秦野市
目次
読み
現在の市名は「はだの」であるが、古くは『和名抄』に「波多野郷」とあり、万葉仮名は清濁を区別することから「はたの」であったと考えられる。然し、波多野郷が秦氏[1]に由来するとして「はだの」であったとも考えられる。明治以降、西部の上秦野村は「はたの」、他は「はだの」と称した。
小田急電鉄の駅名も現在は秦野駅(はだのえき)だが、かつては大秦野駅(おおはたのえき)だった。現在でも学校名や企業施設名などで「はたの」、"Hatano" が用いられているものがある。
地理
市域は、東西約13.6キロメートル、南北は約12.8キロメートル、面積は103.61平方キロメートルで、県内19市中5位の広さを持つ。丹沢の麓に位置し、市域の半分は山林である。市街地は四方を山に囲まれている。 神奈川県の行政区域としては湘南に含まれているが、海には面していない。北部と西部に丹沢山地が連なり、東は相模平野と秦野盆地に挟んでいる大根台地があり、南には大磯丘陵が横たわる盆地(秦野盆地)が市の中心部である。盆地内には金目川水系の河川により複合扇状地が展開する。
隣接している自治体
歴史
平安時代末期から鎌倉時代にかけて、平将門を討伐したことで有名な藤原秀郷の子孫・佐伯経範が1030年ごろ秦野に移り住んで波多野氏を名乗った。後に支流として、松田氏・渋沢氏・河村氏・栢山氏・大友氏・沼田氏などが出て、相模西北部にその一族の勢力を伸ばす。現在の秦野市内、足柄上郡松田町・山北町、南足柄市、小田原市の一部。 波多野城は一族の居館である。 その後、鎌倉幕府の御家人となり、後の戦国大名の波多野氏となった。
- 1927年 : 小田原急行鉄道(現在の小田急電鉄)小田原線開通。
- 1955年1月1日 : 中郡秦野町、南秦野町、東秦野村、北秦野村2町2村が合併。市制施行。
- 1963年1月1日 : 中郡西秦野町を秦野市に編入、現在に至る。
- 1981年4月25日 : 東名高速道路の秦野中井ICが完成。
- 1984年 : 秦野のたばこ栽培終わる。
- 1995年11月19日 : ジョイフルタウンジャスコ(現・イオン)秦野店開店
- 1996年6月 : 鶴巻温泉駅ロータリー完成。
- 1996年12月14日 : 秦野駅新駅舎一部供用開始。
- 2008年5月27日 : 災害相互応援協定を静岡県富士宮市と協定書を交わした。
- 2009年1月13日 : 秦野市の人口が17万人に達する。
- 2010年5月23日 : 第61回全国植樹祭の式典・植樹会場に秦野戸川公園がなる。
人口
600px | |
秦野市と全国の年齢別人口分布(2005年) | 秦野市の年齢・男女別人口分布(2005年) |
■紫色 ― 秦野市
■緑色 ― 日本全国 |
■青色 ― 男性
■赤色 ― 女性 }} |
秦野市(に相当する地域)の人口の推移 テンプレート:人口統計/14 | |
総務省統計局 国勢調査より |
行政
行政区域の変遷(戦後)
- 1951年 - 足柄上郡相和村大字栃窪を中郡西秦野村に編入。
- 1955年1月1日 - 中郡秦野町、北秦野村、東秦野村、南秦野町が合併、秦野市制施行
- 1955年4月15日 - 中郡大根村の一部を秦野市に編入。
- 1955年7月28日 - 中郡西秦野村、足柄上郡上秦野村が合併、西秦野町に。
- 1963年1月1日 - 秦野市に中郡西秦野町を編入。現在の市域が確定。
歴代市長
1955年の市制施行以降
- 中村新治 1955年から1957年
- 清水虎吉 1957年から1961年
- 加藤喜太郎 1961年から1965年
- 加藤喜太郎 1965年から1969年
- 栗原藤次 1969年から1973年
- 栗原藤次 1973年から1977年
- 栗原藤次 1977年から1981年
- 栗原藤次 1981年3月から同年12月
- 柏木幹雄 1982年から1986年
- 柏木幹雄 1986年から1990年
- 柏木幹雄 1990年から1994年
- 二宮忠夫 1994年から1998年
- 二宮忠夫 1998年から2002年
- 二宮忠夫 2002年から2006年
- 古谷義幸 2006年から2010年
- 古谷義幸 2010年から2014年
- 古谷義幸 2014年から現職
財政
一般会計決算額(平成20年度)
警察
環境への取組み
- 2001年より持続可能な地域社会をつくる日本の環境首都コンテストに参加。第5回コンテストにおいて「奨励賞」を受賞。
立法
市議会
- 定数:26名
- 任期:2011年(平成23年)9月11日~2015年(平成27年)9月10日
- 議長:諸星 光(民政会、8期)
- 副議長:今井 実(新政クラブ、2期)
会派名 | 議席数 | 議員名(◎は代表) |
---|---|---|
民政会 | 7 | ◎和田厚行、八尋伸二、古木勝久、神倉寛明、大野祐司、阿蘇佳一、諸星光 |
新政クラブ | 6 | ◎小菅基司、今井実、川口薫、村上茂、髙橋照雄、風間正子 |
緑水クラブ | 5 | ◎佐藤敦、木村眞澄、込山弘行、横溝泰世、高橋文雄 |
公明党 | 3 | ◎横山むらさき、野田毅、山下博己 |
日本共産党秦野市議会議員団 | 2 | ◎露木順三、佐藤文昭 |
無所属クラブ | 2 | ◎吉村慶一、折口隆二郎 |
計 | 25 |
2014年1月19日に行われた秦野市長選挙に、議員の高橋徹夫が出馬し辞職したため、現在欠員1となっている。
神奈川県議会(秦野市選挙区)
- 定数:2名
- 任期:2015年(平成27年)4月30日~2019年(平成31年)4月29日
氏名 | 会派名 |
---|---|
久保寺邦夫 | 自由民主党神奈川県議会議員団 |
神倉寛明 |
2014年3月20日現在。
経済
平成12年国勢調査によると、産業構造は、第1次産業が2.4%、第2次産業が36.2%、第3次産業が59.9%となっている。中世以来秦野地方の経済はタバコ栽培を中心としてきたが、昭和初期にタバコ産業の工業化が開始されて以来、秦野盆地における煙草栽培は急速に衰退し、1984年に栽培は終了した。日本専売公社秦野工場も閉鎖され、その跡地にはジャスコ(現イオン)を核テナントとしたショッピングセンターが開店している。中世から昭和初頭に至るまで、秦野盆地は相陽煙草の産地として全国に知られていた。タバコ栽培は終了したが煙草の葉を模した銘菓「煙草煎餅」や例年の「秦野たばこ祭」に昔日の影が見い出される。
農林業
農家の戸数は1699戸、基幹的農業従事者は1303人、農業産出額は31億円である(2000年)。タバコ栽培は現在完全に行われておらず、落花生や茶(丹沢茶)、カーネーションが特産となっている。塩茹で落花生は大正10年に神奈川県秦野市曽屋原に軍の飛行場が建設されることとなり、10月上旬に強制された収穫のものを塩水につけて茹でたところ味がよかったので広がった。
工業
工業製造品出荷額は5,381億円。事業所数は417、従業者数は15,617人(2000年)。戦後、市の中心部に工場の誘致を進め、日立製作所や島津製作所、スタンレー電気、東芝などの大企業も進出している(現在は関連企業のみとなっているものもある)。
商業
卸売事業所数は154、従業者数は875人、販売額は285億円。小売では事業所数は1,208、従業者数は9,801人、販売額は1,503億円(2004年)。ジャスコや、各種のロードサイドショップの進出、県道の整備などによって商圏は拡大したものの、既存の商店街の経営は苦しくなっている。
姉妹都市・提携都市
国内
海外
地域
市内の各地域
合併前の旧行政地域(秦野市に合併する直前の旧町村はすべて中郡に属していた。旧西秦野町の地域のみ、さらに以前の西秦野村・上秦野村の界で分けられる)での区分けが一般である。中学校区にもほぼ対応する。
- 本町地区 人口約2万2200人 旧秦野町にあたる地域。秦野盆地の経済の中心だった十日市場(現本町四つ角)を中心に発展してきた。
- 南地区 人口約3万2000人 旧南秦野町にあたる。新興の住宅地が多い。また湧水群が集中する。
- 東地区 人口約1万6400人 旧東秦野村にあたる。農村的な景観が色濃く残っており、田原ふるさと公園がある。また大山への登山口もある。
- 北地区 人口約1万3800人 旧北秦野村にあたる。ここも農村的な景観が色濃いが、本町地区に近い地域は工場が多く進出している。
- 西地区 人口約4万人 旧西秦野村にあたる。渋沢丘陵やその麓の地域など。渋沢駅周辺や国道246号沿いを中心に都市化が進む。
- 上地区 人口約2600人 旧足柄上郡上秦野村にあたる地域。地区のほとんどが農業振興地域の為都市化・インフラ整備が進まず、他地区と比較して同じ秦野市とは思えない程のどかな風景が広がっている。
- 大根地区 人口約4万3800人 旧大根村の真田地区(現平塚市)以外。東海大学前駅(旧大根駅)を中心に新興住宅地が広がる。鶴巻温泉もこの地区にある。人口(大部分が新住民)の割に、交通の都合(秦野盆地の外縁に位置する)で秦野市の中心部へ出にくいこと、また盆地内部の地区と比べると、歴史的なつながりが薄いこと(この地区だけは旧名に「秦野」の名が含まれていないことからもわかる)などから、秦野市内でも扱いが小さくなってしまう傾向がある。たとえば秦野市立の公共機関は他地区と比べて格段に少ない。また、秦野市議会・市長選挙などでも地区投票率は他地区よりも低い。
教育
小学校
- 秦野市立本町小学校
- 秦野市立東小学校
- 秦野市立西小学校
- 秦野市立南小学校
- 秦野市立北小学校
- 秦野市立上小学校
- 秦野市立大根小学校
- 秦野市立鶴巻小学校
- 秦野市立南が丘小学校
- 秦野市立渋沢小学校
- 秦野市立広畑小学校
- 秦野市立末広小学校
- 秦野市立堀川小学校
中学校
- 秦野市立本町中学校
- 秦野市立東中学校
- 秦野市立西中学校
- 秦野市立南中学校
- 秦野市立北中学校
- 秦野市立大根中学校
- 秦野市立鶴巻中学校
- 秦野市立南が丘中学校
- 秦野市立渋沢中学校
高等学校
特別支援学校
大学・短期大学
公民館・ホール・集会場その他の公共施設
- 本町公民館
- 渋沢公民館
- 東公民館
- 西公民館
- 南公民館
- 北公民館
- 上公民館
- 大根公民館
- 鶴巻公民館
- 南が丘公民館
- 堀川公民館
- ほうらい会館
- なでしこ会館
- 曽屋ふれあい会館
- 青少年会館
- 曽屋ふれあい会館
- 青少年会館
- 宮永岳彦記念美術館
- 田原ふるさと公園(ふるさと伝承館)
- 文化会館
交通
鉄道
- 湘南軌道(廃線)
- かつて、たばこ製品の輸送を主目的として秦野-二宮間に存在した。秦野の駅は旧日本専売公社秦野工場(現在のJTエンジニアリング)に近接し、JR二宮駅までの路線跡を現在でもたどる事が可能である。
バス
道路
高速道路・有料道路
一般国道
主要地方道
一般県道
- 神奈川県道612号上粕屋南金目線
- 神奈川県道613号曽屋鶴巻線
- 神奈川県道614号南矢名東海大学前停車場線
- 神奈川県道701号大山秦野線
- 神奈川県道704号秦野停車場線
- 神奈川県道705号堀山下秦野停車場線
- 神奈川県道706号丹沢公園松原町線
- 神奈川県道707号渋沢停車場線
- 神奈川県道708号秦野大井線
- 神奈川県道710号神縄神山線
隣接・近接市町村への連絡
- 平塚市・二宮町・中井町 - 秦野駅から神奈川中央交通バス
- 小田原市・厚木市・伊勢原市・松田町・開成町 - 市内各駅から小田急小田原線
- 山北町・大井町 - 市内各駅から小田急小田原線で新松田駅へ。新松田駅から御殿場線
- 清川村 - 市内各駅から小田急小田原線で本厚木駅へ。本厚木駅から神奈川中央交通バス
都道府県庁への連絡
市内各駅から小田急線を利用して海老名駅へ。海老名駅から相鉄線を利用して横浜駅へ。横浜駅から根岸線か横浜市営地下鉄で関内駅へ、あるいはみなとみらい線を利用して日本大通り駅下車。
名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事
名所・旧跡
- 桜土手古墳公園
- 源実朝御首塚(みしるしづか)
- 延命地蔵
- 大日堂
- 白笹稲荷(しらささいなり)
- 波多野城址
- 秦野盆地湧水群(名水百選)
- 弘法の清水
- 若竹の泉
- 今泉名水桜公園
- 白泉寺のシダレザクラ
- 浄徳寺菖蒲園
- 震生湖
- 出雲大社相模分祠
- 弘法山公園
- 箱根大天狗山神社秦野大護摩会場
レジャー
祭り
- 白笹稲荷初午
- 弘法山桜まつり
- 鶴巻温泉まつり
- 秦野丹沢まつり(春、丹沢山開き)
- 秦野市商工まつり
- 曽屋神社(水神)例大祭、太鼓囃子、花火大会
- 秦野たばこ祭
- 生産地としての歴史を記念して、9月の第4土・日に「秦野たばこ祭」が開催され、毎年30万人規模の見物客を集めているが、昨今の分煙・禁煙の風潮の中で「祭りの名前を変えるべきだ」との主張もある。ただし、実行委員会は300年の伝統・歴史を後生に残すお祭りとして、その必要がないとしている。
出身の有名人
- 安居院義道(庄七:報徳運動家)
- 浅田有信(勇次郎:報徳運動家)
- 草山貞胤(篤農家)
- 関野作次郎(農業技術者)
- 前田夕暮(歌人)
- 菊地凛子(女優)
- 吉田栄作(俳優)
- 岩井小百合
- SUGIZO(LUNA SEA, X JAPAN)
- INORAN(LUNA SEA)
- J(LUNA SEA)
- 真矢(LUNA SEA)
- 淳士(SIAM SHADE)
- 山田和樹(指揮者)
- 原俊介(元読売ジャイアンツ)
- 河野諒祐(サッカー選手)
- 三平和司(サッカー選手)
- 久保寺瑞紀(ファッションモデル)
- 合田雅吏(俳優)
- 今成正和(格闘家)
- 坂井泉水(ZARD)
- 正木陶子(作家)
- 後藤果萌(女優)
- 新田渉世(元プロボクサー)
- 谷鼎(歌人)
- 徳永暁人(音楽家)
- 小形誠(作曲家)
- 岡元夕紀子(女優)
- 愛森泉(シンセサイザー奏者)
- 服部浩子(演歌歌手)
- 近田雄一(NHKアナウンサー)
- 庄司龍成(子役)
- 関忠則(格闘家)(空手家)
- 久保谷健一(プロゴルファー)
- 小泉光臣(日本たばこ産業社長)
関連項目
脚注
- ↑ 秦氏については、肌(はだ)に馴染む機(はた)を織る技術を持つ故に「はだ」と号したという説話がある。
外部リンク
- 行政
- 観光