みんなの党
この項目では、日本の実在する政党について説明しています。架空の政党については「みんなの党 (模擬政党)」をご覧ください。 |
日本の政党 | |
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みんなの党 | |
Your Party(YP) | |
[[ファイル:|0|]] | |
代表 | 渡辺喜美 |
幹事長 | 江田憲司 |
成立年月日 | 2009年(平成21年)8月8日 |
解散年月日 | |
解散理由 | |
後継政党 | |
本部所在地 | 〒102-0092 東京都千代田区隼町2番地12号 藤和半蔵門コープ606号室 35 40 57.5 N 139 44 31.3 E |
衆議院議席数 | 5 / 480(2009年(平成21年)8月30日現在) |
参議院議席数 | 11 / 242(2010年(平成22年)7月11日現在) |
議席数 | - / -() |
党員・党友数 | 未公表() |
政治的思想・立場 | リバタリアニズム 新自由主義 行政改革推進 |
機関紙 | |
政党交付金 | 5600万 円(2009年(和暦??年)総選挙実績) |
公式サイト | みんなの党 |
シンボル | |
公式カラー | |
国際組織 | |
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みんなの党は日本の新自由主義・新保守主義の右派政党。屋山太郎(極右の政治評論家)や右翼出版社の江口克彦、高橋洋一などが熱烈に支持している。
目次
歴史
自由民主党を2009年1月13日に離党した、新自由主義者の世襲議員渡辺喜美が中心となって発足した保守派の政党『政治団体 国民運動体 日本の夜明け』が衆議院解散後に改称[1][2]、8月10日に総務省に対して政党構成員が5人を超えたことを届け出て受理された[3]。なお、党員組織は『-日本の夜明け』の名称のままである。
同党には無所属で活動してきた江田憲司ら5名の現職・元国会議員が参加した。渡辺は記者会見で、「官僚依存の自民党、労組依存の民主党とは違い、真の改革ができるのがみんなの党である」と訴え、政界再編の動きを見越して党を立ち上げたことを明らかにしている。[1][2]。他の党名候補としては「絆」があったが、当時の党所属国会議員5人による3対2の多数決で政党名は「みんなの党」に決定した。
第45回衆議院議員総選挙では13人の公認および2人の推薦、国家公務員10万人削減などの公務員制度改革を柱としたマニフェスト(政権公約)を発表している[1][2]。比例ブロックでは東北・北関東・東京・南関東・東海・近畿・九州の7ブロックに擁立した(北海道・北陸信越・中国・四国には擁立しなかった)。
選挙の結果5人が当選し、政党要件を維持した。比例区では7ブロックの得票数だけで全11ブロックに擁立した既存政党である社会民主党に迫る得票数を獲得[4]し、南関東・北関東ブロックでは日本共産党を上回る得票数を得た[5][6]。比例近畿ブロックと比例東海ブロックでは、比例単独候補であれば各ブロック1議席で計2議席獲得のはずだったが、小選挙区との重複立候補者の得票率が供託金没収点に満たず、下位の比例単独候補がいなかったため比例当選資格のある候補が存在しなくなり、2議席分は他党に配分された[7]。
2009年9月16日の第172回国会で行われた首班指名では党として鳩山由紀夫に投票している。9月17日に民主党が賄賂罪で実刑判決を受けて上告中の鈴木宗男を外務委員長に選出する内定人事が出た際、外務委員長選出において議長一任の動議に反対した。
党議拘束を行っていない。
結党当初から「みんなの党は(政界再編の)触媒政党」「政界再編を究極の目標」とし、党の存続にはこだわらない方針であったが[8]、鳩山内閣発足後、「政治とカネ」の問題で躓き支持率を落としつつあった民主党や野党転落後も支持を回復できない自民党の受け皿として徐々に注目されるようになる[9]。それに伴い支持率も上昇傾向にあり、2010年2月の毎日新聞の世論調査では公明党の5%を上回る6%を獲得、支持率だけでは「野党第2党」へと躍り出た[10]。
支持率の上昇に比例して党勢も拡大傾向にある。まず、2009年11月8日の葛飾区議会議員選挙で1議席を獲得し、12月1日には無所属で活動していた参議院議員・川田龍平が入党、翌2010年の町田市議会議員選挙でも推薦1名を含む2議席を獲得[11]、6月には民主党からの離党を表明していた神奈川県議3名が入党した[12]。また、5月30日投票の愛知県大治町長選で、単独推薦した元プロ野球選手・岩本好広が、現職と新人に勝利し初当選。単独の推薦候補が市町村長選で当選したのは初めて。
2010年参院選では10議席を獲得。選挙での獲得議席数、比例での得票数は公明党を上回り、改選第三党となった。さらには院内交渉団体として、参議院本会議の代表質問権、党首討論参加、予算を伴わない法案の参議院への提出、議院運営委員会理事や予算委員会理事の輩出ができるようになった。
結党宣言(抜粋)
今の国民の「自民党には不満がいっぱいだが、民主党には不安がいっぱい」、すなわち、そんなにお金をばらまいてこの国の将来は大丈夫なのか、公務員労組依存で公務員の削減や給与カットなど行政改革関連のマニフェストが本当に実現できるのか、自民党以上に党内バラバラで官僚主導の政治は改まるのか、外交・安全保障政策で一本化できるのか等々の懸念が尽きないからだ[13]。
我々は、こうした不安や懸念をもつ有権者の受け皿が必要だと考えている。そして、自民がどうした民主がどうしたという次元を超えて、「政治そのもの」を変えていきたい。そのためにここに、我々は、特定の業界や労働組合に依存することなく、一人ひとりの国民に根ざした政党、「みんなの党」を結成することとした[13]。
– 2009年8月8日 浅尾慶一郎 江田憲司 広津素子 山内康一 渡辺喜美 みんなの党HPより[13]
政策
基本理念は脱官僚、地域主権、生活重視。また、選挙公約や政策課題のことを「アジェンダ」と呼んでいる。
- 国家公務員数の削減・給与カット、天下りの全面禁止、規制緩和による競争促進、公営事業の民営化による「脱官僚」[13]
- 「ひも付き補助金」と地方交付税の廃止による地方への財源移譲および地域主権型道州制の導入による「地域主権」[13]
- 経済成長による雇用創出およびセーフティーネットの構築による「生活重視」[13]
- 財源に関しては、「埋蔵金は30兆円あり、今後3年間は増税をしない」「その後の恒久財源については要検討」としている。
- 「アジアの中の日本」を重視した外交を目指しており、ODAの戦略的運用や温室効果ガスの削減目標を、1990年比で2020年に25%減、2050年80%減としている。
- 永住外国人に対する地方選挙権付与(外国人参政権)には反対の立場をとっている[14]。
「小さな政府」路線を政策の基本とし[15]、上記の通り規制緩和による競争促進や公営事業の民営化、地方分権、経済の対外開放、など小泉構造改革と極めて似た政策を掲げている。渡辺喜美は「小泉改革は中途半端だったから、改革を徹底してやる」と述べており、リベラル・左派からは「小泉・竹中路線の継承」[16]や「新自由主義への回帰」[17]として警戒されている。竹中平蔵も「改革が中途半端だから格差が生まれた」等の主張をしており、渡辺のスタンスは小泉・竹中に極めて近い。
その一方で、雇用対策に関しては
といった公約があったり、所得再分配に関しても
所属国会議員
衆議院議員 | ||||
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渡辺喜美(栃木3区) | 江田憲司(神奈川8区) | 山内康一(比例北関東) | 浅尾慶一郎(比例南関東) | 柿沢未途(比例東京) |
参議院議員 | ||||
2013年改選 | 川田龍平(東京選挙区) | |||
2016年改選 | 水野賢一(千葉選挙区) | 中西健治(神奈川選挙区) | 松田公太(東京選挙区) | 柴田巧(比例代表) |
江口克彦(比例代表) | 上野宏史(比例代表) | 寺田典城(比例代表) | 小野次郎(比例代表) | |
小熊慎司(比例代表) | 桜内文城(比例代表) |
首長・地方議員
党員の現職首長はいないが、2010年5月30日投票の愛知県大治町長選では、党推薦の岩本好広が初当選している。
地方議員は葛飾区、町田市、逗子市、久喜市、栃木市で公認候補が当選しているほか、現職議員も神奈川県をはじめ各地で入党している。
党の役職
- 代表 - 渡辺喜美
- 幹事長 - 江田憲司
- 幹事長代理 - 水野賢一
- 副幹事長 - 山内康一
- 政策調査会長 - 浅尾慶一郎
- 政策調査会長代理 - 川田龍平
- 政策調査会副会長 - 上野宏史、江口克彦、小熊慎司、小野次郎、柿沢未途、桜内文城、柴田巧、寺田典城、中西健治、松田公太
- 国会対策委員長 - 山内康一
- 国会対策委員会副委員長 - 柿沢未途
- 参議院国会対策委員長 - 水野賢一
- 参議院国会対策委員長代理 - 小野次郎
- 参議院国会対策委員会副委員長 - 川田龍平、上野宏史
- 広報委員長 - 柿沢未途
- 最高顧問 - 江口克彦
- 幹事長 - 江田憲司
歴代党代表一覧
代 | 代表 | 期 | 就任日 | 退任日 | |
---|---|---|---|---|---|
1 | 60px | 渡辺喜美 | 1 | 2009年8月8日 | (現職) |
党勢の推移
衆議院
選挙 | 当選/候補者 | 定数 | 備考 |
---|---|---|---|
(結党時) | 4/- | 480 | 正式には0。下記参照 |
第45回総選挙 | ○5/15 | 480 |
参議院
選挙 | 当選/候補者 | 非改選 | 定数 | 備考 |
---|---|---|---|---|
(結党時) | 1/- | - | 242 | 総選挙公示に伴い0に。下記参照 |
(2009年12月) | 1/- | - | 242 | 川田龍平入党 |
第22回通常選挙 | ○10/44 | 1 | 242 |
- 当選者に追加公認は含まず。追加公認には会派に加わった無所属を含む。
- みんなの党結党は衆議院解散後なので、形式的には結党時の所属衆議院議員は0。ここでは、総選挙立候補に伴う自動失職の参議院議員1名を含めて解散時に議員で、結党に参加した人数を議席数とした。
政党交付金
- 2009年 - 1億1400万円
- 2010年 - 6億7500万円
脚注
- ↑ 1.0 1.1 1.2 塙和也 (2009-08-08) 塙和也 みんなの党:渡辺喜美氏が結成 「公務員制度改革」公約に 毎日新聞 [ arch. ] 2009-08-08 [リンク切れ]
- ↑ 2.0 2.1 2.2 (2009-08-08) 「みんなの党」旗揚げ、13人を公認へ 読売新聞 [ arch. ] 2009-08-08
- ↑ (2009-08-10) 「みんなの党」結成届け出 衆参5人が参加 共同通信社 47NEWS [ arch. ] 2010-02-14
- ↑ 時事ドットコム:衆院党派別得票数・率(比例代表)2009年9月2日閲覧[リンク切れ]
- ↑ 時事ドットコム:衆院ブロック別党派別得票数・率(北関東)2009年9月2日閲覧[リンク切れ]
- ↑ 時事ドットコム:衆院ブロック別党派別得票数・率(南関東)2009年9月2日閲覧[リンク切れ]
- ↑ (2009-08-31) 民主と「みんな」の比例議席、他党へ 4議席「譲渡」 朝日新聞 [ arch. ] 2010-02-14 [リンク切れ]
- ↑ (2010-05-18) 政界再編 触媒政党の役割強調 「化学変化起こさせる」 下野新聞 [ arch. ] 2010-06-12
- ↑ (2010-06-04) 民主支持「急回復せず」 新党、受け皿狙う 朝日新聞 [ arch. ] 2010-06-12 [リンク切れ]
- ↑ (2010-03-10) みんなの党、じわじわ人気 支持率「野党第2党」 毎日新聞 [ arch. ] 2010-06-12 [リンク切れ]
- ↑ (2010-02-22) 町田市議会議員選挙 JANJAN [ arch. ] 2010-04-06
- ↑ (2010-06-01) みんなの党:民主離党、田中氏・塩坂氏の2県議が入党へ 毎日新聞 [ arch. ] 2010-06-12 [リンク切れ]
- ↑ 13.0 13.1 13.2 13.3 13.4 13.5 (2009) みんなの党 5つの柱 マニフェスト2009 PDF みんなの党 2009 8 pp. 1-2
- ↑ () {{{title}}} [ arch. ]
- ↑ (2010-03-13) みんなの党支持率急上昇 「小さな政府」明確だから 渡辺喜美インタビュー(上) J-CASTニュース [ arch. ] 2010-04-19
- ↑ (2010-4-19) 乱立新党/中身は古い政治 しんぶん赤旗 2010-4-19 [ arch. ] 6月12日
- ↑ 中島岳志 (2010-4-30) 中島岳志 「みんなの党」のデタラメ 週刊金曜日 2010-4-30 [ arch. ] 6月12日
- ↑ () 選挙公約 みんなの党 [ arch. ] 6月12日
関連項目
外部リンク
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