俳句
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俳句(はいく)とは五・七・五の音節から成る日本語の定型詩であり、世界最短の詩である。俳句を詠む(作る)人を俳人と呼ぶ。
俳句は近世に発展した文芸である俳諧連歌、略して俳諧から生まれた近代文芸である。室町時代に流行した連歌の遊戯性、庶民性を高めた文芸が俳諧であったが17世紀に松尾芭蕉が出てその芸術性を高め、なかでも単独でも鑑賞に堪える自立性の高い発句、すなわち地発句を数多く詠んだ事が後世の俳句の源流となる。さらに近代文芸として個人の創作性を重視して俳句を成立させたのが明治時代の正岡子規であった。子規は江戸末期の俳諧を月並俳諧と批判して近代化した文芸たらしめるための文学運動を行い、発句が俳句として自立した。俳句の自立後の視点から、松尾などの詠んだ発句をさかのぼって俳句とみなす見方もある。
無季俳句、自由律俳句も含まれるがそれを俳句と認めない立場も存在する。
また、英語などの非日本語による3行詩も「Haiku」と称される。日本語以外の俳句では五・七・五のシラブルの制約がなく、季語もない場合が多い。
現在では外国人が日本語で俳句を作ることも始まった。そうした外国人の俳人には現在マブソン青眼、ドウーグル、アーサー・ビナードなどがいる。
日本の詩歌の伝統をひきついで成立した俳句は、五・七・五の音数による言葉の調べ(韻律)と「季語」と「切れ」によって短い詩でありながら心のなかの場景(心象)を大きくひろげることができる特徴を持っている。
目次
俳句とは何か
「俳句とは何か」という、本質的問いに対する答えは多数存在する。
- 山本健吉
- 俳句評論家の山本健吉はエッセイ「挨拶と滑稽」のなかで、俳句の本質として3ヶ条をあげている。これが有名な「俳句は滑稽なり。俳句は挨拶なり。俳句は即興なり」である。
- 松根東洋城
- 松根東洋城は俳句について大正天皇から問われた1914年、「渋柿のごときものにては候へど」の句を奉答したという。「渋柿のごときもの」、これはたしかに俳句の本質の一面といえよう。松根は、この句にちなんで主宰誌を「渋柿」と命名した。
- 他、著名な俳人
- など。
- 「寄物陳思」
- 俳句は「寄物陳思」の詩とも言われる。「万葉集」にある「物に寄せて思いを陳(の)べる」の意である。
(出典:安藤次男・飯田竜太編「俳句の本・俳諧と俳句」筑摩書房、村山古郷・山下一海編「俳句用語の基礎知識」角川選書、「証言・昭和の俳句」角川書店)
- 桑原武夫
- フランス文学研究者・桑原武夫は「第二芸術」にて(雑誌「世界」1946年)「俳句というものは同好者だけが特殊世界を作りその中で楽しむ芸事。大家と素人の区別もつかぬ第二芸術に過ぎない」と糾弾している。
特徴
俳句には次の特徴がある。
韻律
俳句は定型詩であり、五・七・五の韻律が重要な要素となっている。この韻律は開音節という日本語の特質から必然的に成立したリズムであって、俳句の制約とか、規則と考えるべきではない。五の部分が6音以上に、または七の部分が8音以上になることを字余りという。
例えば
- 芭蕉野分して盥に雨を聞く夜かな 芭蕉
は8・7・5で、上5が8の字余りである。そのほか字足らず、句またがりなど5・7・5定型に収まらない作品もある。さらに、俳句は定型詩ではないとして一句一律を唱える自由律俳句も存在する。
和歌の時代からの伝統であろうが、字余りがゆるされるのは母音ないし撥音が含まれる場合が多い。それは、母音および撥音が音の一単位としては少々短いためと思われる。例えば本位を「ほい」と表記する伝統は撥音が一音としては不足していることを表すだろうし、ア行で活用する動詞が「得(う)」一語なのも母音だけでは語としてなにがしかの不足感をその当時の人々が感じていたからではなかろうか。
季語
俳句にとって、季語は大きな役割がある。季語を必ず入れなければならないとする有季(季語絶対)派から季語よりも季感が大切とする「季感」派、無季でもよいとする無季容認、無季俳句が旧来の俳句的情趣を打破するという「無季」派まで、さまざまな考え方がある。
松田ひろむは、「俳句に季語はあってもなくてもいいのでしょうか。そうではありません。はっきりいって季語はあったほうがいいのです。俳句にとって『季語』は大きな役割を果たします。季語は象徴となるイメージを与えてくれるのです。これを連想力といってもいいでしょう。また時間と空間を大きく広げる役割があるのです」(『入門詠んで楽しむ俳句16週間』新星出版社)という。
また橋本直は2006年3月の現代俳句協会青年部勉強会で「季語の現在─本意の変遷と生成、その未来」の基調報告を行ない、そこで「本来の季語、季題の役割は、通時的/共時的な詩的機能を引き出すためのものであって、あたかも軛のごとく自由を束縛するものではない」と問題を提起している。このように総じて有季定型派よりも無季、自由律に眼を向けた俳人のほうがより深く季語の役割について考えをすすめている。
有季絶対派は「季語・季題があればいい」として、かえって緊張感を欠いているともいえよう。また「俳諧の発句はその場に対する挨拶の意味を濃厚に含んでいたからである」とするが、現代の俳句は「俳諧の発句」とは異なるものとして発展してきているので、俳諧の発句という説は説得力を持っていない。
季語が季節の情感を表現していたかといえば談林の俳諧などではかえって季語を季感と切り離すことで、笑いを生みだすものとしていた部分もあった。
季語と季題
季語といい季題というが、それぞれの用語にはそれぞれの拘りがある。NHKのBS放送でも、「季語」という金子兜太と「季題」という稲畑汀子とがしばしば激論を交している。
もともと季語・季題という言葉は江戸時代にはなかった。芭蕉の言葉にも「季節の一つも探り出したらんは 後世によき賜と也」(去来抄)とあり、この「季節」とは季語・季題のこと。その他芭蕉はすべて「季」(季の詞)といっている。
大胆に要約すれば季の題を詠むとする立場が「季題」、それでは季題趣味に陥るとするのが「季語」派である。
切れ
俳諧では、最初に詠まれる発句は後に続ける脇句や平句の動機となる必要がある。そのため発句には、脇句に依存しない完結性が求められた。そこで編み出されたテクニックが「切れ」である。上手く切れた発句は「切れがある」と評価され、重視された。
たとえば有名な芭蕉の句
- 古池や 蛙飛び込む水の音 芭蕉
では、「古池や」の後で一呼吸、句の流れが切れている。読者はその一瞬の休符の合間に、作者を取り巻く環境や作者の思想・感情・情念・背景などを勝手に想像してしまう仕掛けになっている。このテクニックが「切れ」と呼ばれ、十七文字という限定された語数で、葉に形と質感を与える効果を持つ。さらに、季語とあいまって句に余韻をかもしだす。
現代の俳句でも「切れ」は重要なテクニックの一つであり、「切れ」のない句は俳句としては評価されない。
切れ字
強制的に句を切るために使われるのが切れ字である。現代の俳句でも使われている切れ字には「かな」「や」「けり」がある。俳句以前の連歌・俳諧の時代には「もがな」「し」「ぞ」「か」「よ」「せ」「れ」「つ」「ぬ」「へ」「ず」「いかに」「じ」「け」「らん」など、先の3個と合わせ、計18種類の助詞、助動詞が使われていた。
切れ字がなくても句は切れる
芭蕉の弟子・去来は『去来抄』の中で、こんな芭蕉の言葉を紹介している。
「切れ字を入れるのは句を切るためである。しかし切れている句というのは切れ字によって切る必要はない。いまだに句が切れている、いないが、わからない初心者のために、あらかじめ切れ字の数を定めているのである。この定め字を入れれば十のうち七八の句は自然に切れる。しかし残りの二三は切れ字を入れても切れないダメ句である、また入れなくても切れるいい句もある。そういう意味では四十七文字すべてが切れ字となりうる」
つまり芭蕉の言いたいことは、切れは句の内容の問題で切れ字があるなしの問題ではないということである。
切れ字がないのに切れている例としては、たとえば
- 旅に病んで 夢は枯れ野をかけめぐる 芭蕉
がある。「旅に病んで」の後で切れている。
客観写生
この言葉自体は高浜虚子のものであるが、その起源は芭蕉の句までたどることのできる俳句の特徴の1つである。芭蕉の門人・土芳は『三冊子』の中でこれを「見るにつけ、聞くにつけ、作者の感じるままを句に作るところは、すなわち俳諧の誠である」と表現している。江戸時代には客観や写生という言葉こそなかったが俳諧の誠というのは私意や虚偽を排し、対象をよく観察し、傾聴して、そのありさまを十七文字で表現することに全力を傾けるという意味である。
例としては
- 吹き飛ばす石は 浅間の野分かな 芭蕉
が挙げられる。ここには浅間山に登る芭蕉の感想などは、一切述べられていない。しかし、浅間山に吹く野分の凄さを「石まで吹き飛ばす」と表現することで読者は、荒涼とした風景とともに、こういう表現を選ぶ芭蕉という人物の面白さをもかえって十分に感じることができるのである。
川柳との違い
川柳も俳句と同じく俳諧に起源を持つ五・七・五の定形詩だが俳諧連歌の冒頭の発句が独立した俳句と違い、川柳は付け句(平句)を前句から独立的に鑑賞するようになったもので発句の性格を継承しておらず、そこから俳句と対照的な特徴を有する。
- 「季語」がない。
- 「切れ」がない。(一句一姿)
- 自分の思いをストレートに言い切り、「余韻」を残さない。(穿ち)
技法
注意六条 禁忌八条
水原秋桜子が『俳句の作り方』で提唱した、俳句を作る時に意を注ぐべき六ヶ条と避けるべき八ヶ条。よくまとめられているので、初心者が俳句を作るときに参考にすることができる。
注意六条
俳句を詠むとき、意を注ぐべき六条
- 詩因を捉える
- 分量をわきまえる
- 省略を巧みにする
- 配合を工夫する
- わかる用語を使って
- 丁寧に詠む
省略
俳句では17文字という限られた音で表現をしなければならないため、不用な言葉の省略が重要視される。体言止めにより動詞や助詞を省略したり、助詞で止めて後に来る動詞を省略したりすることが多い。また、測可能な言葉を省くことにより、余韻を残したり時間的な「間」を表現することにもなる。
禁忌八条
俳句を詠むときで避けるべき八ヶ条(水原秋桜子の見解、特に無季の句に関しては異論もあろう)
- 無季の句を詠まない
- 重季の句を詠まない
- 空想の句を詠まない
- や・かなを併用した句を詠まない
- 字あまりの句を詠まない
- 感動を露出した句を詠まない
- 感動を誇張した句を詠まない
- 模倣の句を詠まない
その他の技法
本歌取り
有名な既存の俳句や短歌などから言葉を流用し、言外に本歌の内容を表現する技法。例えば「見わたせば山もと霞む水無瀬川」から「山もと霞む」を流用し、言外に「水無瀬川」を示すなど。
句またがり
意味的な切れ目を五・七・五の音の切れ目とは異なる場所に持ってくることで、リズムに変化を与える技法。
著名な俳人
俳人の一覧も参照。
- 江戸時代(厳密には俳句ではなく俳諧を詠んだが、優れた地発句ゆえに俳句と同一視される)
- 近現代
- 正岡子規(1867年 - 1902年)
- 河東碧梧桐(1873年 - 1937年)
- 高浜虚子(1874年 - 1959年)
- 種田山頭火(1882年 - 1940年)
- 尾崎放哉(1885年 - 1926年)
- 水原秋桜子(1892年 - 1981年)
- 山口青邨(1892年 - 1988年)
- 西東三鬼(1900年 - 1962年)
- 日野草城(1901年 - 1956年)
- 山口誓子(1901年 - 1994年)
- 中村草田男(1901年 - 1983年)
- 大野林火(1904年 - 1982年)
- 加藤楸邨(1905年 - 1993年)
- 古沢太穂(1913年 - 2000年)
- 鈴木真砂女(1906年 - 2003年)
- 森澄雄(1919年 - )
書籍
- 入門書
- 『金子兜太の俳句の作り方が面白いほどわかる本』みんなの俳句学校入門の入門 楽書ブックス 金子兜太 中経出版(2002/06) ISBN 4806116378
- 『新実作俳句入門』藤田湘子 立風書房(2000/06) ASIN:4651600727
- 『入門 詠んで楽しむ俳句16週間』 松田ひろむ 新星出版社(2002/07) ISBN 4405055580
- 『一億人の俳句入門』 長谷川櫂 講談社(2005/10) ISBN 4062129302
- 『無敵の俳句生活』俳筋力の会 ナナ・コーポレートコミュニケーション(2002/06) ISBN 4901491067
- 関連書
- 『俳句理解の心理学』 皆川直凡 北大路書房(2005/9) ISBN 4-7628-2463-1
関連項目
外部リンク
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