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'''ラグランジュ点'''(ラグランジュてん、<small>[[英語]]:</small>'''Lagrangian point'''、'''ラグランジュポイント'''、'''L点'''とも)とは、[[天体力学]]で[[制限三体問題|円制限三体問題]]の5つの平衡解を指す名称である。すなわち、2つの物体が両者の共通[[重心]]の周りをそれぞれ円軌道を描いて回っている時に、この2体に比べて[[質量]]が無視できるほど小さな第三の物体をある速度を与えてこの軌道面内に置くと、最初の2体との相対位置を変えずに回り続けられるような位置が5つ存在する。2体の共通重心を中心としてこれらと同じ周期で回転する座標系から見ると、ラグランジュ点では2体が作る[[重力場]]が[[遠心力]]と釣り合っている。このために第三の物体は2体に対して不動のままでいることができる。各点は'''L<sub>1</sub>~L<sub>5</sub>'''という名称で呼ばれる(図参照)。
 
'''ラグランジュ点'''(ラグランジュてん、<small>[[英語]]:</small>'''Lagrangian point'''、'''ラグランジュポイント'''、'''L点'''とも)とは、[[天体力学]]で[[制限三体問題|円制限三体問題]]の5つの平衡解を指す名称である。すなわち、2つの物体が両者の共通[[重心]]の周りをそれぞれ円軌道を描いて回っている時に、この2体に比べて[[質量]]が無視できるほど小さな第三の物体をある速度を与えてこの軌道面内に置くと、最初の2体との相対位置を変えずに回り続けられるような位置が5つ存在する。2体の共通重心を中心としてこれらと同じ周期で回転する座標系から見ると、ラグランジュ点では2体が作る[[重力場]]が[[遠心力]]と釣り合っている。このために第三の物体は2体に対して不動のままでいることができる。各点は'''L<sub>1</sub>~L<sub>5</sub>'''という名称で呼ばれる(図参照)。

2018年5月26日 (土) 14:54時点における最新版

ラグランジュ点(ラグランジュてん、英語Lagrangian pointラグランジュポイントL点とも)とは、天体力学円制限三体問題の5つの平衡解を指す名称である。すなわち、2つの物体が両者の共通重心の周りをそれぞれ円軌道を描いて回っている時に、この2体に比べて質量が無視できるほど小さな第三の物体をある速度を与えてこの軌道面内に置くと、最初の2体との相対位置を変えずに回り続けられるような位置が5つ存在する。2体の共通重心を中心としてこれらと同じ周期で回転する座標系から見ると、ラグランジュ点では2体が作る重力場遠心力と釣り合っている。このために第三の物体は2体に対して不動のままでいることができる。各点はL1~L5という名称で呼ばれる(図参照)。

1760年頃、レオンハルト・オイラーが制限三体問題の解として、主星と従星を結ぶ直線上にあるL1からL3までの解(オイラーの直線解)を発見した。その後、ジョゼフ=ルイ・ラグランジュ1772年に "Essai sur le problème des trois corps" (『三体問題に関するエッセイ』)という論文を発表し、オイラーの解は一般の三体問題の場合にも成り立つこと、主星・従星を一辺とする正三角形の頂点 (L4, L5) も解であることを示した。この業績によってラグランジュとオイラーはこの年のフランス科学アカデミー賞を共同受賞した。

5つのラグランジュ点はそれぞれ以下のように定義される。

L1[編集]

L1は質量M1とM2の2物体を結ぶ直線上で2体の間に存在する。

例: 普通、地球よりも太陽に近い軌道を回る物体は地球よりも短い公転周期を持つが、これは地球から重力で引かれる効果を無視した場合の話である。物体がちょうど地球と太陽の間にあると、地球の重力の効果によって、物体が太陽に引かれる力は弱められる。物体が地球に近ければ近いほどこの効果は大きい。この効果によって L1 では物体の公転周期が地球の公転周期とちょうど等しくなっている。

太陽-地球系の L1 は太陽の観測を行うのに理想的な場所である。この位置にある物体は決して地球やに遮られることがないからである。太陽・太陽圏観測衛星 (SOHO: Solar and Heliospheric Observatory) はL1の周りのハロー軌道に位置している。地球-月系のL1は最小限の軌道変更で月軌道や地球軌道へ入ることができるため、荷物や人員を月へ行き来させるための中間有人宇宙ステーションの場所として理想的である。

L2[編集]

L2は質量の大きい2体を結ぶ線上で、小さい天体の外側に位置する。

例: 地球から見て太陽と反対の位置にある物体は普通、地球よりも長い公転周期を持つ。しかし、太陽に加えて地球の重力からも余計に引っ張られるために公転周期は短くなり、この効果によってL2では公転周期が地球と等しくなっている。

太陽-地球系のL2は宇宙空間での観測を行うのに良い場所である。L2付近にある物体から見ると太陽と地球が同じ方向にあるので、太陽光を遮光したり観測結果の較正を行うのが非常に簡単になる。NASAのWMAPは太陽-地球系のL2で観測を行っている。NASAの次期宇宙望遠鏡であるジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡も太陽-地球系のL2に置かれる予定である。地球-月系のL2は月の裏側をカバーする通信衛星の位置として都合が良い。

従星の質量M2が主星M1に比べて非常に小さい場合には、L1とL2はM2からほぼ等しい距離 r の位置になる。これはヒル圏 (Hill sphere) の半径に等しく、以下の式で表される。

<math>r \approx R \sqrt[3]{\frac{M_2}{3 M_1}}</math>

ここで R は2体の距離である。

この半径 r は以下のような距離である。すなわち、(M1がなかった場合に)半径 r の円軌道でM2を回る物体の軌道周期は、M2がM1の周囲を回る公転周期の<math>\sqrt{3}(\approx 1.73)</math>分の1になる。

例:

  • 太陽-地球系: 地球から1,500,000km
  • 地球-月系: 月から61,500km

L3[編集]

L3は2体を結ぶ直線上で質量の大きい方の天体の外側に位置する。

例: 3番目のラグランジュ点であるL3は地球から見て太陽の裏側にあり、太陽からの距離は太陽から地球までよりもやや遠い。この位置では地球と太陽が引っ張る力が合わさることによって、地球と同じ公転周期になっている。

太陽-地球系のL3は、SF漫画で「反地球」が存在する場所としてしばしば描かれた。

L4とL5[編集]

L4L5は2体の位置を底辺とする正三角形の3番目の頂点の位置にあり、従星が主星の周りを公転する軌道上で従星に先行する、あるいは追従する位置になる。

L4とL5正三角形解トロヤ点などと呼ばれる。

例: 太陽-地球系のL4とL5は地球が太陽を回る公転軌道上で地球の60度先行した位置と60度後ろの位置にある。L4とL5は後述するように摂動に対して安定な平衡点であるため、1969年ジェラルド・オニールの提案したスペースコロニーの設置場所として採用された。このためSFにおけるスペースコロニーの設置場所として用いられることがある。

安定性[編集]

最初の3つのラグランジュ点は2体を結ぶ直線に垂直な平面内でのみ安定である。これはL1での場合を考えると分かりやすい。L1に置いたテスト粒子を中央の直線に垂直な方向にずらすと、元の平衡点に戻ろうとする方向に力を受ける。これは2体の重力の横方向の成分が足し合わさって引き戻す力を生むためである。一方、軸に平行な成分は互いに釣り合って打ち消し合う。しかし、L1に置いた物体を2体のどちらかに近づくようにずらすと、近づいた方の物体から受ける重力は強まり、より近くへと引っ張られる。これは潮汐力の場合と非常に似ている。

L1, L2, L3は名目上は不安定な平衡点だが、少なくとも制限三体問題では、これらの点の近くに安定な周期軌道が存在することが分かっている。これは完全な周期軌道で、ハロー軌道と呼ばれる。太陽系のような制限なしの多体力学系にはこの軌道は存在しない。しかし、準周期的な(束縛されているが正確に同じ軌道を繰り返し描くわけではない)リサジュー軌道N体系にも存在している。この準周期軌道はこれまで行われたラグランジュ点を使う全ての宇宙ミッションで実際に使われてきた。この軌道は完全に安定ではないが、比較的小さな労力で長期にわたって目的のリサジュー軌道に宇宙機を留めておくことができる。また、少なくとも太陽‐地球系のL1を使うミッションでは、厳密にL1に宇宙機を置くよりも大きな振幅(100,000~200,000km)を持つリサジュー軌道に置いた方が実際に好都合であることが分かっている。なぜなら、この軌道に置くと宇宙機は太陽と地球を結ぶ直線から外れた位置に保たれるため、地球と宇宙機との通信に太陽が干渉する影響を減らすことができるからである。

対照的に、L4とL5は2体の質量比M1/M2が24.96より大きければ安定な平衡点になる。太陽-地球系や地球-月系など、たいていの場合2体の質量比はこの条件を満たしているので、そのような系ではこの2点は安定である。L4, L5にある物体に摂動を与えると物体は平衡点から離れるが、物体が運動を始めるとコリオリの力が働いて物体の軌跡を曲げ、(回転する座標系から見て)インゲン豆型の安定な軌道を描く。

[編集]

太陽-木星系では、トロヤ群と呼ばれる数千個の小惑星が太陽-木星系のL4, L5に位置する軌道を持っており、それぞれ「前トロヤ小惑星群」「後トロヤ小惑星群」という名称が付けられている。太陽-土星系や太陽‐火星系、木星とその衛星の系、土星とその衛星の系にも同様の天体が発見されている。太陽‐地球系のトロヤ点には大きな天体は見つかっていないが、星間塵の雲がL4とL5を取り巻いていることが1950年代に発見されている。また、コーディレフスキー雲と呼ばれる、対日照よりもずっと淡いとされる塵の雲が地球-月系のL4, L5に存在するとする説もある。

土星の衛星テティスはL4とL5に2つの小さな衛星テレストカリプソを持っている。また、衛星ディオネヘレネという衛星をL4に、ポリュデウケスをL5に持っている。これらの衛星はトロヤ衛星と呼ばれ、ラグランジュ点の周りを方位角方向に動き回る。ポリュデウケスが最もずれが大きく、土星-ディオネ系のL5から最大で32度離れる。テティスやディオネはラグランジュ点に引き連れている衛星たちよりもずっと質量が大きく、土星はこの2つの衛星よりもさらにずっと大きい。このためにこれら全体の系は安定になっている。

他の同期軌道天体[編集]

地球の同期軌道天体である小惑星クルースンはある意味トロヤ群天体に似た軌道で地球のそばを回っているが、トロヤ群と全く同じではない。むしろ、クルースンはある2つの太陽周回軌道の片方を占めていて、地球と接近遭遇することによって周期的に2つの軌道を乗り換えていると言うのが正しい。この小惑星は地球に近づくと地球から軌道エネルギーを得てより半径の大きなエネルギーの高い軌道に移る。しばらくすると、地球がこの小惑星に追いついて逆に小惑星からエネルギーを奪い、小惑星はより半径の小さく軌道周期の短い軌道に落ちる。そしてまた地球と遭遇して外側の軌道に移る、というサイクルを繰り返している。このエネルギーの移動によって地球の公転周期、つまり1年の長さは全く影響を受けない。なぜなら地球の質量はクルースンの200億倍も大きいからである。

土星の衛星エピメテウスヤヌスも同様の関係にあるが、この2つの衛星はほぼ同じ質量なので実際に周期的に互いの軌道が入れ替わる。(ヤヌスの方が約4倍重いが軌道が変わるには十分なほど軽い。)また別の同様の状況として軌道共鳴という現象がある。これは軌道運動をしている天体同士が相互作用によって単純な整数比の軌道周期を持つようになったものである。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]