ベータマックス
ベータマックス(βマックス、Betamax)とはソニーが販売していた家庭向けビデオテープレコーダおよびその規格である。ガードバンドを廃し(βIsモードにはガードバンドあり)、記録再生ヘッドのアジマスずれを利用してフィールド単位の記録を隣接して記録する。ここからテープへの「べた書き」で最高性能という意の「MAX」を組み合わせ、Betamaxと命名されたと言われている。ハイバンドベータやED(Extented Definition)-Betaもベータマックスの記録フォーマットの一種である。
なお東芝やNECなどが参画した時点から規格全体を指す名称としては「ベータフォーマット」や「ベータ規格」を用いていた。
製品概要[編集]
VHSと共に本格的家庭用規格として大々的に販売されたカセット型ビデオテープレコーダー(VTR)規格である。これ以前の家庭用VTR規格はいずれも本格的な普及を見なかったが、ベータマックスのヒットにより家庭用VTR市場が開拓され、その初期段階では相応のシェアを占めていた。しかし後の熾烈な販売競争でVTRの世帯普及率が高まる中ではシェアを拡大できず2002年に規格主幹のソニーも生産を終了し、市場から姿を消した。
業界を二分したVHSとの激しい市場競争の中でBeta hi-fiでは音声FM記録による音質向上を図り、Hi-BandではFMキャリアを高周波数化することによる解像度向上を図った。カメラ一体型VTR、メタルテープ使用の超高画質新規格であるED-Beta規格といった新技術をVHS陣営に先駆けて投入したが、どれも決定的な差別化とはならなかった。
ソニー自身がVHSビデオデッキの製造販売に参入(1988年)して以降も新規機種の開発・生産・販売を継続していたが、2002年8月27日、構成部品の調達が困難になったこともあり生産終了を発表し、新品は市場から姿を消した。ベータ方式を元にした放送業務用フォーマットの機器ベータカム、ベータマックスの録画用ビデオテープは現在も生産を続けている。
なおベータ規格の代名詞とも言える「ベータマックス」という名称はソニーの商標として登録されており、東芝、三洋電機、アイワ、NEC、ゼネラル、パイオニア等が参入した時点でシステム全体の名称は「ベータ方式」「ベータフォーマット」等とされていた。自社で開発・製造を行っていたのはソニー・東芝・NEC・三洋電機・アイワの計5社で、他各社はOEM供給による販売となっていた。海外ではSearsやZenith、Radio shackといったブランドでも販売されていた。ソニー以外の各社は1986年までにVHSの生産・販売に移行した。オーディオメーカーのマランツも三洋電機からのOEM供給により海外でベータフォーマットのデッキを販売した実績がある。
VHS規格と比較した特徴として、
- カセットが小さい。ソニーの社員手帳サイズと言われている。
- テープとヘッドの相対速度が大きく、画質面で有利。
- 初期の機種でも特殊再生が行えた。
- テープが常にヘッドドラムへ巻き付けられているフルローディング(Uローディング)が基本とされ、初期の機械でも動作が俊敏でリニアタイムカウンターが搭載できた。
- SL-HF300以降のソニー機種では解像感を高める映像チューニングを行っていた。
といった特徴を持つ。
性能的には優れたものだったが、VHSより部品点数が多く調整箇所も高い精度を要求されたため量産や低価格化には不利で、家電メーカーにとって家庭用ビデオの普及期に廉価機の投入が難しかったことや、東芝や三洋からは思い切って機能を省いた廉価機も初期から発売されていたとはいえ規格主幹のソニーが性能重視で廉価機の開発が出遅れたこともあってシェアを伸ばせなかった。それ故に「技術的に優れているものが普及するとは限らない例」として、初期のレコードの例とともによく引き合いに出される(蓄音機が初めて開発されたときは筒状の記録媒体が使われていたが、量産が困難なために平面で円形のレコードになった。しかし、こうすることにより内側と外側の走行速度の差によるテンポのずれが生じることになった)。
フォーマット概要[編集]
- 記録方式:ヘリカルスキャン方式
- 記録ヘッド数:2
- ヘッドドラム径:約74mm
- ヘッドドラム回転数:約30Hz(約1800rpm)
- テープ幅:12.7mm
- テープ送り速度:βI・βIs-約40mm/s / βII-約20mm/s / βIII-約13mm/s
- 記録トラック幅:βI-約58μm / βIs-39μm(ソニー機)・33μm(NEC機) / βII-29μm / βIII-19.5μm
- 信号方式:
- 映像信号:周波数変調(FM)シンクチップ:3.6MHz/白ピーク:4.8MHz:クロマ信号:低域変換方式
- 音声信号:2チャンネル長手方向記録
規格の経緯[編集]
一般的に画質の良さが特徴として謳われていたが、本来の基本規格であるβI(ベータワン)からVHSとの競合で生まれた2倍モードであるβII(ベータツー)へと実質的標準モードが移行した時点でVHS標準モードとは大差がなくなり、ソニー製ベータが解像感優先の再生画でVHSがSN比(ノイズの少なさ)優先の再生画といった「再現性の差異」がそれぞれの特徴となった。
画質についてはソニー製機種の傾向が大きく取り上げられていたが、東芝は解像感とSN比のバランスを重視した平均的な調整で、NEC・三洋がβIIIモードの再生画質に配慮するためSN比を重視しておりVHSに近い画質といったメーカー毎の特徴もあった。
長時間録画競争では、VHSが3倍モード開発時点(1977年)で既に6時間(T-120使用時)だったのに対して、βIII(ベータスリー)では最長5時間(L-830使用時)であり不利だった。
VHSとの対抗で開発され、結果的にベータ方式の実質的標準記録モードとなったβIIモードは本来の標準規格(βI)から見て「2倍速モード」であり記録方式のアンマッチングによる再生画への影響が大きく(いわゆる「H並べ」不成立によるモアレ発生など)、それに対応するため再生画の処理がβIから若干変更されており、これを基にしてβIIIやβIsモードが構築されている(ベータフォーマット)。
またβIIモードではVHS標準モードよりテープ速度が遅くなることからノーマル音声トラックの音質では不利で再生イコライザの調整で音質のバランスを取ったが、ヒスノイズが目立つなどしたため一部機種(SL-J7・SL-J9などのステレオ対応機)にはβNR(ベータノイズリダクション。dbxに近いシステム)を搭載するなど、2倍モードを実質的標準規格とするための様々な努力や工夫が見られた。
画質面の問題は余裕のある基本規格を活かしてクリアしたが、テープ速度に依存する音質面での決定的不利を克服するために「Beta hi-fi」(音声FM記録)が開発され、圧倒的な改善が図られた。しかしこのhi-fi音声記録帯域を確保するために映像記録帯域が若干削られ、それが画質劣化につながってしまった(hi-fi音声は映像用と同一のヘッドを用いて映像信号の隙間に記録された。このため、hi-fi音声信号が映像信号の高域部分に干渉し、解像感の低下を招いた)。なお、「Beta hi-fi」ビデオデッキで録画したテープをノーマルビデオデッキで再生すると、hi-fi音声信号の影響で再生画面にノイズが発生することがある。
hi-fi化により劣化した画質の改善のため、一部機種(SL-HF300など)ではFMキャリア周波数を3.6MHzから4.0MHzへと400kHz高周波数化して解像度低下を補い(「隠れハイバンド」等と呼ばれた)、またβIIの規格トラック幅より狭いヘッドを用いることでβIIモードで問題となっていた隣接トラックからの影響を減らすことに成功し、これまでと違った再生画質を追求できることとなった。
それらの実績を踏まえ、正式にFMキャリアの更なる高周波数化を施して解像度低下を補い、狭幅ヘッド使用による隣接トラックの影響排除と併せた再生画の再調整を施し総合的な画像の品質向上を図ったものが「Hi-Bandベータ」フォーマットである。同時に、より高画質な記録と当時流行しつつあったビデオ編集時のダビングによる画質劣化を抑える目的でベータマックス開発当初の規格であるβIモードをリファインした「βIsモード」を開発、それの更なる高解像度化を図った「SHB Hi-Bandモード」(SHB-βIs、当初はスーパーハイバンドと銘打たれていたが商標登録に支障したため名称を変更した)も続けて開発・搭載し、「高画質録画ならベータ」というイメージ戦略を展開した。その後も更なる「高画質記録」を目指し、メタルテープを用い記録方式を再設計したED-Beta(ED-βII・ED-βIII)を開発し、水平解像度500TV本を実現するなどVHSとの差別化を図るべく様々な記録モードを矢継ぎ早に開発していった。
以下各種フォーマットとそれに対応したメーカを挙げる。
- ノーマルベータフォーマット - ソニー(全モード)・ベータフォーマット参入各社(βII・βIIIのみ対応)
- βI(本来のベータマックスの基本モード・録画は最初期のソニー機のみ対応、再生はソニーの全機種対応)
- βII(ベータマックス・ベータフォーマットの実質的標準モード、βIに対する2倍モード)
- βIII(ベータマックス・ベータフォーマットの長時間モード、βIに対する3倍モードで、βIIからは1.5倍に相当)
- Beta hi-fiフォーマット - ソニー及びベータフォーマット参入各社(ゼネラル除く)
- βII(高音質記録対応のフォーマット・ノーマルベータ機での再生では画像にノイズが入る弊害あり)
- βIII(高音質記録対応のフォーマット・ノーマルベータ機での再生では画像にノイズが入る弊害あり)
- Hi-Bandベータフォーマット - ソニー・NEC・パイオニア(βIs対応)、アイワ・東芝(βII・βIIIのみ対応)、三洋(輸出用機体でβII・βIIIのみ対応)
- βIs(Hi-Band βIIを基本としてテープ速度を高めた規格で、βIモードとの互換性はない)
- SHB-βIs(βIsモードを更にハイバンド化・βIsモードでの再生も可能 ソニーの中・高級機のみに搭載)
- βII(Beta hi-fiフォーマットをベースにした高画質モード・ノーマル音声機もあり)
- βIII(Beta hi-fiフォーマットをベースにした高画質モード・ノーマル音声機もあり)
- ED-Betaフォーマット - ソニー
- βII(ED-Beta機種のみで録画再生可能)
- βIII(ED-Beta機種のみで録画再生可能)
結果として合計で11もの録画再生規格ができ、またBeta hi-fiやHi-Bandモードを採用する際に旧機種での再生に影響が出る方式としたり(VHSではノーマル・Hi-Fiで完全な再生互換がある)、ソニー以外のメーカーが採用しなかったβI・βIsモード(一部例外あり)の存在、初期のノーマルベータフォーマットで採用されたβNR(ベータノイズリダクション)など、再生対応機種が限られるフォーマットやノイズリダクションシステムが混在したことからユーザーの混乱を招いた。またテープの標記もβI時代には録画時間(K-60の場合、60分を表す)だったものが2倍モード(βII)を実質的標準にしたことで録画時間表記ができなくなり、苦肉の策としてテープ長での表記(L-500の場合、500フィートを意味する)となり、録画時間が直感的に理解できないことなど、ユーザーフレンドリーという視点では煩雑だったことも普及を阻害した要因と見られる。
またL-660(βIIIでの4時間録画対応テープ・βIIでは2時間40分)・L-750(βIIでの3時間録画に対応・βIIIで4時間30分)・L-830(βIIIでの5時間録画対応テープ・βIIでは3時間20分)の各テープは、旧機種ではカウンターが対応しておらず、テープの厚みも薄くなっていることから「ロングプレイマーク」が付いた長時間テープ対応機種のみで使用可とされていた(実質的には1980年代初頭までの最初期機種以外は全て対応していた)。
ソフト産業でもHi-BandBeta対応ソフトはリリース数が非常に少なく、非売品の店頭デモンストレーションソフトなどに用途が限られた。ソニーの高精細度ビデオシステムHDVSを撮影・マスターに使用したED-Betaソフトは長年に亘り製造・販売され製品カタログにも記載された。ソニーショップ、秋葉原などの大手家電量販店、大手レコード店などで一般に市販され、全国のレコード店などでも規格品番とタイトルが分かれば取り寄せが可能であった。北海道上川郡美瑛町を撮影した前田真三の「四季の丘」シリーズなどは一躍有名になり、EDベータ初号機EDV-9000にはソフトが添付された。
かつてはハイアマチュア層では神話にも近いベータフォーマット優位論が唱えられていたが、すでにビデオデッキそのものが(少なくともハイアマチュア層には)過去の遺物となった現在では、ベータ愛好者も冷静にVHSに対する利点・欠点を語るようになっている。
その他[編集]
- 放送用の規格として、カセットハーフの大きさを同一とした別方式ベータカムを開発して松下電器のMフォーマットと対抗、こちらでは機器サイズのコンパクトさ、編集システムのラインナップなどで市場を制した。現在でも松下主導のMシステムに対して、優位に立っている。
- TVKテレビなどで放送されていた「SONY MUSIC TV」は当初、放送時間がβIIモードでの最長録画時間と同じ200分だったので、ベータマックスのプロモーションを兼ねた番組でもあった(放送開始当時、VHS標準モードは最長160分だった)。
- また、アニメ映画の『銀河鉄道999』2作などがビデオソフトになった際も同様の理由でVHS版ではカット版になっており(洋画のようにカセット2本組とするには短すぎてコストがかさむ)、マニアはノンカット版を見るためにベータのデッキを購入した。
- 日本国内でHi-Bandと称された規格は海外では「SuperBeta」と称されていた。
- βIとβIsはテープ速度が同じではあるが、βIはリニアエンファシス、βIsはβII/βIIIに類似したノンリニアエンファシスを採用しており、βIで記録したテープをβIsモードで再生するとスミアが発生する。βI再生のみ対応している古いVTRでβIs記録されたテープを再生するとハイバンド記録されていることから反転現象が発生し、エンファシスも異なることから正常な信号としては再生されない。またβIsは特殊再生用ヘッドの転用を前提としているため、βIとはトラック幅も異なっている。
- Beta hi-fiで記録したテープは、ノーマルベータの映像記録領域にhi-fi音声が一部重なるためノーマルベータ機種で再生した場合に再生画像に帯ノイズが出る。Hi-Band記録のテープは磁気情報量が多いため、Hi-Band非対応の機種で再生した場合に黒い尾を引くようなノイズ(反転ノイズ)が出る場合がある。Hi-Band対応機ではEDベータを除く全ての規格が、EDベータ機ではベータ全フォーマットの再生が可能である。
- Beta hi-fi方式は映像ヘッドで記録を行うため、音声ヘッドを独立して装備するVHS-HiFi方式に見られる映像・HiFi音声のトラッキング不一致が原理的に発生せず、他機での再生時も安定して再生が行えるメリットもあった。
- ED Beta方式のデッキでは、他のベータ各フォーマット(βII・βIIIのみ)での録画再生も可能である。βI・βIsについては再生のみの対応となる。
- テープのリーダー(冒頭・終端)部分はアルミテープになっており、磁気検出により自動停止するため巻き戻しや早送り時にテープ自体を傷めない構造となっている。なおベータ以外の家庭用ビデオ規格のほとんどはリーダー部分が透明になっており、光検出により自動停止する。この光検出手法はテープの作成が安価になる反面、カセットハーフの構造自体を変えにくい(ハーフの色や確認窓を変えられない)ためデザイン面で制約が出るなど両者とも一長一短のところがあった。ベータテープには当初からグレーや白、藍色などのハーフが存在したが、VHSテープが1990年頃まで黒しか発売されなかったのはこのためである(しかし、後にカラーカセットでも不透明ならば光検出に問題ない事が判明している)。
- VHS陣営の勝利が決定的になった1984年、ソニーはイラストにサトウサンペイを起用し「ベータマックスはなくなるの?」「ベータマックスを買うと損するの?」「ベータマックスはこれからどうなるの?」という奇抜な見出しの新聞広告を1月25日から4日間にわたり行った。4日間全ての紙面には「これからもベータマックス(この部分はロゴ入り)。ビデオはソニー。」と大きく書かれ、それぞれの紙面には同時に「答えは、もちろんNO。」「もちろん発展し続けます。」というコピーが入り、最終日には「ますます面白くなるベータマックス!」と締めくくる逆説的アプローチだったのだが広告の意図がうまく理解されず、これを機にベータ離れが加速されたことはソニーも認めるところである。
- その後ソニーもVHSを併発し、旧来のベータユーザーへの不安払拭を目的とした広告の際は前項の事象を反省したのか「ソニーはベータマックスをやめません」とストレートな表現が為されていた。
- 1988年頃にはベータを重点的に取り扱った全国的なレンタルビデオ店「Hit☆Land」をソニー及び直営店が展開しVHSオンリーに傾き始めていたビデオレンタルでベータをなんとか取り持とうとしたが、すでにVHSしか出さないビデオソフトも多数出始め、その後衰退した。
- その他、ベータマックスが市場で敗退した一因として「アダルトビデオのタイトル数でVHSに負けたから」という説がある。1980年代前半の業界黎明期のアダルトビデオメーカーはいずれも小規模なものであった事から、多くはテープコピーなどの機材に2つの規格の機器を揃える余裕は無く、結果として安価なVHSのみを調達したと言われている。実際、1980年代中頃に起きたAVブームではベータマックスはほとんど蚊帳の外という状況が見られ、アダルトビデオがVHS普及の一翼を少なからず担ったという見方は根強く存在している。
- VHSのハイスペック規格・S-VHSは解像度だけでなく色信号処理など様々な部分でブラッシュアップを図っているが、ベータマックスのハイスペック規格・EDベータは規格上500TV本の水平解像度を誇ったものの他の部分での処理(ドロップアウトノイズ対策など)がS-VHSほどの高度化を進めておらず、画質評価などではその点を指摘されることもあった。
- EDベータは高価なメタルテープを使用して高度な記録領域を得たが、結果としてテープの価格を高く設定せざるを得ず、酸化鉄磁性体(従来方式用と同じテープ素材)の高性能テープ使用を前提として開発されたS-VHSにはテープ価格で最終的に大きな差を付けられた。
Beta規格ビデオデッキの愛称[編集]
- ソニー「ベータマックス」(Betamax)
- 東芝「ベータコード」(BETACORD)→「ビュースター」(VIEWSTAR)
- 三洋「ベータコード」(BETACORD)→「マイコニック」(MICONIC)
- 富士通ゼネラル「ベータテクニカ」(BetaTECHNICA)
- NECホームエレクトロニクス「ベータファイブ」(Beta5)→「ビスタック」(VISTACK)
- アイワ「アビマックス」(AVIMAX)
- パイオニア「ハイビスタ」(HiVista)
関連項目[編集]
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