命売ります

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命売ります』(いのちうります)は、三島由紀夫の長編小説。1968年(昭和43年)、週刊誌「週刊プレイボーイ」5月21日号から10月8日号に連載され、同年12月25日に集英社より単行本刊行。現行版はちくま文庫で重版されている。

自殺に失敗した男が、「命売ります」という広告を出し、自分の命を安く投げ出そうとする物語。死ぬことを恐れないアナーキーな主人公と、彼を利用しようとする人間たちとの間に繰り広げられる騒動がユーモラスに描かれる娯楽的な趣の中にも、現代社会における生と死や、次第に変化してゆく主人公の心理の逆説や皮肉が描かれている。

島田雅彦の『自由死刑』は、本作をヒントにして創作された[1]

あらすじ[編集]

広告会社に勤務する27歳のコピーライター・山田羽仁男は、ある日突然、新聞紙の活字が全てゴキブリに見え出し、世の中が無意味と感じて睡眠薬自殺を図るが失敗する。自殺しそこなった羽仁男の前には何だかカラッポな自由な世界がひらけ、三流新聞の求職欄に、「命売ります」という広告を出し、自室のドアには、「ライフ・フォア・セイル」と洒落たレタリングの紙を貼ってみた。さっそく第一の依頼人の老人がやって来た。話を聞くと、老人の50歳年下の若妻・るり子が成金悪党の三国人の愛人となってしまったので、羽仁男が妻の間男となり、2人でその三国人に殺されてほしいという依頼であった。羽仁男は老人の依頼に従い、るり子の部屋に行くが、彼女の話によると、その三国人は秘密組織・ACS(アジア・コンフィデンシャル・サーヴィス)の人間らしかった。羽仁男はるり子とベッド・イン中にベレー帽をかぶった三国人に見つかるが、殺されずに帰された。しかし、るり子は翌日、隅田川で死体で発見された。

次の依頼者は図書館の女司書であった。彼女はある外人らに、飲めば自殺したくなる薬の製法が載った甲虫図鑑を高額で売ったが、今度は羽仁男にその薬の実験台となってもらい、再び彼らから金を貰おうとしていた。女は彼らがACSかもしれないということを匂わせていた。外人一味の待つ芝浦の倉庫に羽仁男は女と行った。その薬は効き目はなかったが羽仁男は自分のこめかみにピストルを当てた。しかしその瞬間、何故か女が羽仁男からピストルを奪い取り、彼女が自殺してしまった。女は羽仁男を愛してしまい身代わりになったのだった。またしても羽仁男は命拾いをした。

次の依頼者は井上薫という学生服の少年であった。薫は、未亡人で吸血鬼の母のために、羽仁男に犠牲の愛人になってもらおうとしていたのだった。依頼に従い羽仁男は、夫人に血を吸われ衰弱していきながら、荻窪の井上家で親子と家族のように暮した。そして夫人は羽仁男が死ぬときに自分も一緒に死のうと家に火をつける計画をし、薫を親戚の家に泊まらせた。しかしその日、羽仁男と夫人が最後の名残に公園へ散歩している時、羽仁男が煙草屋の前で倒れ救急車で運ばれた。夫人は1人、家で焼身自殺し、またしても羽仁男は生き残った。

見舞いに来た薫の跡をつけ、次の依頼者の2人組が病院に現われた。彼らはB国と対立するA国大使の仲間のスパイで、羽仁男にB国大使館に潜入して毒の塗られた危険な人参スティックの中から、暗号解読のカギとなる人参を見つけてもらいたいと依頼した。羽仁男はその話を聞いただけで暗号解読のヒントを得て、B国大使館に潜入することなく事件を解決してしまった。

多額の報酬を得た羽仁男はしばらく中休みをするため世田谷に引越し先を探し、梅丘周旋屋に来た。そしてそこで出会った30歳前の玲子の家に間借りすることとなった。彼女は元大地主だった両親の屋敷の離れに住み、つまらない妄想から自分が先天性梅毒で将来、発狂すると思い込み薬物に溺れてヒッピーとなっていたのだった。玲子は新宿で配られていた羽仁男の写真を持っていて彼の商売も知っていた。そして玲子は羽仁男に処女を捧げ、一緒に死んでくれ、私の命を買ってくれと羽仁男に言い出した。羽仁男は世間知らずの玲子の死を引きとめ、2人は傍目には新婚夫婦のように暮した。そんなある日、羽仁男は玲子と公園にいる時に偶然、第一依頼者の老人を見つけた。老人は別れ際に、「君は遠くから監視されている。時期がきたら消されるだろう」と忠告していった。

玲子の夢は平凡な主婦になることであった。玲子は自分が将来発狂したら、羽仁男は自分を捨てると思い、羽仁男に毒をもろうとした。羽仁男はそんな玲子から逃げ出した。逃亡中、誰かが羽仁男の太腿に小さな針の発信機を刺していった。羽仁男は傷の手当てをしホテルを転々としたが、発信機のせいで怪しい男たちが常に付きまとっていた。太腿の発信機に気づいた羽仁男はナイフでそれを取り去り、死の恐怖を感じながら池袋駅から飯能へ逃走した。しばらく飯能の旅館で落ちついていたが、ある日、大型トラックに追われた。羽仁男は商店街でストップウォッチを買い、木工所でそれを入れる木箱を作ってもらい小型爆弾に似せたものを持ち歩いた。

ある日、羽仁男は飯能駅前で品のいい初老の外人に羅漢山の場所を聞かれ、道案内の途中、商工会議所の前で待ち伏せしていた車に拉致された。目隠しされ約2時間後に到着した場所は洋館の地下室だった。そこにいたのは車に同乗した男2人と、甲虫の薬の実験台の時にいた外人3人と、るり子の愛人の三国人と、羽仁男に申し訳なさそうな顔している使用人の老人だった。三国人らは本当に秘密組織・ACS(アジア・コンフィデンシャル・サーヴィス)のメンバーであった。リーダー格の三国人は、「お前は警察の人間であるのことをここで白状したらよいね」と言った。彼らは羽仁男の広告は自分たちをおびき寄せる罠で、羽仁男はおとり捜査官だと思い込んでいたのだった。そしてわざと手下の老人や図書司書の女を使って羽仁男を泳がせ、仲間の警察スパイを調べる尾行していたのだった。彼らは羽仁男がA国大使のためのスパイ活動をした時から、羽仁男を警察スパイだと確信し、絶対に捕らえ泥を吐かせようとやっきになったのだった。

羽仁男は偽小型爆弾を取り出し、自爆すると脅して彼らを退散させて別のドアから何とか逃げた。町まで来るとそこは青梅市だった。羽仁男は交番に助けを求め、密輸と殺人秘密組織・ACSのことを話すが、住所不定の羽仁男の言うことなど信用してもらえなかった。泣き声で訴える羽仁男に警官は、命を売る奴は刑法を犯していないが人間の屑だと言い、羽仁男は留置場にも匿ってももらえず、突き帰された。

作品評価・解説[編集]

種村季弘は、「(三島は)案外、純文学作品ではない、したがって誰もそこに魂の告白を期待していない、『命売ります』のような小説のなかでこそ、こっそり本音を漏らしていたのではなかろうか。裏町の安宿や飯能の駅前旅館で主人公を襲う荒涼たる孤独感、野良犬のように夜の町を逃げ回る寄る辺のない不安、果ては、いったん捨てたはずの生に、それも凡庸な生に対する餓渇に近いあこがれの感情―ここには主人公羽仁男のそれよりは、小説家三島由紀夫その人の生身の魂の告白が、あからさまに吐露されているように思えてならないのである」[2]と述べている。

おもな刊行本[編集]

脚注[編集]

  1. 島田雅彦『「みやび」なアナーキスト』(中条省平編・監修『続・三島由紀夫が死んだ日―あの日は、どうしていまも生々しいのか』)(実業之日本社、2005年)
  2. 種村季弘『三島由紀夫の全能と無能』(文庫版『命売ります』)(ちくま文庫、1998年)

参考文献[編集]

  • 文庫版『命売ります』(付録・解説 種村季弘)(ちくま文庫、1998年)
  • 『決定版 三島由紀夫全集第42巻・年譜・書誌』(新潮社、2005年)
  • 『決定版 三島由紀夫全集第12巻・長編12』(新潮社、2001年)
  • 中条省平編・監修『続・三島由紀夫が死んだ日―あの日は、どうしていまも生々しいのか』)(実業之日本社、2005年)

関連項目[編集]

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