伊豆半島にかけては観光の名所である。また、富士山近辺も観光の名所である。温泉も数多くある。
- 茶(静岡茶)やみかん・高級メロン・温室イチゴなどの農産物。
- 伊豆半島から沼津市、焼津市あたりの漁業などがある(→日本の漁港一覧#静岡県)。
- 静岡市にはプラモデル会社・工場が集中している。
- 富士市では製紙産業が盛んである。
- 浜松市・磐田市周辺では楽器製造・オートバイ自動車製造・光電子技術産業が盛んである。
- 浜名湖周辺では養鰻業が盛んであったが最近は他の産品に転換しており、生産高は落ちこんでいる。現在は名産品として有名な鰻の養殖ではなく、スッポンが養殖されている所が多い。周辺海域では、高級魚として人気の高いトラフグの養殖も行われ、新たな特産品となっている。
- 静岡空港(富士山静岡空港)の建設を進め、空港過疎地域の救済を図る。
[編集] 電気
富士川を境に県の東部のみ50Hz(ヘルツ=東京電力管轄)。その他は60Hz(中部電力管轄)。新潟県の佐渡島、糸魚川市の一部や長野県の一部で電源周波数が県の大半と異にする地域があるものの、同一都道府県内で電源周波数が東西に大きく二分されるのは本県のみである為、電気の分野では富士川がよく知られている。
テレビCMも、東京電力と中部電力、両方が放送されている。
浜松市北部の佐久間ダム近傍に、東西の電力を相互に融通するための電源周波数変換所がある。 また、静岡市清水区の中部電力東清水変電所内に同様の目的の東清水周波数変換装置が建設中であり一部稼働している。
[編集] ガス
静岡県内では、静岡ガス系やザ・トーカイ系、中部ガス系を中心として、複数の業者が地域を分けてガス事業を行っている。静岡県内の主な一般ガス事業者は下記の通り。
- 静岡ガス 本社:静岡市駿河区、供給エリア:静岡市、沼津市、三島市、裾野市、富士宮市、富士市、袋井市、清水町、長泉町、函南町、富士川町
- 東海ガス 本社:焼津市、供給エリア:焼津市、藤枝市、岡部町、大井川町
- 中部ガス 本社:愛知県豊橋市、供給エリア:浜松市、磐田市、湖西市
- 湯河原ガス 本社:神奈川県湯河原町、供給エリア:熱海市
- 熱海ガス 本社:熱海市、供給エリア:熱海市
- 伊東ガス 本社:伊東市、供給エリア:伊東市
- 下田ガス 本社:下田市、供給エリア:下田市
- 御殿場ガス 本社:御殿場市、供給エリア:御殿場市
- 島田ガス 本社:島田市、供給エリア:島田市
- 中遠ガス 本社:掛川市、供給エリア:掛川市
- 袋井ガス 本社:袋井市、供給エリア:袋井市
[編集] 地域
※詳細の地域区分は「静岡県の地域」を参照すること。
静岡県は、富士川と大井川を境として、東部、中部、西部の3地域に区分される。東部は更に狭義の東部と伊豆に分ける事もある。但し、県庁による地域区分では、以下のように、必ずしも川が境界線とは限らない場合がある。
静岡県内には以下の23市9郡19町がある。村は旧龍山村が浜松市と合併したことにより2005年6月30日をもって消滅した。
「町」の読み方は、森町のみ「まち」で、それ以外は「ちょう」。
[編集] 東部
旧駿河国のうち富士川以東、および、伊豆諸島を除いた旧伊豆国に相当する。市外局番は0544、0545(除富士川町)、055または055Nであり、郵便番号は41から始まる。自動車のナンバープレートは「沼津」である(2006年10月から伊豆地域(上記「伊豆」エリア)でご当地ナンバーの「伊豆」が導入された)。
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[編集] 中部
旧駿河国のうち富士川以西と、旧遠江国のうち牧之原台地以東に相当する。市外局番は054または054Nであり、郵便番号は42から始まる。自動車のナンバープレートは「静岡」である。
[編集] 西部
現榛原郡域を除く旧遠江国に相当する。市外局番は053または053Nであり、郵便番号は43から始まる。自動車のナンバープレートは「浜松」である。
浜松市南部、湖西市、浜名郡を西遠として、浜松市北部を北遠と区分することもある。
ただし、教育行政上の区分は下記とは異なり、掛川市、菊川市、御前崎市は中部教育事務所に管轄される。
[編集] 地域的特徴
静岡県は、歴史的には鎌倉幕府の領土に属し、今川氏や徳川氏や後北条氏の支配圏に属した地域で、山梨県の武田氏の影響力も受けて来たため、県内各地ともに、鎌倉や東京や甲府との親和性が強い。しかし、東部(富士川以東)、中部(富士川と大井川の間)、西部(大井川以西)の3地域では、風土が大きく異なっている。
大井川以東に当たる東部と中部、即ち令制国での伊豆国と駿河国は、富士山を基軸にした文化圏を形成しているため、神奈川県や東京都との繋がりが深く、逆に大井川以西との繋がりは浅い。
駿河湾に面する富士山南麓は、富士山北麓に当たる山梨県との繋がりも深い。例えば、Jリーグの清水エスパルスvsヴァンフォーレ甲府の対戦カードは、「富士山ダービー」とも呼ばれている。又、山梨県・神奈川県相模川以西・静岡県大井川以東の3地域は、戦国時代には「甲相駿三国同盟」の一角であり、現在でも甲相駿3県の「山静神サミット」が開かれている。交通面でも、内陸側への連絡線は山梨県に通じており、国道16号圏内を迂回せずに北関東に行くには、最短でも大井川以東の静岡県から山梨県へ北上するルートを通らねばならないなど、交通的に首都圏を補完している。
中でも東部は、歴史的に小田原・鎌倉・東京(江戸)の政権に直接統治されたために、神奈川県や東京都との繋がりが深く、富士川以西との繋がりが浅いために、「関東地方の一員」という意識が特に強い。1876年4月17日までは、伊豆半島は「足柄県」の一角であった。箱根峠近辺の沼津から小田原に跨がる地域は、「富士箱根伊豆国立公園」を形成しており、東京への遠距離通勤圏となっている。沼津周辺から東京に通勤する者は、「静岡都民」と呼ばれる事もある。
一方の中部は、江戸時代まで東海道の沿線として多くの武将が割拠した歴史を歩んでいると同時に、由比の断崖を越えた東京とは「富士山文化圏」として親和性も強い。このため、字義に則った「東海地方の一員」という意識に加えて、「関東地方の一員」であるという意識も強く持っている。
これらに対して、大井川以西に当たる西部(旧遠江国)は、天竜川を基軸にした文化圏を形成しているため、東三河地方(愛知県東部)や伊那地方(長野県南部)との繋がりが深く、大井川以東との繋がりは浅い。天竜川流域の遠江・東三河・伊那の3地域は、「三遠南信」とも呼ばれている。1876年8月20日までは、旧遠江国は「浜松県」という単独の県であった。
ところが、歴史地理学的に見ると、富士川以西に当たる中部と西部は、畿内(京都・大阪・奈良)と関東(鎌倉・東京)に足掛かりを伸ばす「前線」として発展した地域で、戦国時代には今川氏や徳川氏の支配圏に属していた。
西部に本拠地を置いた武将は、「大大名への登竜門」となった者も多く、特に天竜川以西には、東三河地方や西三河地方(愛知県中部)に縁を持つ者が多かった。又、鎌倉と京都から等距離に位置するために、関東志向の武将と、畿内志向の武将の割合が折半している。これは、(1) 徳川家康が岡崎→浜松→静岡 (駿府)→東京 (江戸)の順に本拠地を遷した事や、(2) 山内一豊が掛川から高知に移転して土佐藩を樹立した事や、(3) 堀尾吉晴が浜松から松江に移転して松江藩を樹立した事からも窺える。この歴史から、浜松(天竜川以西)の住民には、「短気で出世志向」の気質を持つ者が多い。そして、掛川(天竜川以東)の住民には、「自衛心が強い堅実志向」の気質を持つ者が多く、畿内よりは関東への志向が強い。
一方で、中部(特に静岡)に本拠地を置いた武将は、今川義元が「海道一の弓取り」と呼ばれ、徳川家康が「東海の霸者」と呼ばれていたが、由比や箱根を越えて関東を志向した者も多く、大物武将の「都落ちの場」となる事も多かった。これは、(1) 今川義元が、武田信玄の姉である定恵院を正妻として娶って、東三河地方までを支配圏に収めた事や、(2) 今川氏真が、甲相駿三国同盟の一角となった事や、(3) 徳川家康が、静岡(駿府)から東京(江戸)に移転して江戸幕府を開き、2~3年で静岡に帰って大御所政治を敷いた事からも窺える。この歴史から、静岡(安倍川以東)の住民には、「気長で公家気分」の気質を持つ者が多い。
これらに対して、富士川以東に当たる東部は、鎌倉時代には鎌倉幕府の要人を出し、戦国時代には小田原に本拠地を置く後北条氏の領土となった。そして、現在でも鎌倉や東京からの観光客が多く訪れており、鯵を初めとする海産物の水揚げも多い。この地勢と歴史を見ると、富士川以東は「関東版若狭地方」となっている。この歴史から、富士川以東の住民には、「自尊心と出世欲が弱く、寄らば大樹」の気質を持つ者が多い。
[編集] 道州制
静岡県を巡る道州制の区割り案について、地方制度調査会(所在地:東京都区部)は、9道州案では中部州、11道州案や13道州案では東海州に含まれるとしている。又、国土交通省の広域地方計画では、静岡県は中部圏に含まれるとしている。
しかし、道州制を題目とするネット掲示板では、「静岡県の東部と中部を中部州(或いは東海州)に入れるな」という意見や、「名古屋と一緒にされたくない」という意見が多い。
[編集] 交通
東海道の沿線として、古くから関東地方と近畿地方とを結ぶ大動脈が整備されて来た。特に浜名湖畔は、首都圏(東京・鎌倉)と畿内(大阪・京都・奈良)から等距離に位置している。
[編集] 鉄道
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