鹿鳴館 (戯曲)

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鹿鳴館』(ろくめいかん)は、三島由紀夫戯曲1956年(昭和31年)、文芸雑誌「文學界」12月号に掲載され、初演は、その号の発売直後の11月27日、文学座創立20周年記念公演として第一生命ホールで上演された。三島戯曲の中でも人気が高く、今日まで多数上演され続けている。

単行本は翌年1957年(昭和32年)3月5日に、東京創元社より戯曲集『鹿鳴館』として刊行された。現行版は新潮文庫で重版されている。

三島は本作について、「この芝居はいはば、私のはじめて書いた“俳優芸術のための作品”である」[1][2]と記している。

概要[編集]

舞台は明治時代の落成間もない鹿鳴館、登場人物は華族(維新の功臣で勲功華族ともいう)たちである。三島由紀夫は「人が人を信じること」、「人が人を動かすこと」について極めて怜悧な、かつ普遍的な考察をしている。それを吐露する長セリフも聴きどころのひとつである(ゆえに主演はベテラン俳優たちが演じる)。プロットには意外性が多く、上演すれば反響がある人気演目となっている。

執筆当時、文学座に籍を置いていた三島由紀夫が、杉村春子の為に書き下ろした作品だが、1963年(昭和38年)に、戯曲『喜びの琴』の上演中止問題(喜びの琴事件)から、三島と文学座が絶縁となって以降は、文学座による上演は止められ、その後は劇団新派の代表作となっている。初代・水谷八重子八重子十種の一つとして、新派劇の主要な演目でもある。初代・水谷八重子没後の公演では、二代目・水谷八重子市川團十郎の主演で上演された。

近年は、劇団四季のレパートリー演目としても公演されている(演出・浅利慶太。主演・日下武史ほか)。

1956年(昭和31年)の初演と1958年(昭和33年)の東京公演では、三島自身も鹿鳴館を模様替えする大工・植木職人に扮し、今で言うカメオ出演をしている(三島自身は座興と述べている)。

テレビドラマ化は、1959年(昭和34年)に初演舞台と同じキャストでフジテレビで放映。1961年(昭和36年)は主演に佐分利信を迎え、それ以外は初演舞台とほぼ同じキャストでTBSテレビで放映。1970年(昭和45年)は岩下志麻芦田伸介主演でNHKで放映。近年は2008年(平成20年)正月に田村正和黒木瞳主演でテレビ朝日で放映された。映画化は1986年(昭和61年)に東宝によって菅原文太浅丘ルリ子主演、市川崑監督でなされた。

歴史背景[編集]

明治維新武士は廃されたが、“大名”(藩主)、公卿、功労者(主に下級武士)には1883年(明治16年)に爵位が与えられ、華族となった(大名と公卿は叙爵以前の維新当初から華族と呼ばれている)。また、旧大名は維新後数年で、公卿は十数年で政治の実務からは外されており、1884年(明治17年)の内閣制度発足後に閣僚となったのは、功労者出身の華族とこれに続く官僚軍人のみであった。本作では実在、架空とりまぜて彼ら功労者出身の華族、閣僚が主要な役割を演ずるが、外務大臣・影山悠敏伯爵自由民権運動家・清原永之輔のモデルはそれぞれ井上馨後藤象二郎であることは三島の創作ノートで明らかである。後藤はこの時期征韓論に敗れてから自由民権運動を指揮していたが、それ以前は井上より早く参議(閣僚である卿より上席)に就いており、また後には伯爵に叙されて閣僚も歴任している。このように二人の関係が権力者と草の根の反体制活動家ではなく、あくまで二人の大物政治家の政争である点は、劇中の影山と清原の関係にも投影されている。

明治期にあっては、首相たちを含む政治家・貴顕たちは、芸者を愛人としただけでなく、正妻とすることも一般的に行われていた。これは何らスキャンダラスなことではなかった。彼女らは「今は貴族だけれども、元は芸者」なのである。朝子=影山伯爵夫人もその一人である。これは隠すべきことでも恥ずべきことでもなかった。

この戯曲に登場する「自由党」は自由民権運動の自由党であるとはいえ、三島は登場人物を理想主義的政治家・過激派の象徴として造形した。よって時代を超えて説得力を持つ。

あらすじ[編集]

時は1886年(明治19年)11月3日の天長節

第1幕 - 午前10時。影山伯爵邸・庭内にある茶室潺湲亭。

天長を祝う観兵式が行われている日比谷の練兵場を見渡せる影山伯爵邸・庭内の茶潺湲室亭に集まった華族夫人たちの前に、元・新橋芸者だった影山伯爵夫人・朝子が現われた。朝子は輝くような美しさと人当りのよさで華族夫人たちの中心となっていた。公卿の出、大徳寺侯爵夫人・季子も朝子を崇拝するひとりで、娘・顕子の恋人の問題で助言を求めてきた。恋人の名は自由民権運動家・清原永之輔の息子・清原久雄だという。その名を聞いた時、朝子は心臓が止まる程ショックを受ける。話を聞くと、久雄は何か危険な行動へ出ようとしているらしい。そして今、その久雄を呼んできているという。
朝子は久雄の危険な計画を止めさせようと、自分が久雄の実の母であること、芸者時代の自分と永之輔との愛とを打ち明ける。だが久雄は、自分が今夜暗殺しようとしている相手は影山伯爵ではなく、父・清原永之輔であると意外なことを言った。

第2幕 - 午後1時。同所。

朝子は、かつての恋人で今も愛している清原永之輔を邸に呼びつけた。清原が今夜の鹿鳴館の舞踏会に、自由民権運動の一党を引き連れ乱入して来ることを止めさせようとするためだった。しかし清原は朝子の説得を容易に聞き入れない。そこで朝子は、これまで鹿鳴館の夜会には出ないことにしていた主義を翻し、今夜は自分が主宰者として出ると宣言する。朝子は、私の夜会をぶち壊しにしないで下さい、あなたの命をお救いしたい一心の贈物ですと清原を説得し、承諾させる。
影山伯爵が側近の飛田天骨と観兵式から帰ってきて茶室にやって来た。外務卿の影山伯爵は、内閣切っての実力者と自他共に認める存在だった。清原を急いで帰らせた朝子と女中・草乃は木蔭に隠れ、影山伯爵と飛田が話している内容を聞いてしまう。清原永之輔の暗殺計画の首謀者は実は、夫・影山伯爵だったのである。身を現わした朝子は、今夜は壮士の乱入はありません、と夫にきっぱり宣言する。

第3幕 - 午後4時。鹿鳴館の2階。

実の母・朝子に舞踏会に出るように命じられ、正装した久雄が恋人・顕子と鹿鳴館の2階にいる。やがて2人は朝子と季子に伴われ広間へ移動し、代わりにそこへ影山伯爵と草乃がやって来る。影山伯爵は草乃を強引に籠絡し一切を聞き出す。清原率いる壮志乱入がないことが確実だと知った影山伯爵は、偽の斬り込み隊を乱入させ、草乃を使い清原に知らせて、彼をおびき寄せる計画をする。そして朝子の計らいで今夜、父は乱入しないと思っている久雄に対し、そんなものを信じているのかとそそのかし、彼にピストルを渡す。

第4幕 - 午後9時すぎ。鹿鳴館の2階。舞踏場。

華やかな舞踏会が始まった。やがて給仕が朝子へ壮志の乱入を知らせた。朝子は階段の上で凛として立ちはだかり、これを阻止する。本物の壮志乱入と思い込んだ久雄は自分の母を裏切った父に激昂し、戸外へ出ていく。銃声が2発轟いた。朝子は、とうとう久雄はやってしまったと思ったが、露台に現われたのは清原永之輔であった。自分との約束を破り、久雄まで殺した清原を朝子はなじるが、実は久雄はわざと弾をはずし、自分が父に撃たれ死ぬことを選んでいたのであった。そして清原は、自分が朝子との約束を破ったのではないこと、偽の壮志を仕向けたのは影山伯爵であると告げて去っていく。
朝子と影山伯爵は激しく言い合う。そして今夜かぎりで別れ、清原の元へ行こうと決心した朝子と影山伯爵はいつわりのワルツを踊る。そこへ戸外で銃声が一発轟く音がする。

舞台公演[編集]

初演[編集]

文学座創立20周年記念公演

1956年(昭和31年)11月27日 - 12月9日 東京・第一生命ホール
12月12日 - 17日 大阪・毎日会館、12月18日 神戸国際会館、12月20日 - 21日 京都・弥栄会館
演出:松浦竹夫。音楽:石桁真礼生。舞台監督;荒川哲生
※ 東京公演では、三島由紀夫鹿鳴館を模様替えする大工・植木職人に扮し出演。
※ 1957年(昭和32年)10月は、福島市長岡市新潟市甲府市静岡市岡山市福山市八幡市福岡市大牟田市宇部市徳島市水戸市宇都宮市の全国14ヶ所で上演。
※ 1958年(昭和33年)1月7日 - 15日 東京・東横ホール、2月8日 - 9日 名古屋・名鉄ホールで上演。
※ 1958年(昭和33年)8月、9月は、三島市、東京・産経ホール釜石市夕張市美唄市砂川市芦別市釧路市旭川市札幌市秋田市盛岡市仙台市の全国13ヶ所で上演。
※ 1959年(昭和34年)11月は、延岡市福岡市長崎市鹿児島市岐阜市神岡町の全国6ヶ所で上演。

キャスト[編集]

ほか

初演以降のおもな公演[編集]

新派公演

1962年(昭和37年)11月2日 - 26日 東京・新橋演舞場、12月1日 - 25日 大阪・新歌舞伎座
演出:戌井市郎。音楽:石桁真礼生。出演:水谷八重子森雅之京塚昌子波野久里子伊志井寛、ほか
※ 昭和37年度芸術祭参加。
※ 1962年(昭和37年)11月19日 NHKラジオ第二で東京公演を舞台中継。

NLT第6回公演

1967年(昭和42年)6月3日 - 18日 東京・紀伊國屋ホール、6月20日 - 21日 神奈川県立青少年ホール、
6月23日 - 27日 大阪・朝日座、7月4日 平塚市民センター
演出:松浦竹夫。音楽:石桁真礼生。出演:村松英子中村伸郎真咲美岐寺田史勝部演之中山仁、ほか

松竹 三島由紀夫作品連続公演 I

1972年(昭和47年)12月3日 - 27日 東京・日生劇場
演出:松浦竹夫。音楽:石桁真礼生。出演:水谷八重子山形勲山岡久乃波乃久里子尾上辰之助、ほか
ビクターより1973年(昭和48年)11月19日、舞台録音のLPレコード発売。

水谷八重子追悼 春の新派

1980年(昭和55年)2月1日 - 26日 東京・明治座
演出:戌井市郎。音楽:石桁真礼生。出演:水谷良重(現・水谷八重子)、坂東玉三郎菅原謙次紅貴代井上英以子安井昌二、ほか

帝劇4月特別公演

1982年(昭和57年)4月5日 - 30日 東京・帝国劇場
演出:石井ふく子。音楽:内藤法美。出演:佐久間良子芦田伸介奈良岡朋子東てる美細川俊之江藤潤、ほか

松竹現代劇10月公演

1988年(昭和63年)10月4日 - 28日 東京・日生劇場
演出:戌井市郎。音楽:内藤孝敏。出演:若尾文子平幹二朗東恵美子手塚理美勝野洋榎木孝明、ほか

松竹百年記念 二代目水谷八重子襲名披露 11月新派特別公演

1995年(平成7年)11月1日 - 26日 東京・新橋演舞場
演出:戌井市郎。音楽:石桁真礼生。出演:水谷八重子市川團十郎英太郎寺島しのぶ市川新之助(現・市川海老蔵)、中山仁、ほか

テレビ東京主催・ポイント東京製作公演

2004年(平成16年)1月23日 - 2月15日 東京・ル・テアトル銀座
演出:山田和也。音楽:浅野孝己。出演:佐久間良子平幹二朗寿ひずる片岡京子近藤正臣平岳大、ほか

テレビドラマ化[編集]

ドラマ
テレビ
ドラマ一覧
日本のドラマ
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テレビドラマ

1959年版[編集]

木曜観劇会『鹿鳴館』

フジテレビ 1959年(昭和34年)7月9日 20:00 - 21:45(JST
演出:松浦竹夫。音楽:石桁真礼生

キャスト[編集]

1961年版[編集]

近鉄金曜劇場『鹿鳴館』

TBS系列 1961年(昭和36年)12月1日、8日(全2回) 20:00 - 21:00(JST
脚色:松浦竹夫。演出;松浦竹夫石井甫

キャスト[編集]

佐分利以外は、初演舞台版とほぼ同じキャストである。

1970年版[編集]

ドラマ『鹿鳴館』

NHKテレビ 1970年(昭和45年)4月25日 22:10 - 23:40(JST
脚色:松浦竹夫。演出;和田勉。音楽;冨田勲

キャスト[編集]

2008年版[編集]

テレビ朝日開局50周年記念ドラマスペシャル 『鹿鳴館』

テレビ朝日系列 2008年(平成20年)1月5日 21:00 - 23:09(JST)
脚本:鎌田敏夫。監督:藤田明二
※ 視聴率12.2%。

キャスト[編集]

ほか

スタッフ[編集]

遅れネット局[編集]

映画化[編集]

東宝配給で1986年(昭和61年)9月20日に公開された。上映時間は125分。不動産会社の丸源が製作、数億を投じて再現された鹿鳴館の豪華セット、セリフを舞台風に読ませた大胆な演出などで話題になったが、現在権利上の問題で封印されている。

キャスト[編集]

スタッフ[編集]

オペラ化[編集]

オペラ『鹿鳴館』 新国立劇場創作委嘱作品

2010年(平成22年)6月24日 - 27日、 新国立劇場中劇場
音楽:池辺晋一郎。指揮:沼尻竜典。合唱:新国立劇場合唱団。管弦楽:東京交響楽団
上演台本:鵜山仁。演出:鵜山仁
出演:黒田博与那城敬大倉由紀枝腰越満美永田直美坂本朱幸田浩子安井陽子経種康彦小原敬楼、ほか
※ 初オペラ化

おもな刊行本[編集]

  • 『鹿鳴館』(新潮社、1957年3月5日)
装幀:駒井哲郎。紙装。同時収録:大障碍、道成寺
カバー袖に「鹿鳴館」文学座公演の舞台写真6葉(撮影:剣持加津夫)。
両見返しに伊藤熹朔による「鹿鳴館」文学座公演の装置平面図。
帯(裏)に「杉村春子の名演技で、文学座の記念公演を飾った『鹿鳴館』は、好調渋谷実監督の文芸大作として松竹映画化鋭意進行中!」とあるが、この映画化は実現していない。
  • 文庫版『鹿鳴館』(新潮文庫、1984年12月20日)
カバー装幀:辰己四郎。同時収録:只ほど高いものはない、夜の向日葵、朝の躑躅、
付録・自作解題:三島由紀夫
※ のちにカバーに映画(1986年9月封切)のスチールを使用したものあり。
  • 『鹿鳴館』(ぬ利彦出版・名作舞台シリーズ、1990年10月27日)
監修:戌井市郎。紙装。A5判。収録:鹿鳴館、美しき鹿鳴館時代―再演『鹿鳴館』について、「鹿鳴館」回想(戌井市郎)、鹿鳴館上演記録
口絵写真8頁8葉(歴代・影山朝子舞台写真7葉、舞踏会場面1葉)。本文中に舞台写真29葉。
  • 英文版『My Friend Hitler and Other Plays』(訳:佐藤紘彰)(Columbia University Press、2002年11月15日。他)
収録作品:鹿鳴館(The Rokumeikan)、楽屋で書かれた演劇論(Backstage Essays)、朱雀家の滅亡(The Decline and Fall of The Suzaku)、わが友ヒットラー(My Friend Hitler)、癩王のテラス(The Terrace of The Leper King)、悪の華(The Flower of Evel: Kabuki)、椿説弓張月(A Wonder Tale: The Moonbow)

脚注[編集]

  1. 三島由紀夫『「鹿鳴館」について』(毎日新聞(大阪) 1956年12月4日に掲載)
  2. 文庫版『鹿鳴館』(付録・自作解題)(新潮文庫、1984年)

参考文献[編集]

  • 文庫版『鹿鳴館』(付録・自作解題 三島由紀夫)(新潮文庫、1984年)
  • 『決定版 三島由紀夫全集第22巻・戯曲2』(新潮社、2002年)
  • 『決定版 三島由紀夫全集第42巻・年譜・書誌』(新潮社、2005年)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

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