テレビ神奈川

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テレビ神奈川
テレビ神奈川

株式会社テレビ神奈川(テレビかながわ、Television KANAGAWA, Inc.)は、神奈川県放送対象地域としてテレビジョン放送をする特定地上基幹放送事業者である。 略称はtvk(ティーブイケー)。コールサインJOKM-DTV

目次

[編集] 所在地

[編集] 株式

[編集] サービスエリア

視聴エリアは、神奈川県内と東京都の大部分、千葉県および静岡県[注 1]の一部、2006年7月からケーブルテレビを通じて山梨県中西部および静岡県東部[注 2]などの一部地域も加わる(放送のエリア図2004年4月、横浜市中区太田町に横浜メディア・ビジネスセンター(神奈川新聞社と同居)が完成。5月10日、開局以来32年使われてきた中区山下町の社屋から移転した。社屋移転を契機として、局の愛称が長年使われた「TVKテレビ」から「tvk[注 3]に変更され、またコーポレート・スローガンとして「ヨコハマ開放区」が導入された。なお、旧社屋跡地には記念碑が建立されている。

2004年12月1日12:01に地上デジタル放送(18ch・リモコンキーID3)を開始した。開始時の放送エリア (10W) は横浜市、川崎市の大部分(両市の北部を除く)および横須賀市、東京都の一部となっていた。2005年12月1日には平塚送信所(100W)が開局し、鶴見送信所の出力もフルパワー(1kW)となったため神奈川県東部の全域と千葉県の一部と湘南地区の大部分(三浦半島の一部を除く)でも視聴できるようになった。なお、2007年3月には小田原デジタル中継局が本放送を開始(エリアは南西部と静岡県伊豆半島東部)した。また、データ放送は2005年4月より自治体情報を中心に開始、ワンセグも2006年6月1日に開始している。

なお、過去には一部のCATV局及び、CS放送ディレクTV向けに「TVKスーパーステーション」→「Ch-Yokohama」→「YOKOHAMAベイサイドTV」として全国に神奈川県向けと同じ内容を放送したことがあった[1]

[編集] ネットワークの変遷

[編集] 番組編成

[編集] 編成データ

※テレビ神奈川・2010年3月25日付公式発表による

[編集] 音楽

音楽番組に力をいれており、現在では『saku saku』が人気。前身の『saku saku morning call』時代にはユースケ・サンタマリアPUFFYが司会をしていたことでも知られる。現在はパペット人形であるポンモップ(声はかつてガヤとして出演経験のあるカンカンが担当)とタレントのトミタ栞(2012年3月までは三原勇希、2008年度末までは中村優、2005年度末までは木村カエラ、2002年度末まではあかぎあい)の2人をメインパーソナリティーとしている。このような番組スタイルは、増田ジゴロウとあかぎの時期に番組スタッフ一同との掛け合いトーク中心という独自スタイルを確立。この形が受け、各地でネット放送も開始。番組グッズも各地で販売されている。メジャーな歌手・声優もゲストとして登場し、tvkの看板番組に成長した。

また、1983年10月4日(火)にスタートした長寿番組billboard TOP40』も未だ健在である。2012年6月26日付で同一司会者及び同一形態による最も長寿な音楽番組(放送開始から28年8ヶ月9日)としてギネス世界記録に認定された。

tvkの“遺伝子”を引き継ぐ音楽番組としては、2004年5月の現社屋移転と同時に開始した『オンガクのDNA』(2011年3月28日終了)を経て、現在は『オンガク開放区』(2011年4月2日放送開始)へと受け継がれている。

一方、他の独立放送局で多く放送される演歌歌謡曲関連の番組はtvkでは殆どといっていいほど放送されず、その点では千葉テレビ・テレビ埼玉とは正反対である。例として、『モトちゃんの歌は魂だ!』(千葉テレビ制作)は5いっしょ3ちゃんねる参加局で、tvkのみ放送実績がない[注 4]。また、鎌倉市を活動拠点とするよかにせどん本田修一)の演歌番組も地元tvkではなく、千葉テレビ・テレビ埼玉で放送している[注 5]

tvk以外の5いっしょ3ちゃんねる各局には、自社制作の視聴者参加型カラオケコンテスト番組が存在する。1999年に開局したとちぎテレビを除き、各局のカラオケコンテスト番組は一様に1980年代から続く長寿番組となっているが[注 6]、現在tvk自社制作では存在しない(tvk制作以外なら、横浜市商店街総連合会が制作する『ハマ歌show』が不定期に放送されている)。

[編集] スポーツ

[編集] 情報

現在まで続く平日昼の帯ワイドは『TVグラフィックおしゃべりトマト』が端緒である。『おしゃトマ』と略されたこの番組は、開始当初から予算をかけない手作り感覚のワイド番組となり、司会者を幾度も変更しながら長きにわたり続いた。この番組には、(当時)現役大学生もMC陣の一人として参加することもあり、現在フジテレビアナウンサーの福原直英も一時金曜などの曜日担当MCをしていた時期がある。『おしゃトマ』終了後は『たてながHAMA大国』→『HAMA大国』と続き、社屋移転後は『とっておき自遊食感ハマランチョ』→『1230アッと!!ハマランチョ』→『ありがとッ!』と、タイトルや内容は変わりつつも、この「枠」自体は現在まで維持されている。

他には長年、土曜22時から日本広報センター協力の政府広報番組枠を制作していた。過去には「明日への選択」→「コンパスU」、「アクセスNOW」やクイズを織り交ぜた「クイズハッピーチャンス」「クイズバトンタッチ」などがこの枠で流れた。この枠は全ての独立放送局にネットされているほか、CS放送朝日ニュースターでも放送されていた(「Just Japan」ではBS日テレおよび静岡朝日テレビにもネットされていた)。

[編集] 報道

[編集] アニメ

[編集] 過去の番組編成

テレビ神奈川(これ以降、山下町時代は「TVK」、現社屋移転後は「tvk」と表記)は開局時から「音楽に強い局」という評価がある。これは、後に音楽番組を強化したテレビ東京に先駆け「シングル・ジャンルの番組なら小さな局でも営業面で有利」と読んでいたこと、プロモーションビデオを放送するための経費が当時安かった(あくまでプロモーション目的であったことから、レコード会社などから無償提供もしくは極めて安価で提供されるケースがほとんどであった)こと、それに「横浜らしいカッコよさ」の反映などが挙げられる。

黎明期はCMや番組がなかなか埋まらず、プロモーションフィルムが格好の時間潰し[注 9]となり、昼間から夕方の時間帯を中心に歌謡曲なども含む邦楽や洋楽など(ジャンルは様々)のプロモーションフィルムが大量に放映された(当時はビデオではなくフィルム撮影で(レコード会社などが持っているプロモーションフィルムや芸能ニュースフィルムなど(映画館等での上映系のもの)そのフィルムを元にビデオテープに変換されているもの))、主に洋楽系のプロモーションフィルムなどでは、ライブでの収録映像に曲を合わせている作品や、レコーディング風景やツアー中などのドキュメント的映像等がメインで楽曲を合わせている作品も多く、現在のPV等とは多少異なる)。その後、プロモーションフィルム(ビデオ)をメインに放送する番組も放送された。それがTVKを「音楽局」へ傾倒させる要因となった(日本で音楽専門チャンネルが登場するのは1989年)。

この流れから生まれた番組としては、まず1970年代に制作・放送された「ヤング・インパルス」、そしてその流れをくんで1980年代に制作・放送された「ファイティング80's」(金曜日21時台)があげられる[注 10]

これらの番組については、キー局には出演しないようなアーティストが多数出演し、公開収録によって演奏を行った。一例としては、基本的にテレビ出演をしない浜田省吾[注 11]松任谷由実(当時は、荒井由実)[注 12]、またミュージシャンの山下達郎が、音楽グループシュガー・ベイブの一員として「ヤング・インパルス」にゲスト出演[注 13]したこともある。

ファイティング80's」の番組開始当初は、司会を宇崎竜童が担当した。他に、佐野元春子供ばんどうじきつよしや、ザ・モッズ等もレギュラー出演した(番組の終盤に、司会の宇崎竜童のダウン・タウン・ファイティング・ブギウギ・バンドや、レギュラー出演者のバンドのライブ演奏が1曲放送されたり、数ヶ月に1回位、それぞれのバンド自体が番組出演していた時期もある)。ちなみに公開収録であったこの番組は、番組スポンサーでもあった日本工学院専門学校の3号館ホールで毎回収録を行っていた。

公開収録時のエピソードとしては、サザンオールスターズが番組収録の日に、「ザ・ベストテン」(TBS)にランクインしており、収録場所である日本工学院専門学校のホールから生中継を行ったことがある。

さらに、80年代から90年代初頭にかけて放送された洋楽電話リクエスト番組「ファンキートマト」(当初金曜日放送→のちに月曜日のほぼ同時間帯へ移動)[注 14](電話リクエストにより、主に、当時流行の洋楽のプロモーションフィルム(ビデオ)を放送する音楽番組。他にも、「流行もの」や、「サーフィン」の情報の紹介等)は、植田芳暁南佳孝シャーリー富岡VJで知られ、中村真理(出演初期には、最新の映画情報コーナー担当など、後に、アメリカの「ビルボード」誌の最新ヒットチャートの紹介なども行った)らも出演。時折、ゲストとしてプロモーションで来日した海外の映画や音楽関連のアーティスト等の出演もあり(映画の場合は、予告編などを放送。音楽系等などの場合は、PVなどを放送)インタビューの他にも、音楽系のゲストの場合は演奏や、歌を唄う事もあった(ほとんどの場合、口パクではあったが)。他にもプロモーションでの邦楽系のゲスト出演者もあり(主にデビューしたての歌謡曲系以外での歌手やグループ)、デビュー当時の米米CLUB等も出演。レギュラー出演者としては、元東京JAPのドラマーでFMのDJとして人気が出た赤坂泰彦も番組末期には登場した。姉妹番組でもある邦楽情報番組「ミュージックトマトJAPAN」はシャーリーの弟のマイケル富岡の出世番組となった。全国区になり得るタレント、アーティストの青田買いを行い、いち早く世に送り出す役割を果たし、音楽業界や芸能プロダクションから高い評価を得た。

現在においては、洋楽のビデオクリップ(PV)は、CS放送などのMTV等では容易に視聴できるが、1970年代後半から1980年代初め頃には、国内のテレビ放送では洋楽を扱う番組が少なく、なかなか洋楽のビデオクリップ全編は観る事ができなかった。

そんな中、MTVのテイストを取り入れ200分間(ベータ方式のビデオテープ L-830 1本分)、途中に入るCMを除きノンストップで洋楽の新着ビデオクリップや視聴者からのリクエストによるビデオクリップをただひたすら放送するという、しがらみのない独立放送局ならではの番組として存在していたのが「SONY MUSIC TV」(金曜23:30 - 26:50)であった。

ソニーの1社提供で、番組中途中に入るCMも少なめにまとめてあり、さらには放送するビデオクリップのすべてにおいて、頭と終わりにアーチスト・曲名・アルバム名・レーベル名を入れる親切さが、洋楽ファンを中心に長く支持され、TVKローカルではなく、東阪の独立放送局を中心に、途中からはテレビ東京系であるテレビ愛知でもネットされるなどした。しかし、放送時間が段階的に短縮されていった。120分時代が長く続いた後、末期には90分まで短縮された。

MUSIC TV終了後、この番組のテイストを受け継ぐ番組はTVKローカルで火曜夕方に「シャッフル55」(ミュートマworld16ers TV枠)として移り、MUSIC TVが放送されていた時間帯には引き続きソニー提供で、演出や選曲コンセプトを明確にした「SONY MUSIC DISC」「SONY MUSIC ACCESS」と続いた(番組枠は60分と更に縮小し、TVKローカルとなる)。しかしその後、ソニーがTOKYO MXに出資した影響もあり、これらも既に終了している。

1989年昭和天皇崩御の際、崩御当日および翌日に限り、テレビ神奈川を含む関東地区の独立放送局は、オブザーバー加盟しているNNS(日本テレビ系列)の放送を同時ネットした[注 15]。なおその後も日本テレビとの関係は続いており、2008年度北京オリンピックの一部中継においてはtvk、千葉テレビ、テレビ埼玉の3社は日本テレビ制作の番組をネット受けした

1980年代の後半から90年代前半にかけて、国際都市横浜や米軍関連が多い神奈川を象徴するかの様な全編英語放送の30分間の国内ニュース「the world today」がウィークデーの23時台に放映された。この番組はJCTVとの共同制作で、JCTVでは19時からの38分間の番組であった(ちなみに提供の五洋建設CMも英語放送。スポンサーや商品によっては日本語や日本語バージョン)。

横浜そごうとのタイアップが行われていた1980年代中期 - 1990年代中期にかけては、横浜そごうが入居する「新都市センタービル」内に「キャプテンロコスタジオ」「みなとみらい21スタジオ」という2つのサテライトスタジオを持ち、ここから正午の帯枠「カフェシティ・ヨコハマ」や夕方の音楽情報番組「ミュージックトマト」が生放送されていたほか、現在ベイブリッジ横にある情報カメラも、最初は横浜そごう屋上に設置されていた。

現在は再放送番組や購入番組が幅を効かせる夜8時台だが、1980年代後半 - 1990年代中期にかけては生放送の情報番組が編成されていた。ナイター中継終了後にOAされていた「YOKOHAMAベイサイドスタジオ」(後に木曜夜にOAになった「ヒューマンTV・ベイサイドスタジオ」)、金曜夜に放送の「TVグラフィック42番街」(後の「たてながHAMA大国ナイト」「HAMA大国ナイト」「北原照久のTin Toy Box」)の2番組がそれである。

1980年頃 - 1990年まで毎週金曜22時から山谷親平細川隆一郎飯島清らによる政治討論番組「直言苦言」が放送されていた(京都放送群馬テレビびわ湖放送にもネット)。

2002年にはTVK開局30周年記念番組として、「ライブ帝国」を放送し、過去のtvkでの音楽番組からのライブ映像の放送もあり、同時期に、「ライブ帝国」のビデオ化をし販売もされた。

2010年から2013年にかけて、戦国時代にスポットを当てた「戦国鍋TV 〜なんとなく歴史が学べる映像〜」や「戦国★男士」「TV・局中法度!」といった“戦国バラエティ三部作”と称する教養バラエティ番組をtvkが幹事となってテレビ埼玉・千葉テレビ放送・サンテレビジョンの4局共同で制作して同局の深夜番組では記録的大ヒットとなり、日本各地の地方局にも番組販売を行うなどのシリーズに発展した。

[編集] エピソードおよび現況

[編集] 経営状況と自社制作率

もともとは神奈川県を筆頭に、横浜市朝日新聞毎日新聞読売新聞産経新聞中日新聞(5紙が同じ持株数を堅持)、ラジオ関東(現・アール・エフ・ラジオ日本)などが主要株主で、TVK自体が報道というものを半ば放棄していた時期もあり(1983年 - 2002年)、神奈川新聞の陰は薄かった。神奈川県が経営権を握っていた頃は、平日9:35 - 11:00、金曜夕方に神奈川県教育委員会制作の教育放送(学校放送)が組まれていた(「のびる子きょうしつ」はその生き残りで長寿番組だったが、2008年3月で終了)。津田文吾元県知事が同局の社長・会長を務めた事がある。

経営は80年代前半まで実に苦しいものだったが、まだBSアナログ放送がなく番組表がキー局の横に大きく載るなどしていたので、倒産寸前までいった千葉テレビやテレビ埼玉よりまだ恵まれていた。

経営不振で80年初頭にリストラなどで壊滅状態になっていた制作体制だが、90年代初頭の自社制作率は約70%にまでなり、東のTVK、西のKBS京都(当時は近畿放送、現・京都放送)であった。むろんキー局を除けばダントツの数字である(キー局系列局では朝日放送[ABC]の約45%が最高であった)。

TVKは1980年代から1990年代初頭にかけ、好景気と横浜そごうなど大スポンサーの存在が後ろ盾となり、経営状態は好調を持続していたが、バブル景気崩壊とともに、大スポンサー中の大スポンサーであったそごうの経営不振が経営の屋台骨を大きく揺さぶった。さらに神奈川県の財政危機(広報番組予算が7億円から数千万単位まで縮小された)により売り上げが30億円近くも減少(売上最高期の1/4近く、90億円→60億円)した。この煽りを受け自社制作率は急速(70%→40%)に減り、2002年には売り上げで東京MXテレビに、2003年には自社制作率でもテレビ埼玉に抜かれる「非常事態」となった。

TVKの非常事態を見て「県が県域メディアを経営する時代は終わった」という岡崎洋県知事(当時)の意向により、2001年に株式売却が行われ、筆頭株主が神奈川県から神奈川新聞社に移ることとなった。当初は新聞社とテレビ局の違いもあって両社の連携はしっくりいかなかったが、その後、第三者割当増資(県内市町村などが応じる)、新社屋(横浜メディア・ビジネスセンター)[注 19]建設・移転、「ヨコハマ開放区」のVI導入(電通との本格タッグ開始)、独立放送局初の地上デジタル放送開始(2004年12月1日)、独立放送局には珍しいインデックス社との提携による携帯公式サイトオープン(全キャリア対応)など、積極的な戦略に出ることになる。これにより、2005年度は3期連続増収、新社屋移転後初の黒字決算を達成、売り上げでは東京MXテレビを再び抜いた[注 20]。2013年度はTOKYO MXが売り上げを120億円として大きく引き離されている。また大幅に減少した自社制作率も40%台に回復した[2]

[編集] 放送機材

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山下町本社時代に稼働していた中継車(旧デザイン、車種は三菱ふそう・ザ・グレート
ファイル:Tvkcaravan.jpg
テレビ神奈川所有車(旧ロゴ、山下町本社時代に撮影。車種は日産・キャラバンE25型)

1972年の開局以来、字幕テロップ)は長らく写真植字による「紙テロップ」送出(モリサワ製のテレビテロップ専用写植機)であったが、1990年代初頭にはソニー製のデジタルテロッパーといえる「SMC-3000C」がまず導入された(「おしゃトマ」末期ではスーパーがこの機材で作成・送出されていた)。しかし当時の電子テロッパーには、写真植字機ほどの汎用度がなかったうえ、「SMC-3000C」は文字よりは画像デザインの汎用度が高かったことから、あくまで番組で使われるテロップの補助的役割として使用されてきた。

1995年にラムダシステムズ製のデジタルテロッパー(テレビ神奈川においては初代機)が導入され、テロップ電子化の先駆けとなったが、当初は生放送情報番組中心の運用となった。その後、スタジオサブのスイッチャーがリニアキー対応となり、透過ベースや透過文字など、綺麗なテロップが出せるように進化した。2002年にはテロッパー自体から多種多様な特殊効果を出せる「後継機」へ更新され、新社屋移転後やほぼ社屋内全てのスタジオがHD対応化した後もSDベースのまま推移したのち、2011年4月の改編を契機としてテロッパー内部の制御ソフトの改修を行い、SDからのアップコンバートによる擬似的なものの、16:9サイズ全面にテロップやCGを作成・画面配置できるように改良が加えられている。

[編集] 地上デジタル放送

地上、ワンセグ共にデータ放送に力を入れており、地上データ放送では大日本印刷と共同開発したQRコードでの携帯端末への地図取り込み機能も備えている。ワンセグ放送では音楽番組、高校野球等で番組連動型データ放送も行っている。データ放送開始は地デジ開始より4か月、ワンセグでは千葉テレビやテレビ埼玉より2か月遅れとなったが、その分内容の充実を図った(参考)。2007年9月1日からは川崎市と共同で緊急防災情報の提供を開始した。避難情報が流れた際は緊急度に応じ画面がポップアップ。ワンセグでも同様の情報提供。また、2007年4月には本格的なネットショップ「tvkショップ」をオープン、saku sakuのオリジナルグッズやライブ帝国のDVDなどはもちろんのこと、地産地消をキーワードに神奈川に根ざした名産品を大々的に扱い、地元に貢献している。

独立放送局で唯一、双方向対応番組連動データ放送を実施している。

2010年7月5日から総務省の方針により(放送大学は2010年7月24日から)、2011年7月の地上デジタル放送完全移行推進のため、すべての地上アナログ放送は原則として全番組をレターボックスをつけた状態で放送することになったが、2010年9月4日までは、tvkは4:3制作番組のすべて、ハイビジョン制作番組の一部において引き続き4:3全画面表示(ハイビジョン制作番組は4:3へサイドカット)を継続していた。

2010年9月5日からは、総務省の方針により、2011年7月の地上デジタル放送完全移行推進のため、アナログ放送終了告知テロップ[注 21]常時スクロールする形に変更し、右上にはアナログロゴのルミナンススーパーを常時表示していた[注 22]

[編集] 地上アナログ放送

2011年(平成23年)7月24日正午をもって通常放送を終了。コールサインはJOKM-TV

終了当日は11:00から『第93回全国高等学校野球選手権大会・神奈川県大会』の中継を放送していたが、中継会場のアナウンサーがアナログ放送が終了するお知らせと、12:00(正午)以降はtvkのデジタル放送を視聴するように促して、アナログでの放送を終了した。23:59からは通常のクロージングを放送したが、音声周波数と出力を読み上げたところでブラックアウトし、ブルーバックによるコールサインとアナログ放送完全終了の画面を表示。そのまま停波し、デジタルに完全移行した。

[編集] トラブル・問題点及び今後への課題

[編集] 番組関連

[編集] 社屋・機材など

地上デジタル放送開始当初は機器の減価償却の関係でHD率は高くなかった。周辺の独立放送局と比べて大幅に後れをとっていたが、2007年4月に小型HD中継車およびワイヤレスENGカメラを導入、5月にデジタルFPUの運用開始、その後2007年7月30日より2サブがHD化されたことで、飛躍的にHD率が向上した。買取番組や過去番組の再放送・再編集版を除けば、SD制作番組は少なくなっている。

2008年のHD率は約33%としているが、ニュース素材などは一切HD化されていなかった。その後2010年4月から一斉にニュース素材のHD化が行われ、本社や各支局の取材映像はHDへと移行した。これによりパッケージのHD化が既に完了していたテレ玉やTOKYO MXに遅れをとっていたHD化率も若干の向上がみられる[注 23]

2008年度末からは順次スポーツ中継のHD化が進行しているものの、YOKOHAMAベイスターズナイターのHD化は会場の設備の都合などから当初予定の2009年度開始が見送られ、ようやく2010年度からHD化された[注 24]

恒常的にHDによるスポーツ番組制作を自前で行うために不可欠なのは、自社所有大型中継車のHD化である[注 25]。2014年現在は大型中継車を保有していない。代替としてハイエースを用いた簡易的なHD中継車を保有している。

テレビ神奈川も鋭意放送機材のHD化を進められ一部のテロップCGなど[注 26]視聴者の目に触れる部分では未だSDベースの機材が幅を効かせている部分もある。

[編集] テレビ神奈川番組・技術情報

[編集] 主な番組・過去に放送した番組

詳細はテレビ神奈川番組放送一覧を参照。

アニメ関連の番組については「テレビ神奈川アニメ番組放送一覧」を参照

[編集] tvk開局40周年記念 40時間特別番組「あすの地球と子どもたち〜PRAY FOR HAPPINESS」

2012年(平成24年)開局40周年を記念して、 tvk開局40周年記念 40時間特別番組「あすの地球と子どもたち〜PRAY FOR HAPPINESS」と題した延べ40時間にも及ぶ生放送長時間特別番組の放送を正式に発表した。同局としては1976年(昭和51年)6月4日 (金) - 6月5日 (土) 放送のチャリティー番組「ダークダックスの25時間テレソン〜生きる〜花子の車いす募金」以来36年ぶりとなり[3]、1992年(平成4年)12月30日 (水) 18:30 - 1993年(平成5年)1月1日 (金) 9:30まで、TBSJNN系列で放送された『元旦まで感動生放送!史上最大39時間テレビ「ずっとあなたに見てほしい 年末年始は眠らない」』を抜き、日本の全地上波テレビ放送における歴代史上最大規模の生放送最長時間特別番組として放送された。2007年(平成19年)開局35周年を機に策定した放送ビジョン「あすの地球と子どもたち」を番組テーマに、環境・エネルギー問題・食に纏わる取り組み・新しい町作りの仕組みなど、次世代に豊かな社会をどの様にして残していくのかを考えていく。さらに開局40年の節目の年に新たにスタートさせる『どんぐりドリーム大作戦』〜地元のどんぐりから緑を育てる活動〜を番組を通じて広くアピールしていく。また、番組内で自ら実践している身近な取り組み・活動などもメール・ツイッターなどで募集し、小さいことから社会を変えていく輪を広げていく。番組は全3部構成となりメインパーソナリティーは、第1部・中西哲生(8日7:00 - 23:00)、第2部・山本シュウ(8日23:00 - 9日7:00)、第3部・別所哲也(9日7:00 - 23:00)、番組テーマ曲:光芽吹くとき、番組イメージソング:暁への祈り(歌:saigenji)、スペシャル・ライブゲスト:押尾コータロースターダストレビュー。本社1階『ヨコハマNEWSハーバー』をメインスタジオとして、9月8日 (土) 7:00 - 9月9日 (日) 23:00に放送された[4][5][6][7]

[編集] オープニング・クロージング

なお、全シーズン共通して、「tvk」ないしは「TVKテレビ」と呼称し、局名・呼び出し呼称の「テレビかながわ」を使用しない伝統を踏襲し続けている。

[編集] 山下町時代

[編集] 関内MBC時代

[編集] 使用楽曲

[編集] 制作映画

[編集] 提携局

ファイル:Me-teleAnnex.JPG
テレビ神奈川名古屋支局が設置された当初に入居していたメ〜テレアネックス(旧名古屋テレビ放送本社屋・2010年4月解体)

テレビ朝日系列の名古屋テレビ放送(NBN,メ〜テレ)、静岡朝日テレビ(SATV)と社業全般にわたり交流を図り協力をする「相互協力に関する友好協力関係協定」を結んだ。これは親会社の神奈川新聞社が朝日新聞社の関連企業であり、またテレビ朝日自体、tvkの大株主に名を連ねていることによるもの。

2004年5月10日の新社屋移転時、メ〜テレの「大須ぱっぱ屋」へ向け尾辻舞アナが新社屋を生で紹介をした。tvkの応接室にはメ〜テレのキャラ「ウルフィ」のぬいぐるみが飾られている。2009年、メ〜テレが制作した映画「ハイキック・ガール!」や、イベント「ガンダム生誕30年祭」のCM・PRを首都圏トライアングル枠を含めて精力的に流した。また新社屋移転に伴う営業体制再構築時に設けられたtvk名古屋支局は、当初メ〜テレの旧本社社屋(現・メ〜テレアネックス)に入居していたが、2010年4月に老朽化で解体された為、別の地点に移転したと思われる。

また、テレビ東京系列に次ぐネットワークを作るべく2007年に結成された東名阪ネット6の旗振り役を務めている。

[編集] tvkで放送されるCM

[編集] 歴代社長

[編集] アナウンサー

丸かっこ内の数字はtvkアナウンサーとしての在籍期間。●はアナウンス部長経験者。

[編集] 現職アナウンサー

入社順。森田・吉井・三崎はtvk正社員、他はすべて契約社員もしくは事務所派遣の専属契約。

[編集] 元アナウンサー

〇は退社or異動後に「tvkスポットニュース」の担当経験がある元アナウンサー。

[編集] 異動

[編集] 退社

※印は現在フリーアナウンサーもしくは他社に移籍して活躍中。

[編集] 男性
[編集] 女性

[編集] 輩出したアナウンサー

歴代の昼ワイド(「おしゃべりトマト」〜「HAMA大国」)のアシスタント・「みんなが出るテレビ」女子大生特派員はアナウンサーの登竜門だった。

太字は現在所属の放送局。

[編集] TVグラフィックおしゃべりトマト

[編集] HAMA大国

[編集] みんなが出るテレビ

[編集] 社長・アナウンサー以外の関連人物

[編集] キャッチフレーズ

[編集] イメージキャラクター

[編集] 時報

[編集] お天気カメラ

[編集] 社屋・放送施設

ファイル:TVKyamashitacho.jpg
テレビ神奈川山下町旧社屋(別称・放送センター)。3階建。狭小のため業務センターは別ビルにあった(移転後でお別れのペインティングがされている)。
ファイル:Mitsuike Park02.jpg
三ツ池送信所(横浜市鶴見区三ツ池公園
本社・演奏所
231-8001 横浜市中区太田町2-23 横浜メディア・ビジネスセンター内
旧本社・演奏所(放送センター)
〒231-8542 横浜市中区山下町69-1(現在は高層マンションになっている)
旧業務センター
〒231-0023 横浜市中区山下町123-1 クリードビル内

[編集] デジタル放送

リモコンキーID3TOKYO MXを除く関東全独立局も3が使われる。

送信所・中継局名 物理チャンネル
中心周波数
空中線電力 ERP 中継局置局箇所 偏波面
横浜鶴見送信所 18ch
503.142857MHz
1kW 12.5kW 三ツ池公園 水平
平塚中継局 100W 370W 湘南平 垂直
小田原中継局 31ch
581.142857MHz
10W 120W 真鶴岬 水平
南足柄テレビ中継局 35ch
605.142857MHz
1W 3.5W 21世紀の森
湯河原中継局 37ch
617.142857MHz
100mW 185mW 一本松 垂直
愛川中継局 17ch
497.142857MHz
1W 3.1W 内山 水平
箱根湯本中継局 47ch
677.142857MHz
4.2W 箱根湯本 垂直
横須賀武中継局 17ch
497.142857MHz
990mW 3.4W 武山中腹
仙石原中継局
35ch
605.142857MHz
300mW 1.2W 丸岳中腹
相模湖中継局 18ch
503.142857MHz
1.15W 嵐山山頂 水平
津久井中継局 17ch
497.142857MHz
610mW 三ヶ木馬場 垂直
久里浜中継局 1.85W 東京電力横須賀火力発電所西側 北方向(水平):西方向(垂直)
逗子中継局 1W 7.6W 披露山公園 東方向(垂直):西方向(水平)
横須賀鴨居中継局 18ch
503.142857MHz
100mW 250mW 横須賀市立上の台中学校東側の山 水平
秦野中継局 17ch
497.142857MHz
1W 2.3W 権現山山頂 垂直
湯ノ沢中継局 10mW 72mW 湯ノ沢団地 水平
笹下中継局 100mW 660mW 笹下中央公園
釜利谷中継局 350mW 金沢動物園 垂直
秦野菩提中継局 35ch
605.142857MHz
50mW 69mW 子の神社 水平
大船中継局 17ch
497.142857MHz
1W 5.8W 大船観音付近 垂直
衣笠中継局 4.1W 衣笠山 水平
中井中継局 100mW 380mW 大字久所富士見台
鎌倉中継局 300mW 430mW 鎌倉市役所本庁舎屋上
戸塚中継局 1W 3.1W 秋葉台公園近隣
青野原中継局 33ch
593.142857MHz
15mW 135mW 三角山
箱根強羅中継局 35ch
605.142857MHz
1W 2W 宮城野
相模原中継局 33ch
593.142857MHz
3W 53W 東京都八王子市裏高尾町
域外中継局
小田原東中継局 31ch
581.142857MHz
曽我山
みなとみらい中継局
49ch
689.142857MHz
27W 横浜ランドマークタワー屋上 北西方向(水平):南西方向(垂直)
藤野中継局
33ch
593.142857MHz
300mW 950mW 鉢岡山 水平

[編集] アナログ放送

2011年7月24日の停波時点

[編集] 送信所

[編集] 中継局

[編集] 区域外再放送

区域外再放送の方針として、遠隔地に受信点を設置して光ファイバーなどで伝送するケースも認めている。

太字の局はパススルー再放送をしている。

[編集] スタジオ

[編集] 山下町旧社屋

第1スタジオ(1F)
メインスタジオ。広さ198平方メートル。開局記念特番「はばたけTVK」(オープニングと一部の映像が16ミリフィルム、その他はスタジオからの放送)が最初の番組。その後、さまざまな番組(暮らしのワイド・リビングポート、新車情報、テレビグラフィック42番街、YWTVなど)に使用された。旧社屋末期には3台のカメラ(3台共に日立製)が常設されていた。なお一部特番ではスタジオ内にカメラクレーンを搬入して運用したこともある。
第1スタジオ・副調整室 (1サブ、2F)
ステレオ音声多重放送対応の副調整室である。アナウンスブースを併設。
このアナウンスブースからはかつて、朝の情報生番組「モーニング・ブレイク」(VJ:有田真子)が放送されていた。有田は、ブース内に設置されたテクニクス製のCDプレーヤーを自ら操作しながら曲出しを行ったり、映像に合わせてビデオジョッキーを担当した。ちなみに第1回の放送ではアナブースの模様がハンディカメラによって撮影され、生放送された。
第2スタジオ(1F)
広さ66平方メートル。ニュースやミニ番組の収録などを想定して作られた学校の放送室並みの超狭小スタジオ。しかし、1スタからのOAでコストがかかっていた昼ワイドの省力化を目的とし「スタジオ・きょう」(60分→のち45分)開始(1980年)時に改装された。特筆すべきはサブからの遠隔操作で運用する無人リモコンカメラ(池上通信機製)が2台設置されたことで、これによりスタジオにはフロアディレクター以外のスタッフがいなくても放送運行が可能となった。
このような事情から、「日本大通り情報」「TVグラフィックおしゃべりトマト」「情報ステーション」「KICK OFF F・Marinos」、そしてユースケ・サンタマリアIZAM井手功二&佐々木ゆう子&久保弘毅あかぎあい木村カエラ時代の「saku sakusaku saku morning call)」はこのスタジオで収録されるなど、小回りが利くことから生放送・収録を問わずフル稼働となった。
第2スタジオ・副調整室(2サブ、2F)
第2スタジオだけではなく、のちに稼働したSEAスタジオのサブとしても使用された。1サブ同様、2サブ内にもアナウンスブースを併設(開局時から2スタの機材更新までの間、ニュース用の簡易スタジオとしても使用し、その期間はブース内にニュース用の簡易セットおよび無人のリモコンカメラを常設)。
SEAスタジオ(3F)
1995年、社長室の一部を取り払いオフィス内に開設されたガラス張りのスタジオ(先述の通り、サブは2サブを使用)。「たてながHAMA大国」→「HAMA大国」、PUFFYSay a Little Prayerの生放送時の「saku saku morning call」、ニュース、スポーツ番組(1998年横浜ベイスターズ優勝特番も含む)はここから放送。SEAスタジオの名称は一般公募で決まった。「SEA」はオフィスが見える「see」の意味と横浜の海、そして「S」にSports、「E」にEntertainment、「A」にAreaをかけた。その後「SEA戦略」と局のステーションポリシーにも使用。第2スタジオ同様、小回りが利くため重宝された。「HAMA大国」放送中に小学生の社会見学でガラス越しに子供が手を振るのは、恒例だった。
主調整室(マスタールーム、2F)
TVKテレビのマスターコントロール室で、マスター設備はNEC製。ここから鶴見親局(三ツ池送信所)のコントロールや番組の送出を行っていた。マスタールームに隣接した「CMバンク」は1992年頃にD2-VTRのカートラック方式に更新され、続いて、「番組VTR室」の1インチVTRもD2-VTRに更新された。CMバンクには、提供コメント(提クレ)を送出する為の音声パック装置も備えられていたり、CMバンク室に隣接した場所に「天気」画面描画用マッキントッシュPCやグラフィック装置があった。また、マスタールームの入口ドア左側の棚には「お待ち」と呼ばれた「しばらくお待ち下さい」(ガチャ目電波のTVKカラス)のテロップカードも常時備えられ、放送事故時はテロップ装置にそれを差し替えて放送していた。また、このマスタールーム内には「お天気カメラ」のコントロール卓も設置されており、旧横浜そごうの屋上カメラや横浜ベイブリッジ設置カメラのコントロールもここから行っていた。ちなみに、マスタールームと上記「番組VTR室」隣との間には「テロップ送出架」があり、1972年の開局時から使用していた紙カード写植による「テロップ送出装置」も備えられていた。番組の運行中にリアルタイムで送出する「制作著作 TVK」「STEREO」「BILINGUAL」等のテロップもここで送出していた(同装置は1990年頃に新装置に更新され、その後は電子テロップ装置のサブ機として現用されていた)。
なお、旧社屋竣工当時(1972年)に上記「番組VTR室」に導入されたVTRは、東芝アンペックス製(TOAMCO製)2インチVTR(2インチスーパーハイバンドカラーVTR)が2台であり、1台は中継回線や外部からの中継収録に使用され、もう1台はビデオテープ番組の運行などに使用されていた。※1インチカラーVTRへの更新年度は1980年代であるが現在のところ詳細は不明。
報道顔出しブース(報道部内)
SEAスタジオが稼働するまで、報道部の一角に簡便な顔出しブースが作られており、ここから午後ワイド内のミニニュースが放送されていた。また一時期は夕方と夜のニュースもここから放送されていた。
その後、同じフロアの報道部至近にSEAスタジオが完成したことに伴い、すべてのニュース番組もここから放送されることとなり、顔出しブースは廃止された。

[編集] 横浜メディア・ビジネスセンター (Yokohama MBC)

ヨコハマNEWSハーバー(1F、HD、180坪)
ありがとッ![HD]。1台の小型固定カメラとハンディカメラ(1〜2台、状況に応じて脚をつけて固定カメラとして使用する)、計2〜3台のカメラで運用。以前は「1230アッと!!ハマランチョ」「tvk NEWSハーバー」「新車情報」などでも使用されていた。サブは番組に応じて1サブもしくは2サブを使用する。同所専用のサブは存在しない。
同所はあくまでスタジオではなく、正面玄関及びロビーを兼ねたフリースペース(自由通路)である。これは本社ビルが容積率緩和措置を受けるために設けられたものでもあり、スペースの半分はオープンレストラン(ブッフェレストラン・アプローズ)として営業されていることから、スタジオとしての使い勝手は非常に悪いといわれている。スタジオが2階以上に設置されているのも、これらと関係がある[30]。新車情報の収録ではレストランの営業時間帯に行うこともあった。それによる雑音が原因で三本和彦は番組の降板を決めたという。
第1スタジオ(2F - 中3F、HD、69坪)
saku saku[HD]、カルチャーSHOwQ〜21世紀テレビ検定〜[HD]、オンガクのDNA[HD]、Hi!横濱編集局[HD]、コンシェルジュ神奈川[HD]、Just Japan[HD]、岡崎五朗のクルマでいこう![HD]、KICK OFF F・Marinos[HD]などさまざまな番組を収録するメインスタジオ。サブ、カメラなどはすべて新規購入(マルチフォーマット対応)。カメラは3台(「カルチャーSHOwQ」はハンディカメラを含めて4カメから5カメで収録)。
このようにメインスタジオが2階にあるが、他局の新社屋のように大規模エレベータ[注 29]や搬入路[注 30]が存在しない。そのため、例えば「新車情報」のように自動車をスタジオに搬入したり、大規模大道具が搬入できないなどの問題[注 31]がある。しかし、そのような番組の収録については1階のヨコハマNEWSハーバーで行えば良いと判断し、あえて設置しなかった経緯があるものの、その1階も(あくまでスタジオではないことから)大規模搬入口はないが、国産の中型自動車まではギリギリ何とか搬入可能な間口は取られており、観音開きの二重ロック式防音扉が装備されている。
第1スタジオ副調整室(サブ、3F)
第2スタジオ(2F、HD)
tvk NEWSハーバー[HD]、ニュース930[HD]。2スタは当初減価償却の問題もあり、山下町の2サブおよび2スタ・SEAスタジオの設備を移設(カメラに設置されていたプロンプターも山下町社屋で使用されていたものを移設)して運用していたが、2007年5月末からHD対応機器への更新工事のため一旦閉鎖し、同作業完了後の2007年7月30日よりHD対応スタジオ・サブとして使用を再開した。
スタジオ内には3台のカメラがあり、すべてプロンプター(HD画角)装着の無人カメラ(2サブからリモートコントロールにて駆動)である。
第2スタジオ副調整室(サブ、2F。第2スタジオに隣接)
第3スタジオ(2F、SD)※仮設のため現存せず
2スタ及び2サブ工事のため、2007年7月にスタジオロビーに仮設されていた。セットは2スタに設置してあったものを移設して対応。tvk NEWSハーバー高校野球ニュース2007で使用された。サブはマスターサブ(一部番組では1サブ)を使用。
主調整室(マスタールーム、3階)
第4スタジオ(4F、HD)
報道制作・編成フロア内にあるオープンスタジオ。実質的に報道専用の顔出しブースである。名称の由来は4階にあるので4スタと呼ばれているに過ぎない。サブはマスターサブ(HD対応)を使用するが、4スタを実質的に駆動しているサブは4スタのデスク横に設置されている簡易送出設備(SD、2011年9月まで。後述)である[注 32]
稼働以来、山下町旧社屋の機材を移設して対応していたため、SD画質・画角4:3での放送となり、報道のHD取材映像も強制的にSD4:3にダウンコンバートされていたが、2011年9月24日から設備の更新工事に入り、同年10月3日よりHD機材に更新した上で運用を再開した[31]
tvkニュース、tvkスポットニュースなどで使用。

これら通常のスタジオ及びスタジオに準じる設備で制作・放送されていた番組がある一方で、「LOVE CHR」(終了)、「YOKOHAMA MUSIC EXPLORER」(終了)など、第1会議室で収録している番組もあった。

余談だが、現本社(横浜メディア・ビジネスセンター)に移転する前までは放送関連部署以外(営業部など)は旧本社(山下町旧社屋)とは別の場所での業務だった。1995年9月まではシルクセンターなど数ヶ所に分散、1995年10月以降は旧本社から近くの横浜クリードビル。これらは旧本社が手狭だったため。そのため、TVK本社演奏所は「放送センター」と呼び、シルクセンター内の業務室やクリードビルは「業務センター」の呼称だった。

[編集] 社史・記念誌

[編集] 関連施設

[編集] 脚注

[編集] 注釈

  1. 「TVKスーパーステーション」は、試験配信時の名称。「Ch-Yokohama」は一時期だけ「Ch-Y」と省略名を用いた事もあった。
  2. 週刊ダイヤモンド 2007年6月2日号、tvkについては2009年改編に伴う最新の数字。また2008年度よりTOKYO MXは本格的にマルチ編成を開始した事に伴い、自社制作率は大幅にアップしている。
  3. 1976年(社)日本民間放送連盟(JBA)「連盟賞(JBA Award 1976)放送活動部門 テレビ放送活動」 入選作品。なお、ダークダックスはこの番組でギャラクシー賞を受賞した。
  4. NPO法人 放送批評懇談会 第14回ギャラクシー賞 受賞作品
  5. 2012年6月19日(火)「ありがとッ!」内で正式に発表。
  6. ニュースリリース 40時間特別番組概要(PDF)
  7. ヨコハマ経済新聞2012年9月7日(火)記事
  8. 横浜日独協会 ホームページ
  9. 映画『第4の革命-エネルギー・デモクラシー』オフィシャル・サイト
  10. 安田菜津紀 オフィシャル・ホームページ
  11. 株式会社シェアするココロ ホームページ
  12. アカデミック・リソース・ガイド株式会社 ホームページ
  13. NPO法人 原千晶 よつばの会 オフィシャル・ホームページ
  14. アナウンサーズ・マガジン 三浦綾子ブログより 2012年8月24日(金)記事
  15. 女子大生リボンムーブメント オフィシャル・ホームページ
  16. 黒岩祐治 オフィシャル・ブログ 今日のひとこと2012年7月22日(水)記事
  17. ユアーズガーデン ホームページ
  18. アナウンサーズ・マガジン 根岸佑輔ブログより 2012年8月28日(火)記事
  19. ピットメディア・マーケティングス社 オフィシャル・ホームページ
  20. (財)国際生態学センター ホームページ
  21. どんぐりドリーム大作戦 オフィシャル・ホームページ
  22. ママモ・エンターテインメント オフィシャル・ホームページ
  23. tvkの局キャラクター「カナガワニ」と新垣里沙 かながわ観光親善大使に任命!! 2012年11月21日 tvkニュースリリース(PDF)
  24. テレビ神奈川編著 『テレビ神奈川35年史 tvk the 35th anniversary 1972-2007』 テレビ神奈川、2007年。
  25. 引用エラー: 無効な <ref> タグ。「tvk35ani1」という名前の引用句に対するテキストがありません
  26. 日付上は、2004年5月10日午前0時
  27. このキャッチフレーズは、一時、朝6時台に放送された天気予報のタイトル(お天気テレビ〜ニョ)に使用された事があった。
  28. 秦野市ホームページ「平成23年度秦野市長施政方針」より一部引用。
  29. 総務省関東総合通信局 デジタル中継局開局情報(神奈川)藤野中継局 開局予定事案記載
  30. 2012年4月13日(金)放送の情報番組「ありがとッ!」内で、小田原北条五代祭りの告知のため出演した阿藤快がその後、同レストラン内で食事を取るシーンがそのままOAされた。
  31. 更新工事の開始日及び更新後の運用開始日については、テレビ神奈川報道部の公式ツイッターによる。

[編集] 出典

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

  1. エリア図によると、伊豆半島東部沿岸及び駿東郡小山町御殿場市などで視聴可能とされている。
  2. 直接受信可能地域以外の沼津市富士市富士宮市のほか、中部である静岡市清水区の旧庵原郡蒲原由比町
  3. 新聞テレビ欄表記も「TVKテレビ」から「tvk」に変更されたが、毎日新聞のテレビ欄では「tvk」に改称後もしばらくの間は「tvkテレビ」として表記されていた。また、放送では余り紹介されないが、本社移転後、ウェブサイト、あるいは横浜スタジアム日産スタジアム等々力陸上競技場でのJリーグの試合での広告看板には「tvkテレビ神奈川」という正式局名が表示されることもある
  4. 制作局の千葉テレビのほか、テレビ埼玉、とちぎテレビ、群馬テレビ、KBS京都に2011年から2012年までネットしていた。番組終了した2013年は千葉テレビのみで放送していた。
  5. 千葉テレビでは『シュウチャンのお気楽道中』のタイトルで毎週土曜日に(2012年8月まで放送)、テレビ埼玉では『よかにせどん de DON』のタイトルで月1回放送している。
  6. 千葉テレビは『チバテレビカラオケ大賞21』(1982年放送開始)・『カラオケトライアルIII』(放送開始当時のタイトルは『スーパーカラオケ』として1983年放送開始)、テレビ埼玉は『カラオケ1ばん』(1984年放送開始)、とちぎテレビは『うたの王様』、群馬テレビは『カラオケチャンネル』(2009年放送開始だが、カラオケ番組は『群馬テレビカラオケ大賞』が1981年放送開始して以降タイトルなどを変えつつ継続)が自社制作のカラオケ番組として存在する。
  7. 1992年-1995年長崎県熊本県鹿児島県を特別活動地域(ホームタウンに準じる地域で、この3県では天皇杯を除くJリーグ主催の公式戦では優先的にフリューゲルスが主管できた)としており、年半数は九州遠征に充てていたため、TVKが中継する試合は、当該地区のANN系列(長崎文化放送熊本朝日放送鹿児島放送)と共同製作(キー局はTVKで、上掲3局は技術協力扱い。ただし実況は上掲3局のアナウンサーが担当)という形を取った。
  8. 茨城県には独立放送局が存在せず、アントラーズ戦主催試合の中継は1995年ごろまであったが、茨城県では南西部などの一部を除いて直接受信は困難でケーブルテレビでの再配信(地上波・または当時実施されたCS利用)を利用する以外に視聴できなかった。ディレクTVの廃止によるサービス終了(2000年9月)以後、茨城県でのケーブルテレビでの配信はリバーシティ・ケーブルテレビの1局のみとなるも、2004年を持って配信を廃止。事実上茨城県の南西部のごく一部を除いて視聴不可能となったが、その後土浦ケーブルテレビ(J:COM茨城)、結城ケーブルテレビで一部のみであるが配信を再開している。またこのころ、ひたちなか市民球場横浜ベイスターズの主管試合が行われてそれが中継されたこともあった。現在、茨城県の多くのケーブルテレビ局では、隣県の千葉テレビの配信が多い
  9. 独立放送局では、放送する番組がない早朝や午後の時間帯を「放送休止時間帯」として、カラーバーのみ(無音状態のままであったり、レコードなどをBGMとしてかける)や完全に停波して所謂「砂嵐」状態とするところが多かったが、TVKはそれをせず、「放送休止時間帯」をプロモーションフィルムやプロモーションビデオなどを放送する時間帯とした。
  10. この番組は、キー局系列に属している全国の地方局からも注目を浴び、一部の地域では番組購入によってネットされていた。
  11. 1981年(昭和56年)3月20日(収録は3月5日東京・蒲田日本工学院専門学校3号館ホール)「曲目:(1)終わりなき疾走・(2)反抗期・(3)陽のあたる場所・(4)明日なき世代」として、ファイティング80'sに出演。
  12. 1975年(昭和50年)6月22日(日)荒井由実with松任谷正隆&ハイ・セッション・バンド「曲目:(1)コバルトアワー・(2)ルージュの伝言・(3)恋のスーパーパラシューター・(4)ベルベットイースター・(5)雨のステーション・(6)12月の雨。」(メンバー:荒井由実(VO)、松任谷正隆(Key)、松原正樹(G)、重田某(DS)、吉田某(B)、吉田美奈子&吉原真紀子(Cho))として、ヤングインパルスに出演。
  13. 1975年(昭和50年)7月13日(日)出演。曲目:(1)雨は手のひらにいっぱい・(2)いつも通り・(3)今日はなんだか。「メンバー:山下達郎(VO,G,Key)、大貫妙子(VO,Key)、村松邦男(VO,G)、上原裕(DS)。
  14. 開始当初の番組名は「電リクワイド・ファンキートマト」。後に番組が月曜に移動になり、スタジオがTVK第1スタジオから、東京・数寄屋橋銀座)のソニービル(内のイベントスペース「ソミド」)へ移動した頃には、番組名も「ファンキートマト'8X(放送されていた年の西暦下2桁)」へと変化していった。
  15. 当時は、日本テレビ系列で全国展開していた各種のイベント(日本民謡大賞など。高校サッカーも含まれるが、これは現在も継続)に対して、各県大会の主催・協力局として名を連ねていた。
  16. 株式会社アート宝飾前社長、なお現社長の六川勝仁は大会企画宣伝委員長、また同局の「放送番組審議会」副委員長を務める。
  17. 1995年2月11日試験放送を開始、同年5月1日から本配信開始
  18. CATV向けにアナログで配信していたプラットフォームがスーパーバードB号(スカイポート)であった流れによるもの。スカイポートTVの局は全てディレクTVに移行している。
  19. 現本社であるこのビルをもってtvkはテナントビルに入居したと評されることもあるが、土地は神奈川新聞社所有、建設は神奈川新聞社とtvk、横浜産業振興公社との共同事業体なので、テナントビル入居というのは誤りである。
  20. しかし、2007年度にTOKYO MXに再び抜かれている。
  21. tvkではUHFアンテナが2本必要になる場合があるとの文言を表示していた。
  22. これを機に大部分の4:3制作番組もレターボックスを付けた状態での放送に移行した。また、従来通り4:3全画面表示を行う番組も、右上にアナログロゴのルミナンススーパーは常時表示を行う形になった。
  23. テレビ神奈川本社スタジオのうち、スポットニュースを放送する第4スタジオ(報道部内の顔出しブース兼ミニスタジオ)に限っては機材のHD化更新が遅れ、HD取材映像も4スタ出しの場合は強制的にサイドカットされSD4:3画像となるなどしていたが、2011年9月24日より改修工事が行われ、同年10月3日から機材がHD対応のものへと更新された。これにより、テレビ神奈川本社すべてのスタジオがHD化されたこととなり、同時に報道番組の送出においても完全HD化となった。
  24. 横浜スタジアムでのベイスターズ戦中継については、ベイスターズの関連会社経由でTBSテレビが制作した映像を購入した上で、テレビ神奈川が独自でアナウンサー及び解説者を用意する他、ユニ(独自)カメラを球場内に入れることで放送している。
  25. 現状、テレビ神奈川ではHDによるスポーツなど中〜大規模中継番組の制作時には外部技術会社からHD中継車や機材をレンタルしている
  26. テロッパーは山下町社屋末期に更新したものを移設して長らく使用していたが、2011年4月からHD対応の機材に更新。なお、気象情報を表示するための端末も山下町末期に更新したものが移設され長らく使用されてきたが、2010年6月からHD対応の最新機種へと更新されている。
  27. 鎗田のナレーションを使用していた期間中、TVKは「ティーブイケイ」や「ティーヴィーケイ」ではなく、「ティービーケーテレビ」と発音していた。
  28. オープニング・エンディングともに、中継局テロップは、途中にアナアナ変換によるチャンネル表示の変更が何度かあった。
  29. ここで言う「大規模エレベータ」とは、4トントラック程度が収容・積載できる程度のもの。在京・在阪局で1階など外の道路に面さないスタジオを持つ局には設置されているようであるが、テレビ神奈川の現社屋には設置されていないという。
  30. 具体例をあげると、フジテレビの本社がそれにあたる。フジテレビはスタジオが本社3階に設置されているため、併設の美術倉庫も3階にあることから、そこへトラックなどの運搬車両が直接乗り入れられるような搬入路が設置されている。なお、フジテレビの場合はそれらの運搬車両の退出をスムーズに行えるよう、美術倉庫内に転回用のターンテーブルも設置されている。
  31. ただし、スタジオで大規模美術セットを使用する場合には、外部の美術会社作業場などで、予め搬入しやすい大きさで製作し、美術倉庫もしくはスタジオ内でつなぎ合わせてセッティングを行うことで、搬入は可能である。
  32. これにより、SD機材での送出時には、スポットニュースの冒頭とエンディングに映し出されるベイブリッジカメラの映像のみがHD送出されるという異質な送出形態となっていた。
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