室孝次郎

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室 孝次郎(むろ こうじろう、1839年 - 1903年)は、幕末から明治期の新潟県の実業家、政治家。商家の出身だったが幕末の京都で勤王運動に投じ、維新後は郷里に戻り、地租改正運動や高田病院設立に尽力。弥彦神社の宮司、高田中学校長、頸城郡長などを歴任し、自由民権運動では大隈重信立憲改進党に呼応して上越立憲改進党の結成に加わり、第1回衆議院議員選挙に当選。大隈の推挙で愛知県知事を務めた。

経歴[編集]

天保10年(1839)、上越高田(上越市)の商家の長男として生まれる[1]

幼時から私塾で学び、成長した後、江戸へ遊学[2]

慶應2年(1866)、京都で勤皇運動に加わる[3]

戊辰戦争のときは、官軍御用係を務めていた[3]

明治維新後は、地元へ戻り、地租改正事業や高田病院創設などに尽力[3]

弥彦神社の宮司、高田中学校長、頸城郡長などを歴任した[3]

自由民権運動の時代には、頸城自由党を結成。大隈重信の改進党に呼応して、上越立憲改進党の結成に加わった[3]

第1回衆議院議員選挙に当選[3]

その後、大隈の推挙で愛知県知事に任命された[3]

1903年(明治36)没[3]

付録[編集]

脚注[編集]

参考文献[編集]