森田一義アワー 笑っていいとも!

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森田一義アワー 笑っていいとも!

森田一義アワー 笑っていいとも!』(もりたかずよしアワー わらっていいとも)は、フジテレビ系列にて1982年昭和57年)10月4日から2014年3月28日まで平日 12:00 - 13:00(JST)に生放送されている、タモリ(本番組では本名の“森田一義”名義)が司会を務める冠番組であり、トークバラエティ番組である。モノステレオ放送ハイビジョン制作2005年7月25日放送分から)を実施している。通称は「笑っていいとも!」「いいとも!」。新聞などの番組表では、1行あたりの文字数の都合により「笑っていいとも」と「!」がなく掲載される事が多い。

タモリが現在司会を務める番組の中では(同局の『増刊号』含む)、テレビ朝日系列タモリ倶楽部』と並ぶ放送期間の長寿番組である。

概要

1980年10月1日から1982年10月1日まで、2年間に渡って生放送されていた前番組であり、バラエティ番組の『笑ってる場合ですよ!』の後継番組として、1982年10月4日より当番組が放送開始され、同時期に1981年4月5日から1982年10月3日まで、1年半に渡って放送されていたバラエティ番組(ダイジェスト番組)『もう一度笑ってる場合ですよ!』の1982年10月24日から後継番組として本番組の姉妹番組であり、バラエティ番組(ダイジェスト番組)『笑っていいとも!増刊号』の2番組が毎週日曜日 10:00 - 11:45(JST)に放送開始された。

現在は、平日に生放送されている当番組と毎週日曜日 10:00 - 11:45(JST)に放送がされているバラエティ番組(ダイジェスト番組)『笑っていいとも!増刊号』、毎年、年末年始に生放送されている『笑っていいとも!特大号』、毎年、に生放送がされている『FNS27時間テレビ』内で日曜日午前から午後のお昼の時間帯(10:30 - 12:30)に掛けて生放送されている『笑っていいとも!増刊号 生スペシャル』の4番組が放送されている。

過去には、毎年、年末年始のの時期に生放送されていた『笑っていいとも!新春祭』、テレビ番組改編時期に生放送されていた『笑っていいとも!春・秋の祭典スペシャル』は、お台場フジテレビのV3スタジオフジテレビ湾岸スタジオ、『夜の笑っていいとも!春・秋のドラマ特大号』は、東京都新宿区新宿駅東口前のスタジオアルタ7階にあるテレビスタジオから生放送されていた。

1970 - 1980年代当時の人気漫才タレントが勢揃いしていた『笑ってる場合ですよ!』の後継番組を受けて、当時深夜色の強いお笑いタレントであった森田一義(タモリ)を総合司会に起用したことから、『笑ってる場合ですよ!』に比べて視聴率的に苦戦することは十分予想できる事態であった。しかし、番組放送開始から半年も経たないうちに視聴率の数字が上昇し、今では人気人気長寿番組帯・バラエティ番組へと発展する。

『楽しくなければお昼じゃない!』(当時のフジテレビのキャッチフレーズ『楽しくなければテレビじゃない!』のもじり)の番組が掲げるコンセプトで、当番組の総合司会の森田一義(タモリ)を軸とした、月曜日金曜日の各曜日レギュラー陣と日替わりコーナーゲストにより、毎回、「テレフォンゲスト」を1組招いて、当番組の総合司会の森田一義(タモリ)とトークを展開する『テレフォンショッキング』、『各曜日日替わりコーナー(1)〜(3)』『曜日対抗いいともCUP』などのコーナーを主に放送している。

当番組の特徴は、一般人・視聴者芸能人と共に参加する視聴者参加型コーナーが番組開始当初から現在まで引き続いていることである。(例:年齢当てクイズ、そっくりさんコンテスト、若見えコンテスト、美男子・美少女コンテスト、ギャップコンテスト、夫婦コンテスト、腹筋イケメンコンテストなど)。

基本的な番組の流れとしては、オープニング → 日替わりコーナー1本 → 「テレフォンショッキング」 → 日替わりコーナー2本 → 日替わりコーナー3本 → 曜日対抗いいともCUP → エンディングの順番で放送している。

生放送のため、「テレフォンショッキング」や番組後半の日替わりコーナー2本目が長引いた場合、日替わりコーナー3本目を休止または短縮してそのままエンディングになることがある。通常、当日にオーディションを行う視聴者が出演・参加をする日替わりコーナーを優先するが、日替わりコーナーが2本とも視聴者出演の日替わりコーナーだった場合や報道などの事情で事前オーディションに受かって出演予定となっていた視聴者が出演できなかった例もある。

番組開始初期から現在でも続く人気トークコーナー『テレフォンショッキング』は、毎回、ゲストを当番組に招いて、森田一義(タモリ)とトークをするコーナーである。エンディングのコーナー『曜日対抗 いいとも!選手権』は、毎週、様々な種目を各曜日レギュラー陣が挑戦し、1週間で一番成績の良かったチームが優勝となる。年末の時点で一番勝利数の多かったチームが年間優勝となる。この『曜日対抗 いいとも!選手権』は一週間を通しての放送がない年末年始には放送されない。なお、2010年7月から放送休止となっており、そのままエンディングの告知等に入っていたが(当初は夏休み期間中につき放送休止とタモリから説明されていたが、2010年9月から2011年8月まで休止)、2011年8月8日放送分より、『曜日対抗いいともCUP』とコーナー名を変更してエンディングコーナーで復活した。

1991年1月から、番組生放送終了後の約30分間は総合司会の森田一義(タモリ)を始めとする、各曜日レギュラー陣がファンサービスも兼ねてスタジオ舞台上でトークを繰り広げる。その模様の一部は『笑っていいとも!増刊号』でオンエアされる[1]。現在では、増刊号の企画でもある「増刊号スペシャル」、「いいとも!ファンクラブ通信」、「森田一義アワー 座っていいとも!」、「いいとも!スピンオフトーク」、「いいとも!5DAYS」など複数の企画が行われている。

日替わりゲストの出演傾向として『テレフォンショッキング』のゲスト1組、各曜日日替わりコーナーゲストが宣伝や番宣を兼ねて1組〜2組(祝日の時などは多く出演(登場)する)。ゲストの出演傾向としては、タレントはもちろん、お笑い芸人俳優女優作家作詞家作曲家小説家ミュージシャン演歌歌手フリーアナウンサー政治家スポーツ選手さらにはフジテレビや自・他系列局の現役アナウンサーなど多彩な分野の人物がゲスト出演をしている。

他には海外からのアーティストや俳優・女優・監督なども生出演している。海外からのゲストが生出演した際、タモリやレギュラー陣たちが内輪ネタを言ったのを同行した通訳が“バカ丁寧”に訳し、出演者や観客の笑い(時に失笑)を買うシーンが多く見られる。

年末年始には毎年恒例としてエンディングゲスト、「ニューイヤーズ・ロックフェスティバル」より内田裕也を始めとして 白竜HIROシーナ&ロケッツレッズERIKABILLYYUKI らが生出演をする。

1998年10月より本番組開始前、午前11:57:15 - 11:57:30(JST)に一部地域を除いて、クロスプログラム番組宣伝)を生放送している。

関東地区では、番組開始当初から番組放送開始時間(12:00)と同時に時報があったが、2005年12月をもって廃止された。その代わり、後述のように2003年11月から常時CM中を除く番組放送中に左上に時刻表示するようになった。

フジテレビ系列局がない、青森県では、青森テレビTBS系列)は遅れネットで放送されている。系列局空白地域における他系列局での遅れ放送は過去には他にもあったが、2011年改編以降は青森テレビのみとなっている。

レギュラー出演者

2012年8月1日 - 現在
月曜日 火曜日 水曜日 木曜日 金曜日 増刊号
総合司会

森田一義(タモリ)

青年隊

noon boyz真田佑馬野澤祐樹

各曜日レギュラー陣

香取慎吾SMAP

田中裕二爆笑問題

千原ジュニア千原兄弟

渡辺直美

指原莉乃AKB48HKT48

スギちゃん

中居正広(SMAP)

さまぁ〜ず
大竹一樹三村マサカズ

ローラ

太田光(爆笑問題)

タカアンドトシ
タカトシ

柳原可奈子

三ツ矢雄二(隔週)

鈴木浩介

栗原類

笑福亭鶴瓶

山崎弘也アンタッチャブル

ベッキー

ピース
又吉直樹綾部祐二

関根勤

草彅剛(SMAP)

劇団ひとり

バナナマン設楽統日村勇紀

(レギュラー出演者全員)

Holidayレギュラー

鈴木福

テレフォンアナウンサー

生野陽子

竹内友佳

本田朋子

三田友梨佳

生田竜聖

倉田大誠

日替わりコーナー

金田一秀穂

日高大介

下川悟

DaiGo

坂上忍

岩井志麻子

歴代レギュラー出演者

笑っていいとも!レギュラー出演者一覧参照

派生番組

笑っていいとも!スペシャル参照

現在

増刊号

笑っていいとも!増刊号参照

特大号

笑っていいとも!特大号参照

FNSの日 生スペシャル

笑っていいとも!増刊号生スペシャル参照

新春スペシャル

笑っていいとも!増刊号あけおめ・新春スペシャル参照

FNS27時間テレビ(2012年)

FNS27時間テレビ 笑っていいとも!真夏の超団結特大号!!徹夜でがんばっちゃってもいいかな?参照

過去

新春祭

笑っていいとも!新春祭参照

春・秋の祭典スペシャル

笑っていいとも!春・秋の祭典スペシャル参照

春・秋のドラマ特大号

夜の笑っていいとも!春・秋のドラマ特大号参照

番組の流れ

オープニング

いいとも青年隊(スタッフ隊・少女隊・AD隊など)が番組テーマ曲である『ウキウキWATCHING』の歌とダンスにより放送開始し、客席の声援に迎えられながら、森田一義(タモリ)がスタジオ正面からオープニングテーマ曲である『ウキウキWATCHING』を歌いながら、番組開始当初から2000年3月31日まで登場していた。

タモリといいとも青年隊(スタッフ隊・少女隊・AD隊)がテーマ曲を歌い終えた後、タモリが盛り上がった会場を『チャッ、チャチャチャッ』の手の動きと客席の拍手で締める。オープニングコーナーが終わると最初のCMへ入るBGMが流れ、タモリが「それじゃあ、今日もそろそろ行ってもいいかな?」と聞き、各曜日レギュラー陣やゲストらと客席が「いいとも!」とコールしCMへ入る。

番組開始当初、歌唱後はタモリがいいとも青年隊(スタッフ隊・少女隊・AD隊)と数分間、軽くオープニングトークをしてすぐにCMとなっていた(例外として、当時いいとも!金曜レギュラーであった明石家さんま、木曜レギュラーの笑福亭鶴瓶、水曜レギュラーの所ジョージや金曜レギュラーの関根勤が左の扉から登場していた)。

1987年10月5日以降は、明石家さんま、所ジョージ、笑福亭鶴瓶、片岡鶴太郎、関根勤、ダウンタウン、ウッチャンナンチャンら各曜日レギュラー陣のリーダー1組が左の扉から登場し、タモリといいとも青年隊(スタッフ隊・少女隊)と共に数分間軽くトークをしていた。

しばらくその形が続いたものの、1990年4月から各曜日レギュラー陣のリーダー1組だけでなくルー大柴、森脇健児森口博子山瀬まみなどの他の各曜日レギュラー陣の一部もその各曜日リーダーとともに左の扉から登場するようになってゆく。

1994年4月4日からは、各曜日のレギュラー陣が全員、画面向かって左の扉[2]から登場。オープニングの中で『各曜日レギュラーコーナー(1)』を行う[3]

2000年4月3日から、タモリが「ウキウキWATCHING」を歌わずに登場するオープニングに変更。すぐに各曜日レギュラー陣全員が左の扉から登場しオープニングコーナーが始まる。

2010年2月4日の放送開始7000回達成を記念して、2010年2月1日から2010年2月5日までの一週間「森田一義アワー 笑っていいとも!」のオープニングのタイトルロゴの下に通算の放送回数が表示された。

2010年10月19日から11月30日までは、火曜日のみミニコーナーとして、「今日を勢いづける一言」(「今日を勢いづける一言」BOXからタモリが毎回、ボールくじを引き、当たった火曜レギュラー陣1名が一言を言い)を言った後、CMを挟んで『各曜日レギュラーコーナー(1)』がスタートしていた。

番組開始当初から、各曜日レギュラー陣1名ずつ、紹介の時に人物とネームテロップを表示していたが、2011年4月4日から同年9月30日まで各曜日レギュラー陣紹介の表示が変わり、「○曜日レギュラー…」のあと、エンドロールのようにまとめて紹介されるようになっていた。(いいともAD隊(クルット&ハリー)も同じく紹介される。)新しい紹介の表示は、2003年4月 - 9月の間の木曜日でも実施されていた時期があった。また、同時にオープニングコーナーが復活した。

2011年10月3日から、タモリ、いいとも青年隊、各曜日レギュラー陣1名ずつ、紹介の時に人物とネームテロップを表示する方式が復活した。また、各曜日レギュラー陣が全員、画面向かって左の扉から登場していたが、タモリが画面向かって正面の右から登場すると同じに、画面向かって正面の左から各曜日レギュラー陣全員が登場するように変更がされた。

エンディング

1990年4月2日(月)から1993年10月1日(金)まで3年半行われていた『爆笑!オールスター・タモリンピック』 → 1995年10月2日(月)から2010年7月16日(金)まで15年間(約14年9か月)行われていた『曜日対抗いいとも!選手権』のエンディングコーナーが終了し、その後、2011年8月5日(金)までは、前の『各曜日レギュラーコーナー(3)』からCMを挟まずすぐにエンディングの告知・お知らせなどに入り、放送終了直前にタモリが「それじゃあ、また明日(来週)も見てくれるかな?」と聞き、各曜日レギュラー陣と客席が「いいとも!」とコールして放送終了となる。

2011年8月8日(月)からは、以前の「爆笑オールスター・タモリンピック」 → 「曜日対抗いいとも!選手権」の流れを踏襲した「曜日対抗いいともCUP」が開始され約1年ぶりにかつてのスタイルに戻った。

タイムテーブル

歴代のタイムテーブル

  • 表記の時間など誤差あり

現在のタイムテーブル(2012年4月2日から)

基本的な当番組の流れとしては毎回同じであり、以下の順番で放送されている。表記の時間など誤差あり。

パターン1
時間 コーナー 内容
12:00:00 オープニング 森田一義(タモリ)・いいとも青年隊(少女隊・AD隊)・各曜日レギュラー陣紹介
12:01頃 各曜日レギュラーコーナー(1)
12:13頃 テレフォンショッキング
12:28頃 各曜日レギュラーコーナー(2)
12:42頃 各曜日レギュラーコーナー(3)[4][5]
12:55頃 曜日対抗いいともCUP
エンディング
各曜日レギュラー陣やゲスト、各曜日レギュラーコーナーの告知・お知らせ など
12:57:55 翌日の予告(月曜日 - 木曜日
増刊号の予告(金曜日
12:58:00 放送終了
パターン2
時間 コーナー 内容
12:00:00 オープニング 森田一義(タモリ)・いいとも青年隊(少女隊・AD隊)・各曜日レギュラー陣紹介
12:01頃 各曜日レギュラーコーナー(1)
12:13頃 テレフォンショッキング
12:28頃 各曜日レギュラーコーナー(2)
12:42頃 各曜日レギュラーコーナー(2)[4][5]
12:55頃 曜日対抗いいともCUP
エンディング
各曜日レギュラー陣やゲスト、各曜日レギュラーコーナーの告知・お知らせ など
12:57:55 翌日の予告(月曜日 - 木曜日
増刊号の予告(金曜日
12:58:00 放送終了
【2024年12月現在のタイムテーブル】
時間 月曜日 火曜日 水曜日 木曜日 金曜日
11:57:15
11:57:30
クロスプログラム(事前番宣告知)  ※一部地域を除く
12:00:00 番組開始
オープニング(タモリ・いいともAD隊・各曜日レギュラー陣紹介)
各曜日レギュラーコーナー(1)
12:01頃 なりきりガールズ
コレクション
見抜け!
おいくら万円
ランキング
ゆるキャラ
JAPAN
凄腕グルメライターのマジバトル
私のオススメNO.1‼
メンタリスト
DaiGoに
心を操られるな!
12:13頃 テレフォンショッキング
各曜日レギュラーコーナー(2)
12:28頃 コレってへん
じゃないですか!?
私のいちゃ問題!!
そっくり
グラデーション5
えらんで
スージー
私立その道の
プロ高校
行列のまったく
できない
人生相談所
各曜日レギュラーコーナー(3)
12:42頃 コレってへん
じゃないですか!?
私のいちゃ問題!!
モロダサ
100%
えらんで
スージー
私立その道の
プロ高校
行列のまったく
できない
人生相談所
12:55頃 曜日対抗いいともCUP
&
エンディング(各曜日レギュラー陣やゲスト、各曜日レギュラーコーナーの告知・お知らせ など)
12:57:55 翌日・増刊号の予告
12:58:00 放送終了

主なコーナー・企画

笑っていいとも!のコーナー一覧笑っていいとも!過去のコーナー一覧テレフォンショッキング笑っていいとも!のコーナー一覧#曜日対抗いいともCUP曜日対抗いいともCUP|出たいドル! - 発表!知らなきゃイケない!?最新ワード展覧会 - 知ってるハイスクール参照

番組の沿革

放送時間の変遷

放送期間 放送時間 (JST) 放送分数
1982.10.04 1984.03.30 12:00 - 12:53 53分
1984.04.02 2000.03.31 12:00 - 12:57 57分
2000.04.03 現在 12:00 - 12:58 58分

放送回数記念

放送日 番組放送回数
1982年10月4日 放送第1回
1984年9月4日 放送第500回
1986年8月14日 放送第1000回
1990年7月9日 放送第2000回[6]
1994年6月2日 放送第3000回
1998年5月11日 放送第4000回
2002年4月5日 放送第5000回
2006年3月7日 放送第6000回
2010年2月4日 放送第7000回

2014年3月28日、最終回放送

本番組がギネスに認定

  • 2002年4月5日に、当番組放送開始5000回目の放送達成記念に本番組の総合司会を務める森田一義(タモリ)が単独司会者による生放送の長寿記録として、2003年版のギネスブックに認定され、掲載されている(番組自体が申請した)[7]
    • また、当番組放送開始5000回記念の週では、『増刊号』にて当時の全曜日レギュラー陣の『いいとも!』初登場シーンがVTRで各曜日ごとに1名ずつ紹介された。
  • 2005年5月には、これまでフジテレビ系列の帯番組最長記録を誇っていたトーク番組スター千一夜』の22年6か月の記録を塗り替えた。現在でも本番組は、記録を更新し続けており、フジテレビ系列の帯番組最長記録を延ばし続けている。
  • 2010年2月4日には、放送7000回を達成した(この日にはオープニングコーナーにて、第1回目放送の様子や当番組が放送開始された年である、1982年を振り返る「笑っていいとも! 7000回特別企画 あの日あの時この場所で」というコーナーが設けられた)。

オープニングのタイトルCG

番組タイトルのロゴの「森田一義アワー 笑っていいとも!」の部分は番組スタートして以来、1度も変更していない。「森田一義アワー」の部分については、番組オープニングに表示されるテロップのフォントが変更された履歴がある。また、姉妹番組の『笑っていいとも!増刊号』の番組タイトルのロゴは変更されたことがある。

初代 1982年10月4日 - 1985年頃
スキャニメイト使用。画面中央から渦巻状に番組タイトルロゴが登場し、完成する。表記色は赤字。
2代目 1985年頃 - 1987年10月2日
塗りつぶされる感じでタイトルが表示される。表記色は赤字。
3代目 1987年10月5日 - 1990年9月28日
画面中央から「森田一義アワー」が飛び出てきて、後から「笑っていいとも!」が画面中央から浮き上がって、完成する。表記色はピンク字。
4代目 1990年10月1日 - 1995年9月29日
画面中央から「森田一義アワー笑っていいとも!」が文字1つ1つ画面全体にバラバラになってまた画面中央に集まって、完成する。表記色は赤字。
5代目 1995年10月2日 - 2005年7月22日
画面下より「笑っていいとも!」の文字が1文字ずつ順番に登場、左上から「森田一義アワー」の文字が1文字ずつ画面に登場し、完成する。表記色はオレンジ字。この代から、「森田一義アワー」のテロップのフォントが変わった。
6代目 2005年7月25日 - 2011年9月30日
5代目のアレンジ版、地上デジタル放送に対応するために変更された。画面下より「笑っていいとも!」の文字が1文字ずつ順番に登場、左上から「森田一義アワー」の文字が1文字ずつ画面に登場し、完成する。表示にツヤを出ている。表記色は赤字。
7代目 2011年10月3日 - 現在
5代目・6代目のアレンジ版、『森田一義アワー 笑って!』と以前の赤色一色だけでなく、カラフルに色分けされ登場する。
2012年5月31日放送分から同年2012年7月20日まで、『FNS27時間テレビ 笑っていいとも!真夏の超団結特大号!!徹夜でがんばっちゃってもいいかな?』の放送が間近な為、通常の番組タイトルロゴ表記の画面下部分に『FNS27時間テレビまであと○○日♪』と表示されている。

いいとも!マスコットキャラクター

  • 2009年度の『特大号』のスペシャルコーナー『画ったい! いいとも!キャラクター決定戦スペシャル』にてテーマのお題が、2010年度の「いいとも!マスコットキャラクター」を決定すべく各曜日レギュラー陣全員が描き曜日対抗戦で競った。
  • はそれぞれの3段に別々に各曜日に分かれて、レギュラー陣1〜2名が制限時間30秒で描き、最後にはその絵のマスコットキャラクターのキャッチコピーを考え、合体された絵の完成度を見て客席150名の得票によって優勝が決定され、結果は月曜日の『メルヘンタイガーちゃん』に決定した。
  • このマスコットキャラクターである『メルヘンタイガーちゃん』は、2010年1月6日放送分から同年12月29日放送分まで、CMが入る前に次の予告が表示されるテロップの左下にマスコットキャラクターが表示されていた。『増刊号』でも2010年1月10日放送分から同年12月26日放送分まで、右下に表示されていた。

番組の歴史

タモリ休暇・不在時の対応

当番組の総合司会の森田一義(タモリ)が当番組を休暇・不在した年・日は、

などのほか、かつては森田一義(タモリ)が司会を務めていたバラエティ番組『今夜は最高!』(日本テレビ系列)の海外ロケを兼ねてや1983年1992年までの10年間は毎年、定期的に夏休みをとっていた。

また、1985年1988年までの4年間は正月休暇をとったこともある。この時は、各曜日レギュラー陣の代表(リーダー)が番組全体の総合司会を担当していた。主に笑福亭鶴瓶明石家さんま関根勤片岡鶴太郎所ジョージウッチャンナンチャンダウンタウンルー大柴などが担当していた。

森田一義(タモリ)がゴルフのプレー中に起こした事故による時(2001年11月5日〜14日)には、緊急だったので各曜日レギュラー陣の全員が協力して番組を進行していた。

2009年7月10日放送分のエンディングで、平井理央(フジテレビアナウンサー、当時金曜日担当)から、森田一義(タモリ)が精密検査(人間ドック)を行うために次週の放送出演を丸々休養することを発表した。その中で検査とともに白内障の手術も行うことを森田一義(タモリ)が自ら語った。森田一義(タモリ)が休養の期間は代役の総合司会者を立てず、各曜日レギュラー陣が臨時で司会・進行を務めた。

笑っていいとも!レギュラー出演者一覧#タモリの休暇時の対応を参照。

1980年代

1990年代

2000年代

  • 2000年3月1日4月からの新年度を待たずにオープニングの演出を大幅に変更し、番組当初から行われていたオープニングでのタモリによる「ウキウキwatching」の熱唱が廃止。タモリが歌わなくなり、タモリ・各曜日レギュラー陣全員が登場後、すぐオープニングコーナーが開始されるようになり、現在もこの形で番組がスタートする。
  • 2002年2月22日マイクロソフト会長のビル・ゲイツがオープニングの特別企画に出演。総合司会のタモリに『Xbox日本1号機をもらえる券』と引き換えに同日に発売されたXboxを手渡した。
  • 2002年4月5日、放送回数5000回を迎え、総合司会のタモリが「生放送単独司会世界記録」として、2003年度版ギネスブックに認定される、翌年2003年1月15日放送分のオープニングでは当時首相であった小泉純一郎と生放送中に電話会談をし、タモリへ首相から直々にお祝いの言葉が贈られた。
  • 2002年4月7日、『増刊号』では、放送回数5000回記念として、全曜日レギュラー陣の『いいとも!』初登場シーンや懐かしい各曜日日替わりコーナーなどを映像で振り返った。
  • 2002年9月27日ケーブルテレビの普及に伴い山梨県でフジテレビが通常視聴できる状態が常態化していたことから、山梨放送での放送が終了。
  • 2002年12月、総合司会のタモリが5度目のサングラス変更。
  • 2003年1月5日放送分の『増刊号スペシャル』で姓名判断をした結果、「『いいとも!』は71歳まで出来る」という結果が出ている(総合司会のタモリも『いいとも!』内では時々、タモリが老後になった時の姿を想像して表現し、ネタにしている)。
  • 2003年9月22日から9月26日まで試験的に、関東地方で番組開始から終了までの1時間、画面左上に時刻表示されるようになる(字体は夕方のニュース等と同じ)。翌週からは一旦消滅したものの同年11月3日から本格的に時刻表示が開始され現在に至る。
  • 新宿スタジオアルタハイビジョン化工事(工事期間:2005年6月25日 - 7月24日)の時の間、2005年6月27日 - 7月22日の放送分はフジテレビのV3スタジオから生放送がされた[10]

2005年4月25日、 この日は福知山脱線 事故あったが通常通り放送された。 これとドラゴンボールGT 再放送のみ予定通り放送された

テレフォンショッキング#ハプニング・出来事・備考等 も参照

  • 2007年9月14日、番組放送開始からいいとも青年隊・少女隊・AD隊オープニングダンスの振り付けを担当していた土居甫悪性リンパ腫で死亡。後継人として現在は渡辺美津子が担当している。
  • 2008年8月7日の午前中、タモリと水曜レギュラー(当時は木曜レギュラー)のおすぎは赤塚不二夫の告別式に参列した。特に、タモリにとっては芸能界デビューへのきっかけを作った恩人であり、葬儀では“森田一義”名義で弔辞を読みあげ、当日の『いいとも!』には両人とも予定通りオープニングから出演した。
  • 2009年4月から、番組開始当初はCMに入る前に「笑っていいとも!」のロゴを右下に出して、CMに入っていたが、1998年頃から「笑っていいとも!」のロゴを右下に出し、その左下に「CMの後」、「このあと」など、次のコーナーの紹介やCM明けの告知などを出していた。だが、2009年4月27日生放送分からは、「笑っていいとも!」のロゴを右下に出し、その左下に「CMの後」など、次のコーナーの紹介やCM明けの告知などを廃止し、画面下に黒枠で左に「CMの後」、「このあと」など青文字にし、赤字で大きく次のコーナーの紹介やCM明けの告知などを表示するように変更になった。
  • 2009年4月24日、金曜レギュラーの草彅剛SMAP)が2009年4月23日未明に公然わいせつにより逮捕されこの日の出演はキャンセルされた。オープニングのレギュラー陣紹介の時に平井理央アナから「金曜レギュラーの草彅剛さんは、報道にあるような状況でございますので本日欠席させていただきます。申し訳ございません。」と説明があった。その後、当番組を含む全てのレギュラー番組から[
  • トークがなかった頃は、13:00 - 13:30に同じスタジオアルタで生番組『ライオンのいただきます』(後の『ライオンのいただきますII』→『ライオンのごきげんよう』)が引き続き放送されており、基本的に『いいとも!』とセットで観覧することとなっていた。
  • 2011年3月以前は、香取慎吾や中居正広、また過去に金曜日のレギュラーだったナインティナインが向かって右の扉から出演していた時期があった。
  • たまに、この『各曜日レギュラーコーナー(1)』が開始される前にタモリと各曜日レギュラー陣のオープニングトークがある
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  • 総合司会の森田一義(タモリ)を含む全曜日レギュラー陣が登場。オープニングからは全員が変装をして登場した。
  • 2003年1月15日生放送分オープニング部分では「ギネスブックに載った喜びを小泉首相(当時)に伝えたい」とタモリが言っていたために、小泉の秘書官である飯島勲電話したところ、ちょうど隣に小泉がいて電話で生出演、小泉はこの番組が生放送だと知らなかったことを明かし、「5000回おめでとうございます。私にはとても無理。500日くらいかな?」と自分の任期と比べた発言をした。最後にタモリから「これを機会に一緒にお食事でも」と持ちかけられると、「いいとも!」とお約束の言葉で締めた
  • 中日新聞1984年2月17日付夕刊より
  • 日刊ゲンダイ 2011年10月18日号 20世紀のスキャンダル史より
  • 過去には出演者全員をハワイに招待し、一週間だけ番組をハワイから生放送をした。その他、国際スポーツフェア会場(国立代々木競技場)や1987年に開催されたフジサンケイグループのイベント『夢工場』の晴海会場、さらには一度だけタモリの地元である福岡から生放送をしたこともある。