中国語
中国語(ちゅうごくご)は、シナ・チベット語族に属する言語で、中華人民共和国・中華民国(台湾)のほかに、シンガポールなどの東南アジアや、日本、アメリカなどの世界各国にいる華僑・華人たちの間で話されている。ギネスブックによれば「現存する世界最古の言語」である。
中国語の各方言はシナ・チベット語族に属し、中国祖語をもとに、タイ諸語などの南方諸語やモンゴル語、満州語など北のアルタイ諸語の発音、語彙、文法など特徴を取り込みながら分化したと考えられている。その特徴として、声調を持ち、孤立語で、単音節言語であることが挙げられる (Columbia University Press, 2004) が、現代北方語(普通話を含む)は元代以降、かなりの程度アルタイ化したため必ずしも孤立語的、単音節的ではない。
目次
言語名
中国では主に中文と呼ぶ。また多民族・多言語国家である「中国の言語」という点で、少数民族の言語も「中国語」といえなくもないことから、「漢族の言語」という意味で、この言語を漢語と呼ぶことがある。これは学術的な方面でよく使われる。また華語、中國話などと言う呼び方もある。ちなみに中国語で文字のある言語を文といい(例:ドイツ語→德文)、明確に定めた文字のない言語、方言あるいはある言語の口語・会話のことを指すときには話という(例:客家話)。また、語は前述の両方に使われる(例:閩南語、日語)。
歴史
(The New Encyclopaedia Britannica, 1997)
古代漢語
- 漢字の原形とされる甲骨文字(1899年に発見)が使われていた。
- 文法的に重要な役割を果たしていた接辞や不変化詞による修飾語の形成があったが、後期になると衰え始めた。
- 人称代名詞に格があった。今でも一部が客家語や湘語に残っている。
- この頃の文献としては、諸子百家にまつわる書が残っている。
- 声母(頭子音)に複子音 sl-, pl-, kl-(例: 「監」*klam) などが存在した。
- 韵母の尾子音は豊富だった(例:「二」 *gnis)。
- 語順はタイ語的な完全なSVO型だった。(例: 呉 敗 越 于夫椒 「呉は夫椒で越を破った。」 S-V-O-Adv ⇔ 現代語: 呉軍 在夫椒 把越軍 打敗了。 S-Adv-O-V) (橋本、1978)
- 殷まではタイ語的な名詞-形容詞の語順および普通名詞-固有名詞の語順だった。(例: 殷の帝辛 ⇔ 周の武王) (橋本、1978)
中期漢語
- 秦の全国統一によって、中原の言語が各地に伝播した。
- 2音節の熟語、動詞・名詞の範疇が発達した。
- 動詞の活用が消滅し始め、孤立語的な特徴を帯びるようになる。
- 当時、東・東南アジアにおける「国際語」的な地位になっていた。
- 李白・杜甫・韓愈など偉大な詩人・文人を輩出した。
- 漢字の字体が統一され、規範的な字書が作られた。また、科挙試験によって、発音、字体、文法など、規範的な言語の使用が促進された。
近代漢語
近代漢語(元代、明代、清代)
- 語彙面、文法面で、文語と口語の差が広がった。明代から清代には、口語小説が広く書かれるようになった。
- 元代と清代には北方方言を中心にアルタイ語の影響を大きく受けた。
- 元代口語には文末助詞の「有」が多用された。
- 都のあった北京の言葉を中心に中国語の統一がさらに進んだ。
現代漢語
- 辛亥革命(1911年)に前後して「官話」から「國語」に呼称が変わった。台湾ではその名が今でも受け継がれているが、中国本土ではその後中国共産党が北京方言を簡略化したものを採用し、「普通話」と再び名を改めた。
- 1917年に、胡適を中心として書き言葉を「文語体」(文言文) から「口語体」へ変えようとする動き(白話運動)が広がり、文学革命が起こった。陳独秀の『新青年』や魯迅の『阿Q正伝』が有名。
- 1919年の五・四運動で、民族意識が高まり、中国標準語の普及に一層拍車がかかった。
- 中華人民共和国では、正書法として簡体字が採用された。
話者分布
中国語を第一言語としている人は一般的に約12億人と言われており、かつ、第二言語としても約2億人が使用している、世界で最も多くの人口に話されている言語である。同じ中国語であっても、例えば、北京語(北方方言のひとつ)と広州語(粤方言のひとつ)と上海語(東部に分布する呉方言のひとつ)では発音、語彙ともに大きく異なるだけでなく、文法にも違いがあるため、直接会話するのは非常に困難であるが、共通の書面語(書き言葉)が発達しているため、字に書けば意思疎通は比較的容易である。
言語変種
中国語の各「方言」は共通の文字組織(漢字)を持っているものの、異なる大方言話者との会話による相互理解は事実上不可能に近い。よって、方言話者では学校教育や放送で使われる「普通話」とのバイリンガルとなっていることが多い。
方言区分は議論のあるところであり、いくつに分けるか学者によって異なっている。二分類では、長江が南北の等語線とほぼ等しく(南通、鎮江などは例外)、これより北と西の内陸部が「北方方言」(および晋語)、これより南がその他の「方言」地域に分類することができる (Encyclopædia Britannica, Inc., 2004)。また、「官話」(かんわ)・「呉」(ご)・「贛」(かん)・「湘」(しょう)・「閩」(びん)・「客家」(はっか)・「粤」(えつ)に分けるのが七大方言であり、「晋」(しん)・「徽」(き)・「平話」(へいわ)を独立した大方言と考える十大方言もある。その他、分類が定まっていな小方言群がある。Ethnologue は、漢語(中国語)を14の言語に分類している (SIL International, 2004)。これは下記で述べる中国の平話を除いた九つの方言にキルギスのドンガン語を加えたものである。なおこの場合、閩方言は閩北語・閩東語・閩南語・閩中語・莆仙語の五つの言語に分けられている。
標準語
国民の意思疎通を容易にするため、中華人民共和国では、中央政府の標準語政策により、北方方言の発音・語彙と近代口語小説の文法をもとに作られた「普通話」 (pǔtōnghuà) が義務教育の中で取り入れられ、若い世代を中心に成果が上がっており(一般的に、全人口の7割程度が理解すると言われている)、標準語・共通語となりつつある。台湾においても、日本の敗戦後に施政権を握った中華民国政府が「國語」 (guóyǔ) (「普通話」とほぼ同一で相互理解は可能だが音声と語彙に差異がある)による義務教育を行ってきたが、現在では台湾語、客家語、原住民諸語の学習時間も設けられている。
七大方言
十大方言
以下の方言は独立した大方言区とすべきとの議論がある。オーストラリア人文アカデミーと中国社会科学院がまとめた『中国言語アトラス (The Language Atlas of China)』はこの立場で編纂されている。
ドンガン語
ドンガン語は、音韻、基礎語彙、語法の面から北方方言の一変種とする意見の他、キリル文字を用いて表記し、ロシア語やキルギス語などからの借用語が多く、使用国も異なるため、独立した言語とする意見もある。
音韻
中国語は声調言語である。音節の音の高低の違いが子音や母音と同じように意味を区別している。これを声調(トーン)という。例えば、「普通話」には{ma}という形態素は軽声も含めて19個もある(松岡、2001)。そこで普通話では陰平声、陽平声、上声、去声の四つの声調と軽声を用いて、ある程度意味を区別することを可能にしているのである。
- 例
- * 陰平声(第一声) - 媽(mā; お母さん) – 高く平ら
- * 陽平声(第二声) - 麻(má; 麻)– 上がり調子
- * 上声(第三声) - 馬(mă; 馬) – 低く抑える
- * 去声(第四声) - 罵(mà; 罵る) – 急激に下がる
- * 軽声 - 嗎(ma; 疑問の助詞) – 抑揚はなく、高さは前の声調により変わる
表記
中国語の共通文字体系である漢字の歴史は古い。漢字は中国独自の文字で、ラテン文字などのアルファベットと異なり、音節文字であり表意文字である。漢字は大量かつ複雑な容姿をした部品を用い、かつ不規則な読み方をし、異体字や類義の字も多いため、習得に長期間を要し、経済的にも効率が悪いといった趣旨の否定的な評価からラテン文字などに移行すべきという意見があった。実際に朝鮮民主主義人民共和国やベトナムでは漢字を廃止した。
中国大陸では1956年に、字画が少なく、読みや構成にも統一性を高めた簡体字が導入された。簡体字は、中国全土で使用されることが中央政府によって義務化され、シンガポールも中国語(華語)の表記に用いる。これに対して、中華民国(台湾)、香港、マカオでは、基本的に簡体字以前の字体を維持した繁体字(台湾では正体字とも称する)が使われている。
繁体字・簡体字は、それぞれの文化圏での政治的・技術史的な経緯から、コンピュータ処理においては全く互換性のない別の文字コード・文字セット体系(簡体字圏=GB 2312、繁体字圏=Big5)が使用されてきた。簡体字には複数の繁体字を1字にまとめた形をとったものがあることから、逆に簡体字から繁体字に変換する場合、「头发(頭髪)」を「頭發」、「干杯(乾杯)」を「幹杯」とする類の誤変換が中国大陸発のウェブサイトの繁体字版ページなどによく見られる。
また、中華人民共和国は1956年に漢語拼音方案(ピンイン)というローマ字表記法を制定した。このピンインは、1977年に国連の第3回地名標準化会議で中国の地名のローマ字表記法として、1982年にはISOで中国語のローマ字表記法として採用された。また、ピンインは、外国人(特に欧米人)による中国語学習の助けにもなっている。中華民国(台湾)では、注音符号と呼ばれる発音記号を用いて漢字の読みを示すのが一般的である。台湾における中国語ローマ字表記法は、これまでさまざまな方式が考案・提案され、漢語拼音を導入する動きもあるが、統一には至っていない。
文法
語形変化(活用)が生じず、語順が意味を解釈する際の重要な決め手となる孤立語である。ちなみに英語も孤立語的である。基本語順はSVO型である。しかし、現代北方語や文語では「把」や「將」による目的格表示などがあり、SOV型の文を作ることができ、膠着語に近づいている。
例
- 標準語の文法:我去图书馆看书。Wŏ qù túshūguǎn kàn shū. (図書館へ行って本を読む。)
- 上海語の文法:我到图书馆看书去。ngu to dousucuoe choe su chi.
現代語では、日本語のように動詞の前後や文末に助詞・助動詞が来る。例えば了は動詞につくとアスペクト(完了)を表し、文末につくとモダリティを表す。
なお中国語には時制を表す文法カテゴリーが存在しない。一方でアスペクトは存在し、動詞に「了」(完了)「过」(経験)「着」(進行)をつけることによって表される。
- 昨天我去了电影院。
また、 格による語形変化がないのが孤立語の特徴である。したがって、中国語でも名詞や形容詞に格の変化は生じない。格は語順によって示される。
例 1人称単数の人称代名詞「我」 (wŏ)
- 我去过中国。(主格;私は中国に行ったことがある。)
- 上海語:我到中国去过个。ngo to Tsoncué chicoughé.
- 我妈妈让我学习。(目的格;母は私に勉強させる。)
- 上海語:我个妈妈让我学习。ngoghé mama gnian ngo ghózí.
- 英語が同じ語順: My mom made me study.
語彙
中国語は基本的に単音節言語であるが、現代語は複音節の語彙が増えている。中国語の表記に使う漢字は一音節に一文字が用いられる。
例
- 家(jiā; 家)
- 走(zǒu; 歩く)
- 大(dà; 大きい)
例外的に借用語など、単音節では意味を持たない語がある。
例
- 玻璃(bōli; ガラス)
本来の中国語の語は単音節であるため、必然的に多義語や同音異義語が多くなる。このため、特に北方方言において、「目」→「眼睛」、「耳」→「耳朶」、「鼻」→「鼻子」などのように複音節化して意味を明確にしている (橋本、1981)。
また、同じような意味の単音節の形態素を並べて、2音節の熟語を形成することがある。例えば、動詞「学」(学ぶ)はピンインで (xué) と表記されるが、これとの同音異義語は5通り(学、穴、噱、踅、泶)以上あり、「学ぶ」という意味をはっきりさせるために2音節の語にして「学习」 (xuéxí) とすることもできる。
中国語(古典語、諸方言を含む)の影響を強く受けた言語
関連項目
外部リンク
参考文献
- Columbia University Press (2004) , "Chinese" in The Columbia Encyclopedia (2001) , 6th ed., Columbia University Press.
- Encyclopædia Britannica, Inc. (2004) , "Chinese languages" in Britannica Concise Encyclopedia (2004) , Encyclopædia Britannica.
- Microsoft Corporation (2004) , "Chinese Language" in Microsoft Encarta Online Encyclopedia (2004) , Microsoft Corporation.
- SIL International (2004) , "Ethnologue report for Chinese" in Ethnologue (14th ed.) .
- 松岡 榮志 [et al] (2001)『クラウン中日辞典』、三省堂。(ISBN 4385121753)
- 高見澤 孟 [et al] (1996)『はじめての日本語教育』、1巻、アスク、pp. 159 - 160。 (ISBN 4872170660)
- The New Encyclopaedia Britannica (1997) , 15th ed., 32 vols., Encyclopaedia Britannica. (set ISBN 0852296339)
- 橋本 萬太郎 (1981)『現代博言学』, 大修館書店. (ISBN 4-469-21086-2)
- 橋本 萬太郎 (1978) , 『言語類型地理論』, 弘文堂.