ZARD

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ZARD(ザード)は、作詞ボーカルを務める坂井泉水(さかい いずみ)を中心とした日本音楽グループ。固定メンバーは坂井泉水のみであったため、坂井泉水自身のことを指す場合もある。所属事務所泉水(SENSUI)。所属レコード会社ビーイング傘下のB-Gram RECORDS。全てのシングルにタイアップがつくなど曲を耳にする機会が多く、代表曲にミリオンヒットとなった「負けないで」「揺れる想い」「マイ フレンド」がある。

目次

[編集] メンバー

(坂井泉水個人の詳細は「坂井泉水」の記事を参照)

[編集] 脱退したメンバー

各メンバーの脱退は所属事務所から正式には公表されていないが、以下のメンバーがかつてZARDに所属し、ある時期に脱退したようである。

2007年5月30日放送のフジテレビ系『情報プレゼンター とくダネ!』に町田が出演し、ZARDの元メンバーと紹介されていた。町田は坂井について「大人だったと思うことが多かった」、「デビュー当時お金がなかった自分たちのことまで心配してくれていた」、「(お互いに変わって)また会えると思っていた」、「意味がわかんねぇよという感じ」とインタビューに答えていた。

[編集] 結成〜現在

[編集] デビュー

街でスカウトされモデルとして活動をしていた坂井泉水が、テレビドラマ結婚の理想と現実』の主題歌を歌うことに抜擢されたことがきっかけで歌手デビューを果たす。ただしこの時点でバックメンバーが決まっていたかは定かではない。デビューしたての頃はZARDはソロプロジェクトであり、まだ音楽制作に不慣れな坂井を長戸大幸が傍でサポートしていた。アルバム『もう探さない』からバックバンドの4人がクレジットされる。

4thシングル眠れない夜を抱いて』から、イメージを一新。曲も重々しいロックからポップ系の曲、ビジュアル面でも従来のダークなイメージから明るいイメージへ変わった。このシングルは44万枚を売り上げる。

[編集] 全盛期

1993年、6thシングル『負けないで』が自身初のオリコンチャート1位獲得しミリオンヒット。その3ヵ月後に『揺れる想い』もミリオンヒット、この曲によって一発屋とならず固定ファンを獲得するようになる。この2曲を収録したアルバム『揺れる想い』がダブルミリオンヒット(200万枚越)、年間ランキング1位を獲得。ビーイングブームの代表格になった。この年のアーティスト・トータルセールスの1位を獲得。

1994年-1996年はトップアーティストの座を確実に維持しつつ、シングル、アルバムが立て続けに大ヒット。1995年頃、セールスは落ちかけるものの『マイ フレンド』が自身3枚目のミリオンヒットを達成し、『心を開いて』も大ヒットし売り上げを回復。

1997年は『Don't you see!』と『永遠』が、1998年には『運命のルーレット廻して』がオリコン1位を獲得する。1997年から1998年の間には全9枚のシングルを発売し、常にオリコン最高3位以内はキープしていた。

1999年第1弾シングル『MIND GAMES』がオリコン1位を獲得。その後、『世界はきっと未来の中』『痛いくらい君があふれているよ』『この涙 星になれ』、アルバム『永遠』、さらにベストアルバムブームに乗って『ZARD BEST The Single Collection 〜軌跡〜』『ZARD BEST 〜Request Memorial〜』を発売。低迷していた売り上げを再び取り戻し、年間トータルセールス2位を獲得(1位は宇多田ヒカル)。さらにベストアルバム購入者から抽選で船上ライブを行うなど、これまで以上に精力的な活動を行った。

2001年2月に『時間の翼』発売、オリジナルアルバム最後の1位を獲得。発売後、坂井泉水が体調不良になり、1年間活動を休止した。

[編集] 近況

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2002年、「ZARD第二章スタート」というキャッチフレーズをつけ『さわやかな君の気持ち』から活動再開。

2003年、『明日を夢見て』『瞳閉じて』『もっと近くで君の横顔見ていたい』、翌年1月にはアルバム止まっていた時計が今動き出した』を発売するなど精力的な活動を再開する。

2005年4月にリリースされた両A面シングル『星のかがやきよ/夏を待つセイル(帆)のように』が、1999年リリースの『世界はきっと未来の中』以来約6年ぶりとなるオリコン最高位2位を獲得。この曲のおかげで新規ファンを取り込んだともいわれている。同年6月にリリースされた『What a beautiful moment』は累計10万枚を超え、DVDとしては大ヒット(発売月のオリコン月間チャート1位)。9月には11枚目のオリジナルアルバム『君とのDistance』を発売するなど精力的な活動を行い活気を取り戻した。

2006年3月に2作連続となる両A面シングル『悲しいほど貴方が好き/カラッといこう!』、5月に『ハートに火をつけて』を発売し、オリコンTOP10獲得数を歴代単独2位の「40」に伸ばすなどの実績を残した。同年10月25日に、15周年記念の27曲入のベストアルバム『Golden Best 〜15th Anniversary〜』、活動15年間のPVを集めたDVD『ZARD Le Portfolio 1991-2006』、今までの坂井泉水のCDジャケットを集めた写真集を同時発売し、オリコンアルバムチャート・DVDチャート(総合・音楽)共に初登場1位を獲得し二冠を達成するなど活発な1年であった。

2007年秋を目途に2年ぶりのオリジナルアルバムと3年ぶりのライブツアーが計画されていた。しかし、2006年6月、メインメンバーの坂井泉水が子宮頸癌により入院。回復に向かいつつあったものの、2007年4月にはへの転移が発見され再度入退院を繰り返していた。同年5月26日に坂井は入院中の病院で散歩の帰りに階段から転落し後頭部を強打、これによる脳挫傷により5月27日死去した。


[編集] メンバー構成

2004年に行われた初ライブ・ツアーのパンフレットによると、ZARDは「坂井泉水を中心としたユニット名」と書かれており、現在は坂井泉水のソロプロジェクトとされているが、2ndアルバム『もう探さない』から3rdアルバム『HOLD ME』まではギター・町田、ベース・星、ドラム・道倉、キーボード・池澤の名前が散見される。2nd アルバム『もう探さない』のブックレットには他メンバーの写真も掲載されており(ただ白黒のうえ顔がはっきり分からない)、ZARDはバンドであった[1]

1999年のベスト盤発売時に寄せられたメッセージの中では、1991年のデビューシングル『Good-bye My Loneliness』のPVディレクターだった岩井俊二が、「ZARDは一人だった」と発言している。

バックメンバーをつけたのは、『Good-bye My Loneliness』がデビュー作ながらオリコン最高位9位と予想以上に売れたためであると思われている。しかし、5th シングル『IN MY ARMS TONIGHT』のテレビ出演時には星の姿がなく、最後の音楽番組出演となった1993年2月5日の「ミュージックステーション」で『負けないで』を歌った時のドラムは黒瀬蛙一(ex.flow-war/1998年-2001年B'zのツアーサポートメンバー)だった事が、黒瀬本人の口からB'zの松本孝弘ラジオ番組にゲスト出演した際に語られている。町田・池澤の脱退は『負けないで』発売以降と思われるが、具体的な時期は不詳。テレビ出演しないアーティストのバックメンバーは自然と脱退に持っていかれることが多い。坂井以外のメンバー表記が消えるのは最後のテレビ出演となる『負けないで』からであるから訳が分からなくなるが、『君がいない』ですでにギターを弾いていたのは町田ではないという情報もあり、1995年に発売された『Just believe in love』では表記はなかったものの、ギターは町田ではなく、編曲を担当した葉山たけしが弾いていると”J-Rock Magazine誌上”で明言され、この時点で、ZARDが坂井一人となっているのは確定的となった。1996年に発売されたアルバム 『TODAY IS ANOTHER DAY』以降は「Additional〜」という表記で、サポートメンバーの形でギター・葉山たけし、増崎孝司、ベース・明石昌夫、キーボード・小野塚晃、池田大介、サックス・勝田一樹らの名前が表記されている。

1st シングル『Good-bye My Loneliness』のカップリング曲『愛は暗闇の中で』(1st アルバム『Good-bye My Loneliness』にも収録)の編曲クレジットに、ZARDの記載がある事を考えると、1st アルバム制作中に他パートを務めるメンバーが加入していたとも考えられるが、2nd シングル『不思議ね…』のプロモーションビデオのバックバンドはほとんど姿形がぼけており、おそらくまだこの時点では正式メンバーはいなかった可能性が高い。3rd シングル『もう探さない』(1991年発売)のプロモーションビデオでは、はっきりとバックバンドが映っているのを見ると、ここで初めて正式メンバーが誕生したものと見られる。

デビュー当時は坂井泉水一人のソロプロジェクトとして計画が進められ、1991年終盤に町田らが加入し、最後の音楽番組出演となった1993年の『負けないで』前後に、坂井以外のメンバーは脱退し、ソロプロジェクトに戻ったと考えるのが妥当だろう。ファンクラブイベントでは、初期ZARDはバンドでメンバーもいたが、それぞれが忙しくなり最後には坂井泉水一人になっていたという話も出た。

[編集] グループ名の由来

  • 「ZARD」という名は「blizzard」、「hazard(wikt)、「wizard」といった単語から取ったと言われており、響きや語感がよいのが理由とされている。それぞれの単語の意味や、意味が与えるイメージといった側面は一切考慮されていない。坂井泉水は「プロデューサーの長戸大幸がつけた」とファンクラブの会報で述べている。
  • 1992年2月6日の朝日放送の情報番組『おはよう朝日です』に出演した坂井泉水は「Zから始まるバンド名はハードな響きがあることで決まっていた」、「ただ単に思いつきで(決めた)」と述べている。

[編集] 作詞・作曲・編曲のクレジット

全ての楽曲の作詞は坂井泉水が担当していると思われがちだが、1stアルバム『Good-bye My Loneliness』に収録されている『恋女の憂鬱』と『女でいたい』の2曲の作詞は川島だりあが担当している。7thシングル『君がいない』と11thシングルの『Boy』(『この愛に泳ぎ疲れても』ともに両A面の2トラック目に収録)はクレジット上は坂井泉水名義だが、栗林誠一郎の詞に坂井泉水が手を加えたものである。ただし、『Boy』は歌い出しの部分を「Girl 今でも」から「Boy 今でも」に変えた以外は全く別の歌詞であり、作詞が坂井単独名義となっていても問題はないだろう。

初期の作品は後の坂井作品と趣が違うため、添削係と共同作業で書いたのではないかという説もあり、もし添削係がいたとしたらビーイングの古参作詞家である小田佳奈子などが考えられる。坂井曰く、「最初の頃は歌のノウハウの本を読んで、周りの人に手伝ってもらいながら作詞した」という。[要出典]

1st シングル『Good-bye My Loneliness』のカップリング曲『愛は暗闇の中で』は編曲クレジットにZARDとあり、アレンジにも坂井が参加していたとも考えられる。坂井は音楽学校を卒業したわけではなく、スカウトされてからデビューまでの期間が短いので編曲法を教わったことは考えられにくく、実際の作業に関わった可能性は低いと思われ、楽器の指定や出来上がったサウンドに対する指示等だけであると考えられる。実際編曲作業に関わったのであれば、後の作品にもZARD名義の編曲があってもおかしくないはずであるが、ビーイング系歌手はバンド形態であっても1993年以降自らアレンジを行うバンドは非常に少ないため諸説ある。

2ndシングル『不思議ね…』のカップリング「素直に言えなくて」、2ndアルバム『もう探さない』収録の「いつかは・・」、16thシングル『サヨナラは今もこの胸に居ます』のカップリング「眠り」、42ndシングル『ハートに火をつけて』のカップリング「君へのブルース」の4曲は数少ない坂井泉水自身の作詞作曲作品である。

作曲・編曲はほとんど同じメンバーで行われており、作曲は1991年-1997年頃まで織田哲郎栗林誠一郎(現在のはストック作品)、それ以降は徳永暁人、2003年以降はほとんどの曲を大野愛果が担当している。編曲は96年まで明石昌夫池田大介葉山たけしが務めており、それ以降は徳永暁人、99年は古井弘人が中心的に務めていた。葉山たけしもビーイング脱退後、2004年以降外注で再び編曲を行っている。

上記以外にも、単発で多くのアーティストが作曲、編曲を行っている(TUBE春畑道哉PAMELAH小澤正澄、exdatストロボ北野正人GARNET CROW中村由利岡本仁志、など)。徳永暁人大野愛果は、初めてZARDの作曲を手がけた当時はそれぞれデビューして間もない頃であったが、その作品の良さが評価され、その後もZARDの多くの作曲を担当することになった(徳永は『永遠』、大野は『少女の頃に戻ったみたいに』、『Get U're Dream』)。

※…共同編曲あり

[編集] 略歴

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[編集] オリコン

  • アーティスト・トータル・セールス(CD総売上枚数):3693.5万枚(歴代7位)
    • シングル:1751.1万枚(女性ボーカルアーティスト歴代2位)
    • アルバム:1942.4万枚(女性ボーカルアーティスト歴代4位)
  • シングルTOP10獲得数:40作(歴代2位タイ、もう一組はSMAP)(女性ボーカル部門歴代1位)
  • 90年代アーティストトータルセールス3位(女性ボーカルアーティスト1位)
  • シングル1位獲得数:12作(女性ボーカルアーティスト歴代4位)
  • シングルTOP100チャートイン数:43作(90年代デビューアーティスト歴代2位)
  • アルバムミリオン獲得数:9作(歴代4位タイ、もう一人は松任谷由実
  • アルバム連続ミリオン獲得数:9作(歴代1位)(HOLD MEZARD BEST 〜Request Memorial〜

[編集] ディスコグラフィ

[編集] シングル

作詞は全て坂井泉水が担当している。

CDコード[2] リリース日 タイトル 作編曲者 オリコン
1st single BGDH-1010 1991年2月10日 Good-bye My Loneliness
作曲:織田哲郎
編曲:明石昌夫
初登場28位
最高位9位
2nd single BGDH-1011 1991年6月25日 不思議ね…
作曲:織田哲郎
編曲:明石昌夫
最高位30位
3rd single BGDH-1012 1991年11月6日 もう探さない
作曲:織田哲郎
編曲:明石昌夫
最高位39位
4th single BGDH-1013 1992年8月5日 眠れない夜を抱いて
作曲:織田哲郎
編曲:明石昌夫・池田大介
初登場18位
最高位8位
5th single BGDH-1014 1992年9月9日 IN MY ARMS TONIGHT
作曲:春畑道哉
編曲:明石昌夫
最高位9位
6th single BGDH-1031 1993年1月27日 負けないで
作曲:織田哲郎
編曲:葉山たけし
初登場2位
最高位1位
7th single BGDH-1004 1993年4月21日 君がいない
作曲:栗林誠一郎
編曲:明石昌夫
最高位2位
8th single BGDH-1005 1993年5月19日 揺れる想い
作曲:織田哲郎
編曲:明石昌夫
最高位1位
9th single BGDH-1008 1993年9月4日 もう少し あと少し…
作曲:栗林誠一郎
編曲:明石昌夫
最高位2位
10th single BGDH-1016 1993年11月3日 きっと忘れない
作曲:織田哲郎
編曲:明石昌夫
最高位1位
11th single BGDH-1033 1994年2月2日 この愛に泳ぎ疲れても/Boy
作曲:織田哲郎(この愛〜)
作曲:栗林誠一郎(Boy)
編曲:明石昌夫(共通)
最高位1位
12th single BGDH-1039 1994年8月6日 こんなにそばに居るのに
作曲:栗林誠一郎
編曲:明石昌夫
最高位1位
13th single BGDH-1041 1994年12月24日 あなたを感じていたい
作曲・編曲:織田哲郎 最高位2位
14th single BGDH-1042 1995年2月1日 Just believe in love
作曲:春畑道哉
編曲:葉山たけし
最高位2位
15th single JBDJ-1003 1995年6月5日 愛が見えない
作曲:小澤正澄
編曲:葉山たけし
最高位2位
16th single JBDJ-1006 1995年8月28日 サヨナラは今もこの胸に居ます
作曲:栗林誠一郎
編曲:葉山たけし
最高位1位
17th single JBDJ-1011 1996年1月8日 マイ フレンド
作曲:織田哲郎
編曲:葉山たけし
最高位1位
18th single JBDJ-1016 1996年5月6日 心を開いて
作曲:織田哲郎
編曲:池田大介
最高位1位
19th single JBDJ-1023 1997年1月6日 Don't you see!
作曲:栗林誠一郎
編曲:葉山たけし
最高位1位
20th single JBDJ-1024 1997年2月26日 君に逢いたくなったら…
作曲:織田哲郎
編曲:葉山たけし
最高位2位
21st single JBDJ-1029 1997年7月2日 風が通り抜ける街へ
作曲:織田哲郎
編曲:徳永暁人
最高位3位
22nd single JBDJ-1030 1997年8月20日 永遠
作曲・編曲:徳永暁人 最高位1位
23rd single JBDJ-1031 1997年12月3日 My Baby Grand 〜ぬくもりが欲しくて〜
作曲:織田哲郎
編曲:池田大介
最高位3位
24th single JBDJ-1036 1998年3月4日 息もできない
作曲:織田哲郎
編曲:葉山たけし
最高位3位
25th single JBDJ-1041 1998年9月17日 運命のルーレット廻して
作曲:栗林誠一郎
編曲:池田大介
最高位1位
26th single JBDJ-1042 1998年12月2日 新しいドア〜冬のひまわり〜
作曲:北野正人
編曲:古井弘人
最高位3位
27th single JBDJ-1043 1998年12月2日 GOOD DAY
作曲:綿貫正顕
編曲:池田大介
最高位2位
28th single JBDJ-1046 1999年4月7日 MIND GAMES
作曲:綿貫正顕
編曲:綿貫正顕・古井弘人
最高位1位
29th single JBDJ-1047 1999年6月16日 世界はきっと未来の中
作曲:岩井勇一郎
編曲:徳永暁人・古井弘人・シオジリケンジ
最高位2位
30th single JBDJ-1047 1999年10月14日 痛いくらい君があふれているよ
作曲・編曲:シオジリケンジ 最高位5位
31st single JBCJ-1027 1999年12月1日 この涙 星になれ
作曲:岩井勇一郎
編曲:古井弘人
最高位5位
32nd single JBCJ-1031 2000年9月6日 Get U're Dream
作曲:大野愛果
編曲:葉山たけし
最高位4位
33rd single JBCJ-1032 2000年11月15日 promised you
作曲:栗林誠一郎
編曲:Cybersound
最高位6位
34th single JBCJ-3001 2002年5月22日 さわやかな君の気持ち
作曲・編曲:徳永暁人 最高位4位
35th single JBCJ-6001 2003年4月9日 明日を夢見て
作曲:大野愛果
編曲:小林哲
最高位4位
36th single JBCJ-6002 2003年7月9日 瞳閉じて
作曲:大野愛果
編曲:徳永暁人
最高位4位
37th single JBCJ-6004 2003年11月12日 もっと近くで君の横顔見ていたい
作曲:大野愛果
編曲:池田大介
最高位8位
38th single JBCJ-4001 2004年6月23日 かけがえのないもの
作曲:大野愛果
編曲:小林哲
最高位4位
39th single JBCJ-4002 2004年11月24日 今日はゆっくり話そう
作曲:大野愛果
編曲:徳永暁人
最高位6位
40th single JBCJ-6006 2005年4月20日 星のかがやきよ/夏を待つセイル(帆)のように
作曲:大野愛果(共通)
編曲:葉山たけし(共通)
最高位2位
41st single JBCJ-6007 2006年3月8日 悲しいほど貴方が好き/カラッといこう!
作曲:大野愛果(共通)
編曲:葉山たけし(共通)
最高位6位
42nd single JBCJ-6008
【初回版】
JBCJ-6008
【通常版】
2006年5月10日 ハートに火をつけて
作曲:大野愛果
編曲:葉山たけし
最高位10位
43rd single JBCJ-4003
2007年12月12日 グロリアス マインド
作曲:大野愛果
編曲:葉山たけし

[編集] コラボレート作品