炉心溶融
炉心溶融(ろしんようゆう)、あるいはメルトダウンとは、原子炉中の燃料集合体が(炉心を構成する制御棒やステンレススチール製の支持構造物等をも含めて)核燃料の過熱により融解すること。または燃料被覆管の破損などによる炉心損傷で生じた燃料の破片が過熱により融解すること[1]。燃料溶融。
炉心溶融は原子力事故における重大なプロセスの一つであり、さらに事態が悪化すると核燃料が原子炉施設外にまで漏出して極めて深刻な放射能汚染となる可能性がある。それに至らないまでも、溶融した炉心を冷却する際に発生する放射性物質に汚染された大量の蒸気を大気中に放出(ベント)せざるをえないことが多く、周辺住民の避難が必要となるなど重大な放射能汚染を引き起こす可能性がある。
臨界状態の核燃料が炉心溶融を起こす場合もあるが、臨界中に生成された核分裂生成物が臨界停止後も大量の崩壊熱を発生するため、未臨界状態の核燃料であっても炉心溶融を起こしうる。
なお原子炉における「炉心」とは燃料集合体や制御棒など原子炉の中核部分であって、それを囲む原子炉圧力容器内にある円筒状構造物であるシュラウドのようなものを指さない。
目次
概要
原子力発電では、低濃縮ウランなどの核燃料を臨界状態にすることで、核分裂で発生する熱によって発電する。
通常時は核分裂の連鎖反応で安定的かつ持続的に発電するが、定期点検や緊急の際には核分裂反応を中断させ原子炉を停止する必要がある。しかしながら一度運転を開始した燃料には核分裂により発生した核分裂生成物が多量に含まれており、これらが核分裂停止後も放射性崩壊によりしばらく崩壊熱を出し続ける。したがって、しばらくの間は炉心を冷却し続けなければならない。
ところが何らかの要因により炉心の冷却が行われないと、運転状態直後の核燃料の持つ高いレベルの余熱[2][3]量に加えて、それに加算的に追加される崩壊熱によって原子炉圧力が上昇し、そのもたらす結果として燃料自体を溶かしてしまう現象が起きる。これが炉心溶融である。
なお炉心以外であっても、たとえば使用済み核燃料プールに保管されている核燃料も崩壊熱を発している。これらも炉心同様に冷却されなければ過熱して燃料の溶融を起こしうる[4]。
炉心溶融の原因と対策
原因
炉心溶融の原因には、以下のものがある[5]。
- 原子炉冷却材の冷却能力の異常な減少や喪失(冷却材喪失事故)
- 炉心の異常な出力上昇に対するスクラム(制御棒の全挿入による原子炉緊急停止)の失敗
- 炉心状態の異常な過渡変化
- 大地震や重量物落下による炉心損傷(高温で脆弱化していた被覆管の損傷を含む)
- 冷却水の流路が閉塞されることによる冷却能力の低下
対策
冷却機能の喪失はあってはならない事態で、これを防ぐために冗長化された冷却機構が求められる。
冷却材に水を用いる原子炉では、緊急時に炉心に大量の注水を行う緊急炉心冷却装置 (ECCS) などが設けられている。
炉心溶融による被害
融解した燃料による容器の損傷
融解した核燃料は、自らが発する熱によって鉄などの融点よりも遥かに高温となっている。このため直ちに冷却しなければ原子炉圧力容器や原子炉格納容器を損傷し、あるいは容器の底を貫いて燃料が外部に流出する可能性がある。その結果大量の放射性物質を含む燃料が容器外、ひいては発電所外に漏出してしまうと甚大な被害が発生しうる。
チェルノブイリ原子力発電所事故では、圧力管(軽水炉における圧力容器)を融かし貫通、高温の燃料が他の物質を溶かし込みながら溶岩状の塊を形成した。物体はその形から「象の足」[6]と呼ばれている。
燃料の融解が進行し圧力容器・格納容器外に漏出するのは「メルトスルー」[7]、建屋を抜けて外部へ漏出した場合は「メルトアウト」[8]などとも表現される。
メルトスルー以降の状態を「チャイナ・シンドローム」と呼ぶこともある。これは1979年にアメリカ合衆国で公開された同名の映画に由来する語で[9]、アメリカ合衆国で融け落ちた燃料が、溶融を止める手立てのないまま地面を溶かしながら沈んでゆき、そのまま地球の中心を通り越して反対側の中国まで突き抜けてしまうという意味のブラックジョークであるが、地理上はアメリカ合衆国の対蹠地は中国ではなく、また現実には溶けた核燃料が地球を貫通するようなことは起こり得ない[9]。あくまで炉心溶融による被害の深刻さを大げさに誇張した表現である[10]。
福島第一原子力発電所事故によりスクラム直後の崩壊熱が大きく、臨界を止めても溶融を起こし得ることが注目されたが、同事故の前よりこうしたケースを含めて、メルトダウンと定義している例はある[11]
被覆管の損傷、溶出などによる水素の発生
燃料被覆管にはもっぱらジルコニウムの合金ジルカロイが使用される。ジルコニウムは熱中性子の吸収断面積が全金属中で最小のため被覆管に向いているが、高温の状態では高い還元性を示すようになる。この性質は冷却に水を用いる原子炉において冷却水喪失などで被覆管が高温になった際に問題となり、冷却水や水蒸気が高温のジルカロイに接触すると酸化還元反応で酸素が奪われ水素が発生する。
これは高温になるにつれ発生量が上がる[12]。
発生した水素は、冷却のため外部から注入された水から発生した酸素、あるいは原子炉内圧力が下がったとき亀裂などから流入した酸素などと混合したときに爆発を起こす恐れがある。原子炉内部で水素爆発が発生すると容器や建屋を大きく破壊し、事態をより悪化させる恐れがあるため「ベント」(排気; ベンチレーション。圧力容器の弁を開放し内圧を下げることや不活性ガスの容器内注入などが対策として行われる。
なおジルコニウムとの反応以外でも、軽水炉では核分裂反応や核生成物質によって生じる放射線によって、減速材や冷却水が放射線分解され水素と酸素が発生する。通常運転時は設置されている排ガス再結合器によって水へ戻される。[13]
再臨界
燃料集合体に装荷された核燃料は制御棒によって反応を制御された状態にあるが、炉心溶融により融け落ちた燃料はその制御を失う。炉心溶融が発生した時点では核分裂が停止していても、融け落ちた燃料の形状、配置、水の存在(反射材・減速材となるため反応を増長する)によっては、再び臨界に達しうる。
臨界状態になるとさらに大量の熱・放射線が放出され事態がより悪化してしまうため、中性子吸収材(ホウ素など)などの投入によって再臨界の防止を図る。[14]
過去の炉心溶融
民間原子力施設で起きた炉心溶融事故には以下のものがある。
- 1966年 フェルミ1号炉事故(アメリカ合衆国)
- 1969年 リュサン原子力発電所事故(スイス)
- 1979年 スリーマイル島原子力発電所事故(アメリカ合衆国)
- 1986年 チェルノブイリ原子力発電所事故(ソビエト連邦、現・ウクライナ)
- 2011年 福島第一原子力発電所事故(日本)
脚注
- ↑ 原子力防災基礎用語集:さくいん - 原子力安全技術センター など
- ↑ ATOMICA 軽水炉燃料の炉内挙動(通常時)「原子炉運転中の被覆管温度は約550Kから700Kである。」
- ↑ ATOMICA 燃料棒内温度分布(典型例)
- ↑ 4号機、燃料溶融寸前だった…偶然水流入し回避 『読売新聞』2011年4月28日
- ↑ 炉心損傷に関する現状と課題PDF 日本原子力研究所(JAERI)1982年5月 IAEAサイト
なお、同報告書では炉心損傷事故(Severe Core Damage Accident)あるいは炉心損傷と訳出して,SCDというアブレビに対応させている(pi,p1)。カタカナ語のメルトダウンの語源であるmelt downに対しては「溶融落下」という訳出がなされている(p28)。 - ↑ ATOMICA チェルノブイリ原子力発電所事故の経過 (02-07-04-12) 図6 象の足
- ↑ メルトスルーとは - 新語時事用語辞典 Weblio辞書
- ↑ メルトアウトとは - 新語時事用語辞典 Weblio辞書
- ↑ 9.0 9.1 テンプレート:Cite encyclopedia
- ↑ テンプレート:Cite encyclopedia
- ↑ 山崎久隆 (1993) 山崎久隆 [ 隠された原発大事故--福島第1原発2号・1981年5月12日 ] 世界 586 世界 1993-09 266-273 40002107787 P267
「原発で問題なのは、スクラムで核分裂反応を止めても、燃料の中に出来ている放射性物質の崩壊熱で、原子炉停止直後も、長時間にわたって大きな熱を出すことである。(中略)この冷却に失敗すれば、燃料棒は自ら発する熱のために、ついには溶け出して崩れ落ちる。これをメルトダウンという」と述べられている。 - ↑ 水―ジルコニウム反応について
- ↑ 運転状態を踏まえたBWRにおける可燃性ガスへの対応 電気事業連合会 2010年1月19日
- ↑ 3号機にホウ酸注入、再臨界防止に1・2号機も 読売新聞 『読売新聞』2011年3月16日