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福山市(ふくやまし)は、広島県の東端に位置する都市で、中核市である。広島県内では広島市に次ぎ2番目となる約46万人の人口を擁する。隣接する岡山県井笠地方を含む備後都市圏の中心都市でもある。
目次
地理[編集]
福山市は、瀬戸内海の中央部で広島県南東端に位置する。岡山県笠岡市、井原市と隣接し広島市まで約107km、岡山県岡山市まで約61kmと所属県である広島県の県庁所在地広島市よりも岡山市の方が近い。市域は全域が現在の岡山県のほぼ全てに当たる旧吉備国の一部であった備後国に属し、三原市北部の大和町を源とする芦田川の河口に広がる福山平野に市の中心地がある。市の南端は瀬戸内海に面し、北部山岳地帯は概ね標高400 - 500メートルの吉備高原西南端部にある通称「神石高原」南端から形成される。ここは倉敷市へ注ぐ高梁川支流小田川流域である。
市街地は概ね、旧福山市街・東部(蔵王・春日)地区・松永(旧松永市)地区・北部(神辺・駅家・加茂)地区に大別されるが各地域とのアクセスも決して良好とは言えず、市民性も地域により若干異なる傾向がある。福山都市圏は岡山県の南西部の笠岡市や井原市にも及び、県境を越えた連携が政経民間で様々見られる。福山市を中心とする都市群は備後都市圏とも呼ばれる。
自然環境[編集]
- 福山市は瀬戸内海式気候に属し、広島県内でも降水量が少なく(年間約1200mm)河川の流量が少ないのが特徴である。そのため市街化の進んだ地域を中心に河川の汚濁が顕著で、下水道事業などによって改善された地域もあるものの、多くの場所で水質汚濁が問題となっている。流水量の少なさや河口堰による汽水の消滅等の影響で、市内を南北に流れる芦田川は中下流の汚濁が激しく、中国地方の一級河川での水質は34年間ワースト1(2006年現在)を続けている。
- 市域の北半分および芦田川より西部は、中国山地に連なる山地となっている。植生は平野部に近いほどアカマツが多く、単調な傾向にある。山並みは風化・侵食を受けやすい花崗岩が多いため起伏が激しく、川沿いを中心に多くの谷が形成されている。市内最高峰は吉備高原南端の京ノ上山で海抜611m、2位は駅家町北部の蛇円山で546m、3位は加茂町北部の笠木山で513mとなっている。北部の山野町付近には部分的に石灰岩質の地質もあり、特に高梁川支流の小田川渓谷を作り上げている猿鳴峡があり、近くには県天然記念物の”矢川のクリッペ”や”上原谷石灰岩巨大礫”という石灰岩に纏わる名勝も存在する。また隣接する井原市には石灰岩の採石場(芳井鉱業所)もある。
- 南側は瀬戸内海(備後灘)が広がり多くの島が点在しているが、福山市に属する島はあまり多くない。福山市沖は閉鎖的な瀬戸内海のほぼ中央に位置しており、満干差は非常に大きく平均で2mを超え、海流の速度は部分的に非常に速い。波は穏やかで湖のように無いときもあり、波高は通常で50cm未満、荒れても2m程度である。津波の心配はほぼなく被害を受けた記録は存在しない(ただし、明治17年(1884年)の台風による高波では大きな被害が発生している)。市で最大の島は田島で本土(沼隈半島)とは橋が架けられている。海底面は起伏があまりなく水深は深くとも30m程度である。かつての福山市沖は干潟が多く存在し豊かな自然に恵まれていたが、その大半は江戸時代からの干拓や日本鋼管福山製鉄所(現JFEスチール)建設の埋め立てなどにより消滅している。現在は家庭・工業廃水などの影響により福山港周辺の汚濁が深刻で特に夏期には海水が茶色あるいは乳白色に染まることもしばしばである。しかし、鞆の浦など湾岸沿いの大部分も透明度は高くないが陸から5km程度沖合に出れば(瀬戸内海としては)非常に綺麗である。
- 地震は北部の加茂・御幸地区から西部の松永地区にかけて長者原断層が存在するが、歴史上では今のところ大規模な震災に見舞われたことはない。
気候[編集]
福山市は地形と立地場所による影響により、典型的な瀬戸内海式気候である。
冬から春にかけて、中国大陸から流入する黄砂が観測されることも多い。また、冬には氷点下まで下がる日もある。太平洋高気圧に覆われる夏季には瀬戸内海沿岸特有の「凪」が発生し、日中の気温は35度を超える猛暑・酷暑となる日もある。降雪は少なく、積雪は稀である。
隣接する自治体[編集]
人口[編集]
以前より中国・四国地方では広島市・岡山市・松山市・倉敷市に次ぐ5番目の人口規模である。平成の大合併で隣接のベッドタウン4町を編入した結果、人口は約46万人(推計人口)となった。
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福山市と全国の年齢別人口分布(2005年) | 福山市の年齢・男女別人口分布(2005年) |
■紫色 ― 福山市
■緑色 ― 日本全国 |
■青色 ― 男性
■赤色 ― 女性 }} |
福山市(に相当する地域)の人口の推移 テンプレート:人口統計/34 | |
総務省統計局 国勢調査より |
地域[編集]
町名一覧[編集]
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主要な山岳・河川・島嶼部[編集]
- 主な山岳:京ノ上山(611m・市内最高峰・福山市新市町藤尾)、蛇円山(546m・福山市駅家町)、熊ヶ峰(438m・福山市熊野町)
- 主な河川:一級河川芦田川、芦田川支流瀬戸川、神谷川、加茂川、高屋川、一級河川高梁川支流小田川
- 主な島嶼:走島、宇治島、田島、横島、仙酔島、弁天島、皇后島(※箕島は戦前までは島であった)
- 主な池:春日池、服部大池、権現池、枠田池、千塚池、本谷池、他多数
特色[編集]
福山市は備後都市圏の中心都市として、都市銀行、証券会社などの大手企業の営業拠点や国・県の出先機関が多く存在し、なおかつ自動車のナンバープレートの“福山”、市外局番“084”、郵便番号”72X”が付与されている。このように、県庁所在地並みあるいは県単位の扱いを受けているのは中四国地方では福山市のみである。
昔からの西の広島、東の岡山と知られ、中四国地方では第3位の都市雇用圏を有する都市。
同規模の都市に比べて全国的な知名度が浸透していないと思われる。原因としては、「広島(県)」といえば県名と同じで知名度の高い広島市のイメージが先行してしまうことや、近隣に似たような地名(岡山市、旧徳山市(現周南市)など)などがあることが考えられるが、苗字が一緒の福山雅治(出身は長崎県)の活躍や、崖の上のポニョを機に知名度も急激に上がっている。
文化的には県庁所在地の広島市を始めとする県西部に比べ距離的に近い関西の影響が強く、お好み焼は広島風も存在するものの関西風の店も多い。プロ野球についてもカープファンが多いものの阪神タイガースファンも多い。このような広島市との文化的な違いは、広島県編入時の確執に要因があったと言われている。福山地方が岡山県から広島県に編入された1870年代には、ちょうど地租改正が行われていた。福山地方の窪田次郎(医師・思想家)らは小田県、岡山県時代から各田畑への「目的額」強要に抵抗していたが、広島県編入により広島県令藤井勉三へと嘆願書を提出することになった。しかし、この時の県令の対応が極めて強圧的で岡山県時代の事情には一切関知しない姿勢であったとされる。以後も県内における行政やマスメディアは広島市およびその周辺を偏重する傾向にあったが、近年は以前に比べると是正されてきている。近年(備後)福山都市圏は岡山都市圏の1つだと言った考えもあるが、元々は備の中心は福山であり、その後、県令と同時に岡山へ移って行ったとされる(※これより福山弁、岡山(備中)弁共に三河弁が入っている)。その後広島県となるが、広島(安芸)とも交流は深く、安芸と岡山の両文化を持つ街である。
都市形成の傾向として駅周辺から商業地域が発展していることがあげられる。これは都市の中心であった福山城内を貫いて福山駅が作られたため、近世の商業的中心地がそのまま近代の商業的中心地へと移行したからである。このため福山城は本丸を除いた大部分が開発され、全ての堀と三の丸の石垣の殆どが市街化により消滅するか地下に埋もれている。
- 市内に世界有数の規模を持つ製鉄所(JFE西日本)がある。
- 松浜、入船地区の飲食店は全国的に有名であるが取締の強化などにより衰えつつある。
方言[編集]
- 福山弁と呼ばれ、この地域にあった備後弁を基礎に成り立った方言。岡山弁などと同様に連母音の融合の傾向が強く、例えば赤い(akai)が[akæː]等に発音される。また、三河弁の表現が混じっていることも特徴で、岡山弁と明確な線引きをすることができる。
- 市内でも古くから海運で栄えた鞆の浦など特定の地域では上方方言の影響が今なお残っている。
- 福山市は広島県に含まれているので、当地域の方言は広島弁として認知されている安芸弁と同じものだと思われがちだが、そもそも当地域特有の方言の備後弁そのものが隣接地域の備中弁(岡山弁)と大差なく、その近種である福山弁は安芸弁とは明確な線引きをすることが可能な程違いを見せる。福山市をはじめとする備後地方東部と岡山県井笠地方や倉敷地方との間に一体感が維持されている理由として、方言が非常に近縁であることもある。
政治[編集]
代(通算) | 氏名 | 就任年月 | 退任年月 | |
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歴代の福山市長 | ||||
初代 | 阿武信一 | 1916年 | ||
二代 | 中野有光 | 1927年 | ||
三代 | 小林壽夫 | 1938年 | ||
四代 | 三谷一二 | 1944年 | ||
五代 | 小林和一 | 1946年 | ||
六代 | 藤井正男 | 1947年 | ||
七代 | 徳永豊 | 1955年 | ||
八代 | 立石定夫 | 1970年 | ||
九代 | 中川 弘 | 1979年 | ||
十代 | 牧本幹男 | 1983年 | ||
十一代 | 三好 章 | 1991年 | ||
十二代 | 羽田皓 | 2004年 | 現職 |
市長・助役・市議会議長、副議長・議員定数[編集]
- 市長 羽田皓(第十二代)2期目・2004年9月~
- 副市長 開原算彦
- 副市長 堀径扇
- 議長 徳山威雄
- 副議長 早川佳行
- 会派
- 水曜会 12名
- 明政会 12名
- 公明党 7名
- 市民連合 6名
- 共産党市議団 4名
- 新政クラブ 4名
- 無所属 1名
- 市議会議員定数 46名
その他[編集]
2006年6月に発覚した下水道工事不正発注事件によって、市役所や一部の地元土建業者との癒着が表面化し、市長や一部議員への辞任要求が市民の間から出た。また市職員による不祥事も相次ぎ、市政への批判が強まった。
2007年から2008年にかけて福山駅前整備工事に伴い出土した福山城外堀遺構の保存是非について市民グループが10万人分の署名を集め、文化庁にその保存意義を訴えて市当局も文化庁との協議を行ったもののそのやり取りの文章を黒塗りで発表するなど市民の市行政への不信感は高まりつつある。
市章[編集]
市章は、コウモリを「山」の字にデザイン化したもの。また市章旗は黄地に黒で描かれている。これは1917年に市制施行時に福山出身の有名建築家の武田五一に依頼され彼がかかわったもの。由来については福山城のある付近はかつて蝙蝠山と称しており、コウモリは本来、中国思想の影響から縁起の良い動物とされ、「蝠」は福に通じることと初代藩主水野勝成が「福山」と名づけたとする地名由来説があることからモチーフに選ばれた。事実、明治時代初期の箱館戦争時に福山藩はこのコウモリの旗印を掲げて参戦している。近年では、「市の花」として、バラ(1985年制定)とキク(2003年制定)があり、バラを模したマークが市の出版物に描かれていたり、市の施設などバラにちなんだ名称が使用されたりと、バラが「市章」に準じた扱いを受けている。
歴史[編集]
古代[編集]
古代における現在の福山市街の中心地はほぼ全域が干潟や海であった。近年までは現在の神辺平野も海となっていて「穴の海」と呼ばれたといわれていたが、これは遺跡の分布や地層の調査から現在では否定されており、この呼称があったとすれば現在の福山市街を示していた可能性が高いようである。古代における備後地方の中心地は備後国国府のあった現在の府中市一帯でこれに至る旧山陽道が中国地方の重要な幹線道となっていた。その名残が市北部地区の駅家町の地名で文字通り山陽道の駅家(宿駅)であったことを示している。現在の福山市域に含まれる山陽道は神辺平野を横断するように通され、この周辺は備後で最も栄えた地域となっていた。また、この地方はヤマト王権と吉備との勢力争いの最前線であったため古くからヤマト王権の重要拠点ともなっており、“二子塚古墳”のような大規模な前方後円墳や畿内以外では珍しい横口式石槨を持つ古墳が残り全国でも有数の古墳集積地となっている。備後南部に港が多く点在し、津ノ郷、深津、吉津、など港を意味する地名が今日も残されている。また、鞆の浦は万葉集にも詠まれるように風待ち、潮待ちの港として古代より独自の地位を築いていた。
中世[編集]
中世には長年の芦田川の堆積作用により現在の福山市街は次第に陸地へと姿を変えていき、本庄、木ノ庄といった荘園が形成され現在の草戸町には草戸と呼ばれる港湾都市が栄えるようになった。しかし、この町は芦田川の堆積作用により港湾施設の使用が難くなり衰退したと考えられている(遺跡は芦田川の浚渫により消滅)。平安時代には鞆に最澄により静観寺、空海により医王寺が創建されるなどそれぞれの西日本の布教拠点となったが、南北朝時代には北朝と南朝の間で幾度も戦闘があり、静観寺五重塔などの貴重な文化財が失われた。戦国時代になると備後地方は毛利氏勢と尼子氏勢との拠点争いの地となり多くの城が築かれた。
近世[編集]
安土桃山時代になると備後国は概ね毛利氏の所領となり、鞆には毛利氏の庇護の元、室町幕府15代将軍足利義昭が滞在した(備後国を参照のこと)。関ヶ原の戦い以後は福島氏の所領となり、神辺と鞆に支城が置かれた。1619年、福島氏の改易により徳川家康の従兄弟である水野勝成が西日本の有力外様大名への幕府方の楔として備後国東南部・備中国西南部の10万石を与えられ、福山藩が成立する。勝成は当時干潟であった臨海部の深津郡野上村に新たな城(福山城)と城下町を建設し、この町を福山と名づけた。このため、今日に至る福山の歴史は元和8年(1622年)から始まったといえる。なお、当初の構成領地は備後国の深津郡、安那郡、沼隈郡 神石郡 品治郡 葦田郡、備中国の小田郡、後月郡のそれぞれ大半であった。その後、1698年に5代藩主水野勝岑の死去で無嗣除封となり、一時的に福山藩領全域が天領(幕府直轄領)とされるが、1699年に松平忠雅が転封する。しかし、松平忠雅はわずか10年後の1710年に伊勢国桑名藩に移封して、替わりに1710年に阿部正邦が福山に転封した。以後、阿部氏が明治維新まで続くことになった(詳しくは備後福山藩を参照のこと)。
福山市神辺町に備後国分寺が発見されている。国府は国分寺の近くに置かれる事から、備後国府が当地にあった可能性があり、発掘が続いているが確定に至っていない。
近代[編集]
1871年、明治維新の廃藩置県により備後国旧福山藩領と神石郡、甲奴郡の半分、備中国小田郡、後月郡の大半を持って福山県が設立し県庁所在地は福山町に定められた。しかし、これから行政区分はめまぐるしく変わり、1871年に福山県は深津県へ名称が変更され、翌年(1872年)には深津県と倉敷県が統合され小田県が設立、県庁は小田郡笠岡町に移転された。そして、1875年には小田県が岡山県へ編入され、この翌年(1876年)に岡山県から旧備後国である沼隈、深津、安那、品治、芦田、神石の6郡が広島県に移管される(福山町は深津郡に含まれる)。こうした中、1891年、9月11日に山陽鉄道笠岡~福山間が開業し、同年11月3日には福山~尾道までが開業すると福山町は工業都市へと姿を変えていった。1898年10月1日、芦田・品治両郡、深津・安那両郡はそれぞれ統合され、芦品郡、深安郡が成立する。その後、1908年に陸軍第41連隊が福山町(深安郡)に設置されると町の経済は発展を遂げ、1913年4月1日には福山町が野上・三吉両村を編入し、同年12月21日に鞆軽便鉄道(福山~鞆)が開業して、翌年(1914年)7月21日には両備軽便鉄道(両備福山(1935年廃止)~府中町)が開業するなど交通機関も整備されていき、1916年に福山町は廃され、福山市が誕生することになった。
市制施行後[編集]
福山市は大正5年(1916年)7月1日に全国で73番目、広島県では広島、尾道、呉に次ぐ市として誕生した。市制施行当時の人口は32,356人であったとされる。 しかし、発足後の道程は平坦ではなく、市制施行間もなくの大正7年(1918年)には米騒動、その翌年の大正8年(1919年)には大水害に見舞われ、大正末期には陸軍41連隊が廃止の計画が持ち上がった。41連隊の廃止は市の財政破綻にも繋がりかねなかったが、これは市の陳情により回避されることになった。
その後、福山市は順調な発展や周囲の村を吸収合併して市域を広げたことなどから、平野部が少なく開発の余地がない尾道市に替わって広島県東部の中心都市となっていった。しかし、昭和20年(1945年)の福山大空襲により市街地は壊滅的な打撃を受けた。それでも戦後の高度経済成長の波に乗り復興を遂げていき、中でも日本鋼管福山製鉄所の誘致により企業城下町として急激に開発が進んで人口が増加していった。昭和後期になると高度経済成長時代の終焉や鉄鋼不況などにより人口は約37万人程度で頭打ちとなったが、この頃には製鉄所の町から県東部の中心地へと脱却していった。そして、平成の大合併により市域は更に拡大し、ほぼ旧福山藩領であった地区になり人口は約45万人に達するが、近年の実質的な人口増加率は微増にとどまっている。
年表[編集]
- 1916年7月1日 - 深安郡福山町が市制施行し福山市(初代)が発足。人口32,356人。
- 1933年1月1日 - 深安郡川口村・手城村・深津村・奈良津村・吉津村・木之庄村・本庄村、沼隈郡神島村・佐波村・草戸村の10箇村を編入。
- 1942年7月1日 - 沼隈郡山手村、郷分村を編入。
- 1943年3月1日 - 深安郡大津野村(現福山市大門町)に福山海軍航空隊開隊。
- 1945年8月8日 - 福山大空襲により国宝福山城天守閣、国宝伏見御殿御湯殿、市街地の大半が焼失。
- 1954年3月31日 - 沼隈郡松永町および柳津村・金江村・藤江村・東村・本郷村・神村が合併し松永市市制施行。
- 1956年9月30日 - 深安郡引野村・市村・千田村・御幸村、沼隈郡鞆町・水呑町および津之郷村・赤坂村・瀬戸村・熊野村を編入。
- 1962年1月1日 - 深安郡深安町を編入。
- 1966年5月1日 - 福山市(初代)・松永市の2市が対等合併し、福山市(2代)となる(中国地方初の市同士の合併)。
- 1966年11月15日 - 福山城天守閣・伏見御殿御湯殿・月見櫓の再建が完成する。
- 1967年6月1日 - 自動車のナンバープレートに福山ナンバー登場。
- 1974年4月1日 - 芦品郡芦田町を編入。
- 1975年2月1日 - 深安郡加茂町・芦品郡駅家町を編入。
- 1975年3月10日 - JR山陽新幹線開業。JR福山駅は新幹線が3階、在来線が2階となり、付近は新幹線と在来線が世界初の二重構造高架となる。
- 1988年3月1日 - 山陽自動車道早島IC~福山東IC間開通。
- 1997年12月10日 - 山陽自動車道本線全線開通。
- 1998年4月1日 - 中核市となる。
- 2002年2月2日 - 一部地区(新市町全域および芦田町福田・高西町南・山野町山野の各一部)を除き市内局番が3ケタ化される。
- 2003年2月3日 - 沼隈郡内海町・芦品郡新市町を編入。芦品郡消滅。
- 2005年2月1日 - 沼隈郡沼隈町を編入。沼隈郡消滅。
- 2006年3月1日 - 深安郡神辺町を編入。深安郡消滅。
越県合併の模索[編集]
1963年(昭和38年)岡山県笠岡市に編入されていた城見村の旧茂平村(1889年他2村と共に城見村設立)が同市より分離、福山市への編入(越県合併)を模索した騒動。
騒動の経緯[編集]
旧茂平村地区は、当時より、地理的(地区が隣接する)、社会的(多くの住民の親戚等が福山市に居住および福山市出身の住民が多い)等により福山市との結びつきが強い地域であった。1963年岡山県の日生町福浦が強い住民運動により兵庫県赤穂市に合併されたことに刺激をうけた住民が大規模な合併運動を開始(以前より幾度か合併案はあった)。当時広島県議会議員中川弘(のち福山市長に就任)賛同のもと、福山市議会議員数人の賛同も得る。また、城見村内で旧茂平村地区とと同じ境遇の旧用之江村地区も福山市との合併に賛同し共同で運動を始めた。その後、旧茂平村地区は旧用之江村地区と共同で福山市に合併嘆願書を提出した。
騒動の集結[編集]
福山市に合併嘆願書が提出されると、岡山県議会、笠岡市議会からの反対運動が起こる。また、翌年(1964年)岡山県知事に地元出身の加藤武徳が就任すると、知事も合併運動に反対し、騒動は終結。
交通[編集]
空港[編集]
空路は広島県三原市にある広島空港まで福山駅前より空港リムジンバスで約1時間、岡山空港へは車で1時間半弱である。
鉄道[編集]
山陽新幹線は東京、新大阪方面には日中毎時4~5本、博多方面は4~6本停車する。ひかりレールスターやのぞみでは岡山駅までも最短16分、広島駅まで最短24分、新大阪駅へは1時間弱、小倉駅へも最短約1時超で到着する事から山陽地方主要都市や関西圏、九州北部へのアクセスも良く、また東京駅へも、のぞみ利用で最速3時間28分で到着する。
JR西日本については、中心駅の福山駅からは山陽本線の岡山方面へは日中、在来線各駅停車が毎時4本に加え、快速(サンライナー)が午前中3本と夕方以降のみ運行されており、快速での所要時間は笠岡駅まで13分、新倉敷駅まで25分、倉敷駅まで約33分、岡山駅まで45分である。一方、広島方面へは在来線の優等列車の設定はないため(当駅を経由する快速列車は当駅以西は八本松駅まで全て各駅停車である。また1975年3月改正以前は存在した)、普通列車(各駅停車)のみの運行で日中、毎時3 - 4本程度運行されていて尾道駅まで18分、三原駅までは33分、西条駅までは69分、広島駅までは100分の所要時間。また福山駅を起点とし、内陸の府中市や三次市を結ぶ福塩線や、井原市や総社市とを結ぶ井原鉄道井原線も一日の3本のみ神辺駅を経由し福山駅に直通乗り入れしている。 なお、かつては現在バス会社となっている鞆鉄道の運営する鞆鉄道線も1913年から1954年まで存在していた。またJR福塩線の福山 - 府中間は現在とほぼ同じ路線の両備鉄道という私鉄が前身。
高速道路・国道[編集]
- 山陽自動車道 福山東I.C 福山西I.C 福山S.A
- 国道2号(大阪市 - 北九州市)
- 国道182号(岡山県新見市 - 福山市・愛称 やまなみ街道)
- 国道313号(福山市 - 鳥取県北栄町・愛称 ロマンチック街道313)
- 国道314号(福山市 - 島根県雲南市)
- 国道486号(岡山県総社市 - 広島県東広島市・愛称 山陽ふるさと街道)
山陽自動車道や国道2号線といった基幹交通網もほぼJR山陽本線沿いに走っており、福山市を中心とする備後都市圏と岡山市・倉敷市を中心とする岡山・倉敷都市圏は交通、地理面からほぼ連続している。また四国とを結ぶ2つの本州四国連絡橋(瀬戸中央自動車道・瀬戸内しまなみ海道)の本州側起点の中間に位置している為、香川県・愛媛県といった四国北部方面へのアクセスも良好。また一日16往復運行されている愛媛県今治市行きの高速バスしまなみライナーは西瀬戸自動車道(しまなみ海道)経由で所要時間約1時間強。
路線バス[編集]
- 市内・近郊路線
- 都市間高速路線
- 福山市街地発着の県外行きバス
- 東京線:エトワールセト号(小田急シティバス・中国バス)(夜行便)
- 横浜線:メイプルハーバー(中国バス)(夜行便)
- 京都線:みやこライナー(京阪京都交通・中国バス)
- 大阪線:びんごライナー(近鉄バス・中国バス)(平成大学始発)
- 神戸線:神戸ライナー(中国バス)(平成大学始発)
- 米子・松江線:フライングフィッシュ号(中国バス)(平成大学始発)
- 高知線:オーシャンライナー(中国バス)
- 松山線:キララエクスプレス(中国バス・本四バス開発・瀬戸内しまなみリーディング・伊予鉄道)
- 今治線:しまなみライナー(中国バス・トモテツバス・瀬戸内運輸・瀬戸内しまなみリーディング)
- 福岡線:広福ライナー(中国バス・JR九州バス)(夜行便)
- 県内路線
- 福山市北部発着の路線
港湾[編集]
- 鞆港 - 走島間航路(走島汽船)
- 鞆港 - 仙酔島渡船(市営)
- 鞆港 - 尾道間観光船(瀬戸内クルージング)
- 春季から秋季まで 土曜日、日曜日、祝日のみの限定運航
- 福山港 - 香川県多度津町(福山多度津フェリー)- 2008年8月31日廃止
- 尾道糸崎港 松永港区(重要港湾)
行政・出先機関[編集]
国の機関[編集]
- 裁判所
- 法務省
- 防衛省
- 自衛隊広島地方協力本部福山地域事務所
- 財務省
- 神戸税関福山税関支署
- 国税庁
- 広島国税局福山税務署
- 府中税務署(所在地は府中市・福山市北西部を管轄)
- 国土交通省
- 海上保安庁
- 第六管区海上保安本部尾道海上保安部 福山海上保安署
- 厚生労働省
- 農林水産省
独立行政法人および特殊法人[編集]
広島県の機関[編集]
- 広島県福山庁舎(三吉町)
- 広島県福山旅券センター(東桜町)
- 広島県福山児童相談所(瀬戸町)
- 広島県福山教育事務所(三吉町)
- 広島県東部運転免許センター(津之郷町)
- 広島県東部県民文化センター(東桜町、愛称:エストパルク)
- 広島県立東部工業技術センター(東深津町)
- 広島県立福山高等技術専門校(山手町)
- 広島県立福山少年自然の家(金江町)
- 広島県立歴史博物館(丸之内)
- 広島県立ふくやま産業交流館(御幸町、愛称:ビッグ・ローズ)
福山市の機関[編集]
主な組織<2012年(平成24年)4月1日時点>
- 市長公室
- 企画総務局
- 財政局
- 経済環境局
- 保健福祉局
- 市民局
- 福山市民病院
- 建設局
- 会計管理者
- 上下水道局
- 議会事務局
- 選挙管理委員会事務局
- 監査事務局
- 農業委員会事務局
- 教育委員会
市の環境に対する取組[編集]
- 第6回持続可能な地域社会をつくる日本の環境首都コンテストに参加。
- 2012年(平成24年)1月24日付けで,経済産業省資源エネルギー庁から「福山市次世代エネルギーパーク」の認定を受ける。
インフラ整備環境[編集]
- 上水道は市内ほぼ全域を福山市水道局が供給。主要な浄水場は千田、中津原、箕島にある。また特に神辺地域では地下水が豊富。
- 下水道は普及率65.5パーセント(神辺町域を合併以前の普及率)市街地ではほとんどが公共下水道へ放流可能。主要な下水処理場は芦田川浄化センター(箕沖町)、新浜処理場、松永処理場がある。
- 電力は中国電力において供給。供給源としては市内に瀬戸内共同火力 福山共同発電所と福山RDF火力発電所がある。また2011年12月に中国地方初となるメガソーラー,福山太陽光発電所が箕沖で運転開始。
- 都市ガスは福山ガスによって旧市内ほとんどで利用可能。
警察[編集]
- 福山東警察署(所在地は三吉町南二丁目、芦田川以東の地域 市中心部・東部を管轄)
- 福山西警察署(所在地は神村町、芦田川以西の地域 旧松永市地域や鞆町・沼隈町・内海町・尾道市浦崎町などを管轄)
- 福山北警察署(所在地は神辺町新道上三丁目、新市町・御幸町・神辺町・加茂町・山野町と神石郡神石高原町を管轄)
- 広島県東部運転免許センター(津之郷町)
- 交通機動隊・自動車警ら隊東部分駐所(大門町1丁目)
- 高速道路交通警察隊福山分駐隊(蔵王町5丁目)
- 市内に交番は25箇所 駐在所は14箇所ある。
消防・救急[編集]
福山地区消防組合消防局( 福山市・府中市・神石高原町の2市1町で組織され、消防・救急業務を運用中。) 1消防局、8署、1分署、6出張所
- 消防局(福山市沖野上町5丁目)
- 南消防署(福山市沖野上町5丁目)、鞆出張所(福山市鞆町鞆字関町)、瀬戸出張所(福山市瀬戸町)
- 北消防署(福山市奈良津町2丁目)、駅家分署(福山市駅家町万能倉)
- 東消防署(福山市引野町北4丁目)
- 西消防署(福山市松永町3丁目)、今津出張所(福山市今津町字安毛の下)、沼隈内海出張所(福山市沼隈町常石)
- 水上消防署(福山市箕沖町)
- 芦品消防署(福山市新市町戸手)
- 深安消防署(福山市神辺町川北)、安田出張所(神石高原町安田)
- 府中消防署(府中市府中町)、小塚出張所(府中市上下町小塚)
マスメディア[編集]
テレビ[編集]
- NHK広島放送局 福山支局
- 中国放送(RCC:TBS系列。中国新聞傘下)福山放送局
- テレビ新広島(TSS:フジテレビ系列)福山支社
- 広島テレビ放送(HTV:日本テレビ系列)福山支社
- 広島ホームテレビ(HOME:テレビ朝日系列)福山支社
- テレビせとうち(テレビ東京系列)
- オプティキャスト中国営業所(光ファイバーCATV)
- 井原放送(CATV・神辺町上御領の一部のみ)
- ケーブル・ジョイ(CATV・新市地域の一部のみ)
※以前は広島エフエム放送も支社を設置していたが、合理化により2006年(詳細な時期は不明)に廃止された。
※その他、市内各所で岡山金甲山本局や笠岡局・西讃岐局からの放送波、瀬戸内海沿岸部地域では対岸の愛媛県の放送波も受信可能である。なお福山市内ではテレビ電波は蔵王山の福山局を主に受信している世帯が多いが、地区によっては彦山の福山西局(デジタルでは福山局)や高見山の尾道局を受信していたりなど様々である。混信も多い。
ラジオ[編集]
以下のFM局がサービスエリアとなっている。
- エフエムふくやま:77.7MHz(コミュニティーFM局)本社
- 広島エフエム放送:77.1MHz(尾道局)82.1MHz(福山局)(県域FM局)
- エフエムゆめウェーブ:79.2MHz(コミュニティーFM局)
- エフエムくらしき:82.8MHz(コミュニティーFM局)
※以前は広島エフエム放送も支社を設置していたが、合理化により2006年(詳細な時期は不明)に廃止された。
ローカルテレビ事情[編集]
岡山・香川のテレビ送信波は地区によっては、アンテナの方向を岡山県側に向ければ受信できる。また市南部でも瀬戸内海側にアンテナを向けると香川県や愛媛県の放送も受信可能である。
広島県の地形が山がちで多数の中継局を必要としたこともあり、昭和中期には財政面の問題から福山市内に広島ローカルの主要中継局は設置されていなかった。現在の福山中継局が、福山市内ではなく尾道市向島町に所在するのは、その時代のなごりである。
一方で、岡山・香川ローカル放送の主要中継局(笠岡局)は、笠岡市神島の塚の丸山に設置されている。建前上は笠岡諸島への送信のためということであるが、すぐ西側は福山市街地であり、さえぎるものは何もなく、福山市域への放送エリアの拡大が検討されたこともある。このため、岡山・香川ローカル局が福山市街地のシェアを握っていた時期があった。
その後、昭和末期には広島ローカル局が主要中継局(福山蔵王局)を市中心部に近い蔵王山に設置し、その他小型中継所を張りめぐらせることによってシェアを奪回した。現在では市街地に高層建造物が増え金甲山送信所や笠岡局の電波が入りにくくなったこともあり、一部の放送愛好家やテレビ東京系列局を視聴したい世帯以外、ほとんどの福山市民はアンテナの方向調整を行わずに広島ローカル局を視聴している。
なお、福山市は人口の多い都市であるにもかかわらずCATVの開局は遅かったが2005年になってようやく光PerfecTV!のサービスが開始された(ただし光PerfecTV!とケーブル・ジョイは区域外再送信を実施していない。2007年には福山市全域で地上デジタル放送が開始されている。新涯等を中心とした地域ではアンテナの方向を変える事でテレビせとうち(テレビ東京系列)を視聴する事が出来る。
福山とその周辺に限った地元情報誌が多数出版されており人気である。
新聞[編集]
- 中国新聞社 備後本社・北福山支局
- 山陽新聞社 福山支社
- 太陽新聞 本社(地域日刊誌)
- 朝日新聞社 福山支局
- 産業経済新聞社 福山支局
- 毎日新聞社 福山支局
- 読売新聞大阪本社 福山支局
- 日本経済新聞社 福山支局
地域紙[編集]
- 経済リポート(当地域一の経済誌で購読者数も一位)
- 中国ビジネス情報
- びんご経済レポート(本社は尾道市)
- ウィンク(タウン情報誌)
- 福山リビング新聞(無料誌)
- プレスシード(無料誌)
- タウン情報ふくやま(タウン情報誌)※2006年10月号をもって休刊。
物流・基幹産業・地域産業[編集]
物流拠点としての福山を中心とした備後都市圏[編集]
重要港湾福山港は港湾設備整備が進むにつれ、毎年20パーセント以上の割合で輸出入量・額が伸びており、中四国地方では倉敷市の水島港に次ぐ規模となっている。2005年3月には福山国際コンテナ港もオープンし、さらなる需要の増加が期待されている。
また、瀬戸中央自動車道と西瀬戸自動車道という2つの四国への連絡橋の中間に位置し更に現在建設中の中国横断自動車道尾道・松江線が全通するとよりいっそう備後都市圏が中四国地方内の各主要都市への所要時間、輸送コストの面で最も優位となることから、企業の進出が増加している。
工業[編集]
福山市の製造品出荷額は約1兆5000億円で広島市と同規模で中四国地方でも倉敷市に次ぐ2番目の規模。特に昭和36年に立地したJFEスチール西日本製鉄所福山地区(旧日本鋼管福山製鉄所)は、同社最大の製造拠点であるのみならず世界最大規模の製鉄所でもあり、鉄鋼業の活況と伴にフル操業中で福山市の製造品出荷額の大半を占める。
シャープ電子デバイス事業本部福山工場はCCDイメージセンサ、液晶ドライバーなどの生産拠点。
三菱電機福山製作所は分電盤、ブレーカーの製造拠点。
地場産業では繊維・電子機器・ポンプ・クレーン・機械検査機器・食品トレー・ゴム製造業などの一大製造拠点になっていて。
また上場企業やその業種のオンリーワン企業が都市規模の割合に比較しても非常に多く、国内地方都市では静岡県浜松地区に次ぐ上場・トップシェア企業の多い地域である。
基幹産業・上場企業[編集]
いわゆるオンリーワン、ナンバーワン企業が多く、モノづくりが盛んである。また福山市を本社としている企業も人口規模から考慮すると多い。
- 輸送用機器
- ツネイシホールディングス(造船・海運持株会社・本社所在地)
- 常石造船(造船業大手・本社所在地)
- 本瓦造船(造船業中手・本社所在地)
- 食品
- サービス業・不動産
- ベッセル(ホテル・マンション経営、ビルメンテナンス・印刷業・飲食業)、元「福山地所(株)」。本社所在地
- 衣服・繊維
- カイハラ(デニム製造大手・本社所在地)
- 自重堂(ワーキングウェア製造・本社所在地)
- ジーベック(ワークウェア製造・本社所在地)
- 青山商事(洋服の青山・本社所在地)
- サンエス(繊維・電子部品製造・本社所在地)
- タカヤ商事(アパレル製造企画販売・本社所在地)
- ヤスハラケミカル
- コーコス信岡(繊維産業・本社所在地)
- ビッグボーン(被服業・本社所在地)
- 卸・小売業
- 運輸・運送業
- 福山通運(運送業大手・本社所在地)
- その他製造業
- エフピコ(食品トレー製造大手・本社所在地)
- ホーコス(機械製造・本社所在地)
- テラル(機械製造・本社所在地)
- マナック(化学品製造大手・本社所在地)
- 日本ホイスト(ホイストクレーン・立体駐車場 本社所在地)
- アドテック・プラズマテクノロジー(機械検査機器・本社所在地)
- オー・エイチ・ティー(電子基板検査機器製造・本社所在地)
- 日東製網(本社は東京都 創業地や現在の実質的な本社は福山市)
- 福山ガス(都市ガス供給会社・現在はJFEの高炉ガスを使用・本社所在地)
- ローツェ(搬送装置・本社所在地)
- 広島化成(本社所在地)
- 早川ゴム(本社所在地)
- JFEスチール西日本製鉄所福山地区(鉄鋼業・世界有数規模の製鉄所)
- 三菱電機福山製作所(電気部品)
- シャープ電子デバイス事業本部(CCDイメージセンサ、液晶ドライバー)
- ヤクルト本社福山工場
- 石井表記(プリント基板製造装置メーカー・本社所在地)
- 東洋額装(掛軸表装・本社所在地)
商業[編集]
福山駅前(中心街)[編集]
駅南口に市内随一の商業集積を持つ。戦後に天満屋が、昭和40年代にダイエーやニチイ(後に福山ビブレとなる)、イズミ(後に複合専門店ビルCASPAとなる)などが相次いで出店すると、昭和30年代まで小売りの中心だった本通りや霞銀座、大黒町といった商店街は衰退していった。
そして、昭和59年(1984年)に元町市街地再開発事業で建替えられた天満屋福山店が大幅増床オープンすると駅前地区の商業は全盛期を迎える。その後、平成4年(1992年)には福山そごうが駅南西の工場跡地に開店したが、この頃には商業の中心が蔵王・春日(東部)を始めとする郊外型の店舗へと移行しつつあったことや駅から若干離れる立地などから売り上げは伸び悩み、わずか8年後の平成12年(2000年)に経営母体の破綻による煽りでそごうは閉鎖される。その前年には福山ビブレも営業不振により閉店し、平成17年(2005年)にはダイエー福山店が閉店した。
こうした駅前地区の衰退(空洞化)に対し福山市は福山そごう跡を買い取るなど支援に乗り出した。福山そごう跡は平成15年(2003年)に天満屋系列の複合専門店ビルが入居して“福山ロッツ”として再オープンする。福山ビブレ跡地はホテルや貸しオフィスや飲食店、岩盤浴施設などの複合多目的ビルが開店し、ダイエー跡地は東館に平成14年(2002年)からフタバ図書GIGAが入居した(後に閉店)。これをトモテツセブン(市内のバス会社鞆鉄道の関連会社で隣接する専門店ビルCASPAなどを運営している)が取得して専門店ビルとして再生させ、専門店には多数の飲食店があったが、最近では空きテナントが目立つ。西棟は穴吹工務店が取得して解体し高層の分譲マンションを建設した。
しかし、平成24年(2012年)1月には、CASPAが閉店し、3月には福山ロッツの翌年4月での閉店が発表されるなど、駅前地区の空洞化は進んだままである。
また駅ナカでは福山サントークが、中国四国地方初の7店を含む91店集積の下、平成19年(2007年)11月1日に「さんすて福山(サンステーションテラス福山)」としてリニューアルオープンした。 2008年7月1日に今まで駅北東側の三吉町にあった市立図書館が福山市生涯学習プラザ(愛称:まなびの館ローズコム)として中心部の霞町、中央公園内(福山市民会館跡地)に移転した。このように、駅前の再開発が進むことで新たなにぎわいが生まれつつある。
なお、居住環境としての福山駅周辺は数年前より全国的な都心回帰現象や、新幹線のぞみが停車する利便性の良さから分譲マンションの建設ラッシュが興っており、また、福山駅北口には福山駅ビルであるさんすて福山が南口に跨って立地している他に分譲・賃貸マンションやビジネスホテル、飲食店・小売店などが点在しており、近年まで北口に隣接する空地(倒産した地元建設会社の所有地であったが西松建設が買収する)は、徐々に再開発を進み、これまでビジネスホテルと19階建の高層マンションが完成し、残りの土地には平成20年(2008年)に福山大学のサテライトスクールが完成。
このように駅前地区の商業は衰退が著しいものの、それでも福山市の玄関口として未だ市内最大の商業集積を持っており、市は駅前地区の再生を目指し駅前大規模再整備事業を進行させている。また、民間地権者主導で現在、福山駅前に以下のような2つの大規模再開発計画がある。
- (伏見町地区第一種市街地再開発事業 JR福山駅南口の東側街区にある中小ビルや老朽木造家屋等が混在する地区の再開発計画。事業パートナーにはJFE都市開発、アーバンコーポレイション、五洋建設が参加している。当初の事業規模は地上43階、地下2階、軒高130メートルの分譲マンション棟と、地上30階、地下2階のシティホテル棟や事務所を中核とした業務棟のツインタワータイプで構成される計画であったが、業務棟を中心に規模を縮小させる方向で計画が修正された。低層部は天満屋を核テナントとした百貨店、量販店、シネマコンプレックスなどの地上6階、地下2階建の商業棟が占め、南隣の天満屋福山店と3階部分で連結し一体化するほか、地下は既設の駅前地下道に接続される予定である。また、地上8階建て980台収容の立体駐車場で構成される予定である。総事業費は当初の規模で約380億円、計画修正後は約325億円。当初の完成目標は2010年であったが世界的な景気低迷の影響で平成19年(2007年)に2013年へと延期されている。延床面積 約143,400m²(当初規模158,248m²)
- (東桜町地区第一種市街地再開発事業 JR福山駅南口にある昭和36年(1961年)に完成した3階建の雑居ビルである”福山繊維ビル”の再開発計画。計画自体は1980年代からあったが、一部地権者の反対やバブル経済崩壊などにより進展せず2007年にようやく最終的な概要がまとまり2011年4月に完成。地上28階、軒高102メートルの分譲マンション棟(戸数は140戸)、地上16階、軒高約62メートル・客室数216室のホテル棟のツインタワータイプで構成され、さらに低層部は専門店、事務所などの商業棟と大規模立体駐車場などで構成され地下部は既設の駅前地下道に接続されている。総事業費は約125億円。ビルの愛称は"アイネスフクヤマ(ines Fukuyama)"。なお、ホテル棟にはリッチモンドホテルチェーンが進出し、住宅棟は広島市に本社を置く章栄不動産が事業参加し、地権者分20戸を除く120戸を分譲完売で同社初の超高層免震構造。延床面積 約51,010m²)
入船町・三吉町南・港町・王子町 (中心街)[編集]
福山駅前から南東へ約1.5キロ辺りに広がる地区である。市中心部の国道2号線と県道との交差点にあった日本化薬福山工場(市内箕沖町に移転)跡地を中心に大規模な再開発がなされ、日本化薬がイトーヨーカドー福山店と天満屋、天満屋ハピータウンを中核とする大規模駐車場を備えたポートプラザ日化を建設する。 市も周辺の大規模な区画整理を行ったり、隣接の工場跡地に福山芸術文化ホール(リーデンローズ)がオープンし、市中心部から東部方面(蔵王、春日)との街並みの連続性がととのいつつある。地区東部には分譲・賃貸マンションが多く立ち並んでいる。
沖野上町[編集]
福山駅前から南へ約2キロ辺りに広がる地区で旧国立病院(現在の国立福山医療センター)付近を中心に大・中規模の医療施設の集積が多く、分譲・賃貸マンションも多い。それに伴う小規模な商業集積があるが駅前地区との連続性は乏しい。近隣の緑町には郊外型の商業施設の天満屋ハピータウンみどり町店やシティホテルと宴会場を備えたサンピア福山やルートイン Spa Resortホテルグランティア福山、複合宴会場のアルセ、福山競馬場がある。また、ロージーロードに毎年冬には、イルミネーションが施される。平成22年サンピア福山は解体された。サンピア跡地には食品スーパーを中心に物販、飲食、サービスの計15店が出店しオープンモール型施設が建つ。
昭和町・南町・住吉町・松浜町・入船町・寺町・旭町[編集]
福山駅前から南東へ約700メートル辺りに広がる地区で主に夜間営業のスナック、居酒屋、飲食店などが大規模に集積。中国地方でも有数の規模を持つ。それを取り囲むように分譲・賃貸マンションも多数存在する。当地域は古くは赤線地帯で現在も松浜、入船地区に性風俗店が多く建ち並び全国的に有名であるが、近年は警察による取締りが厳しく衰退の傾向にある。 寺町から旭町にかけては、室町時代以来寺院が集積している。
蔵王・春日(東部)[編集]
福山駅前から東へ約3~5キロ辺りに広がる福山駅前に次ぐ集積を持つ地区である。かつては山に囲まれた田園地帯であったが、平野部は国道182号線バイパスの設置や昭和40年代の大規模区画整理により整備され、山間部も昭和50年代に日本鋼管(現JFE)の住宅団地として伊勢ヶ丘・春日台が開発された。こうした中、市は東部副都心構想を策定してJR東福山駅や福山市民病院(蔵王町)を設置するなどインフラを整備する。そして、蔵王・春日地区の平野部を東西に貫く県道沿いに「イズミ蔵王店(現在のゆめタウン蔵王)」がオープンしたことを皮切りに昭和60年頃から数多くの郊外型店舗が立地していき、後背地に幕山・伊勢ケ丘・大谷台といった大規模住宅地を抱える地理的条件もあいまり、大発展を遂げた。また、昭和63年には山陽自動車道の福山東インターチェンジが蔵王町に開通するなど交通の利便性も更に高まり、現在では高層の分譲・賃貸マンション、戸建住宅・オフィスなどの立地も盛んで単なる郊外型商業地ではない高度な集積が形成されている。この他、JR山陽新幹線を隔てた国道2号線沿いにはヤマダ電機福山店やコジマ、ホームセンターのニトリ・ラウンドワン・フタバ図書・ドン・キホーテなど新たな商業集積ができつつあり、伊勢ケ丘地域ではJFE西日本製鉄所社宅跡地を利用した食品スーパーのハローズやホームセンターのユーホー、TSUTAYA・マクドナルドなどを中核とするショッピングモールがある。
松永(西部)[編集]
福山駅前から西へ約10キロ辺りにあり、かつては松永市だったが昭和41年に福山市に合併された。旧松永市時代にはJR松永駅北部が中心地であったが、駅南側もイズミ松永店のオープンを皮切りに郊外型店舗を中心とする集積が進んでいった。また、小規模ではあるが駅南口には歓楽街もある。駅周辺は福山大学の開設の契機に中高層の主に学生向け賃貸マンションが多く立ち並ぶようになった。西側の尾道市との境である高西町は土地区画整理やヤマダ電機福山西店の出店などにより尾道市側の高須地区との連続的な集積も出来つつある。東側の福山市中心部と松永地区の中間点である津之郷、赤坂、瀬戸地区にも郊外型パワーセンターやライフステージ太陽福山店などが立地している。
駅家・御幸・神辺(北部)[編集]
福山駅前から北へ約6~7キロ辺りに広がる地区で駅家地区は昭和50年代に福山市に編入された地域である。長らくJR福塩線の北側の県道沿いにのみ小規模な商店街が形成されるのみであったが、昭和50年代にニチイ駅家店(後にサティになるが現在は撤退し食品スーパーのハローズ主体の駅家モールとなっている)がオープンし、この地区の郊外型店舗のさきがけとなった。そして、これを軸に商業集積が出来ていったが、幾分道路事情が悪かったことなどから商業的中心は国道486号線沿いへと移っていった。
御幸地区は南部の県道沿いに小規模な集積があったのみであったが、北部に国道486号線が開通したことや、福山平成大学や中国中央病院、広島県立ふくやま産業交流館(ビッグローズ)が完成すると神辺平野の中核的な地域となり、現在では国道沿いに駅家地区、神辺地区と連続した商業集積を持っている。
神辺地区は国道313号線沿いや国道182号線沿いの川南・道上地区、旧山陽道(西国街道)沿いに古くからの小規模な商業集積があるのみであったが、JR神辺駅周辺に昭和50年代に郊外型商業施設である天満屋ハピータウン神辺店(現在は撤退して食品スーパーのハートが入店)やニチイ神辺店(サティに衣替えするが撤退しユーホーが出店するが隣接地に移転する)がオープンする。しかし、神辺駅周辺は道路事情が悪いことや御幸地区の発展などから現在は衰退気味である。一方、国道486号線沿いは国道313号線との交差点付近(湯野区画整理事業地内)にパワーセンターであるMrMax(現在はフレスポ神辺モールへ移転)やアクト神辺がオープンし、平成に入り国道486号線が全通して国道182号線と結ばれたことを契機に駅家・御幸地区との連続的集積が形成されていった。そして、平成17年(2005年)に486号線と182号線の交差点付近(道上土地区画整理事業地内)にフジグラン神辺を中心とする大規模商業街が完成し、至近距離の御幸地区や旧来の道上商店街、徳田土地区画整理地区の商業集積との連続性も高まり開発余力が限界に近づきつつある蔵王・春日(東部)地区に替わり福山市で最も著しい発展を遂げている。
新涯・川口・多冶米・一文字(南部)[編集]
福山駅前から南へ約4~5キロ辺りに広がる地区である。 1970年代の大規模土地区画整理事業以前はバス通り沿いに小規模な商業集積があるのみの田園地帯であったが、昭和47年(1972年)に手城町とを隔てる運河に入江大橋が架けられ国道182号線とを結ぶ県道380号線が開通したことを契機にこの通り沿いを中心に郊外型商業施設が建ち始めた。しかし、周辺人口の少なさや海に囲まれた閉鎖的な地理環境などから現在も大規模な集積は生まれていなかった。ただし、交通環境に関しては平成6年(1994年)に駅前大通りから続く道路(福山駅箕島線)が開通したことや平成15年(2003年)の芦田川大橋開通により芦田川対岸の水呑町と結ばれたことなどから大きく改善しているが、逆に商業的中心は川口地区から新涯地区へと移っていった。また、芦田川大橋を渡った水呑町も区画整理事業が完了するに伴い商業集積が高まってきている。
ビックボール有する、ボウリング、ビリヤード、漫画店等に隣接するイオン系列のショップモールの撤退から後(2007年)以降からは大規模な総合アミューズメント施設(コロナワールド)が建つ他、観覧車の設置、福山夏祭りの恒例イベントである花火大会を芦田川大橋付近で行うなど近年、賑わいを集めている。 人口の増加では駅前周辺に次ぐ増加率である。
各場所にはじじんさんと呼ばれる石造の神様がかつての大新涯干拓計画より設置されている。
この区域ではクワイ(芋類の一種)の生産が盛んであり、福山は生産高日本1位(また2010年現在)も記録されている。
- 期間限定品である、くわい焼酎「福山そだち」に用いられるクワイが生産されている。
箕島・箕沖(南部)[編集]
箕島は元々は島であったが、江戸時代、大新涯の干拓により陸続きになってしまった。作物に恵まれた地域である。また近くの茶山には古墳が存在する。 新涯・箕島から2~3キロに続く埋立地を箕沖と言う。エフピコや日本化薬、各種製造会社、港湾施設などが立ち並ぶ区域である。
新市(北部)[編集]
福山駅前から北西へ約15キロ辺りに広がる地区で県道沿いのJR新市駅付近に小規模な商業集積があったが国道486号沿いの駅家町や府中市との境界付近に一定規模の連続的な商業集積がある。 繊維業が盛んで日本三大絣の備後絣発祥の地としても有名。 自重堂、コーコスなどのワーキング大手やブルーウェイやカイハラなどジーンズ系大手が本社を構える繊維の街である。
主な大規模小売店[編集]
- 天満屋福山店・ポートプラザ店(伏見町再開発の核テナントに内定。既存福山店と三階部分で連結)
- CASPA 旧名称は イズミ(平成24年1月31日閉店)
- サンステーションテラス福山 略称: サンステ福山(旧:福山サントーク、福山駅ビル)
- ウエスギ本店(地元資本の繊維関係量販店)
- 福山LOTZ(ロッツ)(天満屋関連会社の運営の複合ファッションビル。コムサストア・GAP・LOFTなどがメインテナント)(平成25年4月24日閉店予定。)
- イトーヨーカドー福山店(広島県内では唯一のイトーヨーカドー)
- 天満屋ハピータウン ポートプラザ店・みどり町店・東福山店
- ゆめタウンイズミ蔵王店・松永店
- フジグラン神辺(スーパーフジやエーガル8シネマズと名付けられたシネマコンプレックスなど)
- ヤマダ電機福山店・福山西店
- デオデオ福山本店・福山北店・東福山店・松永店
- コジマNEW福山店
- ダイキ北吉津店・松永店・蔵王店
- アクト神辺
- ニトリ福山店
- コロナワールド福山店
- フレスポ神辺モール(MrMaxや啓文社などがメインテナント)
宿泊施設[編集]
- ホテル1-2-3 福山
- リッチモンドホテル福山駅前
- 福山と~ぶホテル
- 福山ニューキャッスルホテル
- ホテルエリアワン福山
- 福山ターミナルホテル
- キャッスルイン福山
- サンホテル福山
- 福山オリエンタルホテル
- 丸之内ホテル
- 福山プラザホテル
- 福山ローズガーデンホテル
- カンデオホテルズ福山
- ベッセルホテル福山
- ホテルグランティア福山SPA RESORT
- 景勝館漣亭
- 鞆シーサイドホテル
- 汀邸遠音近音
- ホテル鴎風亭
- 人生感が変わる宿ここから
主な大手企業支店一覧[編集]
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市内に本・支店をおく地方金融機関支店一覧[編集]
- 地方銀行
- 広島銀行福山営業本部・福山西・福山胡町・福山手城・福山春日・福山南・福山蔵王・福山川口・福山瀬戸・鞆・松永・松永南・駅家・新市・千年・神辺・神辺西各支店・イトーヨーカドー福山店出張所
- 中国銀行福山・福山胡町・松永・鞆・駅家・神辺・新市・千年・福山春日・福山西・福山東・福山南各支店
- 山口銀行福山支店
- 山陰合同銀行福山支店
- 伊予銀行福山支店
- 百十四銀行福山支店
- 西日本シティ銀行福山支店
- 第二地方銀行
- 信用金庫・信用組合等
- JA福山市 本店など支店多数
- 中国労働金庫(ろうきん)福山支店・蔵王支店・鋼管町支店
- しまなみ信用金庫福山営業部・鞆・伊勢丘・曙・蔵王・草戸・水呑向丘・手城・山手・東・福山ロッツ・駅家・神辺・松永各支店
- 備後信用組合本店営業部・神辺・横尾・新市・宮内・駅家・千年・福山南・木之庄・加茂・芦田各支店・内海出張所
- 両備信用組合福山・福山東・神辺・新市・金丸・駅家各支店
- 広島信用金庫福山光南支店・福山春日支店
- 広島県信用組合福山・福山東・松永・松永南各支店・赤坂出張所
- 広島県信漁連福山支店
- 朝銀西信用組合福山支店
- 信用組合広島商銀福山支店
- 地方証券会社
- ひろぎんウツミ屋証券福山支店
- 八幡証券福山支店
市内の主な病院[編集]
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教育[編集]
(休校中の学校を除く)
小学校[編集]
- 市立
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- 私立
中学校[編集]
- 国立
- 市立
- 私立
高等学校[編集]
- 国立
- 県立
- 芦品まなび学園高等学校
- 神辺高等学校
- 神辺旭高等学校
- 沼南高等学校
- 大門高等学校
- 戸手高等学校
- 東高等学校
- 福山葦陽高等学校
- 福山工業高等学校
- 福山商業高等学校
- 福山誠之館高等学校
- 福山明王台高等学校
- 松永高等学校
- 市立
- 私立
- 盈進高等学校
- 英数学館高等学校
- 近畿大学附属福山高等学校
- 銀河学院高等学校
- 東林館高等学校
- 並木学院福山高等学校
- 福山暁の星女子高等学校
大学[編集]
- 公立
- 私立
専門学校[編集]
- 私立
- 朝日医療専門学校福山校
- 穴吹医療福祉専門学校
- 穴吹情報デザイン専門学校
- 穴吹調理製菓専門学校
- 穴吹動物専門学校
- 穴吹ビューティ専門学校
- 広島県東部美容専門学校
- ファッションビジネス・アカデミー福山
- 福山市医師会看護専門学校
- 福山市歯科医師会附属福山歯科衛生士学校
- 福山福祉専門学校
- 福山福祉と動物専門学校
- 福山ペットビジネス専門学院
- 福山YMCA学園
- 福山YMCA国際ビジネス専門学校
- 弥勒の里国際文化学院日本語学校
その他の教育機関[編集]
- 県立
学校教育以外の施設[編集]
- 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構立
- 中国職業能力開発大学校付属福山職業能力開発短期大学校(公共職業能力開発施設)
- 県立
- 福山高等技術専門校(公共職業能力開発施設)
名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事[編集]
文化財[編集]
国宝[編集]
- 明王院五重塔(草戸町)
- 明王院本堂(草戸町)
重要文化財(国指定)[編集]
- 福山城伏見櫓(京都伏見城より江戸時代初期に移築・丸之内一丁目)
- 福山城筋鉄御門(丸之内一丁目)
- 沼名前神社能舞台(鞆町・沼名前神社境内・京都伏見城にあったもの)
- 鞆の浦太田家住宅・太田家住宅朝宗亭(鞆町)
- 鞆の浦備後安国寺釈迦堂(鞆町)
- 木造十一面観音立像(草戸町・明王院蔵)
- 木造阿弥陀如来及両脇侍立像(鞆町・安国寺蔵)
- 木造法燈国師坐像(鞆町・安国寺蔵)
- 磐台寺観音堂(沼隈町)
- 備後吉備津神社本殿(新市町)
- 木造狛犬(新市町・吉備津神社蔵)
- 毛抜形太刀 五阿弥長行作(新市町・吉備津神社蔵)
- 毛抜形太刀 五阿弥長行作(新市町・吉備津神社蔵)
- 毛抜形太刀 正光作(新市町・吉備津神社蔵)
- 毛抜形太刀 正光作(新市町・吉備津神社蔵)
- 草戸千軒町遺跡出土品(西町・県立歴史博物館蔵)
特別史跡[編集]
史跡(国指定)[編集]
名勝(国指定)[編集]
- 鞆公園(鞆の浦) - 瀬戸内海国立公園での最初の指定地 世界遺産候補地 現在、鞆港埋め立て架橋問題で揺れる。(鞆の浦埋立て架橋計画問題を参照)
天然記念物(国指定)[編集]
- 法宣寺天蓋マツ(鞆町)
重要有形民俗文化財(国指定)[編集]
- はきものコレクション(松永町・日本はきもの博物館蔵)
国登録有形文化財建造物[編集]
その他[編集]
- 山中鹿之助首塚(鞆町)
- 草戸稲荷神社(草戸町・例年正月には40万人以上の参拝者が訪れる)
- 三蔵稲荷神社(丸之内一丁目・水野氏ゆかり)
- 備後護国神社(旧阿部神社・宮本武蔵腰掛石・丸之内二丁目)
- 福山八幡宮(福山総鎮守・北吉津町)
- 備後国分寺(神辺町)
- 堂々川砂留群(神辺町・福山藩によって築造された砂防ダム)
- 二子塚古墳(駅家町・備後地区最大の前方後円墳・国史跡指定申請中)
- 賢忠寺
- 福山グリーンライン(沼隈半島の尾根を鞆の浦まで走る観光道路 福山市街地や倉敷市の瀬戸大橋、香川、愛媛県などの四国方面が一望できる。)
- ロマンチック街道313
- 四川ダム
- 道の駅アリストぬまくま
スポーツ施設[編集]
- 福山市民球場(プロ野球公式戦も開催される)
- 福山市竹ヶ端運動公園陸上競技場
- 福山市体育館
- ローズアリーナ
- 福山市武道館
- みろくの里神勝寺球場
レジャー[編集]
スポーツ[編集]
- JFE西日本硬式野球部の本拠地があり、都市対抗野球大会の常連出場チーム。
- 高等学校では誠之館高校のラグビー部、葦陽高校のサッカー部、神辺旭高校のバレー部、近大福山高校の卓球部、柔道部、野球部が特に強豪校。
ボーイスカウト[編集]
- ボーイスカウト福山第2団
観光・芸術[編集]
博物館・資料館[編集]
- 福山市立福山城博物館(丸之内一丁目)
- 広島県立歴史博物館(草戸千軒町遺跡の出土品を展示・丸之内一丁目)
- 日本はきもの博物館(松永町・世界唯一の“はきもの”にテーマをしぼった博物館)
- 日本郷土玩具博物館(松永町)
- 福山自動車時計博物館(クラシックカー時計・木之庄町)
- 福山市しんいち歴史民俗博物館(新市町)
- 福山市立鞆の浦歴史民族資料館(旧鞆城跡)
- 菅茶山記念館(神辺町)
- 福山市神辺歴史民俗資料館(神辺町)
- 神辺本陣(神辺町・山陽道の宿場町)
- アンクル船長の館(沼隈町)2009年9月閉館
美術館[編集]
- 福山市立ふくやま美術館(丸之内一丁目)
- 福山市立ふくやま文学館(井伏鱒二の書を中心に展示・丸之内一丁目)
- 福山市立ふくやま書道美術館(西町1丁目・福山ロッツ8階)
- しぶや美術館(本町・福山通運創業者澁谷昇氏の絵画コレクションを展示)
- 中川美術館(中国古代美術・熊野町)
図書館[編集]
- まなびの館ローズコム - 福山市中央図書館、福山市生涯学習プラザなどの複合施設。2008年7月1日開館。霞町一丁目・中央公園の一角にある。
- 松永図書館 (松永町)
- 北部図書館 (駅家町)
- 東部図書館 (伊勢丘)
- 沼隈図書館 (沼隈町)
- 新市図書館 (新市町)
- かんなべ図書館 (神辺町)
- 水呑分室 (水呑町)
その他[編集]
- 福山市立動物園
- リーデンローズ(福山市総合文化ホール・コンサートホール等に用いられる)
- 広島県東部県民文化センター(エストパルク・ホール)
- ビッグ・ローズ(広島県立ふくやま産業交流館・各種大規模イベントに用いられる)
- 福山市立神辺文化会館(ホール)
- 福山市中央公民館
- 福山市沼隈サンパル文化センター(ホール)
祭り[編集]
- とんど祭り(1月・藩政時代からの当地域の伝統的な祭りだったが今では市内の数箇所でのみ行われる)
- たじり杏まつり(3月・田尻町)
- 福山ばら祭(5月・市内中心部で行われる福山最大の祭り)
- お手火祭り(7月上旬・鞆町・沼名前神社・別名「お手火神事」 )
- 素盞嗚神社(戸手祇園社)(7月中旬・新市町・祇園祭(けんか御輿)
- 二上り踊り(8月・福山駅前大通り・久松通り)
- 松永ゲタリンピック(9月・市内松永地区で行われる大規模な祭り)
- 東村かかし祭り(12月・東村町)
福山市の名産品[編集]
福山市出身・ゆかりの主な著名人[編集]
公人[編集]
- 宮澤裕(政治家、喜一の父、小川平吉の女婿)
- 宮澤喜一(第78代内閣総理大臣・元衆議院議員)(出生地は東京)
- 宮澤洋一(自民党参議院議員)
- 頼母木桂吉(元東京市長)
- 丸山鶴吉(警視総監・宮城県知事を歴任)
- 井上角五郎(実業家・元衆議院議員)
- 森下博(森下仁丹創業者・鞆町)
- 伊藤洋二(政治運動家)
- 岡本半次郎
- 石井卓雄(陸軍少佐、クァンガイ軍政学校教官。ベトナム独立戦争で戦死)
文化人[編集]
- 青山圭秀(医学者)
- 谷邊橘南(書道家)
- 袴田茂樹(政治学者)
- 占部都美(経営学者)
- 井伏鱒二(小説家)
- 小山祐士(劇作家)
- 木下夕爾(詩人・俳人)
- 葛原しげる(童謡作詞家、“夕日”作詩者)
- 武田五一(建築家、京都市役所などを手がける)
- 藤井厚二(建築家、聴竹居などを手がける)
- 藤本寿徳(建築家)
- 榮久庵憲司(インダストリアルデザイナー、青年期を福山で過ごす)
- 野田正明(造形芸術家)
- 清水郁太郎(医学博士)
- 佐野俊二(医学者)
- 大島衣恵(喜多流能楽師、父は大島政允、祖父は大島久見)
- 寺田和正(サマンサタバサ ジャパン リミテッド創業者・現社長)
- 岡本泰彦(ジェイコム創業者・現社長)
- 島田荘司(推理作家)
- 友竹正則(声楽家、「くいしん坊!万才」レポーター)
- 藤岡宣男(声楽家)
- 藤家虹二(音楽家・ジャズクラリネット奏者)
- 柳井隆雄(脚本家)
- 中野裕之(映画監督、『RED SHADOW 赤影』・SFシリーズ)
- 羽原信義(はばらのぶよし、アニメ演出家)
- 石田敦子(漫画家、アニメーター)
- もりたじゅん(漫画家、本宮ひろ志の妻)
- 満田拓也(漫画家)
- とだ勝之(漫画家)
- 箱田真紀(漫画家)
- 松田洋子(漫画家)
- 羽仁礼(ノンフィクション作家)
- ヒロハラノブヒコ(放送作家)
- 渋谷昇(福山通運、ベッセルの創業者、初代社長。しぶや美術館、福山通運渋谷長寿健康財団、財団法人渋谷育英会の創設者。元福山市市議会議員)
芸能人[編集]
- 井亀明彦(ミュージシャン)
- エムラミノル(ミュージシャン)
- 大本彩乃(アイドル歌手、アーティスト、Perfume)
- 岡峰光舟(THE BACK HORN)
- 緒川たまき(女優、小学~高校まで在住)
- 小原春香(アイドル歌手、AKB48チームB)
- ak(ミュージシャン、作曲家)
- 金児憲史(俳優、石原プロモーション所属)
- 京野ことみ(女優)
- 国岡真由美(ミュージシャン、ICE ボーカリスト)
- 小林克也(DJ、ラジオパーソナリティ・俳優)
- 五味岡たまき(アイドル歌手、元おニャン子クラブ)
- 崎谷健次郎(ミュージシャン、シンガーソングライター、音楽プロデューサー、福山市民の歌「流れによせる歌」(1979年)の作曲者)
- 白石知世(タレント)
- 杉原杏璃(グラビアアイドル)
- 菜乃花(グラビアアイドル)
- 村上友梨(グラビアアイドル)
- 世良公則(ミュージシャン、俳優)
- 樽木栄一郎(ミュージシャン)
- 寺岡呼人(ミュージシャン、元JUN SKY WALKER(S))
- 天津・向清太朗(お笑いタレント)
- 中島知沙(モデル、サンミュージックブレーン所属)
- 西田尚美(女優)
- 速水けんたろう(タレント、だんご3兄弟)
- 福山潤(声優)
- 平井誠一(声優)
- 藤井一彦(ミュージシャン、ザ・グルーヴァーズ)
- 藤井謙二(ミュージシャン、元MY LITTLE LOVERギタリスト)
- 星奈優里(女優、元宝塚歌劇団トップ娘役)
- 町本絵里(女優、2004年度ミスユニバース日本代表)
- 三谷昇(俳優)
- sono(ミュージシャン、元Cry&Feel it)
- もんたよしのり(ミュージシャン)
- 横山知枝(女優、元やまだかつてないWink)
- Mas Sawada(ミュージシャン、元初代ツイストのリーダー、音楽プロデューサー)
- DJ D.C.G(DJ)
- 溝渕ケンイチロウ(ミュージシャン、the castanets)
- 及川奈央(タレント)
スポーツ選手[編集]
- 村田兆治(元プロ野球選手)
- 小川邦和(元プロ野球選手)
- 藤井康雄(元プロ野球選手)
- 浅野啓司(元プロ野球選手)
- 箱田淳(元プロ野球選手)
- 神崎安隆(元プロ野球選手)
- 江草仁貴(阪神タイガース→埼玉西武ライオンズ→広島東洋カープ選手)
- 上本博紀(阪神タイガース選手)
- 橋誠(プロレスラー)
- 藤井軍鶏侍(プロレスラー、総合格闘家)
- 石井義信(サッカー元日本代表監督)
- 兼田亜季重(サッカー選手)
- 森脇良太(サッカー選手)
- 森孝慈(元サッカー日本代表)
- 古邊考功(元サッカー選手)
- 上村健一(元サッカー選手:熊本生まれ、福山育ち)
- 桒田慎一朗(サッカー選手)
- ダ・シルバ・ファビオ・岡(サッカー選手:ブラジル生まれ、福山育ち)
- 遠藤愛(元プロテニス選手)
- 島田裕二(格闘技レフェリー)
- 有馬隼人(アメリカンフットボール選手・元TBSアナウンサー)
- 家本政明(サッカースペシャルレフェリー)
- 麻生慎介(競艇選手)
- 市川哲也(競艇選手)
- 市川猛(競艇選手)
- 黒川知弘(福山競馬騎手)
- 『永本裕章』(元プロ野球選手)
その他[編集]
- 水野勝成(初代福山藩主で福山の開祖・戦国武将・徳川家康の従弟・生まれは三河国岡崎(現岡崎市)
- 菅茶山(福山藩儒学者・頼山陽などに影響を与えた)
- 阿部正弘(福山藩主・徳川幕府老中首座)日米和親条約を結ぶ。
- 関藤藤陰(福山藩儒学者・生まれは福山藩領笠岡)
- 桜井弘規(RCC中国放送アナウンサー)
- 渡辺襄(元毎日新聞社社長)
- 糸永直美(広島テレビ放送アナウンサー)
- 佐藤勇二(三菱自動車工業初代社長)
- 高橋圭子(OHK岡山放送アナウンサー)
- 笹田和秀(日本中央競馬会調教師)
福山市名誉市民(福山市公式選定)[編集]
- 平櫛田中 1872年-1979年(木彫家、文化勲章受章者・福山駅前の釣人像(レプリカ)作成者)
- 井伏鱒二 1898年-1993年(小説家・黒い雨などの作者)
- 葛原しげる 1886年-1961年(童謡詩人・童謡夕日などの作曲者)
- 野島泰治 1896年-1970年(医学者・ハンセン病研究の権威)
- 森戸辰男 1888年-1984年(文部大臣、広島大学学長、日本ユネスコ国内委員会会長など)
- 福原麟太郎 1894年-1981年(小説家)
- 神原秀夫 1916年-1977年(旧沼隈町初代町長など地元発展の功績者)
- 金島桂華 1892年-1974年(日本画家)
- 猪原大華 1897年-1980年(日本画家)
- 櫻田武 1904年-1994年(日清紡績社長、会長を歴任)
- 村上銀一 1904年-1983年(当地域からのハワイ移民、海外交流に貢献)
- 澁谷昇 1904年-1994年(福山通運創業者・名誉会長)
- 桑田笹舟 1900年-1989年(一楽書学院の設立者)
- 吉川英士 1909年-(邦楽研究家)
- 宮地茂 1914年-2005年(福山大学創立者、名誉総長・文部官僚)
- 宮澤喜一 1919年-2007年(元衆議院議員、第78代内閣総理大臣、初代財務省大臣など)
- 松本卓臣 1920年-(福山ガス社長、福山商工会議所会頭などを歴任)
福山市が登場する創作物[編集]
以下にはロケ地も含まれる
- 宮崎駿監督が、社員旅行で滞在した広島県福山市の鞆の浦を非常に気に入り舞台となった。スタジオジブリ制作の長編アニメーション映画
- 龍馬伝(2009年) 大河ドラマ
- 少女たちの羅針盤(2010年)
- 福山市内全域が映画の舞台である。成海璃子主演
- 小栗旬 主演の映画。撮影現場。
- 長崎県から北海道へ移住する一家が、高齢の父親を託す為に次男夫婦が住む福山市に立ち寄る場面に登場。結局、一家は父親とともに福山を去るが、映画には旧福山駅や竣工間もない日本鋼管福山製鉄所、次男一家の住居がある大門団地(現:東陽台)が描写されている。
- 福山城、周辺の遺跡等が撮影に使われている。日本横断には必ず舞台に挙がる。
- 鞆町がロケ地。
- 福山市内でロケ
- 白椿 2007年
- 鞆町がロケ地
- 戦時中を舞台にしたドラマ。
- 坂の上の雲NHKスペシャルドラマ
- みろくの里がロケ地…東京の兵学校に入った秋山真之が久しぶりに松山に帰省して通りで偶然父親と再会するシーン
- 尾道を舞台にしたアニメ(架空の港町という設定だが、ほとんど現実に存在するものが登場する。)
- 広島を象徴する、戦後を舞台としたアニメ。
- エンディングで福山が登場する。
- 主人公の出身地および選挙区(旧広島県第三選挙区)という設定。ただし描写が現実と大きく異なる。
- ウルトラマンA第一話
- 超獣ベロクロンが最初に福山市に出現したことになっている。なお、Aに変身する北斗星司、南夕子両名も福山市出身との設定である。
- 転校生 (1982年版) 大林宣彦監督作品
- 隣接する尾道市が舞台であるが、主人公の前の学校の友達と会った場所という設定で福山城が登場している。
- ゴリラ・警視庁捜査第8班(1989年)
- 石原プロモーション製作の刑事ドラマ。24話と27話では舞台となっている。また後期OPでは福山ロケの映像が使われていた。
- はみだし刑事情熱系クリスマススペシャル(2003年)
みろくの里ロケセット村は大きなセットである。市民にあまり知られていない理由にはほとんど一般公開されていないからである。(一部公開) さまざまなドラマや、映画で使用される。鞆町とのセットで撮影することも少なくない。
その他[編集]
福山市内の市外局番[編集]
市外局番は以下のように区分されている。
- 福山MA[福山特例] 084(910~929、931、932、940~959、961、968~979、981~985、990~999) 旧市街地区など
- 福山MA 084(960、962~967、980、986~989) 旧沼隈町、内海町および神辺町地区と尾道市浦崎町の一部
- 尾道MA[松永特例] 084(900~909、930、933~939) 旧松永市地区
- 府中MA 0847(40~69) 旧新市町地区
- 井原MA 0866(60~89) 山野町の一部地区(堂谷地区の2軒)
- 上記1と3相互の通話は、特例で市内料金が適用され、市外局番が不要である。
- 上記1と2相互の通話は、同一エリアにつき、市外局番が不要である。
- 上記2と3相互の通話は、隣接地域扱いとなるため、市外局番084が必要である。
- 上記3の地域は尾道市、三原市の「市外局番0848(20~89)地域」へは市外局番が必要だが、市内料金が適用される。
- 上記4の地域は府中市などと同じ扱いとなるため、その他の地域相互の通話は市外局番が必要である。
福山市内の郵便物の集配[編集]
郵便物の集配は、郵便事業の以下の支店・集配センターが行っている。
- 福山支店(福山郵便局):720-00xxx、720-08xx、720-85xx、720-86xx、720-87xx
- 福山東支店(福山東郵便局):721-0000、721-09xx、721-85xx、721-86xx、721-87xx
- 福山東支店鞆集配センター(鞆郵便局):720-02xx
- 福山東支店千年集配センター(千年郵便局):720-03xx
- 福山東支店山南集配センター(山南郵便局):720-04xx
- 福山東支店駅家集配センター(駅家郵便局):720-11xx、720-25xx、720-24xx
- 福山東支店山野集配センター(山野郵便局):720-26xx
- 福山東支店内海集配センター(内海郵便局):722-26xx
- 神辺支店(神辺郵便局):720-21xx
- 松永支店(松永郵便局):729-01xx、729-02xx、720-05xx
- 新市支店(新市郵便局):729-31xx、720-12xx
自動車のナンバープレートについて[編集]
なお、自動車や軽自動車、二輪車などは福山市高西町に中国運輸局広島運輸支局福山自動車検査登録事務所や軽自動車検査協会広島主管事務所福山支所があり、広島県東部をエリアとする福山ナンバーを統括している。なお、福山ナンバーは中四国9県で唯一の県名以外の地名の入ったナンバープレートである(※2006年10月よりご当地ナンバーとして倉敷ナンバーと下関ナンバーが加わった。ただしこれらの地区には陸運事務所などは設置されない)。
最近の市町村合併により広島ナンバーのエリアに区域移管される地域が多く、逆に広島ナンバーから福山ナンバーに移行されるのは新設合併された新・三原市のうち、旧賀茂郡大和町の区域のみである。
参考文献[編集]
- 『福山市史 近世資料編(1) 政治・社会』
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
- 行政
- 観光