高橋純子

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朝日新聞・高橋 純子

高橋 純子(たかはし じゅんこ)とは、朝日新聞の政治部次長。

その思想は反資本主義・反日・反米・反自民党であり、典型的な朝日新聞ブサヨ記者である。

降旗 学の高橋考察

朝日新聞社には、高橋純子さんという政治部の次長サンがいる。りんりんリーチの高橋純子さんではない(こちらは女性プロ雀士。麻雀ゲーム『極』では、リーチをかけるとき、りんりんリーチと叫ぶ)。

朝日のほうの高橋純子次長だが、この方がお書きになる記事は毎度毎度、実に難解で、朝日の編集局や校閲はよくこんな原稿を通したなあ、と思ってしまう内容ばかりなのである。次長サンのスタンスは「アンチ安倍政権」で凝り固まっているが、はっきり言って、何が言いたいかわからない文章をお書きになる。

高橋次長サンは『だまってトイレをつまらせろ』なるタイトルのコラムを書いた。内容は以下のようなものである。

(前略)ある工場のトイレが水洗化され、経営者がケチってチリ紙を完備しないとする。労働者諸君、さあどうする。

①代表団を結成し、会社側と交渉する。②闘争委員会を結成し、実力闘争をやる。

まあ、この二つは、普通に思いつくだろう(中略)ところが、船本洲治という1960年代から70年代初頭にかけて、山谷や釜ケ崎で名をはせた活動家は、第三の道を指し示したという。

 ③新聞紙等でお尻を拭いて、トイレをつまらせる(中略)。

生かされるな、生きろ。わたしたちは自由だ〉

この「生かされるな、生きろ」ってセンテンスは、いったいどこから出てきたのか不明なのだが、船本洲治氏が残した言葉なのか?ちなみに、高橋次長は記さなかったが、船本洲治という「活動家」は山谷釜ケ崎の労務者問題に取り組んでいますが、地域センターを爆破した疑いで指名手配されている。テロリストじゃないですか。彼は逃走中の1975年、皇太子殿下(当時)の訪沖に反対し、嘉手納基地の前で焼身自殺を遂げている。船本氏は29歳だった。

高橋次長サンは、船本氏が指名手配されていたことや焼身自殺をした事実を省いて書いた。それどころか、指名手配犯を「活動家」とまで持ち上げた。おいおい、と言いたいところだが、都合の悪いことを隠すのはアカイアサヒがよくやる手法だ。たとえば――。

杉山審議官は、慰安婦の強制連行を裏付ける資料がなかったことを説明するとともに、強制連行説は吉田清治(故人)による「捏造」で、それをさも事実のごとく朝日新聞が報じたことが「国際社会にも大きな影響を与えた」と指摘した。朝日の誤報問題を名指ししたわけだ。

ところが、翌17日の朝日新聞は、国連で対日審査があったことは報じたが、記事には「朝日新聞」の「あ」の字も書かなかった。杉山審議官の発言は全てスルーされた。自分たちに都合の悪いことは報じない、朝日新聞は。

朝日の偏りはとりあえず措いといて……、高橋次長サンは、トイレを詰まらせることを奨励しているわけではない、と綴る一方で、新聞紙を流されて詰まらされたくなければ「チリ紙を置いときな、という精神のありようを手放したくない」とも書く。まるで脅迫だ。

他者を従わせたいと欲望する人は、あなたのことが心配だ、あなたのためを思ってこそ、みたいな歌詞を「お前は無力だ」の旋律にのせて朗々と歌いあげる。うかうかしていると「さあご一緒に!」と笑顔で促される。古今東西、そのやり口に変わりはない〉

高橋次長サンの原稿の特徴は、脈絡もなくワケのわからない理屈が飛び出すことだが、どーしていきなり「お前は無力だ」という歌が出てくるのか?他者を従わせたいと欲望する人というのは……?

〈「ほかに選択肢はありませんよ――」

メディア論が専門の石田英敬東大教授は2013年安倍政権が発するメッセージはこれに尽きると話していた。そして翌年の解散・総選挙。安倍晋三首相は言った。

「この道しかない」

固有名詞は関係なく、為政者に「この道しかない」なんて言われるのはイヤだ。近道、寄り道、けもの道、道なんてものは本来、自分の足で歩いているうちにおのずとできるものでしょう?はい、もう一回。だまってトイレをつまらせろ。ぼくらはみんな生きている〉

高橋次長サンの難解でハイレベルかつハイブロウな原稿を拙い読解力で解釈すると――、安倍政権の指針方針実力行使は私たちの生活を脅かす、だからときにはトイレを詰まらせるくらいの強硬手段をもってしてでも抵抗しよう、だってぼくらはみんな生きているんだもん、と言いたいようだ。でなければ、ぼくらはみんな生きているんだから、トイレを詰まらせて会社に迷惑をかけよう、業務を停滞させよう、抵抗マンセーと言っているとか?

高橋次長サンのコラムを、産経新聞古森義久ワシントン駐在客員特派員は、「あまりにくだらなくて鳥肌が立った」と評した。同感である。元毎日新聞編集委員でジャーナリストの徳岡孝夫氏は「大新聞というより、高校の校内新聞に出てくるような記事。文章が幼稚で下品」と評した。ごもっともだ。

このコラムを取り上げた週刊新潮は「アジテーションや独善的主張、説明不足のオンパレードで、いまどきの女子高生のほうがもう少しまともな表現をする」と切り捨てた。高橋次長サンの表現力は難解なのではなく、JK以下だったのである。

「“一刻も早く安倍体制を終わらせたい”という朝日の執念が伝わってきて、興味深く読みましたよ」

こんな感想を口にしたのは、高橋次長サンには先輩にあたる朝日新聞・元経済部記者の永栄潔氏だ。朝日は、安倍ちゃん……、もとい、安倍総理がお嫌いなのだ。

「“だまってトイレを”というのは、問答無用の発想ですよね。話しあいなどは一切なく、安倍は危険だから次の選挙で間違っても自民党に投票してはいけませんよ、と言わんとしているのだと思いました。それでいわゆる権威や制度、世間の仕組みを拒否する、超過激な思想の人を紹介することにしたのでしょう。憧れがあるんだろうけれど」

あの文章をそこまで読み解くとは恐れ入ったが、永栄氏が続ける。

「コラムでは、総理が“この道しかない”と言ったことを批判していますが、政治とはそもそもそういうもの。自民党が“この政策しかない”と言い、それに対して野党が“いや、こっちが最善だ”と主張をぶつけ合って議論する。これが代議制なのです。それを彼女は、為政者に言われたくないと書く。これでよく政治部の記者が勤まりますね」

先輩に政治記者に向かないと言われた高橋次長サンは、かなり問題がある人らしい。筋金入りの「反権威・権力」主義者なのだと朝日の同僚記者が明かす。

森喜朗さんが首相だった2000年に番記者を務めたときは、慣例だった番記者による誕生日プレゼントを拒否して話題になりました」

だったら幹事社制度にも異を唱えてくれればいいのに・・・記者会見では、持ちまわりで「幹事社」が決められ、会見前に段取りを説明する。そして質疑応答ではX社、Y社、P社の順に質問しますので……、と質問者を割り振っていく。ひどいときにはあらかじめ質問状が先方に渡されていたり、会見後は輪になって「答え合わせ」をする。あのときはこう言ったよね、あの発言はこういう意味だよね等々。それが政治部記者の正体。高橋次長サンのご同輩が続ける。

2009年には、『自民党支持者だった奈良県の元森林組合長が、悪政に愛想を尽かし民主党と共産党との選挙協力を主導している』という記事を書いたものの、当事者から抗議を受け、おわびを掲載しましたし、これまで過去の同じコラムでも、再三安倍批判を行なっています」

2009年1月11日、高橋次長サンは朝刊の一、二面に『ルポにっぽん 解雇…そこには共産党』という記事を書いたが、これが朝日のお家芸でっちあげだった。嘘をつくりあげる朝日の伝統は、高橋次長サンにもしっかり受け継がれていたのである。

記事に取り上げられた元森林組合長から人権救済の申し立てがあり、朝日新聞社の『報道と人権委員会(PRC)』は、高橋次長サンが書いた記事には「事実として認めることができなかった」との見解を発表。後日、「おわび」を掲載した。

高橋次長サンの過去の記事を読むと、なるほど、安倍政権嫌いなのがよくわかる。

〈下がり続ける投票率と、それにもかかわらず「選挙に勝った我々こそ民意だ」とばかりに独善的に振る舞う政治家(中略)首相は昨年、消費増税の先送りについて国民の信を問うと衆院を解散した。ところがいま、安保法制の整備も公約だった、それで選挙に勝ったのだから国民から支持を得た、と涼しい顔をしている(中略)

「レッテル貼りだ」なんてレッテル貼りにひるむ必要はない。さあ、奪いにいきましょう。堂々と貼りにいきましょう〉(社説余滴「政治=選挙」ですか?/2015年5月22日)

高橋次長サンは、安倍政権にレッテル貼りをしよう、と呼びかけるのである。

「不真面目な人たちによって、戦後日本が営々と築き上げてきたものが解体される瀬戸際にある」「それに甘んじることは、我々が辱められること。跳ね返しましょう」

場が沸き、拍手が起こる。「デートをキャンセルして来た」と言う女子大学生。「首相に勉学意欲を刺激され、賢くなっている」と皮肉る男子大学院生。「私たちが目指す平和は『平和安全法制』の中にはない」「国民なめんな!」「勝手に決めるな!」。これからを生きる世代の言葉と、これまでを生きた先達の言葉が路上で混ざり合った(中略)「私の言う通りにすれば間違いないぞ」とうそぶく政治権力に、自分なりの言葉とスタイルで対峙しようとしている〉(社説余滴「いざという時」が来た/2015年7月3日)

〈(前略)戦後70年の夏、全国各地で、若い世代が反対の声を上げ始めている。彼らは自分たちが享受している平和や自由が、何と引き換えだったのか、歴史の中に身を置き、自分の頭で考えている。だからこそいま「誰も殺すな」と声を響かせ、次の世代の目印となる旗を立てようとしているのだと思う〉(社説余滴「一息で言う」ということ/2015年8月7日)

朝日新聞SEALDs支援に余念がないが、つい先ごろ、SEALDsも公安調査庁の「監視対象」になりました。共産党やオウム真理教と同じ立場になったわけです。監視と言えば、メディアが政権を監視し、そのうえで批判するのはお役目のひとつだが、読者・視聴者の誘導はご法度だ。左派政党と隣国の「機関誌」然とした記事ばかりが目につく朝日新聞をクオリティペーパーと呼ぶことに私は首を傾げるが、元週刊朝日編集長の川村二郎氏も、朝日新聞の劣化を嘆いている。

「いちばんの問題はこの人が政治部の次長だということ。若い記者の書いた文章を、こういう人が直して、同じような記者を作っていくかと思うと、恐ろしいね」

恐ろしいです。でも、とどのつまり、「だまってトイレをつまらせろ」にきらめく何かを感じた高橋純子次長サンは、朝日新聞は便所紙レベルのニュースペーパーですよってことをカミングアウトしたかったんじゃないだろうか。朝日はもうすぐ沈むのだと。それならみんな納得する。

「だまってトイレをつまらせろ」?朝日新聞政治部次長の奇妙なコラム