主観優位仮説

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主観優位仮説とは、哲学者、村岡慶男が2009年に立てた仮説。

他人からの言葉に反応する時は、自分の主観が優先されるという仮説。(未完成)    例えば、明らかに自分は背が高いと自覚している人間に、他人が「やーい!ちびちび!」と けなしたら、どうだろうか?言われた本人は「自分は小さいだろうか?いや、ちびではないよね。」 と自問自答するだろう。結果的に、今回のケースでは、いわれた内容と本人の自覚を食い違っているため、何も感情的な行動にはならない。なるとしたら、言われた人間が言った人間に対し不思議な顔をして「大丈夫?目が見えてますか?私は高いですよ~」と言うくらいだ。

 しかし、次の場合はどうだろう? 「君って動きトロイよね。」といわれた場合、言われた人間は自問する「自分はトロイだろうか? 、、、。」本人に、心当たりがあるならば、その心あたりを思い出し、気分を悪くして、「うるせぇ~」と言い返すか、言い合いを避けるために、我慢するだろう。     3つ目のケースで話がつながる。 「あなたは、年の割には老けてますね。」といわれた場合、言われた人間は自問する「自分は老けているだろうか?、、、。」本人に、「私は若い!」という自覚と絶対的自信があった場合、気分を悪くすることはない。1番目のケース同様、言われた人間が言った人間に対し不思議な顔をして「大丈夫?目が見えてますか?私は若いですよ~」と言うことになる。

以上からわかるように、他人から言われた内容は、一度、自分で自分に質問し、自分は自分のことをどう思っているかで、左右される。言われた内容が、言われた本人にとって、同様の気持ちや感覚があるか、反対の気持ちや違う感覚があるかどうかで、反応は変わってくる。

 つまり、「人にどうこういわれたから感情的になった」という場合、言われる以前から、本人は言われた内容と同等な内容を心の中に既に持っていたということである。「本人が既に持っていた気持ちと、他人からの一言が一致した時に、感情的な反応になってしまう性質」が人間にはあるといえる。重要なのは、他人の意見(客観)ではなくて、自分でどう思っているのか(主観)である。子供のように主観が弱い場合は、他人の意見に振られやすいので、人によっては、主観だけでは決まらない場合もあるが、いずれは成長し、主観が形成される。

 以上から、「他人からの言葉」に対する反応の決定は、他人からの意見(客観)ということよりも、自分で自分のことをどう思っているか(主観)が優先されるといえる。