カーネル・サンダースの呪い
「カーネル・サンダースの呪い」(カーネル・サンダースののろい)とは、1985年10月16日に、21年ぶりのリーグ優勝に歓喜した日本のプロ野球球団、阪神タイガース(以下阪神)のファンが、ケンタッキーフライドチキン道頓堀店の店頭に設置されていたカーネル・サンダース像を道頓堀川に投げ入れた因果で、翌年以降の同球団の成績が低迷している、とされる都市伝説の一つである。
概要[編集]
阪神ファン も参照 1985年10月16日、阪神のセ・リーグ優勝が決まった際、興奮したファンが大阪府大阪市南区(当時。現在は中央区)道頓堀にあるケンタッキーフライドチキン道頓堀店のカーネル像を当時の助っ人のランディ・バースに見立て、店員の制止を振り切って担ぎ出し(この際、この店員に暴行も加えた)、胴上げの末道頓堀川に投げ込んだ。
この事件以後、阪神は成績低迷に陥り18年間リーグ優勝から遠ざかったため、これを「カーネル・サンダースの呪い」だと呼ぶファンがおり[1]、都市伝説として定着している[2][3]。2003年にリーグ優勝を果たしたため、これで解消されたという見方もあるが、日本一に関して言えば1985年以降達成されていないうえ、2005年には日本シリーズで千葉ロッテに惨敗、2008年には巨人にペナントで最大13ゲーム差からの歴史的大逆転を喫する(巨人の「メークレジェンド」)、日本一前年の1984年にドラフト1位で競合した嶋田章弘をクジで引いたのを最後に、その後11回[4]のドラフト1位指名選手の競合で当たりクジを一切引いてないなど未だに呪いが続いているという見方もある。
1985年以降、数年に一度の頻度で大阪市は道頓堀川の川底清掃作業として、船を使ってヘドロやごみなどの除去作業を行っていたが、その際は像を発見できなかった[5]。1988年3月・4月、朝日放送のバラエティ番組、「探偵!ナイトスクープ」の第1回放送時の依頼として、数度に亘って道頓堀川を潜水調査した様子が放送されたが、発見には至らなかった[5][6][7]。この放送が「カーネル・サンダースの呪い」を広め、都市伝説として定着するきっかけとなった[2][3]。
事件後、道頓堀店から一旦カーネル像は姿を消すが、1992年に復活。今度は盗難されないようにと台座をボルトねじで固定した。なお道頓堀店は、その後1998年に閉店している。
なお、KFC(ケンタッキーフライドチキン)の日本法人は、2003年の阪神リーグ優勝に際しカーネルのデフォルメキャラとのコラボレーショングッズを近畿地方などの店舗で発売しており、また2008年3月には阪神の本拠地である阪神甲子園球場内にケンタッキーフライドチキンが開店し、阪神のタオルと応援メガホンを首にかけたカーネル像も設置された。
2006年夏に公開された映画『日本沈没』では、水没後の大阪市街にこのカーネル像が、阪神ユニフォーム着用のまましっかり存在している。
派生事象[編集]
2002年6月14日には2002 FIFAワールドカップでサッカー日本代表がチュニジアを下したことを祝った一部のフーリガンが、三宮阪急駅前店にあったカーネル像を襲った。かねてから店内に避難させていたにもかかわらず誘拐され、投げ飛ばされるなどし手首が折れるなどの損傷を受けた。また、この当時店内にはたまたま大阪近鉄バファローズ(当時)のタフィ・ローズが来店中であったため、サッカーファンの仕業である上、ローズに見立てられて襲撃されたと言われることもあった。なお、この事件以降サッカー日本代表はワールドカップ本大会で一度も勝っていないため、一部サッカーファンの間で、これも「カーネル・サンダースの呪い」のせいだという者もいる要出典。
カーネル・サンダース像発見[編集]
2009年3月10日、道頓堀川・戎橋下流200 - 300メートル付近、南側護岸から約5m、水深約2mの川底地点[8]で、大阪市建設局による水辺整備事業の一環として障害物調査(不発弾の有無確認を最大目的)並びに除去作業を依頼された南海辰村建設が潜水作業員を投入し、磁気探査作業中に反応があった川底を調査していたところ、1985年に投げ込まれたとみられるカーネル・サンダース像の上半身が発見され、台船のクレーンで引き揚げられた[1][5][9][10][11][12]。
引き上げた作業スタッフたちはこれを死体と勘違いしたが、すぐにカーネル・サンダース像であることを確認し[5][10]、ヘドロにまみれて灰色になり眼鏡や手首も外れてしまっていたが、原形は留めていた[9][11]。翌3月11日にも潜水作業員が引き続き調査したところ、8時53分に右手、9時頃に下半身が発見され引き揚げられ、11時25分頃に前日見つかった上半身部分と合体し、同じ像のものと確認された[13][14][15]。
下半身・右手発見後の時点で眼鏡・両足首・左手は紛失状態であり、付近を入念に調査したが発見の可能性が薄い(水没中に破損若しくは流出したものと思料される)ため、同日捜索開始から50分後に作業打ち切りとなった[14][15][16]。
発見された像について日本法人は、2009年3月時点で他に行方不明の像は無く、外形・発見地点などの要素から当時に投げ込まれた像に間違いない、とコメントしている[17]。像の処遇について、元来の所有権は道頓堀店にあったがすでに閉店しているため、日本法人が引き継いだ形で大阪市と協議していたが、同年3月11日に日本法人へ像の返還が決定し[18]、同年3月13日に大阪市役所にて日本法人社長に引き渡された[19]。像は専門家にて検査と最小限の修復を行い、保管は当面大阪市内の警備会社金庫となる[20]。紛失状態の眼鏡は、投げ込まれる以前に掛けていた同型のフレームが1990年前後まで製造を担当していた鯖江市内のメーカーに残存しており、福井県鯖江市と福井県眼鏡協会から日本法人に贈呈される[21][22][23]。
日本法人は返還後の像について、この伝説を世に広めるきっかけとなった2009年3月15日放送の「探偵!ナイトスクープ ザ・ゴールデン」に登場[3][7]し、その後は甲子園球場内の店舗にて公開する構想[16][24]や2010年春に完成予定の甲子園歴史館(仮称)に展示する構想[25]もあった。しかし、甲子園歴史館から断りの連絡が合ったこと、人形のモデルでもあり同社の創業者であるカーネル・サンダース本人の生前のキャラクターを考慮したことなどから、2009年12月17日をもって表舞台からの引退が決まった[26]。なお、今後も社内イベントなどへの登場は継続する予定。
1985年当時の阪神監督であった吉田義男は「人形が見つかったと聞き、『歴史が終わったな』と感じた。」と語った[1][5]。
その反響から、この出来事を題材としたゲームが配信されたり[27]、山羊(ヤギ)の呪い・ビリー・ゴートの呪いと呼ばれる都市伝説があるシカゴ・カブスからオファー[20][28]など関連した展開が生まれている。
その後、この像は2009年6月25日に、日本法人が実施している「チキン感謝祭」に併せ、NPO「文化財保存支援機構」による修復作業後の姿が住吉大社[29]で公開され、「おかえり! カーネル」と命名された。同年8月に大阪市内で実施されるイベント「水都大阪2009」での展示されている[30]。
また、日本法人はこの「おかえり! カーネル」と通常のカーネル像のマスコットをつけた携帯ストラップを同年8月27日から日本国内のケンタッキーフライドチキン店舗で発売している[31]。
関連項目[編集]
脚注[編集]
- ↑ 1.0 1.1 1.2 『朝日新聞』2009年3月11日東京版朝刊、39面
- ↑ 2.0 2.1 「呪い」火付け役、救出喜ぶ 探偵!ナイトスクープ asahi.com(朝日新聞)2009年3月11日、2009年3月14日閲覧
- ↑ 3.0 3.1 3.2 カーネルおじさん救出3度も失敗した…アノ番組に直撃 ZAKZAK 2009年3月12日、2009年3月14日閲覧
- ↑ 清原和博(西武)・近藤真一(中日)・川島堅(広島)・野茂英雄(近鉄・現オリックス)・小池秀郎(ロッテ・ただし入団拒否)・松井秀喜(巨人)・堂上直倫(中日)・中田翔(日本ハム)・大場翔太(ソフトバンク)・松本啓二朗(横浜)・菊池雄星(西武)のクジを全て外し、松本の際は外れ1位で指名した藤原紘通も外す。ただし、中田の外れ1位で指名した高濱卓也の交渉権は獲得している。これにより東京ヤクルトスワローズ・東北楽天ゴールデンイーグルス・オリックス・バファローズ(ただし旧大阪近鉄バファローズ時代を含まない場合)以外に競合した選手をさらわれている(中日ドラゴンズには近藤・堂上、埼玉西武ライオンズにも清原・菊池の2回ずつ、しかもいずれも入団受け入れ)ことになる。
- ↑ 5.0 5.1 5.2 5.3 5.4 「『カーネルの呪い』も解けて、今年は日本一でしょう」 - 1 / 2 asahi.com(朝日新聞)2009年3月11日 同日閲覧
- ↑ FLASH 2009月3月24日 第1044号『すべては「探偵!ナイトスクープ」から始まった!』より。
- ↑ 7.0 7.1 探偵!ナイトスクープにカーネル人形が“出演 スポーツ報知 2009年3月12日
- ↑ この地点で見つかった理由として、『道頓堀川には両端に水門があり、通常は潮の干満とともに水が動く程度で、台風など大水の場合を除けば流れがほとんどない』といった地理的要因や、『川底には2メートル前後のヘドロがたまっており、ヘドロの上に“鎮座”した形でほとんど動かなかったものとみられる』という大阪市の調査結果がある(出典:カーネル人形が流されなかったワケ サンケイスポーツ 2009年3月12日、2009年3月14日閲覧、より)。
- ↑ 9.0 9.1 カーネルおじさん見つかる! 大阪・道頓堀 産経新聞 2009年3月10日 同日閲覧
- ↑ 10.0 10.1 カーネル:24年ぶり「救出」阪神優勝で道頓堀川に 毎日.jp(毎日新聞) 2009年3月10日、2009年3月11日閲覧
- ↑ 11.0 11.1 阪神Vで道頓堀川へ、サンダース人形24年ぶり「救出」 YOMIURI ONLINE(読売新聞)2009年3月10日、2009年3月11日閲覧
- ↑ カーネル像、24年ぶり発見=85年の阪神優勝で道頓堀川に -「のろい」解ける? 時事ドットコム(時事通信)2009年3月10日、2009年3月11日閲覧
カーネルおじさん見つかる 85年阪神優勝時のもの? 47NEWS・共同通信 2009年3月10日、2009年3月11日閲覧 - ↑ 『朝日新聞』2009年3月11日東京版夕刊、14面
- ↑ 14.0 14.1 カーネル像、下半身も発見=上半身と合体 - 大阪 時事ドットコム(時事通信)2009年3月11日、同日閲覧
カーネルおじさんの下半身も見つかる…大阪 サンケイスポーツ 2009年3月11日、同日閲覧 - ↑ 15.0 15.1 カーネル人形の下半身と右手も見つかる スポーツニッポン 2009年3月11日、同日閲覧
カーネル人形、右手と下半身も発見 大阪・ミナミの道頓堀川 NIKKEI NET(日本経済新聞)2009年3月11日、同日閲覧 - ↑ 16.0 16.1 下半身も道頓堀川で発見、24年ぶり合体 カーネル像 asahi.com(朝日新聞)2009年3月11日 同日閲覧
- ↑ あの!? カーネル・サンダース像見つかる 道頓堀川 asahi.com(朝日新聞)2009年3月10日 2009年3月12日閲覧
- ↑ カーネルさん、東京へ? 産経新聞 2009年3月11日 同日閲覧
- ↑ カーネル像、ケンタッキー社に = 24年ぶり手元、「大感激」と社長 - 大阪 時事ドットコム(時事通信)2009年3月13日、2009年3月14日閲覧
- ↑ 20.0 20.1 カーネル欲しい!カブスびっくりオファー 日刊スポーツ紙面 2009年3月14日 同日閲覧
- ↑ カーネルさん眼鏡を新調 当時の産地、鯖江市が贈呈へ asahi.com(朝日新聞)2009年3月13日、2009年3月14日閲覧
- ↑ カーネル・サンダース人形:メガネ新調、おおきに ゆかりの福井・鯖江市が寄贈 毎日.jp・毎日新聞 東京朝刊 2009年3月14日、同日閲覧
- ↑ 鯖江市がカーネルおじさんにメガネ寄贈 サンケイスポーツ 2009年3月14日、同日閲覧
- ↑ 2009年3月11日放送『めざましテレビ』内「これは言わせTEL」コーナーにて日本ケンタッキー・フライド・チキン広報室談。
- ↑ カーネル人形「下半身」も発見 メガネは見つからず asahi.com(朝日新聞)2009年3月11日 2009年3月12日閲覧
- ↑ 道頓堀川のカーネルおじさんが電撃引退 (スポーツ報知大阪版)2009年12月18日
- ↑ 道頓堀の呪いのおじさん:カーネル題材 川から人形つりあげる携帯ゲーム 毎日.jp(毎日新聞)2009年3月13日 2009年3月14日閲覧
- ↑ カーネルおじさんどこへ? 争奪戦、本命は甲子園 47NEWS・共同通信 2009年3月14日、同日閲覧
- ↑ チキン感謝祭は東西2か所で実施されるもので、西日本の会場が住吉大社であった。なお、東日本の会場は東伏見稲荷神社である。
- ↑ 日本法人のニュースリリース 2009年6月25日
- ↑ 日本法人のニュースリリース 2009年6月25日
外部リンク[編集]
- 道頓堀川水辺整備工事 - 発見の契機になった南海辰村建設の当該工事のページ。