人間優越主義

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人間優越主義とは、さまざまな知的生命体が登場するSFやファンタジーにおける、自種族優越主義の一つであり、人間を他の種族に優越させる思考である。人間優越主義は、作品によって人間の支配する政府における非人間種族への抑圧や、人間の支配する政府と非人間種族との戦争、そして人間と非人間種族との冷戦など、多様な様相を示す。

諸作品における人間優越主義[編集]

スターウォーズにおける人間優越主義[編集]

旧共和国時代、公式にはすべての知的生命体は平等であるとされていたが、実際には政治や経済で人間(とりわけ人間の男性)が強い力を持っており、人間の間には他種族をさげすむ傾向があった。しかし、当時は商業におけるハットやニモーディアン、機械工業におけるジオーノジアン、生物工学におけるカミーニアン、戦場におけるウーキーなどの有力な非人間種族が存在しており、人間は相対的優位は占めていたものの、銀河系において絶対的な優位を占めているわけではなかった。   しかし、パルパティーン皇帝の統治下の銀河帝国では、法律や政策のレベルで公式に人間優越主義が推進され(更にいえば、人間の男性中心主義)、非人間の元老院議員、将軍、提督、高級官僚は大幅に数を減らした。また非人間種族の奴隷化が(法律の上では、帝国に反逆するなどの相応の理由がある場合に限られてはいたが)解禁され、実際にウーキー族はその筋力とテクノロジーを重視した皇帝により奴隷化され、デススターの建造に利用された。しかし、パルパティーン皇帝が自ら有能であり、忠実であると看做した非人間種族は、例外的ではあれ高い地位に登る事ができた。これはパルパティーンが政策としては人間優越主義を強力に推進したものの、個人としては人間の優越性をさほど信奉していなかったことにその原因が求められている。パルパティーンは少なくとも個人としては、マス・アミダやスライ・ムーア、そしてダース・モールを重用し、銀河帝国皇帝としても、スローン大提督やグランドモフ・ヒッサを例外的にではあれ重用した。パルパティーンにとっては、人間優越主義というプロパガンダは結局は道具に過ぎず、究極的には自己の絶対的な支配と優越性を銀河に確立し、永続させることが目標であった。それに反逆するものは、人間であれ関係なくジェノサイドされた。

パルパティーンの帝国が強力に推進した人間優越主義に対して、反乱同盟軍はそれを糾弾し、旧共和国の(少なくともその最良の時期に公式上表明されていた程度の)種族平等主義を復活させることを宣言した。これに対して銀河系のほとんどの非人間種族は支持を送り、また人間優越主義に(少なくともパルパティーンの帝国が推進するレベルでの露骨な人間優越主義に)反対する人間種族もこれを支持した。

パルパティーンの帝国が崩壊した後、人間優越主義は二つの方向で除去されていった。ひとつの方向は、銀河帝国崩壊後、軍閥の争いをかいくぐりながら勢力を拡大した新共和国(反乱同盟軍が、自身が銀河共和国の統治権を引き継いだ正統な政府であり、かつ現実に銀河を統治する資格を持つ正当な政府であると宣言した後の名称)は、反乱同盟軍時代の公約を実行し、少なくとも公的なレベルでの人間優越主義を一掃した。また、銀河帝国残党の軍閥群の間でも、新共和国に対抗するためには種族が何であれ味方を集めなければならないという現実的な必要性から、徐々にパルパティーン時代の露骨な人間優越主義はなりを潜めていった。スローン大提督、そして人間ではあるが女性であったダーラ提督が銀河帝国の臨時最高指導者として指揮を執ったことは、銀河帝国の人間優越主義が現実として破綻しつつあることを印象付けた。そして、ダーラ提督を引き継いだギラッド・ペレオン大提督統治下のインペリアル・レムナント(バスティオンに首都をおく、再結集した銀河帝国残党)では、ついに人間優越主義が公式のレベルでは放棄され(更には女性差別主義も)、非人間種族であっても軍や政府の高官に昇進することが可能となった。

新共和国を引き継いだ銀河自由同盟、そしてインペリアル・レムナントを引き継いだフェル帝国は、双方とも公式には人間優越主義を掲げていない。そしてヤヴィン後127年に勃発した両者の戦争では、銀河自由同盟を見放した多くの惑星がフェル帝国に加盟したが、その中には多くの非人間種族の惑星も含まれていた。これはもはや『共和国』が『帝国』よりも種族間の平等に関して明確な倫理的優位性を持っていた時代が終わったことを示していた。

ドラゴンクエストにおける人間優越主義[編集]

ドラゴンクエストにおいては、世界は人間や、魔族、そして作品によってはエルフやドワーフを含めた数種類の知的生命体によって統治されている。これらの知的生命体の中で、人間と魔族は互いの支配領域をめぐって争っており、プレイヤーは人間の英雄“勇者”として、魔族の支配者である魔王を倒し、人間の領土と生存を守り抜く使命を与えられている。

プレイ内容からわかるとおり、少なくとも人間は魔族に対して、明確な人間優越主義の下での敵対関係にある。しかしこれは、魔族が人間に対して侵略的な軍事行動を示していることに原因を求める意見がある。

エルフが登場したⅢでは、人間はエルフに対して魔族ほどではないにせよ優越意識を持っており、逆にエルフも人間を自分たちの領土を侵す侵略者としてとらえていた。

当初、魔族は倒されるべき悪であるとしていたドラゴンクエストであったが、Ⅳ以降は、人間と協力関係を築こうとする少数の魔族に対して、主人公たちがその存在を承認するような態度を見せる様子が、ゲームシステムに反映されるようになった。Ⅳのホイミン、Ⅴの仲間モンスターとマーサに帰順した元魔族の人間で構成されるジャハンナの町、Ⅵの仲間モンスター、Ⅷのスカウトモンスターがその例である。しかし、たとえばⅤのジャハンナが“人間と共存していこうとする魔族の町”ではなく、“人間になった(同化した)魔族の町”であることに明白なように、根本的な世界観としての人間優越主義は変わっていない。

ハーメルンのバイオリン弾きにおける人間優越主義[編集]

ハーメルンのバイオリン弾きにおいては、世界は人間と魔族という二種の知的生命体により統治されている。人間は、大魔王ケストラーの政府(正確には作品終盤までケストラーは復活しないため、残された魔族の高官たちによる暫定政府)により、その領土のみならず、その生存を脅かされており、人間の間には魔族に対する優越主義と敵愾心が存在している。

そのため、主人公であり、大魔王ケストラーの息子であったハーメルは、人間たちから“化け物の息子”として迫害されており、幼少時にはそれが原因で魔族化し、周囲の人間を大量虐殺している。

この人間優越主義は作品終盤まで変わらず、人間と魔族の種族の生き残りを掛けた、魔族の首都北の都での全人類連合軍と魔族軍との全面戦争に突入する。

ダイの大冒険における人間優越主義[編集]

ダイの大冒険の世界では、人間と魔族、そして高等な竜という3種の知的生命体が存在している。魔族と竜は魔界に、人間は地上にその支配を確立しているが、神は人間が脆弱な種族であるという理由で人間を優遇し、温暖な地上をその支配する領土として与えたため、魔族の王バーンはそれを恨んで地上に攻め込んでいる。

この世界の人間は、明確に人間以外の知的生命体をさげすんでおり、魔族や竜が知的に人間と同等以上であり、かつ人間と交渉可能な場合でさえ、彼らを一方的に敵と看做し、攻撃している。それは魔族の血の入った人間に対しても同様であり、ラーハルトは父親が魔族であったため幼少時から迫害された。また、知的生命体として人間と同等のものを持つクロコダインは、魔王軍から離脱した後も、最初は人間とともに酒を飲むことは許されないだろうと感じていた。また、勇者ダイの故郷デルムリン島には、知的生命体のレベルに達した魔族が居住しているが、彼らは人間からの迫害を恐れてこの島でひっそり暮らしている。

ただし、すべての人間が、人間優越主義に染まっているわけではない。主人公ダイは魔族に囲まれた幼少時代を送ったため、人間優越主義の影響をあまり受けなかった。勇者アバンは、たとえ非人間種族であっても、人間と共存でき、知性を有する存在に対しては、相応の敬意を払う描写が見られる。また主人公に近い人間達は、少なくとも魔族が人間と敵対することをやめるならば、知性ある魔族とは共存は可能だと考えている描写がある。

作品世界外の視点から見た人間優越主義[編集]

作品世界外の視点から見たときの、SFやファンタジー作品における人間優越主義(または人間中心主義)とは、その作品の知的生命体の中で、人間にスポットライトが当たることに最もよく代表される。典型的には、人間が善の側、主人公の側、そして読者の感情移入する側に立ち、非人間種族は悪の側、敵の側、読者が感情移入できない側に立つ。たとえば、多数の知的生命体が登場するほとんどのファンタジーゲームでは、主人公には人間が含まれ、善の側であり、対して敵は非人間種族をメインとしている。

更にもうひとつの代表的な人間優越主義(または人間中心主義)としては、現実の人間の身体構造、言語、社会、美基準が作品世界の中の他の知的生命体の描写の基準となり、甚だしくは非人間種族はその基準からして“異様な”ものとして描かれることがある。これは、現実の世界において、その作品を書き、または読む知的種族が、“人間”(ホモ・サピエンス・サピエンス)に限られるため、彼らの基準に合わせて描写を行わなければならないことに起因している。たとえば、エルフの身体的特徴を描写する際に、“人間よりも極端に長い耳、痩せ細った凹凸に乏しい体”と描写することは、作者による人間中心主義に基づくフィクション内種族の描写であり、それに“性的に魅力に乏しい”などの価値基準を付け加えれば、それは作者による人間優越主義の立場に立ったフィクション内種族の描写である。

関連項目[編集]