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ラジオ・チャリティー・ミュージックソン | |
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愛称 | ミュージックソン・Mソン・ラジソン |
放送方式 | 生放送 |
放送期間 | 1975年- |
放送時間 | 基本的に毎年12月24日正午-12月25日正午 |
放送回数 | |
放送局 | ニッポン放送 STVラジオ 青森放送 IBC岩手放送 ラジオ福島 ラジオ大阪 和歌山放送 中国放送 西日本放送 九州朝日放送 ラジオ沖縄 |
制作 | 各局の独自制作 |
ネットワーク | NRN11局 |
パーソナリティ | |
出演 | |
テーマ曲 | 「夢のトランペット」ニニ・ロッソ(全国ネット部分・ニッポン放送) |
企画 | |
プロデューサー | |
ディレクター | |
提供 | |
公式サイト | |
特記事項: | |
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『ラジオ・チャリティー・ミュージックソン』は、ニッポン放送ほかNRN系のAMラジオ局11局[1]において、共同で実施している24時間(一部地域を除く)のチャリティーラジオ番組である。略称はミュージックソン、Mソン、ラジソン。
目次
概要
一部時間帯を除き、ほぼ全体を自社制作としている企画ネット番組。原則として毎年12月24日の正午から翌25日の正午まで生放送されている。
「目の不自由な方へ音の出る信号機を!」または「目の不自由な方へ通りゃんせ基金を!」[2]をテーマに募金を呼びかけるとともに、放送を通じて障害者への理解促進と思いやりの育成を図る目的の下で、各地からの中継を交えながら放送している。
主催は全国ラジオ・チャリティ・ミュージックソン実行委員会。幹事局はニッポン放送で、実行委員会の委員長も同社社長が務めるのが慣例となっている。後援は内閣府・文部科学省・厚生労働省・国土交通省・警察庁・全日本交通安全協会・全国社会福祉協議会である。
誕生の経緯
この記事の出典が知りたいと言っていた人がいたようです。 |
ミュージックソンが始まる前の1975年3月に近畿放送(現・KBS京都)で放送されていた『宮城まり子のチャリティーテレソン』が、放送界によるチャリティー番組の先駆けであった。
しかし、この番組はタイトルの中に「テレソン」とあるようにテレビのチャリティー番組であって、当時、ラジオではチャリティー番組は存在していなかった。
そんな中、ザ・ビートルズを日本に招聘するなど活躍していた内野二朗(当時キョードー東京社長)が音楽のパワーと社会を結び付けたいと考え、ニッポン放送に「メディアが、一年に1回ぐらい社会のために一日奉仕してもいいじゃないか。そこで、音楽をかけながら24時間募金を呼びかける、ミュージック・マラソン=ミュージックソンをやりたい。」と提案した。
当初はTBSラジオ[3]や文化放送[4]にも話を持ちかけたが、「既に編成を組んでいる」「既存のスポンサーから苦情が来る」などとして断られた。
具体的には「ニニ・ロッソの音楽」をテーマにし、そのコンサートをメインにし、コンサート会場で募金の呼びかけを、また、放送を通じてリスナーに対しても募金の呼びかけを行い、集まった募金を寄付するものだった。
また、今までにないチャリティーを目指して、「目の不自由な方へのチャリティー」という趣旨を定めた。その理由は、視覚障害者の唯一の情報源がラジオだったからである。さらに募金の使途を、音の出る信号機を設置すると明確にした。
このような企画の大筋は決まったものの、企画の細部についてはニッポン放送側と内野との激しいやり取りが続き、結局、内野と関係が深い当時の制作部長が間に入り、何とか両者が妥協する形となった。
パーソナリティの選考も困難を極めたが、スタッフは萩本欽一に決めた。しかし、萩本自身はオファーを受けた際、 “芸人”ゆえの制約を受けてしまうこの仕事を受けるかどうか、毎日のように悩み続け、結局、受諾した。
こうして、1975年12月24日の正午、ラジオでは初のチャリティー番組として『ラジオ・チャリティー・ミュージックソン』が始まった。
募金活動
この間は、各参加局の番組内で受付方法の告知を行っている。
受付方法
放送局や年度によって異なるが、各放送局の窓口に直接持参・銀行振込(都市銀行[5]・地方銀行・インターネットバンキング[6])・インターネット専業銀行[7]・現金書留・ダイヤルQ2・インターネットオークション・商店(商店街・ショッピングモール・コンビニエンスストア・スーパーマーケット・個人商店等)・街頭募金・愛の泉[8]・ラジオカーでの募金[9]・クレジットカード[10]・携帯電話専用サイト[11]・ポータルサイト[12]・クリック募金[13]での募金と、多岐にわたっている。
また放送時間中に各局で設置している、募金受付の電話窓口でも受付方法を案内している。
生放送中の募金受付
仕組み
電話受付は一般公募された受付ボランティアスタッフ[14]や参加局の役員・社員が行っている。リスナーが電話窓口に募金予定金額を報告すると、1時間ごとに発表される募金総額に加算される。また、参加局によってはアナウンサーや番組に来たゲストが電話受付の手伝いをすることがあり、アナウンサーやゲストと電話がつながる事もある。その模様は、音楽やCM前のジングルのバックで流されることがある。
募金総額の発表方法
各参加局で放送中の1時間ごとに、まず、参加局単位での募金総額の発表、続いて全国で寄せられた募金の総額の発表が行われる。ニッポン放送では、全国で寄せられた募金総額の発表だけが行われる。原則としてメインパーソナリティもしくはアシスタントのアナウンサーが発表するが、両者とも出演しない深夜の時間帯(25:00 - 29:00、年によって例外有り)についてはその時間の担当者が発表する。
これまでの募金受付件数・総額
2005年までの募金受付件数は375万6983件。2011年までの募金総額は40億7829万1073円。
募金総額の推移
- 1975年:7062万7126円
- 1976年:1億770万1667円
- 1977年:1億3374万9092円
- 1978年:1億5927万1366円
- 1979年:1億5160万5463円
- 1980年:1億2243万2215円
- 1981年:1億3664万9535円
- 1982年:1億4079万5118円
- 1983年:1億3141万8051円
- 1984年:1億3959万5822円
- 1985年:1億2113万5389円
- 1986年:1億2652万7822円
- 1987年:1億3505万2864円
- 1988年:1億4112万248円
- 1989年:1億4529万5148円
- 1990年:1億5463万4633円
- 1991年:1億3816万5858円
- 1992年:1億3914万1913円
- 1993年:1億3209万5846円
- 1994年:1億2767万7588円
- 1995年:1億1110万4102円
- 1996年:1億1965万7707円
- 1997年:1億866万1898円
- 1998年:1億76万3254円
- 1999年:1億283万5828円
- 2000年:8806万551円
- 2001年:8311万2789円
- 2002年:8131万7961円
- 2003年:7516万6584円
- 2004年:7097万3881円
- 2005年:7162万1473円
- 2006年:7212万6009円
- 2007年:7005万1967円
- 2008年:7018万9815円
- 2009年:6702万1297円
- 2010年:6640万2447円
- 2011年:6453万746円
使途
通りゃんせ基金
集まった募金は「通りゃんせ基金」として、音の出る信号機(音響信号機)の設置・声の図書(録音図書)の制作と購入・点字教室の運営に使われる。また、視覚障害者用の交通安全教材・立体コピー機・テレビ電話が可能な携帯電話・視覚障害者(児)用の教育器材・交通安全用手旗・デジタル録音図書編集用パソコン[15]などが視覚障害者の福祉施設に贈られる。この募金で、これまで2905基(2012年11月現在)の「音の出る信号機」が全国各地に設置された。また、122タイトル、15万5610冊の録音図書を全国の点字図書館に寄贈し、視覚障害者の自立支援のための機器が関係施設に贈られた。
音の出る信号機の寄贈の現状
なお信号機の寄贈は、財団法人全日本交通安全協会と各参加局が所在する都道府県の交通安全協会に寄付金が寄託され、そこから各参加局が所在する都道府県の公安委員会に寄贈される。設置費用は、およそ130万-150万円と高額であるため、設置台数は都道府県の公安委員会があらかじめ決められたものも含め数台程度となる。 首都圏にある「音の出る信号機」の22.3%は、このキャンペーンに寄せられた浄財から生まれた。 しかし近年は既存の音の出る信号機の老朽化に伴う更新費用に充当されることが多いため、新規設置は増えていかないのが実情である。
参加局
- ニッポン放送(幹事局、1975年度-)
- STVラジオ(1975年度-)
- 青森放送(1980年度-)
- IBC岩手放送(1978年度-)
- ラジオ福島(1977年度-)
- ラジオ大阪(1976年度-)
- 和歌山放送(1986年度-)
- 中国放送(2008年度-)
- 西日本放送(2012年度-)
- 九州朝日放送(1975年度-)
- ラジオ沖縄(1986年度-)
参加局での相違点
- ニッポン放送・全国ネットで使用されるテーマ曲は、ニニ・ロッソの『夢のトランペット』[16]。ラジオ大阪では同局オリジナルのテーマ曲、和歌山放送でも別の楽曲をテーマ曲として、また、他の参加局によっては別のテーマソングを使用している。
- 募金箱は銀色で、シンボルマークは耳の中にハートが描かれたものを使用している。また、他の参加局によっては別の色の募金箱を使用する場合もある。
- ラジオ大阪とKBCラジオでは、パーソナリティの呼称をマラソン選手に例え「ランナー」と言い換えている。
通常番組の取扱い
- 月-土曜日の25:00-27:00は、通常NRN系各局で「オールナイトニッポン」が放送されている時間帯であるが、ニッポン放送を除くラジソン参加局では、年度により本番組の放送時は「オールナイトニッポン」を休止する場合がある。なお、オールナイトニッポンも『オールナイトニッポン ラジオ・チャリティー・ミュージックソン』として番組の趣旨に沿った特別バージョンを放送する(これはラジソン非ネット局にもネットされる)。
- JRNとNRNのクロスネット局であるRAB・IBC・RFC・WBS・RCC・RNCとNRN単独ネット局のSTV・OBC・KBC・ROKでも「オールナイトニッポン」だけではなく通常のレギュラー番組を取りやめ、ローカル番組ではそのままスライドして番組のスポンサーとして参加したり、ネット番組部分はCMのみフィラー扱いで番組のスポンサーとして参加している。
- ネット局によっては、開始時の24日午後中に放送している一部の番組を通常編成より前倒したり、25日午前中に放送している一部の番組を「ミュージックソン」の後に通常編成より時間を変更して放送している。
- クロスネット局が通常3:00-5:00に放送しているJRN系のミュージックナビ〜昨日と今日との交差点〜[17]とあなたへモーニングコール[18]は休止されることが多い(後者はNRN単独のOBCも該当)。
- 平日の17時台放送のNRN系の「ニュース・パレード」・JRN系の「ネットワークTODAY・ネットワークフラッシュ・“ほっと”インフォメーション」と土曜日の17:45からのJRN系「ウィークエンドネットワーク」は通常通り放送している。
- ニッポン放送制作・全国ネットのワイド番組でも特別編成を行う場合があり、2007年には「東貴博のヤンピース」を特別編成で放送した。詳細は当該記事を参照。
- 2011年の場合、ミュージックソンの参加局に入っているニッポン放送・IBC・rfc・RCCでは24日の「魂のラジオ」の放送は休止となり、それ以外のネット局は事前収録での魂ラジ地方版が放送される。
様々な展開
番組内
全国ネット
- 毎年12月24日深夜1時からどちらかの曜日のオールナイトニッポンのレギュラーパーソナリティ、もしくはこの年のミュージックソンのメインパーソナリティが出演して募金を呼びかける特別番組として「オールナイトニッポン ラジオ・チャリティー・ミュージックソン」が放送されるが、スポンサーのCMは通常通り、もしくはフィラー送信を行う。
参加局
- また、ミュージックソンに参加している放送局11局を結ぶ『声の握手』のコーナーがあり[19]、ニッポン放送をキー局として全参加局にネット[20]される。11局すべて放送した場合は20分程度になる。ただし、一部放送局では編成の都合上途中で終了することがあったり、あるいは、ニッポン放送へ裏送りという形で行う場合がある。内容は各参加局を結んでの活動報告と現在の天候などを交えながら中継。リレーの順番は北から南へ、またはその逆と交互に行われる。この時のBGMはニッポン放送のテーマ曲である「夢のトランペット」のアップテンポバージョンが使われる。さらに、放送局によっては参加局同士で電話を繋ぐ『ふれあいネットワーク』を実施することもある。
テレビ中継
- ニッポン放送がフジサンケイグループ傘下であることから、フジテレビの番組内でニッポン放送のスタジオと結んで生中継を行うことが毎年恒例となっている。
- 12月24日が月曜から金曜にあたる場合は「笑っていいとも!」内でもニッポン放送のスタジオと中継を行っていた。
- 1997年の「笑っていいとも!クリスマス特大号」では当時火曜レギュラーの中居正広が番組のメインパーソナリティを勤めていたことから、当時お台場にあったニッポン放送のスタジオから中継を行った。
- また、12月24日が平日に当たる場合は『FNNスピーク』の関東ローカル枠にて、本番開始前にニッポン放送と中継を結ぶ。さらに、この中継では東京の募金受付電話番号の告知が行われる。
- 2011年現在では平日の場合、1日目は『FNNスーパーニュース』の「文化芸能部」→「トク選」内で、2日目は『めざましテレビ[21]』もしくは『情報プレゼンター とくダネ!』の中でニッポン放送と相互中継を結ぶ。
- 2日目が土曜日の場合、2010年度は『めざましどようび』の「サキユキエンタ」の中で相互中継が結ばれた。2日目が日曜に当たる場合は中継は行なわれない[22]。ただし、1日目が日曜日に当たった2006年は『スタ☆メン』(現在は終了)のエンディングで、1日目が土曜日に当たった2011年は『FNNスーパーニュースWEEKEND』の関東ローカル枠で相互中継を結んだ。
- また、2000年までは『プロ野球ニュース』とも一部同時中継を行っており、主にヤクルトスワローズの選手などが登場して募金を呼びかけたり、フジテレビ・ニッポン放送の野球解説者らがニッポン放送のスタジオにゲスト出演していたことがあったが、2001年に『すぽると!』に変わってからは行われていない。
2014年以降では超報道で放送されなくなった。芸能がランキングになった為
CSでの同時生放送
- 1998年-2000年はフジテレビ721で、ニッポン放送のラジオ・チャリティ・ミュージックソンが、スタジオのライブカメラ映像付きで同時放送された。通常は有料放送だが、広く募金を呼びかける為に無料で24時間放送した。
関連番組
リレー番組
- 2001年-2006年には、ニッポン放送制作のリレー番組『デジタル・チャリティー・ミュージックソン』[23]が、BSデジタルラジオLFX488(2001年-2005年)・地上デジタルラジオ実用化試験D95・Gyao(2006年)で放送されていた。
東日本大震災被災地復興支援番組
- 2011年4月9日13時-4月10日13時の24時間に渡って、ニッポン放送で『ラジオ・チャリティー・ミュージックソン スペシャル 『I'm with U キミと、24時間ラジオ』』が放送された。
- 2011年5月28日11時57分-29日14時の26時間に渡って[24]、IBC岩手放送で『IBCラジオ・チャリティ・ミュージックソンスペシャル ふるさとは負けない!』が放送された。
- 2011年8月13日7時-14日15時の32時間に渡って[25]、ラジオ福島で『2011年夏 ラジオ・チャリティー・ミュージックソン スペシャル』が放送された。
映画化
- 2011年には「ミュージックソン THE MOVIE 〜オードリーの爆笑24時間宣言〜」が制作された。ミュージックソンの映画化は史上初。
歴代メインパーソナリティ一覧
主にニッポン放送を担当するとともに、全国共通のメインパーソナリティとして全国にもネットされる[26]。各ネット局ごとのメインパーソナリティはラジオ・チャリティー・ミュージックソン ローカル局ごとの概要を参照。
各放送局の概説
ニッポン放送
特徴
- 例年、パーソナリティはニッポン放送と縁が深い著名人がつとめ、アシスタントとして同局のアナウンサーがつとめる。毎年10月下旬ごろに担当パーソナリティが発表されるが、その発表方法は、早朝の番組内の「今年もよろしく!ミュージックソン」として流される(ニッポン放送facebook)か、毎年11月1日付けのサンケイスポーツの芸能面に掲載される。
- 一度ミュージックソンを担当したパーソナリティは数年後にも再びパーソナリティを担当している。
- 放送1週間前から当日まで、ニッポン放送の各ワイド番組の中である交通情報のテーマソングに『夢のトランペット』が使われる。
- 「ミュージックソン」放送時間中は、必ず毎時52分頃に「ニッポン放送ニュース・天気予報」「ニッポン放送交通情報」を挿入している(大抵はニュース・天気と交通情報がワンセットだが交通情報単独のこともある。なお深夜時間帯は全国ネットで放送しているため、2日目11時台はグランドフィナーレとなるため、それぞれ放送されない)。
- 1975年の開始当初から電話による募金受付も行われていた。
- ゲストをスタジオへ呼び込んだ際には、「目の不自由な方へ、音の出る信号機を。『ニッポン放送 ラジオ・チャリティー・ミュージックソン』」の口上で始まる受け付け電話番号の読み上げがゲストによって行われる。
- 有馬記念の開催日と重なる場合は番組内で必ず競馬中継を挿入し、中山競馬場内に「愛の泉」を設置している。
- 1976年に、日本民間放送連盟賞放送活動部門(ラジオ)で「ラジオ・チャリティー・ミュージックソン『目の不自由な方へ 通りゃんせ募金を』」が入選。
- 新社屋に移転して初めての放送となった2004年からイマジンスタジオの見学が始まった。生放送中も本社1階玄関前の「愛の泉」に募金することができる[27][28][29]。なお、2011年・2012年はニッポン放送本社の第3スタジオで放送するため、スタジオの公開は行われなかったものの、ニッポン放送本社1階に設置された愛の泉で生放送中のニッポン放送本社・第3スタジオの模様をモニターで見ることが出来た。
- 2007年はイマジンスタジオを見学しようと正午のスタート前には約1000人が列を作り、番組が始まった後も人の列は途切れることもなく、時には3-4時間待ちの状態になった。イマジンスタジオの見学は25日の午前11時頃に終了し、わかっている範囲でおよそ4万人がイマジンスタジオを見学した。
- 募金受付は有楽町のニッポン放送の受付にて直接持ち込み[30]、三菱東京UFJ銀行・みずほ銀行・三井住友銀行の本支店に専用の振込み用紙があるので、それで振り込むか、近くにこのような銀行がない場合は最寄りの銀行と金融機関にて3つの銀行が開設しているミュージックソン専用の口座へ振り込む事も可能だが、各銀行や募金する金額によっては振込手数料が変わってくる。また、現金書留やJCBカードを持参している人の場合は特設ホームページで必要事項の入力を行い、申し込む方法がある。
- 2005年-2008年は、ビッダーズ、2009年-2012年はYahoo!JAPANにて、インターネットオークションを実施し、売上金が寄付された。
- 2010年-2012年にはセブン銀行が、自身のATMに設けられている「視覚障害者向け音声ガイダンスサービス」を多くの人に知ってもらうため、ミュージックソンに協賛しての募金キャンペーン[31]を行っている。2010年は、12月15日-2011年1月15日に実施し、その結果、募金総額が47万7192円[32]となり、2011年1月21日にセブン銀行からニッポン放送に対して寄付金の贈呈を行った。2011年も、ミュージックソンに協賛しての募金キャンペーン[31]を12月1日-2012年1月15日に実施。その結果、募金総額が70万4315円[33]となり、受け付けられた募金はセブン銀行を通じて全額ミュージックソンに送られた。2012年も3年連続でミュージックソンに協賛しての募金キャンペーン[31]を12月1日-2013年1月15日に実施。
- 24日の23:58頃から「クリスマスカウントダウン」を毎年実施し、時報を跨いだところで「12月25日、クリスマスの午前0時」になったことを伝える(通常の時報ではなく、117の時報を使用)。そのため、ニッポン放送ではクリスマスと年越しの2週にわたって0時跨ぎのカウントダウンが行われることになる。
- 25日の11時台にはその年のメインパーソナリティから「全国ミュージックソン実行委員長」へ対して、25日11時現在の募金贈呈式が行われる。
- 毎年、12月24日の11時台に、その年のミュージックソンの直前情報を伝える「もうすぐ!ミュージックソン」が放送される(平日は11:30、土曜は11:00から)。そのため、平日の「高田文夫のラジオビバリー昼ズ」や土曜の「アッコのいいかげんに1000回」は放送休止、日曜の「三宅裕司のサンデーヒットパラダイス」は時間短縮となる。なお、土曜はスポンサーが引き継がれるため、一部コーナーは「もうすぐ!」担当者(2011年度は上柳昌彦)が担当する。
- 終了間際には「夢のトランペット」に乗せて24時間のダイジェストが放送される。
- 終了時間は翌日の12:00のため、平日の「ビバリー」は12:00からの短縮版となる。土曜日の場合「いいかげんに1000回」は休止され、かわりに「ありがとうミュージックソン」を放送する。日曜日は通常編成に戻る。
- なお、2012年の場合は「もうすぐ!ミュージックソン」が24日の11時から正午、「ありがとうミュージックソン」が、25日の正午から午後1時に放送される。そのため、24日と25日はラジオビバリー昼ズが休止となる。
- 毎年12月25日の12:00-13:00に放送。番組の総まとめに当たり、メインパーソナリティの声などを改めて伝える。
- 2012年度までは12月25日が土曜日だった時のみ12:00から放送され(「いいかげんに1000回」休止のため)、平日や日曜はレギュラー番組[34]に戻るが、ミュージックソンに関連した情報で放送されていたが、こちらも2013年度より毎年放送される形に改められた。
- 2016年度は12:30までとなり、当該時間帯の番組(「土田晃之 日曜のへそ」)を縮小して対応。
番組内容
- 1975年-1985年のメインパーソナリティは萩本欽一。メインパーソナリティを降りた1986年から、21年間に渡り、ニッポン放送のミュージックソンにゲストとして訪れていたが、2008年に、23年ぶりにメインパーソナリティに復帰。そして、2009年から再び、ニッポン放送のミュージックソンにゲストとして訪れている。
- 1975年は、トランペット奏者のニニ・ロッソの音楽をテーマにチャリティーコンサートを中心に24時間にわたって放送された。
- 1968年-1989年にニニ・ロッソは日本に来日[35]。ミュージックソン開始以前から、当時の日本に於けるクリスマスには欠かせない存在になった。ニニは、当時存在していたキョードー東京のチケット売り場の「ミュージックソンプラザ」へと出向き、そこでミュージックソンのチャリティーを行っていた。
- この年は、ニッポン放送・STVラジオ・東海ラジオ・ラジオ大阪・九州朝日放送の共同制作の形で放送された。
- この年のディレクターは亀淵昭信。それ以降、編成局長や専務・社長とさまざまな立場でミュージックソンを支えてきた。
- オープニングでは、当時存在していた西銀座のサテライトスタジオから、ニニ・ロッソ演奏のファンファーレが鳴り響いたのに続き、萩本欽一からタイトルコールが発せられた。
- また、ニッポン放送の全社員に当たる100人ほどが電話受付のボランティアを行っていて、各社員がリスナーからの話に耳を傾け、メモを取っていた。ただ、放送開始から引っ切り無しにリスナーからの電話が殺到。電話の台数が足りないほどだった。なお、募金受付の第1号は千葉県在住の主婦で金額は2000円だった。
- 1977年には放送中にチャーリー・チャップリンの訃報が伝えられ、彼を深く尊敬していた萩本がオンエア中にもかかわらず思わず涙をこぼすハプニングがあった。
- 1988年では、森光子と交流が深いスペシャルゲストとして美空ひばりが生電話出演し、歌を熱唱した。
- 1998年は、パーソナリティのレギュラー番組の時間帯(当時の、テリーとうえちゃんのってけラジオ枠)まで、ということから25日16時までの放送となった。
- 1999年は、放送時間を25時間に拡大した。
- 「ゆずのオールナイトニッポンSUPER!」を通じて路上ライブをしながら募金を集めてくれるリスナーを募集し、「ミュージックソン路上部隊」を結成。全国で300件以上の応募があり、クリスマスイブからクリスマス当日にかけて、各地の街角で路上部隊のメンバーそれぞれが歌いながら募金を集めた。その結果、全国各地において路上部隊で集めた募金は、番組で把握できた範囲では200万円を越えた。
- 2003年は2002年に増田太郎と森山直太朗が全国の参加局を48時間かけて歌い歩いた経験をもとに森山直太朗が創ったテーマ曲を東京・札幌・福岡の3都市で合わせておよそ1000人のリスナーと共に歌い上げた。
- 2004年は、筑波大学附属盲学校からの中継で始まり、パーソナリティを担当していた笑福亭鶴瓶の希望により都内や横浜市内を歩き回りながら募金活動を行った。パーソナリティがスタジオを飛び出して活動するのは珍しいことであるが、予定になかった行動のため、当初は数時間だけ鶴瓶のアシスタントをする予定であったうえやなぎまさひこが、急遽24時間パーソナリティの代理を勤めることになった。結局うえやなぎは、直前に放送していた「うえやなぎまさひこのサプライズ!」から放送終了後の通常番組「うえちゃん・山瀬の涙の電話リクエスト」まで約32時間の生放送出演となった。
- また、この年は番組終了間際に電話回線が混雑する事態になったため、回線を増やし時間も午後1時まで延長した。またグランドフィナーレの後も有楽町のニッポン放送に多くの人が駆け付け、玄関前まであふれたため、番組終了後も募金を受け付けた。
- 2005年のテーマは「声に出して・・・ありがとっ!」。
- 2006年のテーマは「大切な人は誰ですか?」。
- 「うえやなぎまさひこのサプライズ!」で、取り上げた無添加パンのお店の全面協力のもと、番組オリジナルのパンを募金した人にプレゼント。
- 聖なる夜に胸にグッとこみあげる話を1時間に1話放送する”24話の大切な話”などを放送。
- この年は日曜日のため、通常は放送休止となっている午前1-5時も放送し、1-3時はSTVラジオにもネットした。また深夜3-5時は義家弘介がゲストパーソナリティを担当した。
- 2007年のテーマは「勇気を出してLOVE」。
- ニッポン放送には「KAT-TUN スタイル」を聴いているリスナーから「(田口・赤西の2人に)ミュージックソンのパーソナリティをやってほしい」という要望が多数寄せられ、さらに、担当者によれば、田口と赤西が持つ「かっこよくもあったかいキャラクター」「卓越した表現力」「世代を超えて人気を博し、いま一番幅広い層に共感を得られること」の理由で起用することになった。
- 他のメンバーである上田竜也、田中聖、中丸雄一、亀梨和也が続々合流し、25日の朝8時ごろには全員が集結した。
- この年の軸となった企画は「赤西サンタの仁来る(ジンクル)ベル」。
- 事前に「KAT-TUN スタイル」でリスナーからの「夢(願い)」を募集し、選ばれた「夢」を赤西仁が中心となってKAT-TUNメンバーがサンタクロースとして現地へ出向いて中継を結びながら実行した。 なお、この企画の担当アナウンサーは増田みのり。
- また、アナウンサーの飯田浩司が、東京都心で募金活動をしながら、1万人を目標に握手をするという企画があった。
- 25日のグランドフィナーレでは、田口へドラマ共演がきっかけで仲のいい笑福亭鶴瓶から、サプライズの手紙が届いた。その時、田口が感激のあまり、号泣した。
- 2007年以降、2009年までは起点時間の4:30を変更して、5時まで「オールナイトニッポン チャリティー・ミュージックソン・スペシャル」を放送(2007年9月以来、平日だと3ヶ月ぶりにフルネット)。
- 2008年のテーマは「やさしい気持ちでクリスマス」。
- 開局55周年記念番組として放送された。
- イメージソングは、HALCALIの「RE:(レス)やさしい気持ち」。
- 今回は24時間、ラジオカーが首都圏各地を巡回しながら、アナウンサーの垣花正と飯田浩司が「24時間募金隊」として募金活動を行った。
- 千葉県のマザー牧場の牛舎を2008年のミュージックソンのテーマ曲を歌うHALCALIの2人と筑波大学附属視覚特別支援学校(盲学校)の生徒たちが見学した。担当アナウンサーは増山さやか。
- この年は、2007年に続いてフジテレビアナウンス部からスポーツ担当を含むアナウンサー数名が出演。その他にも2007年のミュージックソンを担当したKAT-TUNの田口淳之介と田中聖、小倉智昭、高田文夫、乾貴美子、テリー伊藤、林家たい平、正木あずみ、山口良一、長江健次、ゆず、高嶋ひでたけ、小口絵理子、三宅裕司、小倉久寛、ジェロ、山里亮太、井上康生、上戸彩、青木宣親、石原さとみ、斎藤安弘、森公美子、はしのえみ、GIRL NEXT DOOR、上原隆、TAKUYA、w-inds.、アイドリング!!! 、ザ・パンチ、ナイツ、イルカ、佐々木秀実、小倉淳、中田宏、高橋尚子、榊原郁恵、山内恵介、岩村明憲、上野由岐子、SPEEDが出演した。
- 2009年のテーマは「夢をあきらめない!」。
- サポートソングは、アンダーグラフの「おんなじキモチ」[36]。
- これは、2009年のミュージックソンでパートナーを務めた長澤まさみが、2004年にリリースされた「ツバサ」のPVに出演し、そのCDの売上枚数が50万枚を超える大ヒットとなり、今回、アンダーグラフから長澤へ5年越しの恩返しとして、書き下した楽曲である。この曲は結成10周年記念ライブハウスツアーの曲目に収められると共に、2009年のミュージックソン・サポートソングとしての起用が決まったため、携帯電話の着うたフルによる音楽配信サイトにて、2009年12月9日-2010年1月31日の期間でリリースされ、携帯電話の音楽配信サイトでのダウンロードから得られた収益のおよそ7割がニッポン放送のミュージックソンに寄付された。着うたフルから得た収益の一部をミュージックソンに寄付する試みは、今回が初めてである。
- また、結成10周年記念ライブハウスツアーの会場にもミュージックソンの募金箱が独自に設置され、募金を呼びかけた。
- メインパーソナリティの高橋とかつてドラマや舞台で共演した6人の女優陣がミュージックソンの歴史で初めてリレー形式で出演。
- また、2008年のミュージックソンを担当した萩本欽一と東貴博、テリー伊藤、林家たい平、正木あずみ、2004年のミュージックソンを担当した石原さとみ、ゆず、上原浩治、高橋尚成、立道聡子、山本高広、ギャル曽根、TAKUYA、JYONGRI、柳田理科雄、青木宣親、藤川球児、白鵬翔、三浦知良、小泉今日子、森光子、林家ペー、SPEED、松本哲也、片岡安祐美、小倉淳、石川みゆき、成底ゆう子、城田優、榊原郁恵、山内恵介、高田文夫がそれぞれゲストとして登場した。
- その青木宣親が、2008年にゲストとして出演した際に、2009年シーズンのヒットの数に応じて何らかの形でミュージックソンに協力するという計画を明らかにし、翌年の2009年12月に視覚障害者を対象にしたスポーツの1つである「グランドソフトボール」に使う用具を、寄贈することを発表。2010年6月21日に、全日本グランドソフトボール連盟に対して、グランドソフトボールに使う専用のボールを、2009年のシーズンのヒットの数にちなんで、161個を寄贈。2010年7月30日の全日本グランドソフトボール連盟の内部組織であるブロック委員会にて、寄贈された161個のボールについて、具体的に、3つの方法[37][38][39]で活用する事で正式決定し、順次活用された。2010年12月17日にはミュージックソンにおける企画として、筑波大学附属視覚特別支援学校を訪問し、青木自身が、視覚障害者がどのように見えるのかを再現した特殊なゴーグルを付け、生徒と共に、グランドソフトボールを初めて体験した。なお、この活動は、今後も続ける予定で、将来的には、青木自身がグランドソフトボールの大会を開くなど、グランドソフトボールの普及をサポートすることになっている。
- サポートソングは、アンダーグラフの「おんなじキモチ」[36]。
- 2010年のテーマは「オードリーの爆笑24時間宣言!『胸張って笑おー!』」。
- イメージソングは、藤澤ノリマサの「希望の歌〜交響曲第九番〜」。
- お笑いコンビでのメインパーソナリティは1993年のウッチャンナンチャン以来、17年ぶり。
- ゲストとしてマシンガンズ、ナイツ、インスタントジョンソン、ハマカーン、我が家、U字工事、ロッチ、高橋克実、山瀬まみ、青木宣親、テリー伊藤、熊田曜子、岡田武史、島谷ひとみ、JYONGRI、皆藤愛子、西村徳文、大松尚逸、大竹しのぶ、城之内早苗、上戸彩、ナインティナイン、w-inds.、藤澤ノリマサ、ビトタケシ、バーモント秀樹、HEY!たくちゃん、ゆず、SPEED、小川淳司、笑福亭鶴光、ポッシボー、カレン、新垣勉、エンレイ、腐男塾、はなわ、榊原郁恵、小倉智昭が出演した。
- また、今回は東京・阿佐ヶ谷の木造2階建てアパート「むつみ荘」にて春日が住んでいる6.5畳の部屋を、4トントラックに再現し、春日自身がクリスマスバージョンに装飾を行った上で、募金を行いながら、東京都心4ヶ所[40]を24時間かけて巡回。
- 番組スタート時には東京・新宿のMOA4番街にてオープニングセレモニーがあり、2010年の7月から「徳光和夫 とくモリ!歌謡サタデー」のパーソナリティを務める徳光和夫が司会を務め[41]、藤澤ノリマサが生ライブを行った。
- 例年とは違い、時報跨ぎでしゃべるものの、正時の時報後に改めてジングルを挿入している。
- また、24日深夜は25:00-27:00が「AKB48のオールナイトニッポン チャリティー・ミュージックソンSP」[42]をゲストにmiwaと近藤夏子を迎えて放送し、27:00-29:00が「SDN48のオールナイトニッポンR チャリティー・ミュージックソンSP」[43]を放送。
- また、今回は12月24日-2011年1月31日にエアーバンド「ゴールデンボンバー」の動画を「ニコニコ動画」のサービスの1つである「ニコニ広告」を活用して集めたポイントを金額に換算して寄付を行った。また、番組当日の24日と25日にはニッポン放送1階の「愛の泉」にて行われるお笑い芸人のライブを「ニコニコ動画」にて生配信され、24日は15:00-22:00、25日は8:00-11:00の間にイベントを行い、毎正時の募金総額発表後[44]に中継をつないだ。
- 2011年のテーマは「音楽と絆…僕らは、どこかでつながっている。」。
- ゆずは1998年からミュージックソンに毎年ゲストとして登場しているが、パーソナリティ自体は1999年に山田邦子と共に務めて以来12年ぶり。
- テーマ曲は、11月30日リリースのゆずのニューシングル「翔」、また募金イメージソングとして、「愛の募金隊・イメージキャラクター」を務めるFairiesのSweet Jewelを採用。
- ゲストには2010年のミュージックソンを務めたオードリー、Fairies、TKO、皆藤愛子、フジテレビアナウンサーの川端健嗣・西山喜久恵・佐野瑞樹・斉藤舞子、小倉智昭、武井咲、柳田理科雄、1996年・1997年のミュージックソンを務めた中居正広、女子サッカー・なでしこJAPANの大野忍、キャプテン翼・作者の漫画家・高橋陽一、AKB48の大島優子、2004年のミュージックソンを務めた笑福亭鶴瓶と石原さとみ、榊原郁恵、ナイツ、サンドウィッチマン、古坂大魔王、miwa、aiko、山下智久、ビトタケシ、バーモント秀樹、アコースティックデュオのひいらぎ、イルカ、熊田曜子、増田太郎、岸谷五朗と江口ともみ、萩本欽一、1998年のミュージックソンを務めたテリー伊藤と流通ジャーナリストの金子哲雄が登場した。
- また、今回はゆずの2人からのメッセージをリスナーがナビダイヤルという形で聞くことが出来るサービス[45]を特設し、さらに、リスナーが直接メッセージを録音することが出来る仕組みを設けた[46]。
- ミュージックソンの番組内でゆず自身がデビュー前から続けてきた“冬至の日ライブ”の模様が放送されることになった。この2011年の冬至の日ライブは12月22日(開場:18時・開演:19時)に福島県・福島市の福島テルサで行われたが、混乱が起きないように、今回の冬至の日ライブでは初めて、ファンクラブの「ゆずの輪」会員に限定した上での応募[47]となり、応募された中から抽選[48]で選ばれた人を招待する方式で、その為、この抽選に漏れた人や直接ライブ会場に行けない人のために、ミュージックソンの番組内でライブの模様が放送された。また、合わせて、ゆずのオフィシャルサイト(PC版)とゆずの公式携帯サイト「ゆずmobile」、さらに、YouTubeのTOY'S FACTORY CHANNELにてでライブの模様を期間限定で配信された[49]。
- 今回はJR有楽町駅・中央口の有楽町イトシア前に街頭募金拠点“愛の泉”を兼ねた特設ステージを設け、ニッポン放送本社・イマジンスタジオと随時中継を結びながら、ミュージックソンに賛同した歌手やお笑い芸人によるパフォーマンスを交えながら、24時間に渡って募金活動を行った。なお、2011年に結成したFairiesが「愛の募金隊・イメージキャラクター」として、ライブを行うと共に、募金を呼びかけた。なお、ステージの進行は吉田尚記と増田みのりが担当。
- 24日正午のオープニングでは有楽町駅・中央口前に設置された愛の泉でゆずのシークレットライブが行われ、リスナーや通行人500人に対して、持ち歌の「雨と泪」を披露した。
- また、24日21時ごろには「栄光の架橋」をゆずがギター演奏しながら生歌を披露した。
- 首都圏各地をラジオカーが巡回しながら募金を呼びかける「中継募金隊」の担当にアナウンサーの垣花正と飯田浩司。
- また、「帰って来たビトタケシのオールナイトニッポンモバイル」を急きょ収録、12月24日-2012年1月31日にスマートフォン(iPhone・Android)で配信され、売上の一部がミュージックソンに寄付される。
- なお、24日19時30分-21時には「東日本大震災特別番組〜僕らは、どこかでつながっている〜」として、RAB・IBC・TBC・rfcと結び、東日本大震災以降の被災地に住む視覚障害者の実情やその支援の状況、そして、現在何が必要なのかについて、リポートを交えながら放送。出演はゆずとサンドウィッチマン。
- 24日23時30分-24時30分はニッポン放送本社・イマジンスタジオでゆずが生演奏によるクリスマスカウントダウンライブを行った。
- 24日25時-27時は「ゆずとオードリーのオールナイトニッポン ミュージックソンスペシャル」を放送。
- 24日27時-29時は「ゆずのオールナイトニッポンR ミュージックソンスペシャル」を放送、その中で「ゆずのオールナイトニッポン(第1期)」に行っていたネタコーナーの「21世紀のハイチーズ!」と「やんのかコラ!シアム」が復活、独自の緊急企画として「キズナーマン」こと「K」(垣花正アナ)への早朝バズーカ・及び都内の自宅から有楽町までの早朝マラソンを敢行した(バズーカは新保アナ(ゆず曰く『人妻早朝バズーカ』)、垣花夫人の全面協力)。ゆずのむちゃぶりに応える姿は「ハッピー!」で見せている姿とは全く違う、「LFクールK」そのものであった。ジングルは「LF+R」のものや「allnightnippon SUPER!」があり、後者に関してはゆずの二人も「Rだよね・・・」と苦笑いしていた。
- 25日11時台のフィナーレにはニッポン放送・本社イマジンスタジオにて筑波大学付属視覚特別支援学校の生徒26人と一緒に「またあえる日まで」を合唱。そして、生徒を代表して一人の生徒が「ゆずへの手紙」を朗読、その最中に北川自身が感極まって涙を流した。
- 2012年のテーマは未定。
- パーソナリティは、毎年クリスマスは自宅で家族や知人と共に過ごすのが恒例だという大竹しのぶで、ベテラン女優が単独でパーソナリティを務めるのは初めてとなる[50]。
- また、大竹が24時間の生放送をするのは、総合司会を務めた日本テレビ系「24時間テレビ」の第1回(1978年)以来34年ぶりとなる。そのため、大竹も「チャリティーを呼びかけることで笑顔になる人がいることを皆さんに分かってもらえたら、やる意味がある」と力を込めた上で、「チャリティーを毎日意識していなくても、必要なものだと意識するかしないかで全然違ってくると思います」とリスナーに対して、呼びかけた[51]。
- さらに、大竹は元夫でタレントの明石家さんまが毎年イブの深夜に司会を務める、フジテレビの番組「明石家サンタの史上最大のクリスマスプレゼントショー」について触れ、「電話しちゃおうかな」と、元夫とのコラボに色気たっぷりで意欲を見せ、その上で「商品、結構いいものくれるんですよ。でも、絶対鐘を鳴らしてくれなさそう」と周囲を笑わせていた。ちなみに、2011年8月に、大竹がパーソナリティーを務めるニッポン放送の「大竹しのぶのオールナイトニッポンGOLD」にさんまがゲストとして登場し、離婚して以来初となる2人きりの共演が話題を集めていた[50]。
- また、ミュージックソンの番組の中で1997年にパーソナリティーを務めたSMAPの中居正広が、1998年にお笑いコンビ、ナインティナインが、実際に「明石家サンタ」に電話をかけて、さんまとトークを繰り広げた事がある[50]。
- なお、2011年のメインパーソナリティであるゆずも、この2012年のミュージックソンに何らかの形で参加することになっている。
- ニッポン放送本社・1階では愛の泉を設け、24時間に亘って募金受付を行う。また、このニッポン放送本社・1階の愛の泉では、ニッポン放送アナウンサーのトークショーが行われる。
- また、2011年に続いて、有楽町駅前に「愛の泉ステージ」を設け、ミュージシャンやお笑い芸人が、ステージ上で歌やネタを披露する。
- なお、今回は五戸美樹と箱崎みどりが、参加局がある地域の盲学校の子どもたちをプレゼント交換で結ぶサンタとして、24時間、列島縦断を行う。北ルートの五戸美樹はSTVラジオ・青森放送・IBC岩手放送・ラジオ福島・ニッポン放送の順、南ルートの箱崎みどりはラジオ沖縄・九州朝日放送・中国放送・西日本放送・和歌山放送・ラジオ大阪・ニッポン放送の順へ、それぞれ参加局を巡回する。
- ゲストにはゆず・萩本欽一・笑福亭鶴瓶・榊原郁恵・阿部寛・行定勲・清水ミチコ・久本雅美・高橋優・西川貴教・ゴールデンボンバーの鬼龍院翔・IMALU・ 高嶋ひでたけ・松村邦洋・三宅裕司ほかが登場。
- 24日21時-22時は日曜深夜の単発番組としても放送し、大竹がナレーションを務める、2012年度文化庁芸術祭参加作品[52]「ドキュメンタリー番組 東日本大震災と視覚障がい者~またひとつ試練を超えて」を放送[53]。
- この番組は東日本大震災で被災し、困難に直面した視覚障害者や、福島県点字図書館の館長などの取材を通じ、東日本大震災による視覚障害者の試練と現状を伝え、視覚障害者にとって貴重なライフラインとなっているラジオのあり方を検証するとともに、今後の災害へ支援や備えについて、明らかにしていくドキュメンタリー。
- 今回の「クリスマスカウントダウンライブ」は大竹しのぶも一押しの高橋優がライブを行う。大竹とのコラボレーションも行われることになっている。
- 24日25時-27時は「ゴールデンボンバー鬼龍院翔のオールナイトニッポン・ミュージックソンスペシャル」を、27時-29時は「IMALUのオールナイトニッポン0・ミュージックソンスペシャル[54]」を放送。
- 24日正午前には大竹がフジテレビのお昼のニュース「スピーク」に出演し、大竹が、かつて舞台「奇跡の人」でヘレン・ケラーを教えるサリバン先生を演じ、そこで、盲学校の生徒と共演した経験について触れ、「その時に盲学校の生徒と、2カ月、一緒に過ごして、音の出る信号機って、本当に必要なんだなって、よくわかりました。」と話し、番組の意気込みについては「クリスマス、きょう、ちょっと寒いんですけども、なんか募金してくださった方も、された方も、なんか温かくなるような24時間にしたいなって思ってます。」と抱負を語った[55]。
- 放送の合間には大竹しのぶとゆずの2人が報道陣の取材に応じ、この中で、大竹は「頑張って楽しく、そして意味のある時間になればいいなと思っています」と話し[56]、また、大竹しのぶが親友だった中村勘三郎に触れて、「人の喜ぶことが大好きで、突っ走る人なので、私も突っ走ります!」と宣言した[57]。また、2011年のパーソナリティを務めたゆずの北川悠仁も「実は、(勘三郎の)襲名のときに舞台を見に行ったんですが、後から丁寧にお電話をいただいて」と思い出話を披露し、「僕らも魂を受け継いで、頑張っていきたい」と話した[57]。また、北川は「途中、大変なときもあるが、終わったときには感動で胸がいっぱいになるので、頑張ってください」と大竹しのぶへのエールを送った[58]。
- 24日午後8時ごろに、さいたまスーパーアリーナでライブを行なっていた、ももいろクローバーZと中継の形で “共演”した[59]。
- 25日のフィナーレには、筑波大学附属視覚特別支援学校の生徒21名が駆けつけ、大竹に感謝の気持ちを込めて「MIDORI~繋がる輪~」を合唱した。それを聞いていた大竹は「すごい完ぺきだった。素晴らしい歌をありがとうございます」と感激。番組終了時に大竹は「皆さんからの温かい声が直接伝わってきて、この番組を作れたことは大切な体験になった。」としたうえで「日本人って本当にやさしいんだということを教えてもらいました。ありがとうございました」と感謝を述べた[60][59]。
STVラジオ
- STVラジオでの番組タイトルは「STVラジオ・チャリティーミュージックソン」である(他局と区切る点が異なる。他局では「ラジオチャリティー/ミュージックソン」と読む。)
特徴
- 番組が土曜日にまたがる場合は「ウイークエンドバラエティ 日高晤郎ショー」を優先して放送するため、番組を中断・延長したり早期終了する場合がある。「声の握手」放送する曜日によっては裏送りになる場合がある。
- 募金受付はSTV本社受付へ持ち込み・口座振込[61]・セイコーマートにて受け付けている。
- 2009年までに北海道内で設置された「音の出る信号機」は129基。
- 北海道における「通りゃんせ基金」での音の出る信号機の第1号は札幌市大通1丁目に設置された。
番組内容
- 1976年からSTVラジオは本格的にミュージックソンに取り組み、そこで、ラジオ番組やイベントで募金を呼びかけた。
- 2003年のテーマは「信じる心」。
- 2004年のパーソナリティはみのや雅彦・鈴木亜紀。
- 2006年のテーマは「チカラをもらったあの言葉、この一曲」。
- 2007年・2009年は特にメインパーソナリティを設けず、定時通常番組(一部を除く)を内包する形で放送。
- 2007年の場合は、24日25-29時にKAT-TUNの「ニッポン放送オールナイトニッポン ラジオ・チャリティー・ミュージックソン」を放送。
- 2009年の場合は、24日22-24時に、オールナイトニッポンGOLD・ミュージックソンスペシャル、24日深夜1時-3時には、ナインティナインのオールナイトニッポン・ミュージックソンスペシャル、さらに、深夜3時-5時には、南海キャンディーズ 山里亮太のオールナイトニッポンR・ミュージックソンスペシャルを放送。
- 2008年は、12月24日正午-25日正午まで放送。
- 2010年は12月24日の正午-25日正午の放送[62]。
- 2010年は特にメインパーソナリティを設けず、STVラジオのパーソナリティ陣によるリレー形式で24時間の生放送を展開した。
- テーマ曲はTRIPLANEの「雪のアスタリスク」。
- なお、STV放送会館・Sプラザにて、ミュージックソン枠内にあたる24日18時-22時の「なまらん」と25日8時-12時にかけて「ウイークエンドバラエティ 日高晤郎ショー」の公開生放送を実施。
- また、24時間の生放送中に、STV放送会館・Sプラザにて、STVラジオのパーソナリティ陣も参加して、リスナーからの募金を受け付けた。
- 藤澤ノリマサ出演の23:30-23:58はニッポン放送と同時ネットで放送した。
- 2011年は12月24日正午-25日正午の放送。
- 2011年のテーマは「君(あなた)がいたから」。
- メインパーソナリティはようへいが担当。
- パーソナリティは吉川典雄・八木菜摘・日高晤郎・とついようこ・藤井孝太郎・渋谷もなみ・河村通夫・若杉佳子が交替で担当。
- 具体的には24日正午-12時30分はようへい・吉川典雄・八木菜摘が、12時30分-17時は日高晤郎・とついようこが、17時-23時はようへい・八木菜摘が、23時-25日5時は藤井孝太郎・渋谷もなみが、25日9時-11時はようへい・河村通夫・若杉佳子・八木菜摘が、11時-12時はようへい・吉川典雄・八木菜摘が務めた。
- 24日12時30分-17時は日高晤郎ショーを内包して放送。
- 25日9時-11時は河村通夫の桃栗サンデーのパーソナリティとYo!Hey!サンデー!のパーソナリティの4人がともに担当。
- 24日23時-24日5時には「アニメソング・リクエスト大会」を公開生放送の形で放送。ゲストに漫画家の島本和彦と声優の関智一。
- 24日17時-25日5時と25日9時-正午はSTV放送会館・Sプラザにて公開生放送。
- 12月24日17時30分-22時には月一回行われている東日本大震災被災地復興応援チャリティライブ「Sプラ・THE・LIVE」のクリスマススペシャルバージョンの「STVホール・THE・LIVE」が行われ、STVラジオに出演しているアーティストが出演し、歌を披露。出演アーティストは登場順に、ワカバ、SACON、phatmans after school、ほしばかなえ、the武田組、TRIPLANE、VOICE、石川優美&PonoLani、みのや雅彦。なお、この模様はミュージックソン・24時間生放送にてライブの一部を生中継する予定で、当日には東日本大震災の募金箱と並列でミュージックソンの募金箱を置き、そこで募金を呼びかけた。
- 2012年のテーマは「ありがとう!」
- 2012年にSTVラジオが開局50周年を迎え、リスナーに対し、放送を通じて、「50年のご愛顧に応える」為に、「感謝の気持ち」を込めて、取り組んできたが、1年の締めくくりにあたるミュージックソンでは「ありがとう!」というのをテーマに掲げ、STVラジオのパーソナリティが、この「ありがとう!」という言葉を語りながら番組をつなぎ、さらに「“ありがとう”を言うと、もっと優しくなれるのではないか?」という想いを、24時間の生放送を通じて問いかける。
- テーマソングは清水博正の「ありがとうを言いたくて」。なお、清水博正は、それぞれの番組に出演する。
- メインパーソナリティは特に設けず、通常の生ワイド番組を内包して、リレー形式でミュージックソンを放送。24日正午-25日正午の24時間、リレー方式で想いを紡ぎ、番組全体で『ありがとう』のメッセージを繋いでいく。
- なお、24日22時-25日深夜1時は「藤井孝太郎のログイン!よる☆PAとアタヤン川田まみのアニソンナイト」を放送。パーソナリティは、川田まみ・藤井孝太郎。
- キャンペーン開始前の9月29日-10月31日に「牛肉食べて~STVラジオ目の不自由な方へ通りゃんせ基金2012~のチカラに・道産牛キャンペーン!!」が行われ、期間中に、対象の「北海道産牛肉」をお買い上げの上、値段が書いてあるシールに「北海道産」または「道内産」と産地が印字しているシール1枚を1口として店頭に備付てある、応募はがきに貼って、必要事項を明記してキャンペーン事務局まで応募する。応募の中から、抽選で100名様に「3000円相当の北海道産牛肉」がプレゼントされる。キャンペーンを通じて集められた金額の一部を「STVラジオ目の不自由な方へ通りゃんせ基金2012」に寄付されることになっている[63]。
青森放送
特徴
- 2005年から2011年までラジオ・テレビ兼営局では唯一、テレビとラジオの24時間チャリティー番組をともに放送していたが[64]、2012年から西日本放送が、このミュージックソンに参加することとなったため、2つの局でテレビとラジオの24時間チャリティー番組を、ともに放送することとなった。
- テーマ音楽はニッポン放送と同じく「夢のトランペット」が2005年まで使われていたが、2006年からは異なるテーマ音楽に変わり、2007年は2006年に番組内で制作した「君とうたう歌」(後述)のインストゥルメンタルが使われていた。
- 2007年度からは、時間を拡大して放送している[65][66][67]。ただし、通常の番組も挿むため、一旦ラジソンの放送を中断する時間がある。
- 募金受付は青森銀行・みちのく銀行・青い森信用金庫・東奥信用金庫・青森県内にある各JAバンク・青森県信用組合・東北労働金庫にて口座振替、県内にある各地区のタクシー会社、県内のサークルK・サンクスのすべての店。RAB本社・支社に直接募金を持ち込む方法がある。
- 2011年度まで青森県内で寄せられた募金総額は1億9654万582円。募金をもとに設置された音の出る信号機の数は2011年まで63基で、青森県内で設置されている音の出る信号機の全体の4割がミュージックソンの募金で設置された事になる。
- 「ラジオ・チャリティー・ミュージックソン」のRABでの発音は、ラジオで一旦切り、チャにアクセントを置いて話すもので、ニッポン放送とは異なる。
番組内容
- 2004年までのメインパーソナリティは伊奈かっぺいで、その間にラジソン枠内にてラジオドラマを放送。
- 「かっぺいとおかしな仲間」内での公開ラジオドラマ
- 1997年・まんずまんず物語~為信のクリスマス
- 1998年・唄に夜明けたカモメの港
- 1999年・廃藩置県再三事件簿
- 2001年・もうひとつの虫送り
- 2002年・ひとつ積んでは我のため
- 2003年・縄文のいかさま師
- 生放送によるラジオドラマ[68]
- 1997年・OVER THE RAINBOW(2001年に出演者を一部変えリメイク。)
- 1999年・汽笛が聖なる夜に降る(1997年の続編。)
- 2002年・2050年のクリスマス
- 2003年・聖なる夜の5人
- 「かっぺいとおかしな仲間」内での公開ラジオドラマ
- 2004年のサブパーソナリティは古池雄と筋野裕子が担当。
- 2005年-2010年の放送拠点は青森市のサンロード青森、八戸市の八戸ショッピングセンター・ラピア、弘前市のさくら野百貨店・弘前店の3か所。
- ラジオカーによる中継は2005年・2006年に青森、八戸、津軽、下北・上北の各地方を、2007年・2008年は県内各地で、2010年はラジオカー3台を、それぞれ駆使し青森県内各地の歳末の表情を伝えた。
- 2005年のメインパーソナリティはタカチャ。サブパーソナリティは秋山博子・古池雄が担当。
- 青森・八戸・弘前の3つの会場を出発点にそれぞれの放送拠点を巡回してライブを行う「ミュージックキャラバン」があった。
- チャリティーライブをライブハウス「クォーター」とRAB本社でそれぞれ行った。
- 出演は、ライブハウス「クォーター」がタカチャ、SONOMI、SOUL BETTING GROUNDが出演。進行は田村啓美と青山英次。RAB本社が、マニ☆ラバ、ピジョンズミルク+クリープス竹内晃、うきぐも、Kengoが出演。進行は鮫島大史と伊東幸子。
- 2005年-2008年までは、番組内で麻生しおり(詩織)が乗車して募金の呼びかけなどを行う『詩織ふれあい号』が運行されていた[69]。
- 2005年には「せんべい汁振る舞い隊のラジオキャラバン」が行われ、八戸市を中心として青森県南部から岩手県北部周辺で食されている名物料理の一つであるせんべい汁をリスナーや買い物客に振る舞いながら募金を呼びかけた。
- 2006年-2008年のメインパーソナリティは坂本サトルが3年連続で担当。
- 2006年-2008年の番組テーマは「きみとうたう歌」[70]。
- 2006年は坂本が出会って聞いた視覚障害者の話と、放送中に寄せられたリスナーからのメッセージを基にオリジナルソング「君とうたう歌」を制作した。
- 2007年のグランドフィナーレでは、出演者一同で「君とうたう歌」を合唱した。
- また、坂本が2007年のミュージックソンで出会った視覚障害者を再び訪れる、RABラジオスペシャル「坂本サトル 2007ラジソン・心のたび」という番組が2008年5月25日に青森県内にて放送され、第46回ギャラクシー賞・ラジオ部門で選奨に選ばれた。これを記念して、2009年12月24日深夜1時に、ラジソンの中でアンコール放送された。また、この番組は、CD「君と歌ううた」(後述)にカップリングとして収録された。
- 2008年11月22日には、たくさんの人の要望に応える形で「君と歌ううた」のCDが青森県内で限定発売され、CDの売上げの一部が番組に寄付され、青森県内の視覚障害者のための音の出る信号機設置に役立てられた。
- 2009年・2010年のメインパーソナリティは麻生しおりと古坂大魔王が担当。
- 2009年のテーマは、「気づきの旅」。
- これは、人は共助されて生きているという普段の何気ない事に気付き、それによって、今よりももっと豊かな社会や人生が構築できるのではないかという思いでこのテーマになった。
- 12月23日には麻生しおり・坂本サトルの共に、青森県出身の歌手によるミュージックソンプレライブが青森市の中世の館で行われ、それぞれ2人が歌を披露し、合間に楽しいトークを繰り広げた。なお、ライブチケットの売り上げ全てをミュージックソンに寄付された。つまり、ライブを見るだけですでに1人1人が“募金”しているという仕組みになっている。なお、この模様は、24日の22時-25日0時までラジソンの中で放送。
- また、2009年はRABのラジソンが30回目を迎えたため、RABにおけるラジソンの歩みを放送。
- 25日0時には、メインパーソナリティとRABアナウンサー陣、それにラジソンの応援ゲストの総出演による、生放送によるラジオドラマ「星輝く聖夜に」を放送。
- ストーリーは、5年前、番組ディレクターの近藤とパーソナリティのしおりとの恋が破局に終わり、その5年後のクリスマスイブに2人はラジオスタジオで再会を果たす。その頃、スタジオには「サンタクロースと遭遇した」というリスナーからの情報が次々と届き始めるが、その姿を見た人はいないという。そこで、しおりはクリスマス特番に出演し、「サンタの目撃情報を寄せてほしい」と呼びかけると、視覚障害者のリスナーから電話が入るという物語。このドラマは、台詞や効果音も生放送で進行、また、冒頭の車内の音・カーステレオ・街の雑踏・雪の音は、同時刻に青森県内から実際に生中継したものを使用した。また、ドラマの中には「謎の飛翔体」や「事業仕分け」など、2009年のニュースに出てきた言葉も入っている[71]。
- 坂本サトル・マミーシノ・黒石八郎(八戸ショッピングセンター・ラピアを除く)・踊正太郎による応援隊を設け、24日はサンロード青森からさくら野百貨店青森店にて、25日は八戸ショッピングセンター・ラピアからサンロード青森を巡回。
- 2010年のテーマは「風の色を感じて…」
- これは、みんなが“風の色”を実感できるよう豊かな想像力を育み、それによって相互に思いやりの気持ちを向上させ、そして、周りが住みやすく優しい世界にしようという思いでこのテーマになった。
- 24日の夜には、「視覚障害の世界」と題し、5つのパートに分かれ、曲作りや映画、それに、東北新幹線の新青森駅を視覚障害者が巡る企画、今年生誕100年を迎える高橋竹山の特集などをそれぞれ放送。
- 24日の深夜3時には、2010年度の民放連賞ラジオ教養部門最優秀賞を受賞した静岡放送制作の「SBSラジオギャラリー It's a wonderful world~心は伝わる~」を放送。
- 24日28時・29時には独自の声の握手コーナー「全国のラジソンと交流しよう」を放送。28時台はラジオ沖縄、29時台はIBC岩手放送・ラジオ福島と中継を結んで、“交流”を深めた。
- イメージソングは古坂大魔王が作詞・作曲・編曲を手掛け、麻生しおりが歌う「風の色 ~color of the wind~」。
- なお、11月21日には毎年恒例の弘前市場まつりが行われ、直径3mの大なべに煮込んだ5000人分のカニ鍋を、RABのラジソンに募金をした人に振る舞われた。
- 2011年のメインパーソナリティは麻生しおり、ゲストパーソナリティは古坂大魔王[74]、サブパーソナリティは夏目浩光と田村啓美が担当。
- 2011年のテーマは「風の色をあなたに」。
- これは、「"風"に"色"を感じる」というそんな想像力を持って、障害の有無に関係なく人々が共助して、元気に生きていこうというのをラジソンから発信するため、このテーマになった。
- RAB本社・ラジオスタジオにメイン放送基地を設置、その他、青森市のサンロード青森、八戸市の八戸ショッピングセンター・ラピア、弘前市のさくら野・弘前店に放送・募金基地を設置。
- 2010年に創られた、RABラジソン・イメージソングの麻生しおりFeat.古坂大魔王「風の色~color of the wind~」(前述)がCD化され、12月24日-25日に、ラジソンの放送拠点やラジオカーの巡回先などで販売、12月26日以降はRAB本社・八戸支社・弘前支社・むつ支局で平日に限り販売されることとなった。なお、収益金のすべてがラジソンに寄付される。
- ラジオカー3台を駆使し、県内各地を走り、町の様子を伝えた。
- 今回は「ラジソン盛り上げ隊」を設け、黒石八郎と十日市秀悦の2人が県内各地を巡回し、リスナーや市民に募金を呼びかけた。
- なお、24日19時30分-21時にニッポン放送制作の「東日本大震災特別番組〜僕らは、どこかでつながっている〜」を放送。
- 24日21時45分から「視覚障害の世界」を放送。内容は「フラワーアレンジメントを色や形で楽しむ」や、「点字用紙の洒落たリサイクル」、さらには「板橋かずゆきの愛と青春をテーマにしたお話」の3つ。
- 24日深夜3時は大友寿郎と麻生しおり出演のクリスマスジャズコーナーを放送。
- 24日深夜4時はラジソンに参加しているラジオ局を結んで、交流を深めた。
- 2011年のテーマは「風の色をあなたに」。
- 2012年のメインパーソナリティは十日市秀悦、アシスタントパーソナリティは上野由加里(2人とも八戸市出身。)が担当。
- 2012年のテーマは「ありがとう そして あしたへ」。
- 「誰もが誰かに対して、大小それぞれの感謝の気持ちを持っているはずだし、また、この"ラジソン"を優しい気持ちを交換しあえる"機会"にしたい、そして、お互い想像力を持って、よりよい明日につなげよう」と、この番組から訴える。
- RAB本社・ラジオBスタジオにメイン放送基地を設置し、サンロード青森、八戸ショッピングセンター・ラピア、さくら野弘前店を放送拠点にRABラジオのアナウンサー、タレントが出演、募金を呼び掛けていく。また、2011年までラジソンのメインパーソナリティをつとめた、麻生しおりも各放送基地で出演。また、25日はゲストとして、梅沢富美男が、このラジソンの趣旨に賛同し、番組出演が決定した。
- また、今年もラジオカー3台を駆使し、成田洋明と中島美華ほか、リポーターたちが県内各地を走り、募金を呼びかけながら、街の表情を伝える。
- 今回は、十日市秀悦演じる『イサバのカッチャ』のラジソンチャリティカレンダーを製作し、そのカレンダーの販売を行い、その収益金の全額をラジソンの募金に加える。つまり、リスナーがこのカレンダーを買うことで、募金に参加したことになる。
- なお、今年は"ラジソン探検隊"を結成し、春の選抜と夏の甲子園の準優勝校で、八戸市にある光星学院高校の応援ソング「だいじょうぶ」を作詞・作曲した、シンガーソングライターで、RAB耳の新聞のパーソナリティを務める、板橋かずゆき(全盲)と普段は、十日市秀悦とラジオ番組でコンビを組む、タレントの楠美翔子の2人がが視覚障害の周辺やヒューマンドキュメントを求めて、青森県内の旅に出る。
- また、視覚に障害を持った「RAB耳の新聞」のパーソナリティーの他に、ゲストが視覚障害について掘り下げて紹介するほか、このラジソンに参加している各ラジオ局とも交流する。
- 2012年のテーマは「ありがとう そして あしたへ」。
IBC岩手放送
特徴
- ラ・テ兼営局であるために、IBCにおいては「ミュージックソン」ではなく「ラジソン」の略称が定着している。
- テーマ曲は、ニニ・ロッソの演奏による「SOLEADO」(「哀しみのソレアード」)。
- メインパーソナリティは1978年-2009年にIBCアナウンサーの大塚富夫[75]が務めていたが、2010年以降はIBCアナウンサーの菊池幸見が担当。なお、大塚はメインランナーとして2010年のミュージックソンに関わった。
- IBC本社内にある「IBCロビースタジオ」をメインスタジオとし、同局のアナウンサーらがラジオカーに乗り県内を回りながら募金を呼びかける。
- IBCでラジソンを放送する場合、生ワイド番組などを移動・休止して24時間CMなしで放送している[76]。その場合、協賛しているスポンサー名だけを随時アナウンスしている。
- 2005年・2007年度は、コミュニティ放送局カシオペアFMもIBCの放送に参加し、番組の再送信を行った。
- 募金受付はIBC岩手放送の本社・支社にて直接持ち込むか、岩手銀行・北日本銀行・東北銀行・岩手県内の信用金庫・東北労働金庫の岩手県にある支店にて専用の振込み用紙がある。
- 募金額は毎年1000万円を越え、ニッポン放送以外の参加局の中では常にトップクラスを誇る。岩手県の経済規模を考えると、ラジソンが県民に根付いていることの証ともいえる。なお、2010年度までにIBC岩手放送に寄せられた募金額は、4億4012万9643円[77]。その募金の中から、これまで、岩手県内に設置された音の出る信号機は100基。
- 初日(12月24日)が土曜日の場合はテレビ「じゃじゃじゃTV」で直前情報を伝え、最終日(12月25日)が土曜日の場合、同番組でIBCロビースタジオ、出入り口付近の募金の様子を中継。また、「IBC岩手日報ニュース」でも募金の様子などが放送される。
番組内容
- 1978年は開局25周年を記念した特別番組として、メインゲストに歌手で岩手県陸前高田市出身の千昌夫を迎え放送した。
- 1998年は、IBC本社とIBCホールでゲストによるコンサートステージを設けた。アーティストらが歌を披露した。
- スペシャルゲストに姫神の星吉昭。
- ゲストにあんべ光俊、ザ・グレート・サスケ、琴けい子、中川愛子、羽山るみ子、木本有美、山崎友見、船越由佳、大沢桃子が出演。
- 2000年・2002年のメインゲストはザ・グレートサスケ。
- 2000年
- イメージソングは「はしだかずを」が作った「聖なる夜に優しさが降る」。
- 24日夕方には岩手町に住む家族が1996年から始めてから5回目となる「もちつき」で参加した。ついたもち・6升分と漬物を、募金に訪れたリスナーや市民、それにボランティアに振舞った。
- 24日18時にはIBC本社ロビースタジオにて「パラリンピック対談」コーナーが設けられ、2人のシドニーパラリンピック日本代表がトークを行った。
- 24日20時にはIBC本社にて「歌う!ミュージックソンスクエア」と題し、岩手を拠点にして活躍するミュージシャンがライブを行った。
- また、江刺藤原の郷エキストラの会一同が、山伏などの衣装を身にまとい、一関から歩いて、直接IBC本社へ来た。
- 2002年
- オープニングでは日本鳩レース協会・岩手中央連合会の協力の下、300羽のハトが空に舞い、その後、のびっこの会が、太鼓の演奏を披露した。
- 出発式では盛岡市立大宮中学校のみさなんがテーマ曲のソレアードを演奏した。
- また、チャリティーオークションが行われ、売上げは10万2150円に上り、すべてラジソンに寄付した。
- 盛岡市にある長沢燃料店が灯油18リットルを1人2缶まで・ポリタンク持参の人限定で、特別価格の500円で提供され、全額ラジソンに寄付された。
- 盛岡市にあるリラックススペース『ほぐしや本舗』が、24日18:00-25日1:00までIBC本社にブースを構えた。なお、収益の半分はラジソンに寄付された。
- 2001年のメインゲストは立川志らく。
- 現在は村上弘明、あんべ光俊の2名がIBCのラジソンにおける主な出演者となっている。村上は2007年以降、毎年メインゲストとして出演。あんべは2005年にメインゲスト、2007年-2009年・にメインランナー、2010年にメインアーティスト[78]を務めている。なお、2011年もメインランナーとして募金活動に参加する予定だったが、12月15日に喉に痛みを感じ、その後、12月17日に東京国立博物館・平成館の大講堂行われる予定だったライブ「あんみつの日」の前日リハーサルが終わって就寝し、夜中に起き上がったところ、声が出なくなった。その後も体調がすぐれない為、2011年の募金活動への参加を見送った。
- 2006年のメインゲストはビリー・バンバン。
- 2007年のテーマは「30年目のありがとう」。
- 2008年のテーマは「いわての元気。伝えたい」。
- 2009年のテーマは「あなたの愛にありがとう!」。
- 2010年のテーマは「あふれる愛、大きな未来へ!」。
- メインゲストの村上弘明は水越かおると共にラジオカー「通りゃんせ号」に乗り、陸前高田市から、北へと移動しながら、途中、県内の12か所で募金活動をそれぞれ20分-30分にわたって行い、25日深夜1時すぎには盛岡のIBC本社に到着した。
- 2011年のテーマは「あふれる愛、大きな未来へ!」。
- 「被災地へ音の出る信号機と福祉機器を贈ろう」をスローガンに活動を展開する予定。
- オープニングでは出発式がIBC本社で行われ、今回のゲストや多数のリスナーが集まって、150個の風船が東日本大震災の復興を願って飛ばし、その後、それぞれの通りゃんせ号が本社を出発し、県内各地で募金を呼びかけた。
- 24日は通りゃんせ1号車に村上弘明・水越かおるが、2号車に元NSPの中村貴之[79]・後藤のりこが担当。
- 25日は通りゃんせ1号車に中川あいこ・神山浩樹が、通りゃんせ2号車に三浦わたる・村松文代がそれぞれ乗り込み、盛岡市内を巡回し募金を呼びかけた。
- 今回は岩手県内の沿岸に愛の泉を設置せず、岩手・三陸沿岸を中心に店舗を構える食品スーパーのマイヤ釜石店に「釜石・三陸臨時スタジオ」を設置し、岩手県内の被災地の現状や被災者の声を拾いながら進行、また、スーパーに買い物に来ていた住民が募金をする姿が見られた。なお、担当は大塚富夫。
- なお、24日20時-21時にニッポン放送制作の番組「東日本大震災特別番組〜僕らは、どこかでつながっている〜」を放送。
- 2011年にIBCのラジソンで募った募金から、音の出る信号機が、東日本大震災で大きな被害を受けた、宮古市の宮古駅前交番前・釜石市の釜石市役所入口・大渡橋南袂・大船渡市の国道45号線盛駅入口に、それぞれ1基、計3基が設置された。
- 2012年のテーマは「あふれる愛、大きな未来へ!」
- 2011年に引き続き「被災地へ音の出る信号機と福祉機器を贈ろう」をスローガンにして、募金を呼び掛ける。
- メインゲストは村上弘明。
- メインランナーは大沢桃子。
- 今回も2011年に続いて、三陸臨時スタジオを陸前高田市の八木澤商店・新本店[80]に設置し、放送を行う。担当は大塚富夫ほか。また、19時台には陸前高田市の災害FMと共同で特別企画を放送。なお、2011年は岩手県内の沿岸に愛の泉は設置されなかったが、2012年は、久慈市の道の駅くじ・やませ土風館、宮古市のマリンコープDORA、釜石市のマイヤ釜石店、大船渡市のマイヤ大船渡店と、岩手県内の沿岸4か所に、それぞれ愛の泉を設置。
- 24日には、愛の泉を設置している、北上市の江釣子ショッピングセンター・パルにて、「ラジソン in PAL JOY STUDIO」が行われる。
- 通りゃんせ号は、5台のラジオカーを駆使し、県内を巡回しながら募金の呼びかけを行う。
- また、24日午後4時53分から5時30分に亘って、IBCテレビで「ニュースエコーラジソンライブ」として、村上弘明のリポートや各地の表情を交えながら、ラジソンの様子を生放送で伝える。また、18時から18時30分の「ニュースエコー」でもラジソンの様子を伝える。
ラジオ福島
特徴
- ラジオ福島では24時間の生放送を含む一連の募金活動を「通りゃんせ基金キャンペーン」という名称で行っている。
- 2006年度までは、福島・郡山・会津若松・いわきの各都市に放送拠点を設け、それぞれの拠点より独立した内容で放送し、募金を呼びかけていたが、2007年度より放送拠点を福島・郡山に集約し、県内各地からの中継を折り込みつつ、両拠点より交互に放送する形式に変更した。
- 2006年度までの放送中はCMも含め定時通常番組を休止していたが、2007年度からは定時通常番組スポンサーのCMを放送している。
- 1991年には日本民間放送連盟賞放送活動部門(ラジオ)で「愛の輪広げて14年・ラジオ・チャリティー・ミュージックソンの歩み」が優秀賞を受賞した。
- 毎年、サンタに扮したボランティア達がそれぞれのグループに分かれてリヤカーを引きながら募金を呼びかける「リヤカーサンタ」がある[81][82][83][84][85][86]。この活動が高く評価され、2004年に日本民間放送連盟賞放送活動部門(ラジオ)で入選。なお、表彰は2004年に東京国際フォーラムで行われた民放大会で編成局長代理兼放送報道部長(当時)の大和田新が表彰盾を受け取った。
- 募金受付はラジオ福島の本社スタジオと県内にある支社と県内にある募金箱設置協力店・団体に直接持ち込み、東邦銀行本店・各支店に置いてある手数料無料の振込用紙にて振込み、12月24日・25日の生放送中にラジオ福島のスタジオと県内にある支社にて24時間の生放送中に募金の受付を行う。
- これまで寄せられた募金額はおよそ4億6650万円に上る[87]。また、2011年度までに贈呈された音の出る信号機は152基。
番組内容
- 2000年のパーソナリティは福島から内海桂子、郡山からさとう宗幸、会津若松から広瀬哲朗、いわきから飯星景子が担当。
- 放送拠点は福島会場がラジオ福島・本社スタジオで、郡山会場がラジオ福島・郡山支社、会津若松会場が若松ワシントンホテル、いわき会場がスパリゾート・ハワイアンズにそれぞれ設けられた。
- 2002年のテーマは「勇気をくれた心の歌」。
- パーソナリティは福島会場が普天間かおり、高橋佳生、渡辺ひろ美、ハッピーチエ、鏡田辰也、佐藤哲也、小川栄一、小川真由美、奥原朋子が担当。郡山会場がさとう宗幸、水田竜子、大和田新、大場寿子、島田弥栄が担当。会津若松会場が佐々木功、大場久美子、根本美希、深野健司、石田久子、松井香保里が担当。福島・郡山会場のコンサートのゲストに夏川りみが登場。いわき会場が大山のぶ代、Maki & Saeko M'sDuck、手塚伸一、徳永真紀、高島由紀子が担当。いわき会場のミニコンサートのゲストに大泉逸郎が登場。
- 放送拠点は福島会場がラジオ福島・本社スタジオ、郡山会場がラジオ福島・郡山支社、若松会場が会津若松ワシントンホテル、いわき会場がいわきワシントンホテルにそれぞれ設けられた。
- 2003年のテーマはラジオ福島が開局50周年を迎えることから50周年記念キャッチコピーの「心つないで50年」にちなんで「君の讃歌〜今 つなぎたい心と心」。
- 2004年のパーソナリティは福島会場が湯原昌幸、荒木由美子、速水けんたろう、高橋佳生、大和田新、小川栄一、木村季康、石田久子、五藤めぐみ、山地美紗子が担当。郡山会場からさとう宗幸、普天間かおり、鏡田辰也、島田弥栄、渡邉美香が担当。会津若松会場が大場久美子、根本美希、深野健司、大場寿子が担当。いわき会場が角盈男、紅晴美、麻貴、手塚伸一、松井香保里が担当。
- 放送拠点は福島会場がラジオ福島・本社スタジオ、郡山会場がラジオ福島・郡山支社、会津若松会場が会津若松ワシントンホテル、いわき会場がいわきワシントンホテルにそれぞれ設けられた。
- 2006年はラジオ福島のミュージックソンが30回目を迎えたことから、歴史に刻まれた「汗と涙のエピソード」が紹介された。
- パーソナリティは福島会場がさとう宗幸、郡山会場が泉アキ、会津若松会場が大場久美子、いわき会場が湯原昌幸と荒木由美子が担当。
- 2007年のテーマは「マイソング」。
- リスナーに対して、エピソードと共にマイソングを募り、番組内で紹介された。
- パーソナリティは福島会場がさとう宗幸と阿藤快、郡山会場が大場久美子、会津若松会場が根本美希、いわき会場が志摩幸子と麻貴が担当。
- 2008年のテーマは「守りたいもの」。
- 2009年のテーマは、「みんな笑顔になれるように…、」
- パーソナリティは、福島から紅晴美、郡山から普天間かおりが担当。
- なお、24日の深夜帯において25時-27時まではナインティナインのオールナイトニッポン・ミュージックソンスペシャルを、27時-29時まではミュージックソン初期のエピソードとその当時の流行歌を紹介するコーナーをそれぞれ放送した。
- テーマソングは、ave(エイヴ)[88]が作詞[89]、中吉(ちゅんきち)[90]が作曲をそれぞれ手掛けたコラボレーションソング『Dramatic Christmas』。
- この曲は2007年に地元百貨店のクリスマスキャンペーン・イメージソングとして創られた曲で、今回、2009年のミュージックソンのテーマソングの起用にあたって、鏡田辰也が、ボーカルとして参加し、新たにミュージックソンバージョンとして生まれ変わり、鏡田自身が作詞、aveが作曲し、鏡田自身1人で歌ったカップリング曲『ここにいるよ』と共にCDに収録された。なお、このCDは一般発売されず、ワンコイン(500円)で、ミュージックソンに募金した人に、配布された。
- 2010年のテーマは「あなたへの感謝状」。
- 2011年のテーマは「心ひとつに」。
- パーソナリティは福島会場に、鏡田辰也・小川栄一・深野健司・海藤尚美・石田久子・島田弥栄・佐々木瞳が、郡山会場に、大和田新・手塚伸一・山地美紗子・八木志芳が担当。
- ゲストは福島会場に紅晴美・ave(エイヴ)[88]、郡山会場に普天間かおり。
- スペシャルゲストに福島会場には福島県矢吹町出身で、ジャイアンツの選手として活躍し、引退後はジャイアンツのコーチや解説者としても活躍され、この度、12月9日に横浜DeNAベイスターズの監督に就任された中畑清と郡山会場にはタレントの大場久美子が登場。
- ふれあいキャラバンコーナー担当にみちのくボンガーズ。
- キャンペーンソングはave(エイヴ)[88]作詞・作曲によるオリジナルソング・福島の風(ぼくらのかぜ)。これは、2011年10月から始まったラジオ福島の番組「ゲストはave(エイヴ)」の中で、「心ひとつに」・「絆」をテーマにした詩やフレーズをリスナーから公募し、それをave自身が一つの詩にまとめて、曲を創るというもの。もともとはこの番組のオリジナルテーマ曲になる予定だったが、2011年のミュージックソンのテーマ曲に決まった。
- 普天間かおりが歌う東日本大震災復興支援ソング「Smile Again~ふれんどバージョン」のオリジナルCDが入ったフォトスタンドが、12月9日15時からラジオ福島の本社スタジオと郡山総支社の受付窓口にて1枚500円で販売。それに先駆けて、12月2日・12月5日-8日の期間限定で先行電話予約を実施[91]。また、24時間の生放送実施時には、会津若松・いわきの各支社でも販売され、収益金の全額を「通りゃんせ基金」に寄付される。
- 募金受付初日には福島駅前と郡山駅前にてラジオ福島の社員・ボランティア40人が募金活動を行い、このうち、JR福島駅東口周辺では常務の佐久間修らおよそ25人がリスナーや通行人に募金への協力を呼び掛けた。
- 11月3日の文化の日には「2011年・通りゃんせ基金キャンペーン」の一環で、10月26日に発売される紅晴美の新曲・「どっこい夫婦節」の発表会が二本松市東和町の「東和文化センター」で行われ、同時に「通りゃんせ基金キャンペーン」の募金活動を行い、来場者に対し、募金を呼びかけた。
- なお、24日19時30分-21時にニッポン放送制作の「東日本大震災特別番組〜僕らは、どこかでつながっている〜」を放送。
- 24日21時から1時間は『ゲストはave』を生放送の形で放送。
- 2012年のテーマは「夢・希望~心つないで」。
- 11月1日には、ラジオ福島の社員による街頭募金活動がJR福島駅前・JR郡山駅前にて行われ、社員やボランティアら、およそ40人が福島市、郡山市で街頭募金活動を繰り広げ、JR福島駅東口周辺では午前7時半から本多純一郎社長ら、およそ30人が募金箱を手に、通勤者らに協力を呼び掛けた。
- 11月16日には、「ラジオチャリティーミュージックソンスペシャル」として、「ave(エイヴ)[88]」のソロ活動10周年記念コンサート・『ave 10thアニバーサリー コンサート 福の歌』が、福島市公会堂で開催された。
- キャンペーンソングはYammyの「君のもとへ」。
- ゲストには、福島会場が佐藤B作、堀下さゆり、郡山会場が白羽ゆり、福島及び郡山会場が普天間かおり、紅晴美、Yammy、越尾さくら、ave[88]。
- なお、今回は福島市の「パセナカ・ミッセ」に募金拠点を設置すると共に、ライブイベントを行う。
- また、みちのくボンガーズが「背負いカゴトナカイ」として、24日13時に郡山総支社から出発し、募金の呼びかけを行いながら、本社スタジオへは、25日11時30分に到着。
ラジオ大阪
特徴
- テーマ曲はオリジナル曲で、アップテンポで明るい感じの曲が使われた。
- 毎年、関西ローカルで活動している芸人・漫才師・落語家がパーソナリティになるのが恒例となっている。番組内でも、その人たちが漫才や落語などを行っていたりしているため、他局とは嗜好が違う印象を見受けられる。
- ラジオ大阪の場合、演歌・歌謡曲、アニラジの番組が多いことからそれらのジャンルの歌手がライブステージをすることも多い。また、番組内で、Vステとの連動企画を行っていたこともある。
- 放送日は特別編成のため、通常3:00-5:00に放送している「走れ!歌謡曲」と5:00-6:00に放送している「あなたへモーニングコール」の2番組は休止となる。
- 1986年には、日本民間放送連盟賞放送活動部門(ラジオ)で「~目の不自由な方へ"通りゃんせ基金を"と訴えて10年~ラジオ・チャリティー・ミュージックソン=視力障害者の福祉を願っての放送活動=」が入選。
- 募金受付は近畿大阪銀行の本店・支店にある専用の振込み用紙にて振込むか、あるいは他の金融機関から近畿大阪銀行の口座に振込み、ゆうちょ銀行の口座に振込み、ラジオ大阪の本社受付と募金協力店に募金箱があるので直接持ち込みの3つ。
- 最近では、Yahoo!チャリティーオークションを活用して募金を集めている。同局でパ-ソナリティをつとめる声優、アイドル、お笑い芸人の私物が出品されている。
- 1976年からこれまでにラジオ大阪のミュージックソンで受け付けた募金によって設置された「音の出る信号機」は、大阪・京都・兵庫・奈良の2府2県で274基。
- また、ラジオ大阪におけるミュージックソンに関連した2つの番組を放送していた。
番組内容
- 1976年のメインランナーは横山やすし・西川きよし。
- 2000年のメインランナーは里見まさと・亀山房代が担当。
- 2001年のテーマは「さあ、輪になろう!」。
- メインランナーは里見まさと・亀山房代が担当。
- 2002年のテーマは「世界は音にあふれてる、音でつなぐ24時間」。
- 2003年のテーマは「愛と夢」。
- 2004年のメインランナーは里見まさと、サブランナーは原田年晴が担当。
- 2004年にはOBCミュージックソン特製のスルッとKANSAIが作製され、郵便振替での募金をする人が「ミュージックソン特製スルッとKANSAI」と希望枚数を通信欄に書いてもらい、販売額面500円のカードを1000円で販売、その中の500円が募金されるという仕組みとなっている。
- 2005年のテーマは「夢かたり愛」。
- 2006年・2007年のメインランナーは梅田淳、サブランナーは原田年晴・和田麻実子が担当。
- 2008年-2010年のメインランナーは梅田淳、サブランナーは和田麻実子・松本恵治が担当。
- 2011年のテーマは「ハートtoハート~あなたのために~」。
- メインランナーは笑福亭銀瓶と2011年4月に結成したラジオ大阪のイメージキャラクター「弁天R.シスターズ」の松本雅子・和田麻実子・小川真由、サブランナーに松本恵治が担当。
- 募金隊の隊長に原田年晴、隊員にカレンと和牛が登場し、それぞれに分かれて募金協力店や愛の泉で中継を行った。
- 24日10時-16時には東住吉障害者ふれあいフェスティバル実行委員会の協力で長居公園・第2陸上競技場の北西門時計台でチャリティマッサージが行われ、収益のすべてをミュージックソンに寄付される。
- ラジオ大阪の本社・弁天町ORC 200の2階・ORC広場では、「弁天R.シスターズ」のオリジナル年賀状の販売(先着1000枚)が24日・25日に行われ、収益の一部をミュージックソンに寄付される。
- 24日夜には大阪・新世界の動楽亭で行われる落語会に、メインランナーの笑福亭銀瓶自身がが出演することになったため、その模様はミュージックソンの中で生中継された。
- また、12月24日深夜3時からはミュージックソン枠内でK-POPカフェ[94]2時間スペシャルが放送され、K-POPアーティストの楽曲と共にコメントやインタビューと共に、2011年のミュージックソンのテーマの『ハートtoハート~あなたのために~』にちなんで、リスナーが伝えたいアーティストへのメッセージや思いをリクエストと共に募集して紹介。
- 2012年のテーマは「あなたの笑顔新発見!!」。
- メインランナーは原田年晴と昨年に続いてラジオ大阪のイメージキャラクター「弁天R.シスターズ」の松本雅子・和田麻実子・小川真由が担当。
- 弁天Rシスターズ、和牛が募金を呼びかけながら巡回。また、新梅田シティで弁天Rシスターズと小川千春が生歌を披露する。
- 他にも24日18時30分から芸能生活50周年を迎えた笑福亭仁鶴スペシャルや24日20時から、17歳の時に「網膜色素変性症」を発症しながら、視覚障害者のランナーたちが集まる「賀茂川パートナーズ」と出会い、そこで、「走る」という“一筋の光”を見つけ、この度、2012年のロンドンパラリンピックに出場した全盲ランナーを題材にしたラジオドラマや全盲ピアニストについて取り上げる。
- 24日27時から28時は「まるむし商店の磯部公彦が語る至極の芸」を放送する。
- 11月18日から関西のデイリーヤマザキと一部スーパーでラジオ大阪アナウンサーの原田年晴、弁天R.シスターズが考えたオリジナルチャリティパンが発売された。ラインナップは原田年晴が考えた「ワイン入りカレーパン」、和田麻実子が考えた「プリン風味クリームパン」、松本雅子が考えた「マロン風味デニッシュ」、小川真由が考えた「苺ジャムリングデニッシュ」の4種類となっている。このパンを1個買うことで1円がミュージックソンに寄付される。なお、「OBCラジオまつり10万人のふれあい広場」でも販売される。
- 24日正午から午後6時には、大阪市阿倍野区・近鉄大阪阿部野橋駅地下の「花の広場」にて、大阪市東住吉区に住む視覚障害者でつくる「東住吉障害者ふれあいフェスティバル実行委員会」協力で、2009年から取り組んでいる、マッサージ師らによる「チャリティー・マッサージ」が行われる。会場ではマッサージ用のベッドやイスを並べ、リスナーや通行人に対し、マッサージを行うほか、募金の呼びかけも行う。なお、収益金のすべてをミュージックソンに寄付。
- オーク広場では、弁天R.シスターズのイラストが印刷されたオリジナル年賀状を販売。売り上げの一部をミュージックソンに寄付。
wbs和歌山放送
特徴
- 毎年初日の11月1日前後の午前7時30分-午前8時30分に、JR和歌山駅前と南海和歌山市駅前に和歌山放送の社員・スタッフおよそ30人が、通勤・通学客に募金を呼びかけている。
- 2005年は、11月1日午前7時30分からおよそ1時間、JR和歌山駅前と南海和歌山市駅前に和歌山放送の社員およそ30人が通勤・通学客に募金を呼びかけた。
- 2006年は、11月1日午前7時30分から、JR和歌山駅前と南海和歌山市駅前に和歌山放送のほぼ全ての社員が通勤・通学客に募金を呼びかけた。
- 2007年は、11月1日午前7時30分から午前8時30分まで、JR和歌山駅前と南海和歌山市駅前に和歌山放送のスタッフおよそ30人が出て、通勤・通学客に募金への協力を呼びかけた。
- 2008年は、10月31日午前7時半からJR和歌山駅前と南海和歌山市駅前に和歌山放送のスタッフおよそ30人が、通勤・通学客に募金を呼びかけた。
- 2009年は、10月30日午前7時半からJR和歌山駅前と南海和歌山市駅前に和歌山放送の社員およそ40人が、通勤・通学客に募金を呼びかけた。また、JR和歌山駅前では、和歌山放送のアナウンサー数人が社員と共に、募金を呼びかけた。
- 2010年は、11月1日午前7時半-8時半にJR和歌山駅前と南海和歌山市駅前にて、wbsスタッフおよそ20人あまりが、通勤・通学客に募金を呼びかけた。
- 2011年は、11月1日7時30分-8時30分にかけて、南海和歌山市駅とJR和歌山駅でアナウンサーの寺門秀介を始めとする和歌山放送の社員・スタッフおよそ30人が通勤・通学客に募金を呼びかけた。
- 2012年は、11月1日7時30分-8時30分にかけて、JR和歌山駅前と南海和歌山市駅前で、オレンジ色のスタッフジャンパーに身を包んだ、アナウンサーの中川智美やアナウンサーの寺門秀介を始めとする和歌山放送の社員・スタッフおよそ40人が通勤・通学客に募金への協力を呼びかけ、ミュージックソンをPRした。
- 2011年までwbsに寄せられた募金額は累計で1億6576万1349円に上る[95]。また、2011年までに和歌山県と大阪府南部に設置した「音の出る信号機」の数は94基で、和歌山県の「音の出る信号機」設置率は和歌山県にある信号機のある交差点の1726か所の内、20.0%(345か所)と全国平均の8.8%を大きく上回って全国では1位。1位の要因については、和歌山県や和歌山県警が、「障害者にやさしい交通環境づくり」の一環として、音の出る信号機の設置に力を入れている為で、和歌山放送にとっても、リスナーが、毎年実施しているミュージックソンに寄せられた浄財によって、音の出る信号機を寄贈しているので、この設置率1位は「活動の励み」となっている[96]。
- 1986年から22年間に渡り、24時間生放送を中心とした募金活動の展開や、それを基に県内各地に音の出る信号機を設置したり県内にある障害者の福祉施設に対してさまざまな障害者向けの教育機器を贈るチャリティー活動が評価され、2009年には、和歌山市の障害者福祉表彰「更生援護功労賞」に選出された。
- テーマ曲は、テレビ朝日がかつて使っていたANNのスポーツ番組のテーマ曲が長年使われていた。
- 和歌山放送のミュージックソン特別番組のスタートは、前年の通りゃんせ基金で新たに設置した音の出る信号機の点灯式から始まる。正午の時報と同時に、稼働したばかりの信号機のスピーカーから、鳴る音を放送している。
- 2011年は、和歌山市の和歌山城不明門跡こと、三年坂の和歌山公園の駐車場入口に設置された信号機が稼働する様子を、アナウンサーの中川智美が伝えた。
- 2012年に、通りゃんせ基金で新たに設置した音の出る信号機は2基で、このうちの、和歌山市古屋、県道粉河加太線の古屋西交差点が24日正午に稼働する模様を、アナウンサーの川井淳史が伝える。
番組内容
- 2005年は和歌山近鉄百貨店前に放送本部を設置、そこから生放送を行った。
- 和歌山県内の12か所に愛の泉が設置され、募金活動にはボランティアおよそ500人が参加し、地元のボーイスカウトや少年野球チーム、交通安全母の会のメンバーも募金を呼びかけた。また、パームシティーではチャリティーオークションが行われた。
- 2006年
- メインパーソナリティは小林睦郎、小田川和彦、赤井ゆかりの3人が担当。また、ゲストに太地町出身の書家田中太山を迎え和歌山近鉄百貨店1階特設スタジオから放送した。
- 2007年-2010年の放送拠点は和歌山近鉄百貨店特設スタジオと本社・ブルースタジオ。
- 2007年のテーマは「心のバリアフリー」。
- メインパーソナリティは宮上明子。
- ミュージックソン前日の23日には県内6か所で募金活動が行われた。
- また、和歌山県内の13か所に愛の泉を設けて、地元のボーイスカウトや少年野球チーム、それに、交通安全母の会の会員らがボランティアとして募金を呼びかけた。
- 25日には、和歌山県知事の仁坂吉伸が和歌山放送のスタジオに駆け付けた。
- 2008年・2009年は12月24日正午-25日正午、2010年は12月24日正午-25日13時の、どちらも3部構成の形[97][98][99]で放送。(一部時間帯を除く。[100][101][102])
- 2008年のテーマは「絆-きずな-」。
- パーソナリティは小川孝夫と宮上明子。
- 夜の部は小川孝夫と中川智美が担当。なお、中川智美は昼の部にてリポーターとして街の様子を中継で伝えた。ちなみに、朝の部のリポーターは小川真由。
- 県内の愛の泉からの状況やチャリティーオークションの模様が中継リポートとして放送された。
- ミュージックソン前日の23日と24日・25日には愛の泉が設置された。23日は6ヶ所、24日は12ヵ所、25日は6ヶ所設置され、募金の呼びかけが行われた。場所として、和歌山市のJR和歌山駅前と和歌山近鉄百貨店・和歌山市の南海和歌山市駅前・和歌山市のオークワパームシティ和歌山店・和歌山市のオークワ本社中島店・和歌山市のぶらくり丁とフォルテワジマ・岩出市のオークワミレミアイシティ岩出店・橋本市のオークワオー・ストリート橋本彩の台店・御坊市のオークワロマンシティ御坊店・田辺市のオークワオーシティ田辺店・田辺市のJR紀伊田辺駅前・串本町のオークワ串本店・新宮市のオークワ新宮仲之町店。
- 和歌山放送第1スタジオにて「24時間カラオケマラソン」略称・カラソンが24時間特別番組と同時進行で行われ、リスナーやパーソナリティなどが自慢の歌声を披露、インタビュアーは小田川和彦が務めた。
- 23日・24日はチャリティーオークションが行われ、和歌山放送の番組や主催イベントを通じて、あるいはミュージックソンの趣旨に賛同したゲストや番組スポンサー等の協力を得て集めた商品の数々をオークションの形で販売された。23日は和歌山市本町のぶらくり丁で、24日は和歌山市中野のオークワパームシティ和歌山店・田辺市のJR紀伊田辺駅・新宮市・オークワ新宮仲之町店で行われた。
- 昼の部はオープニングで和歌山近鉄百貨店にて書道家・田中太山が「みえない糸でつなぐ絆」と畳1畳分の和紙に大きく書く、書道パフォーマンスが行われた。なお、後に和歌山放送本社・ブルースタジオにて展示された。その他にも、愛の泉の模様を伝えると共に、応援ゲストが中継で登場し、盲導犬と介助犬についてのリポート、さらには、眼科医がしている国際貢献についての活動が紹介された。また、10局参加の「声の握手」コーナーでは、毎年、地元の少年野球チームが参加しての募金活動の様子や、前述したように書道家・田中太山の書道パフォーマンスが紹介され、また、この時点での和歌山放送における募金額が伝えられた。
- 夜の部では和歌山を拠点に活動しているミュージシャンが出演して歌を披露するコーナーや、和歌山からM-1に出場した人を招いてトークを繰り広げるコーナーがあった。
- 朝の部では中途失明を乗り越えた人のリポートや和歌山放送が導入した新しいラジオカーの愛称「エコラ」が発表された。また、愛の泉での募金活動のリポートが行われ、10局参加の「声の握手」ではその時の和歌山の天候とカラソンの模様やこの時点での和歌山放送における募金総額が伝えられた。
- パーソナリティは小川孝夫と宮上明子。
- 2009年のテーマは「いま伝えたいこと」。
- メインパーソナリティはウインズ平阪と赤井ゆかり。
- 大切な人に心から伝えたいメッセージをハガキ・FAX・メール・留守番電話にて募集し、通常の生ワイド番組内や24時間の特別番組内で紹介。
- ミュージックソン前日の23日には、県内6か所[103]の「愛の泉」にて、地元のボーイスカウトと地元の交通安全母の会がボランティアとして参加し、市民に対して、募金を呼びかけた。また、和歌山放送本社前にて、和歌山市にある「黒潮市場」から提供された新鮮な魚介類を競り落とすチャリティーオークションが行われ、リスナーや通行人が多く参加した。
- また、24日には、県内12ヶ所の「愛の泉」で、ボーイスカウトや交通安全母の会の会員らが、リスナーや市民に募金を呼びかけた。
- また、24日には、和歌山電鐵貴志川線の2つの車両のうちの1つを、チャリティー「たま電車」として貸し切り、午後3時50分に出発しておよそ30分にわたり運行され、応募で選ばれたおよそ40人のリスナーと共にウインズ平阪が電車に乗り込み、アコースティックライブを車内にて行われた。
- 24日19時-21時は「いま、伝えたいこと」と題して、和歌山盲学校で中途で視覚障害になった人に出会ったことがきっかけで、中途視覚障害者の社会復帰についての研究をしている、臨床心理学が専門の高野口町出身の男性をゲストに迎え、また、リスナーから寄せられた「いま伝えたいこと」メッセージの紹介を行い、ラジオカー中継で「広島流お好み焼き つかさ」にて五十嵐アナウンサー(男性)がお好み焼きを焼いた。
- 24日21時-22時は「Bar Syu-temple」として、土山和子と“謎のマスター”が「クリスマスイブの夜に待ち合わせで選んだ一軒のバー」という設定で音楽談義を繰り広げた。
- 22時-25日午前1時は「メディア解体新書」として、北尾博伸・中川智美・山本靖貴・寺門秀介・チェリーの5人がラジオを始めとしてメディアへの想いを熱く語った。
- 2010年は、この秋、wbsが展開していた『“あい”の応援団プロジェクト』に連動して「あい」をテーマにメッセージを募集した。
- メインパーソナリティはウインズ平阪。
- ウインズ平阪がリヤカーを引いて、和歌山市内を巡回する「愛のリヤカーサンタ」が行われ、市民と触れ合ったり、25日には終点である市内の作業所に行き、そこでライブをした。
- パーソナリティは、24日正午-16時15分には小林睦郎・中川智美、24日19時-21時には平井理弘・小川真由・宮上明子、24日21時-22時には小田川和彦、25日7時10分-13時は赤井ゆかりが交替で担当。
- また、12月1日には東尾修がwbsを訪れ、ミュージックソンで行われることになっているオークションの為にサイン入りのボールとバットを寄贈、24日のチャリティーオークション(後述)にて出品された。
- ミュージックソン前日の23日には県内6ヵ所[103]に「愛の泉」を設置して、アナウンサーやパーソナリティ、それに2011年5月に和歌山で行われる全国植樹祭の広報活動を担う「紀の国森づくり大使」の「キノピー」も参加して募金の呼びかけを行った。また、wbs本社玄関前にて、昨年に引き続き『黒潮市場』が、ミュージックソンの趣旨に賛同し、正月用の食材など冬の味覚を提供してのチャリティーオークションが行われ、およそ30人のリスナーが参加して出品された生鮮品のほとんどが市場の価格の半分で競り落とされ、売り上げは3万4100円に上った。
- 24日は、県内12ヶ所に、25日は、県内6ヶ所に「愛の泉」を設け、交通安全母の会やボーイスカウト、和歌山放送のスタッフやリポーターらが、リスナーや市民に募金を呼び掛けた。
- 24日には県内3ヵ所[104]にて、地元店舗や企業、それにミュージックソンの趣旨に賛同したリスナーが提供した品を競り落とすチャリティオークションが行なわれ、売上金が寄付された。
- オープニングでは和歌山近鉄百貨店で、ウインズ平阪がサンタの格好をして登場し、和歌山盲学校中等部1年の男子生徒が電子ピアノの演奏を披露し、それをバックに、平坂が「道」を歌唱した。
- 24日19時-21時には和歌山放送本社スタジオと広島流お好み焼き「つかさ」との2元生放送を行い、その中で和歌山市にある広島流お好み焼き「つかさ」で宮上が久々に「チャリティお好み焼き」を焼いた。
- 24日21時-22時には昨年に続いて、中途視覚障害者の社会復帰についての研究をしている高野口町出身の男性が「ミュージックソン・リポート」で登場した。リポーターは小田川和彦。
- 24日22時-25日0時には「帰ってきたメディア解体新書」として、北尾博伸・山本D・土山和子・中川智美が出演して、昨年に引き続きラジオとテレビのこれまでとこれからについて語り合った。なおこの時間帯はラジオ沖縄と和歌山放送をつないでの「声の握手」コーナーがあった。
- また、25日の午前中にはIBC岩手放送と和歌山放送を結んでの「声の握手」コーナーがあった。
- このほか、25日の朝から平阪と共にリヤカーを引いて募金活動を行い、前日のオープニングに和歌山近鉄百貨店前でピアノ演奏を披露した、和歌山盲学校の中等部1年の男子生徒が通っている盲学校の日頃の活動が紹介された。
- メインパーソナリティはウインズ平阪。
- 2011年は12月24日正午-25日の正午の放送[105](一部時間帯を除く。[106])。
- 2011年のテーマは「○○あい[107]」。
- 主な企画として「ラジオから愛のメッセージⅡ“あい”の応援団」キャンペーン[108]の一環として「“あい”のリクエスト」のコーナー[109][110]を設け、リスナーから寄せられた「伝えたい曲・想い出の曲」と共に、家族・友人、さらには飼っているペットなどに対して、その想いやメッセージを、24時間の生放送の中で、リスナーへの電話インタビューやリスナーが直接スタジオに来てもらい、そこでアナウンサー・パーソナリティにインタビューを受けてもらう、あるいは、アナウンサー・パーソナリティーによるリスナーが寄せてもらったメッセージの紹介を交えて、曲をかけていく予定。なお、リスナーの出演[111]については抽選によって選ばれ、その結果を12月24日のミュージックソンの番組内で発表。
- パーソナリティは24日の昼の部が桂枝曾丸・笠野衣美、夜の部の「むつろうの夜もなるほどっ」が小林睦郎・小坂都・野々村邦夫・宮上明子、「ミュージックラウンジ『K』」が土山和子・服部直樹、深夜の部が桂枝曾丸・中川智美・cherry・北尾博伸・山本靖貴、25日の朝の部が小田川和彦・中川智美が担当。
- 県内の愛の泉をリポートする「愛の泉応援隊」にウインズ平阪とすみたに兄弟。
- なお、放送拠点は近鉄百貨店和歌山店の特設スタジオと和歌山放送・ブルースタジオに設けた。
- 12月23日には県内4か所[112]、24日には県内11か所[113]、25日は県内7か所[114]に、「愛の泉」をそれぞれ設置。アナウンサーやパーソナリティ、スタッフ、それに、応援に来たタレントやボランティアが、リスナーや通行人に募金を呼び掛けた。その「愛の泉」には地元のボーイスカウトと交通安全母の会に加え、2015年に行われる予定の紀の国わかやま国体PRキャラバン隊が23日正午-15時にJR和歌山駅前・パームシティ・フォルテワジマにて巡回を行い、24日15時-16時にオークワロマンシティ御坊店にてそれぞれ募金活動を手伝い、紀の国わかやま国体のマスコットキャラクター「きいちゃん」も駆け付けた。
- 23日15時10分には和歌山放送本社の玄関前にて一昨年、昨年に続き和歌山マリーナシティの中にある「黒潮市場」から生タラバガニとズワイガニ、それに、本マグロなどの新鮮な高級海産物を提供してのチャリティオークションが行われた。なお、24日も3か所[104]でもチャリティオークションを行った。
- 今回も宮上明子が和歌山市園部の広島流お好み焼き「つかさ」にてチャリティお好み焼きを焼き、そのお好み焼きの料金1050円から100円がミュージックソンに寄付される。その模様は夜の部の「むつろうの夜もなるほどっ」で放送。
- 夜の部は「むつろうの夜もなるほどっ」と音楽談義を繰り広げる「ミュージックラウンジ『K』」として実質2部構成での放送予定。なお、夜の部の中ではIBC岩手放送を結んでの「声の握手」を行った。
- なお、ニッポン放送制作の「東日本大震災特別番組~僕らは、どこかでつながっている」を夜の部の中で放送。
- 深夜の部では「枝曾丸の深夜もなるほどっ+らしくあれ」として放送予定。主な内容として、「桃色作文」や「ラジオドラマ・聖なる夜のファンタジア」を前後編に分けて、さらに「裏・和歌山放送ニューススペシャル」と「和歌山放送のスタッフが大集合」コーナーが行われた。また、ラジオ沖縄を結んでの「声の握手」が行われた。
- 朝の部では県内の募金拠点「愛の泉」からのリポートやウインズ平阪のライブを放送。また、和歌山市・市長の大橋建一が出演した。
- 2012年の放送時間は12月24日正午-25日正午[115]。
- 2012年のテーマは「うたのちから」。
- このテーマに合わせ、音楽を題材に、和歌山放送のイベントや番組で募金活動を展開する。
- 第1部は24日正午-午後4時40分まで近鉄百貨店和歌山店から公開生放送。パーソナリティは笠野衣美と桂枝曾丸。
- また、近鉄百貨店和歌山店では、イラストレーターの水森亜土の作品展が、開かれていて、12月24日には、水森亜土がこの作品展に来場し、その後の和歌山放送のミュージックソンの公開生放送にも出演する。
- さらに、県立和歌山盲学校の先生や生徒、家庭犬インストラクターをゲストに迎えるほか、ゴスペルグループのミニライブも行われる。
- 24日13時30分すぎには、ニッポン放送と、ミュージックソンを展開するラジオ局とを結んでエールを交換する「声の握手」のコーナーが行われ、ニッポン放送のメインランナーで女優の大竹しのぶが、桂枝曾丸から和歌山弁の手ほどきを受ける場面があった。
- 夜は、和歌山放送・本社スタジオから音楽番組を放送。
- 24日19時-24日25時は藪下将人のハッピーマンデーミュージックソンバージョンを放送。
- 24日19:00-21:00は、「うたのちから全開」を放送。パーソナリティは小田川和彦・赤井ゆかり。なお、この時間にはラジオ沖縄と独自の「声の握手」を行った。
- 24日21:00-22:00は、「ぼくらのビートルズ」を放送。パーソナリティは細江美則・ヤンガー山本・土山和子。
- 24日23:00-25日1:00は、「ハッピークリスマス」を放送。パーソナリティは藪下将人・Shino・SEIZY・小椋誠也。その藪下将人他が、生演奏を披露する。
- 25日09:00-12:00は、「朝の部」を放送。パーソナリティは小林陸郎・中川智美。
- 25日朝は、和歌山県内で活躍しているアスリートへのインタビューなどを放送。
- 今回も、24日午後に、チャリティオークションを和歌山市のオークワ・パームシティ和歌山店特設ステージと田辺市の扇ヶ浜公園・カッパーク、新宮市のオークワ新宮仲之町店特設ステージの3か所で行う。
- 12月22日10時10分ごろに、和歌山を拠点にしているお笑いコンビ「すみたに」が和歌山マリーナシティ黒潮市場からチャリティオークションで出品される、タラバがに・寒ブリ・マグロ・ウニとイクラのセットなどの年末年始用の高級食材6品を受け取る模様を生中継で伝え、12時20分頃から、和歌山放送本社玄関前でお笑いコンビ「すみたに」をセリ人として、和歌山マリーナシティ黒潮市場・提供のタラバがに・寒ブリ・マグロ・ウニとイクラのセットなどの年末年始用の高級食材6品を競り落とすチャリティオークションを行われ、訪れたリスナーや通行人が、それぞれ値段を競り合って、ほとんどが定価の半額以下で、次々と落札された。なお、オークションの収益金全額が、「通りゃんせ基金」に募金された。オークションに参加し、マグロの中トロを落札した、和歌山市に住む73歳の男性は、「マグロの中トロが欲しかった。こんな立派な物が安く落札できてありがたい」と話していた[116]。また、この模様の一部は「ウインズ平阪のきょうも全力投球‼」で生中継された。
- 今回も和歌山市園部にある「広島流お好み焼き つかさ」が、ミュージックソンに協賛して、24日午後5時-午後10時にチャリティ焼きの販売を行う。今回、チャリティ焼きを焼くのは、和歌山放送営業部所属で、つかさの営業担当の女性。なお、売り上げの一部が、ミュージックソンの募金になる。また、和歌山を拠点にしているアイドル「ZagaDa」も「広島流お好み焼き つかさ」に来店する。
- また、特別番組が放送される前の12月23日の正午からと、24時間の特別番組が放送される、12月24日-25日には、県内のスーパーやデパート、それに、駅前などに11か所の募金基地「愛の泉」(23日は3か所[117]、24日は10か所[118]、25日は6ヶ所[119]。)を設けて、和歌山県交通安全母の会や日本ボーイスカウト和歌山連盟などの協力で、アナウンサーやパーソナリティに、スタッフ、それに、ゲストやボランティアが、募金活動を行う。この模様は24時間の特別番組の中で、生中継で伝えられる。
- 24日・25日の2日間かけて、ウインズ平阪が、愛の泉をめぐる「うたのちから伝え隊」を行う。24日は橋本市・岩出市・和歌山市・御坊市、25日は田辺市・串本町・新宮市と巡回する。
中国放送
特徴
- RCC本社ロビーの特設スタジオとゆめタウン広島・特設ステージから公開生放送を行い、また、県内各所からの中継を行っている。
- 12月24日の深夜にかけては、RCC本社・第2スタジオから生放送。
- また、ミュージックソン放送中のどこかの時間にRCCラジオの各番組に出演しているパーソナリティが登場している。
- 毎年、RCC本社ロビーとゆめタウン広島特設ステージにてアーティストを迎えてのライブが行われている。
- 毎年、12月24日のオープニングにはゆめタウン広島の特設ステージにてプロ野球・広島東洋カープの選手が出演している。
- また、Jリーグのサンフレッチェ広島の選手も登場している。
- RCCラジオの場合、通常なら深夜3時からの「日野ミッドナイトグラフィティ 走れ!歌謡曲」が放送されるが、ミュージックソンの放送中は休止される。
- 2008年から、RCCミュージックソンオリジナルテーマソングは、第1回(2008年)からRCCミュージックソン・ミュージックパーソナリティを務める森本ケンタが作詞・作曲を手掛けた、「結(ゆい)」。これは森本ケンタ自身が広島県立広島中央特別支援学校を訪問し、そこで生徒たちと交流し、それを基に制作した曲である。この曲は2008年のグランドフィナーレにて森本自身が視覚障害者のみで構成される地元の合唱グループである「グリーンコーラス」との共演にて初披露され、2009年のグランドフィナーレでは、これに加えて、この年のメインパーソナリティであるアンガールズのギターとベースでの演奏による“共演”が実現した。また、2010年のグランドフィナーレでは、森本ケンタとこの年の24時間ゲスト・まなみのりさ、それに東広島市の三ツ城小学校の生徒がこの曲を合唱した。
- RCC本社窓口と広島県内のゆめタウン・13店舗[122]、広島県内のイズミ・15店舗[123]、チャリティマッサージの協賛店[124]にも募金箱を設置された。それに、広島県内の4つの金融機関[125]の本店に募金箱を設置し、さらに、銀行振込を本店・各支店、現金書留[126]にて受付。
- 募金開始日の前後[127][128][129]には広島銀行の本社ロビーにて募金開始式を行い、この年に担当するパーソナリティ・アシスタント[130][131][132][133][134]が広島銀行の常務執行役員本店長に対して募金箱とポスターを受け渡すと共に、募金の呼びかけを行っている。また、2010年・2011年には、同様に広島市信用組合の常務理事に対しても募金箱を受け渡している。
- RCCの場合、ミュージックソンで使っている街頭募金拠点の名称である「愛の泉」ではなく、「募金受付カウンター」という名称で募金の受付を行っている。
- 2009年・2010年には、ゆめタウン大竹・ゆめタウン蔵王の2店舗にて24時間の生放送中の時に特設募金カウンターを設置し、それぞれ生中継を行った。また、2010年にはRCC本社ロビーとゆめタウン広島の2ヵ所にも特設募金カウンターを設置して、それぞれ、RCCラジオのパーソナリティ陣が募金を呼び掛けた。なお、2011年はゆめタウン大竹とゆめタウン呉に特設募金カウンターを設置して募金を呼び掛けた。
- また、2009年9月下旬から2010年3月下旬にかけて、映画「ふみ子の海」の上映キャンペーンが、「ふみ子の海」広島県上映推進委員会によって行われ、上映会会場での収益金の一部であるおよそ91万円を、RCCミュージックソン実行委員会に対して寄付した。
- 2008年からこれまで広島県内で集まった募金総額は1800万円あまり[135]。その中から、広島県内に設置された音の出る信号機は9基[136]。
- 2008年に広島県内で集まった募金の中から音の出る信号機が、広島市東区の広島県立広島中央特別支援学校近くの交差点に設置された。この場所はもともと朝と夕方の時には交通量が多くなるため、生徒の通学の際に安全に渡れるようにと以前から設置の要望が学校側からあったが、近くには、住宅が建ち並んでいたため、従来方式の音の出る信号機を設置した場合、住人の迷惑になるため、なかなか設置することができなかった。しかし、新しい方式[137]の音の出る信号機を設置することとなり、中国放送が広島県視覚障害者団体連合会と広島市視覚障害者福祉協会の2団体の代表者と協議を行い、広島県警との調整で設置が実現したものである。その設置当日には、広島県警に対して中国放送から目録の贈呈を行い、同時に、特別支援学校の生徒や先生、広島の視覚障害者団体の関係者、森本ケンタによって、設置された音の出る信号機の前にある横断歩道の渡り初めが行われた。
- 2009年に広島県内で集まった募金の中から音の出る信号機が、交通量が多い三次市の十日市町南一丁目の上原交差点、福山市市民参画センター近くの福山市の丸之内2丁目南交差点に、それぞれ設置され、信号機の前にある横断歩道の渡り初めが行われた。
- 2010年に広島県内で集まった募金の中から音の出る信号機が、広島市南区東本浦町の市立広島工業高校近くの本浦交番前交差点と広島市安佐北区口田南3丁目の上小田交差点の2か所に設置された。2ヵ所とも視覚障害者が多く利用していて、その上、本浦交番前交差点は交通量が多い所である。その音の出る信号機が9月22日にRCCラジオ・チャリティ・ミュージックソン実行委員会・委員長で中国放送社長・青木暢之から広島県警交通部長・岩井優峰への贈呈式が行われ、本浦交番前交差点では広島県視覚障害者団体連合会・会長と広島市視覚障害者福祉協会・会長、それに、日常的に交差点の横断歩道を渡る人々による渡り初めが行われた。その模様は当日の「桑原しおりの基町こまち」内のラジオカー中継(13時台)で今回設置された2つの音の出る信号機の中の一つの広島市南区の本浦交番前交差点から、広島市視覚障害者福祉協会の担当者のインタビューを交えながら生中継された。
- 2011年に広島県内で集まった募金の中から音の出る信号機が、広島市安佐南区西原6丁目の国道183号線沿いの、「安佐南郵便局」近くで、非常に交通量の多い交差点となっている「今津交差点」と、福山市宝町3番1号先の福山駅前繁華街のなかにあり、「福山市民参画センター」「すこやかセンター」に通じる「宝町西交差点」、それに、呉市本通6丁目交差点と庄原市西本町2丁目交差点の4か所に設置された。
番組内容
- 2008年-2010年は12月24日正午-25日正午の放送(一部時間帯を除く。[138])。
- 2008年
- メインパーソナリティは24日12時-14時・18時-21時は本名正憲・21時30分-25日5時[139]は 青山高治・25時7時 -12時[140]は横山雄二が時間別に交替で担当。
- アシスタントは藤村伊勢が24時間担当。
- 24時間募金隊は、寺内優・道盛浩・吉田千尋が担当。
- また、24日の14時20分-15時30分は水本まゆみがRCC本社ロビーの特設スタジオから、15時30分-17時は 松本裕見子・大松しんじが、呉・大和ミュージアムからそれぞれパーソナリティを担当。
- その他、上野隆紘、世良洋子、田中俊雄、桜井弘規、藤田弘之、栗栖美和、田口麻衣、斉藤裕子、バッキー守岡、伊藤文、坂上俊次、兼森一将、大本祐子が出演した。
- また、12月24日12時40分ごろにはゆめタウン広島・特設ステージにて森本ケンタのライブを、24日14時30分ごろからRCC本社ロビーにて保田隆・折重由美子、15時ごろからは石崎慎治[141]がライブを行い、24日16時ごろには呉・大和ミュージアムにてスムルースのライブが、24日19時ごろにはRCC本社ロビーにて森本ケンタがライブを行い、22時-24時にかけ、RCC本社ロビーにてスムルース・岡本直也・ビバッチェと堤晋一・ヨコヤマとヤスシ・くらはしけんじ・マッツン・前頭によるアーティスト[142] によるライブがぶっ通しで行われ、翌12月25日7時30分ごろにはRCC本社ロビーにて森本ケンタがライブを行い、9時10分ごろには松岡美奈子・川本秀史によるライブが行われ、10時20分ごろにはゆめタウン広島特設ステージから熊木杏里のライブが、11時15分ごろには森本ケンタのライブが行われた。
- 2009年
- メインパーソナリティはアンガールズ、アシスタントは吉田千尋が担当[143]。
- パーソナリティは24日12:00-14:00には本名正憲、14:20-15:30には藤村伊勢、15:30-17:00・18:00-19:30 には桜井弘規、19:30-21:00には桑原しおり、21:30-25日1:00には青山高治、25日7:00-9:30には寺内優と吉田幸、9:30-12:00には横山雄二がそれぞれ担当。
- また、上野隆紘、世良洋子、田中俊夫、一柳信行、道盛浩、藤田弘之、石橋真、田口麻衣、斉藤裕子、栗栖美和、和佐由紀子、坂上俊次、兼森一将、大本祐子も出演した。
- スペシャルゲストに川島あい(24日のみ)。
- ゲストのバッキー守岡・堤晋一・バリデライト他がRCC本社ロビーにてライブを行った。
- 2010年
- メインパーソナリティは青山高治が24時間にわたって担当。
- 青山高治は2008年から夜の時間帯[144]でミュージックソンのパーソナリティを務めているが、今回24時間にわたってメインパーソナリティを務めることになった。
- パーソナリティは24日12:00-14:00には和佐由紀子、14:20-15:30・19:00-21:00には藤村伊勢、15:30-17:00・21:30-25日1:00には 泉水はる佳、25日1:00-5:00には桑原しおり、25日7:00-9:30には寺内優・吉田幸、9:30-12:00には横山雄二が担当。
- 24時間ゲストに広島を拠点に活躍しているアイドルユニット「まなみのりさ」。
- ゲストの中村中[145]・南佳孝[146]がゆめタウン広島特設ステージにて、アンダーグラフの真戸原直人[145]・バッキー守岡&リコズトリオ・ヨコヤマとヤスシ・LOFT・佐川峯がRCC本社ロビーにてそれぞれライブを行った。
- メインパーソナリティは青山高治が24時間にわたって担当。
- 2008年
- 2011年は12月24日正午-25日正午の放送(一部時間帯を除く。[147])。
- メインパーソナリティは横山雄二が24時間にわたって担当[148]。
- パーソナリティは24日正午-14:00には桑原しおり、14:00-15:30には和佐由紀子、藤村伊勢、15:30-17:30には田中俊雄、松本裕見子、大松しんじ、17:30-19:30には泉水はる佳、深夜1:00-3:00には青山高治他、25日7:00-9:30には本名正憲、吉田幸、朝9:30-正午には伊藤文が担当。
- スペシャルゲストにミュージシャンの原田真二が出演。
- ゲストとしてゆめタウン広島ではMMJ、南一誠、RCC本社ロビーではフリーフェイス、ハナリコが出演。
- その他、世良洋子、勝さやか、桜井弘規が出演。
- 24日19:30-21:00にはニッポン放送制作の番組「東日本大震災特別番組~僕らは、どこかでつながっている~」を放送。出演はゆずとサンドウィッチマン。
- 24日21時-23:30頃はRCC本社ロビーにて「ヨコヤマ☆ナイト」のスペシャル版である「ヨコヤマ☆ホーリーナイト」を放送。出演は原田真二、広島音楽村[149]の参加アーティスト。
- 24日23:30頃-25日0:30頃にはニッポン放送・ミュージックソン恒例の「クリスマスカウントダウン」の模様をネット受けした。
- 2012年は12月24日正午-25日正午の放送[150]。
- メインパーソナリティは横山雄二と泉水はる佳が担当。
- パーソナリティは24日14:00-15:20には青山高治・田口麻衣、15:30-17:00には田中俊雄・栗栖美和・大松しんじ、25日深夜1:00-5:00には青山高治・田中悠貴、25日7:00-9:30には本名正憲・吉田幸が担当。
- そのほか、世良洋子・安仁屋宗八・桑原しおり・田中悠貴、他が出演。
- ゲストに為末大。
- ライブゲストに森本ケンタ・二階堂和美・南一誠・MMJ・ヨコヤマとヤスシ・Freeface・メビウス・ラジオボタン、他。
- 24日20:00-25:00には、昨年に続いてRCCロビーから「ヨコヤマ☆ホーリー・ナイト」を放送。出演はヨコヤマとヤスシ・森本ケンタ・二階堂和美・Freeface・メビウス・ラジオボタン、他。
- 24日18:00-19:30には、RCCテレビBスタジオから、映画「ラジオの恋」上映会の模様を放送。ゲストに監督の時川英之。
西日本放送
- 2012年度から参加。
- 西日本放送では、2013年に開局60周年を迎えるにあたり、「ラジオを通じた地域貢献」を探る中で、ミュージックソンの参加を決定。
- 2012年のテーマは「スタート」。
- リスナーから、新たな気持ちでスタートしたいこと、スタートしていることについて、今聞きたい、届けたいと感じる曲とともに送ってもらう。
- 放送時間は、12月24日正午-25日正午[151]。
- なお、24日17時15分-18時のRNC TODAYと、25日7時-11時のさわやかラジオ 気分上々を内包してミュージックソンを放送。
- パーソナリティーは、植松おさみ・熊谷富由美・山崎達也・仁多田まゆみ・奥田麻衣・堺瞳が担当。
- 募金受付は、西日本放送・高松本社1階ロビー、ゆめタウンの高松・三豊・丸亀の各店、香川ダイハツモータースの各店、西村ジョイの各店 [152]、香川県ボウリング場協会加盟店舗、香川県内の百十四銀行各店、La'なら別館 絆[KIZUNA]で募金を受け付ける。なお、香川県内の百十四銀行各店にはチャリティ・ミュージックソン専用の振込み用紙があり、募金受付期間中は、振込み手数料無料となっている。ただし、百十四銀行は振込みのみで、募金箱は設置していない。
- 協賛は、ゆめタウン高松・三豊・丸亀の香川県内のゆめタウン全店舗、香川ダイハツモータース、四国コカコーラ、西村ジョイ、香川県ボウリング場協会、La'なら別館 絆[KIZUNA]の各団体。
- ゆめタウン高松・丸亀・三豊では、24日と25日にイベントが行われ、この内、ゆめタウン高松ではゲストに篠原ともえ、「香川住みます芸人」の梶剛、香川県高松市出身で、読売テレビ「音の素」のオーディションで優勝した歌手の舞子、フルート奏者の中川朋子率いる音楽集団・アンサンブルN、タンゴを愛する若手バンドネオン奏者の平田耕治とRNCラジオ・タンゴアルバムのパーソナリティーを務める岡田寛、音楽デュオの田所ブラザーズ、JAZZを中心に香川県内のライブハウスやイベントなどに出演しているジャズシンガーの中野江里子、子ども合唱団のコールジュニア高松、サッカーJFL・カマタマーレ讃岐の選手一同、ボランティアグループの点字サークル・ライト、ヴォーカリスト・菅涼子率いる香川を代表するゴスペルグループ・ミレカン&ザ・クワイア・オールスタズ、香川の少年少女合唱団であるティンカーベルコールジュニア。また、ゆめタウン丸亀・ゆめタウン三豊では、「波のりラジオ」パーソナリティーの原博文と「気ままにラジオ」ラジオカーリポーターの本多春奈が、さらに、RNCラジオ「ミュージックさえら」を担当している杉ノ内由紀が登場。
- 24日の正午からのオープニングと25日の11時からのエンディングはゆめタウン高松から放送。また、ゆめタウン高松で行われるイベントの様子は生中継の形で随時放送。
- 当社ではこの番組をラジオの放送対象地域である香川県のみの展開となり、テレビで相互乗り入れを行っている岡山県では展開しない。
九州朝日放送
特徴
- メインランナーは同局パーソナリティが毎年務める。
- 2003年-2011年は放送時間を拡大して放送していた。
- 2001年・2002年は天神・福岡三越のライオン広場前、2003年-2010年は、大丸福岡天神店 エルガーラ・パサージュ広場、2011年はKBC本社1階・オープンスペースLatteにメイン募金会場を設置。そのほか、北九州会場[153]、KBC本社・北九州支社、口座振込[154]、現金書留、郵便振替、2003年-2010年は北部九州・2011年・2012年は福岡県内のゆめタウンの各店舗、2011年・2012年は西鉄福岡天神駅・北口コンコースの「天神ときめき広場」でも募金を受け付けている。なお、2006年は福岡県自動車整備振興会の各事務所でも募金を行った。
- 2012年10月13日・14日に「ふくおか共助社会づくりフェスタ」が福岡市天神の天神中央公園で行われ、そのイベントにKBCがブースを設け、その収益の一部を、ミュージックソンに寄付し、音の出る信号機の設置や、点字教室の運営に役立てることになっている
- 2008年-2011年は携帯電話で募金の受付を行う「ケータイdeチャリティー募金」[155][156][157][158]が行われていた。
- 2011年までに、福岡県内で集まった募金は3億2573万6433円[159]、その募金から音の出る信号機が設置されたのは186基、これは福岡県内に設置されている音の出る信号機のおよそ3割がミュージックソンの募金で設置されている。
- なお、KBCのミュージックソンに対し、当時・厚生大臣の渡辺美智雄が「ラジオ・チャリティー・ミュージックソンを通じて目の不自由な方々の福祉キャンペーンを実施し視覚障害者について国民の理解を深めると共に福祉増進に大きな貢献をした」として感謝状を贈られた。
- 1980年にはKBC独自に点字教室を開講した。寄せられた募金の中から点字器や教材の購入に使われた。KBCラジオで呼びかけたところ定員25名に対し2倍の応募者があった。その後、1期の講習だけでは不十分として、卒業生が自主的に点字サークルの「KBC点字同好会」を設け、様々な本を点訳し、地元の盲学校や図書館に寄贈する活動を行っている。当初の活動母体はKBC朝日文化センターだったが、1992年から子会社のKBC開発に引き継がれた。
番組内容
- 1975年は、ニッポン放送でのミュージックソンの内容の一部(前述)を放送し、同時にKBCラジオがリスナーに対し、独自に募金を呼びかけた。
- メインランナーは小城まさひろが担当。
- 1976年は、KBC社内にラジオ局長を委員長とするミュージックソン実行委員会を設置し、ラジオ局を中心として動員態勢を整え、24時間にわたって独自の番組内容による生放送を行った。
- メインランナーは小城まさひろが担当。
- 同時に地元タレントの栗田善成・福地高子・ばってん荒川、KBCアナウンサー10人、他が、3台のラジオカー・「ひまわり」にそれぞれが乗り込み、24日の正午に北九州・筑豊・筑後にて同時にスタート。福岡県内を夜通し走行し、移動中継を行いながら、リスナーや通行人に募金を呼びかけを行い、25日正午には福岡市のKBC本社に到着した。
- また、一般公募のボランティアおよそ100人が不眠不休で24時間の募金活動を支えた。
- 募金受付は小倉ステーションホテルにサテライトスタジオを特設し、KBC本社と久留米会場の3か所で夜通しリスナーや市民からの募金を受け付けた。
- なお、一時期、当時番組のスポンサーであった、ファミリーマートを中心にして、福岡県内の各商店等に年間を通じて募金箱の常設を依頼したところ、引き受ける店が相次ぎ、設置数は100ヵ所を超えた。
- また、この年は歌手の山口百恵が本社スタジオにて募金を呼びかけた。
- 1977年のメインランナーは小城まさひろが担当。
- そのほか、ばってん荒川、栗田善成など、タレントやアナウンサーが出演した。
- 1978年のメインランナーは栗田善成ほかが担当。
- そのほか、ばってん荒川、福地高子など、タレントやアナウンサーが出演した。
- 1979年のメインランナーは永田時彦が担当。
- そのほか、ばってん荒川、福地高子など、タレントやアナウンサーが出演した。
- 1980年のメインランナーは長谷川弘志が担当。
- そのほか、ばってん荒川、福地高子などのタレントや二木清彦、西村純子などのアナウンサーが出演した。
- 1981年のメインランナーは長谷川ひろしが担当。
- 1982年のメインランナーは長谷川ひろしが担当。
- 1983年のメインランナーは長谷川ひろしと小城まさひろが担当。
- 出演は、尾形大作、桑田靖子、ばってん荒川、栗田善成、かなぶんや、ほかである。
- 1984年のメインランナーは富田薫が担当。
- 1985年のメインランナーは富田薫が担当。
- 1986年のメインランナーは二木清彦が担当。
- 1987年のメインランナーは富田薫が担当。
- 1988年のメインランナーは富田薫が担当。
- 1989年のメインランナーは安田栗之助が担当。
- 1990年・1991年のメインランナーは奥田智子[160]が担当。
- 1992年・1993年はKBCアナウンサー陣がリレー形式でメインランナーを担当。
- 1992年のゲストはばってん荒川、栗田善成、山下真理恵。
- 1994年のメインランナーは二木清彦(現・ラジオ局長)が担当。
- 1995年のメインランナーは二木清彦と富田薫が担当。
- ほか、KBCアナウンサー多数出演。ゲストはばってん荒川、百田洋之。
- 1996年のメインランナーは百田洋之、前原ひとみ、秋山仁志、中島浩二ほか。
- そのほか、KBCアナウンサー、タレントが多数出演。また、MALTAチャリティーライブがKBCテレビスタジオで12月24日の19時から行われた。
- 1997年のメインランナーは秋山仁志が担当。ほかに、平川尚子、小田有己江、奥田智子、宮本啓典、中島浩二、久村洋子、長谷川ひろし、大川慶子が出演。
- 1998年のメインランナーは和田安生が担当。ほかに、木村佳代、中島浩二、中村基樹、宮本啓典、逸見明正、秋山仁志、平川尚子、ユッキー、宇野由紀子、加藤暁、長谷川ひろし、奥田智子、栗田善成、西村香織が出演。
- ゲストは三重野瞳、ハル、SHAZNA、SHIBA、ブリーフ&トランクスほか。
- 1999年のメインランナーは沢田幸二が担当。
- 2000年のメインランナーは沢田幸二と徳永玲子が担当。そのほか、パーソナリティやタレントが総出演した。
- 2001年のメインランナーは沢田幸二と和田安生が担当。
- 12月24日正午-20時は天神・福岡三越のライオン広場前とチャチャタウン小倉からの2元生放送。
- なお、チャチャタウン小倉では24日9時-12時に「和田安生・宮本けいすけのびっくり!パワーシャベル」を全編にわたり生放送。
- 12月24日20時-12月25日12時はKBC第2スタジオから放送。
- 24日にはこの年のゲスト・夏川りみのライブが、天神・三越のライオン広場とチャチャタウン小倉で行われた。
- 24日の13時台には盲導犬の紹介コーナーを、15時台には盲導犬の事情を取材したリポートを放送した。
- 12月24日正午-20時は天神・福岡三越のライオン広場前とチャチャタウン小倉からの2元生放送。
- 2002年のメインランナーは中村もときと影平晶が担当。
- 12月24日にはKBC本社から西村香織も担当。
- 24日・25日はCallingをゲストに迎えライブを行った。
- 24日14時台に全国で初めての盲導犬専用の公衆トイレが天神にできたという話題をリポートで紹介した。
- 24日15時台にはKBCラジオの「ミミトモ!」から生まれたアカペラ隊「ミミアカ」のライブが行われた。
- 12月24日19時-25日6時はKBC本社1階ロビーから「宮本けいすけ・栗田善太郎のオールナイト宣言!」を放送。
- 25日深夜1時にはスター高橋・脚本のラジオドラマを放送。
- 25日7時台には最新のニュースとスポーツ情報を放送した。
- 25日11時台はKBC本社1階ロビーの特設ステージから放送しグランドフィナーレを迎えた。
- 2003年は12月24日12:00-25日16:00の放送。
- 2004年は12月24日12:00-25日18:00の放送。
- メインランナーは沢田幸二と和田安生が担当。
- 2004年は、この日に福岡ソフトバンクホークスが誕生したことから、随時ホークス関連情報を放送した。
- 12月24日正午-20時15分・25日8時-18時はパサージュ広場から生放送。
- 12月24日21時-24時は大丸福岡天神店 エルガーラ・パサージュ広場にてポカスカジャン、大森洋平、10,000 Promises.、Cry&Feel it、アカッペラーズが出演してのスペシャルライブが行われた。
- 12月24日24時-25日8時にはKBC第2スタジオから奥田智子・西村香織・岩渕梢が担当。
- 2005年は、12月24日12:00-12月25日15:00までの27時間の放送。
- メインランナーは宮本けいすけと中島浩二が担当。
- 2005年-2008年のテーマ曲は永山尚太が手掛けていた。
- 2005年のテーマ曲は「幸い住む鳥」。
- 2006年のテーマ曲は「ありがとう」。
- 2007年のテーマ曲は「ぼくらの道」。
- 2008年のテーマ曲は「掌〜てのひら」。
- 2006年-2010年は、12月24日11:00-12月25日12:00までの25時間の放送。
- 2006年のメインランナーは宮本けいすけと奥田智子、ゲストランナーは笑福亭笑瓶(24日のみ)。
- 2007年-2010年は24日の正午-夜は大丸福岡天神店 エルガーラ・パサージュ広場を、25日の朝からグランドフィナーレまでKBC本社1階オープンスペース・Latteをメイン会場として使っていたが、2011年はKBC本社1階・オープンスペースLatteを24時間通してメイン会場となった。
- 2007年-2011年には、12月24日限定で2班のキャラバン隊を投入し、それぞれ中継を結んで、イベントを展開。
- 2007年
- 沢田幸二・おすぎ・しおり
- 中島浩二・ミラクルひかる・唄人羽
- 2008年
- 沢田幸二・中村もとき・熊木杏里
- 12:00-13:00・ゆめタウン筑紫野[161]→16:00-17:00・ゆめタウン博多→19:00-20:00・小倉駅前JAM広場→大丸福岡天神店 エルガーラ・パサージュ広場
- 栗田善成・中島浩二・中孝介
- 13:00-14:00・ゆめタウン大牟田→18:00-19:00・ゆめタウン久留米[162]→大丸福岡天神店 エルガーラ・パサージュ広場
- 2009年
- 沢田幸二・中村もとき・たむらぱん[163]
- 栗田善成・中島浩二
- 2010年
- 中島浩二・岡本啓
- 武内裕之・スター高橋
- 2011年
- 沢田幸二・徳永玲子
- 中島浩二・斉藤ふみ
- 2007年-2009年のメインランナーは宮本けいすけと宮島咲良、ゲストランナーは松村邦洋[176]。
- 2007年12月24日20:00-23:30には大丸福岡天神店 エルガーラ・パサージュ広場でやなわらばー、平川地一丁目、唄人羽、しおり、岡野宏典、熊木杏里が出演してのクリスマスチャリティライブが行われた。
- 2007年12月24日23:30-12月25日朝5時にはKBC本社1階オープンスペースLatteにて栗田善太郎・MASAKIが担当。
- 2008年12月24日24時-25日5時にはKBC本社・第2スタジオにて、大丸福岡天神店 エルガーラパサージュ広場で20:00-24:00に行われたクリスマスチャリティライブに参加した、熊木杏里・カラーボトル・たむらぱん・岡野宏典・theSoul(登場順)が1時間ごとにリレーでパーソナリティを務めた。
- 2009年には12月24日にブギウギラジオとの連携で豚汁チャリティを行い、100円以上募金をした1回ごとに先着100人、3回(13時・16時・19時)に分けて配布。リスナーに対し、予定より多めの量をリスナーや通行人に配布し、20時過ぎに終了した。
- 2009年12月24日24時-25日5時にはKBC本社・第2スタジオにて、大丸福岡天神店 エルガーラ・パサージュ広場で20:00-24:00に行われたクリスマスチャリティライブに参加したmy・たむらぱん・唄人羽・ビーグルクルーがリレーでパーソナリティを務めた[177]。
- 2009年は永山尚太が作曲し、福岡高等盲学校の生徒たちが作詞の、オリジナルソング・「ひとりじゃないよ」が創られた。
- 永山尚太が曲を作り、それを福岡高等盲学校の生徒たちが聴いて、そこから連想される詩を書いてもらい、永山自身がそれぞれの生徒が書いた詩を一つにまとめ、さらに、詩の一部が曲調に合うように、多少、曲の手直しを加え、最後に仕上げの編曲作業を行って、オリジナルソング・「ひとりじゃないよ」が完成した。なお、この曲は、2009年のグランドフィナーレにて、永山尚太自身が披露した。
- 2010年のメインランナーは沢田幸二と加納有沙、ゲストランナーは松村邦洋。
- 2011年は12月24日11:00-12月25日12:00の25時間の放送。
- メインランナーは武内裕之・加納有紗、ゲストランナーは松村邦洋。
- 2011年のテーマは「手をつないで」。
- これは3月に発生した東日本大震災や9月の一連の台風による集中豪雨によって尊い命が失われたことから、1人1人が手をつなぎ、つないだ手のぬくもりを感じることが、相手を思いやる気持ちであり、視覚障害者が暮らしやすくなることへつながるという思いを込めてこのテーマとなった。
- テーマソングは、福岡を拠点に活躍しているアイドルグループ・LinQの「手をつないで」[178]。
- そのLinQのメンバーは12月24日・25日のミュージックソンの番組内で3つの班に分かれて募金拠点を兼ねたイベント会場でライブを行い、それと共に、募金の呼びかけを行った。24日のオープニングでは3つの班ともKBC本社1階・オープンスペースLatteでリスナーや市民、それにファンに対し挨拶を行い、その後、3つの班が別々に分かれて、募金活動とライブを行った。その内、24日のKBC本社1階・オープンスペースLatteと西鉄福岡天神駅・北口コンコースの「天神ときめき広場」ではライブを行わず、募金活動のみを行った。また、LinQのメンバー・上原あさみが2012年1月6日にKBC本社を訪れ、2011年12月30日に行われた、第100回記念公演「LinQファン大感謝祭」の中で、「メンバー私物オークション」を行い、その売り上げの一部である20万5300円を、KBCのミュージックソンに寄付した。
- また、KBC本社・1階オープンスペースLatteでは移動車で軽食の販売を行うほか、チャリティバザーを行い、その収益金はミュージックソンに寄付される。
- 24日21時-25日5時は「オールナイト・ミュージックソン」と題し、KBC本社・オープンスペースLatteにてライブとトークを繰り広げた。なお、ライブとトークは別々に行われた。出演はライブの登場順に石橋凌、初音、ミサンガ、brisq'reed、ももちひろこ、満月、トリミライト。25日0時から行われるトークの登場順はbrisq'reed、満月、トリミライト、ミサンガ。進行はBLUE RIVERが務めた。
- なお、今回は25時間の通し企画として、アナウンサーの長岡大雅が、福岡県内を移動しながら、募金の呼びかけを行い、そこで1万人を目標に握手をする「長岡アナウンサーが1万人と握手」のコーナーが行われた。
- 2012年は12月24日正午-25日正午の24時間放送。
- テーマは「手をつないで〜広がれ笑顔の輪」
- テーマソングは、2011年に続いて、福岡を拠点に活躍しているアイドルグループ・LinQの「手をつないで」[179]。
- メインランナーは沢田幸二と原田らぶ子。
- ゲストにLinQ、ハライチ、ロッチ、フォーリンラブ、アンガールズ、Mye、山口吉隆、CHEESE CAKE、岡部諒輔ほか。
- なお、今回はレギュラー番組での企画に加え、24時間の特別番組では、メインランナーの沢田幸二と原田らぶ子の2人が福岡県内6ヶ所の募金会場を巡回し、ボランティアや、買い物客やリスナー、それに通行人とふれあいながら募金活動を行う。さらに、KBCラジオのパーソナリティが福岡県内各地の募金会場に出向いて、ゲストと共に募金への協力を呼び掛ける。
- 12月24日には、西鉄福岡天神駅・ときめきひろば北口コンコースにて募金をした、先着1000名のリスナーや通行人に対し、福岡県の糸島市立南風小学校に通っている小学3年生の生徒一同と、JA糸島の職員から、ミュージックソンのためにプレゼントした「ひまわりの種」を配布する。
- 今回のプレゼントは、南風小学校と、JA糸島の職員が、13年間取り組んでいる「花いっぱい運動」という、糸島の街を多くの花で彩る活動がきっかけとなっていて、この年の南風小学校の3年生の生徒全員とその保護者、それに、住民や老人クラブなどが、一緒になり、JA糸島の職員の指導のもとで、「花いっぱい運動」のシンボルでもある「ひまわり」を種から育てている。その南風小学校の通学路には、「音の出る信号機」が設置されていて、生徒にも馴染み深く、「一基でも増やしたい」という気持ちから、「見るだけで元気が出る」ひまわりの花の種を、ミュージックソンのためにプレゼントした。
- 番組構成は3部構成で、24日正午-午後7時30分の第1部はゆめタウン博多・筑紫野・久留米・大牟田の4店舗、それに、西鉄福岡天神駅・天神ときめきひろばの北口コンコース、JR九州小倉駅・JAM広場の各募金会場からリレー中継の形でお送りし、24日午後7時30分から翌25日午前10時まではKBC本社・ラジオ第1スタジオにて第2部を放送。24日の午後7時30分-深夜0時は沢田幸二・原田らぶ子で進行するが、25日深夜0時-午前6時はBLUE RIVERが進行し、その後、25日午前6時-10時は沢田幸二・原田らぶ子で進行。12月25日午前10時-正午の第3部ではゆめタウン博多から公開生放送を行い、メインランナーの2人と、KBCのアナウンサーやパーソナリティが出演する。また、LinQのライブも行われる。
ラジオ沖縄
特徴
- ラジオ沖縄にとってミュージックソンの参加は1984年から始まった視覚障害者向けの番組「思いやり交差点」がきっかけとなった。
- 1986年からこれまでに沖縄県内に設置された音の出る信号機は57基。
- 2010年12月には障害者週間に合わせ沖縄県の障害者週間の集いが行われ、1986年から始まったラジオ沖縄のミュージックソンが、24時間の生放送を中心にした募金活動と、それに基づき、沖縄県内に音の出る信号機を設置する活動、アイマスクウォークラリーを行う事によっての福祉のまちづくりの啓発や盲学校の様々な活動を紹介する企画など、放送を通じて視覚障害者への理解を呼びかける活動によって視覚障害者への社会参加が拡大しつつある事が評価され、沖縄県福祉のまちづくり推進功労者の奨励賞に選出され、表彰された。
- ニッポン放送で行われている「声の握手」とは別に、局独自で「日本全国ふれあいネット」として、各地の放送局と10分程度交流している。
番組内容
- ラジオ沖縄におけるミュージックソンのメインパーソナリティ
- 2004年は、宮田隆太郎が沖縄県内各地を自転車で移動しながら募金を呼びかけた。
- 2006年-2012年のメイン会場は、パレットくもじ前広場。
- 2009年の放送拠点は、糸満市の道の駅いとまんと沖縄市の音市場・コザミュージックタウン。
- 2004年-2007年のメインパーソナリティはROKアナウンサーの小磯まことと森田弘美。
- 2008年-2010年のメインパーソナリティは小磯まことと金城奈々絵。
- なお、2008年・2009年の夜間(22:00~5:00)はアイモコがパーソナリティを務めた。
- 2010年の放送時間はラジオ沖縄のミュージックソンが25回を迎えることから12月24日正午-25日13時の25時間(一部時間帯を除く。[180])の放送。
- 2011年は12月24日正午-25日正午の放送。
- メインパーソナリティは小磯まことと金城奈々絵が担当。
- 夜の部は24日22時から真栄平仁・小橋川響・伊波紗友里が担当。
- なお、12月19日-23日の5日間(22日を除く。)、ミュージックソン・プレ企画として、19日・20日はアナウンサーの伊波紗友里が、21日・23日は小橋川響が、それぞれ沖縄本島にある全26市町村を巡回しながら、募金活動を行った。具体的には1日で5つの市町村を巡回し、1ヶ所ごとに30分程度の募金活動を行うペースで、募金活動を行う場所については、リスナーから情報提供をしてもらった。それを元にラジオ沖縄の方で、1つの市町村ごとに1カ所で募金活動をするため、1つの市町村で希望が多かった場合は、抽選を行い、移動や準備の時間などを考慮した結果、沖縄本島の北部から巡回するルートを設定。なお、募金の様子についてはラジオ沖縄のワイド番組の中でリポートを行った。
- 12月19日
- 12月20日
- 12月21日
- 12月23日
- 2012年は12月24日正午-25日正午の放送。
- メインパーソナリティは小磯まことと金城奈々絵が担当。
- 24日はパレットくもじ前広場を放送本部にして、那覇市の「泊いゆまち」、金武町の「沖縄自動車道・伊芸サービスエリア(下り)」、宮古島の「JASS宮古セルフSS」の3か所をリレー中継の形で放送。
- 県内各地に設置される募金拠点「愛の泉」は那覇市の「泊いゆまち」、金武町の「沖縄自動車道・伊芸サービスエリア(下り)」、名護市の「JA羽地セルフSS」、宮古島の「JASS宮古セルフSS」の4か所に設置。そのうちの那覇市の「泊いゆまち」、金武町の「沖縄自動車道・伊芸サービスエリア(下り)」、宮古島の「JASS宮古セルフSS」の3か所は放送拠点も兼ねる(前述)。
- 24日夜に、リスナーの楽器の演奏と歌で綴る、リスナー参加企画「シンギング・クリスマスが行われる。
- 日本全国ふれあいネットでは、和歌山放送・ラジオ福島・青森放送と中継で交流を深める。
- なお、今回は、ラジオ沖縄アナウンサーの小橋川響が、12月22日9時15分に、名護市羽地のJA羽地セルフSSからスタートし、募金を呼びかけながら歩いて、沖縄本島の東海岸を南下、25日にゴール時点の放送本部・パレットくもじを目指す、ミュージックソンプレ企画「響が行く!2012」が行われる。
脚注
- ↑ 現在のネット参加局はSTVラジオ、九州朝日放送(この両局は最初期から参加)、青森放送、IBC岩手放送、ラジオ福島、ラジオ大阪、和歌山放送、中国放送、西日本放送、ラジオ沖縄。
- ↑ 初期の音響装置付信号機が『通りゃんせ』と『故郷の空』を使用していたことにちなむ。
- ↑ 当時東京放送はラジオ・テレビの兼営だった。
- ↑ NRN共同幹事局
- ↑ ニッポン放送のみメガバンクのうち、みずほコーポレート銀行・三井住友銀行・三菱東京UFJ銀行の3行に専用の受け入れ口座が開設されている。なお、全国各地にある金融機関からも前述の専用口座に振り込むことができる。
- ↑ ニッポン放送で2010年・2011年にセブン銀行の口座がある人を対象に募金を受け付け。
- ↑ ニッポン放送のみかつてイーバンク銀行が2005年まで募金を受け付けていたが、2008年はSBIHDと住信との合弁で設立され、この年から本営業開始となった住信SBIネット銀行が募金を受け付けを行い、同時にキー局のニッポン放送での番組スポンサーとして参加。
- ↑ 各所に設けた募金受付会場の愛称。
- ↑ 24時間の放送中に募金を受け付ける。
- ↑ ニッポン放送において、JCBは同番組のメインスポンサーの常連として知られている。
- ↑ オリジナルの待ち受け画像・着ボイス・着ムービーによる配信と着うたフルによる配信がそれそれある。
- ↑ 2009年・2012年にニッポン放送のみYahoo!ボランティアを通じて壁紙の購入による寄付(売上のすべてをミュージックソンに寄付。)とYahoo!ポイントによる寄付の2通りで募金を受け付けた。
- ↑ 2010年・2011年にニッポン放送で、セブン銀行の特設サイトを通じて、その中の「募金に協力」ボタンをクリックして1人につき1円の募金を行い、後日、セブン銀行を通じてミュージックソンに寄付される仕組み。
- ↑ ニッポン放送の場合は約30人。
- ↑ これまで寄贈された従来の声の図書をデジタル・フォーマット(主にCD)に新しく変換する機材。
- ↑ 邦題と同じ題の曲が2つあるが、本番組で使用されているのは原題がCapricio romanticoのものである。
- ↑ 2007年度まではJUNK2、2008年度・2009年度はJUNK ZERO
- ↑ 2006年度は、青森放送とIBC岩手放送では通常通り「あなたへモーニングコール」が放送された。
- ↑ 年度によりコーナーの開始時間は変わってくるが、例年だと1日目の13時台と、2日目の10時台。
- ↑ NRNのラインネットの形になる。
- ↑ 2007年は6:30過ぎの中継であったが、2008年度は5:52頃からであり、一部地域では視聴できなかった。
- ↑ 日曜午前中にフジテレビで生放送されている番組は『産経テレニュース』と『新報道2001』のみ。
- ↑ 2001年以外は主に12月23日正午-24日正午からの放送。
- ↑ 28日16時50分-18時・23時半-29日7時10分・29日8時45分-9時15分はそれぞれ一旦ラジソンSPの放送を中断。
- ↑ なお、13日の8時-8時15分にかけて日本全国8時ですを、12時30分-12時45分にかけてチアーズヴォイスを、15時-16時25分にかけてラジオNIKKEI制作の中央競馬実況中継を、18時45分-21時にかけて神宮球場からプロ野球ナイター中継・ヤクルト対阪神の模様を文化放送制作で、23時-23時30分にかけて保田隆のHeart Beatラジオを、23時30分-深夜1時にかけて福山雅治の魂のラジオを、深夜1時-深夜3時にかけてオードリーのオールナイトニッポンを、深夜3時-深夜4時にかけてよしもと下克上を、深夜4時-深夜5時にかけてあなたへモーニングコールを、14日5時-5時15分にかけておはようカガちゃんを、5時15分-5時30分にかけてラジオ朗読版「歎異抄をひらく」を、5時30分-5時45分にかけて阿含名作シリーズ2 説法六十心を、5時45分-6時にかけて大槻彰の健康がいっぱいを、6時-6時15分にかけて農家の皆さんへを、6時30分-6時45分にかけて天理教の時間を、6時45分-7時にかけて仏法と孝道を、7時-7時15分にかけて田中信生の元気の出る話を、7時15分-7時30分にかけて光に向かってを、7時30分-8時にかけて元気出せ!ニッポンをそれぞれ放送。
- ↑ 主に「声の握手」コーナーと、ニッポン放送制作の番組(「オールナイトニッポン」など)を生放送でネットしている放送局。
- ↑ 2007年まで、イマジンスタジオでの見学が24時間可能だった。
- ↑ 2009年はイマジンスタジオの見学が新型インフルエンザの防止策の一環で取りやめになった。
- ↑ 2010年は12月24日12:00-22:00と25日7:00-12:00にそれぞれ行っていた。
- ↑ 平日の20時-翌日8時・土・日・祝は、有楽町のニッポン放送本社・ペニンシュラホテル側の通用口に募金箱を置く。
- ↑ 31.0 31.1 31.2 募金はクリック募金・ATMに設けられている音声ガイダンスを利用・セブン銀行の口座からのインターネットバンキングでの3つの方法で受付。
- ↑ 2010年の内訳はクリック募金が32万1934円、音声ガイダンス利用が12万3千円、セブン銀行口座からの募金が3万2258円となった。
- ↑ 2011年の内訳はクリック募金が48万9222円、音声ガイダンス利用が20万1800円、セブン銀行口座からの募金が1万3293円となった。
- ↑ 2012年12月時点で、平日は「ラジオビバリー昼ズ」に、日曜は「夏目三久 Tokyo♥ナビゲッチュ〜!」
- ↑ 1981年-1983年・1987年・1988年は来日せず。
- ↑ 今まで、テーマ曲そのものはあったが、ミュージックソンとしてのサポートソングはこれが初めてである。
- ↑ 2010年度の全国盲学校野球大会にてブロックごとに参加した学生に対し配布。
- ↑ 全日本グランドソフトボール連盟の役員が2011年の全国障害者スポーツ大会の各地域の予選会参加チームに対して配布(全日本グランドソフトボール連盟に登録しているチームで、同予選に不参加の場合は、同じ時期に事務局より手続きを行い配布した。)。
- ↑ 第11回全日本グランドソフトボール選手権大会の各試合にて使用。
- ↑ 新宿駅東口から徒歩1分の「MOA4番街」・お台場のフジテレビ玄関前の噴水広場・有楽町イトシア前の有楽町交通広場・日比谷公園内の「ダ・ヴィンチ展」特設会場をそれぞれ巡回。
- ↑ このとき、オードリーは同じ新宿のスタジオアルタで金曜レギュラーであった『笑っていいとも!』の生放送に出演していたため。
- ↑ ラジソン参加局ではSTV、RAB、RFC、WBS、OBCもネット。
- ↑ ラジソン参加局ではSTVもネット。
- ↑ 24日18時台を除く。
- ↑ PHSとIP電話を除く。
- ↑ リスナーが録音されたメッセージはミュージックソンの番組の中で紹介される場合がある。
- ↑ 期間は2011年12月9日12:00-12月13日23:59。
- ↑ その結果は2011年12月16日20:00以降に発表された。
- ↑ いずれも、配信期間は12月25日正午-12月31日23時59分。
- ↑ 50.0 50.1 50.2 大竹しのぶ、明石家サンタにラブコール (2-3ページ) - 芸能社会 - SANSPO.COM(サンスポ)
- ↑ 大竹しのぶ、明石家サンタにラブコール (3-3ページ) - 芸能社会 - SANSPO.COM(サンスポ)
- ↑ 平成24年度(第67回)芸術祭参加作品一覧(ラジオ部門ドキュメンタリーの部)
- ↑ 当初は上柳昌彦がナレーションをしていた。大竹が吹き替えたものを含め「ニッポン放送報道特別番組」として3度放送されたもの。
- ↑ この模様はNOTTVでも動画付で生放送される。
- ↑ FNNニュース ニッポン放送チャリテ...
- ↑ 大竹しのぶ、完走宣言「私も突っ走る」 NNNニュース
- ↑ 57.0 57.1 大竹しのぶ:24時間チャリティーラジオのDJに 勘三郎さん見習い「突っ走りたい」 - MANTANWEB(まんたんウェブ)
- ↑ 大竹しのぶ「私も突っ走っていきます」 ゆず北川「勘三郎さんから直接電話が…」│Daily News│Billboard JAPAN
- ↑ 59.0 59.1 大竹しのぶ、『24時間チャリティラジオ』完走「日本人の温かさ感じた」 (オリコン) - Yahoo!ニュース
- ↑ 大竹しのぶ、ミュージックソン24時間完走 (サンケイスポーツ) - Yahoo!ニュース
- ↑ 北洋銀行・北海道銀行・三井住友銀行・北陸銀行・ゆうちょ銀行(ゆうちょ銀行間と他行間で口座番号が違う。)にて受付。
- ↑ 通常の「日髙晤郎ショー」は25日正午から。
- ↑ STVラジオイベント情報
- ↑ かつてはSTVとKBCも同様だったが、STVは2005年10月からラジオ部門を分社して別会社となったため、また、KBCは放送時間を短縮したためだった。
- ↑ 2007年度-2009年度は「あおもりTODAY」の放送時間拡大によるもので、2007年度は24日11:55-25日17:00、2008年度・2009年度は24日11:55-25日16:00。
- ↑ また、2010年度・2011年度はラジソンの終了時に土曜・日曜になるため、「あおもりTODAY」の放送は無いが、2010年度は24日正午-25日16:00、2011年度は24日正午-25日15:00と、時間を拡大して放送。
- ↑ 2012年度は「あおもりTODAY」の放送時間拡大によるもので、12月24日正午-25日16:00。
- ↑ いずれも、12月24日深夜3時の放送。
- ↑ 2006年度は『詩織ふれあい号』のほかトリオ・ザ・ポンチョスが乗り込んだ『トリオ・ザ・ポンチョスふれあい号』を運行。2007年と2008年は『詩織一座』として運行していた。
- ↑ 2007年のみテーマが「君とうたう歌、そして」だが、3年間企画内容が一貫しているため「きみとうたう歌」と記す。
- ↑ 放送ライブラリー公開番組<クリスマス関連のラジオ番組>
- ↑ ミューモ・レコチョク・ドワンゴにて配信。
- ↑ 配信にかかる経費を除く。
- ↑ 25日のみの担当。
- ↑ ただし、2007年度は大塚が病気の手術を行い、その際に声がうまく出ず、手術後の治療が必要だったため、翌年の2月中旬まで休んだ。そのため水越かおるが“臨時”メインパーソナリティとなった。
- ↑ ただし、夕方の「ニュースパレード」と「ネットワークトゥデイ」、並びに、朝の「歌のない歌謡曲」は通常通り放送するが、「歌のない歌謡曲」の場合CMなしで、替わりにリスナーからのメッセージを紹介している。
- ↑ 2010年度に寄せられた岩手県内の募金額は1128万8553円。
- ↑ この年は、メインパーソナリティを辞めた大塚富夫がメインランナーとなったため。
- ↑ あんべ光俊の代役(あんべが担当できなくなった理由については前述)
- ↑ この東日本大震災で蔵と製造工場が全壊・流失し、現在は、内陸部の一関市に工場を移し、醤油醸造をしている。
- ↑ 2007年のリヤカーサンタには300名のボランティアが参加し県内を10グループに分かれて巡回。
- ↑ 2008年のリヤカーサンタには150名のボランティアが参加し県内を11グループに分かれて巡回。
- ↑ 2009年のリヤカーサンタには150名のボランティアが参加し県内を9グループに分かれて巡回。
- ↑ 2010年のリヤカーサンタは150名のボランティアが20台のリヤカーに分かれて白河市・中島村から郡山市をおよそ40kmにわたって巡回。
- ↑ 2011年のリヤカーサンタは県内を7グループに分かれて巡回。
- ↑ 2012年のリヤカーサンタは県内を7グループに分かれて巡回。
- ↑ 2011年の募金額は644万5932円である。
- ↑ 88.0 88.1 88.2 88.3 88.4 2002年9月から福島を拠点に活動しているシンガーソングライター。
- ↑ aveは一部作曲も手がけている。
- ↑ 2002年から福島を拠点に活動しているアコースティックデュオ。
- ↑ 電話での受付時間は9時-18時。
- ↑ 2003年7月に網膜色素変性症と診断され、2006年から東住吉障害者ふれあいフェスティバル実行委員会の事務局長として、様々な活動をしている。
- ↑ 24日が日曜日にあたり、レギュラー番組の中央競馬中継(11:00-16:00)が編成の都合上休止できず、さらに競艇の賞金王決定戦競走中継(16:00-17:00)も重なったため。
- ↑ ラジオ大阪で毎週日曜日深夜1時30分-2時の放送。
- ↑ 2010年の募金額は334万5534円だった。
- ↑ 和歌山県は音の出る信号機設置率全国1位(写真付き) « 和歌山放送ニュース
- ↑ 2008年は、昼の部(第1部、24日正午から)、夜の部(第2部、24日19時から)、朝の部(第3部、翌25日9時から)をそれぞれ放送。
- ↑ 2009年は、昼の部(24日正午-午後4時15分まで)、夜の部(24日夜7時-夜9時、夜9時-夜10時、夜10時-25日深夜1時)、午前の部(25日朝9時-正午)をそれぞれ放送。
- ↑ 2010年は昼の部が24日の正午-午後4時15分、夜の部が24日夜7時-9時、夜9時-10時、夜10時-25日深夜0時の実質3部構成、朝の部が25日7時10分-13時の放送。
- ↑ 2008年の場合、24日の16時10分-19時まではニュース今日あす(通常は平日16時40分-18時30分、なお、月曜日は終了時間が10分早くなる。)を、翌25日6時30分から朝からつれもてを放送した。
- ↑ 2009年の場合、24日午後4時15分-夜7時は通常番組を、また、25日朝6時半-9時は「朝からつれもて」ミュージックソンバージョンを放送。
- ↑ 2010年の場合、24日午後4時15分-午後6時30分はニュース今日あすを、午後6時30分-7時は通常番組をそれぞれ放送。
- ↑ 103.0 103.1 近鉄百貨店和歌山店(JR和歌山駅前)・オークワパームシティ和歌山店・JA紀の里ファーマーズマーケットめっけもん広場・オークワミレニアシティ岩出店・和歌山市のショッピングモール フォルテ・ワジマ・オークワロマンシティ御坊店の6ヶ所。
- ↑ 104.0 104.1 オークワパームシティ和歌山店、田辺扇が浜カッパーク、オークワ新宮仲之町店
- ↑ 24日は3部構成で昼の部が12:00-16:55、夜の部が19:30-22:30、深夜の部が22:30-1:00。25日は朝の部が7:30-12:00。
- ↑ 24日16:55-19:00と25日1:00-7:30はミュージックソンの放送を中断。
- ↑ なお、「○○あい」の○○はリスナーが自ら「ふれあい・支えあい・励ましあい、」といった具合に自由に言葉を入れて使ってもらう。
- ↑ 主催が和歌山市で運営を和歌山放送が行っている。
- ↑ 応募期間は9月1日-12月25日。
- ↑ 応募方法は郵送(封書)・FAX・Eメール・和歌山放送本社受付へ直接持参の4通り。
- ↑ 目安は1時間ごとに20名以内で、単純計算で最大で480名の出演を予定。
- ↑ 愛の泉が設置されるのはJR和歌山駅前にある近鉄百貨店和歌山店、オークワ・パームシティ和歌山店、オークワ・ロマンシティ御坊店、オークワ・ミレニアシティ岩出店。
- ↑ 設置されるのはJR和歌山駅前・近鉄百貨店和歌山店、オークワ・パームシティ和歌山店、フォルテワジマ、スーパーセンターオークワ橋本店、オークワ・ロマンシティ御坊店、オークワ・ミレニアシティ岩出店、JR紀伊田辺駅、オークワ・オーシティ田辺店、オークワ・新宮仲之町店、オークワ・串本店。
- ↑ 設置されるのはJR和歌山駅前にある近鉄百貨店和歌山店、南海和歌山市駅前、オークワ・パームシティ和歌山店、JR紀伊田辺駅、オークワ オーシティ田辺店、オークワ・新宮仲之町店、オークワ・串本店。
- ↑ 24日16時40分-19時、24日25時-25日9時は通常番組を放送。
- ↑ タラバガニ・ウニが半値!チャリティオークション開催(写真付き) « 和歌山放送ニュース
- ↑ JR和歌山駅前・近鉄百貨店和歌山店、オークワパームシティ和歌山店、オークワロマンシティ御坊店に設置。
- ↑ JR和歌山駅前・近鉄百貨店和歌山店、オークワパームシティ和歌山店、オークワミレニアシティ岩出店、フォルテワジマ、スーパーセンターオークワ橋本店、オークワロマンシティ御坊店、オークワオーシティ田辺店、JR紀伊田辺駅前、オークワ串本店、オークワ新宮仲之町店に設置。
- ↑ JR和歌山駅前・近鉄百貨店和歌山店、南海和歌山市駅前、オークワオーシティ田辺店、JR紀伊田辺駅前、オークワ串本店、オークワ新宮仲之町店に設置。
- ↑ RCC本社ロビーにて。
- ↑ 121.0 121.1 ゆめタウン広島にて。
- ↑ 2008年・2009年は12月1日から募金箱を設置していたが、2010年・2011年は11月1日から募金箱を設置。
- ↑ 2010年は12月1日から募金箱を設置していたが、2011年は11月1日から募金箱を設置。
- ↑ 2010年から設置されるようになった。
- ↑ 広島銀行・もみじ銀行・広島信用金庫・広島市信用組合の4つ。
- ↑ 2008年・2009年には現金書留にて募金を受け付けていたが、2011年から、再び現金書留で受け付けるようになった。
- ↑ 2008年は11月4日。
- ↑ 2009年は11月2日。
- ↑ 2010年・2011年は11月1日。
- ↑ 2008年は藤村伊勢。
- ↑ 2009年は吉田千尋。
- ↑ 2010年は青山高治。
- ↑ 2011年は横山雄二。
- ↑ 2012年は泉水はる佳。
- ↑ 2011年に広島県内で集めた募金額は600万円あまり。
- ↑ 2010年現在で広島県内で設置されている音の出る信号機は269基。
- ↑ 視覚障害者が押しボタン箱から出される音を頼りにボタンを押すと、次の青信号で自動的に音が出て、同時に渡れる時間が長くなるという方式を採用している。
- ↑ 2008年-2010年は12月24日14時-14時20分、17時-18時、21時-21時30分、25日5時-7時に定時番組を放送するためミュージックソンの放送も一時中断。
- ↑ 24日21時30分-24時はRCC本社ロビー、24時-25日5時はRCC第2スタジオの放送。
- ↑ 25日7時-10時はRCC本社ロビー、10時-12時はゆめタウン広島での放送。
- ↑ 視覚障害者のアマチュアミュージシャン。
- ↑ ライブの中身は22時からスムルース、22時30分から岡本直也、22時40分からビバッチェと堤晋一、23時からヨコヤマとヤスシ、23時25分からくらはしけんじ、23時40分からマッツン、23時50分から前頭と時間の配分があった。
- ↑ 24日12時-14時・15時半-17時・18時-19時半・中継の形で21時半-25日1時・24日25時-12時にて出演。
- ↑ 2008年は12月24日21時半-25日午前5時にわたって、2009年は12月24日21時半-25日深夜1時にわたって、それぞれ担当。
- ↑ 145.0 145.1 12月24日に登場。
- ↑ 12月24日・25日の両日に登場。
- ↑ なお、24日27時はよしもと下克上を、28時はあなたへモーニングコールを、25日5時-7時は通常番組を放送するためラジソンの放送を中断。
- ↑ 24日14:00-17:30と深夜1:00-3:00は出演せず、25日7:00-9:30は出演するが、メインパーソナリティとしての出演ではない。
- ↑ RCCの携帯の音楽サイトの名称。
- ↑ なお、24日15:20-15:30と17:00-18:00、19:30-20:00、25日5:00-7:00は通常番組放送のため、ミュージックソンの放送を中断。
- ↑ 24日16時25分-16時50分は「ボートレースライブ 第27回賞金王決定戦実況中継」を放送。16時50分-17時15分、18時-19時、24時-25日7時は通常番組を放送。
- ↑ 募金受付は12月1日から
- ↑ 2001年は「チャチャタウン小倉」、2003年はリバーウォーク北九州のデコシティ。2004年はリバーウォーク北九州のエントランス、2006年は「チャチャタウン小倉」、2007年-2012年は小倉駅構内。
- ↑ これまでは福岡銀行・西日本シティ銀行の本店と各支店で口座振り込みを受け付けていたが、2011年からは九州ろうきんでも受け付ける。
- ↑ 2008年はNTTドコモの携帯のみで募金を受け付けていたが、2009年からはKDDIの携帯電話ブランドであるauとSoftbankの携帯を新たに加え、募金を受付。
- ↑ なお、2008年では3ヶ月で23万8850円を集めた。
- ↑ 2009年は3ヶ月で51万150円と、2008年度に比べるとおよそ2.1倍もの募金を集めた。
- ↑ 2010年は25万2150円を集めた。
- ↑ 2011年に福岡県内で集まった募金額は391万3757円。
- ↑ KBCではミュージックソンで初めての女性メインランナーである。
- ↑ クールポコも参加。
- ↑ 162.0 162.1 にしおかすみこも参加。
- ↑ ゆめタウン筑紫野・ゆめタウン博多にて参加。
- ↑ 164.0 164.1 ザブングルも参加。
- ↑ ダブルネームも参加。
- ↑ にしおかすみこ・松村邦洋も参加。
- ↑ 錦野旦も参加。
- ↑ テンゲンも参加。
- ↑ かづき奈々・テンゲン・K-Styleも参加。
- ↑ 髭男爵も参加。
- ↑ 山本高広も参加。
- ↑ 我が家も参加。
- ↑ 福田彩乃も参加。
- ↑ ZENとタイムマシーン3号も参加。
- ↑ Wエンジンも参加。
- ↑ 2009年の場合、12月25日は12:00からニッポン放送「高田文夫のラジオビバリー昼ズ」に出演するため午前6時-8時まで出演した。
- ↑ 時間の内訳はMy・たむらぱんが24時-26時にかけてそれぞれ1時間、唄人羽が26時-28時の2時間。ビーグルクルーが28時-29時の1時間それぞれパーソナリティを務めた。
- ↑ 2ndシングル「カロリーなんて」に収録。
- ↑ 2ndシングル「カロリーなんて」に収録。
- ↑ なお、12月25日4時30分-5時は白泉会古典ライブを、5時-5時10分はラジオライブラリー「新・人間革命」を、5時10分-6時55分は暁ぴーぷる・ふるさとの古典を放送。
参考文献
- 内野二朗 (1997) 内野二朗 [ 夢のワルツ 音楽プロモーターが綴る“戦後秘史”50年 ] 講談社 1997 4-06-208746-4
- 九州朝日放送30年史編集委員会『九州朝日放送30年史』九州朝日放送、1983年、231頁。
- 九州朝日放送50周年記念事業委員会『九州朝日放送50年史』九州朝日放送、2004年、203-205頁。
- 九州朝日放送50周年記念事業委員会『九州朝日放送50年史【資料編】』九州朝日放送、2004年。
- 札幌テレビ放送創立50周年記念事業推進室『札幌テレビ放送50年史』札幌テレビ放送、2008年、109頁。
- 田代洋一編『続・夢のワルツ』バックステージカンパニー、2005年、62-63頁。ISBN 4-06-208746-4。
- ラジオ沖縄編『ラジオ沖縄開局50周年記念 ラ・ラ・ラ、ラジオ沖縄 ♪ローカルに徹せよ』ボーダーインク、2010年、68-69頁、273頁。ISBN 978-4-89982-186-1。
関連項目
- 日本の長時間特別番組一覧
- デジタル・チャリティー・ミュージックソン
- オールナイトニッポン ラジオ・チャリティー・ミュージックソン
- ラジオ・チャリティー・ミュージックソン スペシャル 『I'm with U キミと、24時間ラジオ』
- 24時間テレビ 「愛は地球を救う」(日本テレビとNNS系列29局及びテレビ宮崎と沖縄テレビで放送。青森放送、2012年より参加の西日本放送、分社化以前の札幌テレビ放送ではこちらも放送)
- 水と緑の物語(九州朝日放送で放送。テレビで放送されるがラジオにおいても関わりがある。)
外部リンク
- ラジオチャリティーミュージックソン公式ホームページ
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