富山地方鉄道
富山地方鉄道 TOYAMACHIHO RAILROAD CO.,LTD.
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種類 | 株式会社 |
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市場情報 | 未上場 |
略称 | 富山地鉄、地鉄 |
本社所在地 | 930-8636 富山県富山市桜町1丁目1番36号 |
電話番号 | 076-432-5111 |
設立 | 1943年1月 |
業種 | 陸運業 |
事業内容 | 鉄軌道事業、自動車事業、不動産事業、他 |
代表者 | 代表取締役社長 桑名博勝 |
資本金 | 1,557百万円 |
売上高 | 連結:12,587百万円 単体:6,781百万円 (2006年3月期) |
総資産 | 連結:23,551百万円 単体:19,173百万円 (2006年3月期) |
従業員数 | 連結:1,052名、単体:432名 (2006年3月31日現在) |
決算期 | 3月31日 |
主要株主 | 立山黒部貫光 10.93% 富山県 3.56% 北陸電力 2.97% みずほコーポレート銀行 1.74% 富山地鉄サービス 0.88% |
主要子会社 | 富山地鉄ホテル 加越能鉄道 富山地鉄建設 他 |
関係する人物 | 佐伯宗義 |
外部リンク | www.chitetsu.co.jp/ |
特記事項:鉄道要覧記載の会社設立日は1930年2月11日(前身の富山電気鉄道設立日) |
富山地方鉄道株式会社(とやまちほうてつどう)は、富山県東部を中心に鉄道路線およびバス路線を運営する中小私鉄。富山県では地鉄(ちてつ)と略して呼ばれる。富山地方鉄道を中心に富山地鉄グループ(地鉄グループ)を構成している。詳細はここを参照。
目次
歴史
1943年1月1日に「陸上交通事業調整法」に基づき、1930年設立の富山電気鉄道を母体に富山県内のすべての私営・公営の鉄軌道・バス会社を合併して設立された。合併に参加した鉄道会社は以下の6社であった(駅名は現在のもの)。
- 富山電気鉄道(本線 電鉄富山~電鉄黒部間・立山線 寺田~岩峅寺間)
- 加越鉄道(加越線)
- 富山県営鉄道(上滝線、立山線 岩峅寺~立山間)
- 黒部鉄道(本線 電鉄黒部~宇奈月温泉間)
- 越中鉄道(射水線)
- 富山市営軌道(富山市内軌道線)
それ以前に、富山電気鉄道は以下の3社を合併している。
- 立山鉄道(立山線 五百石~岩峅寺間)
- 富南鉄道(不二越線)
- 富岩鉄道(富岩線)
また、バス事業者は事前に運輸通信省通達により、上記各社が兼営していた路線を除いて下記の四社に集約されていたのを、1944年10月10日富山地方鉄道が一括譲受して統合を完了した。
- 富山合同乗合(富山地区)
- 高岡合同自動車(高岡地区)
- 下新川乗合自動車(新川地区)
- 全礪乗合自動車(砺波地区)
この発展過程では、富山電気鉄道の経営者であった佐伯宗義(のち富山地方鉄道会長)が大きな働きを行っている。富山電気鉄道は富山県下を「一市街地化」するという構想の下に設立されたものであり、結果的には戦時統合という形でそれがほぼ実現することになった。
1950年に、加越能三国(富山県・石川県)を結ぶ鉄道を作る計画を遂行するために加越能鉄道を設立し(後に新線計画は中止された)、富山県西部の鉄道・バス事業を譲渡した。
航空事業では、全日空富山地区総代理店として業務を受託、子会社の富山地鉄サービスで実際のハンドリングを行っている。
1970年代に当時の日本では珍しかった定期券用の自動改札機を本線を中心に導入していたが、現在は撤去されている。また現在の駅にもその様な面影は無く、自動改札機を導入していたこと自体知らない利用者もいる。
鉄道線には大正時代から昭和時代初期に建てられたモダンな木造駅舎が多く現存しており、岩峅寺駅など、映画のロケに使用された駅もある。
2000年代中期頃から新規納入された路線バス車両およびワンマン改造が実施された鉄道車両の運賃表示器には、北陸地方では初となる日本全国的にもまだ珍しい視認性に優れた液晶ディスプレイに表示する方式が採用されている。
鉄道・バスの運賃・時刻表は外部リンクの公式サイトを参照のこと。
鉄道事業
路線
現有路線の総延長距離は2008年現在、99.6kmであり、中小私鉄としては大規模な路線網を保有している。過去には100kmを超える路線を保有していた。2009年の開通をめどに富山市内軌道線の環状線化が計画されており(富山地方鉄道富山市内軌道線#計画も参照)、この新線(0.9km)が敷設され、開通した場合、再び保有路線が100kmを超えることになる。
鉄道線
市内軌道線以外の鉄道線は概ね、以下の9系統で運行されている。
- 本線
- 電鉄富山駅~越中舟橋駅 8.5km
- 電鉄富山駅~上市駅 13.3km
- 電鉄富山駅~滑川駅 21.8km
- 電鉄富山駅~電鉄黒部駅 37.2km
- 電鉄黒部駅~宇奈月温泉駅 16.1km
- 電鉄富山駅~宇奈月温泉駅 53.3km
- 本線・立山線
- 電鉄富山駅~寺田駅~岩峅寺駅 20.0km
- 電鉄富山駅~寺田駅~立山駅 34.0km
- 本線・不二越線・上滝線
- 電鉄富山駅~南富山駅~岩峅寺駅 17.3km
軌道線
運転系統によって「市内電車」または「環状線」と呼称される。また、(*)を付けた線区は富山市が軌道整備事業者として線路を保有している。また、富山地方鉄道は2020年5月より日本一遅くまで路面電車を運行している事業者となっている。
譲渡・廃止路線
- 富岩線(国有化され国鉄・JR西日本富山港線となった後、2006年に富山ライトレールに移管)
- 加越線(加越能鉄道に譲渡の後廃止)
- 高岡軌道線(加越能鉄道に譲渡された後、2002年から万葉線)
- 笹津線(廃止)
- 射水線(廃止。六渡寺~越ノ潟間は加越能鉄道に譲渡し現在は万葉線)
未成線
- 海岸線(富山~東岩瀬~中滑川)
- 速星線(新富山~速星)
列車
普通列車・急行列車のほか、電鉄富山駅~宇奈月温泉駅に特急「うなづき」、宇奈月温泉駅~寺田駅~立山駅に「アルペン特急」が走る。特急列車に乗車の際は特急料金が必要となる。また、冬季はチラシや新聞に電鉄富山駅~宇奈月温泉駅の間で一部の便で普通運賃が無料になる券がある。詳しくは路線・列車記事を参照。
過去、国鉄時代(1970年-1983年)には大阪駅発の急行電車「立山」や名古屋(名鉄名古屋駅)方面からの特急「北アルプス」などが、JRとなってからも(1990年-1999年)大阪方面から特急「スーパー雷鳥」や「サンダーバード」などが、国鉄(JR)富山駅から地鉄線に乗り入れる定期運用もあった。なお、非営業車では以後もJR西日本の軌道検測車(キヤ141系)が入線している。
車両
富山地方鉄道の車両形式番号は鉄道線の電動車(モハ)の場合、5桁のうち上3桁が電動機出力をPS(馬力)で表示し、下2桁が形式番号を表示する他社では見られない付け方がされている(鉄道の車両番号も参照)。制御車(クハ)および付随車(サハ)は形式番号のみとなっている。なお、軌道線の車両では4桁のうち上2桁が電動機出力になっている。岩峅寺~立山間・電鉄黒部~宇奈月温泉間の長い急勾配区間での電動機の負担を軽減させるため、ほとんどの編成がオール電動車となっている。
現役車両
鉄道線
軌道線
廃車となった車両
鉄道線
軌道線
バス事業
富山県東部のほぼ全域で路線バスを運行する他、貸切バス事業も行っている。<>内は共同運行会社。
高速バス
路線バス
路線バス網は2005年4月1日の合併前の富山市の市域のほぼ全体をカバーしており、一部の路線は旧市域の外へも伸びている。そのネットワークは富山駅正面口(南口)を中心としている。車体側面及び後部には平仮名で「せ」や「と」といった一文字が書かれているが、これは車両の所属する営業所を示したもので、前者は西部営業所(同市牛島本町)、後者は東部営業所(同市双代町)を指す(ほかに黒部営業所「く」、八尾営業所「や」がある)。現在富山市の両営業所は統合し、東部が名前を改める形で富山営業所となっているが、現在も車体の表記は変わっていない。だが中には旧西部営業所に設けられたバス子会社、富山地鉄中央バスの所属となった車両もあり、それらは営業所表記を外されている。
各路線には2桁又は1桁の系統番号が付されており、行き先が富山駅から見て八方位のいずれに位置するかにより番号の十の位が決まる。一の位は今の系統システムが導入された際に路線の長い順等で決められたが、現在は路線の改廃が進んでいるため新規路線には廃止で欠番となった番号が充てられている。
以下に各番代の分類について述べる。各番代の直後の括弧内の色は方向幕のカラーリングを表している。なお以下の各路線には富山地鉄中央バスの路線も含まれ、「富山駅前」という表現は特に断りのない限り富山駅正面口のことを指す。また、12、22、82、91の各系統は富山駅前へ向かう上り便しか運行されていない。
下記に太字で示した路線は、他の路線の運行が終了した平日23時に富山駅前発の「スターライトバス」(深夜料金不要)を運行している路線である。以前このバスが運行されていた52系統も含めこれらは利用率の高さから鑑みて、富山地鉄のバス路線網の四大路線とみなすことが出来る。
- 1桁(系統により異なる)
全路線が赤十字病院または富山駅北口を起点とする。2001年以降に運行開始された新しい路線が並ぶ。1~4系統は土休日のみの運行で、平日は1・2系統がアピタ富山東店経由中央病院で折り返し運転、3・4系統に替えて9系統が増発される。
- 10番台(黄色地に黒)
- [ 10 ]:富山駅前~富山大学前~呉羽~小杉~大門口~高岡駅前
- [ 11 ]:富山駅前~富山大学前~小杉~作道~姫野~新湊車庫前
- [ 12 ]:小杉駅南口~太閤山ランド前~中老田~花の木~富山大学前~富山駅前
- [ 14 ]:富山駅前~富山大学前~布目~四方口~練合~新港東口(富山地鉄中央バス担当)
- [ 15 ]:北代循環 富山駅前~富山大学前~北代~石坂~富山駅前~総曲輪
- [ 16 ]:富大附属病院循環 富山駅前~富山大学前~金屋口~ファミリーパーク~富大附属病院~朝日(午前下り・午後上り)、富山駅前~富山大学前~金屋口~朝日~富大附属病院~ファミリーパーク(午前上り・午後下り)
- [ 19 ]:富山駅前~富山大学前~呉羽山公園~追分口~呉羽~富山短期大学
- 富山駅前ロータリーの3番乗り場より出て、富山大学前を経由し西に向かう路線。ただし19系統の一部にルートの異なる(石坂・追分経由)便がある。
- 20番台(橙色地に黒)
- 富山駅前ロータリーの6番乗り場より出て、有沢を経由し南西に向かう路線。21系統は冬季に全便が山田行政センター折り返しとなる。
- 30番台(緑地に白抜き)
- 富山駅前ロータリーの5・6番乗り場より出て、市民病院前を経由し南に向かう路線。36、37系統の一部の便はテクノホール・健康パークを経由する。
- 40番台(白地に緑)
- 富山駅前ロータリー2・5番乗り場より出て、市民病院口を経由し南に向かう路線。市民病院前停留所が富山市民病院から西に数百m外れた国道沿いにあるのに対し、市民病院口停留所は病院北側の正門前にある。なお、一部の便は市民病院構内まで乗り入れる。
- 月岡西緑町停留所ではデマンドバス方式を導入している。同停留所発着の45系統以外に、パソコンや停留所の端末で予約をすることで、43・44系統にも乗車可能である。
- 50番台(白地に茶色)
- [ 50 ]:富山駅前~大泉西部~大泉駅前~高原西口~日置~五百石駅前
- [ 51 ]:高原・不二越循環 富山駅前~西公文名~大泉駅前~高原西口~不二越12丁目~富山駅前
- [ 52 ]:不二栄町線(循環) 赤十字病院~富山駅前~西公文名~大泉駅前~不二栄町~赤十字病院
- 富山駅前2番乗り場より出て、大泉駅前を経由し南東へ向かう路線。
- 60番台(黒地に白抜き)
- [ 60 ]:富山駅前~石金~天正寺~大島~日置~五百石駅前
- [ 62 ]:富山駅前~石金~中央病院
- [ 64 ]:富山駅前~石金~不二越正門前~高原西口~山室荒屋~流杉病院
- [ 65 ]:富山駅前~石金~高原西口~太田~大場~富山斎場前
- [ 66 ]:65系統の大場止まりの便
- [ 67 ]:藤の木循環 赤十字病院~富山駅前~石金~藤の木台~大島~赤十字病院
- 富山駅前1番乗り場より出て、石金を経由し南東へ向かう路線。62系統は80・90番台の路線が東部営業所に入出庫する際の路線。65系統には一部大場を経由しない便がある。
- 70番台(運転教育センター直行・荒町経由は白地に青、西町経由は青地に白抜き)
- 富山駅前ロータリー4番乗り場より出て、新庄新町を経由し東・北東へ向かう路線。72系統には一部ルートの異なる便がある。79系統の済生会病院止まりの便は78系統に属する。
- 80番台(白地に橙色)
- [ 81 ]:中央病院~富山駅前~下赤江~豊若町~済生会病院~県リハビリセンター
- [ 82 ]:東高校前~豊若町~下赤江~稲荷元町~荒町~富山駅前
- [ 84 ]:犬島・米田すずかけ台線(循環) 中央病院~富山駅前~下赤江~犬島四丁目~豊若町~中央病院
- [ 88 ]:46、47系統の上り便
- 90番台(白地に黒)
- [ 90 ]:総曲輪~富山駅前~畑中~石坂~八幡~四方神明町、草島~八幡~追分~八ヶ山~水墨美術館前~富山駅前
- [ 91 ]:新港東口~四方口~布目~八ヶ山~水墨美術館前~富山駅前(富山地鉄中央バス担当)
- [ 92 ]:中央病院~富山駅前~畑中~附属学園前~新桜谷町~呉羽山老人センター
- [ 93 ]:高原西口~不二越12丁目~石金~富山駅前~畑中~石坂
- [ 94 ]:15系統の逆回り便、中央病院始発
- 富山駅前14番乗り場より出て、畑中を経由し北西へ向かう路線。八ヶ山を通過する路線は住吉内山邸口~田刈屋間で、射水線の廃線跡を利用したバス専用道を経由する。90、91、92系統には一部ルートの異なる便がある。
また特定の系統番号が付されていない路線についても述べる。
- 富山駅北口・赤十字病院線
- 62系統の中央病院線が東部営業所への入庫回送を兼ねているのと同様に、西部営業所に近い富山赤十字病院へも富山駅前地鉄ビル前乗り場より多くのバスが出ている。上記の各系統の上り便が富山駅前から富山駅北口を経由し赤十字病院まで延長運転するという形態をとっていることがほとんどで、主に52・67系統の延長である。富山駅前から赤十字病院へ向かう路線が富山駅北口を経由するようになったのは2006年7月9日付けのダイヤ改正からで、富山ライトレール富山駅北駅から赤十字病院・富山市中心部へのアクセスの円滑化が図られている。
- 富山空港線
- 富山空港へは富山駅前ロータリー6番乗り場より直行便・各停便の2種類がほぼ半々の割合で発着する。午前は空港行き、午後は空港発の便で富山駅北口~富山駅前の間が延長運転され、富山駅前~総曲輪・全日空ホテル前の間のルートが変わる。直行便は観光型車両と一般路線型車両の両方で運行されるが、一般路線型が入った際の方向幕の色は黄色地に黒(赤字で「直行」と併記)である。各停便については36・37系統参照。
- 19系統以外に、富山短期大学・富山国際大学付属高等学校への通学の便を図るためにこれらの路線が運行されている。
- コミュニティバス
- 富山市のまいどはや、射水市コミュニティバス、魚津市民バス市街地巡回ルート、入善町ののらんマイ・カーなど、県東部を中心とした各自治体のコミュニティバスの運行を自治体や第三セクターより受託している。詳細は各項目を参照。
車両
- 路線バスは三菱や日野が中心となっていたが(特に日野車は富士重工業がボディを架装していたことで知られていた)、最近は高速バスで共同運行相手の西武バスから転籍してくる車両が多く、この影響で現在では乗合・貸切のほとんどが日産ディーゼル車である。最近は神戸市交通局から移籍してくる車両も出ている。
- 路線バスの方向幕は系統によってそれぞれの塗り分けがなされているためか、2008年5月現在、新車も含めてLED式の方向幕を装備した車両は、所属していない。
- 近年路線バス用車両に採用されているカラーは都営バスのカラー(参考画像)を前後逆にしたものである。また、それ以前に採用されていた白と水色のストライプ調の塗装も、日野・ブルーリボンのカタログ車両のカラーリングを参考にしており、それがほぼそのまま採用されていた。
- 貸切バスの塗装は、長年、ブラウンとオレンジの帯が配されたカラーリングが若干の意匠変更がありながらも採用され続けてきたが、2008年4月にグループ会社の加越能鉄道、富山観光バスと共に貸切バス受注部門を統合したことを契機に、同時期に新規納入された貸切バス(車両は三菱ふそう・エアロクイーン2台)からは、白色と桃色を基調としたカラーリングに変更された[1]。このような塗装変更は約28年ぶりであり、今後、既存の車両も順次塗り替えを進め、2011年をめどにすべての車両の塗り替えを完了させる予定である。なお、高速バス車両はこれまでの塗装を引き続き採用している。
主な割引切符
- プチパス(学生のみ)
- 年末年始ふり〜きっぷ
富山地鉄グループ
富山地方鉄道を中心とした富山地鉄グループ(地鉄グループ)各社で、『おでかけ』『遊ぶ・楽しむ』『暮らしと安心』『泊まる』『グルメ・ショッピング』の5領域において交通事業やレジャー・観光事業、不動産事業などを網羅している。
以下を除き、全て富山地方鉄道の連結子会社である。
おでかけ
- 鉄道・市内電車・バス - 富山地方鉄道
遊ぶ・楽しむ
- 貸切バス - 富山地鉄グループ(富山地方鉄道・加越能バス)
- 国内旅行・海外旅行 - 富山地鉄サービス・加越能バス
- 航空旅行 - 富山地鉄サービス(ANA富山地区総代理店)
- 立山黒部アルペンルート - 立山黒部貫光
- 黒部峡谷 - 黒部観光開発(黒薙温泉)
- ボウリング - 富山地方鉄道(富山地鉄ゴールデンボウル)
- スポーツクラブ - 加越能バス(スポーツドーム・エアーズ)
暮らしと安心
- 不動産販売・賃貸 - 富山地方鉄道
- 生命保険・損害保険 - 富山地鉄サービス・加越能バス・金沢ファミリー
- 車検・車両整備 - 富山地鉄自動車整備・加越能自動車整備
- 建設・建築 - 富山地鉄建設
- 広告代理店 - 富山地鉄サービス
泊まる
グルメ・ショッピング
- グルメ - 富山地鉄サービス(『旬和席 いちいち つう』)
- ショッピング - 富山地方鉄道(電鉄富山駅ビル『エスタ』)
関連項目
- ecomyca
- RAILWAYS 愛を伝えられない大人たちへ - 富山地方鉄道を舞台とした作品で、2011年に公開された。
- ビバ!クイズ - 北日本放送のクイズ番組。富山地方鉄道が長年「地鉄グループ各社」のクレジットで協賛していた。
- 宇奈月温泉事件
- 品川グループ - 戦前運営していたバス事業を旧富山電鉄自動車へ譲渡。
- 名鉄グループ - 1960年代に名古屋鉄道が資本参加を持ち掛け、中古車の譲渡や特急「北アルプス号」の乗り入れなどで接近し名鉄グループへの取り込みを画策していたことがあった。
- ひたちなか海浜鉄道 - 富山地鉄出身者が社長を務める。
参考文献
- 写真でつづる富山地方鉄道50年の歩み(富山地方鉄道、1979年)
このページは Wikipedia日本語版由来のコンテンツを利用しています。もとの記事は富山地方鉄道にあります。執筆者のリストは履歴をご覧ください。 Yourpediaと同じく、WikipediaはGFDLのライセンスで提供されています。 コンテンツを再利用する際には同じくGFDLのライセンスを採用してください。