タカアンドトシ

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タカアンドトシ
タカアンドトシ

タカアンドトシ(Taka and Toshi)は、吉本興業所属のお笑いコンビ

吉本興業札幌事務所(札幌吉本)からデビュー。札幌で活動した後、2002年に上京し、吉本興業東京本社(東京吉本、厳密には子会社のよしもとクリエイティブ・エージェンシー)へ所属。共に北海道出身。爆笑オンエアバトル第7・8代チャンピオン。

メンバー[編集]

ボケ担当。肥満。ライオンのキャラクター(通称「タカトシライオン」)の絵柄の服を着ていたが、2011年現在は着ていない(胸ポケットに付いているぐらい。但し、天才!志村どうぶつ園では着ている。)。身長175cm、体重85kg。北海道札幌市出身。妻は元芸能リポーターの鈴木奈津子(2012年8月に結婚)。1児の父。
ツッコミ担当。坊主頭。身長176cm、体重65kg。北海道旭川市出身。既婚者で、2010年5月7日、高校の同級生と入籍している。2児の父。

2014年3月19日の良いともに子供が出演した

経歴[編集]

テレビにおける初の冠番組「タカアンドトシの音楽魂か!」(東海テレビ、4月-9月)、「タカアンドトシのどぉーだ!」(北海道文化放送、4月-2009年3月)が放送開始。この頃が全国的な大ブレイク期とされている[3]

芸風[編集]

  • ネタはタカが大部分を作り、その台本のツッコミの部分をトシが細かく変えていく、という作り方をしている。
  • 当初は、普通の正統派しゃべくり漫才だったが、タカのボケに対し、トシが連続で「○○か!」と突っ込みながらタカの頭を叩くパターンを生み出した(通称「○○か!漫才」)。これは、元々タカはネタの台本をツッコミの部分は細かく作らず、その部分はトシが手直しをしていた。そういったときに、タカの書いた台本のツッコミが一部分すべて「○○か!」と書かれていた。それをトシが舞台で使ってみたところ、先輩などから高評価だったためである[4]。その中でも「欧米か!」とツッコむネタがヒットしてメディア出演が増えた。
  • また中盤から終盤まではモジったツッコミボケをする(「子供か!」のツッコミに対して「衣か!」や「児玉か!」「コモドか!」など)[5]。この形式でのネタを作る際は、ツッコミのフレーズ(「○○か!」の○○の部分)を先に作ってから、それに合ったボケを付けるという形をとっている[6]
  • ルミネtheよしもとで漫才をする時北海道出身なので「北方領土」を漫才の中で熱く語った。
  • テレビで披露する漫才の他にも、単独ライブやエンタの神様などではコントも披露する。また,爆笑そっくりものまね紅白歌合戦スペシャルでもものまねでコントをするのだがこれは何故か漫才と言われている(2011年1月7日放送分より)。
  • 2006年6月の漫才ツアーでは「ナルシスト漫才」「噛んだら終わり漫才」なども披露。
  • ブレイク当初は雛壇芸人としての出演が多かったが、2008年頃からは司会業もこなすようになる。主にトシがメイン進行を務める。
  • 本格的な東京進出で多忙を極めているが、現在も地元・北海道ローカルの番組のレギュラーを週2本持っている。

エピソード[編集]

  • タカは、とんねるずがお笑い芸人を目指すきっかけとなっているが、「とんねるず」がグループ名に「ん」が付いているので、「自分たちも『ん』が付くグループ名にしたい。」と思い、「タカア“ン”ドトシ」(最初は「タカ&トシ」)というグループ名にした[7]。またデビュー当初は「カタカナの二人組」で「名前の間に&(アンド)がつく」ことから、先輩芸人であるテツandトモと混同されることが多かった。地方では未だに間違われることをトーク番組などでネタにすることがある。逆に、テツandトモはタカトシに間違えられることをネタにすることがある。
  • 2人の出会いは、中学2年の時にトシが西岡北中学に転校してきたのがきっかけ。タカがトシを相方に選んだ理由は、「トシが「面白い」と思うところが、自分と一緒だったから」。また、学生時代はタカの実家の和室で、タカの両親の前でネタを披露していた[7]
  • 1999年3月、まだ北海道でしか知名度が無かった当時、HBCラジオの24時間に及ぶ長時間特番のゲストパーソナリティとして共演した伊集院光に、打ち上げで2人が「どうやったら毎週面白いトークができるのか」と質問した。しかし、答えに窮した伊集院は「非日常を日常にしろ。例えば1日ステッキを振り回しながら生活しろ」と適当に答えたところ、2人は真剣に納得してしまって大変困った、と「伊集院光 深夜の馬鹿力」で伊集院は告白している。当時、北海道における市井は笑いに対価を支払うという概念が皆無で、これを啓蒙、認知させるのに多大な労力を強いられたと回想し、上京しても鳴かず飛ばずだった時期は、さすがに心荒んだとタカが吐露している。
  • タカがよく着ている服のライオンの絵柄は、坊主頭のトシのインパクトに負けないよう、何か可愛いものをと探していたところ、公園の遊具のライオンを見て「これだ!」と直感して写真に収め、デザイナーにお願いしてデザインしたもの。
  • 2006年10月に発売したDVDの「タカアンドトシ新作単独ライブ タカトシ寄席 欧米ツアー2006」が10万枚以上のセールスを記録。番組をまとめたもの(ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!など)以外では2005年2月に発売したアンガールズの「アンガールズ 単独LIVE 〜88〜」4万超え以来の快挙。
  • 最近は、タカのつく嘘もネタになってきている。島田紳助にロシア人っぽいと言われ、お父さんがロシアと答えたが嘘である。その嘘は特徴があり、実際にあったかのようなものであり、トシが指摘するまで、真に受ける共演者もいる。
  • いきなり!黄金伝説。」(テレビ朝日系)でのカラオケで100点を目指すというコーナーにタカアンドトシが挑戦したところ、周囲の予想に反して最終的に100点をとったのはタカではなく森山直太朗の「さくら」を歌ったトシで、同曲を14回も歌ってやっとのことだった。そのため、トシの方が実は上手いという人もいる。
  • 2007年1月5日放送の『志村けんのバカ殿様』でゲストとして登場し、志村けんからちょんまげのカチューシャを渡された後のコントで、トシは1回の「欧米か」でタカのちょんまげカチューシャを壊してしまった。
  • 志村けんのコント番組に出る際は、まず自分達のネタを披露してから志村とのコントに入る流れになっている。
  • 後輩に先に東京進出されたため、タカは一時期かなりグレる。その頃の風貌は短髪にヒゲでなおかつスレンダー、とかなりワルっぽかった。髪はソフトモヒカン風や左右サイドを別の色に染めるなど、かなり奇抜なものだった。今の姿とはまるで別人で、トシが「相方変えた?」と聞かれる。
  • 同級生と言うこともあり、コンビ愛も深く、「Qさま!」の解散ドッキリでトシが「休業したい」と言った時も、タカは涙ながらに「俺はお前とじゃないと出来ないから」と言った。トシは同番組の最後で「(タカが自分とじゃないと漫才出来ないと言った事に)感動した」と言う発言をしている。
  • 2010年12月28日放送の「笑っていいとも!」のコーナー「プライベートレース金銀銅なの!?」の「芸能人を初めて見た年齢」早いレースにて、トシは初めて芸能人を見た年齢は0歳で、その芸能人は歌手の松山千春であると答え、トシの父親が松山千春のマネージャーをしていて、トシの実家に麻雀をしに訪れていたという事が明かされた。
  • フジテレビ系列のレギュラー番組(日曜日のほこ×たて、水曜日の笑っていいとも(2013年3月31日まで)、金曜日(ローカル枠なので一部の地域を除く)のペケ×ポン)ではいずれも本田朋子アナウンサーと共に出演をしている。
  • 2013年に入ってから、あまり交流のない年齢が上の他事務所芸人には、後輩であっても『さん付け』している。
(例)フットンダで共演する事のあるダブルブッキングの川元文太など。

交友関係・他の芸人との関係[編集]

  • 先輩として次長課長河本準一を慕っているが、実際はほぼ同期である(年齢は1つ下)。しかし、同じく同期のスピードワゴンにはしっかりとタメ口で話す。長州小力に至っては、初対面から後輩扱いして以来、実は先輩と判明した後も「今さら変えられない」という理由で、後輩扱いのままであり、ガレッジセールは、初対面から先輩扱いして以来、後輩と判明した後も小力とほぼ同じ理由で、先輩扱いのままである。又、他事務所芸人の後輩サンドウィッチマン富澤たけしには、何故か『富澤さん』とさん付けするが、伊達みきおには『伊達ちゃん』とちゃん付けする。
  • ほぼ同時期に上京したパンクブーブーと非常に仲がよく、彼らの実力を早くから知り、そしてそれにもかかわらずなかなか売れなかった彼らを常に気にかけていた芸人の一人でもある。また、ボケの佐藤とタカ、トシは同期(正確には佐藤は大阪NSC13期と同期である為タカトシの2人は大阪NSC13期を先輩扱いしている為先輩にあたるが、呼び捨てしている為タカトシは同期と扱っている)であり、かつ佐藤とタカは同じ生年月日。
    • 出会いは大阪の、日本全国の吉本の若手が一同に集まるオーディション番組。北海道代表として出演したのがタカアンドトシ、福岡代表として出演したのが当時佐藤が結成していたコントグループ・「パンダさん」だった。結果は二組ともダダすべりしてしまい、「名古屋のコンビに全部持っていかれた」とのこと。ヤケになった二組はその勢いで道頓堀でナンパに挑むなどして交流を持った。
    • その後、佐藤は黒瀬とパンクブーブーを結成し上京。ほぼ同時期、偶然にもタカアンドトシも上京し、東京の吉本事務所で再会したときは非常に驚いたという。前述のような交流があり、かつ肩身の狭い地方出身者だった二組はすぐに仲良くなり、現在でも親友同然の間柄である。ちなみに佐藤の相方・黒瀬とタカアンドトシはこのときが初対面。黒瀬は二人よりも二年後輩であるが、佐藤の相方で年齢も同年代、そしてその頃タカアンドトシには親しい友人がいなかったため、同期として付き合うようになった。
    • タカアンドトシが一気にブレイクしたときも、佐藤は「とても嬉しかった、嫉妬なんかなかった」と語り(佐藤曰く、タカアンドトシは芸人としてのしがらみやライバル関係を越えた、いい意味での「ただの友達」だという)、黒瀬もタカと飲みに行った際には、タカが出演した番組について語り大いに盛り上がっていたという。それについてタカは「凄くいい奴等だと思った。もし自分が逆の立場だったら、パンクの番組なんか(悔しさで)絶対に見ていないし、付き合いも無くなっていただろう」と語り、パンクブーブーを「芸人のなかで、唯一同期っぽく心を開いて話せる存在」と言っている。そのため、パンクブーブーのM-1優勝は「我がことのように嬉しかった」「他のやつらが優勝したらそれなりの危機感や嫉妬なんかもあったけれど、パンクだったからそんな感情が一切なかった」という。
  • ワイ!ワイ!ワイ!」の火曜日担当MCを務めた際、同じく北海道出身の平成ノブシコブシがアシスタントを務めた。
  • 札幌吉本出身であるためか、福岡吉本出身の博多華丸・大吉と比較される。
    • 両者共、吉本興業の地方事務所の1期生であり、看板タレントだった。タカアンドトシは吉本興業札幌事務所開設時のオーディションを経て、1994年に1期生としてデビューし、やがて札幌吉本を担う主力芸人となった。華丸・大吉も、吉本興業福岡事務所開設時のオーディションにより、1990年に1期生としてデビューし、瞬く間に福岡吉本を代表する売れっ子芸人となった。因みに両者共、吉本入りする際に1回目のオーディションで落選している。
    • 両者共、同期や後輩が先に東京進出を果たす中、近年満を持して上京し、2006年前後から全国区でブレークした。タカアンドトシは、後輩のBコースアップダウンらが次々と東京に進出する中、2001年にようやく活躍の場を東京に移し、2006年前後から「○○か!」のツッコミで、全国区でブレークした。華丸・大吉も東京進出でもカンニング竹山ヒロシに先を越されたが、2005年にようやく上京し、とりわけ華丸が児玉清モノマネを武器に、2005年にとんねるずのみなさんのおかげでした内のコーナー、博士と助手〜細かすぎて伝わらないモノマネ選手権〜で優勝したことや、2006年の『R-1ぐらんぷり』で優勝したことにより、コンビ揃ってテレビに出る機会も爆発的に増え、一躍全国区の人気者となった。
    • 両者共、ツッコミ役に交際歴の長い彼女が存在する。タカアンドトシのトシには2010年1月現在で交際歴16年になる彼女がおり、写真誌でも熱愛ぶりが報じられた。華丸・大吉の大吉も、交際歴11年になる彼女がいることを2007年1月のテレビ番組出演時に明らかにした。大吉は2007年11月18日に結婚した。トシも2010年5月7日に件の彼女と結婚した[8]

爆笑オンエアバトル[編集]

  • 2001年に、爆笑オンエアバトルの札幌収録で初出場するまで、全国ネットの番組での仕事は殆ど無かった。後に上京するきっかけになった番組、と話している。
  • 2001年の初出場時は4位(その時トシは金髪だった)。その後は4回連続5位と綱渡りの状態だったが、第6戦以降からキロバトルが上昇(ちなみに、それ以降タカは髭を剃って出場している)。第11戦以降は1位が定位置と言えるほどまでになり(第17戦のみ2位で、1位はキャン×キャン)、第13戦から現在まで6連続オーバー500の記録も保持している。さらに、番組最多連勝の18連勝の記録も打ち立てている(後に流れ星タイムマシーン3号が20連勝で更新)。チャンピオン大会ではルート33に続く史上2組目の大会連覇を達成(後にトータルテンボスが3連覇を達成)。これらの戦績により、番組内では「史上最強のチャンピオン」と紹介されていた。
  • 第9回チャンピオン大会では、「○○か!」を強調しない正統派漫才を披露したが、番組史上初の3連覇の偉業達成は成らず、後輩のNON STYLEにその座を譲り渡した。結果発表後は大きな拍手で新チャンピオンを祝福していたタカだが、チャンピオンベルトとトロフィーの授与が終わる頃にはうつむき涙を流していた。収録後の楽屋にてタカは「思い残す事は何一つ無いし、やるべき事も全て遣り切った!」と力強く語り、トシも「オンエアバトルには非常にお世話になりました。今後も活きのいい若手を輩出してください。僕らも負けませんよ!」と番組への感謝を述べた。
  • 2007年8月17日放送の夏特番『オンエアバトルデラックス!「タカアンドトシの言葉か!」』で司会を務め、コーナーの進行や加賀美幸子との対談をこなした。爆笑オンエアバトルの番外放送とは言え、タイトルに特定の芸人名が記されるのは番組史上初。
  • 正月には、『オンエアバトルデラックス!「タカアンドトシの正月か!」』が放送された。

受賞歴[編集]

出演番組[編集]

テレビ[編集]

レギュラー[編集]

ぶらぶらサタデー枠にて、2012年9月より「有吉くんの正直さんぽ」と隔週および2週に1回のペースで放送中。 それマジ日本、(2014年2月2日から、フジテレビ) 世にも不思議ランキング(2015年4月から。TBS)2月14日のYahoo!で明らかなった

不定期出演[編集]

  • 笑っていいとも!特大号
    • 2007年年忘れ特大号!
  • SmaSTATION!!(テレビ朝日、2008年1月19日・4月19日、2009年1月17日・4月18日・10月17日、2010年3月6日・10月16日)
    特集「知らないと恥ずかしい!ニュースキーワード!」時に出演。クイズの回答でタカが必ずボケることが恒例となっている。
  • SMAP×SMAP関西テレビ・フジテレビ、2007年5月 - )成り上がり芸人 ドス恋パイナポー
  • とんねるずのみなさんのおかげでした(フジテレビ)
    2007年3月1日放送のタイでの海外ロケの際にタカがロケの集合時間に約2分遅れてしまったため出川哲朗が「ドッキリしましょうか」と提案し、タカが前夜、とんねるず石橋貴明から許可を得た上でドンペリを部屋に持って帰ってしまった事を根に持つという伏線もあり、石橋がタカに激怒するドッキリを敢行。トシが自分の巻き添えで石橋から説教されている光景を目の当たりにして、真っ青になったタカは必死になって石橋に謝罪したが取り合ってもらえず、石橋がテーブルを蹴飛ばしたり出川を殴るなど、怒りが収まらないまま時間が過ぎた。これは演技であり、実際は久々のドッキリ敢行ということもあって、終始上機嫌だった。しばらくしてから再度謝りに行った後、石橋がトシに突っ込まれネタばらしをして、本人はようやくドッキリと知るが、緊張の糸が切れたタカは号泣してしまった。なおこのドッキリは突発的なもので、2人のマネージャーもドッキリと知らずに本気で謝っていた。ネタばらしの後に出川は「こんな大掛かりになるとは夢にも思わなくて」と釈明している。
  • 世界びっくり旅行社NHK総合
    • 春の大型連休スペシャル(2009年5月5日)
      ポイ捨てをビデオカメラで撮影して報告すれば奨励金がもらえる制度がある台北に行った際に、撮影に挑戦し、2件の撮影に成功した。ただし、奨励金をもらえるのは労働ビザか在留資格を持っているものに限られており、2人は観光ビザだったため、奨励金はもらえなかった。
    • 夏休みスペシャル(2009年8月11日)
    • 冬の特別営業スペシャル(2009年12月21日)
    • 2010夏休み特別営業スペシャル(2010年8月17日)
    • 2011お正月特別営業スペシャル(2011年1月2日)
  • 期首特別番組 爆笑そっくりものまね紅白歌合戦スペシャル(フジテレビ)
  • タカトシのおちゃめシリーズ(テレビ東京)
    • タカトシのおちゃめチェ〜ン 〜地元じゃ負け知らずのご当地店舗〜(2012年7月25日)
    • ザ・おちゃめハンター 〜地方に残る愛すべき(秘)スポット達〜(2012年10月15日)

過去の出演番組[編集]

テレビ[編集]

レギュラー・準レギュラー番組

いいとも(2008年から2014年3月。フジテレビ) ほこたて(2008年から2013年。フジテレビ) お試し(2005年から2015年。テレビ朝日) 単発/特別番組

テレビ朝日司会特番、(2014年2月2日、テレビ朝日) 1月20日のワイスクで発表された タカトシ運送(2014年9月16日。2016年2月26日。日本テレビ) 文化テレビ(2014年11月5日。TBS) ゲスト出演・ネタ披露番組

クイズ30(2014年5月11日フジテレビ) おはすた(2014年6月5日。テレビ東京。VTR出演) 2014年9月16日の日本テレビワイドショー ブランチ(2014年11月1日。VTR。TBS) スッキリ(2014年11月3日。VTR。日本テレビ) ぐっと朝(2014年11月24日。テレビ朝日) 徹子の部屋。(2016年1月9日。) 2016年2月26日のPON以外の日本テレビワイドショー アタルスポーツ。(2016年5月23日。テレビ朝日。)

ドラマ[編集]

ドラマ(1995年。北海道テレビ)2015年2月15日の家来るで放送された

ラジオ[編集]

映画[編集]

出演CM[編集]

DVD[編集]

  • 「タカアンドトシ単独ライブ in 日本青年館 勝手にM-1グランプリ」(2009年9月9日)
    2009年5月2日・3日に行われた、M-1グランプリをパロディした単独ライブの模様を収録(DVDは5月3日分)。決勝へ進出した架空の漫才コンビ(「タカアンドトシ」も含む)8+1組を全てタカアンドトシが演じ分けている。司会は今田耕二に代わり(?)あべこうじが担当し、タカ・トシそれぞれの両親が採点しているという設定。またネタだけでなく、オートバックスのCMパロディや、敗者復活戦の架空レポートなども含まれている。なお、この5月3日分公演については当日WOWOWで生中継された[10]
  • 「タカアンドトシ新作単独ライブ タカトシ寄席 欧米ツアー2006」(2006年10月25日)
    2006年6月に6都市(6月3日:札幌、4日:広島、10日:福岡、11日:名古屋、24日:大阪、25日東京)で行われた単独ライブツアーの模様を収録(DVDは6月25日東京ファイナル公演分)。最終的に10万枚以上のセールスを記録した。
  • 「新宿南口連続殺人事件」
  • 「月刊DVDよしもと本物流」Vol. 8(2006年2月号青版)
  • 「M-1グランプリ2004」
  • M-1グランプリへの道 起の1」
  • 「M-1グランプリへの道 転の2」
  • 「漫服」
  • 「新宿南口連続殺人事件」
  • 「タカトシ・くりぃむのペケ×ポン」
  • 「爆笑オンエアバトル タカアンドトシ」(2009年3月31日)
  • 「少年タカトシ」(2009年11月18日)
  • 「フットンダ タカアンドトシが選ぶゴールドモジりベスト10」(2009年12月23日)
  • 「フットンダ タカアンドトシが選ぶゴールドモジりベスト10 第2弾」(2010年9月22日)

著書[編集]

  • +メガネ 01(キッズレーベル、2006年11月)
  • タカアンドトシ 本音か!!(ワニブックス、2007年8月9日)

脚注[編集]

  1. 2010年6月21日放送「しゃべくり007」より。テンプレート:出典無効
  2. 笑い飯と同点(615点)となるが、タカアンドトシに高い点数をつけた審査員が多かったためタカアンドトシを4位とした。[要出典]
  3. 2009年9月1日放送「99プラス」で発表された年表による。テンプレート:出典無効
  4. やりすぎコージー」にての発言テンプレート:出典無効
  5. ちなみにこの際、通常のツッコミ同様,頭を叩くのだが,トシが坊主頭であるため,タカを叩く時よりもいい音がする。
  6. このような漫才の作り方をするコンビは他にアンタッチャブルなどがいる。
  7. 7.0 7.1 フジテレビ系『とんねるずのみなさんのおかげでした』2009年7月30日放送「とんねるずを泊めよう」よりテンプレート:出典無効
  8. オリコンキャリア ニュース 2010年1月30日
  9. オリコン ランキングニュース 2007年8月20日

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

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