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バナジウム (Vanadium) は、原子番号 23 の元素。元素記号は V。バナジウム族元素の一つ。
概要[編集]
灰色がかかった銀白色の金属(遷移金属)。常温、常圧で安定な結晶構造は、体心立方格子構造 (BCC)で、比重は 6.11、融点は 1726℃(他に1890℃、1915℃という実験値あり)、沸点は 3410℃(3000℃、3350℃などの実験値あり)。普通の酸や、アルカリ、水とは反応しないが、濃硝酸や濃硫酸、フッ酸には溶ける。原子価は2価から5価まで多様な値をとる。
バナジン石などの鉱石が知られているが、品位が高いものはなく、資源としては他の金属に副生回収されている。原油やオイルサンド(原油分を含んだ砂)に多く含まれていることから燃焼灰も利用される。主要な産出国は南アフリカ、中国、ロシア、アメリカで、この4カ国で90%超を占める。
金属としては軟らかく、延展性があり容易に圧延加工出来る。
用途[編集]
製鋼添加剤としての用途が8割以上を占めているが、触媒としても極めて重要なほか、化学、電気、電子分野でも重要である。
- バナジウム鋼:フェロバナジウムとして添加される。鋼にバナジウムを微量(0.1%程度)添加すると炭素と結合し結晶粒がより細かい金属構造ができるため、靭性を損なわないで強度を増すことができるほか、機械的性質や耐熱性なども向上する。伝説的なダマスカス鋼からも微量のバナジウムが確認されている。
- 合金:鉄鋼系以外の合金には、主にアルミニウムとの合金が利用される。
- 触媒:1924年に触媒作用が発見されて以降、バナジウム化合物を用いた触媒は広く利用され、その用途は拡大する傾向にある。
- 顔料、塗料:バナジウムは酸化数による色彩の変化が多様であるため、高温に耐える着色剤として利用される。バナジウムの示す色としては、五酸化バナジウムや三塩化バナジウムが鮮やかなオレンジ~赤を示すほか、概ね2価が紫、3価が緑、4価が青であり、5価で無色となる。
- 電子素子:四酸化二バナジウムや三酸化二バナジウムは酸化物半導体として、温度によって電気抵抗が大きく変化する性質を持つことから、サーミスタや赤外線カメラのCMOS受光素子に利用されている。
- レドックス・フロー電池:金属バナジウムと硫酸バナジルの希硫酸溶液で構成される二次電池の一種。バナジウム価数の変化により、充放電が行われる。電力貯蔵用大型電池としてナトリウム・硫黄電池を越える可能性が期待されている。
- 蛍光体:小型表示素子に使用される薄い発光部の素材として、研究が進められている。
- 化学気相蒸着法(CVD)用の材料としてバナジウムアルコキシドが利用される。
歴史[編集]
バナジウムの発見には紆余曲折があり、歴史に埋もれ掛けた別名をいくつか持っている。
- 18世紀 メキシコのイダルゴ州シマパン鉱山で、バナジン鉛鉱(Vanadinite)が発見
- 1801年 デル・リオ(en:Andrés Manuel del Río)が未知の化合物を発見し、クロムを思わせる色調からパンクロミウム(Panchromium)と命名(後に、化合物を加熱すると鮮やかな赤色になることから、エリスロニウム(Erythronium)と改名)
- 1805年 フランスの研究機関によってクロムと鑑定されてしまい、その後も不運から新元素は公認されなかった
- 1830年 スウェーデンのセフストレーム(en:Nils Gabriel Sefström)が軟鉄中から再発見
- 1831年 ドイツのフリードリッヒ・ヴェーラー(en:Friedrich Wöhler)によって、エリスロニウムとバナジウムが同じものと確認される(後にアメリカでRioniumが提案されたが実現はしなかった)
- 1867年 イギリスのヘンリー・エンフィールド・ロスコー(en:Henry Enfield Roscoe)が三塩化バナジウムの水素還元により、金属バナジウムを得る
- 1880年 イタリアのアルカンジェロ・スカッキ(en:Arcangelo Scacchi)が新元素を発見し、ベスビオ山にちなんでVesbiumと命名したが、後にバナジウムと判明
- 1925年 アメリカで金属カルシウムによる還元により、高純度の金属バナジウムを精製することに成功
生産[編集]
物質としてのバナジウムは広範囲に分布し、ほとんどどこにでも存在する。しかし、資源としては偏在性が強く、埋蔵量のほとんどは南アフリカ、中国、ロシアに存在するほか、ベネズエラのオリコタール(超重質油中)やカナダのオイルサンドビチューメン等の中に硫黄などと共に含まれる。また、その生産も、上記3カ国とアメリカとで9割以上を占める。そのため、供給は不安定なものとなりやすく、これらの国家や生産企業の動向による価格の高騰が、1988、1994、1997、2003、および2004年以降と頻繁に発生している。
緑鉛鉱のPO4をVO4で置き換えた鉱物として褐鉛鉱(バナジン鉛鉱:Vanadinite;Ca5(VO4)3(OH, F, Cl))があるほか、カルノー石(Carnotite;2(UO2)2(VO4)2・3H2O)、パトロン石(Patronite;V2S5)などが知られているが、資源としては品位が低い。加えて、バナジウムの多くは他の鉱物と共に(あるいはむしろ他の鉱物のついでに)産出されており、他の鉱物の需給状況にバナジウムの生産も影響を受けることとなっている。
以上のような背景から、日本国内において産業上重要性が高いにもかかわらず、産出地に偏りがあり供給構造が脆弱である。日本では国内で消費する鉱物資源の多くを他国からの輸入で支えている実情から、万一の国際情勢の急変に対する安全保障策として国内消費量の最低60日分を国家備蓄すると定められている。またリサイクル確立も重要視され、日本では廃触媒からの回収や、重油ボイラーの灰などからの回収が行われている。
生体におけるバナジウム[編集]
バナジウムは、ヒトを含む大部分の脊椎動物にとって不可欠なミネラルではない。しかし、生体内の酵素や錯体の構成に加わっている例が多数確認されており、特に窒素固定細菌では、その酵素系における必須元素のモリブデンが欠乏した時、これを補うためにバナジウムを含む酵素が働くことが判っている。これらから、一部の生物では何らかの役割を果たしているものと考えられている。
濃縮[編集]
バナジウムは様々な生物(比較的単純な生物が多い)から検出され、乾燥重量で100ppmを超える生物も多数確認されている。また、特異的に濃縮する生物も何種か知られている。石油中に多く含まれる原因とも考えられている。
- ホヤ:血液中の濃縮細胞(バナドサイト)内にpH3前後の硫酸とともに、種によって海水の数万~数百万倍の濃度で蓄積し、最も著しい例では1%に達する。また、血液中に緑色のヘモバナジンというヘモグロビンやヘモシアニンに似た構造の金属タンパク質を持ち、その中心元素はバナジウムである。発見時は呼吸色素の一種と考えられたが、その後の研究で無関係とされた。どんな役目があるのか判っていない。
- ベニテングダケ:選択的に取り込み、4価の錯体(アマバジン)として保持しているとされる。
- 藻類:コンブなどの褐藻や紅藻で多い
- 地衣類、環形動物のケヤリムシ、一部のプランクトン
このほか「多く含まれている食品」としてエビやカニ、パセリ、黒こしょう、マッシュルームなどが知られている。
毒性[編集]
バナジウムイオンが試験管内で細胞に対し、致死毒性を持つことが確認されている。
- 水生生物に対する毒性:急性LC50の調査結果によると、濃度レベルは0.1から100mg/L台の範囲にあり、大部分の生物が1~12 mg/L であったという。特に鋭敏な生物はカキで、幼生の発生への影響が0.05 mg/Lで現れる。
- ラット・マウスの経口投与:5価バナジウム化合物に対する半数致死量(LD50)としてそれぞれ10mg/kg、5~23mg/kg。
- ヒトに対する影響:現在のところWHOは、無機バナジウムの発癌性について、その有無を判断できる材料がないとしている。このため、ヒトに対して発癌性があるかもしれない、と分類されている。
- 作業環境における管理濃度:五酸化バナジウムの粉じんについては、0.03mg/m3(バナジウムとして)が定められている
医薬・健康[編集]
現在、ある程度効果が確認されているものは、次のとおり。
- ラットを使った研究でインスリン(インシュリン)に似た働きをする(血糖値を下げる)ことが示唆され、糖尿病治療薬になるのではないかと注目されている。(ただし、人体でも有意に同様の効果が現れたという報告はない)
- 理論的に、抗凝血薬の作用を強める(効果と副作用の両方とも)可能性がある
健康食品に関連して2000年頃から話題になり、ミネラルウォーターやサプリメントが販売されている。 検証はなされていないが、摂取することで何等かのメリットがあるものと期待させる宣伝が行われている。(→疑似科学)
環境への放出[編集]
バナジウムは石油、石炭中に多く含まれていることから、その燃焼により毎年10万トンのレベルで大気中に放出されている。自然現象による放出は年間10トンのレベルと見積もられており、大気中の浮遊塵や降水中に含まれるバナジウムはそのほとんどが、人間活動によるものである。
従って、天然水中のバナジウムを定量することで、化石燃料による影響を評価することができるが、バナジウムは安定した酸化物を形成するため、原子吸光分析では電気加熱炉法を用いる必要がある。
バナジウムの化合物[編集]
- 酸化バナジウム(II)(VO):酸化バナジウム
- 酸化バナジウム(III)(V2O3):三酸化二バナジウム
- 酸化バナジウム(IV)(VO2):二酸化バナジウム
- 五酸化バナジウム(V2O5):五酸化二バナジウム、酸化バナジウム(V)
- オキシ硫酸バナジウム(VOSO4):酸化硫酸バナジウム(IV)
- 臭化バナジウム(III)(VBr3):三臭化バナジウム
- オキシしゅう酸バナジウム(V(C2O4)O):しゅう酸酸化バナジウム(IV)
- セレン化バナジウム(IV)(VSe2):二セレン化バナジウム
- 水酸化バナジウム
- 水素化バナジウム(VHx)
- 炭化バナジウム(VC)
- 窒化バナジウム(VN)
- 二ケイ化バナジウム(VSi2)
- ホウ化バナジウム(VB)
- 二ホウ化バナジウム(VB2)
- ヨウ化バナジウム(II)(VI2):二ヨウ化バナジウム
- 硫化バナジウム(III)(V2S3):三硫化二バナジウム
- 塩化バナジウム(III)(VCl3):三塩化バナジウム
- オキシ二塩化バナジウム(VCl2O):二塩化酸化バナジウム
- オキシ三塩化バナジウム(VCl3O):三塩化酸化バナジウム
- 二バナジン酸カリウム(K4V2O7):ピロバナジン酸カリウム
- バナジン酸カリウム(K3VO4):テトラオキソバナジン(V)酸カリウム
- メタバナジン酸カリウム(KVO3):トリオキソバナジン(V)酸カリウム
- バナジン酸鉄(II)(FeV2O4):テトラオキソバナジン(III)酸鉄(II)
- メタバナジン酸ナトリウム(NaVO3):トリオキソバナジン(V)酸ナトリウム
- バナジン酸ナトリウム(Na3VO4):テトラオキソバナジン(V)酸ナトリウム
- 二バナジン酸ナトリウム(Na4V2O7):ピロバナジン酸ナトリウム
- メタバナジン酸リチウム(LiVO3):トリオキソバナジン(V)酸リチウム
- 二バナジン酸ルビジウム(Rb4V2O7):ピロバナジン酸ルビジウム
- メタバナジン酸ルビジウム(RbVO3):トリオキソバナジン(V)酸ルビジウム
- バナジン酸ルビジウム(Rb3VO4):テトラオキソバナジン(V)酸ルビジウム
同位体[編集]
様々な同位体が存在する。
外部リンク[編集]
- 金属資源情報センター(石油天然ガス・金属鉱物資源機構)
- 金属バナジウムの製造
- バナジウム - 「健康食品」の安全性・有効性情報 (国立健康・栄養研究所)
- 国際簡潔評価文書全文訳 29.無機バナジウム化合物(国立医薬品食品衛生研究所)
1 | 元素の周期表 | 18 | ||||||||||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | H | 2 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | He | ||||||||||
2 | Li | Be | B | C | N | O | F | Ne | ||||||||||
3 | Na | Mg | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | Al | Si | P | S | Cl | Ar |
4 | K | Ca | Sc | Ti | V | Cr | Mn | Fe | Co | Ni | Cu | Zn | Ga | Ge | As | Se | Br | Kr |
5 | Rb | Sr | Y | Zr | Nb | Mo | Tc | Ru | Rh | Pd | Ag | Cd | In | Sn | Sb | Te | I | Xe |
6 | Cs | Ba | * | Hf | Ta | W | Re | Os | Ir | Pt | Au | Hg | Tl | Pb | Bi | Po | At | Rn |
7 | Fr | Ra | ** | Rf | Db | Sg | Bh | Hs | Mt | Ds | Rg | ... | ||||||
* | La | Ce | Pr | Nd | Pm | Sm | Eu | Gd | Tb | Dy | Ho | Er | Tm | Yb | Lu | |||
** | Ac | Th | Pa | U | Np | Pu | Am | Cm | Bk | Cf | Es | Fm | Md | No | Lr |