保守

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保守(ほしゅ、Conservatism)とは、政治思想のひとつ。対義語は革新だが、日本においては「保守=conservatism」とは一概に言いがたいため、保守を革新の対義語として括るのは難しい。

概要

伝統とは何かに関しては、歌舞伎のような実体を伝統とする説から、生き方・精神の形・言葉づかいの規則のような形式を伝統とする説まで諸説あるが、保守主義保守的といった言葉が指すのは、特殊な場合を除いて、この政治思想としての保守主義である。対立する概念は、革新と呼ばれる現状変革を求める考え方である。また、保守主義は、変化を求める側からは批判的に守旧派反動派と呼ばれる場合もある。だが保守主義は、以下に見るように、単なる現状維持としての守旧や復古主義的な反動とは異なる。

フランス革命当時の保守主義は「今あるアンシャン・レジームとレッテル貼りされた諸制度は、遠い過去からの取捨選択に耐えてきたものであり、これを維持存続させることが国民の利益になる」(とする主義)と定義されていた。

「維持せんがために改革する」というディズレーリの言葉や「保守するための改革」というエドマンド・バークの言葉からも明らかなように、保守主義は漸進的な改革を否定せず、過去に獲得されてきた市民的諸権利を擁護する。これに対して反動は、フランス革命後のジョゼフ・ド・メーストルルイ・ガブリエル・ド・ボナールを見れば明らかなように、伝統の維持が自己目的化し過去の体制を理想とした結果、市民的諸権利までをも否定してしまう場合のことを指す。マンハイムが言うように、保守主義は、それ自体として存在するものではなく何かの変革(たとえば革命)が起こったあとで、それに対する反応として形成される。そうである以上、保守主義は常に反動に変質する可能性を秘めている。ただ、反動という言葉は左翼が保守、または単に左翼に対する反対勢力へのレッテルとして用いてきた経緯があるので使用には慎重を要する。

安直な保守的思想(守旧:かつて/今まで○○であったから、これからも○○であるべき)は自然主義の誤謬の可能性がある。

政治的保守主義・近代保守主義

思想の歴史

政治思想としての保守主義は、政治的保守主義ないしは近代保守主義と呼ばれ、コモン・ローの法思想を中心として発展してきた。17世紀に、イギリスのエドワード・コークは中世ゲルマン法を継承したコモン・ローの体系を理論化した。18世紀には、バークがコモン・ローの伝統を踏まえて『フランス革命についての省察』という書物を公表し、保守主義を大成した。この書は、フランス革命における恐怖政治に対する批判の書でもある。バークが英国下院で革命の脅威を説いた1790年5月6日が近代保守主義生誕の日とされる。こういった次第でバークは近代保守思想の祖と呼ばれている。

ちなみに、バークは「保守する」という言葉は用いたものの、「保守主義」という用語は使っていない。保守主義という言葉は、シャトーブリアン王政復古の機関紙を、Le Conservateurと名付けたことに由来する。

アメリカでは、コモン・ローの法思想が、ウィリアム・ブラックストンの『イギリス法釈義』を通じて、そのままアメリカの保守主義としてアレクサンダー・ハミルトンら「建国の父」たち(ファウンディング・ファーザーズ)によって継承された。そして、この法思想はアメリカの憲法思想となった。

このように保守主義はもともと英米の政治思想であるが、その影響からか、フランスオランダスペインドイツロシア、そして日本などにも保守思想家が点在する。

思想の特徴

保守主義者たちは、基本的には人間思考に期待しすぎず、「人は過ちを犯すし完全ではない」という前提に立ち、そして謙虚な振るまいをする。さらに、彼らは「先祖たちが試行錯誤しながら獲得してきた知恵が伝統的価値観(慣習、宗教、美徳、道徳、政治体制など)の中に凝縮されている」と考え、この価値観を尊重する。また彼らは、「国家は祖先からの相続財産であるから、現在生きている国民は相続した国家を大切に維持し子孫に相続させる義務がある」と考える。その結果、彼らは過去・現在・未来の歴史的結びつきを重視する。このように保守主義は懐古趣味とは異なる未来志向の要素も含んでいる。また、彼らは「未来を着実に進むためには、歴史から学ばなければならない」と考える。これは、歴史とは先人たちが試行錯誤してきた失敗の積み重ねの宝庫だからだという。

さらに彼らは、「権利も、国家と同様に、先祖が獲得したものであり、先祖から譲り受けたもの、つまり相続財産である」と考える。すなわち、彼らは権利の根拠は相続したことにあると考える。このように、保守主義はただ人間であるということが根拠となって権利が発生すると考える人権思想とは異なる。

また西洋の貴族出身の保守派の多くは、自らを騎士道精神の継承者と自負しているので、共産主義ファシズム、そして国粋主義などの思想に対して、祖先から相続した郷土を踏みにじるものとして反発する。

保守主義は基本的に伝統的価値観を肯定し、過去と現在との歴史的結びつきを重視する。ただし伝統的価値観の内実はさまざまであるため、保守主義者たちがいつどの価値観を保守するととなえるかによって主張の内容が異なってくる。

保守主義者たちは理性懐疑する。フランス革命で理性主義を掲げたジャコバン派議会を暴走させ、道徳を退廃させ、そして自由を軽視したという過ちが、彼らがそのように懐疑する理由の一つである。同様の過ちはロシア革命など多くの革命にも見られる。

こうして保守主義者たちは伝統擁護や漸進的変革をとなえ、左翼革命を否定的に見る。

日本ドイツイタリアなどの旧枢軸国スペインなどの後進資本主義国では外圧によって伝統的な暮らしや文化などが失われた。そのためにかえって、それらの国では国家への帰依(国粋主義)を求める声が強く起こり、20世紀前半のファシズム全体主義の台頭につながった。現在でも日本の保守主義者の中には戦時中の全体主義国体を評価する者が多い。ただし、戦時中は右翼内部においても国体を強化するための国家革新を唱えた「革新右翼」の動きがあり、そのことが日本において革新およびこれと対をなす保守の概念を混乱させる一因となっている。英仏の貴族や特権階級などを中心とする保守主義は、逆に国粋主義を否定する。

一方でアメリカにおいては保守主義は家族を基本的な価値として尊重し、政府は家族や私有財産を脅かす存在として警戒の対象になる。レーガン大統領が所得税を減税し、ブッシュ大統領が遺産税の廃止を推進したのはアメリカの保守思想に裏打ちされたものである。それゆえ、アメリカの保守は国家主義的な日本の保守とは対極的な立場とも思える。ただし、日本の保守主義者の中にも家族の価値を唱え、育児や介護の社会化に反対する者もおり、この場合はアメリカの保守との共通点が見られる。

保守主義は、伝統的価値観との親和性が高い農業などの第一次産業にたずさわる人たちが多く住む農村部や、キリスト教などの土着の宗教組織を支持母体とすることが多い。また、資本主義化した社会では大企業資本家も既得権益を持つものとして保守主義を支持する傾向がある。

イラン革命後のイランのようなイスラム法社会では、保守主義とはウラマーなどの宗教的指導者による政治を支持する立場のことを指す。

ハンティントンによる定義

サミュエル・P・ハンティントンによると、保守主義には次の3つの定義がある。なおハンチントン自身がアメリカ民主党の右派・保守派に属している。

  1. 貴族的定義
    歴史の中の特殊な運動として定義。保守主義は、フランス革命、自由主義、あるいは18世紀の終わりから19世紀前半のブルジョワジー勃興に対する、封建的勢力・貴族階級・地主階級による反動であるとする。この解釈では保守主義は封建主義、地位、そして旧体制と結びつき、中間層、労働者商業主義、産業主義民主主義自由主義、そして個人主義と対立する。
  2. 自律的定義
    その思想の内容、固有の観念・価値などによる定義。保守主義は正義秩序平衡、そして穏健などといった普遍的価値の自律的体系であるとする。
  3. 状況的定義
    いつの時代にも見られる、歴史を越えた存在として定義。保守主義は、どんな社会秩序であろうと、それを正当化しようとするものであるとする。この定義によると、保守主義の本質は現存する制度の価値を情熱的に肯定することにある。ただし、この定義によると、保守主義はあらゆる変化に反対するわけではなく、社会の根本的要素を残すために第二義的変化を黙認することもある。

ハンティントンは、このうち1と2の定義は不適切であると考え、「保守主義の性格は静態的なものであり、同様の社会状況が生じた場合に見られる反復的なものであり、そして進歩的なものではない」としている。

日本における保守主義

20世紀末から21世紀の現在においては、右翼とほぼ同義である。

日本では戦後、政治的イデオロギーにかんしてはアメリカ的な自由主義を標榜しながらも実際の政策では国家が積極的に介入し国内産業を保護する傾向が強い自由民主党が、政治をほぼ独占してきた。小泉内閣以後の自民党では、新自由主義経済の親米保守新保守主義が主流となった。それ以前からの保守派の一部は自民党を離れ、民主党国民新党へと移った。双方はともに保守主義を名乗りながらも多くの点で対立関係にある。

右翼と保守主義は、双方とも相対概念にすぎないことなどから、これらを区別するのは困難である。学説等においても一致した見解は存在しない。一般的に、戦後日本では欧米的自由民主主義個人主義)が支配的であり、右派全体主義は右翼と呼ばれ、忌避される傾向がある。全体主義を支持する国家主義者・民族主義者は自らを保守主義者と称する場合が多い。ところが、オルテガ・イ・ガセーによると、「左翼に属することは、右翼に属するのと同様、人が愚かになるために選択しうる無限にある方法のひとつである。つまり、両者はあきらかに精神的半身不随の形態である。」[1]

米国の保守主義は基本的に個人主義的(国民主権的)自由民主主義を基調とする。それに対して日本の保守主義では、支配者層は自由主義から、被支配者層は民族主義からそれぞれ強く影響を受けている。

日本の代表的な保守政党である自民党は、戦後の左右社会党の合同に危機感を持った保守政党同士の連合体である。

保守政党としては、自民党のほかに国民新党がある。郵政民営化に反対した自民党議員たちが自民党を離党して国民新党を結成した。最大野党の民主党は保守でも革新でもない「第三の道」を目指している。だがこの党には旧経世会の議員も多数参加しているため、保守傾向が強いと言われている。しかし旧社会党系の流れを汲む議員も多数いるため保守政党であるとも言い難い。

政治思想としては保守主義を反米保守主義真正保守主義ナショナリズム)と親米保守主義対米従属主義)の二つに分ける分類法もある。

正論2008年10月号によれば、「最近の政治家で保守派なのは、2割程度である」という。

その他の保守性・保守主義

自然的保守性

イギリス保守党理論家であったヒュー・セシルによると、コンサーヴァティズムには政治的保守主義・近代保守主義以外に自然的保守性がある(原語では前者がConservatism、後者がconservatism 違いは固有名詞と普通名詞)。自然的保守性とは、新しいもの・未知なるものへの恐怖と、現状を積極・消極両面で維持することを欲する感情のことである。これは慣れたものに愛着を持つという人間の性質であり、思想的な主義主張ではない。

宗教的保守主義

アメリカ

宗教的保守主義という言葉がとくに頻繁に使用されるのはアメリカ合衆国である。宗教右派の台頭にともなって、ファンダメンタリストなどのプロテスタント神学の内の聖書主義的な意味での保守主義、つまり聖書の記述をそのまま遵守しようとする潮流が保守主義と呼ばれる。この意味での保守主義者たちは、聖書に基づいて、「人々はキリスト十字架による身代わりの贖罪によって救われる」という教理を強調する。この立場から、彼らは福音派(エヴァンジェリカル)、あるいは伝道派と自称しており、またそのように呼ばれることもある。

アメリカ南部バプティスト派などがこの保守主義の最大勢力である。福音派は南部の所得・教育水準の低い白人層(レッドネック等)からは一定の支持を得ることができているが、それ以外の地域では、特に東部の高学歴・高所得層からはカルト扱いされ支持されていない。また、伝統的なプロテスタント諸派においても上記南部バプティスト派以外では福音派の立場をとる派は少ない。

西方教会における自由主義神学と福音主義

自由主義神学の立場は、一つに、道はちがえども全ての宗教は人々を救いに至らしめるものであるという考え方に近く、二つに、思想哲学的潮流に影響されやすく、そして三つに、神学的に聖書を尊重しない傾向がある。この立場は福音派には受け入れがたい。同派は、そのような立場を潔しとしないキリスト教徒の集まりである。一方、反福音派(反エバンジェリカルズ)である伝統的プロテスタント諸派は、福音派を聖書の文言にのみ拘泥しその趣旨を歪曲していると批判している。

ただし、神学的に保守主義であるからといって、政治的にも保守派でありタカ派であるとは限らない。 核兵器使用賛成、反共産主義、そして国粋主義にかたよりがちなファンダメンタリストから一線を画し、核兵器使用と戦争に反対の立場をとっている保守派のキリスト教徒も多い。彼らは、キリスト十字架の死をもって伝えたかったことは何かということと、聖書の伝えたかった使信とは何かということにかんする追求に基づいて、「キリストの十字架のメッセージは、と人との和解あるいは人と人との和解であり、平和主義である」との考えを持っていることから、そのような立場をとっている。だが、そんな彼らも中絶にかんしては政治的にタカ派と意見が一致する。

カトリック教会の保守派

カトリックの保守派は、プロテスタントの上記保守派とは神学的に正反対であり相容れないが、中絶などにかんしては政治的に意見が一致する場合もある。

東方教会(正教会・東方諸教会)

上述の自由主義神学と福音主義の対比は西方教会、そのうち主にプロテスタントに当てはまる分類であり、宗教改革や自由主義神学の興隆の歴史を有さない東方教会正教会東方諸教会)においてはこのような分類に当てはまる潮流がそもそも存在しておらず、神学的見解・奉神礼形式・社会問題に対する態度における「保守的」「革新的」の語も、西方教会とは異なった文脈で用いられる。

神学的に保守的であるからといって政治的に保守的・タカ派的であるとは限らないのは西方教会でも同様であるが、アメリカのファンダメンタリストなどのように神学的見解と政治的姿勢が結び付いているような例は、東方教会では殆ど皆無である。

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脚注

  1. オルテガ(1930年)『大衆の反逆』

参考文献

関連項目

外部リンク