テレビ東京

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株式会社テレビ東京テレビとうきょう英称: TV TOKYO Corporation東証: 9411)は、関東広域圏放送対象地域とする放送局である。通称はテレ東テレとう)。コールサインJOTX-TVから、TXと略称することもある。旧局名・アナログ放送のチャンネルから12チャンネルなどと略する場合もある。尚、同じ略称を使用するつくばエクスプレスは関係無い(但し、同線の運行エリアは、テレビ東京の放送エリア内にある)。

親局(アナログ放送波)の周波数帯がVHFの放送局としては、日本で最後に開局した放送局である。これ以降に開局した国内の民放テレビ局は、すべて親局がUHF帯で放送している。

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目次

[編集] 会社概要

株式会社テレビ東京
TV TOKYO Corporation
種類 株式会社
市場情報 <tr> <td style="white-space:nowrap" 東証1部 </td><td> 9411 </td>
略称 TX
本社所在地 105-8012
東京都港区虎ノ門4-3-12
電話番号 03-3432-1212
設立 1968年7月1日
業種 情報・通信業
事業内容 放送法に基づくテレビジョン放送
代表者 菅谷定彦(代表取締役会長)
島田昌幸(代表取締役社長)
資本金 89億10百万円
売上高 1,083億円(2006年度:単独)
1,197億円(2006年度:連結)
従業員数 669人(2006年4月1日現在)
決算期 3月31日
主要株主 日本経済新聞社糸山英太郎など
主要子会社 テレビ東京ミュージック
外部リンク www.tv-tokyo.co.jp/
社名
代表取締役社長
本社・支社所在地

[編集] 略史

  • 財団法人日本科学技術振興財団(以下「財団」と略)テレビ事業本部の番組制作を目的として設立された「株式会社東京12チャンネルプロダクション」(以下「東京12チャンネルプロダクション」)が、同財団から放送事業を譲り受けて発足したものである。
  • 先に開局した、教育番組専門局である日本教育テレビ(=NET:エヌ・イー・ティ→全国朝日放送→現・テレビ朝日)と異なり、旧東京12チャンネルは1964年、財団が母体となって設立した科学技術学園工業高等学校(現・科学技術学園高等学校)の授業放送をメインとして行う教育専門局(科学テレビ)として開局し、民放ながら広告を流さない放送局として運営された。しかし、それが故に慢性的な赤字を抱え、1966年4月に規模を大幅に縮小、放送時間も午前10時~11時30分の1時間半と、ゴールデンタイムと呼ばれる夕方5時~夜9時の4時間、計5時間半(日曜日は、後者の4時間のみ)に短縮された。その後「科学テレビ協力会」を母体とした「東京12チャンネルプロダクション」が設立され、1967年に日中・深夜の放送を再開した。
  • この時、水面下では「財団のテレビ部門をNHKに譲渡する」「毎日放送が東京12チャンネルプロダクションを買収する」といった話が進められていたといわれるが、いずれも頓挫した。結局、1969年12月には再三にわたる財界からの要請を受ける形で、日本経済新聞社(日経)が東京12チャンネルプロダクションの経営に乗り出した。当時日経は日本教育テレビにも出資していたが、この時にこの出資分を朝日新聞社が買い取り、日経はその売却益を利用して東京12チャンネルプロダクションに出資するという形態を取った。
  • 1973年10月に東京12チャンネルプロダクションの商号を変更した株式会社東京12チャンネルが放送事業を譲り受け、11月1日に総合放送局に移行した。この後、他のキー局のように地方系列局をもっていないハンディを克服するため、近畿中京独立UHF放送局(兵庫県・サンテレビ、滋賀県・びわ湖放送、京都府・近畿放送(現:京都放送、KBS京都)、岐阜県・岐阜放送など)への番販を展開するようになる。
    • なお、1969年4月から1975年3月までは大阪の毎日放送(MBS)と(その名残で、2007年現在でもMBSが大株主に名を連ねている)、テレビ愛知が開局する1983年8月までは中京テレビと提携関係にあった。また関西地区では、その後もテレビ大阪が開局する1982年3月まで、在阪準キー各局が番販購入の形で東京12チャンネルの番組をネットしていた事もある。
  • 東京12チャンネル時代は、他局が午前6時台から放送開始している中、番組ソフトが不足していた事もあり、開局当初から1974年頃までは午前10時前(その後、1977年9月頃までは9時からに繰り上げ)からと、比較的遅い時間から放送開始していた。そのため、一部の新聞のテレビ欄では、午前中の部分を広告欄に差し替えていた(1966年の放送時間縮小時は、ハーフ又はそれに準じるサイズに縮小されていた)。
  • 1983年に、テレビ大阪・テレビ愛知と「メガTONネットワーク」を形成。1989年より名称をTXNに改め、現在では全国6局の系列局とネットワークを形成。6局で日本の総世帯数の約7割(13都道府県とその周辺地域)をカバーしている(テレビ大阪とテレビ愛知は府・県域局であるため、在阪・在名の広域局と比較して親局の出力も低く抑えられており、視聴可能エリアが狭いほか、テレビ北海道テレビせとうちTVQ九州放送では放送エリア内でも、一部で難視聴や受信不可能な地域がある)。
  • また、独立UHF放送局を始めとする系列外の放送局への番販も行われているが、最近はケーブルテレビ局でのTXN系区域外再送信の増加や、BSジャパンの開局により番販取引が減少傾向である。このため、番販取引を少しでも増やそうとTXN系列局が34府県(今後の展開次第では29県に)のケーブルテレビ局に対して区域外再送信を許可しないケースも出て来ている。しかし、日本シリーズなどの生放送番組は、番販購入している系列外では生放送をネットできず、放映されなかったり録画放送となるが、日本シリーズの場合はNHK-BS1でも同時に中継されており、地上波で生中継を視聴できない地域にも配慮されている。
  • ケーブルテレビ局が直接TXN系列の番組を購入し、自主放送チャンネルで番組を流している場合もあるが、こういったケースは極めて稀である。
  • 1991年にTXN九州(現・TVQ九州放送)が開局してからは、テレビ東京の業績が低迷したために系列放送局の新規開局は行われていない。これは、敢えて自前で系列新局を開局させるよりも、既存の地方局への番販で収入を得た方が適当との判断による。
  • また、衛星放送を行うBSジャパンAT-X日経CNBCといった関連局が開局した事により、全国展開は完了したとの判断が一時なされた(ただし、その際、プロ野球Jリーグ取材のために、宮城県静岡県広島県に常駐取材拠点を置きたいという希望を表明していた) 。
  • 2004年8月5日東京証券取引所市場第一部に、在京キー局のテレビ局としては最後(5番目)の上場を果たした(証券コード:9411)。初値は、公開価格2,900円を上回る3,350円だった。
  • 他局に比べ、全体の視聴率が振るわない割には扱う分野が明確であり、ターゲットを絞った(60代以上の主婦層、アニメファン、個人投資家、ファッション好き、旅行好き、釣り好き、レース好きなど)番組編成から「視聴率は最下位で、固定客数は最上位」と評されている。
  • このような特定層に向けた番組編成は、スポンサーにとって広告波及効果が高いと評価され、1990年代後半からは他局も追随するようになった(TBS系「王様のブランチ」など)。また、「視聴率無関係」の編成傾向や経済番組の多さ(後述)から、時折「民放のNHK」と称される事もある(過去には、NHKの番組を購入して放送した事もある。1970~90年代には、多少意味合いは異なるもののTBSがこう呼ばれていた)。現在は年4回の改編期における番組の改編率が高く、大幅に変更される。
  • 最近では『いい旅・夢気分』や『土曜スペシャル』など、サラリーマンや中高年齢層を主力とする番組で他の民放キー局と遜色のない視聴率を上げる番組が増えており、他の民放キー局のOL・若年層を主力とした裏番組を放送時間帯の移動や打ち切りに追い込む番組もあるが、主軸コンテンツのアニメ番組は全般に低落傾向にあり(他局も同様)、その他の番組でもリニューアルや枠移転などを繰り返し全体平均視聴率の向上に努めているが、目立った実績はあげていない。なお、番組の打ち切りは契約上の関係から不祥事などを除き行っていない。

[編集] 沿革

[編集] 設立前

  • 1964年昭和39年)4月12日 - 科学技術学園工業高等学校が開校し、授業放送(科学テレビ)を開始。
午前11時30分より、テストパターンにベートーベンの交響曲第9番「合唱」の第4楽章全曲の音声を流す。局名が「東京12チャンネル」という事もあって正午に放送開始した。当初は朝日新聞ニュースも放送していた。
  • 1968年(昭和43年)3月28日 - カラー放送を開始(東京地区では5番目)。

[編集] 設立後

  • 1968年(昭和43年)7月1日 - 株式会社東京12チャンネルプロダクション設立(この年月日が株式会社としての創立日とされている)。
  • 1969年(昭和44年)4月 - 大阪地区・毎日放送(~1975年3月30日)、名古屋地区・中京テレビ(~1983年8月31日)とネットワークを結ぶ。
  • 1969年(昭和44年)10月27日 - 株式会社日本経済新聞社が財団法人日本科学技術振興財団テレビ事業本部の運営を引き受ける。
  • 1969年(昭和44年)11月1日 - 株式会社東京12チャンネルプロダクション増資(資本金は10億円から20億円になる)。
(株式会社日本経済新聞社6億円、日本生命グループ4億円。なお日本生命グループは翌1970年7月に資本を引き上げる)
  • 1973年(昭和48年)10月 - 商号を株式会社東京12チャンネルに変更。財団法人日本科学技術振興財団から放送事業を譲り受ける。
  • 1973年(昭和48年)11月1日 - 総合放送局に移行。
  • 1978年(昭和53年)12月25日 - 標準テレビジョン音声多重放送を開始。
2ヶ国語放送第1号は「音声多重放送開始の案内」。ステレオ放送第1号は同日からスタートした「パイオニア・ステレオ音楽館」(番組開始当初からCMもステレオ音声)。
画像:TV Tokyo (head office).jpg
テレビ東京(東京都港区)
地上波放送番組のうち、ニュースなどの生放送番組、一部のバラエティ番組などがハイビジョンで放送。
地上デジタルテレビジョン放送もハイビジョンで放送される様になった(それ以前はほぼすべての時間帯が4:3標準画面のアップコンバートによる放送で、ハイビジョン映像はBSジャパンでしか視聴できなかった)。提供クレジットの文字フォントもBSジャパンと同じ仕様に変更。
  • 2005年(平成17年)12月12日 - 公式アニメサイトを「アニメエクスプレス」から「あにてれ」へリニューアル(公式では12月12日12時12分12秒頃に行ったと発表)。ドメインも分け総合アニメサイトを目指す。
  • 2006年(平成18年)4月1日 - 地上デジタルテレビジョンワンセグの本放送を開始。
  • 2006年(平成18年)5月7日 - 東京ドームでの巨人主催試合を開局以来初めて中継(対ヤクルト戦)。
  • 2007年(平成19年)5月31日 - 定例会見で菅谷定彦社長(現:会長)が、2011年の地上デジタル放送全面移行後のネットワーク拡大構想を明らかにした(詳細

[編集] ネットワーク拡大構想

予定
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先述の2007年5月31日での菅谷社長(当時)の定例会見において、以下の構想が発表された。

  1. 宮城県広島県への系列局新局開局(2007年06月:広島県進出の情報について、それを聞いた地方4局が裏側で猛烈に開局の反対をしており、テレ東進出が白紙になる可能性がある。{要出典})
  2. 静岡県への系列局新規開局もしくはテレビ愛知の放送エリア拡大
  3. テレビ大阪の放送エリアを、現在の大阪府域から京都府・兵庫県に拡大(テレビ大阪の項も参照

本格的な地デジ時代をにらんだ戦略ではあるといえるが、既存局からの抵抗も予想され(特にテレビ大阪に関しては開局計画時の広域局構想が、特に独立U局からの猛反対で頓挫した経緯がある)、実現には紆余曲折が予想される(参考記事1参考記事2参考記事3)。

[編集] 特色

基本的に緊急放送(報道特別番組)を流さない事が多い[1]

社会的な大事件が起きても、ほとんど報道特別番組を組んでいない。これは他のTXN系列局でも同様であり、他局に比べてスタッフが少ないため(他キー局の半分以下)であると言われている。

特別番組に切り替えず、通常番組を放送した事例
昭和天皇死去(崩御)の場合(1989年1月7日
  • 民放連の取り決めにより、他の放送局と同様に昭和天皇追悼の特別番組(CM抜き)を翌8日に掛けて終日放送。
  • この時は中京・近畿の独立U局(通常はテレビ東京の番組を同時ネットしないサンテレビKBS京都を含む)へも番組供給を行った。これは、独立U局単独では特別番組を構成する素材が揃わないことや、各局と在京局との編成上の付き合いが一番多いことから、テレビ東京系番組をネット受けすることとなったようである[要出典]関東地方の独立U局での放送については、各局がNNSへのオブザーバー参加をしていることもあってか、日本テレビ制作の番組がネットされた)。
  • しかしこの特番開始に際し、技術スタッフのスタンバイが整わず、他局に比べ、特番の放送開始が大幅に遅れたという未確認情報もある。[要出典]
  • 「昭和天皇崩御の際、テレビ東京だけ追悼番組を放送しなかった」という風説が流れたこともあるが、実際には他局と同様に特別番組を放送している(この時、通常放送をしていたのはNHK教育テレビである)。にも関わらずアニメ「ケロロ軍曹」ではこの事象がパロディ化されている。
阪神・淡路大震災の場合(1995年1月17日発生)
  • 他局が1日中特別番組を放送し続ける中、テレビ東京は昼間は特番を放送したものの、夜になると『開運!なんでも鑑定団』を通常通り放送し高視聴率を獲得した(但しその後は再び報道特番の放送に戻している)。
皇太子妃雅子懐妊報道の場合(2001年11月30日~)
  • 他局が特別番組を11月30日の夜から断続的に続けたため視聴者が食傷気味になったためか、翌12月1日の19~20時台に他のキー局が特番を流した中で『土曜スペシャル』を通常放送したテレビ東京が民放視聴率トップになった(当日のテレビ東京では16:00~17:15に特別番組を放送したのみ)。
新潟県中越地震の場合(2004年10月23日発生)
  • 午後5時56分の地震発生後も通常番組を放送。引き続き『土曜スペシャル』も通常通り放送したが、番組中に新潟県を扱った部分があり、その部分だけを報道特番(気象庁からの中継)に差し替えられた(新潟県に系列局が無いことも原因と思われる)。
秋篠宮妃紀子の男児出産の場合(2006年9月6日
  • 通常番組である『朝は楽しく!』内のテレビショッピングの放送を途中で打ち切って特別番組に差し替え、約10分弱の間、宮内庁で行われた記者会見を中継した(記者会見終了後は通常放送に戻った)。夕方以降は『速ホゥ!』が30分拡大された為、アニメ2番組が18:00~の放送、『スキバラ』は放送中止となった。
  • 系列局のテレビ大阪では『ハロモニ。』を遅れネットで放送中だったが中断され、同様に差し替えられた。
その他
  • L字画面でニュース速報を行う際も番組途中での挿入は避け、CM明けや次番組まで待ってから挿入することが多い。
  • 大きな自然災害や事件が起きた場合、発生した時と同じ週の土曜12:30~14:00か日曜10:30~11:25の枠を報道特別番組にする場合がある(新潟県中越地震、JR福知山線脱線事故など)。
  • 国政選挙の選挙特別番組でも他局は投票が終わる20時前後から放送開始するのに対して、テレビ東京は22時前後からスタートすることが多く、実際にその前に放送される『日曜ビッグバラエティ』でも高視聴率を獲得したことがある(但し同番組でも随時L字画面で開票速報を流す)。

[編集] テレビ東京の人気コンテンツ

他局が手を付けていない、特定の視聴層を狙い撃ちする様な番組編成を得意とする。

[編集] 報道番組(経済・企業情勢)

米国の市場動性に敏感な機関投資家(の運用担当)・個人投資家を視聴層にしている。

[編集] アニメ番組

[編集] 概要

テレビ東京は古くからアニメを重視する局として認知されている。現在もキー局中でアニメの放送本数が最も多い。首都圏民放キー局で放送されるアニメ全作品のうち、半数以上が同局の放送というデータもある。

局を代表する作品でもある『ポケットモンスター』を筆頭に低年齢児童・少年少女向けのアニメから『新世紀エヴァンゲリオン』のようなアニメファン向けのものまで幅広い視聴者層に対応出来る様に編成され、これら作品群の放送にまつわる話題も事欠かない。(主に子供向けアニメが放送される夕方・休日の朝等に、『ネギま!?』や『ギャラクシーエンジェル』シリーズなどのような、いわゆる「萌えアニメ」が編成されることもたびたびある)これらのアニメ作品は、最盛期である1990年代前半は視聴率10%台の番組も多数存在し、テレ東の土台を支え、また著作権を盾にした功績もあって収益の増加にも繋がった。

また、かつてはテレビアニメとして『マンガ日本経済入門』や『ラブひな』を午後10時台に放送したことがあったが、共に確たる実績を挙げられなかった。

しかし、21世紀に入ってからは主たる視聴者である子どもの部活や塾通いの他、録画視聴習慣の定着、更には少子化などの影響等によりアニメ全体の平均視聴率も低迷の傾向を見せ始め、特に子供向けアニメのゴールデンタイムと言える月~金18時台のアニメ番組の視聴率へ与える影響は大きく、以前程には高いものでは無くなってきた。

テレビ東京はこれらの影響を受け、2006年4月より従来の月~金18時台のアニメ枠を30分ずつ前倒し、17:30~18:30に変更(通称『アニメ530』枠)。空いた18:30~19:00枠には、近年関係を強めている吉本興業製作のバラエティ番組(通称『スキバラ』枠)を新設するという大改編が行われた。アニメ枠の移動が話題となり注目されていたが、同枠全体の視聴率低下に歯止めがかから無い状態が続いている。また、アニメの本数が増えすぎて一つの壁にぶつかっている現状を打開しようと、2007年4月より『アニメ530』の時間帯の毎週火曜17:30~18:00に、魔法少女の特撮番組『美少女戦麗舞パンシャーヌ』を開始した。また、2000年代に入って学校の週5日制が導入されたことに伴い、土曜・日曜の午前帯のアニメ枠も強化されている。先述の『530』枠の苦戦とは対照的にこちらは堅調であり、特に土曜朝8時(テレビ愛知制作)枠が版権会社各社による枠争奪戦が勃発するにまで至っている。

※テレビ東京で放送したアニメ番組の個々の詳細については「テレビ東京系アニメ一覧」あるいは「Category:テレビ東京系アニメ」を参照の事。

[編集] 深夜アニメ

テレ東アニメのもう一つの側面として、深夜に放送される数々の作品群(いわゆる“深夜アニメ”)が豊富である事が挙げられる。

キー局の深夜アニメ隆盛を促すきっかけとなったアニメ『エルフを狩るモノたち』を放送してから約10年、テレ東の深夜アニメは常に話題作を放送し続け、現在でも同局の深夜枠の中核を担っている。その影響は大きく、通常放送開始時間が変動するのが通例である深夜枠でも、アニメは原則として放送開始時間が固定されている[2]。また、選挙・災害報道などで特別編成が行われる場合でも、アニメの放送時間だけは出来るだけ変更しないなど、アニメに対しては手厚い配慮を行っている。その理由は、アニメーションの製作者(近年ではTV局も含めた製作委員会)が、TV放映のために広告料を支払っているからである。

地上デジタル放送ではハイビジョン制作(アナログ放送では、画面比16:9のレターボックスサイズ)による深夜アニメも、2007年4月改編で開始された作品より実施されていて、「史上最強の弟子ケンイチ」を除いた全てである。

なお、個々の深夜アニメの概要についてはそれぞれの作品の項を参照されたい。

[編集] バラエティ番組

[編集] モーニング娘。との関係

  • モーニング娘。は、同局の番組『ASAYAN』から誕生した。同番組は2002年3月24日の放送を以って終了したが、その後5期~8期メンバーのオーディションを自ら主催している他、同局系アニメ(『きらりん☆レボリューション』ではメンバーの久住小春が主演キャラクターを演じている。また、『劇場版 とっとこハム太郎』に、一部のメンバーがゲスト出演した)への出演など、番組終了後も関係は深い。ただし、6期の募集告知はフジテレビの『とくダネ!』にて先行して発表され、オーディションの模様も同番組で扱われた。また、8期の地方選考10ヶ所のうち4ヶ所(札幌・広島・鹿児島・那覇)は、他系列のテレビ局(札幌テレビ広島ホームテレビ鹿児島讀賣テレビ沖縄テレビ)のスタジオで行われた(札幌地区を除く3ヶ所は、系列局がない地域であるため、当然のことではあるが)。
  • しかし、NHKや他民放キー4局での出演番組は比較的高視聴率(もっとも、ここ最近は高視聴率を取れているとは言い難いものがあるが)であるのに対し、同局での出演番組はあまり視聴率が良くない事や、グループの曲の1つである『THE マンパワー!!!』が東北楽天ゴールデンイーグルスの応援歌になるものの、同球団の本拠地である宮城県にはTX系列局がないなど、TXとモーニング娘。の関係には問題点が多い(過去にミヤギテレビで『ハロモニ。』を放送していたが、2006年3月をもって放送終了となった)。
  • 2007年4月より、『ハロモニ。』をリニューアルした新番組ハロモニ@がスタート。前番組『ハロー!モーニング』の視聴率低迷により、リニューアルされたが、ハロー!モーニングのファンを引き離してしまい、視聴率が1%台を推移するようになる最悪の結果となった。
  • また、モーニング娘。全体としての出演のテレビ東京系レギュラー番組は、権利の問題上BSジャパンでは放送されていない(過去に同局で放送されたのは、同局との共同制作だった『MUSIX!』と単発番組の一部など少数)。
  • 最近は、元メンバーではあるが準キー局・テレビ大阪へのレギュラー出演も出始めている(『感涙!時空タイムス』→『発進!時空タイムス』に矢口真里、『ロビーとケロビー』に辻希美産休により新垣里沙へ交代))。

[編集] 旅番組・グルメ番組

テレビ東京は旅番組グルメ番組が多いのも特色のひとつである。

  • 旅番組はテレビ東京の番組編成の根幹を成す分野で、定番の温泉旅行から珍道中もの、更にはクイズゲームなどの企画を織り交ぜたものまで多様にあるため、「テレビ東京=旅番組」と真っ先に思いつく視聴者は多い。しかし、他局の番組では見ることのないようなマイナーなタレントを多く起用する事が嘲笑の対象にされることもある(旅番組に母親と出演した経験のある北野誠は、スタッフの対応が良いと評価している)[3]
  • 旅行だけでなく、ドライブ釣りなどのアウトドア番組も、他民放キー4局と比べて多い。特に釣り番組は、シマノ提供の「釣りロマンを求めて」と、ダイワ精工提供でテレビ大阪製作の『THE フィッシング』という、長寿でなおかつ日本最大級の釣具メーカーが提供している番組を放映しており、ファンの間では人気がある。(因みに、シマノの本社は大阪、ダイワは東京であるのに対し製作局所在地が反対であるという点も興味深い。釣りファンの間では元々、シマノは西日本、ダイワは東日本において支持される傾向がある)。以前は「われら釣り天狗」という番組も(東京12チャンネル時代に)存在した。

[編集] 隅田川花火大会

  • テレビ東京では、毎年7月に隅田川花火大会の模様を生中継している(関東ローカル)。東京都内で行われる花火大会は、これまで大江戸花火まつり(フジテレビ)や東京湾大華火祭(テレビ朝日)なども中継していたが、各局が視聴率低迷や予算コストの関係で撤退していく中、隅田川だけは現在も唯一テレビ中継されている。
    • 余談ではあるが2006年7月29日の隅田川花火大会の折には、番組表内の番組名を花火にまつわる名称に書き換えるなどして、局公式サイトが隅田川花火大会一色となった。(例:ワールドビジネスサテライト→調合ビジネスサテライト,TVチャンピオン→HANABIチャンピオン,いい旅・夢気分→いい熱・花火気分)

[編集] アダルト系番組

  • テレビ東京は、近年アダルト(いわゆる”お色気”系)番組をあまり放送していない。しかし、歴史的にはこのジャンルと縁が深かった。
  • このジャンルとの縁は、1969年の『プレイガール』と、1970年の『ハレンチ学園』にはじまる。前者は、女性(美女)だけの探偵事務所を扱ったアクションドラマ、後者は永井豪の同名の漫画を基にした学園ドラマ(ただし内容は原作と異なるところが多い)であるが、両者も当時としてはセクシーな内容が多かった。前者は月曜夜、後者は木曜夜で裏番組との競合が激しかったが、視聴率も健闘した。
  • 1975年~1985年には土曜深夜のお色気情報番組『独占!おとなの時間』が放送されていた。日本テレビの『11PM』など、他局の同ジャンル番組より過激な内容で人気を集めた。他にも若干、深夜にお色気番組や風俗系のCMを放送したり、映画『エマニエル夫人』の放映や『金曜スペシャル』枠で時々お色気ネタを扱うなどの例もある。(「独占・・・」は深夜帯であるから未成年視聴者との隔離は容易であるものの、「金曜・・・」に関しては夜9時の放送で大胆なエロスの企画もあり、子を持つ親が手を焼く番組であった。)
  • これらとは別の流れと見られるが、お色気を交えた学園ものアニメ『まいっちんぐマチコ先生』の放映も、1980年代前半になされた。
  • しかし、1985年頃から当時の郵政省(現・総務省)が、低俗な番組に対してクレームを入れ始め、また当時民放連の会長をつとめていた中川順社長(当時)への批判も相次いだ。そのこともあってか、80年代後半になるとお色気番組は一掃された。
  • 1990年代に入り、深夜放送が充実してくると『平成女学園』・『ギルガメッシュないと』など過激なお色気番組を深夜に放映するようになった。しかし、深夜以外の時間帯にはお色気番組がない傾向は続き(さまざまなサブカルチャーを扱う一環として、性的にきわどいトピックスも取り上げた『浅草橋ヤング洋品店』程度)、また深夜を含めて風俗系のCMは放映されない状態が続いた。
  • 2000年代には不況などの影響で深夜のお色気番組が一掃され、お色気番組は絶滅したかに思われたが、2002年より、お笑いコンビの中川家を起用した『人妻温泉』が『Gパラダイス』枠でスタートし、高視聴率を獲得。ファッションヘルスデリバリーヘルスアダルトビデオなどでも番組タイトルを模した店や冠した作品が続出し、現代につながる熟女ブームの先駆けとなった。

[編集] その他

  • TVチャンピオン』・『TVチャンピオン2』・『開運!なんでも鑑定団』・『出没!アド街ック天国』のような長期人気番組の共通点として、今までに誰も注目しなかった、もしくは注目が集まったとしても価値があるかどうか不確かなものに対してスポットをあてて番組を成り立たせたことがある。これは、東京12チャンネルとしての総合編成を開始した時期からの伝統ともいえる。
  • 番組予算、セットなど全体的に小ぶりなものが多くなるため、アイデア勝負にならざるを得ない同局の得意技と言ってよい。『TVチャンピオン』における「大食い」、『なんでも鑑定団』における「お宝」は、どちらも全国的ブームを呼び起こした。しかし、ブームになった後で他局による豪華な仕様で後追いされてしまい、結局コンセプトを奪われがちになることも多い。
  • 他局が視聴率などを理由に早期に撤退する中で同じテーマの番組を放映しつづけた結果、「大食い」・「お宝」ともに定着化、長寿番組化していることは、現在の視聴率至上主義に対するアンチテーゼとして注目できる。

[編集] プロ野球中継

[編集] 全日放送再開時→『戦国ナイター』

  • 東京12チャンネル時代から、テレビ東京は東京オリオンズ(現・千葉ロッテマリーンズ)の主催ゲームを中心に率先的に放送していた(なお1990年代後半には日本ハムファイターズ(現・北海道日本ハムファイターズ)の東京ドームホームゲームも主として週末に放送し、関連番組も放送)。
    • 1967年に全日放送が再開された当初は、自社製作の中継とは別にフジテレビとの提携(裏送り放送)によって、サンケイアトムズ(現・東京ヤクルトスワローズ)の明治神宮野球場での主催ゲームを実況中継し、フジテレビから派遣されたアナウンサー・解説者を出演させていたこともあった。
  • その後、独立U局が東名阪の3大都市近郊に続々開局していくと、フジテレビとの提携が解消される代わりに(東京12チャンネル末期は『戦国ナイター』というタイトルで放送された)、サンテレビの『サンテレビボックス席』、KBS京都の『KBS京都エキサイトナイター』、三重テレビの『三重テレビナイター』を同時ネットワークして読売ジャイアンツ以外の在京球団が絡んだ試合も放送するようになる。
  • 1979年の西武ライオンズ誕生時は主催ゲームを何試合か中継していたが、2006年9月18日に25年ぶりに西武主催ゲーム(vs福岡ソフトバンクホークス)を放送した(同球団の試合中継が、TBSやフジテレビに移る1981年頃までと、1984年からはテレビ朝日がメイン中継)。

[編集] 日本シリーズ中継

1970年、ロッテオリオンズが日本シリーズに出場したが、東京12チャンネルは第3戦と第4戦の放送権を獲得している。

これは、もともとプロレス放送を企画し、すでに日本テレビが押さえていた国内の試合ではなく、海外の試合を放送すべく、当時同社の運動部長だった白石剛達(後に千代田ビデオ社長)がアメリカまで試合フィルムの買付けに行っていたところ、たまたま現地でサッカー・ワールドカップの試合が放送されており、それを見た白石らがたちまちサッカーに魅せられ、急遽直接メキシコのテレビ局に掛け合い、既にオファーを出していたNHK・日本テレビを差し置いて放送権を獲得。

この試合フィルムを手土産にロッテオーナーの永田雅一と面談し、日本シリーズの放送権を要求。永田側はサッカーには興味がないが、折角直接来たのだから本来毎日新聞との関係で全てTBSへ渡すつもりだった放送権のうち、第3戦と第4戦(NHK・TBSも放送)を割譲することを確約。これを知ったTBS側の妨害工作に遭うも、永田側の救済策で乗り切り、無事第3戦は東京12チャンネルをキー局として全国ネットで放送された(この事については、プロ野球中継のテレビ東京系列のシリーズ中継問題の項にも詳しく書かれている)。

なお、海外のプロレス中継はゴールデン枠で放送され好評となり、またサッカーワールドカップの試合も『三菱ダイヤモンド・サッカー』枠で1年間かけて放送。結果として一挙三得を得た事となった。

この他、東京12チャンネル時代に放送された日本シリーズの中継には、1974年のロッテVS中日第5戦がある。

[編集] 29年振りの日本シリーズ

2003年にプロ野球日本シリーズ、福岡ダイエーホークス(現・福岡ソフトバンクホークス)対阪神タイガースの最終第7戦の放映権を系列局のTVQ九州放送が獲得した。

これは、TVQが南海ホークスの福岡移転以来、同チームの試合中継回数が最も多い局であったことに加え、BSアナログ放送の普及が進んでいるという日本野球機構の判断によるものである。なお、福岡ドームでの試合を最低1試合は中継すると目されていたフジテレビが、同年のバラエティ番組『水10! ワンナイR&R』内で、王貞治監督と福岡ダイエーホークス(当時)を侮辱する内容の放送を行った「王シュレット事件」により、中継を拒否されてしまったことが影響したといわれているが、関係はないとされている。

先にどちらかが4勝すれば日本一が決まるため放送できる可能性は低かったが、戦いがもつれ最終戦にまで突入。テレビ東京