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[[image:槇原敬之.jpg|300px|thumb|槇原敬之の画像(※本物)]]
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'''槇原 敬之'''(まきはら のりゆき、[[1969年]][[5月18日]] - )は、[[日本]][[シンガーソングライター]][[作詞家]][[作曲家]][[編曲家]]。現在の所属レコード会社([[レコードレーベル]])は[[J-more]]。公式[[ファンクラブ]]は「Smile Dog」である。
'''槇原 敬之'''(まきはら のりゆき、[[1969年]][[5月18日]] - )は、[[大阪府]][[高槻市]]生まれの狭義ではシンガーソングゲイター。広義ではゲイ能人。作詞家・作曲家・編曲家でもある。愛称は「歌手のマッキー」。いろんな意味で「和製[[エルトン・ジョン]]」と呼べるが、エルトン・ジョンは作詞ができないのでそこはちょっとエライ。大阪府立春日丘高等学校卒業。三浪の後、当時憧れの存在だった[[美輪明宏]]もかつて在籍していた[[青山学院大学]]ゲイ学部ゲイ学科に入学したが、ゲイ活動が忙しくなり中退。身長は[[156cm]]ではなさそうだ。ローリー寺西とは従兄弟同士でお[[ホモ]]だちではない。
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== 人物・総評 ==
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== 人物 ==
*ゲイの全日本代表であり、プライベートでは[[薔薇族]]でもある。作詞の題材は、主に日常の生活に起こる出来事や恋愛模様(男と男の性生活)であり、現実感のある言葉を用いた表現が選ばれることが多い。反対に観念的表現が直接的に用いられることは少ない。特に初期の作品では、恋愛(男性との)における男性の幼さ、[[アナル]]の弱さを[[アイアンクロー]]に表現するような歌詞に独自の特色が見られる。最近の楽曲では少し傾向が変わってきたようで、[[SMAP]]に提供した「[[世界に一つだけの菊の花]]」や「[[僕が一番欲しかったものは彼氏のアナル]]」など、ホモることや人の[[自己同一性|アイデンティティ]]について深くアナルを掘り下げた、本人が言うところの「ゲイフソング」を数多く発表している。
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* [[1969年]][[大阪府]][[高槻市]][[電器店]]を経営する夫妻のもとに生まれる。兄弟はおらず、一人っ子。[[愛称]]'''マッキー'''」。
*槇原は、顔の奇形が原因で女との穴兄弟はおらず一人っ子である。
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* 一族には、同じく[[音楽家|ミュージシャン]][[ROLLY]][[従兄]][[すかんち]]のローリー寺西)、[[日産自動車|日産]]の元レーシングドライバー[[寺西孝利]]がいる。槇原・ローリー共に、実家は地元・大阪府[[高槻市]]の[[電器店]]経営(槇原家が支店)。
*'''顔はお世辞にもいいとはいえない(正直、顔はかなりキモい)。だが、曲はかなりいい。彼の顔をバカにしている女子高生も、彼の音楽センスと歌の才能は認めるところである。'''
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* [[大阪府立春日丘高等学校]]卒業後、[[青山学院大学]][[文学部]]第二部(夜間部)英文学科[[退学#中途退学と満期退学|中退]]。
*ある意味、ジャニーズ事務所の歌手とは対極の位置にある。
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* 本人曰く、[[イヌ|犬]]が好きで、[[2008年]]10月現在は[[フレンチ・ブルドッグ]]を9匹飼っている。
*現在、芸能界ではゲイや[[ホモ]]であるというキャラを使っての売名行為(例えば、[[藤井隆]][[レイザーラモンHG]]や、[[山咲トオル]]など)がまかりとっている中、リアルに有名なゲイは[[仮屋崎省吾|仮屋崎]]と槇原位である。あと[[KABA.ちゃん|河馬ちゃん]]とか・・・え?知られてないだけで他にもたくさ{{ズダーン}}。
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* オリジナル曲に関しては、ほぼ全曲の[[作詞]][[作曲]]、[[編曲]]を槇原本人がこなす。
*高校時代、映画『戦場のメリー・クリスマス』で男の色気を漂わせた[[坂本龍一]]の演技にピンと来た16歳の槇原は、自作の楽曲「New Half」を収めたデモテープを抱え坂本の元に押しかけ弟子入りを所望する。しかし、坂本はデモテープこそ評価したが、当時は妻帯者だったので周りの目もあり弟子入りをやんわり断った。
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* 楽曲制作については、「[[詞先]](しせん)」と呼ばれる、詞を先に作る方法を多用する<ref name="jpophiyou38">[[別冊宝島]]1186号 『音楽誌が書かないJポップ批評38~槇原敬之 マジカル・ヒストリー探検!』([[宝島社]] 2005年8月26日) ISBN 978-4796647861 </ref>。
*大学受験浪人中も音楽活動を続け、受験生の間で「多浪で、気持ち悪いのに活動するなよ。」と失笑を買った。
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作詞の題材は、主に日常の生活に起こる出来事や恋愛模様であり、現実感のある言葉を用いた表現が選ばれることが多い。反対に観念的表現が直接的に用いられることは少ない<ref name="jpophiyou38"/>。
*槇原はリアルゲイなので、最近は[[やおい]]ブームのおかげで[[腐女子]]から人気を博してるとか。
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* 楽曲の作風について、特に初期の作品では、恋愛における男性の幼さ、弱さをアイロニックに表現するような歌詞に独自の特色が見られた。近年では、[[SMAP]]に提供した「[[世界に一つだけの花]]」や「[[僕が一番欲しかったもの]]」など、生きることや人の[[自己同一性|アイデンティティ]]について深く掘り下げた作品(本人が言うところの「ライフソング」)を発表している。
*ちなみに、雑誌'''CDデー○'''(※あえて伏字)の2007年9月号には「06年に'''アルバム総売り上げ枚数が1億896万枚となり、男性ソロアーティスト歴代1位を記録'''」と書かれている(※本当)。アルバムの売り上げ枚数1億枚と言えば、[[B'z]](日本で最もCDの売り上げ枚数が多いアーティスト)はおろか、全世界でも例を見ないくらい凄い数だ。槙原の超人気振りが見てわかる。ま、雑誌側が数を間違えただけなんだけど。
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*[[泉谷しげる]]曰く、「'''[[喪黒福造|笑ゥせぇるすまん]]のようなヤツ'''」。
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*'''もし槇原が普通の顔立ちで生まれてきていたならば、音楽活動に没頭することは無く'''、どんなときも。やもう恋なんてしないなどの名曲も産み出されることは無かった。というのも、槇原が音楽活動に没頭したのは自身の顔があれなせいで女性に避けられていたからであり(※本人談)、普通の顔なら槇原はここまで音楽に対し真剣に取り組まなかった。槇原及びJ-POPのファンは彼をこんな顔で産んだ槇原の両親に感謝すべきであろう。
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*繰り返すが、'''曲は素晴らしい。'''モーホーなんていないなんて言わないよ自衛隊。
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==全盛期==
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== 来歴 ==
[[Image:MAKIHARA.Jpg|thumb|70px|男とちちくりあう槇原氏]]
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* [[1984年]]、当時[[坂本龍一]]が担当していた[[日本放送協会|NHK]]の[[ラジオ#FM放送|FMラジオ]]番組『[[サウンド・ストリート]]』のデモテープコーナーに、アーティスト名「C・M・C」(コンプレッサーズ・ミュージック・カンパニー)で「HALF」という楽曲を応募する。楽曲を聴いた坂本から「良いバランスで仕上がっている。言う事なし」と絶賛を得て、番組では異例のフルコーラスが放送された。同曲は、その後、同企画での優秀作品をまとめた[[コンピレーション・アルバム]]]『Demo Tape-1』(MIDI)に収録された<ref name="jpophiyou38"/>。
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:* ちなみに、同曲を制作したアーティスト「C・M・C」は実質槇原の1人[[音楽ユニット|ユニット]]であり、『Demo Tape-1』の[[ライナーノーツ]]にも、「作詞・作曲・歌・演奏-槇原範之」とクレジットされている。
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:* また、同曲の[[録音|レコーディング]]と[[ミキシング]][[技術者|エンジニア]]を担当していた沢田知久は、当時から槇原の親友であり、槇原のメジャーデビュー後にもその楽曲制作にエンジニアとして参加する事となる。
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<!--:*雑誌のインタビューを見ると、サンストに送った槇原の作品を1番最初に坂本龍一に紹介したのは、実は坂本龍一の元妻・矢野顕子である。-->
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* [[1990年]]3月  「[[AXIA]] MUSIC AUDITION '89」で、[[グランプリ]]を獲得。デモテープを聴いた一般の音楽ファンからの投票で選ばれる「一万人審査員賞」とのダブル受賞であった。応募曲は後にデビューシングルとなる『NG』で、サポートギタリストは寺西一雄(ローリー)。
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* 1990年[[10月25日]]  [[シングル]]「[[NG (槇原敬之)|NG]]」と[[アルバム]]『君が笑うとき君の胸が痛まないように』でWEAミュージック(後に[[ワーナーミュージック・ジャパン]]に併合)より[[デビュー]]。
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* [[1991年]][[6月10日]] 3枚目のシングル「[[どんなときも。]]」発売。同曲は、映画『[[就職戦線異状なし]]』主題歌、[[ケンタッキーフライドチキン]]の[[コマーシャルソング|CFソング]]に選ばれるなど話題となり、シングル、アルバム通じて自身初の[[ミリオンセラー]]となった。これは現時点におけるシングルの自己最高売上記録でもある。これらの活躍により、同年の[[第42回NHK紅白歌合戦]]に初出場を果たした。また、同曲は翌[[1992年]]の[[第64回選抜高等学校野球大会|春の選抜高校野球]]入場[[行進曲]]にも選ばれた。
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* [[1996年]]  全曲ネイティブ・スピーカーによる[[英語]]詞のアルバムをリリース。同アルバムからシングルカットされた楽曲の[[ミュージック・ビデオ|PV]]は[[イギリス]]のデザイン集団[[Me Company]]が制作、[[コンピュータグラフィックス|CG]]を駆使したアニメーション作品が話題を呼ぶ。
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* [[1997年]]  [[ソニー・ミュージックエンタテインメント]]に移籍。
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* [[1999年]]8月  [[覚せい剤取締法]]違反で[[逮捕]]される<ref>[http://www.sonymusic.co.jp/Music/Info/makihara/info/anote.html 逮捕当時に所属していたソニー・ミュージックエンタテインメントのHPに掲載されている謝罪文]</ref>。本人は300万円の[[保釈]]金によって保釈<ref>日刊スポーツ 1999年9月25日 『覚せい剤取締法違反容疑の罪で起訴されている槙原敬之被告 300万円で保釈』</ref>、その後に[[執行猶予]]付きの有罪判決を受けた([[懲役]]1年6月、執行猶予3年)。このとき[[コンパクトディスク|CD]]が発売元のレコード会社によって店頭から回収される動きがあり<ref>[http://www.sonymusic.co.jp/Music/Info/makihara/sme.html CD全商品回収についてのコメント]</ref>、ファンが買いに走ったために、過去の作品の売上が伸びるという現象が起こった<ref>『[[産経新聞]]』 1999年9月9日 東京朝刊 「『槙原ソング』駆け込み人気 覚せい剤で逮捕でCD生産中止に」</ref>。
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* [[2000年]]  以前所属していた[[ワーナーミュージック・ジャパン]]に復帰移籍し、11月にアルバム『太陽』で活動再開。
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* [[2003年]]  自身が作詞・作曲し、SMAPに提供した「世界に一つだけの花」がダブルミリオンを記録。
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* [[2004年]]  レコード会社を[[EMIミュージック・ジャパン]]に移籍。
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* [[2004年]]  前年のヒットを受け、「世界に一つだけの花」が[[第76回選抜高等学校野球大会|春の選抜高校野球]]入場[[行進曲]]に選ばれる。
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* 2004年8月  13枚目のオリジナルアルバム『EXPLORER』と[[ベストアルバム]]『Complete Recorded』が発売され、翌月にはアルバム総売上枚数が1,000万枚を突破。男性ソロ歌手としては[[井上陽水]]、[[長渕剛]]に次いで3人目であり、初[[チャート]]インから13年2ヶ月での達成は史上最速記録となった。
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* [[2006年]]3月  14枚目のオリジナルアルバム『LIFE IN DOWNTOWN』で、アルバム総売上枚数が井上陽水を抜き、男性ソロ歴代1位となる。
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* [[2007年]]  レコード会社を[[エイベックス]](レーベルは[[J-more]])に移籍。
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* 2007年[[12月31日]]、36枚目のシングル「GREEN DAYS」で16年ぶりに[[第58回NHK紅白歌合戦]]に出場。
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※ ヒットチャートに関する数字はすべて[[オリコン]]調べ
  
顔の奇形をカバーしつつ、[[麻薬|お薬]]の力を借りながら90年代を代表する迷曲を連発、夜は同棲相手の男性とホームランを毎晩量産し、蜜月な日々を過ごす。特に、普通ならハンデであるはずのブサイクな顔を逆手にとり、90年代の若者から広く支持されたことは特筆すべきことである。お世辞にも女性にもてそうに無い槇原が恋愛の曲を歌うことにより、もてない人達に「ブサイクでも恋愛はできるんだ」と勇気を与えた。参照[http://www.nicovideo.jp/watch/sm395629 [1]][http://www.nicovideo.jp/watch/sm337369 [2]]
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== エピソード ==
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* 自らの音楽のルーツについて本人が語るところに寄れば、ピアノを習い始めたきっかけは[[保育園]]の[[保育士]]がピアノで弾いた「[[エリーゼのために]]」に感銘を受けたから、とのことである。
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* 中学2年頃から友人と共に楽曲制作を開始。この頃聴いた[[イエロー・マジック・オーケストラ]](YMO)のアルバム『[[ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー]]』に大きな衝撃を受け、「体の中が全部YMOだった」と語るほど夢中になったと語っている。YMOは、以降の槇原オリジナルの楽曲(特に音作りの部分)に多大なる影響を与える。
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* 当時、制作した楽曲入りの[[カセットテープ]]を近所のレコード店にたびたび持ち込み、そうした作品が「close to you」という2曲入り300円のテープとして発売された事がある。これが槇原にとって人生で初めて市販された[[音楽]]となった。
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* ボーカルは、当初は作曲機材の少なさを埋める程度のものと考え、本人は現在のように本格的に人前で唄う仕事よりも[[作曲家]]などの裏方仕事を目指していたようである。しかし、後に[[カーペンターズ]]に影響を受けて[[ボーカル]]の楽しさにも目覚めた。
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* 大学受験[[過年度生|浪人]]中も音楽活動を続けていた。三浪して当時憧れの存在だった[[桑田佳祐]]もかつて在籍していた[[青山学院大学]][[文学部]]英文学科の第二部(夜間部)入学したが、のちに芸能活動が忙しくなりやむなく中退した。ラジオ番組において、番組のスポンサーであった[[駿台予備学校|駿台予備校]]を読み上げた際には、「僕、予備校時代には駿台予備校に通っていたんですよ」と語ったこともある。
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:* ちなみに槇原は、[[関西学院大学]]も3回受験している(結果は全て不合格)。同校を受験した理由は、当時音楽面で影響を受けていた[[大江千里 (アーティスト)|大江千里]]が卒業した大学だったからと、後に雑誌のインタビューで語っている。
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* 1991年の「どんなときも。」ヒット当時、[[内村光良]]([[ウッチャンナンチャン]])は[[バラエティ番組]][[ウッチャンナンチャンのやるならやらねば]]において、槇原をデフォルメした「ドンナトキモ槇原」というキャラクターを演じていたことがある。
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* 出身校である[[高槻市立柳川中学校]]の先輩には[[京本政樹]]、[[大阪府立春日丘高等学校]]の先輩に[[嘉門達夫]]がいる。嘉門と槇原はどちらが先に年末のNHK紅白歌合戦に出場するかを競い合っていたが、勝負の結果は槇原が1991年初出場、一方の嘉門は翌1992年初出場となり、後輩の槇原が辛くも勝利を納めることになった。
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* フジテレビ「[[僕らの音楽|僕らの音楽2]]」で[[美輪明宏]]と競演した際、覚せい剤事件での謹慎中に美輪の著書『[[紫の履歴書]]』を読んで感銘を受けたことを涙ながらに語っている。美輪との関係では、事件以降にリリースしたカバーアルバム『Listen To The Music 2』において、美輪の「[[ヨイトマケの唄]]」をカバーしている。
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* 槇原と同じく歌手の[[aiko]]共々お互いがファンで、2008年2月放送の[[HEY!HEY!HEY!]]にてお互いのメールアドレスを交換したりもしている。
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* 本人は出演のラジオ番組にて麻薬事件を、「常に音楽性の変化(チャレンジ)を求める自分と、ヒット楽曲をコンスタントに求めるレコード会社(世間)とのギャップに悩んだ弱さの結果だ」と語っている。
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* 容姿が漫画家の[[みずしな孝之]]とよく似ている。みずしなによれば以前あるテレビ局の局内で二人がばったり出会ったことがあり、その際に「よく似てますね」と槇原からお墨付きをもらったという。
  
==挫折==
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== ディスコグラフィ ==
[[麻薬|お薬]]取り締まり法違反で、豚箱に入れられる。本人は[[麻薬|お薬]]の力で稼いだ汚い300万円を支払い、保釈。その後に執行猶予付きの有罪判決を受けた。自身の楽曲に於いても「やっかいな相手を好きになった」と記述し、反省の念を述べている。検察側は「槇原被告の顔は国家反逆罪である。」という理由で再逮捕を目論んだが、槇原の汚い裏金で何とか免れる。同時に、同棲相手が男ということが日本中にばれてしまい、日本国民に「槇原=ラリったゲイ」という認識を植えつけた。
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{{Main|槇原敬之のディスコグラフィ}}
  
==復活==
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== 出演番組 ==
[[SMAP]]に「ゲイの道を極め、only oneになる」という旨の曲「世界に一つだけの菊の花」を提供し、アメリカ兵に[[アナルsex]]を強要されたイラク人捕虜の事件があったりした社会背景もあって、大ヒットする。その後、その曲を自分でも歌い、久しぶりに全国ネットに顔の奇形をさらけ出した。
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=== レギュラー出演 ===
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* [[探偵!ナイトスクープ]](顧問)
  
==[[盗作]]==
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=== 過去に出演した番組 ===
<div style="float:right">
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* 槇原敬之とキタモンダ ([[FM大阪]]、1990年~1991年)
[[Image:MATSUMOTOREIJI.JpG|thumb|120px|none|お怒りの松本先生]]
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* 槇原敬之の[[オールナイトニッポン]] ([[ニッポン放送]]毎週火曜第2部、1991年~1992年)
<youtube>
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* MUSIC GUMBO ([[FM802]]、1991年~1994年、[[KAN]]と隔週で日曜を担当)
title=雪、無音、窓辺にて。槇原敬之
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* 槇原敬之のHITACHI CLOSE TO YOU ([[エフエム東京|TOKYO FM]]系列毎週日曜13:00~13:30、1993年~1999年)
movie_url=http://www.youtube.com/v/CSuw-usE2ow
+
** [[松雪泰子]]の後を継いでメイン[[ラジオパーソナリティ|パーソナリティ]]を務めたが、1999年に前述の逮捕があったため、打ち切りとなった。
embed_source_url=http://www.youtube.com/v/CSuw-usE2ow
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** スペシャルとしてはアルバム『SELF PORTRAIT』の発売日である1993年[[10月31日]]にExtend version([[スペイン坂スタジオ]]から生放送)、1994年[[11月3日]]に『[[FMフェスティバル]] '94 Earth Carnival』特番内でアコースティックライブ(TOKYO FMホールから生放送)があった。
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* 21ヶ月 ~シンガーソングライター槇原敬之の時間が止まった時 ([[エフエム東京|TOKYO FM]]、2001年[[5月30日]]放送)
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** 槇原が前述の逮捕後、はじめて公の場でその前後の事を自らの口で語った。放送後、賛否両論が起きた。
</youtube>
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** 深夜帯かつ地域の限定された放送にもかかわらず、同時間帯では[[TBSラジオ&コミュニケーションズ|TBSラジオ]]『[[コサキンDEワァオ!]]』(当時はこの時間帯に放送)に次ぐ、高い聴取率を記録。平成13年度[[日本民間放送連盟]]賞参加作品・優秀賞受賞。
<youtube>
+
** 出演:[[坂上みき]]、[[大橋俊夫]]、槇原敬之。
title=茅原実里の曲のカバー
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* [[FNS地球特捜隊ダイバスター]]第63話~67話([[フジテレビジョン|フジテレビ]]、2007年放送)
movie_url=http://www.youtube.com/v/1a0qSP5bSCA
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** 新隊員「M.ノリユキ」役で声の出演。
embed_source_url=http://www.youtube.com/v/1a0qSP5bSCA
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* [[ミュージックラバーズ]]([[日本テレビ]]、2007年[[11月4日]]、2008年[[11月16日]]放送)
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** 出演:槇原敬之、(2007年11月4日放送分)[[濱田マリ]][[坂下千里子]]、(2008年11月16日放送分)[[川原亜矢子]][[東貴博]]。
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* [[SONGS (テレビ番組)|SONGS]][[日本放送協会|NHK]]、2007年[[11月7日]]、2008年[[11月19日]]放送)
</youtube>
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<youtube>
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title=どんなときも。音程を上げると美声になる
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movie_url=http://www.youtube.com/v/F-jmpv46_DI&rel=1
+
embed_source_url=http://www.youtube.com/v/F-jmpv46_DI&rel=1
+
width=260
+
height=230
+
</youtube>
+
<youtube>
+
title=毒殺テロリストのカバー
+
movie_url=http://www.youtube.com/v/GZgSfRyjflw&rel=1
+
embed_source_url=http://www.youtube.com/v/EZg4DAY2gXk&hl=ja&fs=1
+
width=260
+
height=230
+
</youtube>
+
</div>
+
もう豚箱に入りたくない槇原は、[[麻薬|お薬]]に頼るのを止め、勝手に他人に頼ることにし、まずは、銀河鉄道999の[[松本零士]]先生から拝借した。('''と、世間からは思われている''')しかし、ヤマトのプロデューサーと血みどろの法廷闘争を繰り広げた歴戦の超訴訟マッシーンに冗談など通じる訳もなく当然訴えられてしまう。そのことで同じような時期に、身長が[[156]]㌢以上ある事で有名な杉浦タイゾー氏の盗作騒動に巻き込まれた[[代々木ゼミナール|代ゼミ]](当時)の[[吉野敬介]]氏にアッコにおまかせの中で「彼氏...いや、彼女と一緒に幸せになってください。」とゲイであることを国民にばらされてしまった。
+
  
==他アーティストとのコラボレーション==
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== 他アーティストへの主な楽曲提供作品 ==
最近では、他アーティストへの楽曲提供も行っている。また、他アーティストの曲のカバーもしており、特に[[声優]]兼歌手の'''[[茅原実里]]'''の曲はかなり積極的にカバーしている。また、[[ローゼンメイデン]]の第4ドール・[[蒼星石]]は単独で全編彼のカバー曲で埋められたアルバムを発表して話題を集めた。
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{| border="1" cellpadding="2" cellspacing="1"
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|-bgcolor=#cccccc
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!提供作品
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!唄
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!作詞
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!作曲
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!編曲
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!セルフカバー<br/>(収録アルバム)
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|-
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|ほんとは、ね…
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|[[松下里美]]
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|木下鉄丸<ref>木下鉄丸は槇原の別名である。</ref>
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|木下鉄丸
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|[[門倉聡]]
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|-
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|Name Of Love
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|寺西一雄([[ROLLY|ローリー寺西]])
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|槇原敬之
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|槇原敬之
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|槇原敬之
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|○(Cicada)
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|-
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|待ってたぜBABY!<ref>アルバム『Cicada』初回限定盤付属の8cmシングルCDに収録。</ref>
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|Thunder Babies
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|槇原敬之&Thunder Babies
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|槇原敬之
 +
|槇原敬之
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|-
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|15分
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|[[坂本美雨]]
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|坂本美雨
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|槇原敬之
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|槇原敬之
 +
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|-
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|[[世界に一つだけの花]]
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|[[SMAP]]
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|槇原敬之
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|槇原敬之
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|槇原敬之<br/>[[門倉聡]](Single ver. ストリングスアレンジ)<br/>上杉洋史(organ ver.)
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|○(EXPLORER)
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|-
 +
|さよなら小さな街
 +
|[[野宮真貴]]
 +
|槇原敬之
 +
|槇原敬之
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|コモエスタ八重樫×[[パラダイス山元]]
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|○(本日ハ晴天ナリ)
 +
|-
 +
|[[THE GIFT]](ギフト)
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|[[ブルー (ボーカルグループ)|Blue]]
 +
|&nbsp;
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|槇原敬之
 +
|&nbsp;
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|○(EXPLORERなど)<br/>(邦題:「僕が一番欲しかったもの」)
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|-
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|Boy,I'm gonna try so hard.
 +
|[[鈴木雅之 (歌手)|鈴木雅之]]
 +
|槇原敬之
 +
|槇原敬之
 +
|槇原敬之
 +
|○(EXPLORER)
 +
|-
 +
|Gazer
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|鈴木雅之
 +
|槇原敬之
 +
|槇原敬之
 +
|槇原敬之
 +
|○(Single「ほんの少しだけ」C/W)
 +
|-
 +
|ハトマメ<br/>~Say Hello To The World.~
 +
|[[The Students]]
 +
|槇原敬之
 +
|槇原敬之
 +
|槇原敬之
 +
|○(EXPLORER)
 +
|-
 +
|[[チキンライス (楽曲)|チキンライス]]
 +
|[[浜田雅功と槇原敬之]]
 +
|[[松本人志]]
 +
|槇原敬之
 +
|槇原敬之
 +
|○(LIFE IN DOWNTOWN)
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|-
 +
|HAHAHA~エルモのテーマ~
 +
|[[エルモ]]([[声優|声]]:[[松本健太]])
 +
|槇原敬之
 +
|槇原敬之
 +
|槇原敬之
 +
 +
|-
 +
|トマト
 +
|[[渡辺美里]]
 +
|槇原敬之
 +
|槇原敬之
 +
|[[有賀啓雄]]
 +
 +
|-
 +
|[[約束の場所]]<ref>この曲について[[松本零士]]との間で意見の対立する騒動があり、そのためCMソングの放送中止などを受けてしまった。2007年、槇原は松本に対し、著作権侵害不存在確認等請求訴訟を提起し、盗作の証拠が示されなければ、2200万円の損害賠償請求をするとしている。</ref>
 +
|[[CHEMISTRY]]
 +
|槇原敬之
 +
|槇原敬之
 +
|槇原敬之<br/>[[村田陽一]](吹奏楽アレンジ)
 +
|○(テレビのみ)<br/>CHEMISTRYとフジテレビ番組で歌唱
 +
|-
 +
|フルサト
 +
|[[夏川りみ]]
 +
|槇原敬之
 +
|槇原敬之
 +
|槇原敬之
 +
 +
|-
 +
|LAUGH!LAUGH!LAUGH!
 +
|[[LIVE STAND|LIVE STAND 07]]公式テーマソング
 +
|槇原敬之
 +
|槇原敬之
 +
|槇原敬之
 +
 +
|-
 +
|悲しみの帳
 +
|[[小林幸子]]
 +
|槇原敬之
 +
|槇原敬之
 +
|槇原敬之
 +
 +
|-
 +
|僕の今いる夜は
 +
|M &THE RADIODOGS
 +
|槇原敬之
 +
|槇原敬之
 +
|槇原敬之
 +
|○(Personal Soundtracks)
 +
|-
 +
|Chocolats et Sweets
 +
|クレモンティーヌ
 +
|槇原敬之(フランス語詩:クレモンティーヌ)
 +
|槇原敬之
 +
|&nbsp;
 +
|○(Personal Soundtracks)
 +
|-
 +
|着メロ
 +
|藤井フミヤ
 +
|槇原敬之
 +
|槇原敬之
 +
|佐橋佳幸
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|}
  
また、[[涼宮ハルヒ|涼宮ハルヒの憂鬱]]のキャラクターソング、「雪、無音、窓辺にて。」(歌:[[長門有希]] cv.茅原実里)を槇原がカバーしたことは、インターネット上(特にアニメオタク層)では段々有名になりつつある。(「雪、無音、窓辺にて。」の槇原バージョンはニコニコ動画上でも聞くことができる。[http://www.nicovideo.jp/watch/sm307265 [3]]
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== 主な他アーティストの作品への編曲・コーラス参加・その他 ==
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{| border="1" cellpadding="2" cellspacing="1"
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|-bgcolor=#cccccc
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!アーティスト
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!曲名
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!作詞/作曲
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!収録アルバム
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!参加形態
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!備考
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|[[川崎真理子]]
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|失恋はつかれる
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|川崎真理子
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|GIRL'S TALK
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|編曲
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|木下鉄丸 名義
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|[[カズン]]
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|冬のファンタジー
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|カズン、小林和子
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|ラブ&スマイル
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|コーラス
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|クレジットなし
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|-
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|川崎真理子
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| がんばってたりしてて<br/>Driving Lazy Lady<br/>キスをしなくてよかった<small>"I've been loving you"</small><br/>すきになっただけ<small>"Love is Simple"</small><br/>もっと落ちついて<br/>OK <small>"ピースサインができればOK"</small>
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|川崎真理子
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|oK
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|編曲
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|&nbsp;
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|-
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|[[矢野顕子]]
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|クリームシチュー<ref>JFN『槇原敬之のClose to you』にて一度だけ槇原の歌唱版が流れるが未発売。</ref>
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|[[糸井重里]]/矢野顕子
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|OUI OUI
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|編曲
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|&nbsp;
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|-
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|[[大貫妙子]]
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|Wonderland<br/>虹
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|大貫妙子
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|note
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|コーラス
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|&nbsp;
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|-
 +
|[[吉田美奈子]]
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|ENCOUNTER
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|吉田美奈子
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|Stable
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|コーラス
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|&nbsp;
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|-
 +
|矢野顕子&[[坂本美雨]]
 +
|くまんばちがとんできた
 +
|糸井重里/矢野顕子
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|シングル
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|編曲
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|クレジットなし
 +
|-
 +
|鈴木雅之
 +
|ランナウェイ<small>(Brand New Soul Version)</small>
 +
|[[湯川れい子]]/[[井上大輔]]
 +
|Martini Blend
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|編曲
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|&nbsp;
 +
|-
 +
|[[HOME MADE 家族]]
 +
|You'll be alright with 槇原敬之
 +
|クロ,MICRO,U-ICHI/クロ,MICRO
 +
|サルビアのつぼみ C/W
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|コーラス
 +
|&nbsp;
 +
|-
 +
|}
  
だがなんと言っても[[毒殺テロリスト]]だろう。「本当に、僕は、ホ、モ~、僕は、ホ、モ~」と支持層の期待を最も裏切らないハードゲイなリミックスが施されている。[http://www.nicovideo.jp/watch/sm1769585[4]][http://www.youtube.com/v/EZg4DAY2gXk&hl=ja&fs=1[5]]
+
== 主な他アーティストによるカバー作品 ==
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{| border="1" cellpadding="2" cellspacing="1"
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|-bgcolor=#cccccc
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!曲名
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!アーティスト
 +
!編曲
 +
!オリジナル収録アルバム
 +
!備考
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|-
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|SPY
 +
|寺西一雄([[ROLLY|ローリー寺西]]
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|槇原敬之
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|PHARMACY
 +
|&nbsp;
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|-
 +
|雷が鳴る前に
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|[[矢野顕子]]
 +
|矢野顕子
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|君は僕の宝物
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|&nbsp;
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|-
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|どんなときも。
 +
|[[綾戸智絵]]
 +
|綾戸智絵
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|君は誰と幸せなあくびをしますか。
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|英語歌詞でのカバー
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|-
 +
|今年の冬
 +
|[[松本英子 (歌手)|松本英子]]
 +
|[[武部聡志]]
 +
|PHARMACY
 +
|槇原本人がコーラスで参加
 +
|-
 +
|花水木
 +
|[[A・cappellers]]
 +
|[[小倉博和]]
 +
|PHARMACY
 +
|槇原本人がコーラス、シンセ・ベースで参加
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|-
 +
|もう恋なんてしない
 +
|[[SMOOTH ACE]]
 +
|TEAM SMOOTH ACE
 +
|君は僕の宝物
 +
|&nbsp;
 +
|-
 +
|遠く遠く
 +
|[[Soma]]
 +
|[[Soma]]
 +
|君は僕の宝物
 +
|『Essence of life "love" 』に収録
 +
|-
 +
|今年の冬
 +
|[[岩崎宏美]]
 +
|[[青柳誠]]
 +
|PHARMACY
 +
|&nbsp;
 +
|-
 +
|もう恋なんてしない
 +
|[[AAA (音楽グループ)|AAA]]
 +
|華原大輔
 +
|君は僕の宝物
 +
|&nbsp;
 +
|-
 +
|[[恋をしている/冬がはじまるよ feat.槇原敬之|冬がはじまるよ]]
 +
|[[Every Little Thing]]
 +
|Masafumi“Massy”Hayashi(林真史)& Every Little Thing
 +
|君は僕の宝物
 +
|槇原本人がコーラスで参加
 +
|-
 +
|LOVE LETTER
 +
|[[河口恭吾]]
 +
|[[佐橋佳幸]]
 +
|UNDERWEAR
 +
|&nbsp;
 +
|-
 +
|どんなときも。
 +
|[[加藤いづみ]]
 +
|&nbsp;
 +
|君は誰と幸せなあくびをしますか。
 +
|&nbsp;
 +
|-
 +
|僕の今いる夜は with 槇原敬之
 +
|[[秦基博]]
 +
|武部聡志
 +
|Personal Soundtracks
 +
|槇原本人がコーラスで参加
 +
|-
 +
|雪に願いを〜トゥインクル・トゥインクル
 +
|[[クレモンティーヌ]]
 +
|&nbsp;
 +
|SELF PORTRAIT
 +
|フランス語詞
  
==ディスコグラフィー==
+
|}
=== シングル ===
+
他に、『Noriyuki Makihara Songs from L.A.』『Noriyuki Makihara Songs from N.Y.』で「ANSWER」など多数の曲が英語でカバーされている。
#[[GAY (槇原敬之)|顔はキモいのでNG]]([[1990年]][[10月25日]])
+
#[[ANGAY (槇原敬之)|ANALSWER]]([[1991年]][[4月25日]])※2005年[[フジ東京日本テレビ朝日|日本テレビ]]系でドラマスペシャル『冬の運動会』のエンディングで流れた
+
#[[どんなゲイも。]](1991年[[6月10日]])映画『[[就職戦線異状なし]]』主題歌、[[ケンタッキーフライドチキン]]CMソング、1992年[[選抜高等学校野球大会]]入場行進曲、『[[ビートマニア|beatmania IIDX]]』でカバーされる。
+
#[[ゲイがはじまるよ]](1991年[[11月10日]])[[サッポロビール]]「冬物語」CMソング
+
#[[もうトンネル工事なんてしない]]([[1992年]][[5月25日]])日本テレビ系ドラマ『[[子供が寝たあとで男と男のアナルsex]]』主題歌
+
#[[北風~君(男)にとどきますように~]](1992年10月25日)
+
#[[彼氏の恋人は男]]([[1993年]]4月25日)
+
#[[No.1のゲイ (槇原敬之)|No.1]](1993年[[9月1日]])[[KDD]]「ゼロゼロイチバン」CMソング
+
#[[ゲイ休み]](1993年[[10月1日]])
+
#[[ゲイに願いを]](1993年[[11月28日]])[[フジ東京日本テレビ朝日|TBS]]系'93冬キャンペーンソング
+
#[[2つのゲイ]]([[1994年]]5月25日)
+
#[[GAY (槇原敬之)|SGAY]](1994年[[8月25日]])[[フジ東京日本テレビ朝日|TBS]]系ドラマ『[[ノンケ|男嫌い]]』主題歌(注)ドラマのタイトルこそ、「[[ノンケ|男嫌い]]」だが、槇原氏はいわゆる「[[ホモ|男好き]]」である。
+
#[[SECRET HEAGAY]]([[1996年]][[4月10日]])
+
#[[COWGAY (槇原敬之)|COWGAY]](1996年[[7月10日]])[[フジ東京日本テレビ朝日|フジテレビ]]系『[[猛烈アジア太郎]]』オープニングテーマ
+
#[[どうしようもない僕に天使(男)が降りてきた]](1996年[[9月25日]])日本テレビ系『[[TVおじゃマンボウ]]』エンディングテーマ PVに[[小橋賢児]]、[[浜丘麻矢]]出演<br/>この男の天使が見えたのも、薬が原因である。
+
#[[まだゲイとして生きてるよ]](1996年[[11月18日]])PVに[[チャック・ウィルソン]]というゲイが出演
+
#[[素直なゲイ (槇原敬之)|素直なゲイ ]]([[1997年]][[7月30日]])[[アステル#アステル東京|アステル東京]]CMソング
+
#[[ホモンタージュ (槇原敬之)|ホモンタージュ]](1997年[[10月29日]])日本テレビ系ドラマ『[[ゲイの片道切符]]』主題歌
+
#[[ゲイ音 (槇原敬之)|足音]]([[1998年]][[1月21日]])[[ジョージア (缶コーヒー)|ジョージア]]提供[[長野オリンピック]][[聖火]]リレー公式応援ソング
+
#[[HOMO DANCE]](1998年[[7月23日]])[[フジ東京日本テレビ朝日|テレビ朝日]]系『[[ニュースステーション]]』8月度ウェザーテーマ
+
#[[STRIGAY!]](1998年[[11月26日]])[[アルペン (企業)|アルペン]]CMソング
+
#[[Hungry Spigay]]([[1999年]][[6月2日]])日本テレビ系ドラマ『[[ラビリンス (テレビドラマ)|ラビリンス]]』主題歌
+
#[[桃尻 (槇原敬之)|桃]]([[2001年]]4月25日)
+
:※槇原の"彼氏"の名前(ゲイ名,芸名)「[[桃山金太郎]]」からとられている。
+
#[[Are GAYou OK?]](2001年[[10月24日]])
+
#[[男ニモ負ケズ]]([[2002年]][[5月22日]])
+
#[[菊門の夜]](2002年[[8月7日]])
+
#[[これはただの例えゲイじゃない]](2002年[[9月26日]])カップリング曲「Turtle Walk」はTBS系『[[世界ゲイイイン滞在記]]』エンディングテーマ
+
#[[UHoWow]]([[2003年]][[2月13日]])
+
#[[男の名前を呼んだ後に]](2003年[[5月21日]])[[住友生命保険]]CMソング(CMには[[松嶋菜々子]]が出演、PVにも出演)
+
#[[Gayd Morning!]](2003年[[6月25日]])PV・コーラスに[[K1]]選手の[[角田信朗]]が出演
+
#[[優しい彼が犯せない]]([[2004年]][[4月28日]])[[日本放送協会|NHK]]『[[土曜スタジオパーク]]』エンディング曲 PVに[[萩原流行]]出演
+
#[[僕が一番欲しかったものは彼氏]](2004年[[7月28日]])日本テレビ系ドラマ『[[ラストプレゼント]]』主題歌、[[東日本電信電話|NTT東日本]]CMソング(CMには[[新垣結衣]]が出演)
+
#[[明けないゲイが来ることはない]]([[2005年]]5月18日)
+
#[[ココロノゲイ]](2005年[[11月2日]])テレビ朝日系ドラマ『[[女刑事みずき(男) ~京都洛西署物語~]]』主題歌
+
#[[ほんの少しだけゲイ]]([[2006年]][[2月1日]])[[HOME MADE 家族]]の[[MC (音楽)|MC]]、KUROがラップで参加。TBS系『[[日立 世界ふしぎ発見!]]』エンディングテーマ
+
#[[GReeeeN GAYS]] ([[2007年]][[8月15日]])フジテレビ系ドラマ『[[牛に願いを Love&Farm|ゲイに願いを Love&boy]]』主題歌
+
#[[ゲイマフラー/おゲイ気で!|ゲイのマフラー/おゲイ気で!]]([[2007年]][[12月12日]])「[[ゲイなんて何の役にも立たないと思っていた。]]」からのリカットシングル。
+
#[[Firefly〜僕はゲイとして生きていく]]([[2008年]][[2月6日]])映画『[[KIDS]]』主題歌
+
  
==== オリジナルアルバム ====
+
== 主なサポートミュージシャン(レコーディングを含む) ==
#君が笑うとき、君の[[アナル]]が痛まないように([[1990年]]10月25日) 売上枚数17,7万枚
+
{|
#君は誰と幸せな[[アナルセックス]]をしますか。([[1991年]]9月25日) 売上枚数58万枚
+
|-valign="top"
#君のケツは僕の宝物([[1992年]]6月25日) 売上枚数126,5万枚
+
|
#SELF [[アナル]][[オナニー]]([[1993年]][[10月31日]]) 売上枚数108,3万枚
+
* [[小倉博和]]
#PHARGAY([[1994年]]10月25日) 「HOME WORK」[[DDIセルラーグループ|関西セルラー]]CMソング([[反町隆史]]、[[鶴田真由]]が出演) 売上枚数91,6万枚
+
* [[門倉聡]]
#Ver.1.0E LOVE LETTER FROM THE DIGITAL GAYBOY(放送禁止用語)([[1996年]][[7月25日]]) 売上枚数29,2万枚
+
* [[佐橋佳幸]]
#UNDERGAY(1996年10月25日) 売上枚数75,8万枚
+
* 柴田俊文
#Such a Lovely Anal([[1997年]][[11月27日]]) 売上枚数56,2万枚
+
* [[有賀啓雄]]
#鹿田([[1999年]][[7月7日]]) 売上枚数54,9万枚
+
* 松永俊弥
#菊の太陽([[2000年]][[11月29日]]) 売上枚数18,6万枚
+
* 大石真理恵
#[[ホモ|homo]] Sweet [[ホモ|homo]] ([[2001年]][[11月21日]]) 売上枚数8,6万枚
+
* 藤本一樹
#本日ハゲイ日和ナリ([[2002年]][[11月7日]]) 「I gay a friend.」NTT東日本CMソング(CMには[[新垣結衣]]が出演) 売上枚数7万枚
+
|
#[[EXPLORER (槇原敬之)|EXPANDER]]([[2004年]][[8月11日]]) 「ハトムネ ~Gay Hello To The World~」『[[さんまのSUPERからくりTV]]』エンディングテーマ 売上枚数56,8万枚
+
* Tomi Yo
#LIFE IN GAYTOWN([[2006年]][[2月22日]]) 「遠く遠く'06ヴァージョン」NTT東日本CMソング(CMには新垣ゲイが出演)、「尼崎の夜空を見上げて」『[[さんまのまんま]]』エンディングテーマ 売上枚数13,2万枚
+
* 篠崎正嗣
#ゲイなんて何の役にも立たないと思っていた。([[2007年]][[11月7日]])売上枚数8.1万枚
+
* [[村田陽一]]
 +
* [[三沢またろう]]
 +
* [[松原秀樹]]
 +
* [[沼澤尚]]
 +
* [[斎藤有太]]
 +
* 毛利泰士
 +
|
 +
* [[本間昭光]]
 +
* [[阿部薫 (ドラマー)|阿部薫]]
 +
* 宗秀治
 +
* 遠藤太郎
 +
* [[林部直樹]]
 +
* 飯田高広
 +
|}
  
==関連項目==
+
== 脚注 ==
{{ウィキペディア}}
+
{{脚注ヘルプ}}{{reflist}}  
*[[世界に一つだけの花]] - 生殖として機能していない花。
+
*[[UnBooks:もう恋なんてしない 青年Nの決意とその後]] - 槇原本人がアレになった理由が書かれているとかいないとか。
+
*[[桃山金太郎]] - 槇原の"彼氏"
+
*[[SMAP]]
+
*[[同性愛]]
+
*[[吉野敬介]]
+
*[[代ゼミ]]
+
*[[和田アキ子]]
+
*[[アイアンクロー]]
+
*[[アッー!]]
+
*[[アナル]]
+
*[[ウホッ]]
+
*[[ホモ]]
+
*[[やらないか]]
+
  
{{DEFAULTSORT:まきはら のりゆき}}
+
== 外部リンク ==
[[Category:日本の歌手]]
+
* [http://www.makiharanoriyuki.com/ MAKIHARANORIYUKI.COM(槇原敬之公式サイト)]
[[Category:ミュージシャン]]
+
* [http://www.makiharanoriyuki.com/m/ ドコでもマキハラ(槇原敬之公式携帯サイト)]
 +
* [http://j-more.avex.jp/makiharanoriyuki/index.html J-more レーベル (エイベックス・エンタテインメント)]
 +
* [http://www.avex.co.jp/j_site/press/2008/070703.pdf エイベックス・エンタテインメントとのアーティスト契約プレスリリース] エイベックス・グループ・ホールディングスによる
 +
* [http://wmg.jp/makihara/ 槇原敬之公式サイト(ワーナーミュージック)]
 +
* [http://www.sonymusic.co.jp/Music/Arch/SMER/NoriyukiMakihara/ 槇原敬之公式サイト(ソニーミュージック)]
 +
* [http://dby.jp/2007/12/vol1.html 槇原敬之と7匹の犬、そしてひとつの星]
 +
 
 +
{{槇原敬之}}
 +
 
 +
{{DEFAULTSORT:まきはらのりゆき}}
 +
[[Category:日本のシンガーソングライター]]
 +
[[Category:日本の作詞家]]
 +
[[Category:日本の作曲家]]
 +
[[Category:NHK紅白歌合戦出演者]]
 +
[[Category:NHK紅白歌合戦歌唱楽曲・作詞者・作曲者]]
 
[[Category:1969年生]]
 
[[Category:1969年生]]
 +
[[Category:ワーナー・ミュージック・グループのアーティスト]]
 +
[[Category:ソニー・ミュージックエンタテインメントのアーティスト]]
 +
[[Category:EMIミュージック・ジャパンのアーティスト]]
 
[[Category:エイベックス]]
 
[[Category:エイベックス]]
[[Category:作詞家]]
 
[[Category:作曲家]]
 
[[Category:シンガーソングライター]]
 
[[Category:麻薬]]
 
[[Category:同性愛]]
 
[[Category:ウィキペディアに書くと削除される記事]]
 
  
{{アンサイクロペディア}}
+
[[en:Noriyuki Makihara]]
 +
[[zh:槙原敬之]]

2009年1月14日 (水) 20:48時点における版

槇原 敬之(まきはら のりゆき、1969年5月18日 - )は、日本シンガーソングライター作詞家作曲家編曲家。現在の所属レコード会社(レコードレーベル)はJ-more。公式ファンクラブは「Smile Dog」である。

人物

作詞の題材は、主に日常の生活に起こる出来事や恋愛模様であり、現実感のある言葉を用いた表現が選ばれることが多い。反対に観念的表現が直接的に用いられることは少ない[1]

  • 楽曲の作風について、特に初期の作品では、恋愛における男性の幼さ、弱さをアイロニックに表現するような歌詞に独自の特色が見られた。近年では、SMAPに提供した「世界に一つだけの花」や「僕が一番欲しかったもの」など、生きることや人のアイデンティティについて深く掘り下げた作品(本人が言うところの「ライフソング」)を発表している。

来歴

  • 1984年、当時坂本龍一が担当していたNHKFMラジオ番組『サウンド・ストリート』のデモテープコーナーに、アーティスト名「C・M・C」(コンプレッサーズ・ミュージック・カンパニー)で「HALF」という楽曲を応募する。楽曲を聴いた坂本から「良いバランスで仕上がっている。言う事なし」と絶賛を得て、番組では異例のフルコーラスが放送された。同曲は、その後、同企画での優秀作品をまとめたコンピレーション・アルバム]『Demo Tape-1』(MIDI)に収録された[1]
  • ちなみに、同曲を制作したアーティスト「C・M・C」は実質槇原の1人ユニットであり、『Demo Tape-1』のライナーノーツにも、「作詞・作曲・歌・演奏-槇原範之」とクレジットされている。
  • また、同曲のレコーディングミキシングエンジニアを担当していた沢田知久は、当時から槇原の親友であり、槇原のメジャーデビュー後にもその楽曲制作にエンジニアとして参加する事となる。

※ ヒットチャートに関する数字はすべてオリコン調べ

エピソード

  • 自らの音楽のルーツについて本人が語るところに寄れば、ピアノを習い始めたきっかけは保育園保育士がピアノで弾いた「エリーゼのために」に感銘を受けたから、とのことである。
  • 中学2年頃から友人と共に楽曲制作を開始。この頃聴いたイエロー・マジック・オーケストラ(YMO)のアルバム『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー』に大きな衝撃を受け、「体の中が全部YMOだった」と語るほど夢中になったと語っている。YMOは、以降の槇原オリジナルの楽曲(特に音作りの部分)に多大なる影響を与える。
  • 当時、制作した楽曲入りのカセットテープを近所のレコード店にたびたび持ち込み、そうした作品が「close to you」という2曲入り300円のテープとして発売された事がある。これが槇原にとって人生で初めて市販された音楽となった。
  • ボーカルは、当初は作曲機材の少なさを埋める程度のものと考え、本人は現在のように本格的に人前で唄う仕事よりも作曲家などの裏方仕事を目指していたようである。しかし、後にカーペンターズに影響を受けてボーカルの楽しさにも目覚めた。
  • 大学受験浪人中も音楽活動を続けていた。三浪して当時憧れの存在だった桑田佳祐もかつて在籍していた青山学院大学文学部英文学科の第二部(夜間部)入学したが、のちに芸能活動が忙しくなりやむなく中退した。ラジオ番組において、番組のスポンサーであった駿台予備校を読み上げた際には、「僕、予備校時代には駿台予備校に通っていたんですよ」と語ったこともある。
  • ちなみに槇原は、関西学院大学も3回受験している(結果は全て不合格)。同校を受験した理由は、当時音楽面で影響を受けていた大江千里が卒業した大学だったからと、後に雑誌のインタビューで語っている。
  • 1991年の「どんなときも。」ヒット当時、内村光良ウッチャンナンチャン)はバラエティ番組ウッチャンナンチャンのやるならやらねばにおいて、槇原をデフォルメした「ドンナトキモ槇原」というキャラクターを演じていたことがある。
  • 出身校である高槻市立柳川中学校の先輩には京本政樹大阪府立春日丘高等学校の先輩に嘉門達夫がいる。嘉門と槇原はどちらが先に年末のNHK紅白歌合戦に出場するかを競い合っていたが、勝負の結果は槇原が1991年初出場、一方の嘉門は翌1992年初出場となり、後輩の槇原が辛くも勝利を納めることになった。
  • フジテレビ「僕らの音楽2」で美輪明宏と競演した際、覚せい剤事件での謹慎中に美輪の著書『紫の履歴書』を読んで感銘を受けたことを涙ながらに語っている。美輪との関係では、事件以降にリリースしたカバーアルバム『Listen To The Music 2』において、美輪の「ヨイトマケの唄」をカバーしている。
  • 槇原と同じく歌手のaiko共々お互いがファンで、2008年2月放送のHEY!HEY!HEY!にてお互いのメールアドレスを交換したりもしている。
  • 本人は出演のラジオ番組にて麻薬事件を、「常に音楽性の変化(チャレンジ)を求める自分と、ヒット楽曲をコンスタントに求めるレコード会社(世間)とのギャップに悩んだ弱さの結果だ」と語っている。
  • 容姿が漫画家のみずしな孝之とよく似ている。みずしなによれば以前あるテレビ局の局内で二人がばったり出会ったことがあり、その際に「よく似てますね」と槇原からお墨付きをもらったという。

ディスコグラフィ

詳細は 槇原敬之のディスコグラフィ を参照

出演番組

レギュラー出演

過去に出演した番組

他アーティストへの主な楽曲提供作品

提供作品 作詞 作曲 編曲 セルフカバー
(収録アルバム)
ほんとは、ね… 松下里美 木下鉄丸[6] 木下鉄丸 門倉聡 ×
Name Of Love 寺西一雄(ローリー寺西 槇原敬之 槇原敬之 槇原敬之 ○(Cicada)
待ってたぜBABY![7] Thunder Babies 槇原敬之&Thunder Babies 槇原敬之 槇原敬之 ×
15分 坂本美雨 坂本美雨 槇原敬之 槇原敬之 ×
世界に一つだけの花 SMAP 槇原敬之 槇原敬之 槇原敬之
門倉聡(Single ver. ストリングスアレンジ)
上杉洋史(organ ver.)
○(EXPLORER)
さよなら小さな街 野宮真貴 槇原敬之 槇原敬之 コモエスタ八重樫×パラダイス山元 ○(本日ハ晴天ナリ)
THE GIFT(ギフト) Blue   槇原敬之   ○(EXPLORERなど)
(邦題:「僕が一番欲しかったもの」)
Boy,I'm gonna try so hard. 鈴木雅之 槇原敬之 槇原敬之 槇原敬之 ○(EXPLORER)
Gazer 鈴木雅之 槇原敬之 槇原敬之 槇原敬之 ○(Single「ほんの少しだけ」C/W)
ハトマメ
~Say Hello To The World.~
The Students 槇原敬之 槇原敬之 槇原敬之 ○(EXPLORER)
チキンライス 浜田雅功と槇原敬之 松本人志 槇原敬之 槇原敬之 ○(LIFE IN DOWNTOWN)
HAHAHA~エルモのテーマ~ エルモ松本健太 槇原敬之 槇原敬之 槇原敬之 ×
トマト 渡辺美里 槇原敬之 槇原敬之 有賀啓雄 ×
約束の場所[8] CHEMISTRY 槇原敬之 槇原敬之 槇原敬之
村田陽一(吹奏楽アレンジ)
○(テレビのみ)
CHEMISTRYとフジテレビ番組で歌唱
フルサト 夏川りみ 槇原敬之 槇原敬之 槇原敬之 ×
LAUGH!LAUGH!LAUGH! LIVE STAND 07公式テーマソング 槇原敬之 槇原敬之 槇原敬之 ×
悲しみの帳 小林幸子 槇原敬之 槇原敬之 槇原敬之 ×
僕の今いる夜は M &THE RADIODOGS 槇原敬之 槇原敬之 槇原敬之 ○(Personal Soundtracks)
Chocolats et Sweets クレモンティーヌ 槇原敬之(フランス語詩:クレモンティーヌ) 槇原敬之   ○(Personal Soundtracks)
着メロ 藤井フミヤ 槇原敬之 槇原敬之 佐橋佳幸 ×

主な他アーティストの作品への編曲・コーラス参加・その他

アーティスト 曲名 作詞/作曲 収録アルバム 参加形態 備考
川崎真理子 失恋はつかれる 川崎真理子 GIRL'S TALK 編曲 木下鉄丸 名義
カズン 冬のファンタジー カズン、小林和子 ラブ&スマイル コーラス クレジットなし
川崎真理子 がんばってたりしてて
Driving Lazy Lady
キスをしなくてよかった"I've been loving you"
すきになっただけ"Love is Simple"
もっと落ちついて
OK "ピースサインができればOK"
川崎真理子 oK 編曲  
矢野顕子 クリームシチュー[9] 糸井重里/矢野顕子 OUI OUI 編曲  
大貫妙子 Wonderland
大貫妙子 note コーラス  
吉田美奈子 ENCOUNTER 吉田美奈子 Stable コーラス  
矢野顕子&坂本美雨 くまんばちがとんできた 糸井重里/矢野顕子 シングル 編曲 クレジットなし
鈴木雅之 ランナウェイ(Brand New Soul Version) 湯川れい子/井上大輔 Martini Blend 編曲  
HOME MADE 家族 You'll be alright with 槇原敬之 クロ,MICRO,U-ICHI/クロ,MICRO サルビアのつぼみ C/W コーラス  

主な他アーティストによるカバー作品

曲名 アーティスト 編曲 オリジナル収録アルバム 備考
SPY 寺西一雄(ローリー寺西 槇原敬之 PHARMACY  
雷が鳴る前に 矢野顕子 矢野顕子 君は僕の宝物  
どんなときも。 綾戸智絵 綾戸智絵 君は誰と幸せなあくびをしますか。 英語歌詞でのカバー
今年の冬 松本英子 武部聡志 PHARMACY 槇原本人がコーラスで参加
花水木 A・cappellers 小倉博和 PHARMACY 槇原本人がコーラス、シンセ・ベースで参加
もう恋なんてしない SMOOTH ACE TEAM SMOOTH ACE 君は僕の宝物  
遠く遠く Soma Soma 君は僕の宝物 『Essence of life "love" 』に収録
今年の冬 岩崎宏美 青柳誠 PHARMACY  
もう恋なんてしない AAA 華原大輔 君は僕の宝物  
冬がはじまるよ Every Little Thing Masafumi“Massy”Hayashi(林真史)& Every Little Thing 君は僕の宝物 槇原本人がコーラスで参加
LOVE LETTER 河口恭吾 佐橋佳幸 UNDERWEAR  
どんなときも。 加藤いづみ   君は誰と幸せなあくびをしますか。  
僕の今いる夜は with 槇原敬之 秦基博 武部聡志 Personal Soundtracks 槇原本人がコーラスで参加
雪に願いを〜トゥインクル・トゥインクル クレモンティーヌ   SELF PORTRAIT フランス語詞

他に、『Noriyuki Makihara Songs from L.A.』『Noriyuki Makihara Songs from N.Y.』で「ANSWER」など多数の曲が英語でカバーされている。

主なサポートミュージシャン(レコーディングを含む)

脚注

  1. 1.0 1.1 1.2 別冊宝島1186号 『音楽誌が書かないJポップ批評38~槇原敬之 マジカル・ヒストリー探検!』(宝島社 2005年8月26日) ISBN 978-4796647861
  2. 逮捕当時に所属していたソニー・ミュージックエンタテインメントのHPに掲載されている謝罪文
  3. 日刊スポーツ 1999年9月25日 『覚せい剤取締法違反容疑の罪で起訴されている槙原敬之被告 300万円で保釈』
  4. CD全商品回収についてのコメント
  5. 産経新聞』 1999年9月9日 東京朝刊 「『槙原ソング』駆け込み人気 覚せい剤で逮捕でCD生産中止に」
  6. 木下鉄丸は槇原の別名である。
  7. アルバム『Cicada』初回限定盤付属の8cmシングルCDに収録。
  8. この曲について松本零士との間で意見の対立する騒動があり、そのためCMソングの放送中止などを受けてしまった。2007年、槇原は松本に対し、著作権侵害不存在確認等請求訴訟を提起し、盗作の証拠が示されなければ、2200万円の損害賠償請求をするとしている。
  9. JFN『槇原敬之のClose to you』にて一度だけ槇原の歌唱版が流れるが未発売。

外部リンク

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