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2019年2月4日 (月) 21:06時点における最新版
いずみ野駅(いずみのえき)は、神奈川県横浜市泉区和泉町にある相模鉄道いずみ野線の駅である。駅番号はSO34。
いずみ野管区として、南万騎が原 - 当駅間を管理している。
歴史[編集]
いずみ野線の計画は古くからあったものの、なかなか実現しなかった路線である。計画当初では現行の横浜市営地下鉄ブルーライン立場駅付近を通過するともいわれていたが、実際には北よりの丘陵地帯を通過した。開業前の当駅周辺は、東京電力京浜変電所、畑、産業廃棄物処分場などがある程度で、全く何もないといっていいほどの所であった。
年表[編集]
- 1976年(昭和51年)4月8日 - 開業。いずみ野線の終着駅。当時は戸塚区であった。
- 1990年(平成2年)4月4日 - いずみ野線がいずみ中央駅まで延伸し、途中駅となる。
- 1999年(平成11年)2月27日 - 快速の運転が開始され、当駅が停車駅となる。
駅構造[編集]
掘割の中に島式ホーム2面4線を持つ橋上駅舎である。この駅舎は南北方向の自由通路の役割も兼ねている。改札内コンコースと各ホームの間には上下方向のエスカレーターが2基ずつ、エレベーターが1基ずつ、合わせて6基設置されている。ともに車椅子対応のものであるが、エスカレーターが前述のような仕様のためか、エレベーターの設置はいずみ野線の駅で最も遅かった(相鉄で最後に設置されたのは本線の希望ヶ丘駅)。
いずみ野線開業当初の終着駅である。この名残りで横浜側にシーサスクロッシングがあるほか、発車標は設置されていないが列車発車時に発車を知らせる自動放送が流れると[1]いう他の駅との相違点がある。また、乗務員宿泊所を併設する。開業当時は1・2番線が主に留置線(日中まれに1・2番線からの発着もあった)として使用され、3・4番線が主に発着に使用されていた。延伸後は2・3番線が本線である。現在、1番線からの発着は回送列車のみだが、4番線からはいずみ野線の始発列車として当駅始発二俣川行が1本設定されている。ただし、人身事故等で2、3番線が使えない場合は外側の1、4番線に発着する。また、その際には発車ブザーが鳴る。
当初の延伸計画は小田急江ノ島線の長後駅での接続であった。しかし、同線との接続が南隣の湘南台駅に変更されたため、いずみ中央方面への線路は南側にカーブを描いている。
のりば[編集]
1 | ■■いずみ野線 | 湘南台方面(待避線) |
2 | ■■いずみ野線 | 湘南台方面 |
3 | ■■いずみ野線 | 二俣川・横浜・大和・海老名方面 |
4 | ■■いずみ野線 | 二俣川・横浜・大和・海老名方面(待避線) |
利用状況[編集]
2012年度の1日平均乗降人員は14,050人である[2]。 近年の1日平均乗車人員推移は下記のとおり。
年度 | 1日平均 乗車人員[3] |
---|---|
1998年 | 9,187 |
1999年 | 8,957 |
2000年 | 8,549 |
2001年 | 8,501 |
2002年 | 8,340 |
2003年 | 8,120 |
2004年 | 7,911 |
2005年 | 7,721 |
2006年 | 7,622 |
2007年 | 7,593 |
2008年 | 7,643 |
2009年 | 7,421 |
2010年 | 7,212 |
2011年 | 7,007 |
2012年 | 7,003 |
駅周辺[編集]
いずみ野線の開通とともに森林原野を切り開く大規模な開発が行われ、横浜のベッドタウンとなった。駅の北側を中心にグリーンハイムと呼ばれる団地群が広がっているほか、一戸建て住宅も多い。逆にホテルや娯楽施設の類は一軒もなく、完全に地元住民向けの住宅地として発展している。しかし、沿線の緑園都市駅周辺などと比べると未開発の地域が多く、駅近くにも畑や空き地なども見られる。近年この空き地を開発して墓地が造成されたが、これに一部の住人や町内会が反対しており、家の軒先などにその旨のプラカードが掲げられている。
駅からいずみ野小学校までの間の道路沿いは、開業時に整備されたソメイヨシノによる並木道で、春には「桜のトンネル」として有名である。しかし、根の周囲の踏み固めや過度の剪定によって弱ったうえに、木材腐朽菌による病害が多発したために、大半のものを伐採しエドヒガン系の新品種へ植え替える作業が2008年頃より進んでいる。新品種はあまり大きくならず、電線と干渉しにくいとされ、剪定による衰弱の低減が期待されている。このほかにも北口を出たところには1本のケヤキやヤマモモが植えられており、北口のバスロータリ移設工事で伐採されることもなく駅のシンボルになっている。
北口には1977年8月に開業したショッピングセンター「いずみ野フォンテ」があったが、2014年3月31日に営業を終了(一部店舗のみ同年6月まで継続)している[4]。その後、同年6月にはそうてつローゼンや銀行、ドラッグストア、眼科などが入る新たな商業施設「相鉄ライフ いずみ野」(第1期)を隣地にオープンした。相鉄沿線で展開している相鉄ライフとしては7施設目にあたり、今後はいずみ野フォンテの跡地も再開発して2016年夏の全館開業を予定している[5]。
駐輪場は北口・南口側それぞれに設置されており、南口のものは屋根付きである。放置自転車が目立つことから、近年北口にも整備された。
泉区が戸塚区から分区した当時は、泉区役所も当駅が最寄り駅(約1.5km)であったが、後にいずみ中央駅が開業したため、そちらが最寄り駅となった。他の行政施設も同駅周辺に多いものの、図書館は当駅が最寄りになっている。
北口[編集]
- 相鉄ライフ いずみ野(第1期:2014年6月開業)
- など
- いずみ野駅前交番
- 横浜いずみ野郵便局
- 泉消防署 いずみ野出張所
- 泉図書館
- いずみ野さくら商店街
- グリーンハイム
- 和泉台公園
- 秀英高等学校
- 神奈川県立松陽高等学校
- 横浜市立いずみ野中学校
- 横浜市立いずみ野小学校
- いずみ野霊園
- ダイエー 阿久和店(瀬谷区)
- 横浜市立阿久和小学校(瀬谷区)
- 県営阿久和団地(瀬谷区)
南口[編集]
バス路線[編集]
最寄りの停留所は、駅北口のロータリーにあるいずみ野駅となる。かつては南口に発着する便もあったが、北口に統一され、南口は自家用車用とされた。また、北口についても1996年頃に再開発が行われて当初の位置とは異なっており、やや西に移設されている。元々の場所は現在駐車場とされている。
2010年春現在は以下の路線が乗り入れ、全系統が神奈川中央交通により運行されている。路線は南北方向と西方向の路線が充実しており、阿久和団地・いちょう団地・上飯田団地などの団地群へのアクセスは主にバスになる。かつては戸塚駅行など東方向へ行くものや、ドリームランド行なども運行されていた。
- 1番乗り場
- 2番乗り場
- い06:いちょう団地循環
- い07:中屋敷行
- い08:長後駅東口行
- 3番乗り場
- い10・い12・立01:立場ターミナル行
- い20系統:阿久和団地循環
- 4番乗り場
- い04:三ツ境駅行
駅名の由来[編集]
駅所在地の地名「和泉町」から、「いずみ野」となる。なお、計画時の仮称は「和泉町」であった。[6]
脚注[編集]
- ↑ 2009年度末頃の更新で、西谷駅と同様に停車駅や接続案内が流れるようになった。
- ↑ 相鉄グループHP「相鉄乗降人員」
- ↑ 横浜市統計ポータル http://www.city.yokohama.lg.jp/ex/stat/index2.html#3
- ↑ いずみ野フォンテ 36年の歴史に幕 3月末で営業終了(タウンニュース<泉区版> 2014年3月27日号)
- ↑ 6月5日(木)、相鉄線いずみ野駅に商業施設「相鉄ライフ いずみ野」第1期をオープン 地域密着型商業施設として、地元農家の野菜を商品化するベーカリーカフェが出店PDF (相鉄グループ:ニュースリリース 2014年5月27日)
- ↑ 鉄道ピクトリアル1973年11月号
隣の駅[編集]
- ■■相模鉄道
- いずみ野線
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
- 相模鉄道 いずみ野駅
- 相鉄Style(相鉄スタイル) いずみ野駅 - 相鉄沿線口コミ情報サイト