フジテレビジョン

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株式会社フジテレビジョン
Fuji Television Network, Inc.
FCGビル(2004年11月撮影)
種類 株式会社
市場情報
略称 フジテレビ
本社所在地 日本の旗 日本 137-8088
東京都港区台場二丁目4番8号
電話番号 03-5500-8888(大代表)
設立 2008年10月1日
(新設分割のため)
業種 情報・通信業
事業内容 放送法に基づくテレビジョン放送
代表者 代表取締役会長 日枝久
代表取締役社長 豊田皓
資本金 88億円
(2008年10月1日現在)
売上高 単体: 3,778億75百万円
連結: 5,826億60百万円
(2007年3月期)
総資産
従業員数 1,426人(2008年10月1日現在)
決算期 毎年3月31日
主要株主 株式会社フジ・メディア・ホールディングス 100%
主要子会社
関係する人物
外部リンク www.fujitv.co.jp
特記事項:FCGビル設計・丹下健三・都市・建築研究所

株式会社フジテレビジョン (英語Fuji Television Network, Inc.) は、関東広域圏放送対象地域とする放送局

略称はコールサイン (JOCX-TV) からCX。通称はフジテレビフジ

2008年9月までは、76社、5法人、3美術館、10,000名強の従業員からなる日本最大のメディア・コングロマリットであるフジサンケイグループの中核企業であり、資本関係上もグループの統括会社となっていたが、2008年10月1日に株式会社フジテレビジョン(旧会社)は、株式会社フジ・メディア・ホールディングスに商号変更、テレビジョン放送関連事業を同日設立した「株式会社フジテレビジョン(新会社)」に事業譲渡および放送免許を承継し、純粋持株会社また、認定放送持株会社となった。本項目では2008年9月30日までの旧会社、および2008年10月1日以降の現行会社について述べる。

目次

会社概要

フジテレビジョン
英名Fuji Television Network, Inc.
放送対象地域関東広域圏
東京都茨城県栃木県
群馬県埼玉県
千葉県神奈川県
キー局フジテレビ
ニュース系列FNN
番組供給系列FNS
略称CX
愛称フジ、フジテレビ
呼出符号JOCX-(D)TV
呼出名称フジ(デジタル)テレビジョン
開局日1959年3月1日
本社〒137-8088 東京都
港区台場二丁目4-8
演奏所#スタジオを参照
アナログ親局東京 8ch
ガイドチャンネル8ch
リモコンキーID8
デジタル親局東京 21
主なアナログ中継局下記参照
主なデジタル中継局下記参照
公式サイトhttp://www.fujitv.co.jp/
特記事項:また、大東諸島も、放送区域に含まれる
2008年10月1日、フジ・メディア・ホールディングスからテレビジョン放送免許を承継。
テンプレートを表示

各地域の系列局28社で、番組の供給・ネットを目的とするフジネットワークFNS:Fuji Network System、FUJI NETWORK SPORT)と、ニュース素材の供給・ネットを目的とするフジニュースネットワーク(FNN:Fuji News Network)を組織している。

地上放送の他にスカイパーフェクTV!(東経124・128度CS放送)、および委託放送事業者であるサテライト・サービスを通じてe2 by スカパー!(東経110度CS放送)で、フジテレビ721・フジテレビ739・フジテレビCSHDの3つのチャンネルを放送していて、一部のケーブルテレビでも放送されている。

メインバンクは、みずほコーポレート銀行(旧富士銀行)であり、FNSチャリティーキャンペーンにおけるフジテレビの振込先もみずほ銀行東京中央支店(旧富士銀行本店)である。また、以前フジテレビで芙蓉グループ提供の番組「感動エクスプレス」「満足!迷い旅」を放送していた。さらに、フジサンケイグループと芙蓉グループの合弁の広告会社富士アドシステムとフジサンケイグループ傘下の広告会社3社と合併した広告会社クオラスがある。

送信所

放送区域は、本来は沖縄県の放送対象地域である大東諸島が含まれる。これは、系列局の沖縄テレビが、大東諸島に中継局を設けていないため。TBS琉球放送並びに、テレビ朝日琉球朝日放送の際も同様)。

  • アナログ放送
    • コールサイン:JOCX-TV
    • チャンネル:8ch(東京)
    • 映像出力:50kW
    • 音声出力:12.5kW
  • デジタル放送
    • コールサイン:JOCX-(D)TV
    • チャンネル:21ch(東京)
    • 出力:10kW
    • リモコンキーID:8

アナログ放送の主な中継局

  • 東京都
    • ※八王子 - 31ch
    • ※多摩 - 55ch
    • 新島 - 58ch
    • 父島 - 57ch
    • 母島 - 58ch
    • ※大井町 - 74ch
  • 茨城県
    • 水戸 - 38ch
    • 日立 - 58ch
    • 常陸鹿嶋 - 41ch
  • 栃木県
    • 宇都宮 - 57ch
  • 群馬県
    • 前橋 - 58ch
    • 桐生 - 35ch
    • 利根 - 57ch
  • 埼玉県
    • 秩父 - 29ch
    • 児玉 - 57ch
  • 千葉県
    • 銚子 - 57ch
    • 成田 - 57ch
    • 館山 - 58ch
  • 神奈川県
    • ※横浜みなと - 58ch
    • 横須賀久里浜 - 37ch
    • 平塚 - 39ch
    • 小田原 - 58ch
    • ※山下町 - 75ch
  • 沖縄県
    • 北大東 - 46ch
    • 南大東 - 58ch

他多数

※はその中継局周辺でも東京8chを視聴する場合が多く、映りが良くない場合に視聴される。他局の同位置にある中継局も同様。

デジタル放送の主な中継局

  • 茨城県
    • 水戸 - 19ch
    • 日立 - 19ch
  • 栃木県
    • 宇都宮 - 35ch
  • 群馬県
    • 前橋 - 42ch
  • 埼玉県
    • 秩父 - 21ch
  • 千葉県
    • 銚子 - 21ch
  • 神奈川県
    • 平塚 - 21ch
    • 小田原 - 21ch

沿革等

沿革

  • 1957年(昭和32年)11月18日 - 文化放送ニッポン放送を主体とし、東宝松竹大映映画会社各社が参加して、株式会社富士テレビジョン設立。(富士テレビに決定される前は中央テレビジョンで仮決定されていた。)
  • 1958年(昭和33年)12月 - 商号を株式会社フジテレビジョンに変更。
  • 1959年(昭和34年)1月9日 - 本免許を受ける。
  • 1959年(昭和34年)3月1日 - 地上アナログテレビジョン放送の本放送を開始(JOCX-TV)。開局は大阪・毎日放送(MBS)と福岡・九州朝日放送(KBC)と同日。関西地区においては、関西テレビ(KTV)と毎日放送とのネットワーク関係を結ぶが、翌年関西テレビに一本化する。
  • 1959年(昭和34年)6月 - 東名阪福の基幹4局でネットワーク協力体制に調印し、フジネットワークシステム(FNS)の基礎を確立。
  • 1960年(昭和35年)1月17日 - 本局の送信出力を映像50KW、音声12.5KWに増力する。
  • 1964年(昭和39年)9月3日 - 東京オリンピック開始に伴い、カラー試験放送を開始(東京地区では3番目)。最初の番組は『僕は見たんだ』で、午前10時半からの30分番組。同放送は4日後の9月7日に本放送を開始する。
  • 1966年(昭和41年)10月 - フジニュースネットワーク(FNN)発足。
  • 1969年(昭和44年)10月 - フジネットワークシステム(FNS)発足。
  • 1971年(昭和46年) - 制作局を廃止させ系列子会社化(「フジポニー」「フジ制作」「ワイドプロ」など)。報道・スポーツ・生番組以外の番組の制作を委託する(1980年の機構改革で「制作局」を再発足、自社制作を復活させるまで系列子会社の再編をしながら続く)。
  • 1973年(昭和48年)『キンカン素人民謡名人戦』を最後に、自主制作番組が全部カラー放送になる。
  • 1978年(昭和53年)10月2日 - 音声多重実用化試験放送開始。東京では日本テレビNHK(日本放送協会)に次いで3局目。第1弾は神宮球場からのヤクルト戦のステレオ放送。
  • 1984年(昭和59年) - フジサンケイグループ議長・鹿内春雄が将来の衛星放送事業(現在のBSフジフジテレビ721、739、ディノスチャンネルなど)参画による業務拡大に伴い、局舎面積拡大の必要性を訴え、当時はまだ更地であったお台場への社屋移転構想を発表する。(#フジテレビお台場移転の経緯を参照。)
  • 1985年(昭和60年)12月8日 - 文字多重放送本放送開始。
  • 1986年(昭和61年) - フジサンケイグループ統一CI導入に伴い、現在の「目玉マーク」のロゴ・マークに変更。
  • 1988年(昭和63年) - 開局30周年を記念してオリエント急行を日本で走らせる。
  • 1989年(平成元年)8月 - 第一世代クリアビジョン放送開始。
  • 1989年(平成元年)頃 - 民放では初めて、ソニー製の1インチ非圧縮デジタルハイビジョンVTR DVH-1000が導入される。
  • 1990年(平成2年)11月 - ハイビジョン試験放送開始。
  • 1993年(平成5年) - 新本社・演奏所となるFCGビルが着工。
  • 1994年(平成6年)11月 - ハイビジョン実用化試験局免許取得。
  • 1995年(平成7年)4月 - 株式会社フジサンケイグループ本社を合併。
  • 1995年(平成7年)9月 - ワイドクリアビジョン(EDTV-II)本放送開始。
  • 1996年(平成8年) 8月- 東京都港区台場のFCGビルが完成。河田町からの移転作業が部署別に順次開始される。
  • 1997年(平成9年)3月10日 - 台場のFCGビルへの本社・演奏所機能の移転が完了。本社事業所所在地変更(東京都港区台場二丁目4番8号)。旧河田町本社ビルの解体作業開始。
  • 1997年(平成9年)8月 - 東京証券取引所市場第1部に株式を上場。
  • 1998年(平成10年)4月 - 放送法に基づきCSデジタル放送」2チャンネルの委託放送事業者の認定を受ける。
  • 1998年(平成10年)4月 - CSチャンネル「フジテレビ721」放送を開始。
  • 1999年(平成11年)4月 - CSチャンネル「フジテレビ739」放送を開始。
  • 2000年(平成12年)12月1日 - 午前11時、系列のBSデジタル放送『BSフジ』(デジタルBS8Ch)開始。
  • 2003年(平成15年)12月1日 - 午前11時、地上デジタルテレビジョン放送の本放送を開始(JOCX-DTV)。
  • 2005年(平成17年)1月17日 - 系列ラジオ局のニッポン放送株式の公開買付(TOB)を発表した。その結果、ニッポン放送発行済み株式の36.47%を取得した。
  • 2005年(平成17年)5月23日 - ライブドア・パートナーズを買収し同社の商号を『LFホールディングス』に変更(7月12日に合併)。
  • 2005年(平成17年)6月13日 - 産業再生法に基づく事業再構築計画の認定を受ける。2008年(平成20年)5月まで。
  • 2005年(平成17年)7月15日 - 地上波キー局として初めてのブロードバンド動画配信サービス、「フジテレビ On Demand」のサービスを開始。
  • 2005年(平成17年)9月1日 - ニッポン放送と株式交換し、同社を完全子会社化。
  • 2006年(平成18年)1月22日 - ライブドア証券取引法違反で1月18日に家宅捜索される。
  • 2006年(平成18年)3月15日 - ポッドキャスティングフジポッド」の配信開始。
  • 2006年(平成18年)3月16日 - 日枝会長が記者会見を行いUSEN宇野康秀社長にフジテレビが所有するライブドア持ち株を95億円で全株譲渡しUSENとの業務提携を発表。同時にライブドアとの提携解消とライブドア・ショックにより受けたフジテレビの損害総額345億円の賠償請求を行うことを決定した。
  • 2006年(平成18年)4月1日
    • 地上デジタルテレビジョンワンセグの本放送を開始。
    • ニッポン放送からアナウンサーを含む47人がフジテレビに転籍。
  • 2006年(平成18年)4月3日 - 事業持株会社化し、フジサンケイグループの統括会社になる。これとともに株式会社ニッポン放送ホールディングス(旧ニッポン放送、これまでのラジオ放送事業・中波放送局免許は『株式会社ニッポン放送』を新設し、同社に承継)を吸収合併し、ニッポン放送保有のフジテレビ株式は吸収後消却され、ポニーキャニオンディノス等ニッポン放送傘下の企業がフジテレビ傘下に移動。
  • 2007年(平成19年)3月26日 - ライブドアに対する345億円の損害賠償請求訴訟を東京地裁に提起したと発表した。
  • 2007年(平成19年)3月29日 - ポニーキャニオンと扶桑社の発行済み全株式を取得し、完全子会社化。同時にBSフジへの出資比率を上げる。
  • 2007年(平成19年)9月1日 - ハイビジョンでの報道取材を開始する(スポーツ報道の一部は以前からハイビジョン化されている)。
  • 2007年(平成19年)9月14日 - 東京都江東区青海臨海副都心に建設した「フジテレビ湾岸スタジオ」の運用を開始。
  • 2008年(平成20年)4月1日 - CSチャンネル「フジテレビCSHD」放送を開始。在京民放キー局主体で初のCS放送によるハイビジョン放送である。
  • 2008年(平成20年)4月14日 - 地上デジタルテレビジョン放送において、海賊版防止・著作権保護の観点による画面上にウォーターマークの表示を開始。(在京局では4局目)他の実施局よりは比較的薄めに表示されており、ワンセグでは非表示。
  • 2008年(平成20年)9月4日 -総務大臣から、放送法に基づく認定放送持株会社の認定を取得し、また新設会社(2008年10月1日設立予定)へのテレビジョン放送免許の承継が許可された。
  • 2008年(平成20年)10月1日 - 株式会社フジテレビジョンが『株式会社フジ・メディア・ホールディングス』に商号変更、認定放送持株会社に移行、同時に地上波放送関連事業を分社新設分割方式による事業子会社『株式会社フジテレビジョン(新設会社)』に放送免許共々承継。

番組史

歴代社長

  1. 水野成夫(1957年設立〜1964年)
  2. 鹿内信隆(1964年〜1968年)
  3. 浅野賢澄(1968年〜1982年)
  4. 石田達郎(1982年〜1985年)
  5. 羽佐間重彰(1985年〜1988年)
  6. 日枝久(1988年〜2001年)
  7. 村上光一(2001年〜2007年)
  8. 豊田皓(2007年〜)

社史概要

ファイル:Former Fuji Television Headquarters.JPG
旧河田町本社(1991年4月撮影)
ファイル:Kawadacho comfo garden.jpg
河田町時代のフジテレビ本社があったところは、現在高級高層マンションになっている(河田町コンフォガーデンURの運営で、フジテレビとは無関係)。本社があった痕跡はないが、別館などは現在もフジテレビが使っている。

1950年代〜1960年代

1970年代〜1980年代

  • 1976年、「プロ野球ニュース」がキャスターに佐々木信也を迎えて放送再開される。アニメ・子供向け番組などでは注目されたが、全般としては、特に現代ドラマにおいて視聴率が低迷し迷走を極めていた1970年代を経て、1981年にそれまでの「母と子のフジテレビ」を改め、「楽しくなければテレビじゃない」というキャッチフレーズを打ち出した。面白い番組・視聴者の笑いを取れる番組を生み出そうという意識改革のスローガンであった。そこから横澤彪がプロデュースした『THE MANZAI』『オレたちひょうきん族』『笑っていいとも!』など数々の人気番組が生まれていった。「軽チャー路線」(かる-ろせん)とも評された。
  • バラエティ番組中心の編成は結果として視聴者の支持を集め、1982年に「年間視聴率三冠王」(ゴールデン・プライム・全日でトップ)を獲得。その後「三冠王」は12年間続いた。
  • 1980年代後半のバブル景気時には、いわゆる「トレンディドラマ」が人気を博し、ゴールデン・プライム帯の視聴率を押し上げた。

1990年代

ファイル:Fuji-TV DAIVA1996.jpg
フジテレビ本社があるFCGビル(1996年、アクアシティ建設前)
ファイル:Fujitv.jpg
フジテレビ本社があるFCGビル(東京テレポート駅側より)
  • 1990年代前半には、『カノッサの屈辱』など、深夜放送を中心とした人気番組が続々生まれた。しかし、1993年夏頃から「三冠王」のうちのいくつかをバラエティや巨人戦中継などの人気番組を持つ日本テレビに明け渡すようになってくると、その勢いも次第に衰えていった。1994年〜2002年には9年連続「年度視聴率四冠王」(ゴールデン・プライム・全日にさらにノンプライムを加えての表現)を日本テレビが達成した。
  • 1997年3月10日に東京都新宿区河田町から東京都港区台場のFCGビル(通称:フジテレビ本社ビル)に移転。新社屋の設計は丹下健三・都市・建築設計研究所、施工は鹿島建設。敷地面積21102.220m²、延べ床面積141825.438m²、地下2階 地上25階 塔屋1階。直径32mの球体展望室が印象的。収録に使用した道具や収録スタジオ(V4スタジオ)などが見られる見学者コースがあり、お台場周辺の観光スポットの1つになっている。ビル全体の“見た目サイズ”はワイドクリアビジョンテレビの16:9をイメージしているとされる。
  • 建物は、低層部については公開スペースを1階に設け、スタジオを3階に設置するという珍しい構造で、高層部については「オフィスタワー」と「メディアタワー」の2棟を中央3フロアに合計6本ある渡り廊下(コリドール)が繋ぐ構造となっている。
  • かつてはメディアタワー棟22〜24階に、本社建て替え工事の間借りとして、系列ラジオ局のニッポン放送の本社があった(2004年9月6日にかつて本社があった千代田区有楽町に移転し、9月13日より全業務を開始した)。
  • 1999年にはイメージキャラクターのラフくんが登場、2002年からは「きっかけは、フジテレビ。」のキャッチコピーで様々なキャンペーンを展開、毎年本社ビルで行われているイベントも名物となっている。不定期で社内を歩き回り、愛嬌を振りまいている。

2000年代〜

  • 2003年度(2003年4月〜2004年3月)の調査ではプライムタイムの視聴率が日本テレビを上回った。この結果2004年には「三冠」を日本テレビから奪還し低迷期から脱した。2004年度においては、「四冠」も獲得した。
  • 2004年度からはお笑い系のバラエティ番組だけでなく、『IQサプリ』や『タモリのジャポニカロゴス』、『熱血!平成教育学院』などの教養系なバラエティ番組も多く制作しだした。これは今までこの様な番組を制作していた日テレよりも若干多くなっており、視聴率的にも成功している番組もある。
  • 2008年5月15日、フジテレビは2008年4月に施行の改正放送法に基づく『認定放送持株会社』制への移行を取締役会で決定した[1]
    • その概要は、現在の株式会社フジテレビジョンを純粋持株会社『株式会社フジ・メディア・ホールディングス (FUJI MEDIA HOLDINGS,INC.)』に商号変更、地上波テレビ放送事業は放送免許も含め、分社型新設分割方式によって新設する『株式会社フジテレビジョン(新設会社)』への移管・免許承継する予定。
  • 2008年6月27日、定時株主総会にて放送持株会社制への移行が承認された。今後、主務大臣の認可・法的な処理を実施の上、2008年10月1日から新体制に移行した。

フジテレビお台場移転の経緯

1980年(昭和55年)に掲げた「軽チャー路線」がようやく波に乗り出し、1984年(昭和59年)には年間売上高も開局以来初めて在京キー局でトップに躍り出た。局舎のお台場移転構想が持ち上がったのはこのころである。

当時のフジサンケイグループ議長鹿内春雄が、所用で当時はまだ更地だったお台場を訪れ「テレビ局を運営するならビルの林立した都心よりも、その都心を広々と見渡すことのできるお台場のような場所がいい」と考え、後のフジテレビ役員会議で提唱した。当時の東京都知事鈴木俊一も「情報の集まる所に人は集まる」と考えており、「臨海副都心計画を成功させるためにはお台場エリアに一大エンターテインメントも必要」という方針を打ち出していた。そのようなこともあり、かねてから親交が深かった春雄にフジテレビの誘致を積極的に行っていたことが、この移転構想へつながったと見られている。お台場は当時未開発の地であり、都心と比較しても地価が安く、用地も都から安価で提供してもらえたことも大きく影響した。

当時はレインボーブリッジゆりかもめはおろか、臨海副都心線さえ開通していなかったことや、都心からも遠いこともあり、ほとんどの役員はお台場移転案に消極的であった。前述のように将来における民放の衛星放送への参画や、それに伴うスタジオの増設、局内のデジタル回線への変更などで当時の河田町の局舎では限界があったため、新局舎の建設が必要であることは役員の誰もが理解していた。このため、再三にわたる議論の末、

  1. 河田町の局舎解体後、跡地に新局舎を建て直す案(移転不要案)
  2. 都心に近くて広大な土地のある品川区大崎(現在の大崎ニューシティやゲートシティ大崎があるJR大崎駅東口地区)への移転案
  3. 春雄のお台場移転案

の3つに絞られた。フジテレビの現場サイドも局舎そのものを観光名所にして、そこから新たな収益構造を作りたいという目的があったため、住宅地のど真ん中にある河田町では地理的に集客力に限界があり、この目的は達成できないとして1.の移転不要案は却下された。また、2.と3.を比べても、お台場は海沿いで眺めも良く、開発されつくした大崎エリアと比べても未開発で集客面でも将来性が大きかったことと、前述の地価の面でも大きく有利に動いた。これに加えて鈴木都知事の協力が得られたことにより、3.の春雄のお台場移転案が決定的になった。

これを受け、春雄は局内に総合開発室を設置し、初代室長に当時取締役編成局長だった日枝久を抜擢。将来の台場新局舎の建設計画や用地取得、および衛星放送開始に備え、10年越しでの大プロジェクトを敢行し、現在の「お台場のフジテレビ」を築き上げた。また、これらのプロジェクトで費やした費用は10年間で実に数千億円に上ったという。

目玉マークの誕生

フジテレビの特記事項

  • 他局での出演が少なく、フジテレビに好んで出演する芸能人や、フジテレビのことが好きな視聴者のことを、俗に「フジっ子」と言う。
  • ドラマ等の撮影は都内複数のスタジオで分散して行われていたため、それらのスタジオを集中・統合化する目的で本社から近い江東区青海フジテレビ湾岸スタジオを建設した。
  • 局舎は一つになっているように見えるが、実際はオフィスタワーとメディアタワーに大きく分かれており、その間をスタジオや見学者コース、「コリドール」と呼ばれる空中回廊で結ぶ構造になっている。
  • テロップのフォントは、フォント制作会社のニィスと共同開発した物を使用している。これが先駆となって、他局や色々な印刷物にもこのフォントが使用されるようになった。

フジテレビの評価

  • バラエティ番組やドラマは大変好評な局であるが、一方で報道番組や教養番組はバラエティ色を濃くしたものも多い事などから「報道2001」「ニュースJAPAN」以外の番組の評価は低い要出典。しかし、1985年8月12日日本航空123便墜落事故では現場が特定困難であった山中から、翌日にTV上に最も早く事故現場の映像を流し速報を伝えたり、2003年12月14日のサッダーム・フセイン拘束のニュース速報を他局に先駆けて伝えた上に民放で唯一報道特番を組むなど、報道でも実績を残している。
  • 社員に有名人や大手クライアントの子息や孫が多い。アナウンサーではタレント永六輔の娘永麻理アナ(1993年退社)や俳優竜崎勝の娘高島彩アナ、俳優・高橋英樹の娘高橋真麻アナ、元プロ野球選手・田淵幸一の息子田淵裕章アナなどがいる。アナウンサー以外にも元議長・鹿内信隆の孫の鹿内植や、中曽根康弘村上勇の子息、大島渚の息子の大島新1999年退社)、宇津井健の息子の宇津井隆遠藤周作の息子の遠藤龍之介(同社取締役)、かまやつひろしの息子のTAROかまやつも入社をしており、大手クライアントでは東宝松竹王子製紙の役員の子息や孫も入社している。これらに対しては、コネも実力の内という考えや、業務上の人脈確保などの観点から擁護する考えもあるが、放送業の公共性の高さゆえに批判もある要出典
  • インターネットを利用した一般新卒社員募集活動に熱心なテレビ局である。一般の四大卒応募希望者はエントリーから書類選考に相当する段階まで、メールアドレスを含むインターネット接続環境手段を持たないと応募はほぼ不可能である。また、サイト内採用情報(「こちらフジテレビ」)では、在籍社員のコメントも多種多様で充実している。掲載内容ではアナウンサー職や制作職社員のコメントには秀逸なものも見受けられる一方、憧れのフジテレビに入社できたと歓喜のあまり極端に主観的なコメントを述べた社員を掲載してしまうこともある。過去には「面接で放送禁止用語(性器を表現する言葉)を叫んだところ受かってしまった」と豪語した国立大卒女性技術社員のコメントが掲載されていた(2003年度採用情報より)。
  • バラエティ番組では、女子アナをタレントのように扱うことが多く、クイズ番組等に回答者として自社アナを出演させる機会も多々ある(他の民放でも似た傾向はあるが、フジテレビはそれが顕著)。アナウンサーにタレント性を求めている影響から、入社以前に芸能活動経験をもつアナウンサーも多数在籍している。
  • それらのことから軽薄なイメージが強い要出典社風であるが、一方で質の高いドキュメント番組も多く、放送関係の各賞の受賞回数は上位に位置する(代表的なのはNONFIXザ・ノンフィクションなど)。
  • 軽チャー路線やトレンディードラマなどで1980年代以後の若者文化を牽引し、定着させた面がるが、その副作用として報道番組が軽薄の謗りを受ける面がある要出典正論路線を貫こうとする報道部門と、実利を追うドラマ、バラエティー部門には確執がある。報道部門は営業上の業績がドラマ部門・バラエティー部門の足元にも及ばず、「喰わせてもらっている」との負い目から、社内での発言力は極めて小さいとされる要出典
  • 在京キー局中、労働組合の活動状況や対経営側への影響力は最も弱いとも言われている。(民放労連会報・会員コメントより)
  • 2006年頃より、ネット上の各種コンテンツ掲載内容に関して敏感になってきている要出典

フジテレビ制作番組

フジテレビ制作の番組については、フジテレビ番組一覧を参照。 制作セクションは編成制作局にあり、第三制作部までに分かれていた。ドラマ制作センター(旧・第一制作部、英語ではdivision1→ディビジョン1)はドラマ、バラエティ制作センター(旧・第二制作部)はバラエティ・音楽番組、情報番組センター(旧・第三制作部)はドキュメンタリー・情報番組などを作っている(2002年7月に第三制作部は生活情報局に移行、2004年6月に情報番組センターに改称)。また、報道特番についてはFNN系報道特別番組を参照。

ニュース・情報

ファイル:FujiTV,crew2007-3-1.jpg
フジテレビ・ニュース番組の街頭取材・取材カメラクルー

FNNニュース』、『FNNスピーク』、『FNNスーパーニュース』、『ニュースJAPAN』などのニュース番組を報道局が制作。『めざましテレビ』、『情報プレゼンター とくダネ!』などの情報番組ワイドショー番組は、情報制作センター(旧・第三制作部)が制作している。フジテレビ以外の系列局の映像には、当該系列局名のテロップが入る。(ただし、とくダネ!など一部の番組を除いて、2005年4月以降、当該系列局名のテロップは廃止された。現在は、画面左下に『FNNNEWS』と入り、その横にそのニュース取材場所などが表示されるようになっている。これは、フジテレビ、それ以外の系列局の取材に関係なく表示される。)

スポーツ

すぽると!』、『ジャンクSPORTS』、中継番組全般をスポーツ局が制作。また、レーベル表記は「FUJI NETWORK SPORT」を2001年10月より使用(2005年4月より中継番組のみの使用)。

バラエティ

バラエティ制作センター(旧・第二制作部、港浩一バラエティ制作センター室長がチーフとなり吉田正樹部長らが所属)が制作している。主に『笑っていいとも!』、『めちゃ×2イケてるッ!』など。『ネプリーグ』、『クイズ!ヘキサゴンII』等のクイズ番組や、『ライオンのごきげんよう』等のトーク番組もバラエティ制作センターで制作している。

スポンサー料の安い深夜・早朝枠は、逆に「視聴率を稼がなくても良い」と解釈され、実験的な番組が多数作られた。1987年10月改編で正式に「24時間放送」を開始、「プロ野球ニュース」終了後以降の深夜枠に「JOCX-TV2」という「ゾーンタイトル」を付加、社内組織的にも編成局内に「深夜の編成部」なる深夜編成担当チームが組まれ、ゾーンタイトル独特のタイトルバックがさらに人気を高めた。これらの枠から人気を博した番組に「カノッサの屈辱」「ウゴウゴルーガ」「Flyer TV」がある。

深夜枠のゾーンタイトルでは「JOCX-TV2」以降、「JOCX-TV PLUS」「JOCX-TV GARDEN」「MIDNIGET TV PLUS」「JUNGLE」「音楽美学」など、深夜枠内共通のゾーンジングルが1990年代後半まで付加されたが、編成方針の変更により「深夜の編成部」が廃止され、「ゾーンタイトル」など「深夜枠」という特定のカテゴリー自体もこれをもって廃止された。

音楽

バラエティ同様、バラエティ制作センターが担当。『HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP』『新堂本兄弟』『MUSIC FAIR21』などはきくち伸プロデューサー率いる音組が担当している。バラエティと化しつつある音楽番組の中で、唯一質の高い音楽番組が、30年以上の歴史を誇るミュージックフェアである、(石田弘エグゼクティブプロデューサー役員待遇)が長く担当し、提供にシオノギ製薬で長寿番組として現在もミュージックフェア21として放送されている。

ドラマ

ドラマ制作センター(旧・第一制作部)が制作している。 現在、ドラマを放送している時間帯(以下JST)は月曜午後9時(月9)、火曜午後9時木曜午後10時土曜午後11時(2007年4月から)の4枠。

アニメ

日本初のテレビアニメ『鉄腕アトム』を放送し、『ゲゲゲの鬼太郎』『世界名作劇場』『科学忍者隊ガッチャマン』や『ドラゴンボール』シリーズを初めとする週刊少年ジャンプ漫画原作作品などの人気アニメ番組を数多く放送するなど、かつてフジテレビは民放一のアニメ局であった。現在でもアニメ番組では視聴率トップクラスの『サザエさん』を、日曜午前9時台には数多くの人気作品を放送している。

しかし、1997年以降、『世界名作劇場』の終了や、テレビ東京でのアニメ本数の増加、ポケモンショック少子化などで次第に地位が低下し、2001年には平日枠(深夜枠以外)のアニメ番組が消滅した。このはるか前、1980年代まではタツノコプロとの関係が深かったが、1983年の「イタダキマン」の不振がきっかけとなって絶縁し(最後の作品は1985年の「炎のアルペンローゼ」)今日に至っている。2004年には『こちら葛飾区亀有公園前派出所』が終了、『ONE PIECE』も2006年10月より日曜日午前9時半(ローカルセールス枠)からの放送になった事により、ゴールデンタイム枠のアニメ番組は消滅した。

深夜アニメ

2002年〜2003年にかけて番組数が比較的多かったが、当時地上デジタルテレビ放送の準備による放送機器メンテナンスが相次ぎ放送スケジュールが不安定になり、それに伴う地上波放送の打ち切り・枠廃止も相次いだことから視聴者や制作会社から不満の声が高まり、その影響で関東地区では独立U局でのネットに切り替える作品が相次ぎ(その名残で、現在も関西・中京圏では従来通り系列局の関西テレビおよび東海テレビでの放映作品枠が1本ある)、2004年10月にすべての枠が一旦廃止となった(深夜アニメの項を参照)。

しかし、2005年4月14日から『ノイタミナ』枠でスタートした『ハチミツとクローバー』(木曜深夜0:35〜)で復活することになったが、『蟲師』がまたもシリーズ途中で地上波放送では打ち切りになるなど、依然として他局と比べても異常に不安定な放映状況を完全には解消出来ていない。2007年12月現在は『ノイタミナ』枠のほかは土曜深夜に1本(2008年4月からは『二十面相の娘』)放映しているのみである。

子供向け番組

関連会社のフジテレビKIDSがBSフジポンキッキシリーズ(現在は『Beポンキッキ』)などを制作している。2007年3月に『ポンキッキ』が終了して以降、地上波でのレギュラー子供向け番組は消滅している。

その他

毎年恒例の『FNS27時間テレビ』を始め、『FNSドキュメンタリー大賞』『FNSソフト工場』といったコンテンツをFNS各局が総力を挙げて制作。単発でバラエティー、ドキュメンタリー、スポーツ、ドラマ、映画などを放送。ミニ番組についてはミニ番組#フジテレビを参照。

フジテレビの不祥事・事件・トラブル

事件・事故

  • 1993年6月24日 - バラエティー番組『ウッチャンナンチャンのやるならやらねば』の収録中に香港のロックバンドメンバーがセットから転落して死亡。この事故を受けて番組は打ち切られた。
  • 2005年10月 - 有名人気女子アナウンサーを標的にした連れ去り未遂事件、爆破予告事件が起こる。犯人はいずれも逮捕された。(月刊サイゾー2006年8月号掲載)

報道姿勢に対する批判

  • 1998年 - 情報バラエティー番組「ウォンテッド!!」で「仕事をマジメにしない自堕落な看護婦」を紹介する際「看護婦(当時の呼び名)の実態」というタイトルで放送し、医師団体から「看護婦のイメージを損ねる」として抗議。その後番組は打ち切られた。
  • 1998年11月29日 - 情報番組『スーパーナイト』で取り上げた隣人トラブルについて、片方の言い分だけを鵜呑みにし、相手方を一方的に非難した内容で放映した。それにより、非難された側の経営する会社が倒産に追い込まれ、娘の婚約が破談になるなどの報道被害を受け、BRC(放送と人権等権利に関する委員会)へ救済を訴えた。BRCはフジテレビの報道姿勢に対し、「人権への配慮が不十分で、放送倫理上問題があった」と認定した。
  • 2002年10月25日 - 『FNN報道特別番組』として北朝鮮拉致被害者横田めぐみさんの娘とされているキム・ヘギョンの独占インタビューなどを放送した。放送途中からフジテレビやその系列局に「北朝鮮のプロパガンダに乗せられたのでは」などの抗議があったほか、救う会家族会などが会見し批判した。
  • 2004年6月 - 新潟県長岡市にある田中直紀参議院議員の選挙事務所前の民家を借り、事務所の様子を密かに撮影していたことが発覚し、田中議員と後援会が選挙妨害と盗撮だとしてフジテレビに損害賠償と謝罪を求めて新潟地方裁判所に訴状を提出した。2007年2月7日、新潟地裁で判決が下り、「撮影の目的自体は不当ではないが、正当な取材範囲を逸脱する違法なもの」としてフジテレビ側に36万円の賠償を命じた。
  • 2006年5月4日の『FNNスーパーニュース』内で、中華民国台湾)の国旗として五星紅旗中華人民共和国の国旗)を掲載したことから、中華民国政府の駐日代表処を含む、中華民国関係者の抗議を受けた。
  • 2006年6月29日 - 南北離散家族面会行事を特集した際に、金英男氏の近くにいた韓国政府統一部職員を“元工作員”安明進のコメントを元に「金氏を監視する担当の北側工作員」と“指摘”。韓国政府から申し入れを受け、7月4日のFNNスーパーニュース内で訂正。
  • 2007年10月5日 - 10月3日に放送されたスーパーニュース時津風親方のインタビューを日本相撲協会の許可を得ず放送したため、2007年11月に行われる大相撲九州場所千秋楽まで試合映像の放映や力士のテレビ出演などができなくなる制裁措置を受けた。

バラエティ番組などの演出に対する批判

  • 1991年10月31日 -「とんねるずのみなさんのおかげです」にて、盲腸で入院していた木梨憲武がまるで亡くなったかのような演出を行い、抗議の電話が殺到あった(→参考記事)。
  • 1999年 - バラエティー番組『愛する二人別れる二人』でやらせが発覚。出演者がやらせを告白した遺書を残して自殺し、スポンサーが降板を申し出たために番組は打ち切られた。
  • 2000年12月24日- アニメ『サザエさん』にて、サンタクロースを題材にした物語を放送したが、サンタクロースは実際は家族の人だったと分かるストーリーだったため、番組を見た視聴者からフジテレビに「子供の夢を壊さないで」などの苦情や抗議があった。
  • 2003年 - 『ネプリーグ』(深夜時代)の番組内で通行人の持ち物をひったくってその被害者と競争するといった企画があり、番組内でラグビーの日本代表ユニフォームを着ていたことから、ラグビー協会抗議、フジテレビ側が謝罪した。
  • 2003年8月13日 - 『ワンナイR&R』内の「ジャパネットはかた」というコントで福岡ダイエーホークス(当時)王貞治監督の顔を模した便器(王シュレット)を販売するというコントを放送、同球団と王貞治本人が激怒し、同球団は地元局であるテレビ西日本(TNC)を含め、フジテレビ系列の取材を一切拒否、後日フジテレビは放送上等で謝罪するが、同年の日本シリーズでの放送権を剥奪され、また通信販売業のジャパネットたかたウォシュレットを製造しているTOTOからも「あまりに良識の範囲を超えている」と抗議された(王シュレット事件を参照)。またこの8月13日の放送では和光堂の粉ミルク「ぐんぐん」を妊婦に扮した出演者にかけるというコントも放送しており、これに対しても視聴者から「育児に不可欠な粉ミルクを軽率に扱うとは何事か」などの苦情が殺到し、和光堂からも「企業イメージを損ねた」として抗議された。
  • 2005年11月 - バラエティー番組『幸せって何だっけ』内で、細木数子養鶏場で生産される鶏卵について「薬漬けのニワトリが24時間照明を点けられて一日2〜3個の卵を産まされている」と発言し、養鶏業者団体から猛抗議を受けた。これを受けフジテレビは後日養鶏業者団体に謝罪し、番組内で細木自らが養鶏業者に出向いた。
  • 2006年9月 - 『めざましテレビ』内のコーナー「めざまし調査隊」でやらせがあったことが発覚。やらせを行ったフリーのディレクターとの契約は打ち切られ、コーナーも打ち切られた。また、管理責任を問われ情報制作局長を減俸、情報制作センター室長を減給処分とした。
  • 2006年9月28日放映のバラエティー番組『恐怖の食卓』で、ADHDに対する誤解と偏見に満ちた報道がなされたと患者団体から訂正と謝罪を求められたが、フジテレビは拒否した。
  • 2006年10月4日 - V6主演番組『VivaVivaV6』内での罰ゲームであった「浜辺の清掃」シーンを神奈川県鎌倉市腰越海岸で収録中、フジテレビスタッフが持参したゴミをまき散らし、撮影準備をしているところを住民に見咎められトラブルとなった。
  • 2006年4月に放映したドラマトップキャスター』の第3話の内容に関して、細木数子から「ドラマに登場した『女性占い師』は明らかに自分をモデルにしており、名誉毀損に当たる」として抗議を受けたため、11月に発売したDVDでは第3話をカットして発売した。
  • 2007年1月6日に放送されたバラエティ番組が高校野球を冒とくする内容だとして、日本高野連は10日、「教育の一環として行われている高校野球の目的から著しく逸脱する番組構成で誠に遺憾」とする抗議文を同局に送付した。また、番組制作に協力した兵庫県西宮市の旅館を甲子園大会時の指定宿舎から外す方針も決めた。
  • 2007年1月7日に放送された『発掘!あるある大事典II』(関西テレビ制作)では、納豆ダイエットの実験データが捏造されていた(『発掘!あるある大事典#データ捏造問題』も参照のこと)。
  • 2007年に放映された27時間テレビ内の企画で、霊能者江原啓之の霊視の結果と編集された放送内容に対し、霊視を受けた人物から抗議を受け、BPOから「非科学的」「出演者への配慮を欠く」と改善意見を受ける。フジテレビは出演者に謝罪し、後日フォローする番組を放映する。また同時に、番組で取り上げる切っ掛けとなった投稿の手紙がヤラセであり、霊視会場にいた観客の過半数がサクラであることも発覚した。
  • 2007年7月16日10時13分頃新潟県中越沖地震が発生し、フジテレビではわかってちょーだい!を生放送中だった。スタジオでも地震の揺れを感じ、速報テロップが表示されたにもかかわらす、司会の川合俊一ヘラヘラと笑いながら「何か出た? ウチってちゃんと地震伝えなきゃいけない番組でしたっけ?」と発言。この発言に対する謝罪や訂正は一切なかった。

関係者の不祥事

  • 1999年 - 美容師の腕を競わせる番組『シザーズリーグ』に出演していた「カリスマ美容師」が無免許であることが発覚した。同番組のプロデューサーは制作会社からの制作費のキックバックを受けていた事等が発覚し退社。その後、金融業者・無免許美容師・美容院を恐喝し逮捕された。
  • 1999年11月 - 役員待遇であった男性アナウンサー(当時)が同局の公金を横領したとの疑惑が浮上した。公金は政界への工作資金と報道され、男性アナは出演していた報道番組を降板した。しかしアナ本人やフジテレビ側は一切事実関係を明らかにせず、男性アナは定年まで勤め上げた後2年間も役員として同局に在籍していた。
  • 2001年2月3日 - 男性アナウンサー(当時)が自動車運転中に人身事故を起こし、被害者男性が死亡した。アナウンサーは業務上過失致死傷容疑で逮捕されたが、被害者家族と示談が成立して不起訴処分となる。社内での処分は1年間の謹慎であった。
  • 2005年2月8日 - フジテレビ人事局(当時)に所属する元・金メダリストのモーグルスキー選手里谷多英が、泥酔して東京六本木のクラブ店内で同伴の男性とみだらな行為に及び、止めに入った店員に暴行を加えたとして警察の取調べを受け一時留置、後に被害者と和解が成立し、被害者が被害届を取り下げたため起訴猶予処分となった。フジテレビは5日間の謹慎処分を下した。
  • 2005年7月23日-男性アナウンサーが、バラエティー番組で同年6月に行われたFIFAコンフェデレーションズカップ2005実況のためドイツに逗留中、買春(ドイツでは合法)を行った事を告白。公共の電波に下品な猥談を流した事に批判が集まる。
  • 2005年11月14日 - ジャニーズ事務所所属のアイドルグループNEWSの未成年メンバーが仙台市内で泥酔し、トラブルを起こし補導された。その後、フジテレビの女子アナウンサー(当時)が、補導された同メンバーが未成年であることを承知で酒席に呼び出していたことが発覚。ジャニーズ事務所は同メンバーを無期限謹慎処分としてNEWSメンバーから外し、研修生に降格とした。一方、フジテレビは同女子アナに1週間の謹慎処分を下し、同アナの他、酒席に参加していた同局常務など10名の社員に減給減俸処分を下した。
  • 2005年のライブドアによるニッポン放送株買い占め事件により、日枝会長の私邸がフジテレビ社屋建築の際、建築を請け負ったゼネコンからのキャッシュバックとして建てられたものだとの疑惑が報道される。
  • 2006年8月30日-総務局次長が酒宴で、女性派遣社員にセクハラ行為を行い、降格処分を受ける。
  • 2007年6月29日、前報道局長が、私的な飲食や遊興の領収書や架空領収書を使い、913万円を不正流用していたことから懲戒解雇された。同年3月末に東京国税局から、実体のない取引や接待を指摘され、社内調査で発覚した。また同時に局自体による所得隠しが発覚し、追徴課税された。
  • 2008年6月27日、同局の技術局制作技術センター所属の職員がタクシーに払った料金を奪い取って逃走し、強盗容疑で逮捕された。

スタジオ

臨海副都心

台場・FCGビル(フジテレビ本社ビル)

スタジオ内にあるテレビカメラは、全てハイビジョン対応(1997年3月10日の運用開始当初から)。しかし、サブ周りの機器は一部河田町からの移設やSD対応機材だったため、その「HD非対応」スタジオについては段階的にHD対応に移行させている。

青海・フジテレビ湾岸スタジオ

  • M1スタジオ(約1000m²)
  • M2スタジオ(約1000m²)
  • M3スタジオ(約700m²)
  • M4スタジオ(約700m²)
  • D1スタジオ(約1000m²)
  • D2スタジオ(約1000m²)
  • D3スタジオ(約700m²)
  • D4スタジオ(約700m²)
  • 都内に分散する番組収録スタジオ(渋谷ビデオスタジオフジテレビ砧スタジオ〔TMC〕等)を統合・集約する事により、作業効率・費用効率の向上、企画から収録・編集・放送までの一貫したコンテンツ制作体勢の構築を目的として建設された。
  • テレビスタジオは8ステージ・HDフルデジタルシステムを導入し、スタジオ床面積は5459m²で、一部のスタジオは、自社のV4スタジオNHK放送センターの101スタジオを凌ぐ日本最大級の広さとなっていて、台場本社とは光ケーブル等で大容量の双方向回線で結ばれている。また台場本社と異なり、展示ギャラリー・ショップ等がある1階と屋上の公開エリア以外の建物内は一般人の立ち入りが完全に規制できる事から、今後大規模番組等の収録の中心はこちらに移るものと思われる。
  • 屋上緑化や壁面を二重構造にするなどして従来のスタジオよりもエネルギー消費量を約2割削減して省エネルギー化をはかり、また敷地内に1万本以上の樹木を植樹するなどして環境に配慮した設計になっている。
  • FNS27時間テレビ みんな“なまか”だっ!ウッキー!ハッピー!西遊記!クイズ!ヘキサゴンII クイズパレード!!27時間スペシャルでフジテレビ湾岸スタジオ生放送としては初めて使用された。また、番組中、同スタジオの名前はまだ決定ししていなかったため「フジテレビ新スタジオ」としていた。

その他

  • 大手町取材センター(千代田区大手町)
    • 台場に本社がある関係でアクセスが良くない大手町周辺の取材拠点として、東京サンケイビル・産経新聞本社内に設置している。経済系ニュースの取材拠点。簡易スタジオがあるほか、アナウンサーが常駐している。
  • 国会記者会館(千代田区永田町)
    • 政治ニュースの取材拠点であり、会館の周辺には首相官邸などの重要施設が集中している。オフィス内に簡易スタジオ設備と専用の中継回線があり、必要があればいつでも放送が行えるようになっている。
  • 東証アローズ(中央区日本橋兜町東京証券取引所 東証アローズ・メディアセンター内)
    • 経済ニュースの拠点の一つ。東証アローズの一角にあるメディアセンター内に設けられたミニスタジオ。市場を管理しているマーケットセンターのグラスシリンダー部全体が見渡せるようになっている。
  • 新宿支局(フジテレビ第一別館)(新宿区市谷仲之町
    • 本社が台場という埋立地に有る事によるアクセスの特殊性を考慮し、旧本社敷地付近にある第一別館に報道の取材拠点を設置。常設の簡易スタジオがある他、中継車も常駐している。なお、こちらの建物は河田町本社時代のものをそのまま使用しており、通り沿いにある看板も「フジテレビ第一別館」のままである。

情報カメラ設置ポイント

東京駅サンケイビル内大手町取材センターより)、羽田空港第1・第2ターミナル

キャッチフレーズ

  • 明るい家庭に楽しいテレビ(1959年開局時)
  • 母と子どものフジテレビ(1960年頃)
  • 青春は8ビート燃える秋のフジテレビ(1979年秋)
  • テレビカルサマー8チャンネル(1981年夏季のみ)
  • 軽チャーっぽい。春の8チャンネル(1984年春)
  • スーパーTV宣言(1987年)
  • お世話になったあの人に、フジテレビ。(1987年末)
  • 不意のお客様に、フジテレビ。(1988年1月)
  • フジテレビばかり見てると、ウマになるよ。(1988年夏)
  • 4月からのフジテレビに気をつけよう。(1989年春改編)
  • なんか、変化。(1989年後期)
  • ゆく変化、くる変化。(1989年末)
  • 変化新年。(1990年1月)
  • それ、世の中動かしてみませんか(1990年前期)
  • フジテレビがLOVEと言い始めた(1990年後期)
  • 新しいルールとご一緒しませんか(1991年)
  • みんなそろそろホントのことを(1992年前期)
  • 「哲学」(1992年後期)
  • サービスとは何でしょうか?(1993年)
  • テレビって…(1994年前期)
  • PUSH(1994年後期)
  • フジテレビが、いるよ。(1995年)
  • 歌えフジテレビの歌(1996年)
  • お台場ちゃんねるフジテレビ(1997年)
  • また、お会いしましたね(1997年)
  • マジ?フジ(1999年)
  • フジテレビギン(2000年)
  • ガッチャ!フジテレビ(2001年)
  • きっかけは、フジテレビ(2002年〜2005年、2008年、なお、「きっかけは、〜」は、現在系列局の北海道文化放送で使われている。)
  • ちょっぴりハッピー→ちょぴハピ きっかけは、フジテレビ(2006年)
  • HAVE YOUR MEASURE きっかけは、フジテレビ(2007年)

コーポレート・スローガン

  • 母と子のフジテレビ(〜1980年)
  • 楽しくなければテレビじゃない(1981年〜)
  • 夢・を・つ・く・る(1986年〜)

テレビの時刻出し

現在

  • 放送開始時〜11:21:05(土曜は〜10:42:30、日曜は〜9:31:30。ただし、平日9:54:00以降および土曜9:55:00以降のCM中・提供スーパー全面表示時は表示オフ)
  • めざにゅ〜』『めざましテレビ』『めざましどようび』『めざましどようびメガ』はカスタムで表示。かつては2004年10月から2005年3月まで毎週土曜日の13時〜14時に放送された「エンタ!見たもん勝ち」でも前述の3番組と同じタイプがカスタムで表示されていた。
  • アナログ放送のフォントは赤色(「エンタ!見たもん勝ち」は青色)付きの斜字体で、フォントJTCウインSシリーズ(CM中は斜字体・モノクロでフォントはJTCウインRシリーズ)。
  • デジタル放送はマスター(アナログ・デジタルとも東芝製)自体がアナログ・デジタルで別々に置かれているため、全くの別フォント(「後期丸フォント」に酷似)で、太さもアナログ放送よりも細い。
  • 平日12:00〜12:58『笑っていいとも!』内(CM中・提供スーパー全面表示時は表示オフ)
  • 平日16:53〜18:56:25『スーパーニュース』内(CM中・提供スーパー全面表示時は表示オフ)
  • アナログ放送はモノクロの正字体でフォントはJTCウインS、デジタル放送は上記と同じ理由で別フォントの丸文字で、表示についてはすべてSD(4:3)の位置である。平日9:54:00以降および土曜9:55:00以降については、CM中および提供クレジット時には表示されない。「ハピふる!」内(9:55:00〜11:21:05)の時刻表示の字体は9:54:00以前のフォントを橙色かつ斜体に変えて表示される。
  • 時刻出し以外にも先述のとおり、マスター自体がアナログ・デジタルで別々になっていることから提供クレジット(スタジオサブ表示を除く)・ハイビジョン制作字幕放送表示は同じフォントであっても点灯・消去の速さはアナログ・デジタルで異なっている。
  • アナログ放送ではフェードイン〜フェードアウトの速さが番組により違っている(時にはカットイン〜カットアウトに近い状態もある)。
  • デジタル放送ではフェードイン〜フェードアウトは常に一定の速さに固定されている(フェードアウトは企業のCM画面にすぐ切り替わらないときのみ)。

過去

テレビ放送以外

映画事業局

フジテレビは、テレビ局であると同時に日本最大級の映画制作集団であり、映画事業局が映画製作とテレビでの映画放送を行っている。

映画事業局は、劇場用映画を制作する「映画制作部」と、『プレミアムステージ』などテレビ等で放送する映画放映権の獲得交渉・宣伝を行う「映画調整部」の2セクションに分かれる。規模で言えば既存の映画制作会社を凌ぎ日本でも最大級である。制作する映画のほとんどは映画制作部が主体となる。映画事業局は同局々長である亀山千広を中心に関口大輔や臼井裕詞などの映画プロデューサーが所属。彼らが中心となり企画から制作、配給契約、宣伝、DVD化、テレビ放送、海外セールスまでを同局が一括して管理している。配給は東宝系列で行われることが多い。

現在、フジテレビは同局が中心となり株式会社GDH(アニメーション製作会社であるGONZOの持ち株会社)の株を第三者割当により10%取得して資本関係を結び、アニメ映画の共同製作(第一作は宮部みゆき原作、2006年夏公開の『ブレイブ・ストーリー』)を行うとする一方、『攻殻機動隊』シリーズで世界的な名声を誇るアニメーションおよびCG制作スタジオProduction I.Gと共同で有限責任事業組合フジ・IG・ラボ・フォー・ムービーズ(FILM。現 FILM有限責任事業組合)を設立、同組合専用のデジタルスタジオ「FIX STUDIO」を立ち上げ、同スタジオと米国の音楽制作プロダクションスカイウォーカー・サウンドのスタジオ間に専用の大容量ネットワーク回線「スカイ・リンク」を敷設し、日米で同時並行作業が可能な体制を整える など、劇場用実写・アニメーション映画の制作力向上に対して積極的な姿勢を取っている。

フジテレビ制作映画

1983年
1985年
1986年
1987年
1988年
1990年
1991年
1992年
1993年
1994年
1995年
1996年
1997年
1998年
1999年
2000年
2001年
2002年
2003年
2004年
2005年
2006年
2007年
2008年
2009年(予定)
  • SPの続編(題名未定)
公開時期未定
これらの他に、「こちら葛飾区亀有公園前派出所」や「ワンピース」等のアニメ作品の映画版もある。

事業部

イベント

イベントは事業部が主催している。

総合イベント
  • 国際スポーツフェア(1984年〜1992年、毎年4月29日〜5月5日、国立代々木競技場
  • 夢工場(1987年〜1988年、晴海見本市会場・河田町駐車場ほか)
  • LIVE UFO(1993年〜1995年、毎年4月〜5月、国立代々木競技場とその周辺)
  • LIVE WORKS(1996年4月27日〜5月6日、国立代々木競技場、渋谷ほか)
  • お台場Do Donpa!(1997年7月19日〜8月8日、お台場フジテレビ本社、ホテル日航東京など)
  • KISS ME ODAIBA(1997年〜2004年、12月〜1月、お台場フジテレビ本社、ホテル日航東京など)
  • P-KIESワンダーランド(1998年7月18日〜8月31日、お台場フジテレビ本社とその周辺)
  • BANG×PARK(1999年7月20日〜8月29日、お台場フジテレビ本社、ホテル日航東京など)
  • お台場どっと混む!〜o-daiba.com〜(2000年7月20日〜9月3日、お台場フジテレビ本社、ホテル日航東京など)
  • お台場どっと混む!(2001年7月20日〜9月2日、お台場フジテレビ本社、ホテル日航東京など)
  • お台場どっと混む!(2002年7月21日〜9月1日、お台場フジテレビ本社、ホテル日航東京など)
  • お台場冒険王(2003年7月20日〜8月31日、2005年、お台場フジテレビ本社、ホテル日航東京など)
  • Adventure Kingお台場冒険王2004 〜レインボーブリッジは封鎖するな!〜(2004年7月17日〜9月5日、お台場フジテレビ本社、ホテル日航東京など)
  • 東京国際コメディフェスティバル(2003年4月〜5月、2004年4月〜5月)
  • HOT FANTASY☆ODAIBA(2003年12月〜2004年1月、2004年12月10日〜2005年1月3日、2005年12月10日〜2006年1月9日、お台場フジテレビ本社)
  • お台場学園〜文化祭〜(2005年4月29日〜2005年5月8日、お台場フジテレビ本社)
  • このほか、河田町時代には毎年8月8日"フジテレビの日"に河田町本社の一部と駐車場を会場に『フジテレビまつり』が開催されていた。内容は本社内部見学ツアーや、駐車場に当時の番組のブースが設けられ物販が販売されたり、駐車場の仮設ステージ上で所属アナウンサー進行によるクイズ大会や、若手芸人・タレントが参加してのステージなど。なおこの日は、本社地下のレストランで一般の人でも食事をとることが出来た。
シルク・ドゥ・ソレイユ日本公演

東京原宿ビッグトップをはじめ、横浜名古屋大阪福岡の各都市で開催)

なお、今後の国内公演に関しては、オリエンタルランド(OLC)がシルク・ドゥ・ソレイユ社、ディズニー社と業務提携し、千葉県浦安市東京ディズニーリゾート内に専用常設劇場「シルク・ドゥ・ソレイユ シアター東京」を建設、OLCシアトリカル事業部が興行の運営業務も受託するため、今度もフジテレビが主催しての公演を行うかどうかは不明である。

オープニング&クロージング映像

オープニング

※ただし、新社屋での放送開始初日は別のものに差し替え(ナレーション担当のアナウンサーは当時のもの)
  • 六代目:未来のお台場バージョン - ナレーション:近藤雄介(2001年10月〜2003年11月)
  • 七代目:未来のお台場バージョン・その2 - ナレーション:向坂樹興(2003年12月〜)
※基本的には六代目と同じだが、一部シーンが短縮されている。また、最後のコールサイン部分から出力、周波数の表示が消えた。

クロージング

  • 初代:局舎〜宇宙(1959年3月1日(開局)〜1966年3月、カラー化:1966年4月〜1978年3月)
  • 二代目:愛のメッセージ(1978年4月〜1981年3月)※クロージングでは1984年3月まで流された
  • 三代目:I・愛・eye(1979年4月〜1986年3月)
  • 四代目:目玉マーク紹介 - ナレーション:逸見政孝(1986年4月〜1986年9月)
  • 五代目:目玉タウン(1986年10月〜2001年9月)本編前のナレーションは、目玉タウンを参照。
※ただし、新社屋での放送開始前日は開局から河田町社屋移転までの歴史をプレイバックする2分間の特別版に差し替え(ナレーション担当のアナウンサーは当時のもの)
  • 六代目:未来のお台場(オープニングと同じフルバージョンまたはラスト5秒のみのいずれか) - ナレーション:近藤雄介(2001年10月〜2003年11月)

放送機器点検などのときはクロージングの前または後に55秒間告知のフリップがアナウンスやBGM無しで流される。 メンテナンスの日は未来のお台場ラスト5秒のみが流れる。

  • 七代目:未来のお台場バージョン・その2 - ナレーション:向坂樹興(2003年12月〜)

放送機器点検などのときのフリップやメンテナンスの日は未来のお台場ラスト5秒のみなのは同じ。

備考

2001年10月まではオープニング&クロージング映像(以下、放送開始/終了映像)の前に局名・呼出符号・周波数・出力(空中線電力)の読み上げ(副音声では音声多重放送の呼出符号「JOCX-TAM」・音声周波数・音声出力を読み上げ)があったが、2001年10月から放送開始/終了映像に局名・呼出符号・周波数・出力(空中線電力)が表示されるのみとなった。

また、2003年12月からの放送開始/終了映像では、呼出符号と局名(しかも、通称の「フジテレビ」だけ)の表示となった。一方、デジタル放送は正式な呼出名称の「フジデジタルテレビジョン」で表示・アナウンスされる。

アナウンサー

数字は入社年。また、2006年4月3日付けを持ってニッポン放送の親会社・ニッポン放送ホールディングスをフジテレビが吸収合併したため、ニッポン放送から移籍したアナウンサーもいる。

男性

女性

ニッポン放送から転籍したアナウンサー

共同テレビ所属の専属契約アナウンサー

歴代アナウンサー

異動したアナウンサー

男性
女性

退社したアナウンサー

男性

女性

アナウンサー以外の出身者

アナウンサー以外の在籍者

主なスタジオ技術系協力会社

系列局

系列放送局各社に関しては「FNN」および「FNS」の項目を参照。

関連衛星放送

主要株主

2008年10月1日現在

  1. 株式会社フジ・メディア・ホールディングス(100%)

放送区域外のケーブルテレビ再送信局

脚注・出典

参考文献

  • 『SD別冊29号 フジテレビ本社ビルの記録』 鹿島出版会、1996年。

関連項目

外部リンク

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