未来工業

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未来工業株式会社は、電気設備資材、給排水設備およびガス設備資材の製造販売を行う会社。

劇団が前身で残業ゼロ経営を標榜している。創業者・山田昭男は相談役を務める。2006年9月21日をもって、純粋持株会社であった未来株式会社を吸収合併し、未来グループ各社を統括する事業持株会社となった。

ホワイト企業の代表格

厚生労働省から「日本一休みが多い会社」として表彰されている会社だ。

創業者の山田昭男氏は2014年7月30日、多臓器不全で死去した(享年82歳)。山田氏は若い頃、岐阜県大垣市を拠点に演劇活動を行い、劇団「未来座」を立ち上げた。1965年、劇団仲間4人とともに未来工業を設立して社長になった。

社員の自主性に任せたほうがうまくいくと考え、休日を増やしながら生産性を向上させる仕組みをつくるなど、その経営手法は型破りなことで知られた。1日7時間15分労働。残業禁止で仕事の自宅への持ち帰りもダメ。営業のノルマはない。上司に対するホウレンソウ(報告・連絡・相談)もやらない。

上司が部下に、自分のやり方を押し付けることも禁止だ。いちいち上司にお伺いを立てていると自由な発想も自主性もなくなるからだという。社員がヤル気を出して働けるように休日は年間140日(有給休暇は除く)、年末年始は20連休。

お客に怒られても休みを取るというのが未来工業の流儀である。70歳定年で従業員805人は全員が正社員。平均年齢44・2歳、平均勤続19年7カ月、平均年間給与624万円である。

それでいて増収増益街道を快走中だ。電気設備や給排水設備資材は壁の裏側や床下に取り付けられるため、人目にあまり触れない。他社と同じものを手掛けていては価格競争に巻き込まれてしまうため、ニッチの商材に特化して商品数は2万点。

独自商品が多い分だけ利益率は高い。2014年3月期の売上高は前期比12%増の352億円、営業利益は同32%増の51億円。売上高営業利益率は14.5%、自己資本比率は77.2%という優良企業だ。

創業者・山田昭男の方針

  • 製造業なのに制服がない。以前支給していた制服は事務系と工場の社員とで違っていた。ある時、工場の女性から「デザインがださい」と不満が出た。耳にした山田さんが「じゃあ、やめよう」。代わりに作業服代として全員に毎年1万円支給することに。社員は店で作業服を買ってもいいし、私服のままでもいい。
  • 上司が社員に求めるホウレンソウ(報告、連絡、相談)も禁止だ。ある時、営業部で抜擢されたばかりの管理職が、個々の売り上げを棒グラフにした表をはり出した。それを山田さんが見つけた。「なんで必要なの。トップセールスマンは優越感を持っても、他の社員は会社に出てくるのが嫌になる」。会社につきものの朝礼も「管理職の自己満足にすぎない」と、どの部署でも行われていない。
  • 全社員で海外旅行、震災時にはその旅費を寄付。全社員を対象にした海外への社員旅行は5年ごとに実施しており、次回は来年2月、イタリア世界遺産などをめぐる予定。約2億円の旅費は全額会社が負担
  • この旅行で撮影した写真でコンテストを実施し、優勝者には「会社設立の権利」が与えられる。新事業を提案して役員会で認められれば、社内プロジェクトで始め、将来的には独立資金などを全面サポートする。
  • 電気設備資材メーカーの未来工業(岐阜県輪之内町)は17日、東日本大震災の被災地に義援金1億円を送ると発表した。7月に予定していたマレーシアへの社員旅行を中止し、その旅費を義援金に充てる。
  • 徹底した節約経営。会議室などの蛍光灯には一本一本から点・消灯のひも。蛍光灯1本1本の担当者が決まっており、こまめに消す。約300人が働く本社地区のコピー機は1台だけ。
  • やる気とアイデアを引き出す「社内提案制度」。社内提案制度で、ちょっとしたアイデアにも奨励金を支給。
  • 同社の意匠登録件数は大企業を押しのけて、毎年上位にいる。2008年は東芝ソニーの上の8位だった。
  • 社員食堂ではご飯は、硬め、標準、やわらかめがある。社員が好きなものを自由によそえる。社員の要望から生まれたサービスで、食べ残しが減った。

発言

  • おやじの会社で17年働いて退職金ゼロ。堅い勤め人をやったこともないし、やれるとも思わなんだ。そこで劇団仲間4人で起業したのが「未来工業」。資本金50万円。1965年、33歳だった。借りた民家の土間にコンクリートを打って工場に。製品はおやじの会社と同じ電気設備資材。射出成型機1台を入れて毎晩遅くまで働いたよ。やってた劇団は「未来座」。おやじの会社「山田電線製造所」の専務だった。いずれ社長と思うだろ。気楽さもあって演劇に熱中しとったら、「道楽者は置いてけん」とクビや。で、退職金もなし。製品開発でおやじと衝突もあったんやけどな。まず電線を分岐する器具(透明ジョイントボックス)を作った。業界1位は天下の松下電工(現パナソニック)。「よそにはない一工夫を必ず加えよう」。合言葉の「常に考える」はここからスタートした。
  • うちは創業以来赤字なし、最高22%、平均13%の経常利益率を維持してきた。「常に考える」組織風土をつくり、みんなで頑張ってきたからこそ、と思っている。ところが日本人には横並び志向があり、伸びきれないケースが多い。人も、組織も。学校教育について考えてみたい。例えば給食や制服。これは「一律化」ということだが、弁当や自由服だったら、違いや差は自然に表れる。貧富を含め、社会の事実。それに接してどうするかが工夫や努力や。最近は運動会で徒競走をなくしたり、走力別に分けて走らせたりすることがあるそうだが、それは、考えるな、競うな、ということ。だが、社会は百パーセント競争や。昨今問題となっている「いじめ」には横並び主義が横たわっていないか。
  • 人をコスト扱いしたくないから全員を正社員で雇う。頑張るために、面白いモノをつくるために労働時間を短くする。思いつくことは自由にやろう。やって駄目なら元に戻せ。挑戦しての失敗ならよし。任せるから全員が持ち場で腕を上げろ。減点主義ではなく加点主義。社長の役目は戦略、社員は戦術立案と実行。これが、電設資材という建築現場でありふれたモノをつくる普通の企業の生きる道ということや。なぜ、管理しないで社員に任せきるかって? おれがバカだからや。経営者はそこを間違えたらあかん。先頭に立つな。
  • 「日本人の正直さを信じとる」経営者ではあるけれど営業も随分やった。売ることには自信がある。なかでも沖縄営業。本土復帰から10年の1982年から17年間は社長兼沖縄営業マンやった。初めはすべて飛び込み。買う、買わないにかかわらず、1~2時間話し込んだ。ネタは沖縄の芸能。舞踊や民謡など沖縄の文化は興味深い。勉強しておいて、その素晴らしさを話すんや。おれ自身、沖縄文化が好きだから熱が入る。向こうも喜んでくれる。そんなこんなで「おれ」「おまえ」の仲になれた。分野ごとに手書きのカードを作り、沖縄学習に励んだよ。沖縄営業所開設の経緯が面白い。現地の別々の得意先筋の社員2人がうちの会社への入社を企てた。うわさを聞いた別の得意先の女性社員も「私も」と加わった。気づいた時には倉庫と看板が用意してあった。仰天してOKしたといういきさつや。
  • おれのことを「性善説経営」という人がいるが、性善説というよりは日本人の正直さを信じとる、ということかな。前回、お得意さんに商品倉庫の鍵を渡した話をしたが、うちは守衛もいないし、タイムカードもない。出張だって社員が自主的に企画する。「○○君、きょういないけど」というのは珍しくない。うちの食堂は、定食類も麺類もカレー類も全部357円。うち200円は会社持ち。社員が自分で1カ月分の食べた回数を届け出て精算する。ごまかそうと思えばできるのにぴたりと合うんだよ、何百人分もの数字が。一般家庭でも窓も玄関も開けっ放しにしといたら、案外泥棒に入られないかもしれんよ。がつがつ守ると、入る方も裏をかこうとする。人間、そんなもんかもなあ。日本人には生まれつき、まじめで正直な遺伝子があると思うんや。
  • 「社員をいかに“やる気”にさせるかで会社は決まる」うちは年末年始は20日間、ゴールデンウイークや8月は10日続けて休む。ある年の11月、4日間の海外社員旅行と前後の休日、さらに祝日を加えて計16日間も休むことになった。そこでどうしたか。全国3000のお得意さんに商品倉庫の鍵を渡した。「どうぞ勝手に持ってってください」と。そうしながらも社員は恐れた。「何が起きるか分からない。持ち出した数よりも少なく伝票に書かれることだって……」。でも、ふたを開けたら3社しか取りに来なかった。「数が合わなかった場合、疑われたらいやだから」。そんな理由やった。社員は社員で、取引先は取引先で、疑いの心があったんやが不正はなく、この月は創業以来最高の売り上げを記録した。
  • 社員旅行は、国内は毎年、海外へは5年に一度、全額会社持ちで行っとる。去年はクフ王ピラミッドを借り切ってエジプトへ行く予定やったが、政情不安でやむなく中止。マレーシアに行き先を変えたが、うちの茨城工場や仙台支店も被災した東日本大震災が起きて、これも中止。費用に充てるはずだった1億円は被災地に寄付した。企画は社員主導で、有志で委員会をつくる。去年は現地で50問のクイズを出し、全問正解すると「180日の特別有給休暇」がもらえるはずやった。本来の休みと有給休暇を合わせれば丸々1年休めるわけや。創業2年目、まだ月商150万円のころに「1億円を超えたら海外に遊びに行こう」と約束したのが海外旅行のきっかけ。約束から8年後の1974年に社員約50人で台湾に行った。
  • 社員をいかに「やる気」にさせるかで会社は決まる。やるのは、社長やなくて社員や。うちは7時間15分労働、年間休日140日に加え、給料は地域上位に設定し、年功序列、全員正社員、70歳定年。成果主義、パート・派遣社員は採用しない。なんでかって?やる気のもとになると思うからや。餅を先に配るわけや。待遇が悪くて仕事は正社員と同じ。それでやる気になるか?必死に技術を覚えるか?ちゃんと条件を整えりゃあ、「働かんと申し訳ない。頑張ろう」って思うやろ。それが日本人の心やと思う。60歳を頂点に給料は下げんから、65歳時の平均年収は約700万円。育児休暇は3年(何度でも可)、スキルアップのための勉強代は会社が補助。気持ちよく、しっかり働いてもらう。社長の仕事は環境整備。それで稼いで、みんなで分けることや。
  • 「会社は社員を幸せにする場や」会社は社員を幸せにする場やと思う。なぜって、人生で一番長くいる場だからや。日本のサラリーマンは、通勤なんかを含めて1日に12時間ぐらいを会社のために使う。8時間寝るとして自分の時間はたった4時間。その4時間に楽しみを求める限り、不満は多分残る。それなら根幹の12時間の方を気持ちよくしたいやないか。仕事は7時間15分、残業なし、年間休日140日(有給休暇除く)がうちの基本。残業をさせたら割り増しの残業代を支給する上に、作りすぎて売値が下がったらバカみたい。残業が当たり前になると仕事も間延びする。定時で終われるよう、みんなが工夫し、さっと切り上げる。その方が効率もチームワークもよくなる。気持ちよく働いて、家族だんらんや好きなことに時間を使った方が、絶対に仕事にも精が出るよ。
  • 徐々に社員は増え、みんなが自分の持ち場で全力投球。おれは社長兼営業マンだったが、細かな報告は求めなんだ。初期からホウレンソウがないことが社風。野菜やないぞ。「報告・連絡・相談」のことや。企業の定理のように言われるホウレンソウって、そんなに必要なんか?時間も労力も通信代ももったいない。その仕事はその担当者が一番分かっとる。気持ちよく働ける環境であれば、基本的なやりとりぐらい自然にやっとるよ。うちは出張も社員が自分の判断で出掛けとる。ノルマなし、教育なし、管理なし。そんなやから、営業所もやる気のある社員が勝手につくってきた。全国28の営業所のうち25カ所がそう。おれだって名刺の裏を見て「ああ増えとるなあ」と思うくらいや。トップの知らん間に営業網が増える会社なんて……ないよなあ。
  • 「徹底して同業他社と反対のことをやる」「常に考える」は、製品でいえば「よそと同じ物は作らん」ということ。創業第1号製品「透明ジョイントボックス」では、台座の穴にギザギザを付けた。こうすると台座を逆さに取り付ける場合でも、ネジが引っ掛かって落ちてこん。それだけの工夫やけど受けたよ。壁のスイッチやコンセントの中に埋め込む「スイッチボックス」では、取り付け穴を四方の四つ(他社は二つ)にした。縦、横、斜めのどれか2カ所でしっかりとめられる。これもヒット。基本仕様は法律で決まっとっても工夫は無限や。工夫の元は現場。使い手である工事職人の声を丁寧に聞いて反映させる。便利なら買ってもらえる。スタンスは「一歩離れて見て半歩先を作る」。細かな声に影響されすぎてもいかん。時どきの工夫を形にし、改良や多品種化を進める。先手必勝で。
  • 経営の基本姿勢は「差別化」。徹底して同業他社とは反対のことを考え、反対のことをやる。もっとも全く正反対のことなど出来ないので、ここでの「差別化」とはちょっと違うことを考え、ちょっと違うことをやるという意味だ。一例を挙げる。本社には見学のために1日平均1.5組の団体さんがお見えになる。その見学者に出すお茶菓子は「未来せんべい」だ。地元・大垣名物のみそ入りせんべいで、市販されていない。世界中でここにしかなく、見学者にしか差し上げない。「何度でも出すお茶菓子をも差別化しよう」との思いから生まれた。
  • 2009年民主党政権が誕生した時、一番の公約は「天下りの排除」だった。けれど、これが一向に進んでいない。今では、天下りとは何ですかのていたらくだ。では、どうするか。下手に排除するから、ヤミの天下りが増えてくるのだ。逆に、天下りを奨励してみてはどうか。役人はどんどん天下りしなさい。何なら、天下りのための公団、公社、機構、財団、会社を、どんどん新規に作っていい。ただし、条件がある。1人でも元・前役人がいる団体や組織には、国や都道府県、市町村は一円たりとも、交付金や寄付金、補助金の交付や支給は認めない。赤字補填などもってのほかだ。経営や運営はすべて自分の金でやらせる。民間企業はすべて自前で経営している。天下りの団体もすべて自分の金でやるのは当たり前だ。年度初めに組む予算といえども、自己資金でやってもらいたいと思う。
  • 「成果主義」「ノルマ」が嫌い。成果主義に対する「平等主義」を語っていた。私が最も嫌悪するのが、「成果主義」や「ノルマ主義」だ。表向きは「人を大切に」と言っている企業も、内側ではこうした主義が当然のようにまかり通っている。「残業」をやらせる。「有給休暇」は取らせない。「週休2日制」は建前だけ……。1998年以降、14年連続で日本の自殺者数が3万人を超えているのは、こうした心ない企業の姿勢が少なからず影響しているのではないか。かつて日本の企業社会は、男性中心だった。女子社員だけにお茶くみをさせたり、書類のコピーをさせたり、といった悪習がまかり通っていた。今ではかなり改善されたが、こうした男女差別が生まれたのも「人間尊重」の考え方が不足していたためではないか。総人口の減少が進む日本で、企業が生き残っていくために必要なのは、ひとえに「人間尊重の経営」だと思う。

人間が人間を評価するのは、きわめて難しいことだ。部下がお歳暮を贈ってきたら、贈ってこない部下よりかわいがるのが人情というもの。しかし、こんな評価方法は不公平そのもの。まかり通れば、普通の社員は不満を持ち、まじめに働かなくなる。だから、うちでは賃金制度を年功序列にしている。基本給やボーナスは、年齢と社歴で決める。いくら上司にごまをすっても、変わらない。「努力しても給料が同じだと、社員が怠けませんか?」と社外の人からよく尋ねられるが、杞憂だ。現行の給与水準は会社がある岐阜県内では高い方。大半の社員は「それだけもらっているのだから、見合う分だけ働かないといけない」と考える。日本人の持って生まれた気質だろう。

  • 「世界で一番強いものはただ独りで立つ者」創業前に劇団を主宰していたことで、「山田さんの経営は演劇みたい」と言う人がいる。確かに大胆なことを平気でやるところは演劇的かもしれん。要諦は、演劇はアンサンブル、経営はチームワーク。全体が連携し、不均衡があってはいけない。例えば、企業はモノ作りはうまいが売り方が下手、では駄目。劇団時代は全体を見る「舞台監督」を務めたが、それが社長業に生きた、ということは言えると思う。好きな戯曲はイプセンの「民衆の敵」。温泉地の泉質汚染を告発する地元の医師が「町を破産させる敵」と誤解され、攻撃される物語だ。「世界で一番強いものはただ独りで立つ者だ」との医師のせりふがある。真実と良心、民衆の付和雷同性を描いていて印象に残る。おれ自身も、経営においても人生においても正しいと信じたことをし続けたい、と思っている。

事業所

沿革

  • 1965年8月 - 岐阜県大垣市未来工業設立。
  • 1985年7月 - 輪之内町に移転。
  • 1991年11月 - 名古屋証券取引所市場第二部へ上場。
  • 1997年 - 織部賞の知事賞を受賞。
  • 2003年3月 - 持株会社制への移行に伴い、未来株式会社の完全子会社となる。それに伴い上場を廃止し、入れ替わる形で未来株式会社が名証2部へ上場
  • 2006年9月 - 純粋持株会社体制廃止。未来株式会社を吸収合併(未来(株)は解散、上場廃止)し、事業持株会社としてグループ会社の親会社となる。名証2部に上場。

グループ会社

樹脂金型自動機の設計製作などを手がける

関連項目

外部リンク