今治造船

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今治造船株式会社(いまばりぞうせん)は、愛媛県今治市に本社を置く造船メーカーである。

三井三菱を食らう謎の造船一族

造船シェアで国内首位、世界でも4位の今治造船(愛媛県今治市)。非上場のオーナー企業ゆえその実態がほとんど知られていないトップメーカーが業界再編に動き出した。トヨタ自動車の次に鉄を買い、ライバルの三井・三菱グループもなびく。

「資金はどうとでもできる。引き受けるのがいいんじゃないか」。

今治造船社長、檜垣幸人(55)が重い口を開くと、居並ぶ役員たちはそれに応えるようにうなずいた。

2018年1月12日、今治造船が南日本造船(大分県臼杵市)を買収すると発表した。南日本の大株主である商船三井(持ち分24%)と三井造船(同25%)から話が持ち込まれたのは2017年春。半年以上かけデューデリジェンス(資産査定)を進めたが、結果は芳しくなかった。

今治造船の造船所は瀬戸内海に集中する。南日本の造船所がある大分に厚板やブロック、機器類を運ぶと建造単価が跳ね上がってしまう。企画部門の意見は「買収見送り」に傾きつつあったが、社長の幸人のひと言がその空気を変えた。

幸人には考えがあった。商船三井三井造船は、2期連続赤字の南日本を整理したがっていた。提案を受けて良好な関係を築ければ、今治造船の納入先でもある商船三井から利ざやの大きい案件を取りやすくなる。三井造船も、ライバルであると同時に舶用エンジンの調達先。恩を売れば今後の調達に有利になる。損して得とる戦略に、造船トップ企業の余裕が垣間見える。

日本の造船会社の世界シェアが5割を維持していたのは1990年代まで。中国韓国勢が台頭し、直近では2割前後まで低迷している。リーマン・ショック後の造船不況も重なり、三菱重工業川崎重工業など総合重工系がリストラに走る中、唯一気を吐いているのが今治造船だ。

売上高は3734億円(2016年度)ながら、商船建造量は年400万総トン前後。三菱重工業の6倍、三井造船の7倍を超える。世界シェアでも現代重工業大宇造船海洋など韓国財閥系に次ぐ4位だ。2017年9月には約400億円を投じた新ドックが丸亀市に完成。総合重工系とは対照的な積極路線を走る。

三菱重工業との関係も逆転した。2017年3月末、今治造船は三菱重工業と提携合意を発表。提携を申し入れたのは三菱重工側だ。狙いは厚板などの共同調達にある。圧倒的なシェアを背景にした今治造船のバーゲニングパワーに三菱側が乗ってきた格好だ。

「シェアでも世界的な知名度でも、今治が三井三菱を“食って”いる。名実ともに盟主の座が移った」。

業界関係者は感慨深げに話す。実は今治造船は1971年以来、三菱重工業から設計技術供与を受ける見返りに、丸亀事業本部(香川県丸亀市)の売り上げの一部を「指導料」として支払う片務的な業務提携を結んでいた。今治造船の技術力が向上したとして提携が解消されたのは2000年代に入ってからのことだ。「ようやく対等な関係と見てもらえるようになった」と幸人は話すが、その差は逆に広がりつつある。

今治造船の独走には、やっかみの声もあがる。「合理的とは思えない買収や投資回収が難しい大型案件を決議できるのは、四半期決算に縛られない非上場のワンマン経営だから」(造船会社社長)

実際にどうなのか。発祥の地である愛媛県今治市にオーナーの檜垣家をたずねた。

JR今治駅から歩いて30分。海岸線に白亜の今治城がそびえる。戦国武将藤堂高虎の築城時は、堀に海水を引き、大型の船舶が往来できる「海城」だった。その内堀にかかる橋のたもとに銅像がたっている。藤堂のものと思い、近づいたが違った。像のモデルは今治造船社長の幸人の父で、グループ社主の檜垣俊幸(89)だ。

「檜垣さんのおかげで町が大きくなったけんね」。

ベンチに座る高齢男性は像を示しながら笑う。

「4-2」「5-1」。今治造船に20人弱が在籍する檜垣一族の社員の名刺には、こんな番号が振られている。左の数字は元会長で実質的な創業者、正一(1989年没)の何番目の息子か、右はさらにその何番目の息子かを示している。

例えば、「4-2」は4男孝則(2002年没)の次男で現常務の睦也(53)。「5-1」は5男栄治(2005年没)の長男で常務の清志(48)の背番号となる。檜垣一族の総数は100人に達する。その多くが今治造船本体のほか、グループ・関連会社、取引先などで働いている。背番号は「混乱を避けるため便宜的に振っている」(今治造船総務担当)のだ。

多くの同族企業の場合、ガバナンスは直系の親族、つまり長男を優先して引き継がれることが多い。だが現社長の幸人の背番号は「3-1」で直系ではない。檜垣家で重視されているのは直系継承ではなく、世代順送りともいえるシステムだ。その大原則となる家系図を見てみよう。

1992年、実質創業者である正一の長男、正司(96年没)が社長から会長になると、社長の座はその長男の巧(現副社長)ではなく、正一の3男である俊幸が継いだ。次男文昌(98年没)が副会長、4男孝則(02年没)が副社長、5男栄治(05年没)が専務にそれぞれ就いた。

2004年、俊幸が会長になると栄治が社長を継ぐ。翌年に栄治が死去して、ようやくバトンは次の世代に渡された。指名を受けたのはやはり直系ではない幸人だった。慶応大学卒業後に三井物産に入社し、船舶部で2年の修業期間を経て今治造船入り。関係者によると「最初から社長の座を約束されていたわけではなく、順番が回ってきたから社長になった。まじめで協調的な性格が一族をまとめるのに適していると評価されたようだ」という。

「中興の祖」として銅像にもなった俊幸が、一族の協調を何よりも優先した。2000年、俊幸の次男で現専務の和幸(52)の役員昇任が内定したときのことだ。俊幸は「なんであんなやつを」と批判し、最後まで昇格人事に反対した。周囲は親子間にトラブルがあるのかといぶかったが、そうではなかった。第2世代の兄弟2人が同時に役員になる初めてのケースだったため、「ずいぶん気をつかったようだ。一族の和が乱れるんじゃないかと」。父親に反対された和幸本人がこう証言している。

愛媛県といえば、檜垣家に並ぶ有名なオーナー家がある。大王製紙(四国中央市)の井川家だ。創業家の社長が子会社から巨額のカネを借り入れ、カジノに費やして問題となった。「同じ愛媛でも両家の家風はまったく違う」と地元住民は口をそろえる。

檜垣家と親しい人物は、一族の女性が携えていたバッグを見て驚いたという。なくさないようにと、バッグの裏地にサインペンで自分の名前が書かれていたからだ。社長の幸人は飛行機では必ずエコノミーシートに座り、東京都内の移動も電車が中心だ。一大勢力ながら控えめで結束の強い家風は、今治造船の成り立ちと深い関わりがある。

檜垣家は、安土桃山時代瀬戸内海を支配した村上水軍の一家、来島家の家臣団にルーツがあるという。「海賊の末裔」といわれるゆえんだ。だが、厳密な意味で今治造船の「創業家」ではない。

幸人の曽祖父に当たる為治は1900年、今治市内に「檜垣造船所」を設立。だが太平洋戦争の国家統制で地元造船所6社や建設会社などと合併させられ「今治造船」が生まれた。

社長など幹部職は有力商工業者が占め、現場の船大工を抱える檜垣家は総監督の地位にとどまった。戦後、正一は長男の正司らと今治造船を飛び出し自分たちの造船所をつくった。船大工の大半を失い休業に追い込まれた今治造船が支援を要請してきたため、正一は資本金30万円をかき集めて今治造船を買収し、古巣に戻った。

「純粋な創業家でなく、一度、会社を出て行かざるを得なかった苦い経験があったからこそ『数の論理』の重要性を痛感し、一族の団結を家訓としたのではないか。倹約を旨とし控えめな家風も周囲の反発を招かないように気を配ってきたからだろう」。会社の歴史に詳しい関係者はこう説明する。

今治造船の強さの源泉はどこにあるのか。そこをたどると、その源泉に潜む不安材料が浮かび上がる。

グループに「正栄汽船」という会社がある。社長は幸人が兼務。財務情報は本体と同じく非開示だが、「150隻以上の大型商船を保有し、日本郵船など海運大手に船舶をチャーターすることで用船料を得ている」(同社関係者)。「船主」と呼ばれるビジネスだ。

近年、海運大手が財務体質をよくするために大型船舶の保有を抑制しはじめると、代わって正栄汽船が今治造船に発注し、海運大手に貸し出す取引が増えた。リスクをとらずにすむ海運大手から次々と大型案件を受注。丸亀事業本部などで連続建造している台湾の海運大手エバーグリーン商船三井向けの2万個積み大型コンテナ船もこのスキームで受注を勝ち取った。

愛媛銀行のリポートによると、船主業は愛媛の地場産業といわれ、県内に無数にある船主が日本全体の3割にあたる計1000隻以上の船を所有し、海運会社に貸し出している。だが正栄汽船ほどの大きな船主を傘下に持つ造船会社は他になく、今治造船の急成長を下支えしてきた。

「常に正栄汽船の保有隻数を増やし続けることでキャッシュを回している」と関係者も認める。だがリーマン・ショック以降の造船不況下で、海運大手から高い用船料を得ることは難しくなっている。新造船の発注が採算を割る状況になれば、このモデルを長く続けることは困難になる。

2018年2月1日には三井造船が地場の大手、常石造船との提携を発表。造船業界は再編の機運が高まっている。上場企業と組む機会が増えれば、財務情報の開示を求める声が高まるかもしれない。成長力を維持しながら、新しい時代にどう対応するか、檜垣一族の力が試される。

概要

本社を置く愛媛県今治市を中心に瀬戸内海にグループで9つの造船所を保有している。

新造船竣工量において国内トップ、造船売上高において三井造船に次いで国内2位を誇る。日本経済新聞社が実施した2014年の世界シェア調査では大宇造船海洋現代重工業に次いで3位に入っている。

事業所及び建造能力