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2009年4月18日 (土) 14:20時点における版

ウィキペディア無し small.png ウィキペディアにも「おたくバッシング」の項目が執筆されていましたが、削除されてしまいました

おたくバッシングとは、いわゆるおたくと呼ばれる人物に対する一方的な否定的評価の押し付けや偏向報道侮辱行為等の総称である。おたく叩き( - たたき)とも呼ばれる。

==概要== 1988年から1989年にかけての東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件(以下通称のM事件と表記する)の犯人として宮﨑勤が逮捕された。犯人の宮﨑は20代であるにも関わらずアニメや漫画を好み、変態的趣向を持つ人物と報道された。それ以前も長い間アニメや漫画を好む大人こそ多く存在していたが、その存在が世間に露出するきっかけとなったのがこの半ば猟奇的な事件であったために、アニメや特撮番組を好む人、いわゆるおたくに対する偏見差別が生まれた。やがて、それは漫画アニメーションを好む事自体があたかも社会的に許されざるような風潮になっていき、事件が起きて20年近く経つ今でも社会に根深く残っている。後年になってマスメディアはM事件を「メディアがおたくを発見した事件」として位置づけ、大きく取り上げるきっかけになったとしている。 この傾向はいまでも続いており、とくに女性に顕著である。いわゆる「おたくっぽい」趣味や外見をもつ男性とは、接触はもちろん会話でさえ嫌悪する女性が、近年の日本では多いと言われている。 M事件関連の報道が大きな影響を与えたとされており、今尚根強く残っている

==1990年代まで== M事件以前にも悪書追放運動という形で、漫画やアニメ、ゲームなどのサブカルチャー全般への排斥運動は存在したが、それほど大規模なものではなかった。

M事件以降のおたくバッシングの最も象徴的な事例は、全国メディアの代表格である民放キー局のワイドショーで女性レポーターがコミックマーケットのレポートにおいて、「ここに10万人の宮﨑勤がいる」という表現を使ったことである。[1]

1991年には中学生がアダルトゲームを万引きする事件(沙織事件)が発生。本来であればこの少年の窃盗行為に対する処罰が議論されるべきところ、「そのような商品が犯罪行為に誘導させた」との論調に至った。これらの事が成年漫画やアダルトゲームの表現を規制する動き「有害コミック騒動」に発展した。

この様に、おたくのマスメディアへの露出は、毛色の異なる者に対する好奇の視線も相まって、おたくを知らない層に対してM事件や類似する犯罪をイメージさせやすい形に加工された形で始まったのである。おたくと犯罪とを関連付けたマスメディアに反論する術がほとんど皆無なおたく層[2]の中には、自らが「おたく」と呼ばれることを拒絶しながら趣味に打ち込む者が現れることになった。

ただ、この時点では、メディアは男性のおたくだけしか取り上げておらず、実際にはその頃から既に女性のおたく(いわゆる腐女子層)も存在していた[3]。M事件当時でさえ、コミックマーケットの来客や参加者は女性の方が多かったと言われている。[4]

1990年代に入り、アニラジディスクジョッキーなどが「『おたく』を良い意味に変えていこう」と呼びかけたことなどから、おたく層には専門家として矜持を持つ者が現れた。「おたく」という言葉の意味自体も「一事に打ち込んで深い知識を有する者」という意味合いに拡大し、わずかにポジティブな方向へ解釈されるようになったため、広くドラマ作品などにも見られる様になっていった。

この様に時間の経過とともに沈静化していったおたくへの非難ではあったが、岡田斗司夫1996年5月に発表した著書『オタク学入門』によると、1996年の時点では、「オタク」という言葉はNHK放送問題用語に指定されていたのである。

2000年代

再燃するおたくバッシング

M事件当時と比べると、おたくに対する偏見や差別的な見方は若干薄らいでいるが、それでも尚少なからず残っており、M事件と同様の事件(主に女児を巻き込んだ誘拐強制わいせつ罪[5]など)が発生すると、その都度被疑者を逮捕する前から犯人像を「おたくである」と推定、あるいはあたかも断言するような報道がなされる。

被疑者を特定し、逮捕した後における被疑者の報道についても、私生活においておたく趣味を持っている事を裏付ける様な証拠が得られなかった場合でさえ、強引におたくとの関連性を引き出そうとする傾向が見受けられる[6]

こうした事象は、『週刊SPA!』2005年2月1日号の特集記事や、社民党衆議院議員の保坂展人のブログのエントリー「オタクバッシングを考える」等で取り上げられた。

漫画評論家の伊藤剛は『週刊SPA!』の記事中で、おたく世代が家庭を持つなどして社会化した事で、おたくを排除したいと欲する側の焦りが表面化したものと分析している。

おたくのメディアへの露出の増加

そのような報道が行われる一方で、おたくに歩み寄る動きも見えている。代表的なのが2005年頃からの秋葉原(おたくの聖地とされる町)や萌えメイド喫茶などのブームである。このきっかけは以下のような要因があげられる。

以上のように、2004年から2005年にかけて、おたくや秋葉原に関する話題が相次いだ。

このため、一時期マスコミ(主に激しい視聴率競争や売り上げ競争に直面している全国メディア = キー局全国紙週刊誌及びそれらに準じる規模で全国への配信が可能なメディア)がこぞって物珍しさに乗じて「おたく」を大きく取り上げるようになった。

おたく晒し

しかしながら、このようなおたくのメディアへの露出や報道を不快に感じるおたく層も少なくない。主な理由としては、下記の様な事例に対する不快感や、マスコミへの不信感の現れが挙げられる。

このため、おたくのメディアへの露出についても、「おたく晒し」として「おたくバッシング」の一種だと見なすおたく層も存在する。

影響

表現や販売の規制

1991年の「有害コミック騒動」に関連する事象として、成年漫画やアダルトゲームについて、各都道府県レベルの青少年保護育成条例により販売規制が導入された地方自治体も存在する。実際にコミックマーケットは幕張メッセ千葉県)からの撤退を余儀なくされた。

M事件当時は東京国際見本市会場での開催、直後の1989年冬より幕張メッセに開催地が変更されたが、1991年夏にはこの影響から再び東京国際見本市会場へ戻っている。その後、1996年の東京国際見本市会場の廃止に伴い、夏からは同年開業した東京国際展示場での開催となり現在に至るが、2007年現在東京都においても同様の条例が施行される可能性がある(詳しくはこちらを参照)。

国全体では、1999年(平成11年)に児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律(以下通称の児ポ法と表記する)が施行された。当初法案では、児童が被害に遭うわけではなく、「児童の保護」という立法の主旨にもそぐわない絵画等の創作物に対する規制が盛り込まれていたが、最終的には規制から除外されたが、それでも3年後の2002年(平成14年)以降を目処に規制強化を含む見直しが予定されている。

このため、表現の自由を主張する立場から見れば楽観視出来ない状況が今尚続いており、表現規制強化に賛成の議員を”合法的な”「おたく潰し」として「おたくバッシング」推進派としたり、表現・販売規制条例や児ポ法を「おたくバッシングによる産物」「広義におけるおたくバッシング」と見なす者もいる。

こうした事態を考える為に、2007年5月19日には同人誌と表現を考えるシンポジウムが開催された。

おたく側による抗議

また、近年のインターネットの発達による個人単位による主張、情報交換がより簡単に行える環境の整備に伴い、おたく自らが抗議をするなどの動きも出ている。以下におたくによって行われた、おたくバッシングに対する抗議を取上げる。

  • 明らかなおたくバッシングや、表現規制を推進するような偏向報道がなされた際におけるマスコミ・スポンサー企業への抗議(いわゆる電凸など)。
  • 2005年8月のコミックマーケット68の期間中に会場内に出店した飲食店のアルバイト店員をしていた女子大生がブログ上で「きんもーっ☆」(きもい = 気持ち悪い)などと侮辱する内容を投稿していたことが発覚、その事業者に対する抗議をし、事業者側は事実関係を調査の上遺憾を示した(こちらも参照。なお謝罪はしていない)。ただ、その女子大生の本名と住所まで晒したネットワーカーもいたため、この行為を非難するネットワーカーも少なくない。
  • 京都市のとある探偵が娘の婚約相手の男性に関する調査依頼を受け実施、勤労態度などは真面目であるがおたくであることを報告し、別れさせていたことが発覚した。この時依頼者の娘は相手がおたくであることを知っており、その上で婚約したにもかかわらず趣味による不当な差別をしたとして、同探偵に対して公開質問状を提出。
  • おたくバッシングその物に抗議する一環として、2007年6月30日に秋葉原にて管轄警察署(万世橋署)に路上使用許可を得た上で「アキハバラ解放デモ」を実施。

脚注

  1. 書籍『嫌オタク流』第1刷214ページ目によれば東海林のり子のレポートだったとの事であるが、他に出典がないため、本当に東海林であったかどうかは不確実。更なる典拠が必要。また、こうした記述を以って、当該女性レポーターの発言を偏見や不見識と決め付ける事はできない。番組側が求めた演出だった可能性もある。
  2. 今日のインターネットの様な個人で全世界に言論を発信する手段が普及していなかった為。
  3. 1993年7月〜9月期のNHK人間大学「少女へのまなざし」(講師:本田和子)では「美少年誘拐事件」と題して、『週刊少年ジャンプ』に連載されていた『聖闘士星矢』のキャラクターが女性ファンによる同人誌に取り上げられている事例が紹介されている。
  4. コスプレ用の更衣室の利用者数等の記録から見ても、女性は決して少数だったわけではない。
  5. 報道上では強制わいせつ罪という罪名はほとんど使われず、単に「いたずら」などに置き換えられることが多い。
  6. 奈良小1女児殺害事件広島小1女児殺害事件など、詳細は各項目を参照。
  7. 中にはコミックマーケット期間中に会場周辺で取材拒否をした参加者に対し「キモオタ」(気持ち悪いおたく、おたくの中にはこれを差別用語とする者もいる)等の罵声を浴びさせたテレビ局取材班もあったという。なお、カタログには「受けたくない取材は断ること」と明記されている。
  8. もちろん、中には真面目な姿勢でおたくを取り上げた番組や週刊誌も少数ながらあり、これらに対しては好意的な意見を述べるおたくも居る。
  9. 執事喫茶」や女性向け同人誌を扱う店(アニメイトコミックとらのあななど)の様に腐女子層を対象とした店の中には、興味本位な取材を受けてしまったことについて、顧客層への謝罪を行った事例があるが、このような謝罪はごく少数でしかない。
  10. 例えば、スポーツバラエティ番組の『アスリート応援TV! ニッポン!チャ×3』には「オタク野球部」という「おたくには精神力や協調性が無い」と決め付けて根性や協調性を叩き直そうとする企画があった。類似する事例は「もてない男性」を題材にする形で1990年代にも見られた為、おたくのメディアへの露出を受けて復活した企画の例ということになる。
  11. 例えば、電車男で日本全国に広まった「萌え」は元々隠語であって、テレビドラマ『電車男』の主人公たちが演じた様に、公衆の面前で「萌え~」と叫ぶ様な用法は誤りである。
  12. 例・「髪が長い」「肥満」「部屋にはエロゲーがたくさんある」など
  13. リンク先は『サンデージャポン』での受け答えが「仕込み」であると報道された市原寛之の公式サイト。本人はメディアへの露出をタレント活動への足がかりと考えていたが、コメント内容に、いかにもおたく的な語彙を使う様にスタッフから注文を付けられたことについては不本意であると週刊誌で表明した。
  14. おたく層から、おたくバッシングと受け止められる様な報道はキー局・全国紙を主としたニュースに多く見られる。地方のローカルニュースにはあまり出てこないが、全国ニュースの内容とその影響ゆえに、地方メディアに対してもおたく層からの不信感が生じている。

関連項目

メディア関連用語

関連事件

関連人物

その他