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ウシ(牛)は、哺乳綱鯨偶蹄目ウシ科ウシ亜科の動物。野生のオーロックス(絶滅)をもとにして、新石器時代に西アジアで家畜化されたと考えられる。
「ウシ」は、狭義では特に(種レベルで)家畜種のウシ(学名:Bos taurus「ボース・タウルス」 を指す。一方、やや広義では、ウシ属 Bos (バンテンなどの野生牛を含む)の総称となる。さらに広義では、ウシ亜科 Bovinae の総称となる。すなわち、アフリカスイギュウ属、アジアスイギュウ属、ウシ属、バイソン属などを指す。
以下ではこのうち、家畜ウシについて解説する。ウシと比較的近縁の動物としては、同じウシ亜目(反芻亜目)にキリン類やシカ類、また、同じウシ科の仲間としてはヤギ、ヒツジ、レイヨウなどがある。
2008年の国際連合食糧農業機関の統計によると、世界全体では13億5000万頭のウシが飼育されていると見積もられている[1]。
目次
呼称[編集]
ウシは、伝統的には牛肉食文化が存在しなかった地域においては単一語(例えば、漢字文化圏においては「牛」、ないし十二支の配分である「丑」(うし))で総称されてきた。これに対し、古くから牛肉食や酪農を目的とする家畜としての飼育文化や放牧が長くおこなわれてきた西洋地域(例えば、おもに英語文化圏など商業的牛肉畜産業が盛んな地域)においては、ウシの諸条件によって多種多様な呼称をもつ傾向がある。
近来では、西洋的食文化のグローバル化により、宗教的な理由によって牛肉食が禁忌とされている地域を除いては牛肉食文化が世界的に拡散普及しており、特に商業畜産的要因から、現代の畜産・肥育・流通現場においては世界各地で下記のような細分化された呼称が用いられる傾向がある。
性別・年齢による呼称[編集]
- 「雄牛」「牡牛」(おうし、《英》bull ブル)
- オスの成牛のこと。
- 「雌牛」「牝牛」(めうし、《英》cow カウ)
- メスの成牛のこと。
- 「子牛」「仔牛」(こうし、《英》calf カーフ)
飼育上の条件による呼称[編集]
畜産業界ないし肥育業界、ないし牛肉産品を流通・販売する業界などにおいては、さらに多様に表現されている。
- 「畜牛」(ちくぎゅう、《英》cattle キャトル)
- 畜産用途に肥育されるウシ全般のこと。家畜牛。
- 「去勢牛」(きょせいぎゅう)
- 「乳牛」(にゅうぎゅう、《英》dairy cattle デイリーキャトル)
- 搾乳目的で飼育されるウシのこと。
- ※ 英語の dairy cattle には、発乳するメスそのものに加え、メスが発乳する条件である妊娠をさせるための種牡牛、妊娠した母牛の発乳を促進させるために乳頭をしゃぶらせる仔牛まで含めて広義に定義する場合もある。
- 搾乳目的で飼育されるウシのこと。
- 「未経産牛」(みけいさんぎゅう、《英》heifer ヘイファー)
- 「経産牛」(けいさんぎゅう、《英》delivered cow デリバードカウ )
- すでに出産経験のあるメス牛のこと。
- 肉牛として出荷する場合には、未経産牛に比較して安価で取引される。
日本語の方言・民俗[編集]
- 日本の東北地方ではウシを「べこ」と呼ぶ。これは、犬を「わんこ」、猫を「にゃんこ」と呼ぶように、牛の鳴き声(べー)に、「こ」をつけたことによる。地方によっては「べご」、「べごっこ」とも呼ばれる。ただし、日本における牛の鳴き声を表す擬音語でもっとも一般的なものは「モー」である。
- 柳田國男によれば、日本語では牡牛が「ことひ」牝牛が「おなめ」であった。また、九州の一部ではシシ即ち食肉とされていたらしく、「タジシ(田鹿)」と呼ばれていた[2]。
生態・形態上の特徴[編集]
ウシは4つの胃をもち、一度飲み込んだ食べ物を胃から口中に戻して再び噛む「反芻(はんすう)」をする反芻動物の1つである。実際には第4胃のみが本来の胃で胃液が分泌される。第1胃から第3胃までは食道が変化したものであるが、草の繊維を分解する細菌類、原虫類が常在し、繊維の消化を助ける。動物性タンパク質として細菌類、原虫類も消化される。ウシの歯は、雄牛の場合は上顎に12本、下顎に20本で、上顎の切歯(前歯)は無い。そのため、草を食べる時には長い舌で巻き取って口に運ぶ。鼻には、個体ごとに異なる鼻紋があり、個体の識別に利用される。
家畜としてのウシ[編集]
家畜であるウシは、食用では肉牛として牛肉や牛脂を、乳牛として牛乳を採るために飼養され、また役牛として農耕(耕牛)や運搬(牛車)などのための動力としても利用されてきた。牛皮は「牛革」としてかばんや各種ケース、ジャンパー・ベルト・靴など衣類・装身具等の材料にされ、牛糞 は肥料や地方によっては重要な燃料及び建築材料として利用されている(後述)。
- 農耕を助ける貴重な労働力であるウシを殺して神への犠牲とし、そこから転じてウシそのものを神聖な生き物として崇敬することは、古代より非常に広い地域と時代にわたって行われた信仰である。現在の例として、インドの特にヒンドゥー教徒の間で、ウシが神聖な生き物として敬われ、食のタブーとして肉食されることがないことは、よく知られている。
- 牛が釘などを食べた場合に胃を保護するため、磁石を飲み込ませておく事もあるという。
- スペイン・ポルトガルといった国においては、闘牛として人(闘牛士)との闘いの興行を行っている。
- 日本を含めた東洋の一部の国々においては、牛同士の闘いを闘牛として興行を行っている。
- アメリカ合衆国・カナダ・オーストラリア・南米の幾つかの国においては、ロデオという暴牛の背に乗る競技も存在する。
家畜としての牛の一生[編集]
家畜としての牛は、肉牛と乳牛に分けられる。
乳牛[編集]
乳牛(ホルスタインなどの乳用種)を参照
肉牛[編集]
肥育牛[編集]
繁殖農家で生まれた子牛は、250-300kgになる10か月齢から12か月齢まで育成され、「素牛」(6か月齢〜12か月齢の牛)市場に出荷され(2-4か月齢で出荷されるスモール牛市場もある)、肥育農家に競り落とされる。競り落とされた素牛は肥育農家まで運ばれるが、長距離になると輸送の疲れで10kg以上やせてしまうこともある[3]。
その後、「肥育牛」として肥育される。飼育方法は、繋ぎ飼い方式・放牧方式など多くの選択肢があるが、数頭ずつをまとめて牛舎に入れて(追い込み式牛舎)飼う、群飼方式が一般的である(日本の農家の約80%)。また、牛を放牧又は運動場などに放して運動させることは、運動不足による関節炎の予防や蹄の正常な状態を保つために必要であるが、日本の農家では約6%しか行われていない。そのため、1年に1-2回程度の削蹄を実施している農家が多い[4]。
肥育前期(7か月程度)は牛の内臓(特に胃)と骨格の成長に気をつけ、良質の粗飼料を給餌される。肥育中期から後期(8-20か月程度)にかけては高カロリーの濃厚飼料を給餌され、筋肉の中に脂肪をつけられる。(筋肉の中の脂肪は「さし」とよばれ、さしにより霜降り肉ができる)
肉用牛は、生後2年半から3年、体重が700kg前後で出荷され、屠殺される。
繁殖用雌牛[編集]
繁殖用として優れた資質・血統をもつ雌牛が選ばれる。繁殖用として飼育される雌牛は生後14か月から16か月で初めての人工授精(1950年に家畜改良増殖法が制定され、人工授精普及の基盤が確立し、今日では日本の牛の繁殖は99%が凍結精液を用いた人工授精によってなされている)[5]が行われ、約9か月で分娩する。経済効率を上げるため、1年1産を目標に、分娩後約80日程度で次の人工授精が行われる。8産以上となると、生まれた子牛の市場価格が低くなり、また繁殖用雌牛の経産牛の肉としての価格も低くなる場合があるため[6]標準的には6-8産で廃用となり、屠殺される。
また、受胎率が悪い、生まれた子牛の発育が悪いなどの繁殖用雌牛は経済効率が低いため、早目に廃用される。
子牛肉[編集]
外科的処置[編集]
- 除角
- 牛は、飼料の確保や社会的順位の確立等のため、他の牛に対し、角突きを行うことがある。そのため牛舎内での高密度の群飼い(狭い時で1頭当たり5㎡前後[4])ではケガが発生しやすく、肉質の低下に繋がることもある。また管理者が死傷することを防止するためにも有効な手段と考えられており、日本の農家の約半数が除角を実施している。除角は3か月齢以上でおこなう農家が多く(日本の農家の約88%)、断角器や焼きごてで実施され、そのうち83%は麻酔なしで除角される[4]。
- 国産畜産物安心確保等支援事業「アニマルウェルフェア(動物福祉)の考え方に対応した肉用牛の飼養管理指針」では「除角によるストレスが少ないと言われている焼きごてでの実施が可能な生後2か月以内に実施すること」が推奨されている。
- 去勢
- 雄牛を去勢しないで肥育した場合、キメが粗くて硬い、消費者に好まれない牛肉に仕上がる。また去勢しない雄牛を群飼すると、牛同士の闘争が激しくなり、ケガが発生しやすく肉質の低下にもつながる。このため、日本の肉牛の雄は、77%が去勢される[4]。去勢は3か月齢以上で行われることが多く、基本的に麻酔なしで実施される。
- 鼻環(鼻ぐり)
- 鼻環による痛みを利用することで、牛の移動をスムーズにするなど、牛を調教しやすくすることができる。日本の農家では約84%で鼻環の装着が行われている。鼻環通しは麻酔なしで行われる。国産畜産物安心確保等支援事業「アニマルウェルフェア(動物福祉)の考え方に対応した肉用牛の飼養管理指針」では「牛へのストレスを極力減らし、可能な限り苦痛を生じさせないよう、素早く適切な位置に装着すること」とされている。
ウシの病気[編集]
舌遊び[編集]
舌を口の外へ長く出したり左右に動かしたり、丸めたり、さらには柵や空の飼槽などを舐める動作を持続的に行うこと。舌遊び行動中は心拍数が低下することが認められている。粗飼料の不足、繋留、単飼(1頭のみで飼育する)などの行動抑制、また生まれてすぐに母牛から離されることが舌遊びの原因となっている。「子牛は自然哺乳の場合1時間に6000回母牛の乳頭を吸うといわれている。その半分は単なるおしゃぶりにすぎないが、子牛の精神の安定に大きな意味をもつ。子牛は母牛の乳頭に吸い付きたいという強い欲求を持っているが、それが満たされないため、子牛は乳頭に似たものに向かっていく。成牛になっても満たされなかった欲求が葛藤行動として「舌遊び」にあらわれる」[7] 。実態調査では、種付け用黒毛和牛の雄牛の100%、同ホルスタイン種の雄牛の6%、食肉用に肥育されている去勢黒毛和牛の雄牛の76%、黒毛和牛の雌牛の89%、ホルスタイン種の17%で舌遊び行動が認められた[8]。
失明[編集]
霜降り肉を作るためには、筋肉繊維の中へ脂肪を交雑させる、という通常ではない状態を作り出さなければならない。そのため、肥育中期から高カロリーの濃厚飼料が与えられる一方で、脂肪細胞の増殖を抑える働きのあるビタミンAの給与制限が行われる。ビタミンAが欠乏すると、牛に様々な病気を引き起こす。 肥育農家がこのビタミンAコントロールに失敗し、ビタミンA欠乏が慢性的に続くと、光の情報を視神経に伝えるロドプシンという物質が機能しなくなり、重度になると、瞳孔が開いていき、失明に至る。 [9]
ウシのおもな品種[編集]
欧州由来の品種[編集]
- アバディーン・アンガス種(無角牛、スコットランド原産、肉牛)
- アングラー種(ドイツ原産、乳肉兼用)
- ウェルシュブラック種(イギリス原産、乳肉兼用)
- エアシャー種(スコットランド原産、乳牛)
- キニアーナ種(イタリア原産、役肉兼用 欧州系で最大の標準体型を持つ)
- ギャロレー種(イギリス原産、肉用)
- グロニンゲン種(オランダ原産、乳肉兼用)
- ケリー種(アイルランド原産、乳用)
- ゲルプフィー種(ドイツ原産、肉用)
- サウスデボン種(イギリス原産、乳肉兼用)
- ジャージー種(イギリス領ジャージー島原産、乳牛)
- シャロレー種(フランス原産、肉牛)
- ショートホーン種(スコットランド原産、肉牛)
- シンメンタール種(スイス原産、乳肉兼用)
- スウェーデンレッドアンドホワイト種(スウェーデン原産、乳用)
- テキサスロングホーン種(アメリカ原産)
- デキスター種(イギリス原産、乳肉兼用)
- デボン種(イギリス原産、肉用)
- デーリィショートホーン種(イギリス原産、乳肉兼用)
- ノルウェーレッド種(ノルウェー原産、乳用)
- ノルマン種(フランス原産、乳肉兼用)
- ハイランド種(イギリス原産、肉用)
- パイルージュフランドル種(ベルギー原産、乳肉兼用)
- ピンツガウエル種(オーストリア原産、肉用)
- フィンランド種(フィンランド原産、乳用)
- ブラウンスイス種(スイス主産、乳肉兼用)
- ヘレフォード種(イングランド原産、肉牛)
- ホルスタイン種(オランダ原産、乳牛、黒と白の模様で日本でもよく知られる)
- マレーグレー種(オーストラリア原産、肉牛)
- マルキジアーナ種(イタリア原産、役肉兼用)
- ミューズラインイーセル種(オランダ原産、乳肉兼用)
- ムーザン種(フランス原産、肉用)
- モンベリエール種(フランス原産、乳肉兼用)
- リンカーンレッド種(イギリス原産、乳肉兼用)
- レッドデーニッシュ種(アイルランド原産、乳肉兼用)
- レッドポール種(イギリス原産、乳肉兼用)
- ロートフィー種(ドイツ原産、肉用)
- ロマニョーラ種(イタリア原産、役肉兼用)
- ホワイトベルテッドギャラウェイ種(スコットランド原産)
アジア由来の品種[編集]
日本在来牛[編集]
ウシの仲間[編集]
生産[編集]
2010年現在、世界でもっともウシの飼育頭数が多いのはインドであり、約2億1000万頭が飼育されている。これに次ぐのはブラジルで、2億950万頭であり、両国の飼育頭数にはほとんど差がない。かつてはヒンドゥー教の影響もあってインドが圧倒的に頭数が多く、長らく世界一の座を占めていたが、アマゾンにおける牧場開発などによってブラジルが急速に飼育頭数を増加させ、2003年にはインドに代わって世界1位となった。2008年にはふたたびインドが飼育頭数第1位となったものの、両国の頭数はほぼ拮抗している。3位はアメリカ合衆国で9380万頭であり、ここ10年はほぼ横ばいとなっている。4位の中国は8370万頭で、これもほぼ横ばいとなっている。5位はアルゼンチンで、4390万頭である。ここもこの10年の飼育頭数はほぼ横ばいとなっている[10]。
利用[編集]
食用[編集]
生薬[編集]
胆石は牛黄(ごおう)という生薬で、漢方薬の薬材。解熱、鎮痙、強心などの効能がある。救心、六神丸などの、動悸・息切れ・気付けを効能とする医薬品の主成分となっている。日本薬局方に収録されている生薬である。
牛の胆石は千頭に一頭の割合でしか発見されないため[11]、大規模で食肉加工する設備を有する国が牛黄の主産国となっている。オーストラリア、アメリカ、ブラジル、インドなどの国がそうである。ただし、BSEの問題で北米産の牛黄は事実上、使用禁止となっていることと、中国需要の高まりで、牛黄の国際価格は上げ基調である。
現在では、牛を殺さずに胆汁を取り出して体外で結石を合成したり、外科的手法で牛の胆嚢内に結石の原因菌を注入して確実に結石を生成させる、「人工牛黄」または「培養牛黄」が安価な生薬として普及しつつある。
牛糞[編集]
糞は肥料にされる。与えられた飼料により肥料成分は異なってくるが、総じて肥料成分は低い。肥料としての効果よりも、堆肥のような土壌改良の効果の方が期待できる。また、堆肥化して利用することも多い。園芸店などで普通に市販されている。
乾燥地域では牛糞がよく乾燥するため、燃料に使われる。森林資源に乏しいモンゴル高原では、牛糞は貴重な燃料になる。またエネルギー資源の多様化の流れから、牛糞から得られるメタンガスによるバイオマス発電への利用などが模索されており、スウェーデンなどでは実用化が進んでいる。
アフリカなどでは住居内の室温の上昇を避けるために、牛糞を住居の壁や屋根に塗ることがある。
胆汁[編集]
歴史[編集]
世界[編集]
ウシが家畜化されたのは新石器時代の紀元前6000年から紀元前5000年ごろの西アジアとみられている。当時この地方に生息していたオーロックスが原種であるが、オーロックスは17世紀には絶滅した。オーロックスは獰猛で巨大な生物であったため、ヤギやヒツジと比べて家畜化はずっと遅れ、オオムギやコムギといった穀物の栽培開始以降に家畜化されたと考えられている。しかしいったん家畜化されると、ウシはその有用性によって牧畜の中心的存在となった。やがて成立したエジプト文明やメソポタミア文明、インダス文明においてウシは農耕用や牽引用の動力として重要であり、また各種の祭式にも使用された。
ウシはやがて世界の各地へと広がっていった。ヨーロッパではウシは珍重され、最も重要な家畜とされていた。アフリカにおいてはツェツェバエの害などによって伝播が阻害されたものの、紀元前1500年ごろにはギニアのフータ・ジャロン山地でツェツェバエに耐性のある種が選抜され[12]、西アフリカからヴィクトリア湖畔にかけては紀元前500年頃までにはウシの飼育が広がっていた[13]。インドにおいてはバラモン教時代はウシは食用となっていたが、ヒンドゥー教への転換が進む中でウシが神聖視されるようになり、ウシの肉を食用とすることを禁じるようになった。しかし、乳製品や農耕用としての需要からウシは飼育され続け、世界有数の飼育国であり続けることとなった。
新大陸にはオーロックスが存在せず、1494年にクリストファー・コロンブスによって持ち込まれたのが始まりである。しかし新大陸の気候風土にウシは適合し、各地で飼育されるようになった[14]。とくにアルゼンチンのパンパにおいては、持ち込まれた牛の群れが野生化し、19世紀後半には1,500万頭から2,000万頭にも達した。このウシの群れに依存する人々はガウチョと呼ばれ、アルゼンチンやウルグアイの歴史上重要な役割を果たしたが、19世紀後半にパンパ全域が牧場化し野生のウシの群れが消滅すると姿を消した。北アメリカ大陸においてもウシは急速に広がり、19世紀後半には大陸横断鉄道の開通によってウシを鉄道駅にまで移送し市場であるアメリカ東部へと送り出す姿が見られるようになった。この移送を行う牧童はカウボーイと呼ばれ、ウシの大規模陸送がすたれたのちもその独自の文化はアメリカ文化の象徴となっている。
1880年代には冷凍船が開発され、遠距離からも牛肉の輸送ができるようになった。これはアルゼンチンやウルグアイにおいて牧場の大規模化や効率化をもたらし、牛肉輸出は両国の基幹産業となった[15]。また、鉄道の発達によって牛乳を農家から大都市の市場へと迅速に大量に供給することが可能になったうえ、ルイ・パスツールによって低温殺菌法(パスチャライゼーション)が開発され、さらに冷蔵技術も進歩したことで、チーズやバターなどの乳製品に加工することなくそのまま牛乳を飲む習慣が一般化した[16]。こうした技術の発展によって、ウシの利用はますます増加し、頭数も増加していった。
日本[編集]
紀元前400年ごろの弥生時代の遺跡からウシの骨が出土しており、これが2012年現在日本で発見されたもっとも古いウシの出土である[17]。日本のウシは、中国大陸から持ち込まれたと考えられている。当初から日本では役畜としての使用が主であったが、牛の肉も食されていた。しかし675年には、律令体制を確立する上で、米に基く税収を安定的に確保するために、天武天皇は、稲作農耕に役立つ動物である牛、馬、犬、猿、鶏の肉食を、稲作の期間である4月から9月まで禁じた。禁止令発出後もウシの肉はしばしば食されていたものの、禁止令は以後も鎌倉時代初期に至るまで繰り返して発出され[18]、やがて肉食は農耕に害をもたらす行為とみなされ、肉食そのものが穢れであるとの考え方が広がり、牛肉食はすたれていった。8世紀から10世紀ごろにかけては酪や、蘇、醍醐といった乳製品が製造されていたが、朝廷の衰微とともに製造も途絶え、以後日本では明治時代に至るまで乳製品の製造・使用は行われなかった。
牛肉食は公的には禁忌となったものの、実際には細々と食べ続けられていた。戦国時代にはポルトガルの宣教師たちによって牛肉食の習慣が一部に持ち込まれ、キリシタン大名の高山右近らが牛肉を振舞ったとの記録もある[19]ものの、禁忌であるとの思想を覆すまでにはいたらず、キリスト教が排斥されるに伴い牛肉食は再びすたれた。江戸時代には生類憐みの令によってさらに肉食の禁忌は強まったが、大都市にあったももんじ屋と呼ばれる獣肉店ではウシも販売され、また彦根藩は幕府への献上品として牛肉を献上しているなど、まったく途絶えてしまったというわけではなかった[20]。しかし、日本においてウシの主要な用途はあくまでも役牛としての利用であり続けた。
日本においてウシが公然と食されるようになるのは明治時代である。文明開化によって欧米の文化が流入する中、欧米の重要な食文化である牛肉食もまた流れ込み、銀座において牛鍋屋が人気を博すなど、次第に牛肉食も市民権を得ていった。また、乳製品の利用・製造も復活した。
文化と宗教[編集]
en:Cattle in religion も参照 ヒンズー教では、牛は富・力強さ・豊かさ・無私・満ち足りた現世を表す。
紋章[編集]
en:Ciołek coat of arms も参照 牛が紋章に描かれることは一般的である。
慣用句[編集]
- 「牛にひかれて善光寺参り」 人に連れられて思いがけず行くこと。昔、老婆がさらしておいた布を牛が引っ掛けて善光寺に駆け込んだので、追いかけた老婆はそこが霊場であることを知り、以後たびたび参詣した、という伝説から。
- 「牛の歩み」 牛歩とも。進みのおそいことのたとえ。
- 「牛の角を蜂が刺す」 硬い牛の角には蜂の毒針も刺さらないことから、何とも感じないこと。
- 「牛の寝た程」 物の多くあるさまの形容。
- 「牛は牛づれ(馬は馬づれ)」 同じ仲間同士は一緒になり、釣り合いが取れるということ。
- 「牛は水を飲んで乳とし、蛇は水を飲んで毒とす」 同じものでも使い方によっては薬にも毒にもなることのたとえ。
- 「牛も千里、馬も千里」 遅いか早いかの違いはあっても、行き着くところは同じということ。
- 「牛を売って牛にならず」 見通しを立てずに買い換え、損することのたとえ。
- 「牛飲馬食」 牛や馬のように、たくさん飲み食いすること。「鯨飲馬食」とも言う。
- 「牛耳る(牛耳を執る)」 団体・集団の指導者となって指揮を取ること。
- 「商いは牛の涎」 細く長く垂れる牛の涎(よだれ)のように、商売は気長に辛抱強くこつこつ続けることがこつだというたとえ。
- 「九牛の一毛」 非常に多くの中の極めて少ないもの。
- 「暗がりから牛」 物の区別がはっきりしないこと。あるいはぐずぐずしていることの例え。
- 「鶏口となるも牛後となるなかれ(牛の尾より鶏の口、鶏口牛後)」 大集団の下っ端になるより小集団でも指導者になれということ。人の下に甘んじるのを戒める、もしくは小さなことで満足するを否とする言葉。
- 牛歩戦術
脚注[編集]
- ↑ () 牛の飼育頭数〔2008年〕 帝国書院 [ arch. ] 2010-07-25
- ↑ 柳田國男『定本 柳田國男集』第1巻 筑摩書房 258頁
- ↑ 社団法人 三重県畜産協会 参照
- ↑ 4.0 4.1 4.2 4.3 社団法人 畜産技術協会調査
- ↑ 農林綜合研究センター 参照
- ↑ 社団法人 山形県畜産協会 参照
- ↑ 酪農家 中洞正著書「黒い牛乳」より抜粋
- ↑ 東北大学大学院農学研究科 佐藤衆介教授らによる調査
- ↑ 山梨県農業共済組合連合会HP参照
- ↑ () FAO Brouse date production-Live animals-cattles Fao.org [ arch. ] 2013-01-06
- ↑ 漢方の王様 「ゴオウ(牛黄)」
- ↑ 「新書アフリカ史」第8版(宮本正興・松田素二編)、2003年2月20日(講談社現代新書)p55
- ↑ サムエル・カスール著 増田義郎日本語版監修 向井元子訳「アフリカ大陸歴史地図」第1版、2002年12月3日(東洋書林)p19
- ↑ 『ケンブリッジ世界の食物史大百科事典2 主要食物:栽培作物と飼養動物』 三輪睿太郎監訳 朝倉書店 2004年9月10日 第2版第1刷 p.550
- ↑ 『ケンブリッジ世界の食物史大百科事典2 主要食物:栽培作物と飼養動物』 三輪睿太郎監訳 朝倉書店 2004年9月10日 第2版第1刷 p.550
- ↑ 『ヨーロッパの舌はどう変わったか 十九世紀食卓革命』 南直人 講談社選書メチエ 1998年2月10日第1刷 pp.113-114
- ↑ http://www.dairy.co.jp/rakunou_i/rekishi.html 酪農の歴史 社団法人中央酪農会議 2012年1月6日閲覧
- ↑ 「肉の科学」p8 沖谷明紘編 朝倉書店 1996年5月20日初版第1刷
- ↑ 「飲食事典」本山荻舟 平凡社 p160 昭和33年12月25日発行
- ↑ 「ヴィジュアル日本生活史 江戸の料理と食生活」p87 原田信男編著 小学館 2004年6月20日第1版第1刷