世界基督教統一神霊協会
世界基督教統一神霊協会(せかいきりすときょうとういつしんれいきょうかい、英名:The Holy Spirit Association for the Unification of World Christianity)は、韓国発祥のキリスト教系新宗教団体(ただし一般のキリスト教会はキリスト教の一教派とは認めていない(#教義の節を参照)。日本では一般に、統一教会(とういつきょうかい)または統一協会(とういつきょうかい)の名前で、韓国では「統一教(トンイルギョ)」の名前で知られる。韓国では1997年4月に、正式名称を「神様王権党」に変更した。
創始者の文鮮明は長老派のキリスト教徒であったが、15歳の時にイエスの使命を受け継いで欲しいという神からの啓示を受けることを契機に新しい真理を悟ったという。文鮮明の思想の特徴は「神と人間は親子の関係である。」という思想である。神はすべての被造物を神の喜びの為の善の対象として創造された、そして、最後に人間を子として祝福して、生育せよ、繁殖せよ、万物を主管せよ(創一・28)と言われた。この三大祝福にしたがって、人間が神の国、即ち、天国をつくって喜ぶとき、神もその子をご覧になって、一層喜ばれることはいうまでもない。文鮮明は、神の創造目的は三大祝福を中心として神の心情と一体となることだと考え、神の国を実現しようとした。しかし、この真理をキリスト教会が受け入れなかったとして、キリスト教の代理として世界基督教統一神霊協会が1954年5月1日韓国ソウルに創設された。世界本部はニューヨーク(かつては韓国のソウル)にあり、世界193か国に支部(協会)がある。
韓国でベストセラーとなった『平和を愛する世界人として-文鮮明自叙伝』の日本語版が2009年10月2日に創芸社により発売された。Amazonの書籍ランキングで1位を獲得したことがあった。
目次
[非表示]概略
「統一教会(統一協会)」の教祖(創始者)、文鮮明は日本統治時代の朝鮮 の農家の次男として生まれた。数え年16歳のときにイエス・キリストから自分が果たせなかった神の目的を果たす使命を託されたと主張している。すべての宗教の中心であるキリスト教徒が自分を再臨のキリスト(メシア)として受け入れれば、7年間で地上天国を完成させる機会が第二次世界大戦後の時期にあったが、当時のキリスト教徒の代表たちが文鮮明を受け入れずにその歴史的な機会を失ったため、キリスト教に代わるものとして設立したのが「統一教会(統一協会)」であるとしている。
教団の目的は、夫は妻の為に妻は夫の為に、親は子の為に子は親の為にという、為に生きる真の愛で、社会の基本単位である真の家庭を建設することにより、神の理想とする地上天国を実現することである。そのために、様々な分野において活動を展開している。教団の活動は統一教会のYouTube動画と統一教会情報局!より確認できる。統一教会はローマ教皇の愛称パパと聖母マリア、儒教の五徳を合わせたものと考えられる。
教団は前述のような理由から宗教活動以外に、多国籍企業を上回るほど幅広い事業を手がけ、多くの関連企業や関連団体を持つ(統一教会関連の企業と団体の項目を参照)。そのために日本統一教会からも多くの献金がされている。 韓国においては、教団設立の翌年(1955年)に、韓国の名門女子大である「梨花女子大学校」の教授や学生らが多数入教したことが騒動となり、批判され、教勢が後退した。当初大学校側が思想自由、宗教迫害だとマスメディアから批判を受けていたのに、後に教団に批判的な報道に変わったのは、大学校幹部に当時の韓国政府の高官の親族がいたことから、政治家からマスメディアに圧力がかかったためだという指摘がある。その翌年(1956年)、当時、まだ国交のなかった日本での伝道のため、宣教師を密入国させた。1960年代初めには、立正佼成会の庭野日敬会長(当時)の指示で統一教会(統一協会)の教えを学んでいた、立正佼成会の青年部の信者50名ほどが統一教会(統一協会)に転じ、2年後に日本の会長になった久保木修己を初め、後に教団幹部となる者が出た。
政財界とも強い結びつきがあり、東西冷戦時代の1960年代後半に、教団は反共主義の政治団体、「国際勝共連合」を韓国と日本で設立。神仏や人間の霊性を否定する共産主義を神と人類の敵として徹底的に批判し、それぞれの国の与党や保守勢力を支援し、関係を深めた。文鮮明が共産主義崩壊の仕掛け人と指摘されていることから、統一教会に反対する人の多くはリベラルな思想を持った個人、団体、及び、教義が異なるキリスト教の牧師、それに影響を受けた人達だと言われ、マスメディア、インターネットへの書き込み等、様々な媒介を使って批判を展開していると言われている。
1970年代からは、文鮮明はアメリカに居を構えて、大規模な講演会を幾たびも開催した。日本から渡米した信者らも伝道と経済活動を活発に行った。政治的には共和党を、自ら創刊した保守系新聞『ワシントン・タイムズ』などのマスメディアで一貫してバックアップし、政界を初め、各界との関係を深めてきた。『ワシントン・タイムズ』は、当時のレーガン大統領が唯一、ベッドルームへ持ち込む新聞と言われ、その論調は当時の政権に大きな影響を与えてきた。当時のソ連を戦略兵器制限交渉のテーブルに引っぱり出し、冷戦終結に導いたアメリカのSDI計画の推進は『ワシントンタイムズ』の論調が強く影響していると言われている。しかし、リベラル派からの反対も受け、文鮮明は脱税の罪で1年余りの懲役刑を受けるということも起こった。
文鮮明はアメリカから出国すれば懲役刑を免れることができたが、出国せずアメリカにとどまった。文鮮明の脱税に関して教会側は宗教弾圧による冤罪であると主張している。その後、アメリカの諸宗教団体40団体以上(米国キリスト教協議会(NCCC)、米国バプテスト教会、米国長老派教会、米国メソジスト監督派教会、福音派全国教会、南部クリスチャン指導者会議、末日聖徒イエス・キリスト教会、クリスチャン法律協会、米国未登録教会連合、クリスチャン・ボイス社等、合計会員数1億2千万人)が、文師の脱税容疑に対し、信教の自由の侵害、宗教弾圧であると抗議し、「同苦の会運動」を発足。この宗教弾圧に対し、多くの牧師、宗教指導者達が共に立ち上がった。(文鮮明の脱税:アメリカでは宗教団体の資金はその団体の責任者名義で預金するのが慣例となっており、同様にアメリカ統一教会の資金も文鮮明名義で銀行に預金されていた。しかし、この預金に発生した3年間の利子を所得として申告しなかったとして脱税の罪に問われた。そうであれば全ての宗教団体の長や教会の牧師、神父は全て脱税の罪に問われるとして多くの宗教指導者達が立ち上がった。)
1980年代には「日韓トンネル」や中国において自動車工場を作る壮大なプロジェクトに対し、信者達が多額の献金をしたと言われている。 また、文鮮明が長年の悲願であると公言する朝鮮半島の「南北統一」へ向けて、民団や朝鮮総連など、在日韓国・朝鮮人への働きかけも行ってきた。
1990年代に入ってからは、アメリカで収監されたことで、日本を初め文鮮明が入国できない国での運動を進めるために、妻の韓鶴子(ハン・ハクジャ)が表舞台に出るようになり、世界各地で講演を行っている。
この頃から、教会活動に専念する献身者の制度が解消され、各自が故郷に戻って定職につき、親族を伝道するように方針転換がなされた(内部では「還故郷」と呼ばれた)。
文鮮明は1990年4月モスクワを訪問、当時のゴルバチョフ大統領と単独会談をし、「世界を核戦争の道に導くか、恒久平和に導くかは大統領の手にかかっています。世界平和の使徒として、世界の大統領として永遠に残る仕事をしなければなりません。絶対に血を流すようなことをしないでください。ソビエト連邦の各共和国の自由独立を防ごうとなさらないでください」と進言し、ソ連国内においても宗教の自由を認めるように進言したと言われている。
1991年12月には核問題で欧米諸国の先制攻撃論が報じられ緊張が高まる中、北朝鮮を訪問。金日成主席(当時)と会談し、朝鮮半島の非核化宣言に合意し、国際原子力機関(IAEA)の核査察に調印するよう進言し、南北離散家族交流や経済支援等を約束した。同年12月末北朝鮮は朝鮮半島非核化共同宣言に調印し、翌年1月国際原子力機関(IAEA)の核査察協定に調印した。北朝鮮の国営ホテルの経営を任されるなど、教団と北朝鮮との関係が深まったため、警察、公安からも注視された。また、文鮮明は六者会合実現への後押しもしたと言われている。
教祖が何代も前の先祖の因縁などを見抜いてカップルを決める「合同結婚式」はこの教団独自のものであり、世界平和の基礎となる理想家庭を創るということで、国際カップルを含む多くの男女を結びつけてきた。特に、1992年の「3万組国際合同結婚式」に、歌手で女優の桜田淳子を始め、3人の有名人が参加することが公になり、マスメディアで大きく取り上げられ、統一教会(統一協会)の名前が広く知られることとなった。また、これを機に、教団が批判報道が多くなされた。翌1993年には前年の合同結婚式に参加した山崎浩子が婚約破棄と脱会宣言した。 この1993年から1994年にかけ、信者の士気と結束を高めるため、韓国の「修練所」に信者を集め、文鮮明自ら積極的に「修練会」を行った。
1995年1月から韓国京畿道の清平(チョンピョン)修練所に信者を集め、悪霊を取り除く特別修練会が行われるようになり、難病、奇病、家庭不和に苦しむ人たちの治癒を行うようになったとしている。
1997年のアジア通貨危機の影響を受けた韓国においては、韓国の統一グループの企業の多くが倒産したり、経営が危うくなったりした。この時、文鮮明は韓国の経済を救済するために、韓国政府に1000億ウォン(90億円相当)を寄付したといわれている。
また南米に地上天国のモデルを作るとして、韓国を中心にするこれまでの方針を転換し、ブラジルの未開発の広大な土地を買い、ジャルジンに信者たちのための集団村を建て、夫婦で参加する修練会を行ったり、南米各地に女性宣教師を派遣した。
また、文鮮明が再臨主であることを主張する予言の解説本を出したり、霊界の宗教者や政治家達が文鮮明をメシアと崇めているという「霊界通信」本を出している。
2004年からは「人類の家族的な統一にはモンゴル(蒙古斑族)が重要な役割を果たす」として、モンゴルに関して運動を進めている。近年は韓国の有名観光地の開発を手がけているほか、2006年6月には韓国で「本殿聖地」という王宮を建てた。学校、病院、老人ホームなどが揃うこの地域一帯に、宗教と人種を超越した『平和村』を作る計画だという。
文鮮明は高齢(1920年2月25日生まれ)になったこともあって、アメリカから韓国に戻り、公の場に出るのは控えてゆくという。 教団は世界各国に進出しているが、日本の信者が最も多いと思われるが、マスメディアによる批判報道(特に『朝日新聞』と『文藝春秋』)や度重なる多額の献金要求の影響もあって、信者数は減少したといわれる。が、一方では、教団全体が経済中心から伝道中心へと活動方針を抜本的に転換したことが功を奏し、一部ではここ数年の間に急激に信徒数を増やしているところもあるようだ。
韓国、日本、アメリカにおいて、それぞれの与党を初めとした保守勢力との関係を築いており、教団関連の団体に著名な政治家や学者や宗教家などが参加したり、協力したりすることも多い。
2008年下半期の金融危機は1997年のアジア通貨危機と同じく韓国の教団関連企業倒産の危機もあったが、ハーバード大経営学部を主席で卒業しアメリカで経営者としての実績を持つ文鮮明の4男、国進により黒字経営を続けており、韓国統一教会発展の推進力になっている。
文鮮明の4男、文国進は2005年より、アメリカから渡韓。独自に経営していた企業の実務的立場を離れ、統一グループ財団の赤字を、わずか2年間で黒字経営に転換させる。近年その経営手腕がマスコミから注目された。この影響により、韓国国内では7男亨進も韓国マスメディアから注目を浴びるようになり、文鮮明の自叙伝『平和を愛する世界人』の販売部数を促進させている。
文鮮明の後継者は、教団の青年団体「World CARP」(世界大学原理研究会)の会長などを務める三男の文顕進(ムン・ヒョンジン)が先頭になり、他の息子たちが、芸術・政治・宗教・経済など様々な分野に分かれて引き継ぐと見られていたが、2008年4月、教団の広報は中心となる宗教分野については7男の文亨進(ムン・ヒョンジン)が後継者になると公表した。
2008年後半より、教団は統一教会信徒の拉致監禁問題の解決に対する活動を全国規模で積極的に行っている。今まで訴訟していなかった事件に関しても積極的に訴訟を開始している。
第3次4年路程が終わる2012年までに全ての摂理を完成させることで、2013年の陰暦(天暦)1月13日(グレゴリオ暦では2月22日)には「天一国」が実現するとしている。
信徒数
2006年現在、教団は「世界 190余ヶ国に宣教師を送り、150万名の信者がいる」としている。 過去の年代における信徒数については、(1995年)12月31日現在の文化庁統計によれば、日本の信徒数は47万7000人。
韓国には日本から韓国人との祝福(結婚)等で韓国に来た人だけでも5000人、統一教会の歴史は韓国が一番長く、統一教会信者の子女だけでも10万人は下回らない。韓国全体で数十万人にはなると思われる。アメリカにも一万人はいると言われている。
教団の元広報局長であった副島嘉和の 1984年の告発手記によれば、「日本に8000人、米国と韓国にそれぞれ2000人、ヨーロッパ全体で2百数10人」と言われ、浅見定雄の1987年の著書では「多めに見て日本が数万、米国と韓国が2000から5000、ヨーロッパ全体で1000そこそこ」としている。
教典
『聖書』よりもはるかに頻繁に使われる『原理講論』が教典である。 2001年からは教祖が教義の内容をより詳細に語った説教を集めた『天聖経』が原理講論に肉を付けたより詳細な教典となるとされた。2003年6月9日には、教団が出版した教祖の説教集や書籍を勝手に編集・コピーして行おうとする分派活動を防ぐために、発言の出版、翻訳、および氏名・写真の使用等に関する諸権利を韓国の教団(韓国世界平和統一家庭連合)に授権・委任した。
原理原本
文鮮明自身が書き、保管するのに超苦労を重ねてきた原理原本が、他のすべての経典に優って重要である。
マインドコントロール
桜田淳子らと共に合同結婚式に参加した翌年の1993年、山崎浩子が、統一教会(統一協会)からの脱会を表明する記者会見で「わたしはマインドコントロールされていました。」と語り、同日、アメリカの元信者であったスティーヴン・ハッサンの書いた『マインドコントロールの恐怖』(恒友出版)が発売されてベストセラーになったことから、日本でも「マインドコントロール」という言葉が広く知られることになった。従来の洗脳は具体的な物理的手段を用いた強制的なものだが、マインドコントロールは物理的手段を用いないので、本人が気づかないうちに取り込まれてしまうというカルトなどによる巧妙な手法を認識される概念として登場した。信者にマインドコントロールをほどこしているという批判に対し、教団側は、「マインドコントロール」という理論は、もともとアメリカで宗教運動から信者を強制的にやめさせるための理論として出現したものであり、非科学的理論であり、反宗教的なイデオロギーに基づいた空論だと反論している。
尚統一教会は、統一教会の教え以外の書籍や情報は見てはいけないという指導は従来から行っておらず、情報のあふれた現代社会において、自由に反対派の情報や他の宗教、その他あらゆる情報を見聞きすることができるのだから、そのような環境の中でマインド・コントロールという考え方を持ち出すことがおかしいと教団は主張している。
マインドコントロールは、学問的には諸説があり、まだ確立された学説とはなっていない。
献金・経済活動
教団には地上天国を実現するために“すべてのものを神に返す”という教えがある。人間も、神の体、すなわち、『神の宮』として創られている。すべてのものを神に返す運動によって天宙平和銀行を創り、五権分立の社会を実現する。
献金
- 10分の3献金;一部のキリスト教と同じく収入の10分の1を献金が奨励されて来たが、1990年代頃から収入の10分の3を献金をすべきとされたが、これは地上天国ができた時は、収入の10分の3を税金のような形で納めることにより他のほとんどの税金はいらなくなるということを意味するという信者もいる。
- 資産家による献金;「篤志家」、「サミット」と呼ばれる部門が資産家を対象にその預金や土地や家を売却代金を献金することを勧めたりした。
- 1988年から中国に「パンダ・モータース」という自動車工場を作るとして信者に献金が要請される。信者は家、土地まで担保に入れて借金するものまで出た。広東省恵州市に1,500万坪の土地を借りて10億ドル以上の投資で、年間30万台の自動車を作る計画だったが、この計画は完成しなかったが、地上天国実現のための大きな布石になったと言われている。
- 2000年には、文鮮明の既存の説教集7冊の合本、『文鮮明御言葉集、「成約時代と理想天国」』と題する本(文鮮明のサインと一冊ごとに番号が付いている)を『聖本』と名づけ、3千万円献金した者にその本を贈り与えるとされ、2800の教会に一冊のノルマが課せられたという。
- 同様に、2003年にも、文鮮明の既存の説教集9冊の合本を『天聖経』と名づけ、「天の聖書」と位置付け、430万円献金した者にその本を贈り与えるとされた。但し、教団は「『聖本』も『天聖経』も商品ではない」とし、「贈呈にあたっては、献金のみが考慮されているものではありません。」と述べている。
- 教団側は文鮮明夫婦だけではなく、彼らの13人の子女も、神と人を愛し、万物を愛し、地球環境を愛するという精神から普段の生活は質素倹約で、「統一教会内に自分たち名義の器物を一つももたない」と説明する。 子女たちに譲る財産も、また子女たちが譲り受けた財産もないと言っている。(教団の重要な教えの中に、公金を絶対に私的に使用してはならないという公金の教え、結婚した夫婦が絶対に貞節を守らなければならないという貞節の教え、人の心情を絶対に傷つけてはならないという心情蹂躙の教え、があるという。)
訪問販売活動
これまで、信者たちは「万物復帰」の教えの実践として、様々な経済活動をして来た。草創期はパンの耳を食べて、リヤカーを引いて廃品回収を行っていた。また街頭や個別訪問で花、ボールペン、高麗人参、ハンカチや化学雑巾、コーヒーなど様々な物を販売した。また、数名で「マイクロ隊」と呼ばれる隊を組み、マイクロバスやワンボックスタイプのライトバンに寝泊りしながら、全国を募金集めや珍味やハンカチ等の販売で回った。
1970年代からは献身者を集団でマンション等に住みこませて、経済活動を行う「店舗」と呼ばれる拠点を全国的に作り、印鑑や高麗人参 茶(エキス)等を販売した。
無償で教団に奉仕する献身者が大多数だった頃は、委託販売形式を利用して、帳簿上は信者に給料を支払ったことにするが、実際は毎月1万5千円ほどの小遣いだけを渡すというような方法で、組織的な脱税ともみなされかねないことを行ってきた。
- 蕩減(とうげん)商品;教団では日本の朝鮮統治時代の罪を蕩減(とうげん、清算の意)するためとして、韓国の教団関連企業の商品を日本の「ハッピーワールド」を通して、需要や売れ行きに関係なく、一定数の商品を強制的に仕入れさせてきており、これを「蕩減商品」と呼んだ。蕩減商品には、大理石壷、多宝塔、高麗人参茶(エキス)、「メッコール」等の清涼飲料水や工作機械等がある。
霊感商法
元信者によれば、効能を謳って高麗人参を販売していたことが薬事法違反に問われ、販売に行き詰まっていた中で、高麗人参と、美術品としてはあまり売れなかった韓国の大理石壺の売り上げを上げるために、教義を使って売って行こうということになったことが霊感商法の始まりだという。
1980年代初めから、占いなどを切っ掛けに、ゲストを「霊場」と呼ばれる会場に連れて行き、家系図などを鑑定しながら、霊能者を装った信者が聞き出した本人や家族の不幸の原因を先祖の因縁話を使って説明し、先祖が救われるとか、このままでは不幸なるなどと不安を煽り、法外な値段で壷、多宝塔などを買わせてきた。この商法を『しんぶん赤旗』が「霊感商法」と名づけて批判。『朝日ジャーナル』などのマスメディアで度々その被害や手口が報じられた。 国民生活センターや各地の消費生活センター等に多くの苦情が寄せられ、多額の金銭的被害を生んだこの商法は大きな社会問題となった。教団の関連施設などに、警察の捜査が及び、信者は証拠書類が渡らないように、逃げ回ったという。
また「霊感商法」に関係した各地の販社は、設立後2〜3年で次々と解散し、遠隔地に住所移転したり、社名を変えたりした。また、この霊感商法の最盛期には「TV100」と言って、月に100億円を献金するようにとの文鮮明の指示があり、実際に何度か目標額を達成し、そのお金を韓国に送金していたという。「TV100」は“Total Victory”の略と言われる。当時の経済の責任者であった古田元男(「ハッピーワールド」元社長)は文鮮明からの指示ではなかったが、 小柳定夫 副社長(当時)と相談し、文鮮明が言ったかのように誇張して話したことがあると語っている(「霊感商法」問題取材班 『霊感商法の真相』p40 世界日報社 1996年8月16日)。
この「霊感商法」問題は国会でも、幾度も取り上げられたが、警察庁の刑事局保安部生活経済課長は「この種の商法というのは人の弱みといいますか、人の不安につけ込むというもので、悪質商法の中でも最も悪質なものの一つということで、全国の警察に繰り返し厳しく取り締まるように指示をしておるところでございます。」と答弁した。
「霊感商法」が社会問題化した1980年後半には、「霊石愛好会」の主催で「霊感商法」を擁護する集会を各地で開いた。そこに当時の国会議員らが祝電を寄せたことが批判を受けた。 教団側は信者に向けては、日本を共産主義の間接侵略から守るために国際勝共連合が推進してきたスパイ防止法制定運動を攻撃するために、日本共産党および日本社会党が「スパイ防止法」制定運動の資金源が統一教会(統一協会)であると誤認し、教会攻撃のために引き起したのが“霊感商法問題”だと説明した。 一方、世間に向けては「教会一切の収益事業はおこなっておらず、教会員の献金によってのみ運営されています。…個人の職業に対しては一切関与するものではありません。ゆえにいかなる商法とも教会は関連ありません。」と教団の関与を全面否定してきた。また、民事裁判では、「“しあわせサークル連絡協議会”という統一教会とは法律上も活動も別個である信者による組織が行ったのであって、教団は、信者がいかなる伝道活動をしているか、いかなる企業を経営し経済活動を行っているかなどについて知る立場にはない」などと主張してきた(平成14年(2002年)10月28日 新潟地方裁判所)。
また、『中和新聞』1996年12月15日号での「霊感商法問題に関する統一教会の見解」によれば、販売の際に使用したセールストークは、教団の教義とは似て非なるものであり、家系図や、手相、姓名判断、四柱推命などの易学や因果応報などは仏教的な教えであり、聖書の教えを根本とする教団の教えではないとして、教義との関連を否定したが、「ハッピーワールド販売促進資料」と題する霊感商法の販売マニュアルには壺の型は文鮮明自ら考案した作品であり、御言を受け入れていない人達の救いのための条件物として作られたと説明しており、教会活動の一環として霊感商法が行われていたことの証拠となった。
1994年7月12日、日本社会党(当時)の北村哲男が「霊感商法」などの反社会的な事を行う統一教会に対する政府の見解を質す質問主意書を政府に提出したが、政府は村山富市首相名で「宗教法人法第七十九条は、宗教法人が行う公益事業以外の事業の停止命令について規定しているが、統一協会の所轄庁である東京都知事は、いわゆる霊感商法については、現在、統一協会の規則には事業として記載されておらず、また、統一協会が行っている事業であるという確証もないことから、現在のところ、同条を適用することは基本的に困難であると判断している。」と回答した。しかし、民事訴訟では霊感のない信者を“徳の高い霊能者の先生”に仕立てて売るための詳細なマニュアルがあったことや、「連絡協議会」の存在を教団が主張し始めたのは、民事訴訟が提起されてから7年も経ってからであり、証人に立った教団側の信者もその存在を知らなかったと証言し、裁判所からも当時の「連絡協議会」の存在を示す実体もないと認定された。
訴訟においては、1984年1月12日、青森地方裁判所が、大理石の壺を販売した信者2名の販売行為が恐喝罪に当たるとして懲役2年6月(執行猶予5年)の判決を下したが、教団事体の責任は問われなかった。その後、教団は1990年頃までは弁護士からクレームがあれば、お金を払って和解していた。1993年(平成6年)福岡地裁の訴訟において、原告は教団から有利な和解条件を持ちかけられたが、裁判で決着を着けなければという思いから和解を拒否、同年5月27日、福岡地裁は詳細な事実認定に基づき、実質上、統一教会(統一教会)の指揮監督によって霊感商法を初めとした経済活動が組織的、計画的に行われたとして統一教会(統一協会)の使用者責任を認定し、損害賠償を命じた。これは統一教会(統一教会)の責任を認めた初の判決となった。これ以降、教団の責任を認める判決が相次ぐようになり、霊感商法以外の問題も含めた統一教会(統一協会)の使用者責任を認めた判決は2003年11月5日時点で15件ある。
「霊感商法」が社会問題化し、東京都から指導を受け、通商産業省から事情聴取を受けた以降は表向き販売を中止したものの、その後も「霊石愛好会」や「天地正教」などを通じて販売は続けれられて来た。近年は大理石壺を「天運石」と称し、家の中の悪霊を吸いとってくれると言って、再び信者に買わせるようになり、その壷を韓国京畿道の清平(チョンピョン)修練苑に持って行き、有料で解怨してもらうように勧めている。2008年にも長野県松本市などで、2009年にも大阪市や和歌山市などで、印鑑販売の霊感商法を行ったことで複数の逮捕者が出ている。
なお、2009年6月11日の印鑑販売をめぐる特定商取引法違反事件では渋谷教会に対する家宅捜索に警視庁公安部が乗り出した。またそれを遡る5月27日の福岡県の事件においては福岡県警公安一課が立件した。以前はこの種の経済事件には警視庁や各県警の生活安全部が担当していたが、オウム事件以降、カルト宗教団体に対しては公安部が担当している。
その後、2009年7月13日に、徳野英治会長が、「道義的責任」を理由に、会長職を辞職し、「統一教会は、一切信徒の経済・販売活動に指示していない」事を表明。現在は、梶栗玄太郎会長が会長職を勤めている。
定着経済
「霊感商法」が社会的な問題になった1990年頃から、信者達は着物、貴金属、絵画、毛皮、高麗人参等の商品を展示会形式で販売するようになった。訪問販売や霊感商法などのその場限りの販売と違い、専門の会社の主催で定期的に販売を行なうため、「定着経済」と呼ぶ。また、これらの販売方法は「霊感商法」で行った方法を踏襲している。ゲストを連れて行った信者は商品を説明するトーカー(アドバイザー)の協力者となり、トーカーは席を外し、「タワー長」と呼ばれる現場の指揮者にゲストの状況を報告し、指示を仰ぐ。既に教団の教えを学んでいる信者も展示会に動員され、「この〇〇を買えばメシア(文鮮明)を受け入れることになる」「この〇〇を買えばあなたも家族も救われる」等と「霊感商法」と同様の説得をして購入させたりもした。
関連企業や関連団体
詳しくは統一教会関連の企業と団体を参照 教団は多くの企業を擁しているので、韓国では財閥の一つとみなされ、文鮮明は事業家としてのイメージが強いという。韓国では、系列企業は「統一グループ」と呼ばれており、文鮮明の親族がそれらの企業の幹部になっていることもある。日本では一時、キリスト教と称しながら「霊石愛好会」や「天地正教」といった仏教色の強い団体までも作っていた。近年はNGO、NPOなどのボランティア団体を通しての浸透を図っている。また学術的な団体も多く、それらがスポンサーになった会議などのはマスメディア界、政界、学会の著名人が参加する。関連団体のサイトは[ttp://uc8.info/ 統一教会 情報リンク集!]より確認できる。
2007年4月1日には、パラグアイのカアグアスにて、教会関連の土地管理会社の日本人社長・秘書2人を含む4人が誘拐され、身代金13万8千ドルを教会が支払い、19日後に全員解放された。
世界各地での事業
- 日本:
- 「日韓トンネル」
- 韓国
- 釜山ボムネッコル
- 天宙清平修練苑
- 麗水(ヨス)市(3万6千坪の土地に超大型観光団地を建設を計画中)
- 朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)
- 定州平和公園
- ピョンファ自動車
- 中国: 自動車工場の建設
- ブラジル
- 新希望農場
- アメリカ合衆国
- トゥルー・ワールド・フーズ(米国における鮮魚流通の大手)
- 各地で日本食レストランを経営
- ワシントン・タイムズ
- UPI通信社
- 世界
合同結婚式
詳しくは合同結婚式を参照
合同結婚式(ごうどうけっこんしき)は教団が主催する結婚式である。正式名称は「国際合同祝福結婚式」であるが、信者の間では「祝福」と呼ばれることが多い。教祖である文鮮明は人の性格、運命、長所、短所及び血統的因縁や課題まで見抜く力を持っているとされており、夫婦となるに相応しい男女を推薦するという。それは当人の欠点を補う相手であることに加え、先祖からの因縁や問題のすべてを清算できるという点で、最も相応しい相手を推薦するという。
草創期は目の前で教祖がカップルを指名したり、信者に希望する相手を書かせたりもしていた。1988年頃から参加人数が多くなったこともあって、写真を見てカップルを決めるようになった。教祖の推薦は断ることも許されている。
また、信者が親などに連れ戻されたときに、夫婦として「人身保護請求」できる権利を得るためとか、外国に入国し長期間滞在するために、夫婦としての生活の実態がないのに便宜的に入籍届けを出させることへの批判もあり、元信者が「婚姻の無効」を求めた訴訟で、原告の訴えの多くが認められている。
信者同士が結ばれる本来の祝福の他に既婚者で祝福を受けた場合を「既成祝福」、夫婦いずれかが死亡している場合を「独身祝福」と言う(1997年までは伴侶が絶対善霊ではなかった為と言われ、現在は「霊肉界祝福」と言う)。また、一時は伴侶に先立たれた信者を他の信者と再婚させ、夫婦として祝福する「慰労祝福」というものもあったが、文鮮明は本来の原則にはないものとして、行わなくなった。
近年は見合い形式で伴侶を捜して祝福を受けるようになっている、又、信者の子供達は親同士の計らいで結婚させることができるようになっている。このことは既に祝福を受けた信者に限られているが、ほとんどの信者が祝福を受けるようになるので、ほとんどの信者の子供達が対象である。
1960年に第1回の合同結婚式が行われて以来、教団の発表では参加者数は回数を重ねるごとに増えているようだが、1997年以降からの祝福は参加条件が次第に緩くなった。必須条件とされた事前の7日間断食や21日修練会への参加や「霊の子」(自分が伝道した信者)を一定数持つこと、3年以上の献身生活(出家)、女性の年齢が23歳以上等の従来の条件が緩和(現在は18歳以上(高卒以上で親権者の同意必要)、但し家庭出発できるのは33歳以上)が緩和、ないし撤廃され、一度破局した者の再参加や既婚者で相手の十分な了承なく一人で参加することや、教会員にならなくても、教祖をメシアとして受け入れれば、他の信仰を持ったままでの参加も許されるようになった。また参加せずとも、教義上飲むことが必須であるとされる「聖酒」を意味も知らずに飲まされたり、「聖酒」をキャンデーにしたものを舐めただけの人までカウントされたりしたこともあるため、実質上の数は不明である。
教団の機関誌、『中和新聞』1992年9月12日号では「法律的な意味で婚姻届を出した祝福家庭の離婚率は0.7 %前後です。これは社会一般の離婚率から考えると比較にならないほど低い数字であります」と述べている。
- 文鮮明の六男、栄進(ヨンジン)の死因が自殺だと報じられたときも、霊界通信で、本人がホテルのバルコニーで体操していたとき、誤って転落したと事故の状況を説明した。
- 1998年からは、信者向けの霊界通信の本が頻繁に出版されるようになった。金英順(キム・ヨンスン)という女性信者に、亡くなった李相軒(イ・サンホン、元医者で、教団の教えを哲学的に表した「統一思想」や、共産主義の誤りを批判した「勝共理論」を確立)が現れて、霊界の様子を伝えているという。統一教会(統一協会)の内部信者向けに出版されている。
- 悪の本体である天使長ルーシェルがこれまでの罪を認め、神と「真の父母」文鮮明と人類に謝罪したという話や、霊界のイエス・キリスト、釈迦、マホメット、孔子の四大聖人を初め、キリスト教、儒教、仏教、イスラム教、ヒンドゥー教の聖徒たちのみならず、マルクスのような思想家、レーニン、スターリン、ヒットラーなどの独裁者たちまで、文鮮明をメシアとして受け入れ、絶対的に従って行くことを決意しているというの霊界からの報告などがなされている。
- 2002年7月4日にはそのような、霊界のイエスや釈迦やマホメットなどの5大宗教団体の代表たちが文鮮明を再臨のメシアとして受け入れ、従って行くことを決議したという決議宣布文を『ワシントン・タイムズ』を初め主要日刊新聞に全面広告して、ハワイ、アラスカを含む全米50州の約1500万世帯に直接配逹した。
予言書、『鄭鑑録』(チョン・カムノク)にはメシア思想があることに言及しているが、それについてはほとんど語られて来なかったが、1994年には、 南師古(ナムサゴ)の書いた韓国の別の予言書、『格庵遺録』に文が救世主だという予言があるとして取り上げ、高坂満津留という作家による『ついに解明された1999年』(光言社)、翌1995年には『大予言が証す救世主 奇跡の1999年』、という本を出版した。文鮮明は信者に、この本を親兄弟、知人に配って伝道せよと指示した。