愛社精神

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愛社精神(あいしゃせいしん)とは、企業などの団体の成員・従業員等が抱く、所属団体への愛着プライド心のことを云う。企業などに長く勤務している場合、自然的に生じることもあれば、この会社はと思いを決めて入社等した社員の場合、期待に適うような会社であった場合、最初から強弱の差はあっても備えている。

愛社精神は、愛国心民族愛郷土愛愛校心隣人愛などと似たような社会学的、社会心理学的な感情個人の態度ということができる。愛国心とか人類愛などのような組織が巨大過ぎて、個人としては帰属実感が抽象的な形になりやすいものと、隣人愛、郷土愛など、狭い範囲の集団や場所などに対する愛着や親密さ、プライド心であるため、具体性があるものに分かれる。愛社精神は、その中間に位置するとも云える。

愛社精神の発生[編集]

国家や所属する地域に永く住んでいると発生するといわれる同属意識に近いものとされている。例え、アルバイト、パート等で非正規社員あってもそれが芽生えるものである。つまり、純粋に賃金だけで労働することは不可能であることがその因であるとされる。百科辞典の編纂に無報酬でも参加したいというのもそのひとつである。この辞典の編纂に参加(永く参加していると、気に食わない記事を排除し、正常化しょうとするWEB上の同属意識が発生)していながら、他の辞典の優秀性を説くなどは正常な精神状態でなく、また、所属する国、社への非難も同様に正常な精神状態でないものである。国家、社に対する反逆者は処罰されて当然と思うのは愛社精神の現れの一つである。同じようなことに、「国を愛する心」もある。健全な精神の者なら、自国より他国のほうが優秀で、軍事力もあるとか、自社より他社の製品のほうが優れているとかは例え、客観的に事実であっても黙っていて、逆に言うものである。家族間においても、同様で、子供ではよその家庭に生まれればよかったとか、夫婦間ではよその家庭の夫(妻)を褒めたりはしないのは、愛社精神と類似していて健全である。また、高校野球で地元の出場校を応援するというのも同様である。極端な例として、米国とソビエトの大統領の交代(交換)を考察すると、政治能力は仮に同じとしても交代は愛社精神がある以上、困難である。これらは単に報酬とか利害関係だけでは説明はできなく、職場、生を受けた国には無条件に愛着を持つものことからくる。

愛社精神のポジティブな面[編集]

企業は一般に、営利を目的とする。博愛慈善の為の団体も存在するが、そのような団体への帰属意識は愛社精神とは異なる。従って、愛社精神のポジティブな面は、企業自体にとって、社員が企業を愛し、企業のメンバーであることにプライドを持っている場合、社員の自発的な貢献が期待できるという利点がある。

給料と引き替えに、いやいやながら仕事をしているという状態では、消極的にルーチンな仕事をこなすだけであるか、または積極的・精力的に仕事に取り掛かっているように見えても、本心として愛社精神がない場合、見えない部分で、企業にとってマイナスの活動を行っていたり、結果的にネガティブな事態を招くようなことになることがある。

仕事が気に入っていたり、その企業で働くことにとりわけ有意義さや誇りを感じている場合、自発的に愛社精神が生まれることがある。このような場合には、金銭と引き替えに仕事をしていると云う以上の意識が成員にあることになる。愛社精神を持つ者同士で、結束意識が生じることもある。企業の発展や成長にとって、このような愛社精神を持つ社員は貴重な存在である。

また「内部告発」などは、企業に対し否定的感情を持っている者が行い易いということもあるが、愛社精神があるが故に、よりプライドの持てる企業となってほしいという理由からこのような行動が起こることもある。企業の健全さや、社会的な存在意味を高めようという努力も、愛社精神のある者であればこそ、努力することになる。

愛社精神のネガティブな面[編集]

愛社精神を社員が持っていることは、営利企業としての会社等にとっては利益に適い、望ましいことである。とりわけ、給与とはまた別の次元で、積極的・自発的に活動し、結束して仕事の効率や質が高まることからも望ましい。

この為、企業の側から意図的に愛社精神を育成しようとするプログラムを立てたり、それを実行に移すことが多々ある。国民愛国心を涵養して結束意識を高めるため、には国歌国旗があり、学校などでも校歌校旗校章がある。これと同様に、社歌社旗などを制定する企業があり、就業前に毎日社歌を斉唱するとか、社内研修などで、過剰な愛社精神の作為的教育を試みることがある。しかし、このような方針や方針の実行が行き過ぎると、思想信条自由や、言論の自由等の抑圧となることがあり、個々の社員人権侵害へと進むことがある。

また愛社精神を抵抗なく抱くようになった社員や、自発的積極的に愛社精神が発露されるような人の場合、特定集団の利益・便宜の為、より大きな社会での公平性や公正を蹂躙する行為に対する社会的抑制が低下するという否定的な事態が生じる。私企業エゴイズムの推進に積極的な役割を果たしたり、企業が持つ社会的に見て否定的な側面を隠蔽したり、企業が明らかな犯罪行為を行っている場合でも、これにみずから加担したり、犯罪事実を認めないなどのネガティブな心理が働く。

愛社精神と賃金・待遇の関連性[編集]

一般的にあまり待遇の良くない会社や、低賃金の会社でこういった精神性が強調されることが多い傾向がある。

原因として高待遇の会社は自然と愛社精神等の自社に対する思いが培われる傾向が強い。一方近年よく見られる、正社員にもかかわらず、時間当たりの賃金では、実質アルバイト・パートとほとんど変わらないような低賃金・低待遇の会社では、こういった精神が自発的に芽生える傾向が非常に弱いためと考えられる。

愛社精神の功罪[編集]

愛社精神はポジティブに働く場合は、当該企業だけでなく、社会的にも有益な活動に繋がる。しかし、ネガティブな形で発揮されると、社員の人権を蹂躙したり、社員の人生やキャリアをディグレードさせたり、退社した元社員への嫌がらせや、他社の社員や社会の一般の人に対して害ある結果をもたらす。

個人個人の問題だけではなく、愛社精神は、企業が社会的な公正に反する方向に動いているとき、これを抑止する活動となることもあれば、逆にこのような反社会性を促進したり、事実の隠蔽などに走ることがあり、功罪両面を持つ。

このような面を根本解決する意味では、愛社精神から業界全体の繁栄といった視点、またさらに大きな視点が必要といえる。

関連項目[編集]