美徳のよろめき

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美徳のよろめき』(びとくのよろめき)は、三島由紀夫の長編小説。1957年(昭和32年)、文芸雑誌「群像」4月号から6月号に連載され、同年6月20日に大日本雄弁会講談社より単行本刊行された。30万部が売れるベストセラー小説となり、「よろめき」という言葉は流行語にもなった。同年9月には、限定版『美徳のよろめき』も刊行された。現行版は新潮文庫で重版され続けている。

本作は、フランスの心理小説の趣をもって、人妻の「よろめき」を道徳的批判をまじえずに描いた小説である。作者の力量や技能が心ゆくまで発揮され、聴衆を前にして即興の小曲を歌い上げるような気楽にのびのびと書き上げられた作品となっている[1]

1957年(昭和32年)10月29日に月丘夢路の主演で映画化された。

あらすじ[編集]

上流階級のしつけの良い家庭に育った28歳の節子は、親の決めた倉越一郎と結婚し男の児も1人いた。節子は時折、結婚前の20歳の頃、同い年の土屋とした避暑地での拙劣な接吻を思い出した。結婚後も、土屋とは偶然に舞踏会や町のレストランで顔を合わすことがあった。やがて節子は土屋と何度か食事をした後、彼と再び接吻を交わした。9年前と比べて土屋の接吻が巧者になっていた。

節子は受胎した。もちろんそれは夫の子であった。しかし節子はこのまま生んで、土屋と疎遠となり別れれば、土屋の子供でもないのに生まれる子供が恋の形見となることを恐れ、中絶を決めた。

節子は土屋と旅行に行った。友人の与志子に秘密の共謀をしてもらった。与志子にも夫に秘密の恋人がいた。旅立ちの朝、節子は幼い息子・菊夫に対しては羞恥を感じたが、勤めに行く夫を見送るときは耐えやすかった。土屋と結ばれた翌朝、2人は裸でホテルの部屋で朝食を摂った。それは土屋が以前、僕は真裸で食べるのが好きなんだと、節子にレストランで言っていたことだった。

土屋と何度も密会を重ね、節子は肉体的にも深い快楽を覚えた。節子の生活は土屋を中心にまわっていたが、土屋には節子の夫への嫉妬の影もなかった。やがて節子は土屋の子を受胎した。そして土屋に何も告げずに中絶した。節子は菊夫が早く大きくなって、節子を非難してくれればいいと思った。

土屋がナイトクラブで違う女と会っていたと聞いただけで、節子は嫉妬に苦しんだ。次第に節子の心は土屋の奴隷のようになっていた。それでも土屋と別れられない節子は知恵のある老人・松木や、元花柳界の老婦人に相談するが、解決がつかない。そんな時、節子は再び土屋の子を妊娠した。食事も喉を通らなくなり衰弱した節子は麻酔なしの手術を受けなくてはならなくなったが、激しい苦痛に耐えて声も一つ立てなかった。そのため、いざというときの吸入麻酔も使われなかった。

節子は里の父・藤井景安と久しぶりに食事をした。実直な景安は国家の正義を代表するような地位についていた。機知やユーモアはないが寛厚な人柄の父と一緒にいると、機知に疲れた節子は落着いた。話題の中で、父の旧知の人物が今朝、自殺をした話になった。節子は自分のスキャンダルが、もしも堅実な父親に影響してしまった場合のことをそのニュースに重ね、烈しい恐れにふるえた。

節子は土屋に今までの苦しみを話し、別れを切り出した。土屋は節子を労わり優しかったが、別れを待っていたかのようであった。別れて数ヶ月後、節子は土屋への手紙を書いた。あなたと別れた後の苦しみ、自分がどんなにあなたを愛していたかを綴ったが、節子はそれを出さずに破って捨てた。

作品評価・解説[編集]

北原武夫は、作者・三島一流の錬金術によって、背徳という銅貨を、魂の優雅さという金貨に見事に換金されていると解説している[1]

売野雅勇は、『美徳のよろめき』を読んだときのことを、「言葉で書かれた、言葉で精確に組み立てられた音楽のように感じた。粗野な感受性が直感した言葉は、コクトーの言葉の連なりのなかで不意に鳴りはじめる、あの聴きなれた音楽だった。表象の宇宙的な連関を魔術にも似た不真面目さで透視させたり、世の中の価値や常識を一撃にして転覆させてしまう、比喩や警句が、繊細な風景描写や明確な心理描写とともにそれを鳴らしていた。詩人が秘密裏に共有するコードででもあるかのように。なんて贅沢な小説だろうと、読み終えたばかりのページをふたたび開き、何度もため息をついたことを憶えている」[2]と述べている。

おもな刊行本[編集]

装幀:荻太郎。紙装。
  • 限定版『美徳のよろめき』(大日本雄弁会講談社、1957年9月15日) 限定500部(署名入)
カバー装幀:生沢朗。紙装。A4変型判。トンネル函。
本文中、挿画107葉、別刷2頁挿画3葉(生沢朗)。特製のしおり付。
  • 文庫版『美徳のよろめき』(新潮文庫、1960年11月5日。改版1969年、1987年)
カバー装幀:小野竹喬。付録・解説:北原武夫
※ 改版1969年より、カバー改装。

映画化[編集]

『美徳のよろめき』(日活) 1957年(昭和32年)10月29日封切。モノクロ 1時間36分。

スタッフ[編集]

キャスト[編集]

テレビ・ラジオドラマ化[編集]

テレビ

田辺劇場『美徳のよろめき』(フジテレビ) 1961年(昭和36年)7月4日 - 9月26日(全13回)

脚色:馬場当柳下長太郎。演出:森川時久
出演:川口敦子金内吉男近藤準渡辺文夫市原悦子玉城睦子、ほか

日本名作ドラマ『美徳のよろめき』(テレビ東京) 1993年(平成5年)6月28日、7月5日(全2回)

脚色:石松愛弘。演出:脇田時三。語り手:岸田今日子
出演:藤谷美和子阿部寛丹波義隆鳥越マリ村上冬樹根上淳、ほか
松竹より「日本名作ドラマ」(全8巻)の一巻としてビデオ(VHS)発売。

文學ト云フ事『美徳のよろめき』(フジテレビ) 1994年(平成6年)8月9日

演出:片岡K。出演:水島かおり椎名桔平鈴木清順(文學ノ予告人)
ラジオ

淡島千景ドラマ集『美徳のよろめき』(ニッポン放送) 1957年(昭和32年)9月15日、22日(全2回)

脚色:矢代静一。語り手:鶴見四郎
出演:淡島千景中村伸郎神山繁南美江加藤治子岸田今日子、ほか

東西傑作文学『美徳のよろめき』(TBSラジオ) 1968年(昭和43年)9月9日 - 10月5日(全24回)

脚色:和泉二郎。出演:岩崎加根子

脚注[編集]

  1. 1.0 1.1 北原武夫「解説」(文庫版『美徳のよろめき』付録)(新潮文庫、1960年。改版1969年、1987年)
  2. 売野雅勇「言葉の音楽」(『決定版 三島由紀夫全集第5巻・長編5』付録・月報)(新潮社、2001年)

参考文献[編集]

  • 文庫版『美徳のよろめき』(付録・解説 北原武夫)(新潮文庫、1960年。改版1969年、1987年)
  • 『決定版 三島由紀夫全集第42巻・年譜・書誌』(新潮社、2005年)
  • 佐藤秀明『日本の作家100人 三島由紀夫』(勉誠出版、2006年)
  • 『決定版 三島由紀夫全集第5巻・長編5』(新潮社、2001年)

関連項目[編集]

三島由紀夫
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