パリ同時多発テロ事件
パリ同時多発テロ事件(パリどうじたはつテロじけん)は、2015年11月13日(日本時間14日)にフランスのパリ市街と郊外のサン=ドニ地区の商業施設において、ISIL(イスラム国ないしIS)の戦闘員と見られる複数のジハーディストのグループによる銃撃および爆発が同時多発的に発生し、死者130名、負傷者300名以上を生んだテロ事件である。
目次
概要[編集]
事件発生時、サン=ドニにあるスタジアムスタッド・ド・フランスでは、男子サッカーのフランス対ドイツ戦が行われており、フランスのオランド大統領とドイツのシュタインマイアー外務大臣も観戦していた。現地時間(CET)21時(日本時間14日5時)ごろ、同スタジアムの入り口付近や近隣のファストフード店で爆弾とみられる爆発音が3回響き、実行犯とみられる人物が自爆テロにより4人死亡、1人が巻き込まれて死亡した。
その後、21時30分ごろよりパリ10区と11区の料理店やバーなど4か所の飲食店で発砲し、多くの死者が出た。犯人らはイーグルス・オブ・デス・メタルのコンサートが行われていたバタクラン劇場を襲撃し、劇場で観客に向けて銃を乱射した後、観客を人質として立てこもった。14日未明にフランス国家警察の特殊部隊が突入し、犯行グループ3人のうち1人を射殺、2人が自爆により死亡したが、観客89人が死亡、多数の負傷者が出た。
実行犯[編集]
検察当局は、実行犯が3チームに分かれて襲撃を行ったことを明らかにした。
検察当局が首謀者と考えているのはISIL内組織「預言者の剣」リーダーのモロッコ系ベルギー人・アブデルハミド・アバウドで、シリアから指示を出しているとされたが、バタクラン劇場への襲撃を行ったのは3名で、うち自爆した1人はパリ南郊に住むアルジェリア系フランス人男性とされる。犯罪歴がありイスラム過激派への関与が疑われて監視対象になっていた。同劇場で死亡した銃撃犯もドランシー出身のアルジェリア系フランス人の男性で国際手配中だった。また死亡した3名はベルギー人であることが判明した。スタッド・ド・フランス付近で自爆した3名の男性のうち、1名はベルギー在住のフランス人、1名はイドリブ出身のシリア人であるとされ、シリア人男性は、もう1名のスタッド・ド・フランス付近での自爆者とともに、難民としてギリシャレロス島経由で入国したものと見られている。レストランを襲撃したのち、カフェで自爆した2名の男性のうち、1名はベルギーでバーを経営するフランス人で、この男性の弟で、バーのマネージャーを務めるフランス人も、攻撃に使用されたフォルクスワーゲン・ポロを借りた容疑で指名手配された。
14日、攻撃に使用されたフォルクスワーゲン・ポロはベルギーとの国境で停止し、乗車していた3名が逮捕された。さらに3名がベルギー国内で逮捕された。
2016年3月18日、事件の準備で中心的な役割を果たしていた疑いがあるモロッコ系フランス人の男がベルギーのブリュッセルで逮捕された。
車両[編集]
15日にパリの東モントルイユで発見された自動車「セアト」からは、複数のAK-47自動小銃が発見された。バタクラン劇場近くで発見された「フォルクスワーゲン・ポロ」は、ベルギーでレンタルされたものであった。襲撃に使われた車両1台をレンタルした人物も事件に関わったとして、フランス当局から指名手配されている。
事件の経過[編集]
時刻は現地時間。()内は日本時間(分は一致)。
- 2015年11月13日
- 21時(14日5時)20分 - パリ郊外のスタッド・ド・フランスで爆発。市民1名、自爆テロ犯1名が死亡。
- 21時(14日5時)25分 - パリ市10区にあるカンボジア料理店「ル・プティ・カンボージュ」とバー「ル・カリオン・バー」の付近で、武装グループが発砲、15名が死亡し、10名が重傷。最初にカリオンの外から客に向かって発砲後、歩いてカンボジア料理店へ向かい11人を射殺した(カンボージュは市内で本店を長く経営する移民一家が4年前に開店した支店で、カリオンとともに同地区の人気店)[1]。
- 21時(14日5時)30分 - スタッド・ド・フランスで2度目の爆発。テロ犯が死亡。
- 21時(14日5時)32分 - 19区のピザ店「ラ・カーザ・ノストラ」付近で、武装グループが発砲。5名が死亡、8名が重傷。最初に「カフェ・ボン・ビエール」の外で発砲し、ビザ店との間で5名を射殺した(2店とも近隣の人気店)[1]。
- 21時(14日5時)36分 - 11区シャロンヌ通りの喫茶店「ラ・ベル・エキップ」付近で、武装グループが発砲。19名が死亡、9名が重傷。隣の「スシ・マキ」でも被害が出た(同店は香港出身の中華系アメリカ人経営の日本料理店[2])[1]。
- 21時(14日5時)40分頃 - 11区ボルテール通りのレストラン「ル・コントワール・ボルテール」付近で自爆テロ。1名が重傷。同店テラス席に座り自爆し、客9人が負傷した[1]。
- 21時(14日5時)40分 - バタクラン劇場へ武装グループが発砲し押し入り、立てこもり。
- 21時(14日5時)53分 - スタッド・ド・フランス付近で3度目の爆発が起こり、テロ犯1名が死亡した。
- 22時(14日6時)15分 - パリ警視庁捜査介入部隊(BRI-BAC)の先遣隊がバタクラン劇場に到着
- 11月14日
- 0時(8時)20分 - BRI-BACおよび特別介入部隊(RAID)がバタクラン劇場に突入しテロ犯3名が死亡。うち2名は自爆。少なくとも89人が死亡し負傷者が多数出る。
- 11月18日
事件の主な影響[編集]
テロ事件とそれに伴う捜査、軍事的対応を除く。
- サッカーの親善試合の行われた13日朝、ドイツ代表の宿泊するホテルに匿名で爆破予告の電話が入り、代表はホテルからの退去を余儀なくされた。スタジアム外で爆発が起こった後も試合は最後まで続けられ、2-0でフランスが勝利。試合後は安全が確認されるまで30分以上サポーターがスタジアム内に留まり続けた。ドイツ代表はフランス戦の試合中に発生した今回の事件により安全面を考慮して宿舎へ戻ることを取り止め、試合会場のスタッド・ド・フランスで夜を明かした後15日までパリ市内に滞在する予定を切り上げ翌14日に帰国の途に就いた。
- フランス政府当局の指示などもあり、週末となる11月14日及び15日にパリ市およびその周辺で開催が予定されていた各種スポーツ大会などが中止される措置が執られた。
- ボルドーで開催されていたフィギュアスケートのエリック・ボンパール杯は、14日に実施される予定であった男女シングル・ペア・アイスダンスの各種目のフリー演技が中止された。
- 11月17日夜、ロサンゼルスからパリに向かっていたエールフランス65便、およびダラスからパリに向かっていたエールフランス55便が、爆弾が搭載されているとの情報があり、65便はソルトレイクシティに、55便はハリファックスに緊急着陸した[3]。
- 欧州などでイスラム教の聖典・コーランが燃やされ、イスラム教スンニ派の最高権威機関・アズハルの指導者・ダイブは、イスラム教への偏見拡大を阻止するため、欧州など世界各地に16の代表団を派遣すると表明した[4]。
- 日本の警察では8都道府県警の特殊急襲部隊(SAT)に自動小銃が配備されているが、当事件を受けて大都市を抱える警察本部の銃器対策部隊にも配備されることが決まった[5]。
事件後の情勢[編集]
11月30日からパリに於いて国連の地球温暖化対策に関する会議(COP21)が開かれることになっており、会議には日本、アメリカなど各国の首脳が出席する予定であることから治安対策としてフランス政府当局は入国管理を厳重にする方針を明らかにするなど、フランス国内でのテロ活動に対する監視態勢を強化していたという。
この事件により、フランス政府は全国に非常事態宣言を出し、テロリストの侵入を抑制するために国境封鎖を決めたほか市民に不要不急の外出を控えるように呼びかけた。
フランスのオランド大統領は14日、テレビを通じて演説し、「今回のテロは、IS(イスラミック・ステート、イスラム国)の軍事部門が実行した」と述べた。同日、ISは「ISフランス州」の名義で犯行声明を出した。それによると、実行犯8人がISから送り込まれていた。
フランスの地元メディアは、「戦後最悪のテロ」や「パリ中心部の戦争」と報じている。
フランス政府による国家緊急体制の構築[編集]
オランド大統領は13日夜には事件現場の一つバタクラン劇場を視察し、「前例のないテロだ」と犯行を非難した。そして緊急閣議を開催、翌朝の国家安全保障会議に臨んだ。その後に非常事態宣言を布告した[6]。同日、国民議会は緊急の会合を開いた。議会でマニュエル・ヴァルス首相は「フランスはテロリストとイスラム過激派との戦争に突入した」と演説した。一方でヴァルス首相は「フランスはイスラームとムスリムとは戦争をしない」とも発言した。議会では冒頭に黙祷が捧げられたが、その後誰ともなしにフランス国歌『ラ・マルセイエーズ』が歌われだし大合唱となった。議会で国歌が歌われたのは第一次世界大戦終結以来である[7]。オランド大統領は14日には同日から3日間を国民服喪の日とすることを発表した。またオランド大統領はトルコのアンタルヤで開催予定のG20の出席を取りやめた。17日にはヴェルサイユ宮殿で元老院と国民議会の両院合同会議を開催した。オランド大統領は演説で、「フランスは戦争をしている」と述べ、テロと戦うことを宣言、すでに行われている軍事行動について説明したうえで非常事態宣言の期間延長のための法改正を訴えた。またテロ対策として憲法の改正も視野に入れていることを発表した[8][9]。
軍事的対応[編集]
フランス軍はロシア軍やアメリカ軍と連携し、シリアのラッカにあるISの司令室、訓練所、弾薬庫などを空爆し、ISのメンバー数人が死亡した[10][11][12]。
捜索中の銃撃戦[編集]
2015年11月18日4時半(日本時間12時半)、警察がサン=ドニにある事件の主犯格(指示役)と見なされているアブデルハミド・アバウドのアパートを捜索していた際、数人の男女が立てこもって警察官に発砲して銃撃戦となり、1名が自爆、アバウドは警察官に射殺され、アバウドの従妹も死亡、計3人の被疑者が死亡し、警察官5人が負傷した。警察は作戦開始から約6時間後に制圧完了し、8人の被疑者を拘束した[13][14][15]。
犠牲者[編集]
国籍 | 死亡 | 負傷 |
---|---|---|
フランス | 不明 | 不明 |
ベルギー | 3 | 0 |
チリ | 3 | 0 |
アルジェリア | 2 | 0 |
メキシコ | 2 | 1 |
ルーマニア | 2 | 0 |
チュニジア | 2 | 0 |
ポーランド | 1 | 0 |
スペイン | 1 | 0 |
スウェーデン | 1 | 1 |
イギリス | 1 | 0 |
アメリカ | 1 | 0 |
イタリア | 1 | 0 |
オーストラリア | 0 | 1 |
アイルランド | 0 | 1 |
中国 | 0 | 1 |
未特定 | 111 | 348 |
合計 | 130 | 352 |
重国籍の被害者がいる場合など、国籍ごとの人数を足し合わせても合計と一致しないことがある。
この事件の死亡者数は少なくとも130人、負傷者数は352人になっている。フランスのヴァルス首相は日本時間11月15日、犠牲者のうち「103人の身元を特定できた」と発表した[16]。
各国及び国際機関などの対応[編集]
各国首脳[編集]
- 日本: 安倍晋三首相はオランド大統領に哀悼と連帯の意を伝えるとともに、パリの日本大使館に鈴木庸一大使を本部長とする現地対策本部を設置した。
- アメリカ: バラク・オバマ大統領は、オランド大統領に電話で弔意を伝えると共に、国際的な連携を確認した。また、国内のテロ対策を強化した。
- 中国: 李克強首相はパリで一連のテロ攻撃事件が発生したことについて、フランスのバルス首相に見舞いの電報を打ち、死傷者と遺族に心からの哀悼の意と見舞いの気持ちを表し、またテロ行為に強い憤りを表し強く非難した。
- オーストラリア: マルコム・ターンブル首相は、全人類への攻撃であると声明を発表した。
- ロシア: ウラジーミル・プーチン大統領はフランスに対し、全面的なテロ捜査への協力を表明、ISILに対する空爆を強化した。
国際機関[編集]
- 国際連合: 潘基文事務総長は、「卑劣なテロ攻撃である」と犯行を非難する声明を発した。
- 欧州連合: 「我々は必要とされるすべての手段と断固とした決意をもって、協力してこの脅威に立ち向かう。」と表明した。11月17日、EU国防相理事会は全会一致で欧州連合基本条約の相互防衛条項を初めて発動した。
- 北大西洋条約機構: ストルテンベルグ事務総長は「結束してテロと戦う。テロでは民主主義は倒せない」と述べた[17]。
- G20首脳会合: 同年11月15日、16日にトルコのアンタルヤで首脳会合が予定通り開催された。フランスのオランド大統領は国内事態収拾のため欠席した[18]。会議において、「テロとの戦いに関するG20声明」が採択された[19]。
その他[編集]
- Twitterでは、#prayforparisのハッシュタグが登場した[20]。
- Facebookでは、プロフィール写真にフランス国旗の青白赤のトリコロールに重ねることで「パリ市民の平和と安全を願うプロフィール写真を設定しよう」という機能が導入されたが、これに対しては「フランスだけ特別扱いなのはなぜか」という批判が起きた[21]。
- Googleは、トップページに喪章を表わす黒いリボンを添えた。
- YouTubeは、ロゴをトリコロールにした。
- Amazonは、各国語版のトップページをフランス国旗と「Solidarité(団結)」のメッセージを掲げたデザインに変更した。
- アップルコンピュータでは、トップページにブラックリボンを掲載。のちトリコロールに塗った自社のロゴに変更している。
- 慶應義塾大学経済学部の金子勝教授はフランス軍の報復爆撃について「問題を作ったアメリカと一緒にシリアに報復爆撃」「暴力の応酬は国境なき世界戦争を拡大するだけ」などとコメントした[22]。
- SEALDsはテロを受けて新宿でデモを開催し、メンバーらは東京新聞の取材に対し、フランス軍の報復空爆について「暴力に暴力で返すという考えは危険な考え」「武器を持たされるのはいや。もっと別のやり方があるんじゃないか」などとコメント。また、「当時(2014年夏)はテロなんて起きる雰囲気じゃなかった」「今ここでテロが起こる可能性は上がることはあっても、下がることはないだろう」と述べ、さらに、ISが生まれた背景について「そこまで追い込んだのも欧米」などとコメントした。
日本の報道対応[編集]
事件発生時刻は、日本時間においては11月14日午前5時頃であった。
テレビ[編集]
- 各局共に特別編成を組む事は無かったが、朝のニュースの第一報として伝えられた他、NHKでは総合テレビで各番組の合間にその時点の最新情報を伝え、NHKBS1のワールドニュースでは通常放送されていないFrance 24で放送中の速報の一部を取り上げた。
- 民放もウェークアップ!ぷらす(読売テレビ)の当日放送内容の一部を変更し、本事件の速報を断続的に伝えた。ウェークアップ!ぷらす以外の各報道・情報番組も本事件を伝える内容が多かった。
新聞[編集]
インターネット[編集]
ライトアップ[編集]
テロ事件以降、世界各地で哀悼の意を込め夜間にフランス国旗色にライトアップされた。
出典[編集]
- ↑ 1.0 1.1 1.2 1.3 [1] Eater 2015年11月16日
- ↑ Abe Ng Florida International University 2015年1月28日
- ↑ 米国発パリ行き仏機2便が爆破警告で緊急着陸、乗客らは無事 ロイター 2015年11月18日
- ↑ イスラム教へ偏見拡大阻止へ代表団 スンニ派、世界各地に日本経済新聞2015年11月21日22時50分配信
- ↑ 銃撃戦を想定、大都市の部隊に自動小銃…警察庁YOMIURI ONLINE2015年12月18日19時39分配信(2015年12月20日閲覧)
- ↑ パリ同時攻撃で死者120人以上、仏大統領が非常事態宣言ロイター 2015年11月14日
- ↑ 仏首相「テロとの戦争に入った」 1.5万人警戒態勢朝日新聞2015年1月14日11時22分
- ↑ 「フランスは戦争をしている」…オランド氏演説読売新聞 2015年11月18日9時22分
- ↑ フランス:大統領が臨時議会演説 非常事態宣言の延長訴え毎日新聞 2015年11月16日 21時44分
- ↑ 米仏軍、報復空爆開始 NATO対「イスラム国」全面戦争へ パリ同時テロ (1/3ページ)ZAKZAK2015年11月16日配信
- ↑ フランス、シリアで連日の報復空爆 ISISの死者は少数CNN2015年11月17日9時42分配信
- ↑ フランス軍、「イスラム国」拠点を空爆 同時攻撃受け最大規模にニューズウィーク2015年11月16日11時22分配信
- ↑ パリ郊外で銃撃戦、1人死亡 連続襲撃の主犯格が立てこもりかAFP通信2015年11月18日16時4分配信
- ↑ パリ郊外で銃撃戦 警察官数人負傷 主犯格を捜査中?産経ニュース2015年11月18日13時42分
- ↑ パリ郊外で銃撃戦 テロ関係先制圧、2人死亡7人拘束 主犯格も潜伏か(1/3)産経ニュース2015年11月18日20時34分配信
- ↑ 103人の身元確認=仏首相 - 時事通信 2015年11月15日22時49分
- ↑ [2] 時事通信 2015年11月14日
- ↑ オランド仏大統領、G20欠席 日本経済新聞 2015年11月14日
- ↑ テロとの戦いに関するG20声明 外務省 2015年11月17日
- ↑ ハッシュタグ#prayforparis
- ↑ (ニュースQ3)哀悼か仏政府支持か? FBのトリコロールに賛否朝日新聞2015年11月20日5時0分
- ↑ 2015年11月17日5時2分投稿金子勝公式Twitterアカウント
関連項目[編集]
- 国内治安総局(フランス国内のテロ対策機関)
- 2015年8月フランスにおけるイスラムテロ事件
- 2015年1月フランスにおけるイスラムテロ事件
- 2015年~2016年フランス国外におけるイスラムテロ事件
外部リンク[編集]
- バタクラン劇場での撮影映像 ル・モンド 2015年11月14日
- パリ同時テロ - 在日フランス大使館 2015年11月13日
- フランス安全情報 - 在フランス日本大使館