国際科学技術博覧会

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国際科学技術博覧会 会場

国際科学技術博覧会(こくさいかがくぎじゅつはくらんかい、英語表記“The International Exposition,Tsukuba,Japan,1985”通称「つくば博」・「科学万博」・「つくば'85」・“TSUKUBA EXPO '85” など)は、主に茨城県つくば市御幸が丘(当時:筑波郡谷田部町御幸が丘)で、1985年3月17日から同年9月16日までの184日間にかけて行われた国際博覧会である。筑波研究学園都市のお披露目をかねており、「TSUKUBA」の名を国内外に知らしめた。

概要[編集]

1981年4月22日に『「国際博覧会に関する条約」に基づく特別博覧会』として登録され開催が決定し、財団法人国際科学技術博覧会協会が主催となって行われた。

人間居住環境科学技術Dwellings and Surroundings - Science and Techonology for Man at Home)」を博覧会統一主題(いわゆる「テーマ」)とし、日本国を含む48カ国と37の国際機関が参加した。総入場者数は、2033万4727名で、当時の特別博覧会史上最高入場者記録だった。会場面積は101.6ヘクタール

組織[編集]

シンボルマーク[編集]

宇宙」・「地球」・「人間」・「科学」・「芸術」などの未来像をイメージして作られたという。 形は、青地の三角形の中に白丸と2個の輪が描いた形のものが使用された。 三角形の頂点は「筑波の山々」を表し、3つの角は、「人間」・「居住」・「環境」を、白丸は「太陽」を、2つの輪は「人間」と「科学」を表す。 田中一光作。

マスコット[編集]

マスコットキャラクターは「コスモ星丸(ほしまる)」。1981年から1982年にかけて、日本全国の小中学生から公募され、当時愛知県一宮市に住んでいた中学一年生の女子生徒が未確認飛行物体(UFO)をイメージして描いたものに、選考委員だった和田誠が仕上げを加えたものであるという。なお当初は「ピコちゃん」という仮称が付けられていたが、アンケート調査などを経て正式名が決定した。

入場料[編集]

  • 入場当日発売入場券
    • 大人:2700円
    • 中人:1400円
    • 小人:700円
  • 前売入場券(2割引)
    • 大人:2160円
    • 中人:1120円
    • 小人:560円
  • 夜間入場券(午後4時以降入場)
    • 大人:1400円
    • 中人:700円
    • 小人:400円
  • 回数券(5回分)
    • 大人:12000円
    • 中人:6000円
    • 小人:3000円

会場[編集]

第一会場(メイン)
茨城県つくば市御幸が丘(当時:筑波郡谷田部町御幸が丘)。現在は筑波西部工業団地、科学万博記念公園
第二会場(サブ)
茨城県つくば市吾妻(当時:新治郡桜村吾妻)二丁目9番地。現在はつくばエキスポセンター

開催中の様子[編集]

会場アクセス[編集]

つくば科学万博の交通 を参照

パビリオン[編集]

第一会場

Aブロック[編集]

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いばらきパビリオン
  • 「いばらきパビリオン」
    • 茨城県のパビリオン。
    • テーマは「今、新しい未来のために-自然・科学・人間」。
    • 建物は、白く2つの山型をしている。会場からも見る事ができた茨城県のほぼ中心に位置する山「筑波山」をモチーフに作られた。
    • 内容は、1/4球スクリーンに茨城県の代表的な風景を上映した茨城県のPR的なものの他、特産品売り場、おまつり広場があった。
    • マスコットはカエルの「ぴょん太」
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滝の劇場 三井館
  • 「滝の劇場 三井館(MITSUI WATER THEATER)」
    • 三井グループのパビリオン。
    • テーマは「人と科学、人と自然、そのすばらしい関係」。
    • 白い鉄骨で覆われた建物の中心から、スカイブルーで塗られた二本の円錐が空に向かって突き出ていた。設計は黒川紀章
    • 内容は、1台21人乗りのライドに乗り、各ステージを移動。ハイライトは高さ7メートル・幅40メートルの人工滝のスクリーンだった。滝に映る画像は鮮明ではなかったが一斉に流れる水は爽快だった。滝のスクリーンでのハイライトは主人公が危機を迎える場面で、人力飛行機を操縦するロボットに向けてプログラムされていない行動に目覚めさせるために観客が一斉に笛(勇気の笛)を吹く。このために入り口で観客全員に4種類の笛がランダムに一人1本ずつ渡されていた。館内の音楽は三枝成彰が担当。オリジナルサウンドトラックが出口脇の売店で販売されていた。
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住友館 3D-ファンタジアム
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住友館 天井に吊ってあったエリカの像
  • 「住友館 3D-ファンタジアム」
    • 住友グループのパビリオン。
    • テーマは「自然への愛・人間への希望」。
    • 建物は、ミラー張りの建物に黄色いフレームが突き出ていた。立体の黄色いフレームが空中に浮かんで見えると当時、反響を呼んだ。設計は福田繁雄
    • 少女「エリ力」と犬「ボゾ」の冒険を描く偏光方式の立体映像「大地の歌」が上映された。メインテーマ「空に会おうよ」は作詞矢野顕子、作編曲・坂本龍一、歌・モモ(やまがたすみこ)。レコードはパビリオン内でも販売していた。
  • 「ガスパビリオン」
    • 日本ガス協会のパビリオン
    • テーマは「火・食・くらし」。
    • 正面から見ると白く縁取られた6つの緑、青のシリンダーを模した円からなる建物だった。建物の近くには、中心部で火の玉が燃えている高さ25mのシンボルタワー「炎の樹」が建っていた。
    • パビリオン内のエネルギーは、全てガスで賄っていた。
    • 内容は、20m×20mのスクリーンで見る火、食に関する映像とマジックショー「ガスオンステージ」またガスを存分に使ったレストラン「ガス燈」があった。
    • ガスパビリオンは、後に「国際花と緑の博覧会」「愛・地球博」にも出展している。
  • 「EXPO'85日立グループ館
    • 日立グループのパビリオン。
    • テーマは「Interface-技術と自由な対話」。
    • 建物は、白い帽子のような形だった。客席は回転式フロアーなので中心は円柱型になっている。
    • フロアーは4分割された円形劇場「インターフェイス・シアター」。客席は5分ごとに90度ずつ回るようになっており、20分で4つの劇場を見る事ができた。4つの劇場はアプローチ劇場/第一劇場/第二劇場/第三劇場となっており、第三劇場は偏光方式の立体映像だった。
    • その他、待ち時間の解消に切符型の予約券を発行していた。現在のディズニー・ファストパスと同様の方式である。
    • 同館のコンパニオン(女性スタッフ)は、全員が日立製作所の正社員だった。
  • 「東芝館」
    • 東芝のパビリオン。
    • テーマは「ヒューマン エレクトロニクス」。
    • 建物は赤い鉄骨で覆われ、中央に大きくかかれたTOSHIBAの文字が印象的だった。設計は黒川紀章
    • 秒間60コマというテレビ並みの映像が観られる「ショウスキャンシアター」で「Let's Go!パル」が上映された。とある科学研究所にやって来た少年ヒロシが、人間と同じような感情を持ち、英語やドイツ語なども話せるひょうきんなロボット「パル」の案内で所内を探検する物語だった。その他、巨大なプロッタやコマ芸をするロボットなどが展示されていた。
ファイル:Expo85 ucc2.jpg
UCCコーヒー館
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UCCコーヒー館のステージ
  • 「UCCコーヒー館」
    • AブロックUCC上島珈琲のパビリオン。
    • テーマは「good day! nice friends!」。
    • 白い大小2つのピラミッド型の建物が建ち、間にステージがあった。
    • 内容は、ステージで繰り広げられる各国からのダンスショー。カフェがありコーヒーが飲めた。
  • その他外国館など

Bブロック[編集]

  • 「でんでんINS館」
    • 日本電信電話公社(万博会期中の、1985年4月1日より日本電信電話)のパビリオン。
    • テーマは「INSがひらく夢のあるくらし」。
    • 立方体の上にかまぼこ型の屋根が乗っている建物だった。
    • INSとは、“Information Network System”のことで、NTTにおけるISDNのサービス名称である。役者とコンパニオンが「もしも明治時代にINSがあったなら」という漫才仕立てのショーを行っていた。また、テレビ会議などが体験できた。電話会社らしく各地をオンラインで結び会場と中継をしていた。
  • 「講談社ブレインハウス」
    • 講談社のパビリオン。
    • テーマは「宇宙、人間、未来」。
    • 一部重なった2本の円柱が垂直に立っている形の建物で、左脳と右脳の2つの脳を表現していた。
    • 孫悟空がモデルのマスコットキャラの案内で、人間の脳内を巨大スクリーンで旅する内容だった。
  • 三菱未来館
    • 三菱グループのパビリオン。
    • テーマは「すばらしい地球・人間」。
    • 建物は、大小2つの三角柱を組み合わせた独特の形で、外側に大きくせり出した外壁のミラーが特徴的だった。
    • 2030年をイメージしたパビリオン内を、50人乗りのライド「みつびし21」に乗ってまわることができた。
    • 総合演出は田中友幸、音楽は羽田健太郎が担当。
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日本アイ・ビー・エム館
  • 「日本アイ・ビー・エム館」
    • 日本IBMのパビリオン。
    • テーマは「科学する心育む-21世紀への遺産」。
    • 建物は、□の上に△が○を囲むような形で建っている。「□△○」がキーワード。配布していたパンフレットにも大きく描かれていた。設計は黒川紀章
    • 内容は、全天周ドームスクリーンによる映像。「ゲームパーク」があり、当時はまだ一般的ではなかった「パソコン」に直接触れて遊ぶことができた。
    • ノーベル物理学賞受賞の、江崎玲於奈が監修。
  • 「鉄鋼館」
    • 日本鉄鋼連盟のパビリオン。同様の名前で大阪万博にも出展していた。
    • テーマは「永遠なる鉄と人間」。
    • 建物は、中央の鉄塔から伸びる鋼線で展示ホールをつり上げる独特の形だった。
    • 偏光方式の立体映像「人間と鉄-この永遠なるもの」を上映。野球やサッカーのボールが観客に向かって飛んでくる映像は迫力があった。
    • なお、昭和天皇が来館した際、先述のボールなど刺激の強い映像については、敢えて立体では見えないように編集して上映された。
  • 「くるま館」
    • 日本自動車工業会のパビリオン。
    • テーマは「自由なモビリティを求めて」。
    • 建物は、円柱の周りをスパイラル状にチューブが巻き付いている形だった。夜になると円柱をスクリーンに見立てて自動車シルエットなどが映し出されていた。
    • 4人乗りのライド「スペースライダー」に乗り外周部のチューブの中から会場を一望、建物内部に入って氷原、大草原、砂漠のドライビング映像が楽しめた。
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富士通パビリオン
  • 「富士通パビリオン」
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TDKふしぎパビリオン
  • 「TDKふしぎパビリオン」
    • TDKのパビリオン。
    • テーマは「科学する心・創造する心」。
    • 象を形取った建物だった。
    • 内容は、11m×21mのスクリーンに「感覚の旅・科学の眼」を上映。各種動物や昆虫の目から見た風景などが描かれていた。総合プロデューサーは畑正憲
  • 「松下館」
    • 松下グループのパビリオン。
    • テーマは「日本人と日本文化の源流を探る」。
    • 最先端技術で古代の文化を説明する、前方後円墳を模した建物だった。
    • 3m×12mの液晶ディスプレーに「日本人のふるさと」を上映。その他似顔絵ロボットが設置され、抽選で当たった人か似顔絵をプレゼントされていた。
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芙蓉ロボットシアター

Cブロック[編集]

Dブロック[編集]

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SONYジャンボトロン
  • 「SONYジャンボトロン
    • ソニーのパビリオン。
    • テーマは「夢は大きい方がいい」。
    • 縦20メートル・横40メートルの2000インチ超巨大テレビの形をした建物。
    • 内容は、各種映像の表示。会場風景、TV番組、ゲーム画面などを写していた。
    • 同社から発売されていたMSX版「ロードランナー」のゲーム大会も行ったこともある。
    • 1984年NHKゆく年くる年で、いち早くお披露目された。
  • 「エキスポプラザ」
    • 日本政府出展のパビリオン。
    • ゲイラカイトのような形の屋根をもつ、収容人数5000名の催事場施設である。
    • 開会式など各種イベントに使われた。

Eブロック[編集]

  • 「テーマ館」
    • 日本政府出展のパビリオン。
    • テーマは「人間・居住・環境と科学技術」。
    • 高さ42メートルの透明なシンボルタワーと「我が国土」がテーマのA館と「我が暮らし」がテーマのB館の2棟からなるガラス張りの建物だった。
    • 13m×20mのスクリーンを使っての日本の四季、国土の映像を上映。展示では、加藤一郎 (ロボット研究者)住友電気工業の共同開発による譜面を読み取ってエレクトーン演奏をするロボット「WASUBOT」やトマトジャガイモを掛け合わせた「ポマト」などが注目を集めた。
  • 「歴史館」
    • 日本政府出展のパビリオン。
    • テーマは「日本の科学技術のあゆみ」。
    • U字型の白い建物だった。
    • 日本の技術発展の歩みを展示。弥生時代の農機具、明治時代作られた国産の蒸気機関車発電機、現代のエレクトロニクスまで展示されていた。
  • 「こども広場」
    • 日本政府出展のパビリオン。
    • テーマは「科学する心を育む」。
    • 機械仕掛けの動物で遊べる「メカ動物園」、全長270mの中に無響エリア、反響室エリア、無限の合わせ鏡エリアなどがある「おもしろチューブ」、タイルで作った直径40mの10万/1の「日本地図」、ドアだけが沢山建っている「ふしぎの庭」、コスモ星丸で描いたアインシュタイン、噴水、日時計などがあった。また、コミュニケーションロボット「つくばたろう」と「つくばはなこ」がここでガイドをしていた。

Fブロック[編集]

  • 「エレクトロガリバーの冒険-電力館」
    • 電気事業連合会出展のパビリオン。
    • テーマは「エネルギーそして未来」。
    • 鉄塔からワイヤーで大小25のテント屋根を吊っている建物だった。設計は黒川紀章
    • 3人乗りのライドに乗り、自然、化石、原子力の各エネルギーのテーマを体験する内容で、エネルギーや電気についての知識が得られた。
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テクノコスモスの観覧車
  • 「テクノコスモス」
    • 京セラ泉陽興業ローランド文化シヤッターフジキンエスペックのパビリオン。
    • テーマは「超と極の世界」。
    • 85メートルにもおよぶ、当時世界一の大きさの大観覧車がメインの建造物だった。
    • 観覧車では約15分の空中散歩が楽しめた。ゴンドラ中で、スニッカーズ状の「宇宙食」(コズミックスナック)で食事もできた。隣の展示館では科学ショーが楽しめた。
  • 「ダイエー館 詩人の家」
    • ダイエーのパビリオン。
    • テーマは「人みな詩人、物みな光る」。
    • 半地下式板張りのピラミッド型建物で、階段状の屋根は3600名が休める巨大ベンチとなっていた。
    • 直径16mのドームスクリーンで詩が朗読や映像で表現されていた。

Gブロック[編集]

ファイル:Expo85 nec.jpg
NEC C&Cパビリオン
  • 「NEC C&Cパビリオン」
    • NECのパビリオン。
    • テーマは「Man and C&C いつでも どこでも だれとでも」。
    • 直径32メートルの巨大パラボラアンテナがある建物だった。
    • 出し物は観客参加型の映像シアター。タッチパネル式のクイズやゲームが展開され、観客の選択でストーリーが分岐するものだった。
    • 朝日新聞東京本社から一日二回、通信衛星「さくら2号」を経由して「つくば衛星新聞」を発行、配布した。
    • 入館者には「宇宙飛行士認定証」が配られた。
    • コンパニオンは20~25歳までの55人。制服は白抜きの牡丹をあしらった木綿藍染めのスーツ。うち45人が閉幕後NECに入社して事務職に就いた。
  • 「みどり館」
    • 三和グループのパビリオン。
    • テーマは「世紀を開くバイオテクノロジー」。
    • 建物は、緑と白の球が重なり、細胞融合を表していた。
    • 5面のマルチスクリーンにSFファンタジー「バイオ星への旅」が上映されていた。館内ではDNAなどの解説本「バイオ読本」が売られていた。
  • 「燦鳥館(さんとりーかん)」
    • サントリーのパビリオン。
    • テーマは「鳥たちのいのち、私たちの明日」。
    • 建物は、カテナリー曲線を天地替えしたドーム型。カテナリー曲線とは鎖の両端を持って吊り下げて生じる曲線である。
    • 内容は、26m×35mのスクリーンを使って自然とカナダグース(シジュウカラガン)、飛行機のアクロバット映像などの「空のかなたへ」。その他200羽の鳥がとまった木を使った鳥のコーラス、噴水ショーがあった。
  • 「集英社館」
    • 集英社のパビリオン。
    • テーマは「遺跡と人間-その生命の詩」。
    • 建物は、巨大な仏像やオルメカの戦士像等、世界各国の古代遺跡の一部を集めた彫刻で彩られていた。
    • 16m×23mのスクリーンを使って世界の遺跡を紹介。展示では大英博物館の古代エジプトのミイラが日本初公開として公開された。
    • 建物は開幕半年前には完成していて、おまけに目立つものであったので、世界中に科学万博を印象付けた功績は大きい。
  • 「健康・スポーツ館」
    • デサントスズケン大塚製薬3社のパビリオン。略称「健スポ館」。
    • テーマは「健康とスポーツを科学する」。
    • 黄色の3つの建物を間に立つ白い柱から伸びたワイヤーが支えるような建物だった。
    • 42面の動くスクリーンを使っての「THE BODY」と、17m×23mのスクリーンでの「BREATHE」の2つを上映。その他、健康、スポーツ、科学に関する3社の展示があった。観客動員数は、パビリオンの中では最大だった。
  • 「KDDテレコムランド」
    • 国際電信電話のパビリオン。
    • テーマは「ふれあい・今グローバル」。
    • パラボラアンテナを持った通信衛星型のゴンドラを持った50度の傾斜角を持つ観覧車と、壁面に世界地図が書かれた建物があった。
    • 観覧車の他、3面のスクリーンを使って海底ケーブル探検映像や昭和基地との中継、他には国際電話をかけることもできた。
  • 「ハートピア・自然の美パビリオン」
    • 三金会のパビリオン。
    • テーマは「自然-造型の秘密」。
    • 垂直に立つ円柱に屋根を立てかけたような形状の建物だった。
    • 中は「バードアイ・シアター」と銘打たれ、スクリーンを観客が見下ろす形の劇場で、鳥の親子が空を旅する光景が巨大スクリーンに映し出された。
  • その他、以下の各国・各団体のパビリオンがあった。
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外国館の前にあった大仏

会場内交通機関[編集]

関連企画[編集]

  • ラジオきらっと - 交通情報や会場情報などの提供のため、開催期間中開設されたイベント放送局。コールサイン:JO2C、周波数:855KHz、送信出力:1kw。主に文化放送アナウンサーがDJをした。交通情報を知らせるメロディーも当時の文化放送と同じ音楽を使用していた。FMではなく中波(AM)ラジオだった。
  • EXPOスクランブル - TBSテレビで放送されていた番組。
  • TV WAR - 1985年9月15日に行われたパフォーマンス。当時世界最大を誇った巨大モニター「ジャンボトロン」を使用した。コンセプト・浅田彰、映像・RADICAL TV原田大三郎庄野晴彦)、音楽・坂本龍一という、当時のサブカルシーンの最先端を走っていた面々が集結し制作された。当日は激しい雨が降り、坂本は仮設テントの中で演奏を行った。この模様が収録された同名の映像ソフトがVHS版で1985年に発売され、2005年にはDVDでの復刻版も出ている。

博覧会終了後[編集]

会期終了後、メイン会場跡地は工業団地(筑波西部工業団地)に転用され、Dブロック跡地には「科学万博記念公園」が設立された。

桜村(現つくば市)吾妻の第二会場は、翌1986年4月17日にメモリアル施設である「つくばエキスポセンター」として整備・開設され、現在に至っている。

博覧会終了後のパビリオン[編集]

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筑波研究学園専門学校2号館(万博記念館)
科学万博のソ連館を移築したもの
  • 「ソビエト連邦館」は、筑波研究学園専門学校の2号館校舎「科学万博記念館」として再利用された。
  • 国際連合平和館」は、博覧会終了後の1986年3月、日本初の爆破解体により取り壊された。
  • 「エキスポプラザ」は博覧会終了後も残す予定だったが、解体業者が誤って屋根を支える柱を1本壊してしまったため、やむを得ず予定を変更して解体された。

その他[編集]

つくば博関連の曲[編集]

  • 公式のテーマ曲
  • 各パビリオンのテーマ曲
    • 「We will be one someday」(「日本政府館」のテーマ曲)
    • 「The Fantasia Of Falls」(「滝の劇場・三井館」のテーマ曲)
    • 「空に会おうよ」(「住友館 3-D ファンタジアム」のテーマ曲・作詞:矢野顕子・作曲・編曲:坂本龍一・歌:モモ)
    • 「Fly to tha future,Spaceship C&C!」(「NEC C&Cシアター」のテーマ曲)
    • 「Tsukuba EXPO'85 Suntory Pavilion -Bird Chorus-」(「燦鳥館」のテーマ曲)
    • 「すてきなラブ・パワー」(「電力館」のテーマ曲)
    • 「詩人の家」(「ダイエー 詩人の家」のテーマ曲)
  • その他

オフィシャル・エアライン[編集]

日本航空が「オフィシャル・エアライン」となり、ほぼ全ての機材に博覧会のロゴマークを入れて運行した他、多くのパッケージツアーを主催した。場内で運行されていたHSSTも日本航空と名古屋鉄道の共同開発によるものだった。なお、この期間中の1985年8月12日日本航空123便墜落事故が発生している。

つくば博を舞台とした作品[編集]

  • サザエさん - つくば博開催期間中、番組のオープニングで、サザエさんが東芝館に来ていた。当時『サザエさん』は東芝の1社提供だった。
  • 魔法の妖精ペルシャ - 原作が集英社から刊行されていたことから、第39話『科学博カッパ騒動』はつくば博を舞台としている。
  • ゴルゴ13 - 66巻『シーザーの眼』の舞台になっている。

その他[編集]

  • TOP番号「AA000001」の入場券は、つくば博名誉総裁で当時皇太子だった今上天皇に献上された。
  • つくば博を協賛した1984年の「年末ジャンボ宝くじ」は、売り上げが850億円で、当時の史上最高売上額だった。
  • 郵政省は「ポストカプセル2001」というサービスを行った。これは、科学万博郵便局内に設置した専用ポストへ投函したかまたはポストカプセル郵便であることを明記した手紙が、21世紀最初の元日である2001年1月1日に届く、というもの。当日には、326万636通の郵便物が配達された。配達までは筑波学園郵便局で保管された。
  • 「NEC C&Cパビリオン」内には、画面に映し出された隕石を射撃して打ち落とすというバーチャルコーナーがあった。当時の内閣総理大臣だった中曽根康弘は、「僕は昔、海軍士官だったからね。」と言い「A判定」を出したと、同パビリオンの館長が語っている。
  • 『鉄鋼館』の映像ホールの立体映像は、偏光メガネをかけて見るものだったが、昭和天皇の来場時には、映像による刺激緩和のため、偏光メガネをかけずに見たという逸話がある。
  • 会場内には1700基のトイレが設置された。
  • 会場内の火災は、ゴミ箱の焼損が5件、倉庫の半焼が1件、電気配線接触部の加熱による建物の部分焼損が1件、演出用モーターの加熱による建物の部分焼損が1件の計8件だった。
  • 会場内での刑法犯罪発生件数は、222件だった。
  • 会場内での急病人発生件数は、25705名で、うち博覧会従業員は9975名だった。救急車出動件数は1273件で、1307名が付近の病院に搬送された。
  • 国鉄列車「エキスポドリーム号」は宿泊需要に応える車中泊サービスだったが、通常の寝台列車として見た場合『わずか2駅しか移動しない寝台列車』であることから鉄道ファンの間からも興味深いものとなっている。
  • 夜になるとシンボルタワーの屋上から赤・緑・青のレーザー光を夜空に向けて発射していた。
  • ガスパビリオンのシンボル「炎の樹」はガス供給による燃焼であるが、寒い時期には暖を取る人もいたという逸話がある。
  • 会場内限定のスクラッチ_(宝くじ)が定期的に発売された。
  • この科学博覧会の仕掛人は、元通産省技官で当時は科学技術庁研究調整局長(1983年6月~)で、科学博でも政府館総館長を務めた福島公夫(のちつくば科学万博記念財団理事長)。
  • 万博に関する貴重な資料が、現在でも筑波山神社の保存専用蔵に保管されている。通常は一般非公開であるが、2006年に「出没!アド街ック天国」でつくばが特集された直後に、期間限定で一般公開されたことがある。また、東ゲートにあった「宇宙の卵」が神社敷地内にある。

参考資料[編集]

  • 国際科学技術博覧会公式ガイドブック(国際科学技術博覧会協会, 1985.3)
  • 国際科学技術博覧会公式記録(国際科学技術博覧会協会, 1986.6)
  • 国際科学技術博覧会茨城県公式記録(茨城県国際博協力室,1986.3)
  • 国際科学技術博覧会茨城県公式記録写真集(茨城新聞社出版センター.茨城新聞, 1986.3)
  • 国際科学技術博覧会政府公式記録(科学技術庁, 1986.3)
  • EXPO'85日本政府出展施設(国際科学技術博覧会協会, 1985)
  • BIRDS-I-VISION 自然-造型の秘密(三金会つくば科学博出展委員会, 1985.3)
  • エレクトロ・ガリバーの冒険・電力館EXPO'85の記録(電気事業連合会, 1985.11)
  • 「科学万博つくば'85」建築の記録(日本建築学会, 1985.6)
  • コンパニオン らくがき帳(日本電気文化センター, 1985.12)
  • くるま館記録集(日本自動車工業会, 1986.3)
  • Tsukuba Expo'85公式記録写真集(国際科学技術博覧会協会, 1986.6)
  • Tsukuba EXPO'85催事写真集(国際科学技術博覧会協会催事部, 1985.10)
  • 昭和ニッポン 第23巻(昭和59-61年・1984-1986)(講談社, 2005.6)DVD book
  • つくば科学万博クロニクル(洋泉社,2005.1)

外部リンク[編集]

関連サイト[編集]