宝塚記念

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宝塚記念
開催地 阪神競馬場
格付け GI
1着賞金 1億3200万円
距離 芝2200m
出走条件 サラブレッド系3歳以上(国際)(指定)
負担重量 3歳53kg、4歳以上58kg
(牝馬2kg減)
創設 1960年6月26日

宝塚記念(たからづかきねん)とは日本中央競馬会(JRA)が阪神競馬場2200mで施行する中央競馬重賞GI競走である。正賞は宝塚市長賞と日本馬主協会連合会会長賞。競走名は阪神競馬場がある宝塚市から取られている。

目次

[編集] 概要

1960年、年末の大一番に定着した関東地区中山競馬場)の有馬記念に匹敵する大競走を春季に開催したいとの関西地区の意向[1]から、有馬記念同様にファン投票によって出走馬を決めることを前提に4歳(現3歳)以上の混合の定量の重賞競走・宝塚記念として創設、第1回は阪神競馬場の芝1800mで施行された。

1961年からは施行距離を芝2000mに変更。更に1963年からは負担重量を別定に変更。1966年は阪神競馬場のスタンド増設工事により京都競馬場の芝2200mで施行され、1967年からは施行距離を芝2200mに変更となった。

1968年からは出走資格を5歳(現4歳)以上に、また負担重量を馬齢に変更。1969年は阪神競馬場の火災による復旧工事により再び京都競馬場の芝2200mで施行され、1972年からは負担重量が定量となり、1974年は阪神競馬場のダートコース設置工事により再び京都競馬場の芝2200mで、また1976年も同じく京都競馬場の芝2200mで施行された。

1980年は京都競馬場の改修工事に伴う振替開催により中京競馬場の芝2400mで施行。1984年からはグレード制施行に伴い、最高位のGIに格付けされ、1987年からは出走資格を4歳(現3歳)以上に変更。1991年は阪神競馬場の改修工事により京都競馬場の芝2200mで再び施行された。

1993年は先の6月3日に執り行われた徳仁親王小和田雅子の結婚を祝い「皇太子殿下御成婚奉祝」の副称が付けられて施行され、1995年からは特別競走に指定、JRAに実力を認められた地方所属の競走馬のみファン投票に選出されなくても出走可能になったが阪神・淡路大震災の影響による阪神競馬場の復旧工事により京都競馬場(1月21日、22日に開催中止となった競馬の代替開催)の芝2200mで「震災復興支援競走」の副称が付けられて施行され、翌1996年も同じ副称が付けられて阪神競馬場で施行された。

1997年からは国際競走に指定され、外国馬(日本国外の競走馬)が出走可能になり、1999年はJRAの専用ファンファーレ一般公募によって最優秀賞に選出された早川太海の作曲したファンファーレが使用される様になり、2001年からは国際セリ名簿基準作成委員会により国際グレードのGIに格付け、ジャパンカップに次いで日本で2番目の国際GI競走となり、2004年にはJRA創設50年を記念して「日本中央競馬会創立50周年記念」の副称が付けられて施行。2006年には阪神競馬場の芝コースの改修工事により京都競馬場の芝2200mで施行された。

上半期のGI戦線を締めくくる中長距離競走[2]でその年を締めくくる有馬記念を「グランプリ」と呼ぶことになぞらえ、宝塚記念は「春のグランプリ」または「夏のグランプリ(サマーグランプリ)」と呼ばれる[3]。しかし、八大競走の名残(宝塚記念は八大競走に含まれず、GIの中でも格が落ちるとされる)や施行時期が高温多湿期であること(付け加えておくと、馬は暑さに弱い動物だからである)、ファン投票で上位に指名されていても出走を避ける陣営があったことから、2006年まで(最終的な)出馬投票対象頭数が出走可能頭数(フルゲート・18頭)に達することは無かった。2007年になって初めてフルゲートと同じ18頭でレースが行われたが、このとき出馬投票の対象となった馬はフルゲートと丁度同じ18頭であった。よってこのレースに出馬投票しながら除外(優先順位下位のため出走できない)の憂き目に遭った馬はまだない。

また国際GI競走であるが日本以外からの競走馬の出走は国際GIに格付けされた2001年から1頭も無く、過去に遡っても1997年に招待馬として出走したオーストラリアセトステイヤー(馬主は日本人)ただ1頭である。宝塚記念の開催時期はヨーロッパではイギリスロイヤルアスコットレースミーティングがあり、国によってはクラシック戦線の最中である。アメリカ合衆国でもシーズン真っ只中である。香港オセアニアでは休養時期に当たり、日本以外からの遠征・参戦が難しい時期であることも影響している。

出走資格はサラ系3歳(旧4歳)以上のファン投票及びJRAに選出されたJRA所属の競走馬及び本競走に出走登録した外国競走馬。地方所属馬はJRAに実力を認定された競走馬のみ出走が可能である。

現在の優勝レイの配色は、紺色地に金色文字となっている。

[編集] 出走馬の選出方法

  • ファン投票は1人1媒体1通限り、郵送の場合は印刷・ワープロ・ゴム印使用は無効。1人での複数枚投票(複数媒体の使用も含む)も不可。
  • 公式投票ハガキ(競馬場、WINS各会場で配布)と市販のハガキ(官製・私製)、インターネットから投票できる。
  • ファン投票上位10頭が優先出走できる。
  • それ以外の馬(外国馬、地方馬除く)については過去1年間の収得賞金額などを加味して決定される。フルゲート18頭まで出走可能。

[編集] 歴代ファン投票1位

※第29回以前については書きかけです。

回数施行日馬名票数単勝人気着順
第30回1989年ヤエノムテキ119,765票1番7着
第31回1990年オグリキャップ152,016票1番2着
第32回1991年メジロマックイーン136,325票1番2着
第33回1992年メジロマックイーン135,300票不出走
第34回1993年メジロマックイーン139,693票1番優勝
第35回1994年ビワハヤヒデ148,768票1番優勝
第36回1995年ライスシャワー105,799票3番中止
第37回1996年ナリタブライアン140,970票不出走
第38回1997年マーベラスサンデー97,617票1番優勝
第39回1998年エアグルーヴ133,223票3番3着
第40回1999年スペシャルウィーク136,079票1番2着
第41回2000年テイエムオペラオー87,936票1番優勝
第42回2001年テイエムオペラオー89,384票1番2着
第43回2002年ジャングルポケット72,159票不出走
第44回2003年シンボリクリスエス59,817票1番5着
第45回2004年リンカーン60,865票3番3着
第46回2005年ゼンノロブロイ67,667票2番3着
第47回2006年ディープインパクト89,864票1番優勝
第48回2007年メイショウサムソン76,932票2番2着
この節は、書きかけです。加筆、訂正して下さる協力者を求めています。

[編集] 主な前走

以下は宝塚記念に出走する競走馬の主な前走。

 競走名格付団体施行競馬場施行距離宝塚記念優勝馬輩出実績(1984年グレード制以後)
1天皇賞(春)GI中央京都競馬場芝3200mディープインパクト、ヒシミラクル、メイショウドトウ、テイエムオペラオー、マーベラスサンデー、マヤノトップガン、ビワハヤヒデ、メジロマックイーン、メジロライアン、イナリワン、タマモクロス、スズカコバン
2目黒記念JpnII中央東京競馬場芝2500m 
3安田記念GI中央東京競馬場芝1600mスイープトウショウ、ダンツフレーム、グラスワンダー、オサイチジョージ、スズパレード
4金鯱賞GII中央中京競馬場芝2000mサイレンススズカ、タップダンスシチー

この他、クイーンエリザベス2世カップ(香港G1、芝2000m)アドマイヤムーン、京阪杯(当時GIII、芝2000m)ダンツシアトル、新潟大賞典(当時GIII、芝2200m)メジロパーマー、4歳上1400万下(当時、芝2000m) パーシャンボーイ、サンケイ大阪杯(当時GII、芝2000m) カツラギエース等が別路線から勝利を収めている。なお、ハンデ重賞である目黒記念からは1997年から宝塚記念の東の前哨戦としての位置付けに変更されて以後、宝塚記念に勝利した馬は、2007年現在で出ていない(目黒記念は1984年から1996年までは天皇賞(春)の前哨戦だった)。

[編集] 歴史

  • 1960年 - 阪神競馬場の芝1800mの4歳(現3歳)以上の混合の定量の重賞競走「宝塚記念」として創設。
  • 1961年 - 施行距離を芝2000mに変更。
  • 1963年 - 負担重量を別定に変更。
  • 1966年 - 阪神競馬場のスタンド増設工事により京都競馬場の芝2200mで施行。
  • 1967年
  • 1968年
    • 出走資格を5歳(現4歳)以上に変更。
    • 負担重量を馬齢に変更。
  • 1969年 - 阪神競馬場のスタンド火災による復旧工事により京都競馬場の芝2200mで施行。
  • 1972年
  • 1974年 - 阪神競馬場のダートコース新設工事により京都競馬場の芝2200mで施行。
  • 1976年 - 京都競馬場の芝2200mで施行。
  • 1980年 - 京都競馬場の改修工事に伴う振替開催により中京競馬場の芝2400mで施行。
  • 1984年 - グレード制施行によりGIに格付け。
  • 1987年 - 出走資格を4歳(現3歳)以上に戻す。
  • 1991年 - 阪神競馬場の改修工事により京都競馬場の芝2200mで施行。
  • 1993年 - 本年のみ皇太子殿下御成婚奉祝の副称が付く。
  • 1995年
    • 指定競走に指定。
    • 震災復興支援競走の副称が付く。
    • 阪神競馬場の阪神・淡路大震災の影響による復旧工事により京都競馬場の芝2200mで施行。
    • ライスシャワーが3コーナー過ぎで転倒し競走中止、予後不良と診断され安楽死処置が下される。
  • 1996年 - 震災復興支援競走の副称が本年まで付く。
  • 1997年 - 国際競走に指定。
  • 1999年 - 早川太海の作曲した出走ファンファーレが本年の本競走から使用される。
  • 2001年
  • 2003年 - 当年東京優駿(日本ダービー)優勝馬ネオユニヴァースが史上初の出走。
  • 2004年 - 本年のみ日本中央競馬会創立50周年記念の副称が付く。
  • 2006年 - 阪神競馬場の芝コース改修工事により京都競馬場の芝2200mで施行。
  • 2007年 - レース史上初めてフルゲート(18頭)でレースが行われる。

[編集] 歴代優勝馬

回数施行日優勝馬性齢勝時計優勝騎手管理調教師馬主
第1回1960年6月26日ホマレーヒロ牡41:49.6近藤武夫武輔彦仁木清七
第2回1961年7月2日シーザー牡42:04.6伊藤修司伊藤勝吉伊藤由五郎
第3回1962年7月1日コダマ牡52:03.4栗田勝武田文吾伊藤由五郎
第4回1963年6月30日リユウフオーレル牡42:02.1宮本悳橋本正晴三好笑子
第5回1964年7月5日ヒカルポーラ牡52:03.3高橋成忠佐藤勇坪田喜之助
第6回1965年6月27日シンザン牡42:06.3栗田勝武田文吾橋元幸吉
第7回1966年6月26日エイトクラウン牝42:15.0内藤繁春田中康三山口昇
第8回1967年7月2日タイヨウ牡42:19.4内藤繁春武田文吾内藤博司
第9回1968年5月26日ヒカルタカイ牡42:14.7野平祐二藤本冨良長山善健
第10回1969年6月1日ダテホーライ牡42:16.1宇田明彦星川泉士(株)伊達牧場
第11回1970年5月31日スピードシンボリ牡72:13.3野平祐二野平省三和田共弘
第12回1971年5月30日メジロムサシ牡42:17.3横山富雄大久保末吉メジロ商事(株)
第13回1972年6月4日ショウフウミドリ牡62:19.9松本善登武田文吾松本市三郎
第14回1973年6月3日ハマノパレード牡42:12.7田島良保坂口正二(株)ホースタジマ
第15回1974年6月2日ハイセイコー牡42:12.9増沢末夫鈴木勝太郎(株)ホースマンクラブ
第16回1975年6月1日ナオキ牡62:16.7佐々木昭次田中康三桜山ホース(株)
第17回1976年6月6日フジノパーシア牡52:17.5大崎昭一柴田寛真田繁次
第18回1977年6月5日トウショウボーイ牡42:13.0武邦彦保田隆芳トウショウ産業(株)
第19回1978年6月4日エリモジョージ牡62:14.2福永洋一大久保正陽山本慎一
第20回1979年6月3日サクラショウリ牡42:12.4小島太久保田彦之(株)さくらコマース
第21回1980年6月1日テルテンリュウ牡42:31.9西浦勝一土門健司伊藤繁子
第22回1981年6月7日カツアール牡52:14.1樋口弘柳田次男栗林英雄
第23回1982年6月6日モンテプリンス牡52:12.6吉永正人松山吉三郎毛利喜八
第24回1983年6月5日ハギノカムイオー牡42:12.1伊藤清章伊藤修司日隈広吉
第25回1984年6月3日カツラギエース牡42:12.4西浦勝一土門一美野出一三
第26回1985年6月2日スズカコバン牡52:15.9村本善之小林稔 永井永一
第27回1986年6月1日パーシャンボーイ牡42:14.4柴田政人高松邦男伊達秀和
第28回1987年6月14日スズパレード牡62:12.3蛯沢誠治富田六郎小紫芳夫
第29回1988年6月12日タマモクロス牡42:13.2南井克巳小原伊佐美タマモ(株)
第30回1989年6月11日イナリワン牡52:14.0武豊鈴木清保手浜弘規
第31回1990年6月10日オサイチジョージ牡42:14.0丸山勝秀土門一美野出長一
第32回1991年6月9日メジロライアン牡4 2:13.6横山典弘奥平真治(有)メジロ牧場
第33回1992年6月14日メジロパーマー牡52:18.6山田泰誠大久保正陽(有)メジロ牧場
第34回1993年6月13日メジロマックイーン牡62:17.7武豊池江泰郎メジロ商事(株)
第35回1994年6月12日ビワハヤヒデ牡42:11.2岡部幸雄浜田光正(有)ビワ
第36回1995年6月4日ダンツシアトル牡52:10.2村本善之山内研二山元哲二
第37回1996年7月7日マヤノトップガン牡42:12.0田原成貴坂口正大田所祐
第38回1997年7月6日マーベラスサンデー牡52:11.9武豊大沢真笹原貞生
第39回1998年7月12日サイレンススズカ牡42:11.9南井克巳橋田満永井啓弐
第40回1999年7月11日グラスワンダー牡42:12.1的場均尾形充弘半沢(有)
第41回2000年6月25日テイエムオペラオー牡42:13.8和田竜二岩元市三竹園正繼
第42回2001年6月24日メイショウドトウ牡52:11.7安田康彦安田伊佐夫松本好雄
第43回2002年6月23日ダンツフレーム牡42:12.9藤田伸二山内研二山元哲二
第44回2003年6月29日ヒシミラクル牡42:12.0角田晃一佐山優阿部雅一郎
第45回2004年6月27日タップダンスシチー牡72:11.1佐藤哲三佐々木晶三(株)友駿ホースクラブ
第46回2005年6月26日スイープトウショウ牝42:11.5池添謙一鶴留明雄トウショウ産業(株)
第47回2006年6月25日ディープインパクト牡42:13.0武豊池江泰郎金子真人ホールディングス(株)
第48回2007年6月24日アドマイヤムーン牡42:12.4岩田康誠松田博資近藤利一
第49回2008年6月29日エイシンデピュティ牡62:15.3内田博幸野元昭平井豊光

[編集] 宝塚記念の記録

  • レースレコード - 2:11.1(第45回優勝馬タップダンスシチー)
    • 参考:2:10.2(第36回優勝馬ダンツシアトル=京都開催)
  • 2着との最大着差 - 5馬身(第15回優勝馬ハイセイコー・第24回優勝馬ハギノカムイオー・第35回優勝馬ビワハヤヒデ)
  • 阪神競馬場の1日の最高入場者数 - 92,986人(第38回)
  • 勝馬投票券最高売上げ - 348億1,272万400円(第38回)

[編集] 母子制覇

過去にエイトクラウン・ナオキのみが母子制覇を成し遂げているが、父子制覇は達成されていない。

母馬名優勝回子馬名優勝回
1組目エイトクラウン第7回ナオキ第16回

[編集] エピソード

[編集] ジンクス

  • これまで2連覇以上はおろか、2回以上優勝した競走馬がいない。第46回では前年度の覇者タップダンスシチーがジンクス打破に向けて挑戦、前哨戦に勝利していることもあり圧倒的な1番人気に支持されたが直線で失速して7着に敗れた。
  • 牝馬が優勝出来ない事でも知られ第7回のエイトクラウン以降優勝出来なかったが、第46回でスイープトウショウが39年ぶり、史上2頭目の牝馬による春のグランプリ制覇を達成した。
  • 創設以来3歳馬は一度も優勝していない。出走頭数そのものが少ないことも考えられるものの第44回では皐月賞日本ダービーの二冠を制したネオユニヴァースが出走しシンボリクリスエスに次ぐ2番人気に支持されたが、ヒシミラクルの4着に敗れ、第48回では64年ぶりの牝馬のダービー馬となったウオッカが出走しメイショウサムソンらを抑えて1番人気に支持されたがアドマイヤムーンの8着に敗れた。
  • 現在のところ、安田記念からの連勝例がない。オグリキャップアグネスデジタルダイワメジャー等有力馬が参戦したこともあったがいずれも宝塚記念では敗れている。
  • 宝塚記念といえば「あなたのそして私の夢が走ります」の名口調で有名な杉本清だが、彼があげる推奨馬(私の夢)は毎年、凡走することから恐れられていた。ある調教師は杉本が自身の出走馬を推奨馬にしたことを聞いて「頼むからやめてくれ」と言ったという話もあるという。また1995年のレースでは、夢に挙げたダンツシアトルが優勝を果たしたもののライスシャワーが競走中に故障発生するという後味悪い結果になった。

[編集] 払戻金2億円

2003年の第44回競走に優勝したヒシミラクルの単勝に1222万円もの大金をつぎ込んで、それを的中させたサラリーマン風の中年男性がいた。

このレースでのヒシミラクルの単勝は16.3倍。つまり1222万×16.3でこの男性は1億9918万6000円を的中させたことで払戻金が約2億円になることから「2億円おじさん」、または勝ち馬のヒシミラクルの名前の一部を取って「ミラクルおじさん」との名がついた。ちなみに宝塚記念の優勝賞金は1億3200万円であったので、それをも上回る金額である。

この出来事は翌日のワイドショーなどでも取り上げられるほどの話題となった。さらに的中させた男性を装う人物が現れ、「配当金を全額寄付する」とJRAに連絡があった。ただ、的中させた男性が実際に払戻金を受け取ったかどうかはJRAも公表していないため定かではない。

[編集] 脚注

  1. 当時、関西地区の春の大レースは桜花賞と天皇賞しか無く、クラシック競走やそのトライアルレースが続く関東地区に比べて盛り上がりに欠けていた。
  2. 主催者であるJRAは宝塚記念の歴史紹介ページで、当競走を「上半期の実力ナンバー1決定戦」と位置づけている。
  3. 古くから「春のグランプリ」の表現は用いられてきたが、近年はスポーツ新聞などでも「サマーグランプリ」の表現が見られる。例として2007年の宝塚記念を取り上げたスポーツニッポン大阪版の記述をあげる。

[編集] 関連項目

中央競馬GI、JpnI、J・GI競走
フェブラリーステークス | 高松宮記念 | 桜花賞* | 中山グランドジャンプ | 皐月賞* | 天皇賞(春) | NHKマイルカップ* | ヴィクトリアマイル* | 優駿牝馬* | 東京優駿* | 安田記念 | 宝塚記念 | スプリンターズステークス | 秋華賞* | 菊花賞* | 天皇賞(秋) | エリザベス女王杯 | マイルチャンピオンシップ | ジャパンカップダート | ジャパンカップ | 阪神ジュベナイルフィリーズ* | 朝日杯フューチュリティステークス* | 中山大障害 | 有馬記念
  • 平地で国際グレードが得られていない競走(JpnI)には右肩に「*」を付している。
  • 障害競走(J・GI)は斜体で示している。

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