ういんど 第4号

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ういんど 第4号は、戸塚ヨットスクールを支援する会の機関紙「ういんど」の第4号を読みやすく編集したページである。1991年6月1日発行。

太陽が回るのか、地球が動くのか[編集]

裁かれる裁判に光りを[編集]

事実の世界に多数決はありません。

戸塚ヨットスクールは、ヨット訓練を通じて、情緒障害(登校拒否、家庭内暴力、非行、無気力など)やストレス症(自律神経失調症、アトピー性皮膚炎、ぜんそく、花粉症、がんなど)を直してきました。これらの成果はいずれも、これまでの教育学や医学の常識からすれば「信じられない」とされる画期的なものばかりです。このため、その成果を率直に認める人はまだ少数であり、反対に、黙殺したり、潰そうとしたりする人が多数を占めています。

しかし、「真理はいつも少数から」という言葉が当てはまるとしたら、戸塚ヨットの主張が当たり前になり、これまで常識とされていたものの方が、陳腐で滑稽な少数意見にならないとも限りません。

情緒障害を知らずに批判[編集]

8年前、ヨット訓練の実態やその成果を見ることもせずに、マスコミによる戸塚批判の大キャンペーンが行われました。記者達には、常識はずれの“事実”を目の当たりにして、どう判断してよいかが分からなかったのでしよう。あるいは、然るべきお墨付き無しでは、何が良くて、何が悪いかを言うことができなかったからなのか、「何だか知らないが悪いものは悪い」といった調子のヒステリックで悪意に満ちた言葉がふりまかれたのでした。昔、「太陽ではなく、地球が回る」と言われて戸惑った人達が憤ったように。

一連の今キャンペーンの決定的な間違いは、「情緒障害とは何か」という最も基本的な問題を抜きにして、体罰→暴力といった条件反射で戸塚悪玉説を押し通そうとしたことにあります。そのために、精神身体医学の大業績となるかもしれない成果が、ヨットマンの起こした暴力事件に貶められてしまいました。そして、“暴虐の戸塚ヨットスクール”のイメージが流布され、よく分からないものに対するあらん限りの痛罵が浴びせられたのです。

法を守らない司法[編集]

そして、虚報に虚報を積み重ねた報道の上に世論なるものが作り上げられ、その世論なるものに迎合するために、強引な逮捕が強行されました。“情緒障害児の証言”をもとにして。

――でっち上げの逮捕とはしゃぐマスコミ。遂にスクール閉鎖。この間、コーチ達には様々な恫喝が加えられました。

「容疑を認めなければ別件で再逮捕するぞ」

「容疑を認めなければ生徒を逮捕するぞ」

「容疑を認めなければ家族を逮捕するぞ」

「容疑を認めない限り保釈しないぞ」

拷問まがいの取り調べは、親殺し寸前の家庭内暴力児や札付きの非行少年と起居をともにし、真冬の海でのトレーニングに耐えてきたコーチ達にとっても、苛酷であったようです。

「体罰は悪いと言われてきたから悪い。そういう悪いことをしている連中なのだからもっと悪いことをしているはずであり、悪いことをしていないはずはないのだから、必ず絶対悪いに決まっている」とするマスコミは、“事実”を数と力で圧殺しようとする点で、「大地が動くなどと唱えるのは神への冒涜である」と憤激する宗教裁判に似てはいないでしょうか。

しかし、どんな圧力がかかろうとも、事実は事実であることをやめません。ガリレオを断罪してみても「地球は回り」続けるように、戸塚宏やコーチ達を幽閉してみても「それでも登校拒否は直り」、戸塚ヨットは教育荒廃の光であり続けるのです。やがて、裁いた者が裁かれ、批判した者が批判される時がやってくるに違いありません。

真理なき裁きの行方[編集]

死亡事故と体罰を短絡させ、「殴って殺したのだ」とするのは単純明快ではありますが、真実からはかけ離れています。「朝日が登り、夕日が沈むのは、太陽が地球の周りを回るからだ」という説明が、単純明快ながら間違いであるように。

一方、情緒障害児達の想像を絶するような心身の荒廃を知り、その教育訓練がいかに深い配慮と高度な経験を必要とするものであるかを理解するのは簡単ではありません(「地球は自転しながら太陽の周りを公転する」という説明が回りくどく感じられるように)。しかし、そうした面倒な理解をふまえた上で、予断を排し、事故の原因を冷徹に検証しなければ、教育問題の根幹に関わる事業を成し遂げた戸塚ヨットスクールを裁くことはできないのです。

戸塚ヨットスクール事件の起きた1983年当時、約2万4000人だった登校拒否児(中学生)は、現在4万人以上。アトピー性皮膚炎、花粉症、ストレス症といった文明病も増える一方です。一体、誰が歯止めをかけるのでしょう。

正見正語[編集]

誰が子供達を救うのか[編集]

コーチ  境野 貢

情緒障害児と呼ばれる子供達がどんな状態で、どんな行動をするのか。また、そうした子供を持つ親達は、どう悩み、どんな言動に及ぶのか。――このことを当事者以外の人に説明しようとすると、私達はいつも、もどかしい思いにとらわれます。

私達は川に飛び込んだ[編集]

子供が川の真ん中で溺れ苦しんでいたとしましよう。川岸にいる両親は泳ぎを知らず、助けることができません。近くにいた泳げる人達(教師、児童相談所、カウンセラー、医者、警察……)に助けを求めたら、「流れが速すぎてダメだ」と断られてしまいました。途方に暮れた両親は、私達(戸塚ヨットスクール)に「何とかして下さい。このままでは沈んでしまいます」と必死にすがりついてきます。

私達は、両親の気の毒な姿に、見捨てることができず「やれるだけやってみましょう」と言って川に飛び込み、必死で子供を岸に連れ戻そうとしました。しかし、子供は既にに大量の水を飲んでおり、途中の深みにはまってしまい、結局、助けることができませんでした。

仕方なく、へとへとになって戻って来たら、岸には大勢の人だかりができていました。彼らは、子供がどんな状態で溺れていたのか、なぜ私達が川に入らなければならなかったのかを知らないのに、口々に色んなことを言います。やがて、「お前達が子供を殺したんだ」とまで言い出すのでした。自分達は何もしなかったくせに。

そして、私達は、様々な中傷と、卑怯な仕打ちを繰り返し受け、言われない嫌疑で逮捕・勾留され、妻や子供までもが苦難を強いられているのです。

スクール潰しのための逮捕[編集]

私は昭和58年9月26日に、3年前の吉川君死亡事件に関する容疑で逮捕され、1年8か月間にわたって勾留されました。

吉川君は、訓練らしいことは何もしていないにもかかわらず(半日、船の中で横になっていただけ)、入校当初から体力的に弱っている様子だったので、行き着けの病院に見てもらおうと電話をしました。しかし、連休で病院が休みのため、毛布と寝袋で休ませていました。手伝いに来ていた準看護婦の人が、湯たんぽと牛乳を与えて体温を測ったところ、35度しかありません。そこで、再度病院に電話しましたが「35度で死ぬことはないから」と言われ、連休明けを待つことにしました。しかし、その連休明けの朝方、ろうそくの火が消えるように亡くなったのでした。

2年前の事件の蒸し返し[編集]

その年、警察2回、検察1回の取調べを受け、前述のような経緯を調書に述べましたが、それっきり検・警察からは何の連絡もありませんでした。

昭和58年にマスコミの戸塚ヨットスクール攻撃キャンペーンが始まった時も、彼の死に関与したようなことは何もありませんでしたし、最後の取り調べから丸2年以上も経っていましたので、自分が逮捕されるとは夢にも思っていませんでした。

ところが、暴走族に対する制裁容疑でコーチ達が逮捕され、マスコミの大騒ぎが始まると、戸塚ヨットスクールは悪魔の巣窟であるかのようなイメージが作り上げられました。戸塚校長や他のコーチも次々にこじつけとしか言いようのない容疑で逮捕されたのです。そして、最後にスクールの火を消すまいと頑張っていた私も逮捕されることになりました。2年以上も放ったらかしにされていた事件で、です。しかも、容疑は障害致死!

検・警察のそうした不当なやり方を知りながら、普段、正義と弱者の味方のはずのマスコミは何も言いませんでした。そして、スクールから逃げ出した子供達の“証言”を針小棒大に取り上げてばかりいたのです。

誰が子供を救うのか[編集]

情緒障害児の訓練は誠に大変なものです。ノイローゼで自殺しようとする子、包丁やバット、鉄パイプなどを振り回す者、嘘つきが平気な子、恐喝・窃盗・覚醒剤の非行少年……。そういう子供達を、世界一の技量を持つコーチ達が日夜休むことなく、ヨット訓練で立ち直らせようとしていたのです。全貝が私生活を犠牲にしながら、真冬の海の訓練にも耐えていたのは、国や教育者、行政機関、世間一般に、情緒障害児問題に目を向けてもらいたいと思っていたからなのです。

私が逮捕されてからもう9年になりますが、その間、情緒障害児問題は良くなるどころか悪くなる一方です。川で溺れる子供の悲鳴と、助けを求める親の叫び声が、今も日本中で聞こえます。

しかし、私達は、苦しい生活の中で長い裁判を闘いながら、自分と家族を守るしかないのです。こんなくやしいことはありません。この国の正義と良心は、一体どこに行ってしまったのでしょう。

息子とともに脳幹トレーニング[編集]

M・G(65才、女) 昨年10月より、28才の息子が東京地区の訓練でお世話になっております。息子は、本当なら名古屋の合宿訓練に参加すべきなのですが、すぐに逃げ帰ってしまうため、準備の意味で、週に1度のボードトレーニングを始めたような次第です。

始めは、いつ投げ出すことかとはらはらしておりましたが、どうにかひと冬を頑張ることができました。ウインドサーフィンも、少しだけですが乗れるようになり、浜で見ていてうれしく思います。今年の4月で約半年通ったことになりますが、道具の運搬などを積極的に手伝い、ウインドサーフィンの艤装も1人でこなせるようになりました。

少しづつですが進歩がみられますので、30才までに何とかしたいと、いつも祈る気持ちで見守っているところです。

エヘン虫が退散[編集]

訓練を始めて2か月目ぐらいの頃、「毎回来ているのだから、お母さんも少しやってみませんか」と言われ、ボードに乗ってみることにしました。最初はバランスが取れず、まともに立ち上がることもできず、大変でした。

私は、白宅の庭で無農薬野菜を栽培したり、長い距離を散歩するなど、普段から健康管理には気をつけているつもりですが、それでも、のどがイガラっぽかったり、膝が痛かったりしていました。それが4か月ほど訓練を続けて、ボードに乗るのがおもしろくなってきた頃、「アラ?」と思いました。いつの間にか“エヘン虫”がいなくなっていたのです。

真冬の海の訓練というと、いかにも大変な気がしますが、やってみると、むしろ身体がすっきりして気分がいいものです。今まで、冬は寝床に入っても足が冷たく、なかなか寝つけなかったのですが、今年の冬は、あまり寒い思いをせずに済みました。

やはり、戸塚校長が言うように、寒い日の訓練ほど身体にはいいと実感しています。ボードに乗っていると、お腹で深呼吸をするからいいのかもしれません。

夏に向かって挑戦[編集]

つい先日、ウエストを測ったら、贅肉が取れて2cm小さくなっていました。この歳になっても、やはりうれしいです。夏までには、息子と一緒にウインドサーフィンに挑戦したいと思っています。日焼けがちょっぴり心配ですが……。

山口コーチ結婚おめでとう[編集]

山口孝道コーチが佐々木久美子さん(看護婦)と晴れて結婚されることになりました。

様々な中傷に毅然と耐えてきた山口コーチと、彼の正義をひたすら信じてきた久美子さんに、心からお祝いの拍手を送りたいと思います。

お2人は、6月9日(日)に東京で挙式し、名古屋で新生活をスタートさせる予定です。

編集後記[編集]

▼“支援する会”の事務所には、入校申し込みや問い合わせ電話が絶えません。以下は、そうした電話のメモの一部です。

27才・男。「自分はすぐに人の意見に流されてしまう。職場でコンピューターを扱うことが多いためか、ストレスでいつもイライラしている。最近は不眠症ぎみで、対人関係もうまくいかない。戸塚ヨットに短期間でも合宿したい」

「弟夫婦の子供のことで困っている。現在、中3だが自閉ぎみで、高校進学はとても無理。当事者である弟夫婦は真剣に対処する様子がなく、見かねて電話した。家が近いから東京のトレーニングに参加したいのだが……」

「中3の息子を入校させたい。小さい頃、おばあちゃん子で育ったためか、甘えと臆病が目立つ。また、普段から落ち着きがなく、平気で嘘をつく」

「18才の息子の非行で悩んでいる。全く言うことを聞かず暴力を振るう。このままでは家はメチャメチャになる」

「18才の大学生。子供の頃からアトピー性皮膚炎と喘息で、あらゆる治療を試みてきたが一向に治らない。テレビで言っていたトレーニングで本当に良くなるのか」

「18才と16才の姉妹。18才の姉はアトピーがひどく、内向的で陰気な性格になってしまった。高校中退後、食事療法をやりながら大検を目指しているが、健康体にはほど遠い。一方、姉ばかりかまっていたせいで、妹がふてくされて学校をさぽるようになった。最近は非行に走り、帰宅が深夜になることがある」

「29才の息子が無気力で困っている。高2の頃から無口になり、就職して1年足らずで退職。その後、色々な仕事を転々としたが、今は無職。家の金を持ち出しては、ゲームセンターに入りびたったりしている。親の名前で借金をするようになり、何をしでかすか分からない」

「25才・男。中1までは成績トップクラスだったが、中2で肺炎にかかり挫折。けんかばかりするようになった。少人数の私立高校に入ったが、周囲とうまくいかなかった。卒業後、浪人していることになっているが、受験はせず家に閉じ寵もるようになった。神経科で性格異常の傾向ありと診断された。いつも緊張しっぱなしで、何をやってもうまくいかない」

――こうした若者が、日本中で何十万人、何百万人もいるかと思うと、20年後の日本についてどんな幻想も持つことができなくなります。

▼17世紀の科学者ガリレオは「重い物も軽い物も同じ速さで落ちる」ことを証明するため、民衆の前で、ピサの斜塔の上から大小2つの鉄球を落としました。その時、2つの球が全く同時に着地し、見ていた人々を驚かせたという話は有名です。

しかし、この歴史的な実験を見て、人々がガリレオを信じるようになったという話は聞かれません。たぶん、誰も信じなかったのでしよう。

「見間違いかもしれない」「世界観を変えなければならない」「仲間はずれにされたくない」「飛びついたら損をするかもしれない」――そうした思いが真実を見る心とは別の所から湧いて出て、信じるのが怖くなったに違いありません。戸塚ヨット問題に関わって以来、そう考えるようになりました。

▼「幼児開発」(幼児開発協会発行)の4月号と5月号で、井深大ソニー名誉会長と戸塚校長が、耐性トレーニングについて対談しています。

外部リンク[編集]

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関連項目 戸塚ヨットスクール | 戸塚宏