真夏の死
『真夏の死』(まなつのし)は、三島由紀夫の短編小説。1952年(昭和27年)、文芸雑誌「新潮」10月号に掲載され、翌年1953年(昭和28年)2月15日に創元社より単行本刊行された。同書には他に5編の短編が収録されている。現行版は新潮文庫で重版されている。
『真夏の死』は、伊豆今井浜で実際に起こった水死事故を下敷きにして組み立てた小説である。理不尽な悲劇から主人公がいかなる衝撃を受け、時の経過によってこれから癒え、癒えきったのちのおそるべき空虚から、いかにして再び宿命の到来を要請するか、というのが主題となっている[1]。
エピグラフに、ボードレールの『人口楽園』の一節が使われている。
1967年(昭和42年)度のフォルメントール国際文学賞 (Formentor Literature Prize)では、英訳版『真夏の死 その他』(“Death in Midsummer and other stories”)が第2位を受賞した。この本には、『真夏の死』の他に、『百万円煎餅』(“Three Million Yen”)、『魔法瓶』(“Thermos Flasks”)、『志賀寺上人の恋』(“The Priest of Shiga Temple and His Love”)、『橋づくし』(“The Seven Bridges”)、『憂国』(“Patriotism”)、『道成寺』(“Dōjōji”)、『女方』(“Onnagata”)、『真珠』(“The Pearl”)、『新聞紙』(“Swaddling Clothes”)が収録されている。ちなみに、この年度の第1位作品はヴィトルド・ゴンブローヴィッチの『コスモス』であった。他の候補作には、三島の『午後の曳航』や安部公房の『他人の顔』もあった。
あらすじ[編集]
生田朝子は3人の子供の母である。ある夏の日、朝子は6歳の清雄、5歳の啓子、3歳の克雄と、夫の妹の安枝とで、伊豆半島の南端に近いA海岸の永楽荘に遊びに来ていた。事件は朝子が永楽荘の一室で午睡をしている間に起きた。3人の子供と安枝は海に出ていた。そして2人の子供、清雄と啓子は波にさらわれてしまう。驚いた安枝は海に向かうが、襲ってきた波に胸を打たれ心臓麻痺を起す。一時に3人の命が失われた。
1人残された子供の克雄を溺愛しつつ、この衝撃から朝子は時間の経過とともに立ち直っていくが、それは自分の意思に関係なく悲劇を忘却していく作業であった。朝子は自分の忘れっぽさと薄情が恐ろしくなる。朝子は、母親にあるまじきこんな忘却と薄情を、子供たちの霊に詫びて泣いた。朝子は、諦念がいかに死者に対する冒涜であるかを感じ、悲劇を感じようと努力をした。自分たちは生きており、かれらは死んでいる。それが朝子には、非常に悪事を働いているような心地がした。生きているということは、何という残酷さだと朝子は思った。
冬のさなか、朝子は懐胎する。しかし、あの事件以来、朝子が味わった絶望は単純なものではなかった。あれほどの不幸に遭いながら、気違いにならないという絶望、まだ正気のままでいるという絶望、人間の神経の強靭さに関する絶望、そういうものを朝子は隈なく味わった。そして晩夏に女児・桃子を出産する。一家は喜んだ。
桃子が産まれた翌年の夏、事件があってから2年が経過した晩夏、朝子は夫に、A海岸に行ってみたいと言い出す。夫・勝は驚き反対したが、朝子が同じ提言を3度したので、ついに行くことになった。勝は行きたい理由を問うたが、朝子はわからないという。家族4人は波打ち際に立った。勝は朝子の横顔を見ると、桃子を抱いて、じっと海を見つめ放心しているような表情である。それは待っている表情である。「お前は今、一体何を待っているのだい」と、訊こうとしたが言葉が口から出ない。訊かないでもわかるような気がしたのである。勝は悚然として、つないでいた息子・克雄の手を強く握った。
おもな刊行本・音声資料[編集]
- 『真夏の死』(創元社、1953年2月15日)
- 文庫版『真夏の死 他五篇』(角川文庫、1955年8月20日)
- 緑色帯。付録・解説:奥野健男。
- 収録作品:怪物、大臣、親切な機械、獅子、クロスワードパズル
- 文庫版 『真夏の死―自選短編集』(新潮文庫、1970年7月15日。改版1996年)
- 付録・自作解説:三島由紀夫。
- 収録作品:真夏の死、煙草、春子、サーカス、翼、離宮の松、クロスワードパズル、花火、貴顕、葡萄パン、雨のなかの噴水
- 英訳版『真夏の死 その他』 “Death in Midsummer and other stories”(訳:エドワード・G・サイデンステッカー、ドナルド・キーン、アイヴァン・モリス、ほか)(New Directions、1966年。Penguin Books Ltd、1986年。他)
- 収録作品:真夏の死、百万円煎餅、魔法瓶、志賀寺上人の恋、橋づくし、憂国、道成寺、女方、真珠、新聞紙
- ※ 1967年(昭和42年)度のフォルメントール国際文学賞 (Formentor Literature Prize)第2位受賞。
- 朗読CD『真夏の死』(新潮社、2002年9月25日)
ラジオ放送[編集]
- 朗読
- 私の本棚『真夏の死』(NHKラジオ第一) 1954年(昭和29年)7月15日 - 24日(全9回)
- 出演:樫村治子。
- 朝の朗読『真夏の死』(中部日本放送) 1965年(昭和40年)5月4日 - 25日(全19回)
- 出演:伊藤友乃。