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飯田橋駅(いいだばしえき)は、東京都千代田区・新宿区・文京区にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)・東京地下鉄(東京メトロ)・東京都交通局(都営地下鉄)の駅である。各駅の所在地については、駅情報テンプレート内の記述を参照のこと。
目次
乗り入れ路線[編集]
JR東日本のほか、東京メトロと都営地下鉄による地下鉄各線が乗り入れ、接続駅となっている。
JR東日本の駅に乗り入れている路線は中央本線であるが、当駅には緩行線を走る中央・総武線各駅停車のみが停車する。また、特定都区市内制度における「東京都区内」および「東京山手線内」に属する。
地下鉄路線は、次の4路線が乗り入れており、各路線ごとに駅番号が付与されている。
歴史[編集]
当駅は、1928年に中央本線の複々線化に伴い、従来設置していた牛込駅(うしごめえき)と飯田町駅の近距離電車ホームを分離し、これらを統合する形で開業した経緯がある。
- 1894年(明治27年)10月9日 - 甲武鉄道新宿 - 牛込間開通と同時に牛込駅開業。
- 牛込駅は牛込橋(現飯田橋駅西口に接する跨線橋)からわずかに四ツ谷寄りの位置にあった。出入口は2か所あり、ひとつは外堀通りに面した神楽坂下交差点のたもとで、牛込濠を埋め立てて作った連絡通路の遺構が残る。もうひとつは濠の反対側、旧飯田橋郵便局の向かいにあった。こちらには改札口の位置を左右から挟むようにして、石積みの構造物が残っている。
- 1895年(明治28年)4月3日 - 飯田町 - 牛込間開通。
- 1904年(明治37年)8月21日 - 飯田町 - 中野間で電車の運行開始。
- 1909年(明治39年)10月1日 - 甲武鉄道の国有化により、牛込駅と飯田町駅は国有鉄道の駅となる。
- 1928年(昭和3年)11月15日 - 関東大震災復興により、貨客分離を目的とした複々線化工事が新宿 - 飯田町間で完成。これにより駅間が近い牛込駅と電車線の飯田町駅を統合し、飯田橋駅が開業[1]。当初は旅客営業のみだった。
- 1964年(昭和39年)12月23日 - 帝都高速度交通営団(営団地下鉄)東西線の駅が開業。
- 1974年(昭和49年)10月30日 - 営団地下鉄有楽町線の駅が開業。
- 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、中央本線の駅はJR東日本の駅となる。
- 1996年(平成8年)3月26日 - 営団地下鉄南北線の駅が開業。
- 2000年(平成12年)12月12日 - 都営地下鉄大江戸線の駅が開業。
- 2001年(平成13年)11月18日 - JR東日本でICカードSuica供用開始。
- 2004年(平成16年)4月1日 - 営団地下鉄民営化により、東西線・有楽町線・南北線の駅は東京地下鉄(東京メトロ)の駅となる。
- 2007年(平成19年)3月18日 - 東京メトロ・東京都交通局でICカードPASMO供用開始。
- 2011年(平成23年)7月15日 - 都営地下鉄大江戸線ホームにて、ホームドア設置に伴う準備工事開始。
- 2012年(平成24年)7月1日 - 都営地下鉄大江戸線ホームにて、ホームドアが設置される(非稼働)。
- 2012年(平成24年)8月11日 - 都営地下鉄大江戸線ホーム設置のホームドアが稼働開始。
駅構造[編集]
JR東日本[編集]
島式ホーム1面2線を有する高架駅。駅舎は東西に出口があるが、地形が傾斜しているため、東口側は高架駅舎のようになっているが、西口側は橋上駅舎となっており、牛込橋に面する。
ホームが急カーブに位置する(写真も参照)ため、ホームと電車の間には広い隙間ができる。そのため、乗降の際には注意を要する。車内アナウンスでも注意が促されるほか、警報のための回転灯など転落防止のための設備が多く設置されており、ホーム上のスピーカーの数も非常に多い。また、2001年1月に山手線新大久保駅で乗客3人が列車の下敷きになり死亡した事故(新大久保駅乗客転落事故)を受けて、ホーム下部の一部に避難スペースが設置された。
かつては市ケ谷方面に牛込駅があり、その跡地に折り返し運転をするための引き上げ線が設置されていた。
2014年7月2日、JR東日本はホームを新宿方の直線区間へ約200m移設してホームと車両の隙間を解消させるとともに、西口駅舎の建て替えと駅前広場の整備を実施することを発表した。2014年度中に基本設計を行い、早期の工事着手を目指すこととしている[2][3]。
のりば[編集]
番線 | 路線 | 行先 |
---|---|---|
1 | ■中央・総武線(各駅停車) | 御茶ノ水・東京・秋葉原・千葉方面 |
2 | ■中央・総武線(各駅停車) | 四ツ谷・新宿・三鷹・高尾方面 |
(出典:JR東日本:駅構内図)
現地では上記のように案内されているが、三鷹以西ならびに東京駅への直通は早朝・深夜のみであり、それ以外の時間帯は四ツ谷駅や御茶ノ水駅で中央線快速への乗換が必要となる。
東京メトロ[編集]
東西線は中柱のある相対式ホーム2面2線、有楽町線と南北線はともに島式ホーム1面2線を有する地下駅である。
東西線のホームは目白通り、有楽町線と南北線のホームは外堀通り、それぞれの地下に設置されており、JRの駅を挟んで徒歩5分程の距離がある。そのため、東西線と有楽町線・南北線は改札が別になっており、乗り換えの際は一旦改札を出る必要がある。そのため、改札口付近で乗り換えに関する案内放送が流れている。ホームは1996年頃にホームの拡幅が行われたが、その際に新設された改札内通路の壁画は写真フィルムをあしらったものになっている。
南北線と大江戸線の接続する駅のひとつでもあるが、その乗り換えの便に関しては後述の内容を参照。
駅務管区所在駅であり、飯田橋駅務管区として飯田橋地域、九段下地域、高田馬場地域を管理する。
のりば[編集]
番線 | 路線 | 行先 |
---|---|---|
1 | 東西線 | 西船橋・津田沼・東葉勝田台方面 |
2 | 東西線 | 高田馬場・中野・三鷹方面 |
3 | 有楽町線 | 永田町・有楽町・新木場方面 |
4 | 有楽町線 | 池袋・和光市・飯能方面 |
5 | 南北線 | 王子・赤羽岩淵・浦和美園方面 |
6 | 南北線 | 四ツ谷方面 |
東京都交通局[編集]
島式ホーム1面2線を有する地下駅。ホームは先に建設された東京メトロ各線を避けるため、地下32.1mと非常に深い位置にあり、さらに地下鉄駅としては珍しくホームの前後は通路になっている。そのため、改札口からホームまでは徒歩で5分程度かかり、大変不便である。当駅は都営地下鉄全体・大江戸線内では7番目に深い位置にホームがあり、当駅前後では高低差が激しくなる。
なお、南北線と乗り換える際は、当駅ではなく、隣の春日駅(大江戸線)・後楽園駅(南北線)で乗り換えた方が便利である。両駅間には乗り換え専用改札があることと、ホーム間の移動距離が当駅よりも短くて済む。
車椅子の利用としては、東京メトロおよびJR中央緩行線と大江戸線間との相互の乗り換えは車椅子対応エスカレーターはあるものの、距離もあり時間もかかるため特に適さない。別の経路を検討すべきである。
駅業務は東京都営交通協力会に委託されており、上野御徒町駅務管理所管内の受託駅を統括する10区ブロック長が配置されている。
のりば[編集]
番線 | 路線 | 行先 |
---|---|---|
1 | 都営大江戸線 | 新宿西口・都庁前・(都庁前のりかえ)光が丘方面 |
2 | 都営大江戸線 | 上野御徒町・両国・大門方面 |
大江戸線の駅デザイン[編集]
2000年に開業した大江戸線飯田橋駅は、変化に富んだデザインとなっている。建築家の渡辺誠が設計し、日本建築学会賞を受賞した。特に階段・エスカレーターの上の天井を走る「ウェブフレーム」と呼ばれる緑色の骨組は、構造的・空間的な条件を与えてコンピュータプログラムによる形態生成を行うという、半ば実験的な建築設計手法を具現化した作品である。そのウェブフレームには照明がはめ込まれている。この手法は九州新幹線新水俣駅前の「新水俣門」(同じく渡辺誠設計)にも用いられている。さらに、C3出入口にある換気塔は、葉っぱをデザインしたものであり、ウェブフレームと合わせて、植物が根を伸ばして花を咲かせるという画期的な設計となっている。
利用状況[編集]
- JR東日本 - 2013年度の一日平均乗車人員は91,196人[* 1]で、同社の駅の中では第46位である。
- 東京メトロ - 2012年度の一日平均乗降人員は169,830人である[* 2](前年度比2.0%増)同社の駅の中では第10位である。
- 東京都交通局 - 2012年度の一日平均乗降人員は28,309人(乗車人員14,204人・降車人員14,105人)である[* 3]。
各年度の一日平均乗車人員は下表のとおり。
年度別一日平均乗車人員(1953年 - 2000年)[編集]
年度 | 国鉄 / JR東日本 | 営団 | 都営地下鉄 | ||
---|---|---|---|---|---|
東西線 | 有楽町線 | 南北線 | |||
1953年(昭和28年) | 47,531 | 未開業 | 未開業 | 未開業 | 未開業 |
1954年(昭和29年) | 51,140 | ||||
1955年(昭和30年) | 56,950 | ||||
1956年(昭和31年) | 62,866 | ||||
1957年(昭和32年) | 65,824 | ||||
1958年(昭和33年) | 69,811 | ||||
1959年(昭和34年) | 73,828 | ||||
1960年(昭和35年) | 78,365 | ||||
1961年(昭和36年) | 82,061 | ||||
1962年(昭和37年) | 86,739 | ||||
1963年(昭和38年) | 92,161 | ||||
1964年(昭和39年) | 96,718 | [備考 1] 6,099 | |||
1965年(昭和40年) | 100,878 | 9,020 | |||
1966年(昭和41年) | 106,314 | 12,415 | |||
1967年(昭和42年) | 108,787 | 16,365 | |||
1968年(昭和43年) | 109,088 | 20,900 | |||
1969年(昭和44年) | 91,779 | 26,726 | |||
1970年(昭和45年) | 91,003 | 29,540 | |||
1971年(昭和46年) | 92,579 | 31,311 | |||
1972年(昭和47年) | 92,937 | 32,195 | |||
1973年(昭和48年) | 92,696 | 30,299 | |||
1974年(昭和49年) | 95,455 | 33,896 | |||
1975年(昭和50年) | 90,995 | 42,339 | |||
1976年(昭和51年) | 91,830 | 30,652 | 13,485 | ||
1977年(昭和52年) | 89,649 | 31,934 | 14,849 | ||
1978年(昭和53年) | 92,093 | 30,923 | 14,967 | ||
1979年(昭和54年) | 89,880 | 31,186 | 15,770 | ||
1980年(昭和55年) | 80,597 | 29,134 | 17,468 | ||
1981年(昭和56年) | 80,110 | 29,326 | 18,375 | ||
1982年(昭和57年) | 77,510 | 29,063 | 18,455 | ||
1983年(昭和58年) | 77,806 | 29,609 | 20,134 | ||
1984年(昭和59年) | 80,666 | 30,526 | 22,926 | ||
1985年(昭和60年) | 82,896 | 31,570 | 24,882 | ||
1986年(昭和61年) | 85,370 | 32,775 | 26,718 | ||
1987年(昭和62年) | 87,571 | 33,809 | 28,120 | ||
1988年(昭和63年) | 93,296 | 34,773 | 30,712 | ||
1989年(平成元年) | 92,247 | 34,221 | 30,671 | ||
1990年(平成 | 2年)94,211 | 34,334 | 31,274 | ||
1991年(平成 | 3年)96,093 | 34,014 | 31,478 | ||
1992年(平成 | 4年)96,110 | 33,819 | 31,605 | ||
1993年(平成 | 5年)95,734 | 33,441 | 31,430 | ||
1994年(平成 | 6年)93,625 | 32,753 | 30,482 | ||
1995年(平成 | 7年)92,814 | 31,811 | 30,077 | [備考 2] 4,167 | |
1996年(平成 | 8年)91,036 | 31,816 | 29,329 | 4,227 | |
1997年(平成 | 9年)88,746 | 30,151 | 29,611 | 5,666 | |
1998年(平成10年) | 89,016 | 29,847 | 29,778 | 6,685 | |
1999年(平成11年) | [* 5] 89,641 | 29,478 | 29,265 | 7,183 | |
2000年(平成12年) | [* 6] 91,145 | 30,074 | 30,101 | 9,003 | [備考 3] 8,273 |
年度別一日平均乗車人員(2001年以降)[編集]
年度 | JR東日本 | 営団 / 東京メトロ | 都営地下鉄 | ||
---|---|---|---|---|---|
東西線 | 有楽町線 | 南北線 | |||
2001年(平成13年) | [* 7] 88,967 | 29,841 | 31,033 | 11,603 | 9,748 |
2002年(平成14年) | [* 8] 88,522 | 29,192 | 30,929 | 12,047 | 10,592 |
2003年(平成15年) | [* 9] 88,453 | 29,459 | 31,445 | 12,768 | 11,044 |
2004年(平成16年) | [* 10] 88,001 | 29,699 | 32,123 | 13,200 | 11,408 |
2005年(平成17年) | [* 11] 88,647 | 30,386 | 32,803 | 13,816 | 12,175 |
2006年(平成18年) | [* 12] 88,891 | 30,784 | 33,373 | 14,271 | 12,732 |
2007年(平成19年) | [* 13] 90,572 | 32,566 | 35,448 | 15,481 | 13,361 |
2008年(平成20年) | [* 14] 90,405 | 33,184 | 35,397 | 16,216 | 13,439 |
2009年(平成21年) | [* 15] 90,153 | 34,797 | 35,033 | 16,378 | 13,322 |
2010年(平成22年) | [* 16] 90,363 | 33,022 | 34,959 | 16,647 | 13,709 |
2011年(平成23年) | [* 17] 90,763 | 32,534 | 34,644 | 16,888 | 13,664 |
2012年(平成24年) | [* 1] 91,359 | 14,204 |
- 備考
- 利用状況の出典
- ↑ 1.0 1.1 JR東日本 各駅の乗車人員
- ↑ 東京メトロ 各駅の乗降人員ランキング
- ↑ 東京都交通局 各駅乗降人員一覧
- ↑ 4.0 4.1 東京都統計年鑑
- ↑ JR東日本 各駅の乗車人員(1999年度)
- ↑ JR東日本 各駅の乗車人員(2000年度)
- ↑ JR東日本 各駅の乗車人員(2001年度)
- ↑ JR東日本 各駅の乗車人員(2002年度)
- ↑ JR東日本 各駅の乗車人員(2003年度)
- ↑ JR東日本 各駅の乗車人員(2004年度)
- ↑ JR東日本 各駅の乗車人員(2005年度)
- ↑ JR東日本 各駅の乗車人員(2006年度)
- ↑ JR東日本 各駅の乗車人員(2007年度)
- ↑ JR東日本 各駅の乗車人員(2008年度)
- ↑ JR東日本 各駅の乗車人員(2009年度)
- ↑ JR東日本 各駅の乗車人員(2010年度)
- ↑ JR東日本 各駅の乗車人員(2011年度)
駅周辺[編集]
飯田橋 も参照
- 皇居外濠
- 飯田橋(駅名の由来となった橋梁)
- 神田川
- 飯田橋セントラルプラザ ラムラ - JRの駅の北西側、東口と西口の間にある駅ビルであり、低層階には一般店舗が入居、その上に住宅棟(千代田区側)と事務棟(東京都飯田橋庁舎、新宿区側)を備え、事務棟には東京都の関連団体などが入居している。
- アイガーデンエア - 日本貨物鉄道(JR貨物)が主体となって旧飯田町貨物駅跡地を再開発した地区。ホテル・商業施設・高層オフィスビル・高層マンションなどで構成されている。
- ガーデンエアタワー(高層オフィスビル) - KDDI本社
- アイガーデンテラス(商業施設)
- ホテルメトロポリタンエドモント本館・イーストウィング
- 東京レジデンス(高層マンション)
- 飯田橋プラーノ - 富士見二丁目北部地区再開発事業として建設された複合施設。プラウドタワー千代田富士見(38階建てタワーマンション)とステージビルディング(18階建てオフィス棟)、プラーノモール(商業施設)によって構成されている。
- 飯田橋サクラパーク - 飯田橋駅西口南側駅前街区(富士見二丁目、富士見町教会や旧東京警察病院等が所在)再開発事業で建設された複合施設。住宅棟「パークコート千代田富士見ザ タワー」と業務・商業棟「飯田橋グラン・ブルーム」のツインタワー及び富士見町教会で構成され、飯田橋グラン・ブルームの低層階には商業ゾーンとして「飯田橋サクラテラス」が設けられている[4][5][6]。
- 首都高速5号池袋線
- 新宿区立津久戸小学校
- 目白通り(東京都道8号千代田練馬田無線)
- 大久保通り(東京都道25号飯田橋石神井新座線)
- 早稲田通り(神楽坂通り)
- 神楽坂
- 外堀通り(東京都道405号外濠環状線)
- 千代田区役所 富士見出張所・富士見区民館
- 東京区政会館
- 麹町飯田橋通郵便局
- 新宿神楽坂郵便局
- 飯田橋駅東口郵便局
- 日本歯科大学
- 日本歯科大学生命歯学部附属病院
- 日本歯科大学東京短期大学
- 東京理科大学 神楽坂校舎
- 法政大学 市ケ谷キャンパス
- 東京観光専門学校
- アンスティチュ・フランセ東京
- 東京厚生年金病院
- 東京逓信病院
- 麹町郵便局 東京逓信病院内分室
- 在日本朝鮮人総聯合会中央本部
- ホテルグランドパレス
- 飯田橋公共職業安定所(ハローワーク飯田橋)
- 文京区に所在するが、日本の主要企業を含む多くの企業の本社が集中する千代田区や中央区も管轄しており、ハローワークとしては日本最大規模とされる。
- 東京しごとセンター
- ハローワーク飯田橋の出先コーナー(20代、55歳以上を対象とした就業相談窓口)がある。
- 小石川後楽園
- 築土神社
- 東京大神宮
- 家の光協会
- 東京農業大学開校記念碑
- KADOKAWA
- ぷろだくしょんバオバブ
- 帝拳ジム
- 秋田書店
- 熊谷組本社
バス路線[編集]
駅から最も近いのが「飯田橋駅前」停留所であり、他に「飯田橋」と「都営飯田橋駅前」停留所、文京区コミュニティバス「Bーぐる」 の「小石川後楽園入口」と「後楽一丁目」停留所も近い。千代田区福祉タクシー「風ぐるま」も利用できる。
なお、都営飯田橋駅前停留所については2000年12月11日まで使用していた秋76系統・飯田橋終点停留所と同じ位置に設置されている。
飯田橋駅前
飯田橋
- 飯62: 都営飯田橋駅行(本数少)
- 飯62: 国立国際医療センター・新大久保駅経由小滝橋車庫行(本数少)
- 飯64: 飯田橋駅・九段下行
- 飯64: 江戸川橋・早稲田・高田馬場経由小滝橋車庫行
都営飯田橋駅前
- 飯62:小滝橋車庫行
地下鉄飯田橋駅東口
小石川後楽園入口
後楽一丁目
- 文京区コミュニティバス「Bーぐる」:春日駅方面
隣の駅[編集]
脚注[編集]
- ↑ 現在の西口駅舎が牛込橋の前にあり、西口改札口とホームまでの距離が長くなっているのは、牛込橋をはさんで反対側にあった、統合前の牛込駅の利用者を救済したことに由来がある。
- ↑ 中央線の飯田橋駅、ホームを200m移設へ…直線化で隙間解消 2014年07月02日(水) 16時30分
- ↑ JR中央線飯田橋駅ホームにおける抜本的な安全対策の着手について 2014年7月2日 東日本旅客鉄道株式会社
- ↑ 飯田橋駅西口地区第一種市街地再開発事業
- ↑ 三井不動産 「飯田橋駅西口地区第一種市街地再開発事業」起工(2011年6月2日)
- ↑ 飯田橋再開発、街区名称「飯田橋サクラパーク」に-地域住民向けイベントも,市ヶ谷経済新聞,2013年3月28日