泡沫候補

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泡沫候補(ほうまつこうほ)とは、選挙で当選する見込みが極めて薄い選挙候補者。特殊候補、インディーズ候補とも呼ばれる。英語では一般に minor candidateと呼ばれ、Perennial candidate(en)という言い方もある(ただし後者は頻繁に立候補するものの当選には至らない著名・有力候補もしくは「万年候補」というニュアンスが強く、一度だけ立候補する場合は含まれない傾向がある)。「沫」が常用漢字に含まれないため、新聞などでは泡まつ候補まぜ書きしたり、泡末候補書き換える場合もある。

概説[編集]

「立候補してものように消えてしまい落選する候補」という意味からつけられており、候補として立候補する以外に政治的活動があまり注目されない場合にそう呼ばれることが多い。やや侮蔑的な形容であると一般に考えられている。

選挙に立候補しても法定得票数未満となったり、供託金制度のある国では供託金没収点未満となる事例が大半である。しかし、最初は泡沫候補と呼ばれていても、選挙活動を通じて大きく注目されて、有力候補になったり選挙に当選したりする事例も稀に存在する。特に、有力な現・前職のいない選挙や、長く無投票当選の続いた選挙など、波乱の起きやすい状況で予期せぬ善戦・当選が見られる。逆に、かつては大物政治家であった人物でも、曲折を経て当選の見込みが極めて薄くなっている場合は泡沫候補と呼ばれることがある。

日本では地盤(後援会)、看板(肩書き)、鞄(資金)の三バンが揃っていない候補者ほど泡沫候補と呼ばれる傾向がある。

東京都知事選挙では多数の泡沫候補が立候補する傾向にあり、近年では1991年に16人、1999年には19人、2007年には14人がそれぞれ立候補している。

かつては参議院議員選挙の東京選挙区にも多数の泡沫候補が立候補し、第17回参議院議員通常選挙(1995年)は改選議席4に対し、72人が立候補した。これには、選挙の確認団体となるには一定の候補者をそろえる必要があり、そのために、比例区よりも供託金の比較的安い選挙区を選んだことも要因の一つである。比例票の積み増しも狙ってか都市部での出馬が多く、明らかに当選の見込みが薄いにも関わらず定数いっぱいに候補者を立てることも多かった。

実際の政治活動[編集]

いわゆる有力候補と同様の選挙運動を行う候補者はもちろん多い。一方、候補者の中には、荒唐無稽な主義・主張を行う者や、ほとんど選挙運動をしない者なども少なからず存在する。また、組織力が低いか皆無に等しい候補が多いため、公設掲示板へのポスター貼りなど、手間の掛かる選挙運動はできないか不十分な場合が多い。

単記非移譲式投票の下では、「次点より低い順位の候補者の得票数は選挙が行われる度にゼロに近づいていく」というデュヴェルジェの法則があり、次点より低い順位の候補者は選挙ごとに泡沫候補化していく傾向がある。

一般的に候補者自身は「泡沫」と呼ばれることを極度に嫌っている。「当選の見込みがない」と言われているも同然なのだから当然といえよう。そこでさまざまな言い換えが試みられている。大川興業総裁大川豊は、大政党からではなく無所属ミニ政党(多くの場合、候補者自身が代表)所属で出馬する彼らに敬意を表して「インディーズ候補」と呼んでいる。この呼び方は著書の中で頻繁に使われ、好事家の間で普及している(これは、「メジャーな」候補に対する対立概念ととらえられるだろう)。また、泡沫候補が報道される際、所属党派名が省略され「諸派」「無所属」と扱われることから「しょむ系候補」(諸無系候補)と呼んでいるサイトもあるが、さほど定着しているとはいえない。

ただ、過去の選挙においては選挙運動用のはがきなどを他の陣営に横流しして売買した候補が現れたことや選挙公報等を用いて特定の商品の宣伝を行った政党などが問題になった事例(第16回参議院議員通常選挙の宣伝を行った日本愛酢党など)ことや、特定の右翼団体が政党から資金援助を受けて立候補していた実例があって問題となった(第30回衆議院議員総選挙における肥後亨事務所の実例)こともある。そういう経緯から、供託金の額が引き上げられたこともあって、真剣に政策を訴えている候補までも選挙に立候補することが困難になってきている側面もある。現在においては、こうした事例は供託金が引き上げられたこともあり露骨な形で問題となる事例は少ない。

マスコミでの扱い[編集]

公職選挙法により、マスメディアは特定の候補を差別することは禁じられている(評論として批判や評価することは認められている。また、ニュース価値の判断から、結果的に扱いに差が生まれても違法ではないとされる)。しかし、多くのマスコミは、選挙報道で候補者による扱いに差別を設けている。たとえば新聞・テレビなどの報道では、有力候補は細かい政策や選挙活動のレポートなどを報じるが、特定の候補は最低限の立候補情報のみしか報じない、という差別が常態化している。

「独自の戦い」[編集]

泡沫候補・弱小候補が行う選挙活動を表現するために報道機関が用いる慣用句として、「独自の戦い」という表現が用いられることがある。転じて、主流・本筋とはかけ離れた方向・距離・観点において独特の活動を行うことを揶揄して用いることもある。

選挙に関する報道においては公平性が求められ、報道機関は全ての立候補者の氏名や政党名、肩書き、その所信などを報道することが求められる。

しかし、いわゆる泡沫候補については、その選挙活動が、特に独特な主義・主張を掲げている場合や、売名目的などの本来の選挙制度の趣旨から逸脱していると考えられる場合も少なくない。そこで、限りある紙面や放送時間をこれらの候補者に費やすことは適当ではないとして、報道機関の裁量(編集方針)として、主な候補者と泡沫候補・弱小候補については取扱いについて軽重をつけているのが実情である。

このような事情から、泡沫候補・弱小候補については最低限必要とされる形式的な公平を保ちつつ、出来うる限り簡潔な表現を用いて報道することとなる。

また、泡沫候補においては所属政党が無い場合や、従前の政治活動や経歴が不明瞭であることも少なくない。また、選挙ポスターを貼らない、街頭演説を行わない、選挙公報に原稿を提出しない、顔写真を公表しない、政見放送の収録に来ない(政党所属候補以外政見放送が流されない衆議院議員総選挙を除く)等、報道機関としても選挙活動の状況について把握できない場合もある。

そこで、このような候補者について文字通り「独自・独特の観点や価値観で立候補し選挙活動を行っている」という意味を表し、且つ、短く簡潔に表現した慣用句として「独自の戦い」が用いられている。

使用例
(神奈川11区)(横須賀市、三浦市)小泉純一郎前)が盤石。参院議員から転じた斎藤勁新)は無党派層にどこまで食い込めるかがカギ。瀬戸和弘新)は党勢拡大を狙う。天木直人(無新)、羽柴秀吉(無新)は独自の戦い。
(2005年8月27日日本経済新聞朝刊「衆院選公示前の情勢・南関東」から引用)

泡沫候補締め出し[編集]

新聞社と行政との取り決め[編集]

岩瀬達哉が森岡健作名義で発表した「泡沫候補撃退マニュアル!!」(『別冊宝島356 実録! サイコさんからの手紙』宝島社に収録、一部は岩瀬達哉『新聞が面白くない理由』講談社にも収録)によると、第31回衆議院議員総選挙(1967年)を前に、朝日新聞毎日新聞読売新聞の3社は法務省自治省と共謀の上、泡沫候補を紙面から締め出すための取り決めを行ったという。記事での締め出しだけではなく、選挙広告の拒否も「泡末締め出しで最もやってもらいたい」(原文ママ、法務省担当者)とされた。このカルテルは1977年ころ立ち消えになったが、内容はほぼ引き継がれているという。

なお、自治省がこうした文書を出した経緯は、前回の1963年に行われた第30回衆議院議員総選挙肥後亨事務所(選挙期間中に「背番号」と改名)という確認団体が大量に候補者を出して、問題となったことがきっかけとなった。

岩瀬が朝日新聞社の内部文書として示した文書によると、朝日は三社の中でも最も泡沫候補の排除に力を入れている。同文書では、候補者を3つに分け、それぞれ報道に格差をつけるよう指示している。

一般候補
政党などに属している候補者、または諸派・無所属でも現職及びその後継の候補者。
準一般候補
当選の可能性は別として、まじめなミニ政党などの候補者。
特殊候補
売名や営利などに利用したり、自己実現的欲求を満足させるために数々の選挙に立候補、あるいは自己の政見を述べるよりも、他の候補に対する妨害や支援を主目的にするなど、候補者としての客観的な評価が認められない候補。

このように区分した上で、「特殊候補」を紙面からなるべく排除するように指示。さらに、具体例として

『主要六政党の候補者に聞いた』『立候補した六人のうち有力四候補の意見を紹介』『主な候補の一日を追うと――』などの表現を入れ、ある特定候補があたかも立候補していないかのように扱ったわけではないことを断る

などの手法を挙げている。これらは、実際に紙面でしばしば用いられている。たとえば、2007年東京都知事選挙では、事前に立候補を表明した人物として「現職の石原慎太郎氏(74)に対し、浅野氏のほか、共産党推薦の元足立区長、吉田万三氏(59)、建築家の黒川紀章氏(72)ら」(『産經新聞3月7日号)「浅野氏を含む主要3氏が、現職の石原慎太郎氏(74)に対決姿勢を鮮明にして挑む」(『朝日新聞』、同)といった表現で報道されている。いずれも、同じくこの時点で立候補表明していた山口節生小川卓也外山恒一を無視しているのだが、「黒川氏」「主要3氏」などの表記で、他に立候補者が存在することを示し逃げを打っているのである。

さらに、特定候補の締め出しについての社外からの問い合わせには

『毎日の紙面はニュース価値によって新聞社が扱いを決めている。紙面スペースなどとの兼ね合いで決まる』『届け出一覧などの公報的役割の記事では平等な扱いだ』『インタビューなどの企画ものは、誰にインタビューするかなどは新聞編集権の範囲だ』『これらの扱いは、公選法一四八条の報道・評論の自由として裁判上も定着している』

と説明するよう指示しているという。

報道姿勢への対応[編集]

岩瀬の取材に対し、朝日新聞社は事実上取材を拒否している。ただし、「特殊候補」については、その締め出しは「選挙報道に関する確立された判例をいくつか参照」すれば何ら批判される行為ではないと回答があった。また、産経新聞は、村山雅弥記者のブログ[1]によると、「売名的な行為に手を貸すことになるとの考え方から、弊紙では候補者のプロフィール記事などでは泡沫候補を外し、それ以外の人を「主な候補者」といった形で紹介しています。」と泡沫候補の排除を行っていることを明らかにしている。他の新聞・テレビなどの報道でも、候補者の扱いは厳然と区別されており、同様の取り扱いの内部規定が存在するのはほぼ確実と思われる。

その一方で、小田全宏(松下政経塾出身)らによるリンカーン・フォーラムや青年会議所が中心となって開催される「候補者討論会」「候補者合同個人演説会」などでは、公然と泡沫候補の徹底排除を指示している。すなわち、泡沫と認定した候補者は討論会に呼ばず、来ても排除するために独自のマニュアルを作成している。

しかし、特定候補を批判するのではなく、存在自体を無視したやり方は選挙の公正を害しており、許されないとの批判もある要出典。岩瀬は公職選挙法違反の疑いありとしている要出典。岩瀬によると、ニュース価値の大小による候補者の扱いの差異は容認されていても、特定候補を「特殊候補」として密かに排除していた実態について、司法の場で検証されたことはないという。

また、その候補者がまじめか売名目的かといった基準は、結局主観に左右されるため、実際にはその候補者の得票予測で基準が設定されていると見られている。

ただし、候補者の内容にかかわらず、法律上の政党要件を満たした政党公認を受けたり、無所属であっても当選の可能性がある候補者を排除することはない。また、それまでの選挙で「特殊候補」として無視されていても、その候補者が政党の公認を受ければ、「一般候補」としての扱いになる。さらに、選挙戦が一騎打ちとなった場合、片方は普段は無視される「特殊候補」扱いを受けていても、この時だけは政見も含めて報じることもある。一騎打ちでなおかつ片方を「特殊候補」扱いする場合は、「(有力と見なした候補に対する)事実上の信任投票」などと報じられる。また6人が立候補し、このうち2人が特殊候補である場合に「事実上4人の争い」とするような表記もしばしば行なわれる。

政党については、法律上の政党要件の有無、国会議員所属の有無が大きな評価基準となっている。たとえば、新社会党は1998年の参院選までは議席を持っていたので、独自の党名で報じられた。しかし、以降は政党要件と議席を失ったため「諸派」扱いに転落した。政党要件の有無は大きな比重を占めているようで、第44回衆議院議員総選挙(2005年)では候補者を立てなかった自由連合(政党要件あり)が議席勢力図には掲載されているのに、新党大地は議席を獲得したにもかかわらず、政党要件を得ていないことから勢力図では「諸派1議席」として扱い、注釈で新党大地としたマスコミもあった。

また、同じ政党要件なし・国会議員不在の党派でも、確認団体となっているかどうかで、さらに差異を付けている場合もある。NHKは、確認団体となっている団体は「諸派」扱いせず党名で呼び、選挙区の報道でも、時間は短いが選挙運動を含めて報じる。しかし、確認団体となっていない党派は「諸派」扱いであり、その候補者個人が有力候補と判断されない限り、最低限の情報しか報じない。

地域政党、あるいは(本来は全国政党だが)特定の地域で勢力を維持している政党の場合は、その地域内では独自の党名で報じられるが、全国的には諸派扱いされることもある。前出の新党大地(北海道)や、沖縄社会大衆党(以後「社大党」、沖縄県)が代表例である。たとえば、社大党は地元紙では県議会の勢力を基準に民主党日本共産党よりも上位に扱われるが、全国的には「諸派」扱いされることが多い。社大党が無所属として東京都に候補者を立てた第19回参議院議員通常選挙では、全国紙の判断は分かれ、有力候補と扱ったマスコミもあれば、泡沫扱いしたマスコミもあった。また、選挙前まで議席を持っていた、第二院クラブ推薦を決めた後に、有力候補に格上げしたマスコミもあった[2]

このような差別が問題とならないのは、まず立候補を利用した選挙違反が存在した経緯が挙げられる。しかしそれ以上に、泡沫候補は勝ち目のない候補であるため、政治的影響力がほとんど無く、黙殺しても社会的な反発を受ける可能性が少ないためであると思われる。有力な候補者(特に自由民主党など政権与党の候補者)は不利に報道されていると感じればすぐ偏向報道であると反論でき、その反論は広く報道される。しかし泡沫候補は反論しても無視されるケースがほとんどであり、朝日新聞社の内部文書でも、リンカーン・フォーラムのマニュアルでも、たとえ選挙違反に訴えると抗議されても無視するよう説いている。

このような二重基準に反発し、他候補(特に現職や相乗りオール与党候補)への批判として、無党派層にも積極的に泡沫候補への投票を呼びかける動きもある。

法律上の扱い[編集]

公職選挙法など法律上は、原則として候補者の差別はない。

しかし、実態は法律上の政党とそれ以外の“その他の政治団体”・無所属候補に格差を設けている。政党要件を満たしていなくても、参議院選挙などほとんどの選挙では、政治団体は確認団体の要件を満たすことで、選挙では政党に準じる扱いを受けることはできる。しかし衆議院選挙では、確認団体制度が存在しない上、非政党候補は小選挙区での政見放送不可、小選挙区比例区重複立候補禁止など、法律上も非常に大きな格差が設けられている(詳細は政党の項目参照)。そのため、政党公認候補は制度上からも泡沫候補になりにくいよう保護され、相対的にそれ以外の候補が不利になっているといえる。

候補者間の制度上の格差については、2005年第44回総選挙後、日本国憲法第14条にある法の下の平等に反し違憲であるとして、選挙無効訴訟一票の格差などと共に争われた。しかし、2007年6月13日最高裁判所大法廷島田仁郎裁判長)は12対3で原告の上告を棄却し、原告を全面敗訴とする高裁判決が確定した[3]。従って、現在の候補者間の差別は「合理的理由に基づくと認められる差異」の範囲内であり、合憲とされている。

脚注[編集]

  1. 悩ましい「泡沫候補」の肩書き 2006/10/28 23:59(村山雅弥)
  2. *未来 2001・9・1 第24号「[資料]参議院東京選挙区選挙の総括(試案)」(共産主義協議会・未来)
    これに拠れば、『朝日新聞』『毎日新聞』は社大党系の新垣重雄候補を最初から有力(一般あるいは準一般)候補として扱った。『東京新聞』は当初は泡沫(特殊)候補として扱ったが、二院クラブが推薦を決めた後に、有力候補に格上げした。『読売新聞』は最後まで泡沫候補として扱ったことになる。
  3. 平成18(行ツ)176 選挙無効請求事件

関連項目[編集]

外部リンク[編集]