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{{Otheruses|千葉県の自治体|その他の野田|野田}}
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<!--{{日本の市|
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自治体名=野田市|
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都道府県=千葉県|
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支庁=|
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コード=12208-4|
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面積=[[1 E8 m2|103.54]]|
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境界未定=なし|
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人口=156,382|
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人口の時点=2008年6月1日|
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隣接自治体=千葉県:[[柏市]]、[[流山市]]<br />
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[[埼玉県]]:[[春日部市]]、[[吉川市]]、[[幸手市]]、[[杉戸町]]、[[松伏町]]<br />[[茨城県]]:[[坂東市]]、[[守谷市]]、[[常総市]]、[[五霞町]]、[[境町]]|
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木=[[ケヤキ]]|
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花=[[ツツジ]]|
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シンボル名=市の鳥|
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鳥など=[[ひばり]]|
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郵便番号=278-8550|
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所在地=野田市鶴奉7番地の1<br />[[Image:Noda City Hall.jpg|center|220px|野田市役所]]|
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電話番号=04-7125-1111|
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外部リンク=[http://www.city.noda.chiba.jp/ 野田市]|
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経度=|
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緯度=|
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位置画像={{基礎自治体位置図|12|208}}|
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特記事項=[[画像:Flag of Noda, Chiba.png|thumb|280px|center|野田市 市章(1950年11月3日制定)]]
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}}-->
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'''野田市'''(のだし)は、[[千葉県]]の北西部に位置する[[市]]である。
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[[2003年]][[6月6日]]に[[東葛飾郡]]'''[[関宿町]]'''(せきやどまち)を編入、[[平成の大合併]]千葉県第1号となった。これにより、千葉県の最北端の自治体となった。
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== 地理 ==
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[[画像:NodaCityHall.jpg|thumb|300px|野田市役所]]
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千葉県の最北端の市である。[[関東平野]]のほぼ中央に位置しており、市の東を[[利根川]]、西を[[江戸川]]、南を[[利根運河]]によって、三方を河川に囲まれている。利根川を挟んで対岸が[[茨城県]]、江戸川をはさんで対岸が[[埼玉県]]である。
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野田という地名の由来は諸説あり定まっていない。有力な説に「野田右馬助という武将が館を構えたことに由来する」というものがあるが、逆に「野田の地名を取って野田右馬助を名乗った」とする説も存在し、はっきりしない。
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[[東武鉄道]][[野田線]]「[[野田市駅]]」周辺は[[キッコーマン]]の創業地であり、ここから毎日、全国に[[醤油]]が輸送されている。
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=== 河川等 ===
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* [[江戸川]]
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* [[利根川]]
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* [[座生川]]
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* [[利根運河]]
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=== 隣接している自治体 ===
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* [[千葉県]]
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** [[柏市]]
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** [[流山市]]
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* [[茨城県]]
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** [[坂東市]]
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** [[常総市]]
 +
** [[守谷市]]
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** [[猿島郡]]:[[五霞町]]、[[境町]]
 +
* [[埼玉県]]
 +
** [[幸手市]]
 +
** [[吉川市]]
 +
** [[春日部市]]
 +
** [[北葛飾郡]]:[[杉戸町]]、[[松伏町]]
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== 歴史 ==
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[[野田市]]と旧[[関宿町]]は合併したが、互いに異なった[[歴史]]を持ち、違った発展を遂げている。そのため、ここでは野田市と旧関宿町を別々に分けて説明する。
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=== 野田市 ===
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; 江戸時代以前
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野田は[[江戸時代]]以前の記録に乏しいが、小規模な[[遺跡]]が点在しており、古くから開かれていた[[土地]]であることがわかる。古代の遺跡としては野田[[貝塚]]、[[山崎貝塚 (千葉県)|山崎貝塚]]などが残っており、中規模の[[集落]]があったとみられている。
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[[中世]]の遺跡としては、[[後三年の役]]で活躍した[[鎌倉権五郎]]の居城や、[[古河公方]]の重臣・野田右馬助の居城があったと伝えられている。ただし遺構は発見されていない。
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また尾崎には、[[鎌倉幕府]]の有力な[[御家人]]だった[[野本家定]]の城館と伝えられる、比較的規模の大きい[[城館]]跡も残っている。木野崎には、[[国人]]の[[一色数馬]]の城館跡が残っており、[[豊臣秀吉]]の派遣した軍との戦いがあったと伝えられている。
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[[徳川家康]]の[[江戸]]入府後には、[[岡部長盛]]の居城が山崎に築かれ、のちに堤台に移ったと伝えられている。{{see|下総山崎藩}}これらの遺構や[[伝承]]はある程度残っているものの、記録が少ないため中世の情報はわからないことが多い。
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; 江戸時代
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野田は江戸時代に入るとやや記録が増える。これは、大消費地となった江戸に出荷する醤油産業が興り、恵まれた[[水運]]を利用して、[[醤油]]の一大[[ブランド]]地として栄えていったためとされる。陸上交通として、[[日光東往還]]が通されたため、山崎宿・中里宿などの宿場も興った。
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; 近代以後
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* 明治22年(1889年)[[4月1日]]
 +
** 野田町・清水村・上花輪村・中野台村・堤台村・桜台村の飛地・今上村の飛地が合併して[[野田町 (千葉県)|野田町]]が置かれる。
 +
** 大殿井村・目吹村・鶴奉村(明治7年、鶴嶋新田と奉目新田が合併)・柳沢新田・宮崎新田・中根新田・横内村・花井新田の飛地が合併して[[旭村 (千葉県東葛飾郡)|旭村]]が置かれる。
 +
** 山崎村(明治初期、亀山新田を編入)・今上村・桜台村・花井新田・堤根新田・宮崎新田の飛地・清水村の飛地・上花輪村の飛び地が合併して[[梅郷村]]が置かれる。
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** 谷津村・吉春村・蕃昌新田・五木村・五木新田・岩名村・座生新田・尾崎村の飛地が合併して[[七福村]]が置かれる。
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** 東金野井村・中里村・船形村・尾崎村が合併して[[川間村]]が置かれる
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** 木野崎村・三ツ堀村・瀬戸村・二ツ塚村・上三ケ尾村・西三ケ尾村・下三ケ尾村・大青田村の一部(運河の北側)が合併して[[福田村 (千葉県)|福田村]]が置かれる。
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; 野田市の年表
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* 明治28年(1895年)
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** 梅郷村のうち江戸川右岸(今上の一部)を埼玉県北葛飾郡旭村に編入。
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** 旭村が埼玉県中葛飾郡金杉村大字金杉の飛地を編入し大字金杉を設置。
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* 明治32年(1899年)川間村が茨城県猿島郡中川村の一部(利根川以南)を編入し大字小山・筵内・長谷を設置。
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{{Wikisource|市町村の廃置分合 (昭和25年総理府告示第177号)|野田市を置く件|総理府告示文}}
 +
* 昭和25年(1950年)[[5月3日]] - 野田町・旭村・梅郷村・七福村が合併し、'''野田市'''となる。
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* 昭和26年(1951年)[[1月1日]] - 川間村の一部を野田市に編入する<ref>[[s:市村の境界変更 (昭和26年総理府告示第61号)|昭和26年4月11日、総理府告示第61号]]</ref>。
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* 昭和26年(1951年)七福地区に大字七光台を設置
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{{Wikisource|市町の廃置分合 (昭和32年総務省告示第144号)|川間村及び福田村を野田市に編入する件|総務省告示文}}
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* 昭和32年(1957年)[[4月1日]] - 川間村・福田村を合併。
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* 昭和36年(1961年)[[9月1日]] - 関宿町との境界を変更する<ref>[[s:市町の境界変更 (昭和36年総理府告示第274号)|同日、総理府告示第274号]]</ref>。
 +
* 昭和40年(1965年)川間地区に日の出町を設置
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* 昭和46年(1971年)野田地区に中野台鹿島町を設置
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* 昭和48年(1973年)野田地区に上花輪新町を設置
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* 昭和53年(1978年)七福地区に春日町・五木新町を設置
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* 昭和55年(1980年)七福地区に岩名一丁目・岩名二丁目を設置
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* 昭和58年(1983年)南部地区に山崎貝塚町を設置
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* 昭和63年(1988年)七福地区に大字谷吉を設置
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* 平成元年(1989年)南部地区に大字山崎梅の台を設置
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* 平成7年(1995年)
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** 川間地区に大字尾崎台を設置
 +
** 梅郷地区に花井一丁目を設置
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* 平成11年(1999年)[[10月1日]] - 関宿町との境界を変更する<ref>[[s:市町の境界変更 (平成11年自治省告示第211号)|同日、自治省告示第211号]]</ref>。
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* 平成14年(2002年)南部地区にみずき一丁目・みずき二丁目・みずき三丁目・みずき四丁目を設置
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{{Wikisource|市町の廃置分合 (平成15年総務省告示第288号)|関宿町を野田市に編入する件|総務省告示文}}
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* 平成15年(2003年)[[6月6日]] 野田市と[[関宿町]]が合併し、現在の野田市となる。
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* 平成18年(2006年)
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** 9月 野田地区に清水公園東一丁目・清水公園東二丁目を設置
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** 10月 野田地区に桜の里一丁目・桜の里二丁目・桜の里三丁目を設置
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; 醤油醸造に関しては以下のようなことがあった。
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* [[1917年]](大正6年)高梨家・茂木家など在郷醤油醸造家が合同して設立されていた野田醤油醸造組合が株式会社となる。
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* [[1921年]](大正10年)[[野田醤油労働争議]]が勃発。全国から労働運動家が来訪。
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上記のように醤油醸造で久しく名を知られてきたが、市域南部に一戸建住宅地が増加するなど戦後は一貫して東京の[[ベッドタウン]]化の道をたどりつつあった。
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しかし近年[[都心回帰]]現象の影響を受け、青年男子層が進学・就職を機会に市外に流出、高齢化の進展を見ている。
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=== 旧関宿町 ===
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{{see|関宿町}}
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; 江戸時代以前
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室町時代より[[関宿城]]が築かれ簗田氏が支配する。戦国時代には、簗田氏はたびたび[[後北条氏]]と争った。
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; 江戸時代
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関宿合戦と呼ばれる。江戸時代には[[関宿藩]]がおかれ、徳川[[譜代]]の[[大名]]が城主を務めた。以後、関宿城の城下町として栄える一方、現在の江戸川と利根川の分流点に位置したため[[河岸]]ができ、また[[水上交通]]の要衝として[[関所]]が置かれた。また日光東往還の宿場として、陸上交通の要衝でもあった。下総有数の繁華の土地であり向河岸・[[境町]]も含め人口数万の繁栄を誇った。
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; 近代以後
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廃藩および舟運の衰退により以前の繁栄は失われ往時の繁栄を見出すことは難しい。一方において、[[橋幸夫]]の「[[潮来笠]]」に登場する実在地名だったので、中高年者には利根川岸の一小邑として広く知られた。大映映画「潮来笠」の舞台にもなった。橋は地名消失の報に接しすこぶる残念に思い、合併後の2005年に当地を訪れている([[TBSラジオ&コミュニケーションズ|TBSラジオ]]「[[大沢悠里のゆうゆうワイド]]」による)。
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バブル崩壊以降[[東京|東京通勤圏]]の域外と見なされ、県内地価下落率の上位地点となったうえ人口が毎年減少を続けてきた。特に最大集落、大字木間ヶ瀬は年間100人を超える人口減が起こっている(野田市役所ウェブサイト上の大字別人口統計に基づく)。南部地区は逆に毎年、人口が増えている。
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; 旧関宿町の年表
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* [[1889年]](明治22年)[[4月1日]] - 関宿町・[[二川村 (千葉県東葛飾郡)|二川村]]・[[木間ヶ瀬村]]が置かれる。
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{{Wikisource|町村の廃置分合 (昭和30年総理府告示第1332号)|関宿町を置く件|総理府告示文}}
 +
* [[1955年]](昭和30年)[[7月20日]] - (旧)関宿町・二川村・木間ヶ瀬村が合併し、'''[[関宿町]]'''となる。
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* [[2003年]](平成15年)[[6月6日]] - 関宿町は野田市に編入される。
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; 関連事項
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* [[日本の廃止市町村一覧]]
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* [[千葉県の廃止市町村一覧]]
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== 人口 ==
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{{人口統計|code=12208|name=野田市}}
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== 行政 ==
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=== 野田市市民憲章(略して[[野田憲太郎|野田憲]]) ===
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**1 郷土の自然を愛し、平和で安全な環境を守ります
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**2 たがいに助け合い、すべての市民の幸福を願います
 +
**3 からだをきたえ、仕事に励み、楽しい家庭をつくります
 +
**4 きまりを守り、信頼と愛情を深め、心豊かな社会を築きます
 +
**5 教養と文化を高め、自由と希望に満ちた郷土をめざします
 +
 
 +
; 市長
 +
[[根本崇]]([[1992年]][[7月4日]] 就任)
 +
*1期 1992年 - 1996年
 +
*2期 1996年 - 2000年
 +
*3期 2000年 - 2004年
 +
*4期 2004年 - 2008年
 +
*5期 2008年 -
 +
=== 議会 ===
 +
; 市議会
 +
定数は32人。
 +
==== 構成 ====
 +
{|
 +
!会派!!議席数
 +
|-
 +
|[[清風会]]||8
 +
|-
 +
|[[公明党]]||5
 +
|-
 +
|[[民主連合]]||5
 +
|-
 +
|[[市政クラブ]]||4
 +
|-
 +
|[[民政クラブ]]||3
 +
|-
 +
|[[日本共産党]]||3
 +
|-
 +
|[[市民ネットワーク]]||2
 +
|-
 +
|[[新社会党]]||1
 +
|-
 +
|[[無所属]]||1
 +
|-
 +
|}
 +
 
 +
=== 公共施設 ===
 +
* 野田市役所
 +
* 野田市文化会館
 +
* [[いちいのホール]]
 +
* [[欅のホール]]
 +
* 北コミュニティセンター
 +
* 南コミュニティセンター
 +
* 興風会館
 +
 
 +
== 経済 ==
 +
=== 農業 ===
 +
* 全国有数の枝豆の生産地:枝豆のお酒の名前を公募し、2006年に「[http://heartland.ocnk.net/product/12 まめなのだ]」と命名。
 +
=== 工業 ===
 +
* 工業団地
 +
** 野田工業団地(主な企業 大黒ヂーゼル工業所、坂自動車など)
 +
** 南部工業団地(主な企業 [[日本ミルクコミュニティ]]、[[日立物流]]など)
 +
** 北部工業団地(主な企業 サンデリカ、[[トステム]]など)
 +
** 中里工業団地(主な企業 [[トステム]]、[[パスコ]]など)
 +
** 関宿はやま工業団地(主な企業 [[味の素]]物流、セキノ興産など)
 +
** (仮称)船形工業団地を現在造成中
 +
 
 +
* 市内に本社がある主な企業
 +
**[[キッコーマン]]株式会社
 +
**[[キノエネ醤油]]株式会社
 +
**[[利根コカ・コーラボトリング]]株式会社
 +
**[[野田ガス]]株式会社
 +
**株式会社日本一
 +
 
 +
* 市内に事業所がある主な企業
 +
**[[キッコーマン]]株式会社(野田工場、研究本部、東東京支店、子会社数社)
 +
**[[利根コカ・コーラボトリング]]株式会社(野田支店、子会社数社)
 +
**株式会社[[SUMCO]]
 +
**[[トステム]]株式会社
 +
**[[日本ミルクコミュニティ]]株式会社(旧雪印乳業)
 +
**株式会社[[日立物流]]
 +
**[[敷島製パン]]株式会社
 +
**[[曽田香料]]株式会社
 +
**[[ミヤチテクノス]]株式会社
 +
**[[天馬]]株式会社
 +
**[[トナミ運輸]]株式会社
 +
**[[三菱電機ロジスティクス]]株式会社
 +
 
 +
=== 商業施設 ===
 +
* [[ショッピングセンターノア]]([[ジャスコ]]、他 多数店舗あり)
 +
* [[ショッピングセンターパルノア]]([[トイザらス]]、[[大創産業|ダイソー]]、他 全4店舗)
 +
* [[みずきショッピングセンター]]([[いなげや]]、[[ホーマック]]、[[ココス]]、他 全13店舗)
 +
* [[ウニクス野田]]([[ヤオコー]]、他 多数店舗あり)
 +
* [[ロックタウン野田七光台]]([[マックスバリュ]]、[[ロイヤルホームセンター]]、[[七光台温泉]]、[[TSUTAYA]]、他 多数店舗あり)
 +
* [[イオンモール野田]](2009年春以降オープン予定)
 +
* [http://heartland.ocnk.net/ 野田市のいいもの特産・ハートランド通販]
 +
 
 +
他に市内には、野田地域([[中心市街地]])があるほか、旧日光街道沿い、川間駅周辺に商店が集中する。
 +
 
 +
また、愛宕駅前西口、七光台駅前西口、桜の里地区にショッピングセンターの建設が予定されている。進出予定企業はそれぞれ[[イトーヨーカドー]]、[[サンベルクス]]、[[ベイシア]]。
 +
 
 +
=== 温浴施設 ===
 +
近年スーパー銭湯などの温浴施設が増えている。近隣市町村の温浴施設とも激しい競合が行われている。
 +
これらの温浴施設は半径5km以内に集中している。
 +
* [[野田の湯 湯食館]]
 +
* [[東武スパ・リゾート野田 潮の湯]]
 +
* [[七光台温泉]]
 +
* [[野天風呂 湯の郷]]
 +
 
 +
=== 宿泊施設 ===
 +
* [[野田東武ホテル]]
 +
* [[クリアビューゴルフクラブ&ホテル]]
 +
 
 +
===ゴルフ場===
 +
* 野田市パブリックゴルフ場(ひばりコース・けやきコース)
 +
* 千葉カントリークラブ(野田コース・川間コース・梅郷コース)
 +
* 紫カントリークラブ(すみれコース・あやめコース)
 +
* クリアビューゴルフクラブ 
 +
 
 +
== 姉妹都市・提携都市 ==
 +
* [[静岡県]][[島田市]](防災協定)
 +
* [[福島県]][[須賀川市]](旧関宿町が協定)
 +
 
 +
== 言語 ==
 +
<!--{{出典の明記}}-->
 +
* [[金田一春彦]]の回想録によると[[東京方言]]との間に特筆すべき差がないとされているが、茨城県南西部や埼玉県南東部とともに[[下総国]][[葛飾郡]]を構成していたためか、中・高年齢者には[[西関東方言]](千葉県・埼玉県の他地域など)と[[東関東方言]](茨城県など)が混合したような方言の話者が多い。この場合、[[アクセント]]も茨城弁ほどでないにせよ曖昧化・崩壊が見られ、[[東京式アクセント]]とはほど遠い。同様の方言は、隣接する流山市や埼玉県吉川市・三郷市などでも聞かれ、北へ行くほど東京式アクセントとの乖離が大きい傾向がある。
 +
 
 +
野田弁辞書サイト[http://www.ramex.tv/nodaben/index.html.html わかんねーけど野田弁]
 +
 
 +
== 地域 ==
 +
=== 教育 ===
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==== 小学校 ====
 +
; 野田地区
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* [http://www.chiba-c.ed.jp/noda/chuou-e/ 野田市立中央小学校]
 +
* [http://www.chiba-c.ed.jp/noda/miyazaki-e/ 野田市立宮崎小学校]
 +
* [http://www.chiba-c.ed.jp/noda/toubu-e/ 野田市立東部小学校]
 +
* [http://www.chiba-c.ed.jp/noda/nanbu-e/ 野田市立南部小学校]
 +
* [http://www.chiba-c.ed.jp/noda/hokubu-e/index.html 野田市立北部小学校]
 +
* [http://www.chiba-c.ed.jp/noda/kawama-e/ 野田市立川間小学校]
 +
* 野田市立福田第一小学校
 +
* [http://www.chiba-c.ed.jp/noda/fukudadaini-e/ 野田市立福田第二小学校]
 +
* [http://www.chiba-c.ed.jp/noda/shimizudai-e/ 野田市立清水台小学校]
 +
* 野田市立柳沢小学校
 +
* [http://www.chiba-c.ed.jp/noda/yamazaki-e/ 野田市立山崎小学校]
 +
* [http://www.chiba-c.ed.jp/noda/iwaki-e/ 野田市立岩木小学校]
 +
* 野田市立尾崎小学校
 +
* [http://www.chiba-c.ed.jp/noda/nanakoudai-e/ 野田市立七光台小学校]
 +
* [http://www.chiba-c.ed.jp/noda/futatsuka-e/ 野田市立二ツ塚小学校]
 +
* [http://www.chiba-c.ed.jp/noda/mizuki-e/ 野田市立みずき小学校]
 +
; 関宿地区
 +
* 野田市立木間ヶ瀬小学校
 +
* [http://www.chiba-c.ed.jp/noda/futakawa-e/ 野田市立二川小学校]
 +
* [http://www.chiba-c.ed.jp/noda/sekiyado-e/ 野田市立関宿小学校]
 +
* [http://www.chiba-c.ed.jp/noda/sekiyadochuou-e/ 野田市立関宿中央小学校]
 +
 
 +
==== 中学校 ====
 +
* 野田市立第一中学校
 +
* [http://www.chiba-c.ed.jp/noda/daini-j/ 野田市立第二中学校]
 +
* [http://www.chiba-c.ed.jp/noda/toubu-j/ 野田市立東部中学校]
 +
* [[野田市立南部中学校]]
 +
* 野田市立北部中学校
 +
* [http://www.chiba-c.ed.jp/noda/kawama-j/ 野田市立川間中学校]
 +
* 野田市立福田中学校
 +
* 野田市立岩名中学校
 +
* [http://www.chiba-c.ed.jp/noda/kimagase-j/ 野田市立木間ヶ瀬中学校]
 +
* [http://www.chiba-c.ed.jp/noda/futakawa-j/ 野田市立二川中学校]
 +
* 野田市立関宿中学校
 +
* [[西武台中学校・西武台千葉高等学校|西武台中学校]]
 +
 
 +
==== 高等学校 ====
 +
* [[千葉県立清水高等学校]]
 +
* [[千葉県立野田中央高等学校]](旧野田北高校、野田高校(女子高)が合併)
 +
* [[千葉県立関宿高等学校]]
 +
* [[西武台中学校・西武台千葉高等学校|西武台千葉高等学校]]
 +
* [[あずさ第一高等学校]]
 +
 
 +
==== 大学 ====
 +
* [[東京理科大学]] 野田キャンパス
 +
 
 +
==== 専門学校など ====
 +
* 専門学校野田鎌田学園
 +
* 野田准看護高等専修学校
 +
* 正心実業専門学校
 +
* 千葉県立野田看護専門学校
 +
* 千葉県立野田特別支援学校
 +
 
 +
== 交通 ==
 +
=== 鉄道路線 ===
 +
; 中心となる駅:野田市駅
 +
* [[東武鉄道]]
 +
** [[東武野田線|野田線]]([[川間駅]] - [[七光台駅]] - [[清水公園駅]] - [[愛宕駅 (千葉県)|愛宕駅]] - [[野田市駅]] - [[梅郷駅]])
 +
 
 +
=== 廃線となった路線 ===
 +
* [[野田人車鉄道]]
 +
 
 +
=== 計画中の路線 ===
 +
* [[東京直結鉄道]](構想)
 +
2000年1月の運輸政策審議会答申第18号において、[[地下鉄]]8号線([[東京地下鉄有楽町線|有楽町線]])の[[亀有]]から先の延伸区間が野田市とされ、目標年次(2015年)までに整備着手することが適当である路線に位置付けられた。経路は豊洲 - 東陽町 - 住吉 - 押上 - 四ツ木 - 亀有 - 野田市を計画している。しかし、延伸構想は具体化されておらず、他の関係各市の自治体からは市民に対しての公式発表はされていない。
 +
市は早期事業化のために、八潮-野田市間を先行的に整備し、八潮で[[首都圏新都市鉄道つくばエクスプレス|つくばエクスプレス]]と相互乗り入れすることを目指している。この場合、八潮から草加市を通り、武蔵野線の[[越谷レイクタウン駅]]、吉川市、松伏町を経由して野田市駅に至るルート(9駅設定:延長18.2km)を計画している。
 +
 
 +
=== 道路 ===
 +
* 有料道路
 +
** [[下総利根大橋有料道路]]
 +
* 過去の有料道路
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** [[松戸野田有料道路]](1977年10月1日から2007年9月30日まで有料だったが、料金徴収期間満了に伴い、2007年10月1日より無料開放となった。)
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* 一般国道
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** [[国道16号]]([[春日部野田バイパス]])
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** [[国道16号]]([[千葉柏道路]] ※計画中のバイパス)
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* 都道府県道
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** 主要地方道
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*** [[茨城県道・千葉県道3号つくば野田線]]
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*** [[千葉県道5号松戸野田線]]
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*** [[千葉県道7号我孫子関宿線]]
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*** [[茨城県道・千葉県道17号結城野田線]]
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*** [[埼玉県道・千葉県道19号越谷野田線]]
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*** [[茨城県道・千葉県道・埼玉県道26号境杉戸線]]
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*** [[埼玉県道・千葉県道42号松伏春日部関宿線]]
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*** [[千葉県道・茨城県道46号野田牛久線]]
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*** [[千葉県道・埼玉県道80号野田岩槻線]]
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** 一般県道
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*** [[茨城県道・千葉県道142号岩井野田線]]
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*** [[茨城県道・千葉県道162号岩井関宿野田線]]([[下総利根大橋有料道路]])
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*** [[千葉県道・埼玉県道183号次木杉戸線]]
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*** [[千葉県道194号川間停車場線]]
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*** [[埼玉県道・千葉県道326号川藤野田線]]
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*** [[千葉県道401号松戸野田関宿自転車道線]]
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== 名所・旧跡・観光スポット ==
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市内の[[清水公園]]は花見の名所として知られ、「[[日本さくら名所100選]]」(財団法人日本さくらの会/1990年)に選定されている。また富士山の良く見えるところ100選で野田市で数ヶ所選ばれ1つとなっている。
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* [[清水公園]]
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* [[関宿城]]
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* [[鈴木貫太郎記念館]]
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* [[キッコーマン]]もの知りしょうゆ館
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* [[津久舞]]
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夏祭りに演じられる雨乞の神事で、白装束に蛙面の演者が、高さ5メートルの柱の上、綱の上で軽業を演じる。
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* [[バッパカ獅子舞]]
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清水村八幡神社の祭礼で、疫病の厄除けとして棒術と居合術、獅子舞が奉納される。
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*'''詳しくは[[野田市の文化財]]を参照。'''
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== 出身・関連有名人 ==
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* [[小津安二郎]]([[映画監督]])
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* [[鈴木貫太郎]]([[海軍大将]]、終戦時[[内閣総理大臣]])
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* [[新村勝雄]](元市長、元[[衆議院議員]])
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* [[関根金次郎]](将棋棋士、13世名人)
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* [[後藤純男]]([[日本画家]])
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* [[江口寿史]]([[漫画家]])
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* [[愛染恭子]]([[アダルト]]女優)
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* 五代目[[鈴々舎馬風]]([[落語家]])
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* [[初見良昭]](忍術家)
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* [[池沢さとし]]([[漫画家]])
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* [[半田浩二]]([[演歌]][[歌手]])
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* [[春風亭一之輔]]([[落語家]])
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* [[十文字貴信]]([[競輪選手]])
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* [[折原みか]]([[グラビアアイドル]])
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* [[伊藤大介]]([[Something ELse]])([[ミュージシャン]])
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* [[内田勝正]]([[俳優]])
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* [[山中直治]]([[作曲家]])
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* [[桜田精一]]([[洋画家]])
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* [[ますむらひろし]]([[漫画家]])
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* [[栗原克実]]([[水墨画家]])
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* [[高梨兵左衛門]]([[実業家]][[キッコーマン]])
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* [[茂木七左右衛門]]([[実業家]][[キッコーマン]])
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* [[茂木佐平治]]([[実業家]][[キッコーマン]])
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* [[DABO]]([[ラッパー]])
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* [[山田マン]]([[ラッパ我リヤ]])([[ラッパー]])
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* [[kyoroko]](ミュージシャン)
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* [[武田航平]]([[俳優・タレント]])
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* [[ナオト・インティライミ]](ミュージシャン)
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* [[ワンワンニャンニャン]]([[お笑いコンビ]])
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* [[米川千嘉子]]([[歌人]])
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* [[大島麻衣]]([[AKB48]])([[女性アイドル]])
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* [[永岡真実]]([[女優]]・女性アイドル・[[ファッションモデル]])
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* [[久世氏]]([[大名]]・[[関宿藩]])
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* [[岡部長盛]]([[大名]]・[[下総山崎藩]])
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* [[津島亜由子]]([[フリーアナウンサー]])
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* [[佐藤弥生]]([[女性タレント]])
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* [[大島嵩弘]]([[プロサッカー選手]])
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* [[ラショウ]]([[ゲームクリエーター]]、[[漫画家]])
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* [[夏焼雅]]([[Berryz工房]])([[歌手]])
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* [[高橋のぼる]]([[漫画家]])
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* [[川上 岳]] ([[ラッパー]])
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* [[渡野辺マント]]([[上々颱風]]) ([[ミュージシャン]])
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* [[猪野陽子]]([[上々颱風]]) ([[ミュージシャン]])
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* [[後藤まさる]]([[ミュージシャン]])
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* [[冷蔵庫マン]]([[飯塚俊太郎]]・[[ワハハ本舗]]) ([[お笑い芸人]]・[[役者]])
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== その他 ==
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* 総世帯数 58,925世帯(2007年12月1日現在)
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* [[1997年]][[10月20日]]に[[関東運輸局]][[千葉運輸支局]][[野田自動車検査登録事務所]]が業務を開始し、野田[[ナンバープレート (日本)|ナンバー]]が生まれた。
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** 野田ナンバー管轄区域:野田市 [[松戸市]][[流山市]]
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* 合併によって誕生した[[まめバス]]、[[いちいのホール]]などが合併のモデルケースとして[[総務省]]によって全国に紹介された。
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* 学校教育先進都市としても呼ばれていて、全国に先駆け「土曜日対策」としてサタデースクール、オープンサタデークラブなどを開始した。また、マイステップ(算数、数学)など独自の副教本の作成や少人数授業、[[二学期制]]導入などさまざまな[[政策]]を行っている。これ以外にも多くの政策を行っている。
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* 上記以外に[[キャリア教育]]に力をいれ、中学2年生には野田市統一で5日間の職場体験学習を行っている。受け入れ先は野田市全体で300を越え、学校別に見ても大規模なところでは100近くにもなる。中学1年生にも職場見学を行っているところも多い。予定として小学6年生にもキャリア教育をすることが決まった。
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* 南部工業団地内にある、[[東京電力]]新野田[[変電所]]は、総出力794万kVA(2006年4月現在)であり世界最大級の変電所として[[1999年]][[10月]]に[[ギネス・ワールド・レコーズ|ギネスブック]]に認定された。
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* [[宗教法人]][[霊波之光]]の本部、天使閣がある。
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* 童謡「[[かごめかごめ]]」は野田市が発祥地といわれており、東武野田線の清水公園駅の前に「かごめ唄の碑」が建立されている。
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* 関東運輸局千葉運輸支局野田自動車検査登録事務所が建設される以前に、当該用地が1991年度の[[日本放送協会|NHK]][[連続テレビ小説]]「[[君の名は]]」のロケ撮影地として利用された。
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* 7月15日付けで野田市報の発行が1000号になった。特集として今までの市報や市報の移り変わりなどを掲載している。
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=== [[電話番号]]の[[市外局番]] ===
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[[柏市]]、野田市(それぞれ両市に合併された[[東葛飾郡]]の旧町域も含む)、[[我孫子市]]、[[流山市]]では市内局番の不足に伴い、2002年2月よりこれまでの「0471」の市外局番のうち、「71」を市内局番にまわして市外局番を「04」に変更した。2桁の市外局番を採用したのは東京23区(03) 、大阪市及び一部周辺地域(06) に続き3例目。市内局番が3桁になると緊急ダイヤル(110警察、119消防救急)及びNTTのサービス番号等に影響してしまうための処置である。
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ただ、これ以降[[埼玉県]]の「0429」、[[千葉県]]の[[鴨川市]]など「0470」で、かつ市内局番の冒頭が9の地域も「04」に変更されており、これらの04地域に電話をする場合も04を最初に回すことになる。天気予報は従来と同じく「0471-177」である。
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現在も電話番号の部分が「0471-」のままの[[看板]]等も多く残っている。
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== 関連項目 ==
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* [[福田村事件]](1923年)
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* [[NODA BASEBALL CLUB]]
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*[[野田市の文化財]]
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*[[野田犬]]{{要出典}}
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*[[野田憲太郎]]{{要出典}}
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== 脚注 ==
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{{脚注ヘルプ}}
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{{reflist|2}}
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== 外部リンク ==
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* [http://www.city.noda.chiba.jp/ 野田市ホームページ]
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* [http://www.kanko-nodacity.jp/ 野田市観光協会]
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* [http://www.shimizu-kouen.com/ 清水公園]
 +
* [http://www.sekiyadohaku.com/ 関宿城博物館]
 +
* [http://www.city.noda.chiba.jp/gappei/ 野田市・関宿町合併協議会]
 +
* [http://nodacity.gooside.com/ 野田市民の掲示板・野田情報局]
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{{千葉県の自治体}}
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[[Category:千葉県の市町村|のたし]]
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[[Category:野田市|*]]
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[[Category:野田憲太郎|のたし]]

2012年1月20日 (金) 10:28時点における版

野田市(のだし)は、千葉県の北西部に位置するである。

2003年6月6日東葛飾郡関宿町(せきやどまち)を編入、平成の大合併千葉県第1号となった。これにより、千葉県の最北端の自治体となった。

地理

千葉県の最北端の市である。関東平野のほぼ中央に位置しており、市の東を利根川、西を江戸川、南を利根運河によって、三方を河川に囲まれている。利根川を挟んで対岸が茨城県、江戸川をはさんで対岸が埼玉県である。

野田という地名の由来は諸説あり定まっていない。有力な説に「野田右馬助という武将が館を構えたことに由来する」というものがあるが、逆に「野田の地名を取って野田右馬助を名乗った」とする説も存在し、はっきりしない。

東武鉄道野田線野田市駅」周辺はキッコーマンの創業地であり、ここから毎日、全国に醤油が輸送されている。

河川等

隣接している自治体

歴史

野田市と旧関宿町は合併したが、互いに異なった歴史を持ち、違った発展を遂げている。そのため、ここでは野田市と旧関宿町を別々に分けて説明する。

野田市

江戸時代以前

野田は江戸時代以前の記録に乏しいが、小規模な遺跡が点在しており、古くから開かれていた土地であることがわかる。古代の遺跡としては野田貝塚山崎貝塚などが残っており、中規模の集落があったとみられている。

中世の遺跡としては、後三年の役で活躍した鎌倉権五郎の居城や、古河公方の重臣・野田右馬助の居城があったと伝えられている。ただし遺構は発見されていない。

また尾崎には、鎌倉幕府の有力な御家人だった野本家定の城館と伝えられる、比較的規模の大きい城館跡も残っている。木野崎には、国人一色数馬の城館跡が残っており、豊臣秀吉の派遣した軍との戦いがあったと伝えられている。

徳川家康江戸入府後には、岡部長盛の居城が山崎に築かれ、のちに堤台に移ったと伝えられている。下総山崎藩 を参照これらの遺構や伝承はある程度残っているものの、記録が少ないため中世の情報はわからないことが多い。

江戸時代

野田は江戸時代に入るとやや記録が増える。これは、大消費地となった江戸に出荷する醤油産業が興り、恵まれた水運を利用して、醤油の一大ブランド地として栄えていったためとされる。陸上交通として、日光東往還が通されたため、山崎宿・中里宿などの宿場も興った。

近代以後
  • 明治22年(1889年)4月1日
    • 野田町・清水村・上花輪村・中野台村・堤台村・桜台村の飛地・今上村の飛地が合併して野田町が置かれる。
    • 大殿井村・目吹村・鶴奉村(明治7年、鶴嶋新田と奉目新田が合併)・柳沢新田・宮崎新田・中根新田・横内村・花井新田の飛地が合併して旭村が置かれる。
    • 山崎村(明治初期、亀山新田を編入)・今上村・桜台村・花井新田・堤根新田・宮崎新田の飛地・清水村の飛地・上花輪村の飛び地が合併して梅郷村が置かれる。
    • 谷津村・吉春村・蕃昌新田・五木村・五木新田・岩名村・座生新田・尾崎村の飛地が合併して七福村が置かれる。
    • 東金野井村・中里村・船形村・尾崎村が合併して川間村が置かれる
    • 木野崎村・三ツ堀村・瀬戸村・二ツ塚村・上三ケ尾村・西三ケ尾村・下三ケ尾村・大青田村の一部(運河の北側)が合併して福田村が置かれる。
野田市の年表
  • 明治28年(1895年)
    • 梅郷村のうち江戸川右岸(今上の一部)を埼玉県北葛飾郡旭村に編入。
    • 旭村が埼玉県中葛飾郡金杉村大字金杉の飛地を編入し大字金杉を設置。
  • 明治32年(1899年)川間村が茨城県猿島郡中川村の一部(利根川以南)を編入し大字小山・筵内・長谷を設置。
  • 昭和25年(1950年)5月3日 - 野田町・旭村・梅郷村・七福村が合併し、野田市となる。
  • 昭和26年(1951年)1月1日 - 川間村の一部を野田市に編入する[1]
  • 昭和26年(1951年)七福地区に大字七光台を設置
  • 昭和32年(1957年)4月1日 - 川間村・福田村を合併。
  • 昭和36年(1961年)9月1日 - 関宿町との境界を変更する[2]
  • 昭和40年(1965年)川間地区に日の出町を設置
  • 昭和46年(1971年)野田地区に中野台鹿島町を設置
  • 昭和48年(1973年)野田地区に上花輪新町を設置
  • 昭和53年(1978年)七福地区に春日町・五木新町を設置
  • 昭和55年(1980年)七福地区に岩名一丁目・岩名二丁目を設置
  • 昭和58年(1983年)南部地区に山崎貝塚町を設置
  • 昭和63年(1988年)七福地区に大字谷吉を設置
  • 平成元年(1989年)南部地区に大字山崎梅の台を設置
  • 平成7年(1995年)
    • 川間地区に大字尾崎台を設置
    • 梅郷地区に花井一丁目を設置
  • 平成11年(1999年)10月1日 - 関宿町との境界を変更する[3]
  • 平成14年(2002年)南部地区にみずき一丁目・みずき二丁目・みずき三丁目・みずき四丁目を設置
  • 平成15年(2003年)6月6日 野田市と関宿町が合併し、現在の野田市となる。
  • 平成18年(2006年)
    • 9月 野田地区に清水公園東一丁目・清水公園東二丁目を設置
    • 10月 野田地区に桜の里一丁目・桜の里二丁目・桜の里三丁目を設置
醤油醸造に関しては以下のようなことがあった。
  • 1917年(大正6年)高梨家・茂木家など在郷醤油醸造家が合同して設立されていた野田醤油醸造組合が株式会社となる。

上記のように醤油醸造で久しく名を知られてきたが、市域南部に一戸建住宅地が増加するなど戦後は一貫して東京のベッドタウン化の道をたどりつつあった。

しかし近年都心回帰現象の影響を受け、青年男子層が進学・就職を機会に市外に流出、高齢化の進展を見ている。

旧関宿町

関宿町 を参照

江戸時代以前

室町時代より関宿城が築かれ簗田氏が支配する。戦国時代には、簗田氏はたびたび後北条氏と争った。

江戸時代

関宿合戦と呼ばれる。江戸時代には関宿藩がおかれ、徳川譜代大名が城主を務めた。以後、関宿城の城下町として栄える一方、現在の江戸川と利根川の分流点に位置したため河岸ができ、また水上交通の要衝として関所が置かれた。また日光東往還の宿場として、陸上交通の要衝でもあった。下総有数の繁華の土地であり向河岸・境町も含め人口数万の繁栄を誇った。

近代以後

廃藩および舟運の衰退により以前の繁栄は失われ往時の繁栄を見出すことは難しい。一方において、橋幸夫の「潮来笠」に登場する実在地名だったので、中高年者には利根川岸の一小邑として広く知られた。大映映画「潮来笠」の舞台にもなった。橋は地名消失の報に接しすこぶる残念に思い、合併後の2005年に当地を訪れている(TBSラジオ大沢悠里のゆうゆうワイド」による)。

バブル崩壊以降東京通勤圏の域外と見なされ、県内地価下落率の上位地点となったうえ人口が毎年減少を続けてきた。特に最大集落、大字木間ヶ瀬は年間100人を超える人口減が起こっている(野田市役所ウェブサイト上の大字別人口統計に基づく)。南部地区は逆に毎年、人口が増えている。

旧関宿町の年表
関連事項

人口

600px
野田市と全国の年齢別人口分布(2005年) 野田市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 野田市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性

}}

野田市(に相当する地域)の人口の推移
テンプレート:人口統計/12
総務省統計局 国勢調査より

行政

野田市市民憲章(略して野田憲

    • 1 郷土の自然を愛し、平和で安全な環境を守ります
    • 2 たがいに助け合い、すべての市民の幸福を願います
    • 3 からだをきたえ、仕事に励み、楽しい家庭をつくります
    • 4 きまりを守り、信頼と愛情を深め、心豊かな社会を築きます
    • 5 教養と文化を高め、自由と希望に満ちた郷土をめざします
市長

根本崇1992年7月4日 就任)

  • 1期 1992年 - 1996年
  • 2期 1996年 - 2000年
  • 3期 2000年 - 2004年
  • 4期 2004年 - 2008年
  • 5期 2008年 -

議会

市議会

定数は32人。

構成

会派 議席数
清風会 8
公明党 5
民主連合 5
市政クラブ 4
民政クラブ 3
日本共産党 3
市民ネットワーク 2
新社会党 1
無所属 1

公共施設

経済

農業

  • 全国有数の枝豆の生産地:枝豆のお酒の名前を公募し、2006年に「まめなのだ」と命名。

工業

  • 工業団地
    • 野田工業団地(主な企業 大黒ヂーゼル工業所、坂自動車など)
    • 南部工業団地(主な企業 日本ミルクコミュニティ日立物流など)
    • 北部工業団地(主な企業 サンデリカ、トステムなど)
    • 中里工業団地(主な企業 トステムパスコなど)
    • 関宿はやま工業団地(主な企業 味の素物流、セキノ興産など)
    • (仮称)船形工業団地を現在造成中

商業施設

他に市内には、野田地域(中心市街地)があるほか、旧日光街道沿い、川間駅周辺に商店が集中する。

また、愛宕駅前西口、七光台駅前西口、桜の里地区にショッピングセンターの建設が予定されている。進出予定企業はそれぞれイトーヨーカドーサンベルクスベイシア

温浴施設

近年スーパー銭湯などの温浴施設が増えている。近隣市町村の温浴施設とも激しい競合が行われている。 これらの温浴施設は半径5km以内に集中している。

宿泊施設

ゴルフ場

  • 野田市パブリックゴルフ場(ひばりコース・けやきコース)
  • 千葉カントリークラブ(野田コース・川間コース・梅郷コース)
  • 紫カントリークラブ(すみれコース・あやめコース)
  • クリアビューゴルフクラブ

姉妹都市・提携都市

言語

  • 金田一春彦の回想録によると東京方言との間に特筆すべき差がないとされているが、茨城県南西部や埼玉県南東部とともに下総国葛飾郡を構成していたためか、中・高年齢者には西関東方言(千葉県・埼玉県の他地域など)と東関東方言(茨城県など)が混合したような方言の話者が多い。この場合、アクセントも茨城弁ほどでないにせよ曖昧化・崩壊が見られ、東京式アクセントとはほど遠い。同様の方言は、隣接する流山市や埼玉県吉川市・三郷市などでも聞かれ、北へ行くほど東京式アクセントとの乖離が大きい傾向がある。

野田弁辞書サイトわかんねーけど野田弁

地域

教育

小学校

野田地区
関宿地区

中学校

高等学校

大学

専門学校など

  • 専門学校野田鎌田学園
  • 野田准看護高等専修学校
  • 正心実業専門学校
  • 千葉県立野田看護専門学校
  • 千葉県立野田特別支援学校

交通

鉄道路線

中心となる駅:野田市駅

廃線となった路線

計画中の路線

2000年1月の運輸政策審議会答申第18号において、地下鉄8号線(有楽町線)の亀有から先の延伸区間が野田市とされ、目標年次(2015年)までに整備着手することが適当である路線に位置付けられた。経路は豊洲 - 東陽町 - 住吉 - 押上 - 四ツ木 - 亀有 - 野田市を計画している。しかし、延伸構想は具体化されておらず、他の関係各市の自治体からは市民に対しての公式発表はされていない。 市は早期事業化のために、八潮-野田市間を先行的に整備し、八潮でつくばエクスプレスと相互乗り入れすることを目指している。この場合、八潮から草加市を通り、武蔵野線の越谷レイクタウン駅、吉川市、松伏町を経由して野田市駅に至るルート(9駅設定:延長18.2km)を計画している。

道路

名所・旧跡・観光スポット

市内の清水公園は花見の名所として知られ、「日本さくら名所100選」(財団法人日本さくらの会/1990年)に選定されている。また富士山の良く見えるところ100選で野田市で数ヶ所選ばれ1つとなっている。

夏祭りに演じられる雨乞の神事で、白装束に蛙面の演者が、高さ5メートルの柱の上、綱の上で軽業を演じる。

清水村八幡神社の祭礼で、疫病の厄除けとして棒術と居合術、獅子舞が奉納される。

出身・関連有名人

その他

  • 総世帯数 58,925世帯(2007年12月1日現在)
  • 1997年10月20日関東運輸局千葉運輸支局野田自動車検査登録事務所が業務を開始し、野田ナンバーが生まれた。
  • 合併によって誕生したまめバスいちいのホールなどが合併のモデルケースとして総務省によって全国に紹介された。
  • 学校教育先進都市としても呼ばれていて、全国に先駆け「土曜日対策」としてサタデースクール、オープンサタデークラブなどを開始した。また、マイステップ(算数、数学)など独自の副教本の作成や少人数授業、二学期制導入などさまざまな政策を行っている。これ以外にも多くの政策を行っている。
  • 上記以外にキャリア教育に力をいれ、中学2年生には野田市統一で5日間の職場体験学習を行っている。受け入れ先は野田市全体で300を越え、学校別に見ても大規模なところでは100近くにもなる。中学1年生にも職場見学を行っているところも多い。予定として小学6年生にもキャリア教育をすることが決まった。
  • 南部工業団地内にある、東京電力新野田変電所は、総出力794万kVA(2006年4月現在)であり世界最大級の変電所として1999年10月ギネスブックに認定された。
  • 宗教法人霊波之光の本部、天使閣がある。
  • 童謡「かごめかごめ」は野田市が発祥地といわれており、東武野田線の清水公園駅の前に「かごめ唄の碑」が建立されている。
  • 関東運輸局千葉運輸支局野田自動車検査登録事務所が建設される以前に、当該用地が1991年度のNHK連続テレビ小説君の名は」のロケ撮影地として利用された。
  • 7月15日付けで野田市報の発行が1000号になった。特集として今までの市報や市報の移り変わりなどを掲載している。

電話番号市外局番

柏市、野田市(それぞれ両市に合併された東葛飾郡の旧町域も含む)、我孫子市流山市では市内局番の不足に伴い、2002年2月よりこれまでの「0471」の市外局番のうち、「71」を市内局番にまわして市外局番を「04」に変更した。2桁の市外局番を採用したのは東京23区(03) 、大阪市及び一部周辺地域(06) に続き3例目。市内局番が3桁になると緊急ダイヤル(110警察、119消防救急)及びNTTのサービス番号等に影響してしまうための処置である。

ただ、これ以降埼玉県の「0429」、千葉県鴨川市など「0470」で、かつ市内局番の冒頭が9の地域も「04」に変更されており、これらの04地域に電話をする場合も04を最初に回すことになる。天気予報は従来と同じく「0471-177」である。

現在も電話番号の部分が「0471-」のままの看板等も多く残っている。

関連項目

脚注

外部リンク


テンプレート:千葉県の自治体