捏造

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2014年7月12日 (土) 23:19時点におけるFromm (トーク | 投稿記録)による版

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捏造(ねつぞう(慣用読み)、でつぞう)とは、実際になかったことを事実のように仕立て上げること。「捏」の読み方は古くは「デツ」であるため、でっち上げの語源ともなっている。

NHKねつ造、偏向報道の告発手記~嫌韓流を取り上げた番組の舞台裏

2007年7月6日にNHKで放送された『特報首都圏 ~ネットの"祭り"が暴走する~』という番組に出演した際に、ちょっと考えられない報道被害に遭った。

撮影開始直後は事前の打ち合わせにあったように「インターネットってなあに?」という初歩的な部分から解説し、何か面白い話題が出たらカメラを回して言い直すといった作業が続いた。

ところが、撮影が始まって2時間ほど経過した辺りから、スタッフが妙に嫌韓流ブームに関する質問を投げてくるようになった。

私は打ち合わせの段階で「嫌韓流のブームがネットを中心に巻き起こったのは事実だが、自分は全く関わってない。ブログでも取り上げなかったし、何かあったとしても友人との会話で少し名前が出たかな程度でしかない」と言ってあった。

にもかかわらず「でも少しは嫌韓流の話題をブログに書いたりしたでしょう?」と、露骨に何か目的がある風な、言い換えると "発言の一部分を抜き出す気マンマン" な雰囲気を出して来たのだ。

結局その後の撮影は私から何とか"目的の言葉"を引き出したいNHKスタッフと、それを察知して意地でも口を割らない私という図式になり、撮影開始当初のスムーズさが一転した。インタビュワー役のアナウンサーがあの手この手で嫌韓流の話題だけを私にふり、それに対して「知らぬ存ぜぬ」としか答えず、そればかりを延々と繰り返すだけという不毛な時間......。

NHK入りが20時、取材開始が21時で、解放されたのはなんと日付けが変わった夜中の1時である。

モヤモヤしながら放送当日を迎えると、なんと19時放送の番組だというのに午前11時にまたも番組ディレクターから電話。

そこで 「荒井が嫌韓流の情報をブログで流して読者に広く伝えて行ったという説明を入れたい」と本音を言われ、番組スタッフがどういう目的でこの番組を作ったのか察知した。

その場では半ばキレ気味に「嫌韓流を話題にした事など一度もない。間違っても嫌韓流ブームを仕掛けたブロガーみたいな取り上げ方はするな。そもそも荒井禎雄・嫌韓流で検索しても何もヒットしないんだから、即座に捏造とバレるだろう?」と念を押して電話を切ったのだが.....

それでは実際の番組中に私がどのような登場の仕方をしたのか皆さんに確認して頂きましょう。

NHK捏造1.jpg  NHK捏造2.jpg


「(ナレーション) この祭りに参加していた荒井禎雄さんです。荒井さんはこの掲示板とは別に自分の意見を公開するブログを持っています。(※1) 荒井さんのブログには1万人の読者がいます。(※2) ここでその本を推薦しました。荒井さんは他のブログ仲間にもこの本のことを伝えました。(※3) 仲間がブログに書き込むことで効果的に情報が広がっていったのです。(※4)」

まずキャプチャー画像の説明から。画像中にある2ちゃんスレは嫌韓流にかんする物らしいが私とは無関係。続いてオレンジや赤のイラスト部分は、私がネット上の情報拡散の仕組みについて説明した部分を図にしたと思われる。

※1 「この掲示板とは別に」 の意味がわからない。 私は2ちゃんの嫌韓流スレなど所有した覚えはない。

※2 過去にはユニークで1日80,000くらいあった時期もありますが、この当時は5,000程度でした。恥ずかしいので微妙な水増しはしないでください。

※3 いやだからお前さ......。

※4 オレはあれか? ネットの総会屋か何かか?

という訳で、何度も何度も念を押したにもかかわらず、私はNHKの捏造報道により「嫌韓流ブームを仕掛けたパワーブロガーの荒井さん」として全国のお茶の間にブサイクな面を晒すハメになったのです。

おそらくこの放送の趣旨は初めから「匿名のネット民が社会を荒らしている」といったところだったのだろう。

そこで大きな話題となった弁護士に対する集団懲戒免職請求(橋下が失職するキッカケになったアレ)や嫌韓流ブームを中心に据えて、ネット民の右傾化傾向についても触れたかったと。

それらを繋ぐパーツとして利用されたのが私だったのだ。最初から目的ありきの"相手の失言を目当てにした取材"である。そしてその"失言の引き出し" に失敗したから、私の発言を好き勝手に繋ぎ合わせ、足りない部分はナレーションや図を追加するといった方法で捏造したのだ。

博報堂社員の梅村太郎が震災被害者に演技をさせてヤラセ映画を製作

博報堂
梅村 太郎

東日本大震災の被災地、宮城県南三陸町のラジオ局に密着したドキュメンタリー映画「ガレキとラジオ」に、「やらせ」があったことが分かった。

娘と孫を津波で失った女性がラジオに励まされる場面が描かれるが、実際はラジオを聴いていなかった。女性は制作者の求めに応じて演技をしてしまったことに罪悪感を抱き、苦しんでいる。

映画は大手広告会社の博報堂が企画制作。同社社員の梅村太郎氏が監督し、俳優役所広司氏がナレーションを担当した。震災直後に開局した臨時災害ラジオ局のスタッフと、放送で元気づけられる被災者らを描いた。

関係者によると、やらせを強いられたのは同町の仮設住宅に暮らす70代の女性。梅村監督らに対し、女性は当初、「そんな気持ちになれない」と出演を断った。だが、撮影班が何度か訪ねるうちに出演を承諾したという。

最初は娘と孫について取材を受けていたが、数回目の撮影中、女性はラジオを聴くよう求められた。普段聴いていないことを伝え、女性は「大丈夫なの」と尋ねたが、撮影班は「聴いてるふりをしてください」と指示したという。

だが近くの複数の住民によると、この仮設周辺は災害ラジオ局の電波が届いていなかった。映画に登場するラジカセを撮影班が用意し、ラジオではなく地元中学生の合唱のCDを聴かされた。撮影中にラジオを聴く機会はなかったという。

さらに撮影班は事前に女性にせりふを細かく指示。「いつも聴いている」「音がないと寂しい」などと言わせたという。

映画は2013年春から秋まで全国25館で公開され、その後も市民らの自主上映会が50カ所以上で続く。女性は映画が評判になるにつれて罪悪感を覚えるようになり、「映画を見た人に申し訳ない」と話しているという。

梅村監督は朝日新聞の取材に、女性宅ではラジオの電波が入らないことや、撮影班がラジカセを持ち込んだことを認め、「(ラジオ放送として)CDで聴いてもらう演出はした。CDで聴いてもらって、ラジオとの接点がゼロではないと思った。それも広い意味でリスナーだと考えた」と説明した。

また、ラジオ局が町でイベントをする場面で、ボランティアを「(ラジオ局の)リーダーが東京から呼び寄せた」とのナレーションが入っているが、実際には制作側が集めたことを認めた。

捏造説のある事例

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文書・本

やらせ

関連項目

参考文献