介護

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介護(かいご)とは、障害者の生活支援をすること。あるいは高齢者・病人などを介抱し世話をすること。

認知症、家族に迫る限界。介護保険には頼れない

2016年11月22日。森義弘さん(68)の10年に及ぶ認知症介護が終わった。この夜、妻の敏子さんが亡くなった。72歳だった。敏子さんは62歳で認知症に。森さんは仕事を辞め在宅介護に専念した。食事、入浴、排せつのケア。「夜中に13回、起こされたことも」。心と体が追い詰められる夜を幾度も重ねた。

今、森さんは喪失感に襲われている。「さみしい」。笑顔に癒やされ、予想外の言動にいらだった。介護は生活そのものだった。

認知症大国・日本。462万人(2012年)の認知症の人は、団塊の世代が80代になる30年、多いシナリオで830万人に。森さんが体験した介護の日々は、多くの人の日常になる。2000年に始まった介護保険。家族は楽になるはずだった。だが……。

「物忘れがひどくなってきた。いずれは施設なのかな」。東京都世田谷区の奈良慶子さんは悩む。

生後半年の娘を抱え、認知症の父親(85)を介護する。「ダブルケアは負担が大きい」。施設を頼ろうにも、特別養護老人ホーム(特養)への入所には、父親の要介護度がネックになる。今は生活の一部に介助がいる要介護1。2015年介護保険法改正で、要介護1と2は原則、入所対象外に。認知症の特例はあるが、区内には2000人近い待機者がおりメドがたたない。

「認知症は介護が大変なのに要介護度が低い」。青森県で特養を営む中山辰巳さん(64)は嘆く。

介護保険は身体機能の衰えへの支えを重視する。妄想や問題行動は体が元気でも出るため、要介護度と介護の大変さが一致しない例もある。「そもそも介護保険の成立時、認知症の激増は前提ではなかった」

家族の負担はすでに重い。認知症の人を1人介護するのに、年382万円も家族は無償で負担している――。慶応大学が出した試算だ。自らする介護、離職での収入減など負担は計6兆円。2030年には9兆円になる。

介護保険の給付額は2015年時点で約10兆円。2025年には19.8兆円に膨らむ。財政が厳しいなか、老夫婦のみや単身の世帯が増え、家族の介護力は弱まっていく。

頼みは地域の互助力だ。住民が訓練を重ね、認知症の行方不明者を発見した実績を持つ福岡県大牟田市。だが「ここまでに10年かかった」(同市の白川病院)。急がねば間に合わない。

たとえ認知症でも、介護保険だけに頼るのはますます厳しくなる。そんな未来を見据え、自ら備える意識も広がる。太陽生命保険の「ひまわり認知症治療保険」。認知症になると300万円を給付する。3月の発売後、予想を上回る約14万6千件の契約を集めた。

介護保険料を払う40歳以上の人は2021年をピークに減る。財源が限られるなか、公助・共助の役割をどう定め、互助や自助の力をどう引き出すのか。難題から目を背けても、830万人を支える未来は逃げてはくれない。

<介護殺人>加害半数「不眠」一部うつ状態も(2015年12月)

介護している自分の家族を殺害した「介護殺人事件」44件を調べたところ、半数近い20件で加害者が昼夜を問わない過酷な介護生活を強いられていたことが分かった。不眠で心身ともに疲れ果てた末に犯行に及んだとみられる。「事件当時はうつ状態」と診断された例も目立った。介護疲れによる殺人や心中は後を絶たないが、認知症や障害を抱えた家族を介護する人たちの厳しい現実が浮かび上がった。

2010~2014年の5年間に、首都圏1都3県(東京、神奈川、埼玉、千葉)と近畿2府4県(大阪、京都、兵庫、滋賀、奈良、和歌山)で起きた介護殺人のうち、裁判記録を確認できたり、関係者を取材できたりした44件について、背景や動機を調べた。

その結果、20件(45%)の加害者は昼間だけではなく真夜中も介護したり、思い悩んだりして、深刻な寝不足に陥っていた。認知症や痛みを伴う病気の患者は睡眠障害や妄想から、眠らずに介助を求め、大声を出すことも少なくないとされる。20件の加害者もこうした家族を介護しており、不眠が続いて追い詰められていたことがうかがえる。

20件以外の加害者が不眠に悩んでいたかどうかは分からなかった。ただ、44件のうち35件(80%)について、裁判所が介護疲れを事件の主な要因と認定しており、不眠に悩んでいた加害者の割合は実際はもっと高いとみられる。他9件は貧困による将来の悲観などが背景にあったとされた。

「不眠」の20件のうち8件の加害者は事件後の精神鑑定で「昼夜を問わない介護などで、事件当時うつ状態や適応障害だった」と診断された。不眠が続いた影響で精神的に不安定になった可能性がある。他の事件の多くは精神鑑定がされていなかったとみられる。

介護家庭を対象に24時間態勢で往診する兵庫県尼崎市の長尾クリニック院長、長尾和宏さんの話
自宅で家族を介護して睡眠不足になっている人は相当いるのではないか。認知症の患者や寝たきり状態が長い人は時間の感覚が狂って昼夜が逆転することが多く、真夜中に食事やトイレの介助を求めるからだ。睡眠不足が続くと、うつ状態になりやすい。介護殺人は決して特異な例ではない。昼も夜も1人でずっと介護する生活は拷問に近い。介護ヘルパーの夜間訪問制度はあるが、対応する事業所が少なく、十分に機能していない。

介護保険制度は介護する側を支援する視点が欠けている。休息を取りながら在宅介護できる仕組みの構築や介護する人への有益な情報提供が必要だ。

妻殺害は「愛情ゆえの犯行」93歳夫に猶予判決、千葉地裁(2015年11月)

千葉県茂原市で2014年、足腰の痛みを訴える妻=当時83歳=に依頼されて殺害したとして、嘱託殺人罪に問われた無職、増田米蔵被告(93)に千葉地裁は2015年11月8日、「短絡的な犯行だが、(苦しむ妻への)愛情故の犯行だったことを疑う余地はない」として、懲役3年、執行猶予5年(求刑懲役5年)の判決を言い渡した。

佐藤傑裁判官は判決理由で「2人きりの閉ざされた環境で寝る間もなく献身的に介護を続ける中で追い詰められていた」と述べた上で、「60年以上連れ添った妻を自ら手にかけることを決断せざるを得なかった被告の苦悩は同情を禁じ得ない」とした。

判決言い渡し後、佐藤裁判官は「今度会った時に妻が悲しまないよう、穏やかな日々をお過ごしになることを願っています」と話し掛けた。

判決によると、増田被告は2011年11月、自宅で妻に殺害を依頼されてネクタイで首を絞め、翌12月に死亡させた。

日本の介護

日本で「介護」という言葉が法令上で確認されるのは、1892年の陸軍軍人傷痍疾病恩給等差例からであり、介護は施策としてではなく、恩給の給付基準としての概念であった。「介護」という言葉が主体的に使われるようになったのは、1970年代後半からの障害者による公的介護保障の要求運動からである。それ以前の「『障害者の面倒を見るのは親がやって当り前』という社会の考え方からでは障害者は施設に追いやられる」という危機感からそのような運動が発生した。

公的介護保障の要求を受けて、介護人派遣事業が制度化され始めたのは1980年代半ばからであるが、障害者にとって保障と呼ぶにはほど遠いものであった。地方自治体による高齢者の訪問介護・看護事業は1960年代より始まったが、理念的には家族介護への支えであって、その考え方は現在でも受け継がれている。医療QOLの考えが普及すると、介護にも導入され、介護によって病人、高齢者の生活の質 (QOL) を高め、QOLのさらなる向上に貢献することもまた介護の目的とされている。

介護保険法支援費支給制度により障害者が在宅介護や施設介護のサービスを また、介護を行う介護福祉士訪問介護員等の介護職や、介護サービスの利用の調整を図る介護支援専門員は、名称独占資格専門職であるが仕事の肉体的・精神的負荷が大きく、仕事の難易度の高さや負荷の大きさや低賃金のため、恒常的な労働力不足の状況である。

「介護」論争

  • なお「介護」という行為の専門性や独自性を問う中で、以下のような論争が度々巻き起こる事がある。
  • そのために一部では「独自の介護学(もしくは介護福祉学)という学問が確立されるべきであり、これによって介護という存在の学問上での権威を上げ、より介護という技術の専門性を主張するべきである」という意見(介護は、既存の事象や学問に因らない、それだけで学問体系として成立する、という考え方)が出る。これを現実のものとするために2004年、日本介護学会日本介護福祉士会内に設立された。

「看護」と「介護」

看護界の一部には、介護は看護の中に含まれるとして、「看護」という言葉で充分代用できるという声もある。実際、三大介護ともいわれる食事介助・入浴介助・排泄介助は看護の中でも扱われる。日本の法律では、「介護」を看護と区別するような専門性、特定の業務内容とその位置づけについての記述はない。

ただし、「介護」という言葉が流布するようになって、介護福祉士訪問介護員(ホームヘルパー)のワークの内容をいうのに、従来の「介助」よりも、適切であるとして、介助という身体的な行動援助よりいささか広い範囲で使えるということで、重宝なものとして用法が広まってきている。また、「介護」という言葉は、看護師や看護界が作り出した言葉ではなく、日本で介護福祉士が国家資格化され、観察・分析・ニーズ発見といったQOLを高めるためといった看護とは異なる介護方法の専門性が研究されている。

なお、「介護」という単語は、介護用品メーカーであるフットマーク株式会社(東京都墨田区)の代表取締役・磯部成文(いそべしげふみ)により「世話をする側とされる側のお互いの気持ちの交流を考えて『介助』と『看護』を組み合わせて作った造語」という説もあるが、上記のとおり1892年には法令に出ている熟語である。

介護技術

社会福祉学上では、福祉サービス利用者に対して援助のために提供される技術という意味で 社会福祉援助技術における直接援助技術 に組み込まれるとする意見もあり、その観点から介護の分類や専門性を語る際には、同技術における「ケースワーク(個別援助技術)」や「グループワーク(集団援助技術)」に対応する呼称として、ケアワーク(介護技術)の呼称が使われる。しかし、これらを比較した場合、介護は前2者と比べてその成り立ちや技術の有り方が大きく異なる(前2者は基本的に「人間関係」を対象とした技術。ケアワークは基本的に「生活上の挙動の不全」を対象とした技術)上に、現実として「社会福祉士介護福祉士」という別個の資格が確立されているため、「介護技術は何者にも因らない独自の体系を持つ(社会福祉援助技術外の)技術である」とする見方もある。

ただし、社会福祉士も介護福祉士も、担当事例においては「ケースワーク」「グループワーク」「ケアワーク」という3つの技術が必要とされる(チームケア事例におけるケアワーク担当者の不在による代替行為ないしはその逆となる事例、もしくは介護担当者とカウンセリング担当者の相互理解が必要となる事例など)ため、それらを習得する必要がある。また、社会福祉学部を擁する大学のほとんどは実際にこれら3つの技術を社会福祉学の分野としてそれぞれ対等となる独自の単位を設定して学ばせており、さらには介護福祉士・社会福祉士の両資格試験では、この3技術に関する試験科目がやはりそれぞれ試験内における対等の分野として存在している。

介護観

日本の介護観は、従来「両親は息子(特に長男)や親族が面倒をみるもの」という価値観があった。だが、少子高齢化や核家族化の進行、医療の進歩に伴い寿命が延びたことにより、介護が「看取り三月」ではなくなったことなどに伴い、介護を行う家族(配偶者や子)もまた高齢者であるという「老老介護」の問題も浮かび上がっており、家族にとってはより重い負担となっている(著名な例では、1999年に当時の高槻市市長江村利雄が、妻の介護と公職の両立が出来ない事を理由に市長を辞任して議論となった)。老老介護の苦労や負担に耐え切れず、介護する子が親を殺害するなどの犯罪にも繋がっている。

現在では要介護者を抱えた家庭の苦労や、介護される側の気苦労などが広く知られるようになり、社会全体で面倒を見てもよいという価値観が生まれつつある。また関東圏と関西圏においても介護観の違いが報告されている。これは社会と文化の多様化および複雑化に伴うものだと考えられる。介護観の複雑多様化は、ある意味必然的なものなのかもしれないが、その多様性に対応できる社会体制が必ずしも整っているとは限らない。

外国人労働者

日本と諸外国との間で締結された二国間経済連携協定(EPA)により、2008年以降、看護師のほか介護福祉士(候補者)が来日し、日本国内で活動するようになった。2014年までの対象国は、インドネシアフィリピンベトナムである。2014年には、2,000人を超える規模となり、EPAの制度枠外の労働者も存在するようになりつつある。

商標

「介護」は、失禁用おしめ、防護手袋、布団まくらかや、つえ、靴べら、靴ひも、履物、つけまつ毛、耳かき、カフスボタン、かばん類、化粧用具、ベルト、腕止め、ワッペン、腕章、頭飾品、つけひげ、カラビナピッケル、スリーピングバッグ、水中ナイフ、ウエイトベルト、浮袋、メトロノーム楽器テレビゲーム乗馬用具、揺りかご、幼児用歩行器、体操用マット、おもちゃ、人形手品用具、遊戯用器具、運動用具、釣り具などに対してフットマーク株式会社が権利を持つ商標登録である。

また、『月刊介護保険』を出版する株式会社法研が雑誌新聞に関する商標権を有し、宿泊施設、飲食物の提供、乳幼児の保育、老人の養護、布団等の貸与などに関してはワタミ株式会社が商標権を有する。

関連項目

外部リンク