北海道

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北海道のデータ
画像:Map of Japan with highlight on 01 Hokkaido 北海道.svg
自治体コード 01000-6
面積 83,453.57km²
北方領土5,127.9km²を含む)
北海道の位置
(日本測地系)
東端:東経148度53分59秒
(択捉島ラッキベツ岬
西端:東経139度20分16秒
(渡島大島西端)
南端:北緯41度20分58秒
(渡島小島南端)
北端:北緯45度33分19秒
(択捉島カモイワッカ岬
世帯数 2,379,871世帯
(2005年10月1日)
(国勢調査)
総人口 5,627,424
(2005年10月1日)
(国勢調査)
道内総生産 207,129億円
(2000年 : 全国第5位)
ISO 3166-2 JP-01
道職員数 20,303
(2002年4月)
当初予算規模
(2004年度)
27970億円(一般会計)
2550億円(特別会計)
道議会議員定数
(任期満了日)
110
(2007年4月29日)
北海道の花 ハマナス
北海道の木 エゾマツ
北海道の鳥 タンチョウ
北海道の歌 北海道民のうた
道民体操(どさんこ体操)
北海道庁
所在地 〒060-8588
北海道札幌市中央区北3条西6丁目
電話番号 011-231-4111(大代表)
外部リンク 北海道

北海道(ほっかいどう)は、日本列島を構成するの一つであり、また、周辺の島嶼を含めた北海道地方を管轄する地方公共団体の名称である。道庁所在地札幌市

目次

[編集] 名称

かつてはアイヌが住む土地で、アイヌ語では「アイヌモシリ」(「人間の住む土地」の意)と呼ばれた。日本人(和人)は近代に至るまでアイヌを蝦夷(えぞ)、その土地を蝦夷地(えぞち)と呼んでいたが、明治政府は開拓使の設置に伴い名称の変更を検討し、蝦夷地探査やアイヌとの交流を続けていた松浦武四郎は政府に建白書を提出、「北加伊(きたかい)道」「海北道」「海東道」「日高見(ひたかみ)道」「東北道」「千島道」の6案を提示した。結局「北加伊道」を基本として採用し、海北道との折衷案として、また、律令制時代五畿七道東海道南海道西海道の呼称に倣う形として「北海道」と命名された。松浦は建白書において「北加伊道」案はアイヌが自らを「カイ」と呼んでいる事から考案したと説明しているが、言語学者の金田一京助は、当時のそのような事実を示す証拠は見つかっていないと唱えている。

北海道の地方自治法に於いて他の都・府・県と同格の接尾辞とされているが、それを外して単に「北海」と表記・呼称されることは非常に稀である(社名や学校名等の固有名詞に使用される例はある)。これは五畿七道にあやかって命名されたひとまとまりの地域名をそのまま地方公共団体名として転用した特殊性に拠るものといえる。逆にの方が「道銀(北海道銀行)」「道新(北海道新聞)」等、事実上北海道を指し示す固有名詞として広く普及しているのが現実である。

後述の通り、1886年から1947年まで北海道を管轄した地方行政官庁は北海道庁であった。この場合、「北海道」は単なる地域呼称であって、「北海道庁」が「東京府」や「青森県」などと同格の官庁名であり、現在一般に理解されているような単なる庁舎の呼称ではない(樺太樺太庁の関係に同じ)。1901年に北海道会法および北海道地方費法が公布・施行されて議会を持つ地方自治体となったが、自治体としては「北海道地方費」と呼ばれた。戦後1946年の第1次地方制度改革で市制町村制東京都制とともに府県制が改正されたとき、北海道会法と北海道地方費法が廃止されて府県制に統合された。府県制は道府県制と改称され、改正法律の附則の規定により従来「北海道地方費」と呼ばれていた自治体を「」と呼ぶこととされた。地方行政官庁としての北海道庁は1947年の地方自治法施行により「北海道庁官制」とともに廃止され、同法に基づく普通地方公共団体としての北海道となった。

[編集] 地理

画像:Satellite image of Hokkaido, Japan in May 2001.jpg
2001年5月30日地球観測衛星Terra搭載のMODISセンサにより撮影

としての北海道は、面積77,981.87km²(日本では本州に次いで2番目、世界では21番目に大きな島)。アイルランド島よりやや小さく、樺太よりやや大きい。南の本州とは津軽海峡で隔てられているが、青函トンネルにより鉄路で繋がれている。北は宗谷海峡を隔てて樺太と向かい合い、東には千島列島が連なっている。西の日本海、南東の太平洋、北東のオホーツク海と、3つの海に囲まれている。

北海道は大きく分けて胴体部にあたる菱形の部分と、南西の半島部(渡島半島)よりなる。

胴体部は南北に蝦夷山系と呼ばれる山地群が貫き北海道の脊梁を成している。蝦夷山系は南の日高山脈に始まり、東の石狩山地北見山地と、西の夕張山地天塩山地に分岐しており、この二列の間には富良野盆地上川盆地名寄盆地等の盆地列が形成されている。頓別平野からこの盆地列を通り、鵡川の河谷に抜ける低地帯を北海道中央凹地帯と呼ぶ。 北海道東部は千島弧の延長である知床や阿寒の山々が、それぞれ北東-南西の山列を成しながら全体としては東西に伸びている。この北側は北見山地からなだらかな傾斜が海岸近くまで続き平野は少ないが、南側では十勝平野根釧原野等の大平野が形成されている。 南西半島部に続く地域は、石狩湾から石狩平野勇払平野を通って太平洋へと抜ける石狩低地帯である。ここには人口180万を超える都市・札幌市や、千歳市苫小牧市等が並び、北海道で最も人口が集中する地域となっている。

南西半島部は東北日本弧内帯の延長部にあたり、石狩低地帯の西に位置する南西部山地、その南に黒松内低地帯、更に南には渡島山地がある。

北海道の主な高峰は、蝦夷山系と千島弧の会合する中央部の石狩山地(大雪山連峰、十勝岳連峰等)と、その南に続く日高山脈に集中している。最高峰は大雪山の旭岳で、その標高は2,290mである。南西部山地には「蝦夷富士」と呼ばれる羊蹄山等の山がある(北海道の山の一覧も参照のこと)。

画像:Hokkaido river map.png
北海道の一級水系の流域図

一級水系は13水系ある。石狩川天塩川十勝川釧路川網走川常呂川湧別川渚滑川留萌川沙流川鵡川尻別川後志利別川

阿寒湖大沼屈斜路湖サロマ湖支笏湖洞爺湖摩周湖ウトナイ湖網走湖能取湖風蓮湖などの湖がある。

[編集] 気候

気候は亜寒帯湿潤気候で、夏と冬の温度差が大きく冬の積雪は根雪となる。道内全域が豪雪地帯になっている。

日本海側は日本海側気候、太平洋・オホーツク海側は太平洋側気候に属する。その気候を分ける山岳地帯は北見山地石狩山地日高山脈となっている。

気温は夏冬とも一般に日本海側で高く、オホーツク海・太平洋側で低い。

  1. 日本海側は冬季には低気圧気圧の谷の他、季節風による降雪が多く、太平洋側・オホーツク海側は冬季には低気圧や気圧の谷のみによる降雪が殆どであるが、強い冬型の気圧配置で季節風が山岳を越えて降雪することがある。
  2. 太平洋側では夏には霧が発生する。
  3. 内陸の盆地部は気温の年較差が大きく冬季には記録的な低温を示す事も多い。
  4. 道南地域は道内では最も温暖で東北地方と似通った気候であり植生も類似している。

北海道地方には梅雨がないとされ、気象庁でも北海道の梅雨入りは発表されていないが、梅雨前線が北海道にかかり、2週間ほどぐずついた天気になる事がある。これを蝦夷梅雨という。

[編集] 自然公園

[編集] 人口

ISO 3166-2 都道府県名 順位 人口 割合
JP-01 北海道 7 5,655,754 4.40%

※順位・人口・割合は2003年10月1日のデータによる。

[編集] 年齢構成

Template:北海道/5歳階級別人口

画像:demography01000.svg
北海道と全国の年齢別人口分布図(比較) 北海道の年齢・男女別人口分布図
紫色は北海道
緑色は日本全国
青色は男性
赤色は女性
総務省統計局 / 国勢調査2005年

[編集] 道議会

[編集] 概要

定数は106人。

[編集] 構成

会派議席数
自民党・道民会議54
民主党・道民連合35
フロンティア(自民系)7
公明党6
新政会3
日本共産党4

(平成19年3月16日現在)

[編集] 財政

平成18年度の実質公債費比率は19.9%と、全国では長野県に次いで2番目に悪い。総務省 平成18年度 実質公債費比率の算定結果(速報)PDF同HTML

[編集] 道政

[編集] 高い落札率と談合疑惑

全国市民オンブズマン連絡会議による2005年度の道が発注する公共事業の平均落札率(入札予定価格に対する落札額の比率)は94.7%(03年は97%、04年は96.7%)で宮崎県、熊本県に次いで全国ワースト3位の位置付けとなっている。また、同調査での談合疑惑度を示す落札率分布(2005年)では、"落札率95%以上"の割合がワースト2位の鹿児島県の76.3%を大幅に上回り、84.3%で北海道ワースト1位となっており、高橋はるみ知事の道政下で談合が広く行われていることを強く示唆している。[1]

また、この調査では談合により失われた道予算は全国二位の東京都(179億)を圧倒的に上回る全国ワースト1位の約300億円と推定されている。

[編集] 地方公共団体としての北海道

地方公共団体としての北海道は、北海道本島の他、択捉島国後島色丹島歯舞諸島利尻島礼文島奥尻島天売島焼尻島渡島大島渡島小島等の属島をその領域に含む。北海道の一部である択捉島、国後島、色丹島、歯舞諸島は1945年ソビエト連邦に不法占領され、現在も同国の後継国家であるロシア連邦の実効支配下に置かれており、現在、日本の施政権が及んでいない地域である。

北海道は、日本の総面積の約5分の1の面積を持つ最も広い都道府県で、2位の岩手県の5倍以上の面積がある。人口密度は約70人/km²で東北地方の半分以下であり、さらにその人口が札幌市付近に集中している為、大部分の地域の人口密度は更に低い。他の都府県にはない土地の広さが感じられる地方である。その為、速度超過等を原因とする交通事故が多く、救急車の到着も遅れるため交通事故死亡者数が多い(対策として、ドクターヘリが導入されている)。

[編集] 北海道の市町村

画像:Hokkaido 16c.png
北海道の市町村区分図

北海道には180の市町村(3513015)、64のがある(この他、北方領土に5郡6村がある)。北海道では、森町が「まち」である以外は、町は全て「ちょう」、村は全て「むら」と読む。*印は、市町村合併により消滅する予定の市郡町村(官報告示済み)。

[編集] 支庁

北海道には14の支庁が置かれている。それぞれの支庁の人口を他の都府県の人口と比べた場合(2005年国勢調査)、石狩支庁は宮城県(約236万人)に次いで16番目、それ以外の支庁は、47位の鳥取県(約61万人)よりも人口が少ない(→都道府県の人口一覧)。石狩支庁以外の支庁は、を設置できるほどの人口がいないため、「北海道地方」という九州地方の約2倍の面積を持つ1つの地方で、「北海道」という1つの自治体を形成している。

地図内番号 名称 支庁所在地 支庁人口
1石狩支庁札幌市(中央区)2310001
2空知支庁岩見沢市365563
3後志支庁倶知安町250065
4渡島支庁函館市449371
5檜山支庁江差町46999
6胆振支庁室蘭市426627
7日高支庁浦河町81403
8上川支庁旭川市535456
9留萌支庁留萌市61488
10宗谷支庁稚内市75665
11網走支庁網走市324719
12十勝支庁帯広市354147
13釧路支庁釧路市261883
14根室支庁根室市84035

支庁は北海道の独立出先機関とされており、管内において本庁の事務を分掌している。北海道支庁設置条例によれば支庁の所管区域は郡部であり、市は含まれないのだが、実際には規則等の定めによって市の区域に於いても支庁業務は行われており、市部を含めて支庁の区域と見做される事が多い。

尚、本庁が設置されている札幌市には石狩支庁が設置されており、本庁の業務は複数支庁間の調整や議会対応、方針策定等の業務に特化している。

また、広い北海道では町村名や郡名だけではその位置が分かり難い為、支庁名を地方名として使う事がある。ニュースではよく「網走管内の○○町では、」といった言い方が使われ、天気予報では支庁毎に予報が発表される。

[編集] 石狩支庁管内

支庁所在地は札幌市(中央区)。

[編集] 空知支庁管内

支庁所在地は岩見沢市。

[編集] 後志支庁管内

支庁所在地は倶知安町。

[編集] 渡島支庁管内

支庁所在地は函館市。

[編集] 檜山支庁管内

支庁所在地は江差町。

[編集] 胆振支庁管内

支庁所在地は室蘭市。

[編集] 日高支庁管内

支庁所在地は浦河町。

[編集] 上川支庁管内

支庁所在地は旭川市。

[編集] 留萌支庁管内

支庁所在地は留萌市。

[編集] 宗谷支庁管内

支庁所在地は稚内市。

[編集] 網走支庁管内

支庁所在地は網走市。

[編集] 十勝支庁管内

支庁所在地は帯広市。

[編集] 釧路支庁管内

支庁所在地は釧路市。

[編集] 根室支庁管内

支庁所在地は根室市。

※以下は北方領土にある町村である。

※北方領土より北の千島列島には得撫郡新知郡占守郡の3郡が置かれていた。

[編集] 地域区分

道内を大きく4つに地域分けして次のように呼ぶ事がある。

  • 道南地方:渡島・檜山の2支庁管内
  • 道央地方:石狩・後志・空知・胆振・日高の5支庁管内
  • 道北地方:上川・留萌・宗谷の3支庁管内
  • 道東地方:釧路・網走・十勝・根室の4支庁管内

気候的特徴から胆振支庁・日高支庁を道南地方とする場合も多く、また上川支庁の旭川市以南を道央地方に入れたりする事もあるなど、この地域分けは厳密に定義されたものではないが、道民にはよく受け入れられた地域区分である。

他方、北海道庁は道内を6つの「地域生活経済圏」に分けている。これは、上記の4区分において面積が広い「道東地方」を3つに分けて計6つにしたものである。そのため、道東以外は上記4区分と同じである(北海道の2005年の国勢調査人口562万7424人)。

  • 道南圏(496370人、面積は栃木県と同等):渡島・檜山の2支庁管内
  • 道央圏(3433659人、面積は長野県岐阜県と同等):石狩・後志・空知・胆振・日高の5支庁管内
  • 道北圏(672609人、面積は新潟県富山県石川県と同等):上川・留萌・宗谷の3支庁管内
  • オホーツク圏(324719人、面積は新潟県と同等):網走支庁管内
  • 十勝圏(354147人、面積は埼玉県千葉県東京都と同等):十勝支庁管内
  • 釧路・根室圏(345918人、面積は群馬県+埼玉県+東京都+神奈川県と同等):釧路・根室の2支庁管内

[編集] 放送局のエリア

道内の放送局は7地域に分割される。分割はNHKの場合以下の通りになる(民放は放送局によって札幌エリアと室蘭エリアの分割方法が多少異なる)。道内放送局はマスメディア項を参照。

  • 札幌エリア(石狩支庁・後志支庁・空知支庁中南部)
  • 室蘭エリア(胆振支庁・日高支庁)
  • 函館エリア(渡島支庁・檜山支庁)
  • 旭川エリア(上川支庁・空知支庁北部・留萌支庁・宗谷支庁)
  • 帯広エリア(十勝支庁)
  • 釧路エリア(釧路支庁・根室支庁)
  • 網走(北見)エリア(網走支庁)

[編集] その他の地域分け

国の出先機関(地方支分部局)の支局等が全支庁数よりも少ない数だけ設置される場合(例:札幌・旭川・函館・釧路の4か所)は、おおむねその支局等が置かれる支庁と近隣の支庁を(支庁を分割することなく)管轄することとなる(例:釧路支局が釧路支庁と根室支庁を管轄する)が、一部の機関にあっては、歴史的経緯・地理的状況により、支庁を分割して管轄する場合がある(特に空知支庁の北部と中南部であることが多い。例:札幌法務局と旭川地方法務局、札幌運輸支局と旭川運輸支局)。

画像:Sapporo2.jpg
1888年建設の道庁旧本庁舎(札幌市)

[編集] 歴代知事

北海道庁時代の歴代長官については北海道庁 (1886-1947)の項を参照。

  • 初代 : 田中敏文 (1947年4月21日 - 1959年4月22日、3期)
  • 2代 : 町村金五 (1959年4月23日 - 1971年4月22日、3期)
  • 3代 : 堂垣内尚弘 (1971年4月23日 - 1983年4月22日、3期)
  • 4代 : 横路孝弘 (1983年4月23日 - 1995年4月22日、3期)
  • 5代 : 堀達也 (1995年4月23日 - 2003年4月22日、2期)
  • 6代 : 高橋はるみ (2003年4月23日 - 、2期目)

[編集] 歴史

[編集] 先史時代

北海道には数万年前の氷河期シベリアから人類が渡り、温暖となってからは本州からも渡来したようで、旧石器時代を経て、土器を中心とした縄文文化が興った(縄文時代)。

その縄文時代後期の「周溝墓」と推定できる環状土籬が見つかっている。千歳市郊外に周堤の外径が74メートルもあるキウス遺跡や知床半島の付け根部にある斜里郡斜里町でも朱円遺跡など環状土籬が発見されている。

本州以南は多数の渡来人(帰化人)が移住することで弥生時代を迎えたが、北海道にまでは弥生文化が伝播せず、縄文文化が続いた(続縄文時代)。つづいて、縄文とは異なる文様を土器に刻む擦文時代となって、これが11世紀ごろまで続いた。この文化は和人(本州以南の日本人)との交易によって、12世紀ごろには鉄器を持ち、狩猟のほかに農業、漁労を営むアイヌ文化に成熟した。

オホーツク海沿岸には、アイヌによって擦文時代が営まれていた頃、海獣狩猟を中心とするオホーツク文化を持った人々が移住したが、アイヌ文化が成熟した頃に忽然と姿を消した。アイヌと完全に同化したか、アイヌに追われたものと考えられる。

[編集] 和人進出

古くは『日本書紀』に渡島(わたりしま)として登場し、阿倍比羅夫と接触を持ち、奈良時代平安時代には出羽国と交易を行なった。当時の住民は、東北地方北部の住民と同じく蝦夷(えみし)と呼ばれていた。恐らく両者は同一民族で、北海道側の蝦夷が後の蝦夷(えぞ)、現在のアイヌの先祖だと考えられている。

中世以降、北海道の住民は蝦夷(えぞ)と呼ばれ、北海道の地は蝦夷が島、蝦夷地(えぞち)等様々に呼ばれた。古代の蝦夷(えみし)は農耕も生活の柱としていたが、次第に狩猟・漁業に特化し、等を日本人(和人)との交易で得るようになっていった。

[編集] 松前藩

室町時代には渡島半島の南端に和人が居住地を設けた。戦乱を避けて移住する者が増えると、現地のアイヌとの間に対立が起きた。その結果、1457年(長禄元)に起きたコシャマインの戦いで、武田信広がアイヌの指導者コシャマインを殺し、和人の勝利を決した。信広は蠣崎氏を継ぎ、その子孫は後に松前の氏を名乗り、代々蝦夷地の南部に支配権を築いた(松前藩)。

松前藩の経済基盤はアイヌとの交易にあった。安土桃山時代から江戸時代にかけて