正露丸

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正露丸(せいろがん)は、日局木クレオソート(別名日局クレオソート)を主成分とした胃腸薬止瀉薬)である。医薬品。旧称は征露丸

概要[編集]

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↑正露丸

正露丸(せいろがん 日局木クレオソートを主成分とする一般用医薬品。製造するメーカーや製品によって、多少の配合の違いがある。本来は丸薬であるが、特有の臭いと苦味があるため糖衣錠タイプのものも発売されている。

正露丸の名称は、大幸薬品の登録商標であるが、普通名称化したとの判決が1974年2008年の二度にわたり最高裁で確定しており、どの会社が「正露丸」を商品名として使用しても本商標権の効力は及ばず、権利侵害にはあたらない。よって、ラッパのマーク(大幸薬品の製造・販売)でない正露丸も多数存在する(富士薬品、大阪医薬品工業株式会社、常盤薬品、キョクトウ株式会社など)。詳細は、#諸権利の問題参照。

性質[編集]

「効能」は以下の通りである。
  1. 腹痛 下痢 消化不良による下痢 食あたり はき下し 水あたり くだり腹 軟便
  2. おもにの調子を整える
  3. 歯髄炎による虫歯の痛み[1]

第二次世界大戦前の日本では結核や虚弱体質などにも効果があるとされ、いわゆる万能薬として用いられていたようである。[2]

成分[編集]

成分・分量(成人1日量中・配合はメーカーによって多少の差異がある)

松本製薬工業社製『松葉 正露丸』の例

【主成分】
【添加物】

主成分である日局木クレオソート(木クレオソート)は、医療用医薬品としては歯科領域における鎮痛鎮静や根管の消毒用としてのみ許可されている。一方、一般用医薬品としては、下痢、消化不良による下痢、食あたり、はき下し、水あたり、くだり腹、軟便の効能が許可されている。木クレオソートは強力な殺菌防腐剤であり、高濃度での長時間作用は細胞を破壊し壊死させる性質を持つことから、正露丸の注意書きには「皮膚に付着したらせっけんおよび湯を使ってよく洗ってください」と書かれている。歯科で使用する場合にも、誤って粘膜に触れた場合は直ちに洗浄を行うこととなっている。

このような性質から、正露丸はしばしば「危険な薬」であるという疑惑も多い。実際に腸炎で入院した患者を調べたところ、腸の内壁に正露丸が付着し、炎症が起こっていたという症例報告[3]も少なくない。

木クレオソートの止瀉薬としての作用機序については、まだ完全に解明されたわけではない。しかし、従来考えられてきた消化管内の殺菌によるものではなく、血中に吸収された木クレオソートが腸管の運動を正常化することと、水分分泌を抑制することによるとする説[4]のほうが、現在では有力である(大幸薬品のCMでは「腸の動きを止めずに下痢を抑える」と説明されている[5])。

歴史[編集]

明治のはじめ、日清戦争において不衛生な水源による伝染病に悩まされた帝国陸軍は、感染症の対策に取り組んでいた。陸軍軍医学校の教官であった戸塚機知三等軍医正は、1903年にクレオソート剤がチフス菌に対する著明な抑制効果を持つことを発見する(これに関しては異説もあり、正露丸の元祖だと主張している大幸薬品は、陸軍よりも1年早い1902年に、大阪の薬商である中島佐一氏が征露丸を開発して販売を開始したと主張している)。

ドイツ医学に傾倒していた森林太郎(森鴎外)ら陸軍の軍医たちは、チフス以上に多くの将兵を失う原因となった脚気もまた、未知の微生物による感染症であろうという仮説を持っていた。そのため、強力な殺菌力を持つクレオソートは脚気に対しても有効であるに違いないと考えて、日露戦争に赴く将兵にこれを大量に配付し、連日服用させることとした。ちなみに、当時の陸軍におけるこの丸薬の正式名称は「クレオソート丸」であり、征露丸はあくまでも俗称である。「征露」という言葉はロシアをやっつけるという意味で、その当時の流行語であった。

しかし、まだ予防的投薬という概念も一般には浸透していない時代のことであり、特異な臭気を放つ得体の知れない丸薬は敬遠されて、なかなか指示通りには飲んでもらうことがなかった。そこで軍首脳部は一計を案じ、その服薬を「陛下ノゴ希望ニヨリ」と明治天皇の名を借りて奨励することとした。この機転によって、コンプライアンスは著しく向上し、下痢や腹痛により戦線を離脱する兵士は激減したといわれる。しかし、当然のことながら軍医の期待した、脚気菌(そもそも存在しない)に対する効果は一向にあらわれなかった。戦意高揚を重視してビタミンに欠ける白米中心の美食(当時としては)にこだわった陸軍は、日露戦争においても全将兵のおよそ3人に1人に相当する25万人が脚気に倒れ、27,800人が死亡した。一方で海軍は、早くから脚気が栄養障害に起因する疾患であると見抜き糧食にパンや麦飯を採用し、脚気による戦病死者を一人も出していない(当時はビタミンBが未発見であり、世界に先駆けて脚気の栄養不足説を裏付ける結果となった)。

このように、脚気に対してはまったく無力であったものの、征露丸の止瀉作用や歯髄鎮静効果は、帰還した軍人たちの体験談として多少の誇張も交えて伝えられた。また、戦勝ムードの中で命名の妙も手伝い、「ロシアを倒した万能薬」は多くのメーカーから競い合うように製造販売され、日本独自の国民薬として普及していった。

また、その薬効のあらたかなるところは戦前の日本勢力圏においては広く知れ渡っており、韓国では1960年代から、現地製薬会社(東星製薬)より販売され、知名度が高い。現在もなお台湾中華民国中華人民共和国などアジア諸国からの渡航者の土産物として珍重されているという。

軍の装備品としての配給は、日露戦争終結後の1906年に廃止されたが、その後も継続して常備薬として利用されてきた。2007年には、自衛隊の国際連合ネパール支援団派遣時の装備品として復活している。

日露戦争ならびに第二次世界大戦終結後、国際信義上「征」の字を使うことには好ましくないとの行政指導があり、「正露丸」と改められた。しかし、奈良県日本医薬品製造株式会社だけは、現在も一貫して「征露丸」の名前で販売を続けている。

諸権利の問題[編集]

商標登録と審決取消請求事件[編集]

1954年に、業界第一位で中島佐一の「忠勇征露丸」製造販売権を継承する大幸薬品大阪府吹田市[6]が「正露丸」の名称の独占的使用権を主張し、商標登録を行った。これに対して、クレオソートの製法を独自開発し、物資不足の第二次大戦中も軍に征露丸の納入を続けた和泉薬品工業などが反発し、1955年4月に特許庁に無効審判を請求。しかし、特許庁が1960年4月に登録維持の審決を下したことから、東京高等裁判所に審決取消訴訟を提起。東京高裁は1971年9月に「正露丸はクレオソートを主材とした整腸剤の一般的な名称として国民に認識されており、これを固有の商標とした特許庁の審決を取り消す」と判決し、この判決は1974年3月に最高裁で確定した。

ただし、正露丸の商標権は現在も大幸薬品が保有している(商標登録第545984号)。上記最高裁判決にもかかわらず当該商標登録が存続している事情は明らかではないものの、商標登録は判決によって自動的に取り消しとなるのではなく、改めて特許庁に審判請求を行う必要があるが、例えば、上記判決により正露丸商標が普通名称化したことが判示され、商標法第26条第2号の規定により商標権の効力が及ばないことが明らかとなって所期の目的が達成されたため、敢えて権利を無効化するの審判請求を行わなかったこと等が考えられる。

いずれにせよ、他社がクレオソート剤を正露丸の名で販売しても本商標権の効力は及ばず、権利侵害にはあたらない[7]。「アスピリン」などと同様に、いわゆるパブリック・ドメインとしての地位が確立された、数少ない医薬品のひとつと言えよう。

不正競争行為差止等請求事件[編集]

2005年11月に、パッケージが類似した商品を販売することが不正競争防止法2条1項1号又は2号の不正競争行為に該当すること、及び、正露丸商標の使用が商標権侵害に該当することを理由に、大幸薬品が和泉薬品工業を相手取って損害賠償を求める裁判を大阪地方裁判所に起こした(平成17年(ワ)第11663号)。2006年7月27日、大阪地裁は請求を棄却。大幸薬品はこれを不服として、同年8月7日大阪高等裁判所控訴したが、大阪高裁も一審判決を支持。さらに上告したものの、2008年7月4日に最高裁第2小法廷で上告不受理となり、敗訴が確定した。

この判決では、正露丸が普通名称であることが再確認された。ただし、判決においては「ある表示が普通名称であるか否かは,もっぱら需要者(取引者及び一般消費者)の認識に関する問題であるといえるから,ある時期において普通名称であるとされた表示であっても,その後の取引の実情の変化により特定の商品を指称するものとして需要者に認識され,出所表示機能を有するに至る場合があり得ないわけではないというべきである。」と、一度普通名称化したと判断されてとしても、再度出所表示機能を獲得する可能性があるので、取引の実情の変化に応じて判断すべきとした上で、普通名称化したか否かを検討している。

脚注[編集]

  1. 虫歯の齲窩に直接詰めて使用するが、歯髄が壊死することによって痛みが治まるだけであり、根本的な治療にはならない。また、そのまま放置すると感染が根尖部に広がり、悪化してしまうが、大幸薬品自身はこれを全く考えていない。
  2. 町田忍「マッカーサーと正露丸」
  3. ただし、これは日常的に大量の正露丸を服用していた患者の例であり、通常の用法用量を守って使用した結果ではない。
  4. 木クレオソートの止瀉作用についての新しい知見
  5. 大幸薬品のCMギャラリー
  6. 全くもって自業自得ドマヌケな会社である
  7. ただし、#不正競争行為差止等請求事件に記載の通り、今後の状況の変化により、再び出所表示機能を獲得し普通名称ではないと判断される可能性はある。

外部リンク[編集]