阪神ジュベナイルフィリーズ

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阪神ジュベナイルフィリーズ
開催地 阪神競馬場
格付け JpnI
1着賞金 6000万円
距離 芝・外1600m
出走条件 サラブレッド系2歳牝馬(混合)(指定)
負担重量 54kg
創設 1949年12月18日

阪神ジュベナイルフィリーズHanshin Juvenile Fillies)とは日本中央競馬会(JRA)が阪神競馬場1600mで施行する中央競馬重賞JpnI競走である。正式名称は農林水産省賞典阪神ジュベナイルフィリーズである。

創設時から約40年に渡り「阪神3歳ステークス」として施行され、関西の3歳(当時の馬齢表記、現在では2歳)チャンピオン決定戦だった。ミスオンワード、コダマ、マーチス、キタノカチドキ、テンポイントなど関西出身の歴史的名馬の登竜門で、1954年JRA賞が創設されて以来36年間で18頭の優勝馬が最優秀3歳牡馬あるいは最優秀3歳牝馬に選ばれている。

1991年に大きく競走の性格が変わり、牝馬限定となって中央競馬の2歳牝馬の女王決定戦となった。

正賞は農林水産大臣賞、日本馬主協会連合会長賞。

目次

[編集] 概要

1949年に関西所属の2歳(旧3歳)競走馬のチャンピオン決定戦阪神3歳ステークスとして創設、1956年は阪神競馬場の改修工事により京都競馬場京都3歳ステークスの名称で施行された。

1991年には牡馬牝馬の2歳(旧3歳)チャンピオン決定戦を明確にするという理由で、第43回競走から牝馬限定の競走に変更、名称を阪神3歳牝馬ステークスとして施行されるようになった。この3歳頂点を決する重賞競走の牡牝分離については、それ以前より大井競馬場で開催されている重賞競走の東京3歳優駿牝馬が参考にされたといわれている。

更に2001年に競走馬年齢を国際基準に合わせたことに伴い、競走名称が「阪神ジュベナイルフィリーズ」となった。この「ジュベナイルフィリーズ(juvenile fillies)」とは雌の仔馬という意味である。

翌年度の桜花賞優駿牝馬(オークス)など、牝馬クラシック路線を占う意味でも重要な一戦として位置づけられている。特に桜花賞とは全く同じ距離・コースの設定で行われるため、この競走の上位馬は翌年の桜花賞でも有力馬に挙げられる。

出走可能な競走馬は、JRAに所属するサラ系2歳(旧3歳)の牝馬及びJRAに認定された地方所属の牝馬(5頭まで)。

現在の優勝レイの配色は、赤色地に金色文字となっている。

[編集] 主な前走

 競走名格付施行競馬場施行距離
1デイリー杯2歳ステークスJpnII京都競馬場芝1600m
2ファンタジーステークスJpnIII京都競馬場芝1400m
3京王杯2歳ステークスJpnII東京競馬場芝1400m

地方競馬所属馬が当競走に出走するには以下の競走のいずれかで所定の成績をあげる必要がある。

競走名格付施行競馬場施行距離必要な着順
函館2歳ステークスJpnIII函館競馬場芝1200m1着
新潟2歳ステークスJpnIII新潟競馬場芝1600m1着
小倉2歳ステークスJpnIII小倉競馬場芝1200m1着
札幌2歳ステークスJpnIII札幌競馬場芝1800m1着
デイリー杯2歳ステークスJpnII京都競馬場芝1600m1・2着
ファンタジーステークスJpnIII京都競馬場芝1400m1・2着
京王杯2歳ステークスJpnII東京競馬場芝1400m1・2着

[編集] 歴史

  • 1949年 阪神競馬場の芝1200mの混合重賞競走「阪神3歳ステークス」として創設。
  • 1950年 出走条件が別定重量51キロから別定重量52キロに変更。
  • 1956年 阪神競馬場の改修工事により京都競馬場の芝1200mで「京都3歳ステークス」の名称で施行。
  • 1957年 出走条件が別定重量牡馬52キロ・牝馬51キロに変更。
  • 1959年 この年の9月1日から日本競馬の時計表示が変更になったのに伴い、時計が1/5秒表示から1/10秒表示に変更。
  • 1960年 施行コースを芝1200mから芝1400mに変更。
  • 1962年 施行コースを芝1400mから芝1600mに変更。
  • 1963年 松本善登が騎手として史上初の連覇。
  • 1970年 出走条件が別定重量牡馬53キロ・牝馬52キロに変更。
  • 1971年 出走条件が馬齢重量に変更。
  • 1980年 京都競馬場の芝1600mで施行。
  • 1984年 グレード制施行によりGIに格付け。
  • 1990年 阪神競馬場の改修工事により京都競馬場の芝1600mで施行。
  • 1991年
    • 出走条件が2歳(旧3歳)牝馬限定に変更。
    • 競走名を阪神3歳牝馬ステークスに変更。
  • 1995年
    • 特別指定競走に指定。
  • 2001年
    • 馬齢表示の国際基準への変更に伴い、出走資格が「3歳牝馬」から「2歳牝馬」に変更。
    • 競走名を「阪神ジュベナイルフィリーズ」に変更。
  • 2006年 3~4コーナーが芝外回りに変更。また当年のみ「阪神競馬場芝外回りコース新設記念」の副称が付く。
  • 2007年 国際セリ名簿基準委員会(ICSC)の勧告により、重賞格付け表記をJpnIに変更。
  • 2008年 ジャパンカップダートの施行日がジャパンカップの翌週に変更されるため、開催週が1週繰り下がる予定。

[編集] 歴代優勝馬

回数施行日優勝馬性齢勝時計優勝騎手管理調教師馬主
第1回1949年12月18日ウイザート牝21:16 1/5浅見国一梶与三男岩本政一
第2回1950年11月23日ミネハル牡21:14 0/5長浜彦三郎武輔彦隅田荘三
第3回1951年12月16日テツノハナ牡21:13 2/5吉永猛渋川久作永田忠
第4回1952年12月21日ワカクサ牝21:13 1/5境勝太郎石門虎吉宇治田泰次郎
第5回1953年12月13日ヤシマアポロ牡21:13 4/5土門健司清水茂次小林喜子
第6回1954年12月19日ライデンオー牡21:12 0/5上田三千夫上田武司上田清次郎
第7回1955年12月11日トサモアー牝21:12 0/5大柳英雄清水茂次鮫川由五郎
第8回1956年12月23日ミスオンワード牝21:12 3/5栗田勝武田文吾樫山純三
第9回1957年12月15日メイジミドリ牡21:13 1/5清水久雄増本勇中野忠雄
第10回1958年12月7日インターナシヨナル牡21:13 1/5池之上豊田之上勲永田忠
第11回1959年12月6日コダマ牡21:12.0栗田勝武田文吾伊藤由五郎
第12回1960年12月18日リユウライト牡21:24.2宮本悳橋本正晴三好諦三
第13回1961年12月17日チトセハーバー牡21:27.4伊藤修司伊藤勝吉野間勘一郎
第14回1962年12月16日コウタロー牡21:41.5松本善登梅内慶蔵橋元幸吉
第15回1963年12月22日プリマドンナ牝21:39.0松本善登武田文吾園田信太
第16回1964年12月20日エイトクラウン牝21:37.6佐々木昭次田中康三山口昇
第17回1965年12月19日ニホンピローエース牡21:38.2田所稔小川佐助小林保
第18回1966年12月18日タイギヨウ牡21:37.0田島日出男武平三中山芳雄
第19回1967年12月17日マーチス牡21:37.6保田隆芳伊藤修司大久保常吉
第20回1968年12月15日リキエイカン牡21:39.4高橋成忠柏谷富衛水上力夫
第21回1969年12月14日タニノムーティエ牡21:37.4安田伊佐夫島崎宏谷水信夫
第22回1970年12月13日ロングワン牡21:39.0田口光雄松田由太郎中井長一
第23回1971年12月12日ヒデハヤテ牡21:35.1福永洋一伊藤修司伊藤英夫
第24回1972年12月10日キシュウローレル牝21:35.8梅内忍梅内慶蔵木村善一
第25回1973年12月9日キタノカチドキ牡21:36.2武邦彦服部正利初田豊
第26回1974年12月8日ライジン牡21:36.1須貝四郎橋田俊三森本博
第27回1975年12月7日テンポイント牡21:37.1鹿戸明小川佐助高田久成
第28回1976年12月12日リュウキコウ牡21:37.1久保敏文久保道雄三好笑子
第29回1977年12月11日バンブトンコート牡21:35.1伊藤清章伊藤修司樋口正蔵
第30回1978年12月10日タマモアサヒ牡21:36.1田島保良吉永猛三野道夫
第31回1979年12月9日ラフオンテース牝21:35.4岩元市三布施正小柴タマヲ
第32回1980年12月7日サニーシプレー牡21:36.3内田国夫伊藤雄二山本慎一
第33回1981年12月6日リードエーティー牡21:36.4田島信行服部正利熊本芳雄
第34回1982年12月12日ダイゼンキング牡21:35.8田原成貴武田作十郎大塚弘美
第35回1983年12月11日ロングハヤブサ牡21:35.4河内洋小林稔中井長一
第36回1984年12月16日ダイゴトツゲキ牡21:36.3稲葉的海吉田三郎竹村正一
第37回1985年12月15日カツラギハイデン牡21:36.0西浦勝一土門一美野出一三
野出長一
第38回1986年12月14日ゴールドシチー牡21:37.1本田優清水出美(株)友駿ホースクラブ
第39回1987年12月20日サッカーボーイ牡21:34.5内山正博小野幸治(有)社台レースホース
第40回1988年12月18日ラッキーゲラン牡21:35.6村本善之池江泰郎ロイヤルファーム(有)
第41回1989年12月17日コガネタイフウ牡21:35.7田原成貴中村好夫瀬古孝雄
第42回1990年12月9日イブキマイカグラ牡21:34.4南井克巳中尾正(有)伊吹
第43回1991年12月1日ニシノフラワー牝21:36.2佐藤正雄松田正弘西山正行
第44回1992年12月6日スエヒロジョウオー牝21:37.9田面木博公吉永猛小林乙次郎
第45回1993年12月5日ヒシアマゾン牝21:35.9中舘英二中野隆良阿部雅一郎
第46回1994年12月4日ヤマニンパラダイス牝21:34.7武豊浅見国一土井商事(株)
第47回1995年12月3日ビワハイジ牝21:35.3角田晃一浜田光正(有)ビワ
第48回1996年12月1日メジロドーベル牝21:34.6吉田豊大久保洋吉メジロ商事(株)
第49回1997年11月30日アインブライド牝21:35.8古川吉洋宮徹荒木美代治
第50回1998年12月6日スティンガー牝21:37.0横山典弘藤沢和雄吉田照哉
第51回1999年12月5日ヤマカツスズラン牝21:35.6M.キネーン池添兼雄山田博康
第52回2000年12月3日テイエムオーシャン牝21:34.6本田優西浦勝一竹園正繼
第53回2001年12月2日タムロチェリー牝21:35.1O.ペリエ西園正都谷口屯
第54回2002年12月1日ピースオブワールド牝21:34.7福永祐一坂口正大飯田正
第55回2003年12月7日ヤマニンシュクル牝21:35.9四位洋文浅見秀一土井肇
第56回2004年12月5日ショウナンパントル牝21:35.2吉田豊大久保洋吉国本哲秀
第57回2005年12月4日テイエムプリキュア牝21:37.3熊沢重文五十嵐忠男竹園正繼
第58回2006年12月3日ウオッカ牝21:33.1四位洋文角居勝彦谷水雄三
第59回2007年12月2日トールポピー牝21:33.6池添謙一角居勝彦(有)キャロットファーム

[編集] 阪神ジュベナイルフィリーズの記録

  • レースレコード - 1:33.1(第58回優勝馬ウオッカ)
  • 2着との最大着差 - 8馬身(第23回優勝馬ヒデハヤテ・第39回優勝馬サッカーボーイ)

[編集] その他

  • ゴールドシチー等、GI昇格後の「阪神3歳ステークス」で勝った馬のほとんどはその後悲惨な末路をたどっている。これは朝日杯3歳ステークス(当時、GI昇格後)の勝ち馬のメリーナイスサクラチヨノオーアイネスフウジンが後に日本ダービーを勝ったのに対して阪神3歳ステークス優勝馬で後にGIを勝ったのがサッカーボーイしかいなかった上に、ダイゴトツゲキやカツラギハイデンらはその後1勝どころか連対もしていない。GI馬であるのにもかかわらず引退後に種牡馬となれたのもそのサッカーボーイと血統の良かったイブキマイカグラ(現在種牡馬からも引退)のみだった(特に1989年の勝馬だったコガネタイフウもその後平地のレースでは全く勝てず障害に転向しして1勝を挙げたものの、最後は宇都宮競馬高知競馬等の地方競馬に移籍したが1勝も挙げられなかった)。
  • 牝馬限定後は人気を背負って勝利した馬(ヒシアマゾン、メジロドーベル、テイエムオーシャン、ウオッカ等)は翌年以降も活躍する一方、人気薄で勝った馬(スエヒロジョウオー等)は翌年以降惨敗続きで結局ここが最後の勝利だったということが多い。
  • 桜花賞とは全く同じ距離・コースで行われるため、このレースの上位馬は翌年の桜花賞でも有力馬に挙げられる。しかし、前述のとおりこのレースを穴人気で勝った馬に関してはなぜか桜花賞での好走例が少ない。
  • 1991年の第43回および1992年の第44回はGIでありながら当日のメインレースとしては施行されず、準メインという扱いであった。なお、メインレースはワールドスーパージョッキーズシリーズの最終戦・ゴールデンホイップトロフィーであった。

[編集] 外部リンク

中央競馬GI、JpnI、J・GI競走
フェブラリーステークス | 高松宮記念 | 桜花賞* | 中山グランドジャンプ | 皐月賞* | 天皇賞(春) | NHKマイルカップ* | ヴィクトリアマイル* | 優駿牝馬* | 東京優駿* | 安田記念 | 宝塚記念 | スプリンターズステークス | 秋華賞* | 菊花賞* | 天皇賞(秋) | エリザベス女王杯 | マイルチャンピオンシップ | ジャパンカップダート | ジャパンカップ | 阪神ジュベナイルフィリーズ* | 朝日杯フューチュリティステークス* | 中山大障害 | 有馬記念
  • 平地で国際グレードが得られていない競走(JpnI)には右肩に「*」を付している。
  • 障害競走(J・GI)は斜体で示している。

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