過労死
過労死とは、周囲からの暗黙の強制などにより長時間の残業や休日なしの勤務を強いられる結果、精神的・肉体的負担で、労働者が脳溢血、心臓麻痺などで突然死することや、過労が原因で自殺すること(いわゆる過労自殺)などである。
目次
概要
過労が原因となって、心筋梗塞、脳出血、クモ膜下出血、急性心不全、虚血性心疾患などの脳や心臓の疾患を引き起こし死に至る。また過労はしばしばうつ病を引き起こすが、過労によるうつ病から自殺した場合も含む。
2014年時点で、厚生労働省の統計によると、過去10年ほどのあいだに、過労による自殺者(自殺未遂も含む)が約10倍に増え、2013年時点で日本で196人が過労死している。働き盛りのビジネスマンに多いとされてきたが、近年では若者も増加傾向にあり、40-50歳代から20歳代にまで広がっている。女性も増加傾向にあるが、大半は男性である。
また、過労・長時間労働は、うつ病や燃え尽き症候群を引き起こしがちで、その結果自殺する人も多いので、「過労自殺」も含む用語としてしばしば使われる。
何を「過労死」とするかについては、時期や文献によって若干のずれがある。(すでに資料としては古くなったものであるが)厚生労働省の2002年の「産業医のための過重労働による健康障害防止マニュアル」では、「過労死とは過度な労働負担が誘因となって、高血圧や動脈硬化などの基礎疾患が悪化し、脳血管疾患や虚血性心疾患、急性心不全などを発症し、永久的労働不能または死に至った状態をいう」とした。
最初、日本で起きているこの状態が欧米には無い特異な状態、日本独特の異常な状態、いかにも日本的な現象として報道されたものの、(もともと英語圏では無い現象なので)英語に訳す時work oneself to deathなどと強引に意訳され、しかも訳の表現が一定しなかったが、もともとこうしたことは日本以外ではほとんど起きていなかったので、「いかにも日本的な現象」と見なされ、また、しばしばもとの日本語表現もあわせて紹介され、日本では「過労死 karoshi」という表現で呼ばれていることが欧米で知られるようになり、英語やフランス語でも「karoshi」や「karōshi」と音写するようになった。
今では「KAROSHI」は英語の辞書や他言語の辞書にも掲載されている。2002年には、オックスフォード英語辞典にも掲載された。これは過労死が日本の労働環境を表すと同時に、日本以外の世界にも広がっている働きすぎに起因する健康破壊を端的に表す言葉になってきたことである。
メカニズム
過労死には一般的に以下の2種類の直接的原因がしられている。
精神疾患による自殺
働き過ぎは精神のバランスを喪失させ、死への願望(希死念慮)をもたらす。「眠りたい以外の感情を失った」と訴える患者もおり、抑うつ状態やうつ病である場合が多い。ただ、「労働時間の長さ=自殺の危険性」というわけではなく、人により許容度が異なるが、それを職場の上司が理解していない場合が多い。また、オフの時間の過ごし方も影響する。睡眠不足の第一の原因は厚生労働省の平成28年版過労死等防止対策白書によると残業時間の長さになっており、36.1%である。
心臓・血管疾患による死亡
長時間労働は疲労を蓄積させ、血圧を上昇させる。そのことにより血管は少しずつダメージを受け、動脈硬化をもたらし、脳出血や致命的な不整脈を起こしたり、血栓を作り心筋梗塞、脳梗塞を引き起こす。
日本
2014年11月1日に「過労死等防止対策推進法」が施行された。同法により、過労死や過労自殺をなくすため、国(=日本の行政)が実態調査を行い効果的な防止対策を講じる、とされており、防止の方針を具体的に定めた大綱が作られることになっている。また国は、過労死等に関する実態調査、過労死等の効果的な防止に関する研究等を行うものとされ、さらに国及び地方公共団体は、過労死等を防止することの重要性について広く国民の理解と関心を深めるための瀬策を講ずるものとされる。
これまでは、日本人が過労死する状態があるにもかかわらず、日本では「過労」という言葉をはっきりと冠した法律も無く、日本の行政は、企業経営者の都合・顔色ばかりをうかがい、過労死をきちんと体系的に防止するしくみもつくらないまま放置していたが、この法律が施行されたことによって、状況の改善の一歩が踏み出された。日本全国の人々に向けて、弁護士が過労死に関する無料電話相談を開始した。
労災認定基準
厚生労働省の労災認定基準では、脳血管疾患及び虚血性心疾患等(略称:脳・心臓疾患)を取り扱っている。2000年7月に最高裁が下した自動車運転手の脳血管疾患の業務上外事件の判決を契機に、2001年12月に認定基準が改正され、発症前6ヶ月間の長期間に渡る疲労の蓄積、特に現在では労働時間の長さが数字で明記され、認定に際して考慮されるようになった。
仕事との因果関係の立証が難しいため、脳・心臓疾患の労災請求から決定(認定または不認定)までの所要日数は平成21年度で210日となっている。また、過労死の労災認定請求のうち過労死と認められるのは5割弱である。
なお、関連として、1999年11月策定の精神障害・自殺の労災か否かの判断指針により、うつ病による過労自殺も労災として位置づけが明確化されている。
裁判
過労死を巡る裁判としては刑事、行政、民事の3種類がある。
刑事裁判
労働基準法では、法定労働時間を1日につき8時間、1週につき40時間と定め、これを超える場合には事前に労使協定を締結することを義務づけており、この上限時間も原則1年間につき360時間と定めている(労働基準法第32条、平成10年労働省告示第154号)。しかし過労死に至るケースの場合はこれらの時間を大幅に上回る時間外労働を行っており、労働基準法第32条違反、また、これらの時間外労働に対して正当な割増賃金(通常の賃金の25%以上の割り増し)が支払われていないケースがほとんどであり、同法第37条違反として労働基準監督署が事業主を送検するケースがみられる。ただし、労働基準法第32条違反は最高で罰金30万円、同法第37条違反は最高で懲役6か月又は罰金30万円と定められており、人を死に至らせる不法行為に見合った刑罰の重さとなっていないとの批判が、主に労働者団体等から唱えられている。
行政裁判
過労死が起こった場合、遺族はこの死亡が業務に起因するものであるとして労働基準監督署に労災補償給付を求めて申請を行うが、上記のように申請すべてについて労災認定が行われるものではないことから、労働基準監督署長が不認定の処分を下した場合、遺族は処分があったことを知った日の翌日から起算して60日以内に、都道府県労働局に置かれる労働者災害補償保険審査官(労災審査官)に対して審査請求を行う。労災審査官が労働基準監督署長の処分を妥当と認めた場合(不認定相当とした場合)は、遺族は厚生労働大臣所轄の労働保険審査会に対して再審査請求を行うことができる。
なお、労災審査官に審査請求を行ってから3か月以内に審査請求に対する決定がなされない場合、遺族は労災審査官の決定を待たずして労働保険審査会に再審査請求を行うことができる(労働者災害補償保険法第38条第2項)。
再審査請求に対する決定でも労働基準監督署長の不認定相当とされた場合、遺族は労働基準監督署長を被告として、行政処分(=労災不認定処分)の取消しを求めて行政訴訟を起こすこととなる。原則として、再審査請求に対する労働保険審査会の採決を経た後でないと提訴することはできないが、再審査請求を行ってから3ヵ月以内に裁決がない場合などは、再審査を待たずに行政訴訟を起こすことができる(同法第40条)。
この行政訴訟は地方裁判所に提起するものであることから、労災の認定に関しては事実上「六審制」が採られているといえる(労働基準監督署長→労災審査官→労働保険審査会→地方裁判所→高等裁判所→最高裁判所)。
ちなみに、労働事件が先例として判決集に登載される場合は、被告の会社名が事件名となるが(例:「○○コーポレーション事件」)、労災不認定取消請求事件の場合は労働基準監督署長が被告となるため、過労死の起こった会社を併記するのが通例である(例:「○○労働基準監督署長(△△産業)事件」)。
民事裁判
過労死が起こった場合、企業が管理責任を怠ったとして裁判が起こることはつきものであるが、過労死の多くは勤務中に死に至るのではなく、激務な仕事をやめ1か月から数か月後に死に至るケースが多く、また、脳・心臓疾患は日常生活の習慣(高血圧気味であった、肥満気味であった、等)が過労により増悪することにより引き起こされることも多く、企業側は因果関係がないと主張する為、長期化することが多い。
過去の事例
- 1988年全国の弁護士が連携して初めて「過労死110番]が開設される。当時の政府も医学会も「働きすぎでは死なない」と全面否定。労災申請はほとんど認められず、裁判でも勝てず、労組も向き合わなかった。
- 1990年12月4日、読売新聞の新聞奨学生として新聞販売店に勤務していた学生が過労により死亡した。同日午後3時20分頃、販売店の作業場内で嘔吐を伴う体調不良を訴え、そのまま昏倒。救急車で病院へ搬送されたが午後9時30分に死亡。遺族は裁判に踏み切り、最終的に1999年に読売新聞社と和解が成立した。この事件などを踏まえ各社新聞奨学生の過重勤務の実態、その制度の特徴から強制労働的性質がある事を日本共産党の吉川春子などにより国会質疑で指摘されている。